コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.12 )
- 日時: 2019/06/30 05:52
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
episode.11 一本の剣
ペンダントは消え、手の内には一本の剣。
刃部分は銀色で、しかしながら微かに光っている。いや、厳密には「白い光をまとっている」と表現する方が相応しいかもしれない。形自体は時折見かける普通の剣と何ら変わらない剣なのだが、微かに発光しているところだけは、普通の剣とは違っている。
予想外の展開に驚き戸惑う。
だが、そうなっているのは私だけではなくて。離れたところに立っているウェスタも、信じられないような顔でこちらを見ている。
「……引き離したうえ、剣になるとは」
彼女はほんの少し驚きの色を浮かべながら、そう呟いていた。
私よりホワイトスターのことを知っている彼女ならば、今のこの現象について何か知っているかもしれない。一瞬はそんな風に思ったのだが、彼女の表情を見ていると、そんなことはなさそうだと思えてきた。
「一体……何をした」
眉をひそめ、怪訝な顔で問いかけてくるウェスタ。
だが、その問いは答えようのない問いだ。
なぜって、私もまったく状況を掴めていないから。
「知らないわよ」
「新たな情報は必要。……答えろ!」
ウェスタは急に調子を強めてくる。
「答えられないわ!」
「……なぜだ」
「だって、私だってよく分かっていないんだもの!」
リゴールのペンダントが剣になるなんて、想像してはいなかった。
「どうしてこんなことになったのか、まったく分からないわ。だから、その問いには答えようがないのよ」
私は事実をはっきりと述べる。
だが、説明したところで、ウェスタは納得してくれない。
「……黙っているつもりか」
「だ、か、ら、言っているでしょ! よく分からないから答えられないって!」
なぜこうも理解されないのか、不思議で仕方がない。
言語が通じないというなら分かる。しかし、意思疎通ができていないわけではないところから察するに、言語自体は通じているのだろう。
だが、それならばなぜ分かってもらえないのか。
「仕方ない。ならば……試させてもらうまで」
ウェスタは唇を微かに動かし、次の瞬間、床を蹴った。
三つ編みにした銀の髪を揺らしつつ、彼女はこちらへ急接近してくる。
その速さは、まるで疾風のよう。
赤い瞳が、私を捉える。彼女は本気で仕掛けてきている——それは、彼女の双眸を見れば容易く察することができた。
今の私には剣がある。
しかし、私は剣術の稽古など受けたことがない。
いきなり一本の剣を渡されても、どう使えと、という心境だ。
訓練を受けていたわけでもなく、運動が得意というわけでもない。そんな私がいきなり剣を渡されても、使いこなせるはずがないではないか。
「ふっ!」
炎のような光をまとったウェスタの拳を、私は、その場から飛び退くことで回避した。取り敢えずの回避である。
だが、まだ終わらない。
一撃目を何とか避けたそこへ、彼女のもう一方の拳が向かってくる——。
私はそれを、咄嗟に剣で防いだ。
「……防ぐか」
防いだ、と言っても、凄いことをできたわけではない。ただ、両手で横向けにした剣を持ち、体の前方へ突き出しただけである。つまり、偶然彼女の拳を防ぐことができたというだけのこと。単なる奇跡である。
「……なるほど」
次はどうして防ごう——そう考えていたのだが、ウェスタが次を仕掛けてくることはなく。彼女は、数メートル後ろに跳び、私から離れた。
「……今日のところはここまでとしよう」
「え。わ、分かってくれたの」
「まさか。……地上の者を理解することなど、不可能だ」
ウェスタが冷たいことに変わりはなかった。
「ただ……この件は上に報告する、必要がある」
それだけ言って、ウェスタは姿を消した。
ほんの一瞬にして消える辺り、驚くほど人間らしくない。
「助かった……?」
誰もいない広間で呟く。
だが、安堵している場合ではないことを、すぐに思い出した。
「そうだった!」
この手に握られている剣は、まだ剣の形のまま。元々の形態であるペンダントには、まだ戻らない。どうすれば戻るのか、あるいはもう二度と戻らないのか。謎は多いけれど、一人で考え込んでも意味がない。
今はそれより、捕まっているはずの皆を探さなくては。
私は剣の柄を握ったまま、二階へ続く階段を駆け上がった。
「……っ!」
二階へ上がり廊下を走っていると、目の前に現れたのは——敵。
人間のようで人間でない、謎の生物。それが、三体ほど、私の前に立ち塞がった。
