コメディ・ライト小説(新)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.137 )
日時: 2019/11/04 22:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: /ReVjAdg)

episode.134 それはあるかも

「……んふふ、やるじゃない……今までとは違うってわけね。ならいいわ……」

 王妃はよろけながらも笑みをこぼしていた。

 その笑みが強がりだと、私には分かる。ダメージがないわけではないということは、考えるまでもなく、容易に想像できる。そもそも、リゴールの強力な魔法を受けたのだから、ダメージがないなんてことはあり得ないのだ。

「そちらが本気で来るのなら……こちらも本気で仕掛けるだけのことよ」

 そう言って、王妃は鎌を二本出現させる。いつもの彼女の鎌の三分の一程度の長さの鎌が、両手にそれぞれ一本ずつ、合わせて二本だ。

「覚悟なさい!」

 王妃は、鋭く発し、二本の鎌を同時に投げる。
 鎌は凄まじい速さで回転しながら、リゴールめがけて飛んでゆく。

「……覚悟はしています」

 リゴールは黄金の球体をぶつけ、鎌を弾く。弾かれた鎌はどこかへ飛んでいってしまった。木々に隠され、どこに落ちたのかまでははっきりとは分からない。

「わたくしはもう、迷いません」

 本から巻き起こるは、金の輝きをまとった竜巻。

 発生直後は小さなものだったが、規模は徐々に大きくなり、やがて周囲の木々を揺らし始める。

 日が傾き始めた茜色の空に、眩い黄金の渦。
 それはとても新鮮味のある組み合わせで、非常に幻想的な光景を生み出している。

 風を受け、髪や服の裾が激しく揺らされる。日常生活の中では滅多に経験しないような強い風に、私は、何度か飛ばされそうな感覚に陥った。日頃は風などさほど気にしないものだが、強風は時に人に恐怖心を与えるのだと、今ここで知った。

「……終わりにしましょう」

 リゴールの唇が微かに動くのが見えて。
 次の瞬間、彼は本を持っている側の手を王妃へかざした。

「何これっ……」

 想定の範囲を遥かに超える光量。
 瞼を閉じていても視界が白色になるほどの凄まじさ。

 もはや、何も見えない。私にできたのは、脳まで焼けそうな光の刺激に耐えることだけ。それ以上のことはできない状況で——。


 ……。

 …………。


 ——やがて、視界が戻る。


 葉は散り、砂煙が起こって。
 周囲は嵐の中にいるかのような状態だった。

 呼吸を荒らしながらも威嚇する小動物のような険しい顔つきをしているリゴール。砂の舞い上がる地面に伏して倒れ込んでいるブラックスター王妃。

 ……やったの?

 リゴールと王妃の様子を目にして、そう思いはしたけれど、でもはっきりとは分からない。
 なぜって、私は、一番重要なところを見逃したのだから。
 私が一人心の中で首を傾げていると、リゴールがゆっくりと歩み出す。細い足を動かし、倒れ込んでいる王妃へと近づいていっている。

「終わりです」

 王妃のすぐ傍に着いたリゴールは、本を持っていない手を王妃に向け、冷ややかに見下ろしながら告げた。

「んふ、ふ……やるじゃ、ない……」
「……何か、言い遺すことは?」

 それは、切ない問いだった。

「そう、ね……悪魔よ、あなたは……」

 王妃の口が微かに動いたのを確認し、リゴールは別れを告げる。

「さようなら」

 リゴールの手から光が放たれ、王妃の肉体は消滅した。

 やった。これは倒せたはず。これでもう、彼女に襲われることはない。襲いくる者は、また一人減った。

 ——なのに。

 なぜか脳裏に浮かぶのは、王妃の笑み。
 可愛い娘ね、と言ってくれた、彼女の声。

 私は私を理解できなかった。

 王妃は私やリゴールを本気で殺そうとしていた。ブラックスター王を盲信し、説得しようと試みても応じず。どうしようもなく敵だった。

 なのに、今は素直に喜べない。
 私はおかしいのだろうか。


 考え込んでいた私の耳に、ドサッという音が飛び込んでくる。
 音がした方へ視線を向けると、リゴールが地面に力なく座り込んでいた。

「リゴール!」

 慌てて駆け寄る。
 そして、片手で背をさする。

「大丈夫? 辛いの? 平気?」

 リゴールは青い顔をしていた。それに、呼吸の乱れは継続していて、目力がない。声をかけた際の反応もあまり良くない。

「……平気です」
「平気にはとても見えないわよ?」
「いえ……魔法を、使い……過ぎただけです……」

 王妃を跡形もなく消し飛ばすという大技を披露したのだ、疲労困憊になるのも無理はないだろう。

 私は魔法を使った経験がないから、魔法の使用による疲労については詳しくない。感覚的に分かるということもない。

 ただ、そんな私でも想像はできる。
 大量の球体を作り出したり、竜巻のようなものを起こしたりを連続すれば、きっとかなり疲れるはずだ。

「そう。そうね。とても頑張っていたものね」
「いえ……」
「少し休憩して、屋敷へ戻りましょ」

 空は徐々に、茜色から紫色へ。夜が迫ってきている。

 暗い世界は不気味だ。誰かに襲われる可能性も否定はできないし、そもそも、木々しかない闇を歩くのは危険というもの。だから、無理にとは言わないが、なるべく暗くなりきる前に屋敷へ戻りたい。


 屋敷へ戻ると、ちょうど、夕食の時間の直前だった。

 運動してお腹が空いていた私は、砂で汚れたワンピースを着替えてから、食堂へ向かう。私がそこへ到着した時には、既に、準備は八割方完了していた。

 茶色い渦巻きの山菜と葉野菜のサラダ。白く柔らかいパンと、金塊のように輝くバター。焼いた肉ような香りの、焦げ茶色をしたスープ。

「エアリ、また出掛けていたの?」

 私が席につくや否や、先に座っていたエトーリアが問いかけてきた。

「そうなの。ちょっと用事があって」
「……用事? 何の用事かしら」

 エトーリアは「用事」では済ませてくれなかった。遠慮なく、さらに深いところまで聞いてくる。
 買い物だとか、散歩だとか、嘘を言うことも一瞬は考えた。けれど、そんな嘘をついても良いことはない——そう思ったから、正直に本当のことを話すことにした。

「敵を一人倒してきたわ」

 はっきり述べると、エトーリアは眉間にしわを寄せる。

「……戦ってきたというの?」
「そうなの」
「それで……倒したのね?」
「そうそう。そういうこと」

 数秒経ってから思い立ち、「と言っても、私はちょっとしか戦っていないけど」と付け加えておく。

「まったくもう。エアリは本当に戦いが好きね」
「好きなんかじゃないわ!」
「そう。なら……好きなのはリゴール王子?」

 なぜここでリゴールになる!?

 そんな風に内心呟きつつ、少し考える。

 そして、十秒くらい経過してから、私は小さく首を縦に動かす。

「……それはあるかも」

Re: あなたの剣になりたい ( No.138 )
日時: 2019/11/04 22:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: /ReVjAdg)

episode.135 ふぅん、そんなことするんだ

「そう。やっぱり。そういうことなのね」

 呆れを含んだような笑みを浮かべるエトーリア。

「エアリったら、案外乙女ね」
「……どういう意味よ」
「ふふ。可愛い心の持ち主だって言っているのよ」

 エトーリアは笑うけれど、私は笑う気にはなれなかった。

 王妃を消し去ってからまだ一日も経っていない。いや、一日どころか、半日も経っていないのだ。彼女のことは敵だと捉えていたけれど。それでも、彼女はもうこの世にいないのだと考えたら、複雑な心境にならずにはいられなくて。

「仲良しなのね、リゴール王子と」
「そうよ。また離れろって言うつもり?」

 これまで幾度も離れておくように言われた。にもかかわらず、私たちはそれを無視して、無理に交流を続けている。だから、厳しく注意されたとしても、仕方のない部分はある。

 そんな状況ゆえ、エトーリアと言葉を交わしている間は、警戒せずにはいられない。

「……気をつけて、って言いたいの」
「何なの? 母さん」
「わたしだって、べつに、一生会うななんて言う気はないのよ」

 エトーリアは小さく「いただきます」と呟き、用意されている料理に手をつける。最初はサラダから食べ始めていた。

 彼女が料理を口に運び始めたところで、私とエトーリアの会話は途切れる。
 話はまだ中途半端なところだったから、私としては、できるだけきりの良いところまで話したかった。だが、彼女は食事に集中していて。それを邪魔してまで話すほど重要な話題ではない、そう判断したから、私も食べ物に手を伸ばすことにした。