湖の畔でグラネイトに襲われた時、数十匹単位で現れていた彼らと、とてもよく似た姿をしている。恐らく、ブラックスターの手の者なのだろう。
「邪魔はしないで! 父さんたちのことを知っているなら、それは教えて!」
もしかしたら意志疎通できるかも、と、淡い期待を胸に述べる。だが、彼らは反応しなかった。不気味な声は発しているものの、私が理解できる言葉は何一つとして話さない。
「意志疎通は……無理なのね」
ただ、彼らがここにいるということは、拘束されている父親たちが付近にいる可能性も高い。ある意味では、それが分かっただけで十分と言えるかもしれない。
……けど、私一人でここを通らなければならないなんて、大問題。
まず、こんな怪しい生き物と戦う勇気がない。それに、もし仮に勇気があったとしても、剣術の心得がない。
どうしろと。
悶々としていたところ、謎の生物たちが接近してきた。明らかに私を狙っている動き方で。
「……もうっ」
ドタバタと落ち着きのない足取りで迫ってきた一体の腹部を、私は剣で薙ぐ。
否、薙ぐなんて立派な行為ではない。
両手で柄を握り、横向きに大きく振りかぶり、それを敵の腹にぶち当てたのだ。
それはもはや、『殴った』に近い。
ホウキでもできるような、素人丸出しの攻撃である。
ただ、まったくの無意味ということはなくて。私が剣で殴った敵は、剣が放つ白い輝きに体を裂かれて消滅した。
「……よし!」
私は内心、小さくガッツポーズ。
だが、まだ二体残っている。
気を緩められるような余裕はない。
ただ、先ほどまでよりかは気が楽になった。素人の私でも少しは戦える方法を、見つけることができたから。
——その後、残る二体も先ほどと同じように剣で殴って消し、私は先へ進んだ。
「……さい!」
人気のない廊下をさらに進むことしばらく。私は、リゴールの声が聞こえた気がして立ち止まった。
私が立ち止まったのは、少々装飾の施された木製の扉の前。
その部屋は、時折客を招き入れることのある、やや広めの部屋だ。お茶をしたり、落ち着いて話をしたり、そういう時に使っている部屋である。
狭い部屋ではないから、父親や使用人らを閉じ込めることもできるだろう。
——可能性はある。
マグカップの取っ手を大きくしたような形の、扉の取っ手を握り、押してみた。
扉はあっさりと開いた。
「リゴール!」
中は、私が予想していた状態に近かった。
縄で拘束された父親と使用人数名が部屋の奥に転がされており、リゴールは敵——謎の生物に刃物を向けられている。
「……エアリ!」
リゴールの青い瞳が私を捉えるのに、そう時間はかからなかった。
「どうやってここまで……!」
「あの女の人は帰ったわ。だから、ここまで来ることができたの」
「帰ったのですか……?」
喉元に包丁の刃を押し当てられているリゴールだが、今はそれより、ウェスタが退いたという話の方に興味が向いているようだ。
「そうよ。待ってて、リゴールもすぐに助けるから」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.13 )
- 日時: 2019/07/02 00:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6kBwDVDs)
episode.12 怒られずに済みはしたものの
父親や使用人は、敵から離れている。それゆえ、彼らが一瞬にして危険に晒されるということはないだろう。
だが、リゴールはそうではない。
彼の場合は、近くに敵がいるし、既に首を狙われている。なので、私のほんの数秒のもたつきによって彼が危険な目に遭う可能性は、比較的高いと言えるだろう。
ならば、優先すべきはリゴールだ。
……いや、本当は、私が彼を助けたかっただけなのかもしれないけれど。
「貴方が倒すべきは私よ!」
敵に向けて言い放つ。
すると、リゴールの首を狙っていた敵が、視線をこちらへ移した。
先ほど言葉による意志疎通が不可能であることは確認した。だから、敵がこちらを向いたのは偶々なのだろう。私が発した言葉に反応しての行動ではないものと思われる。
だが、それでもいい。
今は敵の意識をリゴールから逸らすことができれば、それで十分だ。
「かかってきなさい!」
腹部の前辺りで剣を構え、言い放つ。
剣を持っているとはいえ素人だ。それゆえ、本当は、かかってこられると困る。が、この状況だから仕方がない。すべては、犠牲を出さないためだ。
「エアリ……!?」
敵はこちらへと走り出す。
その様に、リゴールは動揺しているようで。
だが、彼に何かを返している余裕はなかった。敵が迫ってきているのだ、呑気に話してはいられない。
「遠慮なく行くわよ!」
……素人だが。
剣の柄を握る両手に、力を加える。そして、接近してきた敵を狙うようにして、剣を大きく振った。
白色の光が、宙を駆ける。
——そして、敵は姿を消した。
「や……やった……」
安堵の溜め息を吐くと同時に、言葉も漏らす。
取り敢えず目の前の敵は倒すことができたようで、心の底からほっとした。周囲に他の敵がいる様子もないし、恐らく、これで落ち着けることだろう。
その時。
「え、え、エアリーッ!!」
「……え?」
私の名を叫びながら、リゴールが走ってきていた。私のところで停止することなどまったく考慮していないような、凄まじい勢いで。
まずい。このまま走ってこられたら、激突する。
「ま、待って! 止まって!」
最優先事項はこれ。そう判断し、叫んだ。
リゴールはその叫びによって停止しなくてはならないことに気がついたようで、急停止。何とか止まったものの、前に向かって転びそうになり、暫し両腕を肩から回転させていた。
「大丈夫だった? リゴール」
「はい」
私の問いに、彼はこくりと頷く。
「なら良かったけど、あまり無理しちゃ駄目よ」
「は、はい……」
「敵に突っ込んでいくような真似は、特に駄目!」
「……申し訳ありません」
リゴールは落ち込み、元々小さい体を縮めていた。そのせいで、すっかり小さくなってしまっている。まるで小動物のよう。
「よし。それじゃあ、皆を自由にしてあげなくちゃ。リゴールも手伝ってくれる?」
「……はい!」
それから私は、リゴールに協力してもらいながら、拘束されている父親や使用人たちを自由にした。
危険な目に遭わせてしまったうえ、許可なく勝手に家に帰ってきた。だから、怒られて当然だろう。私はそう考えていたのだが、父親は意外にも怒らなかった。
ただ、彼は始終、起こっていたことを理解できていないというような顔をしていた。
「本当に、またしてもご迷惑を……申し訳ありません」
私の自室内にて、向かいの椅子に座っているリゴールは、そう謝罪した。
こうして彼の謝罪を聞くのは、これで何度目になるだろうか。数えていなかったから厳密には分からないが、二三回ではないように思う。
「気にしないで。父さんにも案外怒られなかったし、セーフだわ」
「お父様は……何と?」
「怪我がなく済んだから良かったが、あの不気味な男は今日中に出ていかせろですって」
私は父親から言われたことをそのまま伝えた。
「なるほど……それは当然のことですね」
リゴールは、父親の発言に反発する気はないようで。
しかし、その表情は暗かった。
今の彼の顔は、まるで、曇り空の下の街のよう。ぱっとしない。
「……ところで、ですが」
リゴールはぱっとしない顔のまま話題を変えてくる。
「その剣、なぜ使えたのですか」
「え?」
椅子に立て掛けていた剣に、改めて視線を向ける。
元々リゴールのペンダントであった剣。しかし、ペンダントの形に戻りそうな気配はまったくない。永遠に剣のままなのではと思ってしまうくらい、完全に剣である。
私はその剣を持ち上げる。
「これ?」
「えぇ……それは、わたくしのペンダントですよね?」
「そうなの! 急に変化したの」
ペンダントだったなんて信じられないくらい、今は剣だ。
「……信じられません」
リゴールは微かに目を伏せる。
「そうなの?」
「その剣を抜ける者が地上界にいるなど……とても」
事情はよく分からないが、よくあることではないということだけは分かった。しかし、それならなおさら、「なぜ私が」という気分だ。
「そのペンダントが剣となることがあるという話は聞いたことがあります。伝説によれば……そのペンダントは、かつてホワイトスター誕生に貢献した者が使っていた剣がペンダントの形になったものなのだと。そのような話を……いつか聞きました」
腑に落ちない、というような顔のまま、リゴールは話す。
「……ホワイトスターが滅ぶ前、幾人もの猛者が挑戦したのです。ペンダントを、何とか剣の形にできないかを。しかし……誰一人として成功しませんでした」
「剣にならなかったのね」
「はい。なのにエアリは剣を……」
リゴールは視線を上げ、こちらをじっと見つめてきた。
「何か心当たりは?」
「な、ないわよ! 心当たりなんて!」
すると彼は、再び視線を床に落とす。
「……そうですか」
彼が残念そうな顔をしているのを見ると、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
だが、協力しようがないのが現実だ。
私が剣を使ったのは、あの時偶々現れたから。そして、敵を退けるために使えそうなものが、剣以外になかったからである。
それ以上でもそれ以下でもない。
「あまり役に立てなくてごめんなさい」
「い、いえ! 答えて下さってありがとうございます、エアリ」