 白いパンは柔らかい。また、数回噛むと、ほのかな甘みが口腔内を満たしてゆく。口の中、そして胸の奥までも、天使の羽のような優しさがそっと広がる。

 私たちは美味しい料理を食し、食べ終わったら解散した。
 結局、その日の夕食に、リゴールは出てこなかった。


 ◆


 ブラックスター、ナイトメシア城。
 その城に併設されている牢の一室に、あれ以来ずっと閉じ込められているトランのもとへ、王妃の訃報が届いた。

 訃報を届けたのは、係の兵士である。

「王妃様がお亡くなりになった」

 長い間、閉所に押し込まれているトランは、基本的に何事にも動じない。これまでも兵士が何らかの出来事を伝えたことはあったが、それによって動揺することはなく、ただ「ふぅん」と発する程度の反応であった。

 だが、今回は違っていた。
 王妃が落命したとの報告に、トランは驚いた顔をしたのだ。

「……嘘じゃなくて?」
「正式なルートからの情報だ、恐らく間違いはないだろう。もしこのようなガセ情報を流した者がいれば、処刑される」

 衣服の上に急所を護る最低限の防具のみを着用した軽装の兵士は、淡々と述べる。

「ま、だろうねー。さすがに嘘はないかなぁ」

 トランは床に座ったまま、片手で頭を掻く。

「で? そんなことをボクに伝えて、どうするつもり?」
「いや、特に意味はない。黙っているのも変かと思い、話しただけだ」
「ふぅん。そっかぁ」

 トランが驚いた顔をしたのは、ほんの少しの短い時間だけで。何だかんだで、あっさり、普段通りの様子に戻っていた。既に、何事もなかったかのような顔である。

「……悲しくはないのか」
「えー何でー?」

 座ったまま、子どものような声を発するトラン。

「王妃様は確か、以前は直属軍だったはず。仲間だったのではないのか」
「そうだねー。確かに、あの人は直属軍所属だったよ。けど、べつに悲しくはないなぁ」

 そう言って、トランは不気味な笑みを浮かべる。
 悲しむどころか笑っていた。

「これから益々面白いことになってきそうだねー」

 王妃ともあろう人が命を失った。にもかかわらず、トランは軽やかな口調を崩さない。そんな光景を目にした兵士は、恐ろしいものを見てしまったかのような固い顔つきになりながら、床に座るトランを見つめている。

「王様はどうするのかなぁ? そろそろ本気を出すのかなぁ?」
「……後ほど、国民に向けてお言葉を映像にて放送されるそうだが」

 兵士は、付き合っている女性に叱られ気まずくて仕方がない男性のような顔をしながら、トランに向かって言葉を発した。

「へぇ。放送?」
「そうだ。少し落ち着き次第……放送が始まると思われる」
「それはボクも気になるなぁ。見てみたーい」

 トランは甘えたような声を出しながら、その場でゆっくり立ち上がる。それから、二三回ほど尻をぽんぽんと払い、さりげなく兵士に歩み寄っていく。

「放送、ボクにも見せてくれないかなー?」

 兵士に猫のように擦り寄るトラン。
 擦り寄られている兵士も、擦り寄っていっているトランも、両者ともに男。珍しい状況と言えるだろう。

 だが、トランは比較的中性的な容姿なので、案外違和感はないかもしれない。

「な、何を言い出す! ここでは無理だ!」
「どうしてー」
「この部屋の中では、映像魔法も使えない!」

 トランが入れられている部屋は、強力な魔法類を使用する罪人を閉じ込める場合のことも考慮して作られた部屋である。つまり、室内で特殊な力を使うことは不可能。映像を映し出すこともできない。

「ふぅん、そっか。不便だなぁ」
「そういうことだ。すまんが、見せることはできない」
「じゃあさー。その時間だけここから出るっていうのは、どうかなぁ?」

 一度は諦めたかのようだったトラン。だが、彼は、王の映像を見ることをまだ諦めてはいなかったようで。自ら提案する。

「見終わったらすぐに戻るから。どう?」
「無理だ! 部屋から出すわけにはいかん!」
「大人しくしてるからさー」
「それはできない! 禁止されている!」

 兵士はトランの提案を却下。
 だがトランはすぐには下がらず、粘り続ける。

「何もしないよー。大人しくしてるよー。だから出してくれないかなぁ?」
「き、禁止は禁止だ!」
「もちろん、君が外に出したことは黙っておくよ。だからさ。ね? その放送の間だけ、出してくれないかな?」