リゴールは笑みを浮かべながら言う。
そして、椅子から立ち上がった。
「あの……」
気まずそうな顔をしつつ、リゴールは小さく口を動かす。
「リゴール? どうしたの?」
「……今夜、もう一晩だけ泊めてはいただけないでしょうか」
「えっ。何それ」
私は思わず本心を発してしまった。
「あ、む、無理……ですよね。その……申し訳ありませ……」
「え、違う! 違うの、そういう意味じゃないわ!」
開いた両の手のひらを胸の前で振りながら述べる。
断るつもりだったわけではないからである。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.14 )
- 日時: 2019/07/02 00:38
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6kBwDVDs)
episode.13 白き夢の園
その晩、私はリゴールを泊めることにした。
とはいえ、もう堂々と泊めることはできない。だから、父親に秘密で泊めるという形になる。そこは少しばかり罪悪感があった。
けれど、彼を追い出すことはどうしてもできなくて。
結果、リゴールを泊めるのは私の部屋ということになった。
「本当に……良いのですか?」
「えぇ。頼まれたら、断るなんてできないわ」
「……色々申し訳ありません」
リゴールを部屋に泊めること自体に問題はない。が、寝るところが一つしかないという問題が浮上した。
「リゴール、ベッド使う?」
ベッドは一つしかない。
小さなベッドではないから二人で並んで寝ることも不可能ではないが、さすがにそれは抵抗があった。
「……え! ベッドはエアリがお使い下さい!」
「けど、そうしたらリゴールの寝るところがないわよ?」
するとリゴールは「あ」と小さく発する。
どうやら、気づいていなかったようだ。
「で、では……床に失礼します」
「床? それで大丈夫なの?」
確認すると、彼は、開いた両手を胸の前で合わせる。
「はい! 問題ありません」
リゴールはそう言って笑うけれど、本当にそんなことで良いのだろうか。王子ともあろう人を床で眠らせるなんて、怒られやしないだろうか。
「けど……寝づらいわよ?」
「いえ。無理を言ってお世話になっているのですから」
「べつに、気なんて使わなくていいのに」
ベッドの上の掛け布団を整えつつ、リゴールと話す。
「いえ……もう本当に……何とお礼すれば良いのか」
「いいわよ、お礼なんて。あ、なんなら、もういっそうちで働いたらどう?」
私は冗談のつもりだったのだが、リゴールは凄く驚いた顔をした。
「えっ……! わたくしが、ですか……?」
「冗談よ」
「え、あ……はい。承知しました」
その後、私とリゴールは寝た。
結局、私はベッドで眠り、彼は床で横になったのだった。
◆
——気づけば、見たことのない場所にいた。
足の下には白い石畳。視界には、いくつもの白いアーチのようなもの。アーチは、まるでそちらへ歩いていけと命じているかのように、整然と並んでいる。
私は取り敢えず歩き出す。
付近にある物体のほぼすべてが白く、しかし、空と思われる部分だけは灰色だ。
ここがどこなのかなんて分からないけれど、整然と並ぶアーチに導かれるかのように、歩いた。
歩くことしばらく。
目の前に、少しだけ開いている扉が現れた。
石なのだろうか——少なくとも木ではなさそうな材質でできた、全体的に白い扉だ。厚みは、精一杯広げた手の親指から小指の幅くらいはあるだろうか。そして、私がいる方の面——恐らく外側には、蔓や馬のような生き物が彫られている。
扉の向こう側からは、何やら音が聞こえてくる。
私は扉の隙間から、恐る恐る中を覗いてみる——そして、思わず口に手を当てた。
「……っ!!」
紅の血を流しながら倒れている女性の姿があったからである。
腰くらいまで伸びた長い金髪、高い鼻、滑らかそうな肌。倒れている女性は、血に濡れていてもなお、美しい。
横たわる彼女の美貌に心を奪われていると、何やら声が聞こえてきた。
「……む! 頼む、動いてくれ! 返事をしてくれ!」
男性の声だ。
声の質から察するに、恐らく、五十代くらいの男性のものだろう。
「……だ! こんなこと、……の子に、何と伝えれば!」
ただならぬ空気に、胸の鼓動が加速する。
今ここにいて良いのだろうか。間違って私が犯人扱いされるなんてことにはならないだろうか。そんな不安が込み上げる。
けれど、その場から離れることもできない。
まったく知らない場所だから。
「……を呼んで参りましょうか?」
「駄目だ! あの子に今以上……与えるわけにはいかない!」
どうやら、室内にはもう一人誰かがいるようだ。