 兵士にさらに接近しようとするトラン。既にかなり近くに身を寄せていたにもかかわらず、もっと近寄ろうとしているようだ。体を押し当てる、に近いくらい、彼は兵士に近づいている。

 そんなトランの近づきぶりをさすがに気味悪く思ったのか、兵士は突然、腰に掛けていた短剣を抜く。

「それ以上、寄るな!」

 薄暗い空間の中、兵士が握っている短剣の刃だけが輝いている。
 胸元に短剣を向けられたトランは、さほど慌てず、少しばかり不満げに漏らす。

「……ふぅん、そんなことするんだ」

Re: あなたの剣になりたい ( No.139 )
日時: 2019/11/07 18:05
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kI5ixjYR)

episode.136 放送

 短剣を向ける兵士。
 短剣を向けられるトラン。

 二人の視線は重なり、小さな火花を散らす。

「ボクたち仲間だよねー。どうして刃物なんて向けるのかなー?」
「無礼は承知のうえ。だが、不自然な動きをする者に警戒するのは当然のこと!」

 トランの軽やかな問いに、真剣に返す兵士。そんな兵士を見て、トランは呆れたように笑う。

「真剣過ぎて逆に笑えるねー」
「何だと!?」

 挑発的なトランの発言に、苛立ちを露わにする兵士。

「いや、だから、そういうところが笑えるんだってー」
「他人を馬鹿にするな!」
「馬鹿に? まさか。ボクは馬鹿になんてしてないよー」

 兵士は誰の目にも明らかなほどに苛立った様子だ。しかしトランはヘラヘラした態度を崩さない。

 その態度が気に食わなかったのか、兵士はついに短剣を持った腕を動かした——が、その腕はすぐにトランに受け止められる。

「ボクに勝てるつもりなのかな?」

 トランの顔から笑みが消えた。

「なっ……!」
「その考えはさすがに甘いよ」

 突如笑みを消したトランを見て、兵士は、心なしか怯えたような顔つきになる。

「一介の兵士がボクに勝てるわけがない。……そのくらい分からないの?」

 トランは兵士の腕を掴んだまま離さない。

「おい! 離せ!」
「嫌だね」
「こ、こんなところで戦うつもりか!? 味方同士だぞ!?」
「けど、先に仕掛けたのはそっちだよ」

 腕をトランに捻られた兵士は、静かな痛みに顔をしかめる。けれどトランは止めない。彼は一切の躊躇なく、指を不自然な方向に曲げた。兵士は「ぎゃ!」と情けない悲鳴をあげ、握っていた短剣を落とす。

「ボクはただ頼み事をしただけ。なのに君は武器を向けた。これでボクが悪いなら、この世界はもう終わってるよねー」

 そこまで言って、トランは兵士を投げた。
 掴まれている部分を基点とし、兵士は宙で一回転。そのまま床に叩きつけられ、衝撃により気絶した。

「まったく、だねー」

 一撃で兵士を動けなくしたトランは、誰もいなくなった空間でぽつりと呟く。
 そして、落ちた短剣を拾い上げた。

「……さて。これからどうしようかなー?」

 片手に短剣を持ち、一人、ニヤリと笑うトラン。

 彼の瞳には、未知の色が滲んでいる。


 そしてトランは牢を出た。
 兵士から没収した短剣を服の下に隠し、点から点へジャンプする術を駆使しながら、彼はナイトメシア城内を移動する。

 久々の牢の外が想定外に眩しかったのか、トランは常に目を細めていた。

「……ぞ!」
「な、いった……ったんだ!?」

 一人で移動していたトランの耳に、話し声が飛び込む。それによって、トランは足を止めた。もちろん、ただ足を止めただけではない。壁の陰にさっと隠れた、という表現の方が、ある意味正しいかもしれない。

「放送が……と……いる!」
「な、何だって……!」

 聞こえてきた話し声は、兵士二人のものだった。

 二人の視線の先には、横二メートル縦一メートルほどのサイズの、四角いものが浮いていて。そこに、映像が流れている。

 無論、トランのところからでは、その映像をはっきりと捉えることはできなかっただろうが。

 トランは壁の陰に隠れつつ、様子を窺う。

『それでは、ブラックスター王よりお言葉をいただきます』

 大きな音声が流れ出す。そしてその数秒後、浮いている画面のような四角の中にブラックスター王らしき者の姿が現れる。それまで何やら喋っていた二人の兵士は、宙に浮かぶ四角に王らしき影が出現した瞬間、ぴたりと話を止めた。

『本日は、皆に、非常に残念な報告をせねばならない』

 兵士たちは、四角に現れた王の姿を凝視している。だがそれは、トランが見ている二人の兵士に限ったことではないと思われる。

 王が話せば、皆それを聞く。
 それは当たり前のこと。

 むしろ、意地でも聞かないなどと言い出す者の方が稀なはずだ。

『つい数時間前、王妃が、任務の途中で命を落とした』

 正式な発表を聞くも、トランの心に悲しみはなかった。

『身柄を確保しようとしただけの王妃の命を奪ったのは、ホワイトスター王子及びその協力者! 我がブラックスターの誇りたる王妃を殺害した、その罪を許すでない!』

 その時、荒々しい声を発する王をさりげなく見ていたトランの耳に、兵士と思われる男性の涙声が飛び込んできた。

「う、うっ、うぅ……」
「しっかりしろよ、アンタ」
「いや、だってさぁ……王妃様がさぁ……」

 一人は泣きかけており、もう一人は励ましている。
 どうやら、放送が始まる直前に喋っていた二人とは別の二人らしい。
 そんな声と共に聞こえてくるのは、足音。トランは面に警戒の色を浮かべる。が、足音は壁の向こう側を歩いていて。それゆえ、声の主である彼らがトランの存在に気づくことはなかった。

『誇り高きブラックスターの民よ。今こそ、皆で力を合わせ、憎しき敵を倒す時! 偉大な王妃を殺めた残虐な者たちを許すな!』

 非常に扇動的な王の演説に、トランは、呆れたように溜め息をつく。当然、誰かに聞かれないように注意しつつ、だ。

「……おかしな演説だなぁ」

 ただ、一応注意していても、発生してきた言葉のすべてを飲み込むことはできないようで、多少は心を漏らしてしまっていた。

『本日より、我々は、持てる力すべてを使って、王妃の仇を打つ!』
「……大袈裟ー」
『ブラックスターの名誉を傷つけたことは、絶対に許さぬ! 以上!』
「……以上、て」

 浮かぶ四角に表示されている映像が切り替わる。王が消え、最初の画面に戻った。

『以上、ブラックスター王よりのお言葉でした』

 そうして、放送は終わる。
 場には何とも言えない静けさだけが残ってしまった。

 気まずい静寂の中、それまで時を止められたかのようにびくともしなかった兵士たちは、それぞれの持ち場へ戻ってゆく。

「さて、ボクは何をしようかなー」

 トランは、動き始めた兵士たちに発見されないよう警戒しつつも、安定の軽く聞こえる口調で一人呟く。そして、それから彼は、音もなくじわりと片側の口角を引き上げる。

「まずは裏切り者から……潰そうかなぁ?」

 術にて瞬間移動を行う直前、トランの顔は、悪魔のような笑顔になっていた。
 その笑顔は、無関係な誰かが見ていたら恐れを抱きすらしたかもしれないほどの、奇妙な顔であった。

Re: あなたの剣になりたい ( No.140 )
日時: 2019/11/07 18:06
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kI5ixjYR)

episode.137 もうそろそろ

 王妃を倒した一件以来、私の心に光は射し込まなくなってしまった。

 体調が悪いわけではない。
 頭痛や腹痛、倦怠感といった症状はないし、発熱している感じもないし。

 ただ、心だけが重苦しくて。

 しかし、私がそんな状態であっても、世界の変化には何の関係もなく。時間はただひたすらに過ぎてゆく。時計の針が止まることはない。


 そんなある日のこと。
 軽い昼食を終え、自室へ戻ってぼんやりしていると、誰かが戸を叩いてきた。

 私の部屋に訪ねてくるとしたら、リゴールかバッサ、あるいはエトーリア辺りだろう。だが、エトーリアは夜間に来ることが多い。となると、リゴールかバッサが有力と言えるかもしれない。

 いずれにせよ、会いたくない相手ということはない。
 開けても問題なさそうだ。

 そんなことを暫し考えた後、私は扉の方へ向かう。そして、「はーい」と軽やかに発しながら、戸を開けた。

「……っ!」

 そして驚く。
 扉の向こうに立っていたのが、ミセに肩を借りているデスタンだったから。

「物凄く驚いたような顔ですね。そんなに私が嫌でしたか」

 いや、そうじゃない。

 私はただ訪ねてきたのがデスタンであることに衝撃を受けただけであって、デスタンが嫌でこんな顔になってしまったわけではない。

 そもそも、デスタンが嫌だったのなら、驚いた顔ではなく不快そうな顔をするはずではないか。嫌な人がやって来たから驚いた顔をするなんて、ずれている。

「ち、違うの。嫌だなんて思っていないわ。ただ少し……驚いてしまったのよ。だって、訪ねてきたのが貴方だなんて、考えてもみなかったから……」

 ミセは何も口を挟んでこない。デスタンの体を支えることに集中しているようだ。彼女の、デスタン絡みの熱心さは、常人の域を遥かに超えていると言っても過言ではないくらいである。

「言い訳は結構です、嫌われるのには慣れていますから。……それより。話があるので、少し入れていただいても?」

 デスタンが私の部屋に来るなんて嘘みたい。でも、それより信じられなかったのは、彼が立てていること。支えてもらいながらではあるが、それでも、立てているのが凄いことであることに変わりはない。

「え、えぇ。どうぞ」
「では失礼」

 デスタンはミセにもたれかかりつつゆっくりと歩き、やがて床に座る。デスタンを床に座らせたミセは、素早く彼の隣に陣取る。

「大丈夫かしらぁ? デスタン」
「はい。問題ありません」

 二人は一瞬だけ、そんなやり取りをしていた。
 そして、デスタンは改めてこちらを向く。

「調子はどうですか」
「え?」
「貴女の調子がどうかを聞いているのです。馬鹿げた説明をさせないで下さい」

 彼が発する言葉に含まれるさりげない毒は健在。ミセとの交流の中で少しは変わってきているものかと思っていたが、そうでもないようだ。

「ごめんなさい」
「謝罪は結構なので、答えて下さい」

 何なのよ! と言いたくなるも、ギリギリのところで堪える。

「え、えぇ。そうするわ。……と言っても、調子なんて自分ではよく分からないわね」
「単刀直入に言うと、王子が心配なさっていたのです。貴女のことを、ですよ? なので、私が直接様子を確認しに来ました」

 そういうことだったのか。
 事情が分かり、ほんの少し心が緩んだ気がした。

 それにしても、今日のデスタンはさっぱりしている。藤色の長髪はさらさらだし、シャツや体からは石鹸のような爽やかな香りが漂っているし。

「お疲れですか?」
「私は、その……疲れてなんかないわよ」
「では、王子はなぜ心配を?」

 そんなこと、聞かれても分からない。
 内心呟きつつも、返す。

「あ……もしかしたら、少しすっきりしなかったのを気づいてくれたのかもしれないわ」

 曖昧な発言になってしまった。
 それを聞いたデスタンは、眉と眉を内に寄せ、訝しんだような顔をする。

「すっきりしない、とは」
「……実は、少し悩んでいるの」
「残念な頭の方も、悩むことはあるのですね」

 ちょっと、何それ! 失礼!

 怒りが込み上げる。
 だが、込み上げたからといってそれをすぐに露わにするのは、短絡的。人であるならば、時には我慢することも必要だ。

「そうなの。王妃との一件以来、どうも明るい気分になれなくて」
「王子が王妃を倒された一件以来、ですか?」

 デスタンの確認に、私は「えぇ」と言って頷く。

「犠牲が多すぎるわ。こんなに人が死んでいく争いなんて、絶対良くない。私はそう思うの」
「何もしなければ殺られるのは王子の方です」

 私は勇気を振り絞って本当の気持ちを述べた。しかしデスタンは、眉一つ動かさず、あっさり一文を返してくるだけ。

「それはそうかもしれないわね。私だって、一応は分かっているつもりよ」
「ならば、歯向かう者は蹴散らすしかありません」
「でも、命の奪い合いなんて……」

 私は俯く。

 ——否、正しくは、半ば無意識のうちに俯いていた。

 私とて馬鹿ではない。命を狙われている以上、生きるためには抵抗しなければならないということは、理解しているつもりだ。リゴールが本気で戦うのも、とにかく生き残るため。生き延びようとするのは人として当然のことだし、それを悪く言う気もない。

 ただ、それでも、命の奪い合いなんてない方が良いと思わずにはいられなくて。

 何を今さら。
 綺麗事ばかり言って。

 既に人の命を奪ったことのある私がいくら善良なことを述べても、そんな風に思われてしまうだろうけど。

「……愚かな」

 一人思考の渦に巻き込まれてしまっていた私に向け、デスタンは低い声で言った。

「何を今さら迷っているのです」

 彼は少し苛立っているみたいだった。

「幸せな夢を想像するのは結構です。しかし、夢は所詮夢。夢と現実の境目を見失うのは、愚か者以外の何者でもありません」

 ……そうね。
 デスタンの言う通りだわ。

 私は既に手を汚した身。今さら平和主義的なことを考えても、それはただの夢でしかないの。だって、現実はもう、嫌になるくらい血に濡れているんだもの。

「……そう。そうよね。もう、夢みても無駄なんだわ……」

 リゴールと共に歩む道を選んだのは、他の誰でもない、私自身だ。だから、たとえそれが辛い道であったとしても、誰かを責めることなどできない。

 そして、その道から逃げ出すことも、一切できはしない。

 選んだ道。決めた人生。
 歩み出せばもう、引き返せはしない。

「甘いのね……私は」

 リゴールに心配をかけ、デスタンを歩かせ、これでは皆に迷惑をかけてばかりではないか。なんて情けない。こんなこと、許されたことではない。

 戦うと決意した身なのだから、私ももうそろそろ、一人で地面に立たなければ。

Re: あなたの剣になりたい ( No.141 )
日時: 2019/11/07 18:07
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kI5ixjYR)

episode.138 過度な触れ合いは、お断りします

「デスタンの周り、本当に色々あるのねぇ」
「はい」
「凄いわぁ。やっぱり美男子には陰があるのねぇ」
「陰しかありません」

 ミセは甘い声を発しながら、すぐ隣に座っているデスタンの片腕に、腕を絡める。また、体も密着させている。

 二人の時にいちゃつくのならば自由。
 それは二人の問題だから、デスタン本人が拒否しない限り、親しくするのは勝手だろう。

 だが、今は二人きりではない。目の前に私がいるのだ。知り合いとはいえ第三者がいる時は、もう少し遠慮がちに振る舞えないものなのだろうか。

 心の中にて愚痴を漏らしていると、ミセがちらりとこちらを見てきた。

「あーら。羨ましいのかしらぁ?」

 挑発的な目つきと言い方だ。

 私を悔しがらせたいのだろうが、そうはいかない。操り人形みたく、思い通りになってたまるものか。
 ミセの意のままになってたまるか、と、私は苦笑で流す。

「人の前では止めた方が良いと思います。ミセさん」

 淡々とした注意を放つデスタン。
 しかしミセは離れない。
 それどころか、より一層、デスタンに接近していっている。

「デスタンったらぁ、冷たぁーい! もっと仲良くしてちょうだぁーい!」
「嫌です」
「酷ぉーい。もっと優しくしてぇー」

 ミセは両手をデスタンの胴体に絡め、優しく抱き締める。また、デスタンの肩の辺りに頬を当て、すりすりする。

 ……これは一体、何を見せられているのだろう。

 ミセの方からの一方通行とはいえ、いちゃついている光景を見せられ続けるというのは、何とも言えない気分。私は、どのように反応すれば分からず、その妙な光景をただぼんやりと見つめ続けることしかできない。

「過度な触れ合いは、お断りします」

 デスタンは凛とした態度で触れ合いを拒む。が、その程度であっさり止めるミセではない。

「……仲良しね」

 異様に近い距離の二人を眺めていたら、半ば無意識のうちに漏らしてしまっていた。

 漏らしてしまった言葉に素早く反応したのはミセ。彼女は、デスタンに体をぴたりとくっつけたまま、妙に嬉しそうな顔でこちらへ視線を向けてくる。

 何も競っていないのに、彼女は勝ち誇ったような顔をしていた。

「いえ、仲良しではありません。世話になった恩があるため無理矢理引き離せないだけです」

 本当にそうだろうか?

 少し、疑問がある。

 デスタンのようにはっきりした性格の者なら、本当に嫌なら、無理矢理であっても逃れようとするのではないだろうか。

「……本当に?」

 こんなことを言ったら、デスタンの言葉を疑っているかのようで、彼に対して失礼になってしまうかもしれないけれど。

「当然です。私に何を期待しているのですか」
「いいえ。そうね……何度も聞いて、ごめんなさい」

 念のため謝罪しておくと、デスタンは素っ気なく「いえ」と返してきた。それから「ではこの辺りで、失礼します」と述べる。すると、その言葉を合図にするようにして、ミセがデスタンに手を差し伸べる。

「立つのねぇ?」
「はい」

 デスタンは、ミセの手や腕の力を借りつつ、徐々に腰を上げていく。
 十数秒ほどかけて起立した。

 ミセの行動はいつだって少し過激で。目を逸らしたくなるような時もあるし、控えるよう注意したくなるような時もある。

 けれど、彼女のデスタンを想う心は強いもの。
 彼女の愛は、広く深い海のようだ。

「では、これにて失礼します」
「もういいの?」
「はい。悪質な術や体調不良ではないようでしたから」

 悪質な術、て。
 そんなものがかかっていたら怖すぎる。

「心配かけてごめんなさい」
「いえ。それは王子に言って下さい」
「う……相変わらずね」

 私は言葉を詰まらせてしまう。
 すれ違いざまにいきなり殴られたような気分だ。

「でも、気にかけてくれてありがとう」
「いえ。私は何もしていません」
「そんなことないわ。わざわざ部屋まで来てくれたじゃない」

 するとデスタンは、呆れたように目を逸らす。

「……運動がてらです」

 その発言が、本当のことなのか、あるいは恥ずかしさを隠すための偽りなのかまでは、はっきりとは分からないけれど。

「そう! ……でも、そうね。運動は大切よね!」
「なぜ急に明るい顔になったのです?」

 言われてみれば、そうかもしれない。確かに、私は今、一瞬明るい気持ちになったような気がする。なぜだろう、理由は思いつけないけれど。

「ごめんなさい、分からないわ」
「そうですか。……ま、そうでしょうね。お気になさらず」

 秋風のように言い切り、デスタンは私の部屋から出ていった。もちろん、ミセに支えてもらいながら。

 彼が動けなくなった時、一時はどうなることかと思ったけれど、多少は回復してきたようで良かった。戦えるまで元通りにはならずとも、日常生活くらいは行えるようになった方が良いだろう。リゴールもきっと、回復を望んでいるはずだ。


 私はデスタンが徐々に動けるようになってきたことに安堵しつつ、扉を閉める。それから十歩ほど移動し、ベッドの上に寝転んだ。背中に柔軟な感覚。ただ、首もとにだけ違和感を覚えてしまう。その原因に気づくのに、四五秒かかってしまった。ちなみに、原因とは、首にかけていたペンダントの紐部分である。

 ペンダントを首から外し、体のすぐ傍にそっと置く。
 これで違和感は消え去るはず。

 それから私は、意味もなく天井を見上げる。しかしすぐに飽きてしまって。今度はそっと瞼を閉じた。

 ——その時。

 扉の方で、ガタンと大きな音が鳴った。
 私は飛び起きる。

 何かが倒れただけかもしれない。誰かが物を落としたりしただけかもしれない。
 けど、どうしても気になって。

 だから私は、ペンダントを再び首にかけて、扉の方へ向かった。

「何の音!?」

 扉を開け、廊下へ出て——愕然とする。

「……トラン」

 そこに立っていたのは、トラン。
 青みを帯びた髪の中性的な少年。

 そして、どのようにして侵入してきたのか分からぬ彼と対峙しているのは、デスタンとミセ。

「やぁ、君もいたんだね」

 トランはうっすら笑みを浮かべつつ、そんなことを言う。

「どうして貴方がここにいるの」
「やだなぁ。そんな怖い顔しないでよ」

 いや、この状況でニコニコしているなんて普通不可能だろう。

「ボクは、外で偶然会った人から鍵を借りて、訪問しただけ」
「それは侵入と言うのではないの!?」
「違う違う。ただ、少ーし、お邪魔しただけだよー」

 トランの発言はどれも理解不能。

「……それで、何の用なの?」
「ボクが会いに来たのは君じゃなくて、そっちだよ」

 私の問いに静かに答え、片手で指差すトラン。彼の人差し指が示しているのは私ではなく——私より彼に近い位置にいる、デスタンだった。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。