「しかし、隠すというのも……かと……ますが」
「……おるのだ! こんな……にはいかん!」
扉の隙間から中を覗きつつ二人の会話を聞いていると、突如視界が黒く染まった。
◆
次に目が覚めると、自分の部屋だった。
灯りのない室内は真っ暗。しかし、窓から降り注ぐ月明かりがあるため、まったく何も見えないということはない。が、よく見えるということもない。お世辞にも、視界が良いとは言えない状態だ。
「……ゆ、め?」
どうやら私は夢をみていたようだ。
しかし、夢の中とはいえ血を流している人を見てしまうなんて、何ともついていない。アンラッキーとしか言えない。
——けれど、そんなものは始まりでしかなかった。
「目覚めてしまいましたか……」
はぁ、と溜め息をつく音を聞き、何事だろうと目を開く。
すると、目の前に見知らぬ男性がしゃがんでいるのが見えた。
「なっ……!」
ベッドの上に見知らぬ男性がしゃがんでいるなんて。驚き、理解できず、私は慌てて上半身を起こす。
「何者なの!?」
濃い藤色の髪は、男性にもかかわらず結構な長さで、一つに束ねてある。また、前髪の一部が長く伸びていて、左目が隠れている。
そんなミステリアスな風貌の男性だ。
いかにも怪しげである。
「名乗る義理はありません」
「ちょっと待って。勝手に入ってきておいてそれはおかしくない……?」
目の前の男性はにっこり微笑む。
が、それによって余計に不気味さが高まってしまっている。
名乗る気はないというような発言をきっぱりしておきながら、さりげなく微笑みかけてくる辺り、怪しいとしか言い様がない。
「何を馬鹿げたことを言っているのです?」
男性はベッドから軽やかに飛び降りる。
長いコートの裾が、ふわりと宙を舞った。
「生かしておいただけでも、感謝していただきたいものです」
「貴方、本当に何なの……」
男性の黄色い瞳は、床で横になって眠っているリゴールを捉えていた。
それを見て、ふと思う。
リゴールを狙っている輩の仲間ではないだろうか、と。
だとしたら危険だ。
「まさか、リゴールを狙っている人たちの仲間!?」
そう発した直後、私は男性に掴み上げられた。
男性は、数秒もかけることなく、片手で私の首を掴んだ。しかも、首を掴むだけでなく、そのまま私の体を持ち上げたのだ。結構な力である。
「なっ……離して!」
「今、リゴールなどと言ったのはどなたです?」
白に限りなく近い藤色の手袋をはめた手が、首を絞めてくる。
呼吸ができないほど絞められてはいないところから察するに、彼はまだ、私をすぐに殺す気はないのだろう。
「王子を知っているのですね」
「えぇ……だったら何よ……?」
「王子を監禁した挙句、呼び捨てにするとは」
男性の言い方に、ほんの少し違和感を抱く。
なぜだか分からないけれど、彼はこれまで襲ってきた敵たちとは違った雰囲気をまとっているように感じられる。
リゴールを狙う気はない、というか。
「もしかして……リゴールを狙っているわけではないの?」
直後、男性の手が首から離れた。
彼の手によって宙に浮かされていた私の体は垂直落下。おかげで、床で腰を打つはめになってしまった。
「まったく、恐ろしい女です」
男性は大袈裟に溜め息をつく。
「しかし——悪意はないようなので、今日のところは見逃して差し上げましょう」
「やっぱりそうなのね? リゴールの命を狙っているわけじゃないのね?」
そう言うと、鋭く睨まれた。
「ただし、次王子に手を出したなら、容赦なく消させていただきますので」
よく分からないが、どうやら、彼は私を嫌っているようだ。
しかも彼は、人の家に勝手に入った侵入者。犯罪者と言っても過言ではない。
ーーただ。
リゴールを殺そうとしているわけではないようなので、そういった意味では、ひと安心と言っても問題ないだろう。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.15 )
- 日時: 2019/07/03 22:13
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: /ReVjAdg)
episode.14 噛み付かれそうな
その後も、しばらく、気まずい時間が続いた。
勝手に入ってきた男性はリゴールを起こそうとしていて、私に攻撃してくることはなかった。が、時折様子を窺うように睨まれるのが、微妙に怖かった。
「起きて下さい、王子」
「まだ眠い……」
「こんなところで眠っている暇はないのですよ!」
男性に起こされたリゴールは、一応体を起こしはしたものの、まだ寝惚けている。すぐに普段通りとはいかないようだ。
「……ん?」
少しして、リゴールは怪訝な顔をした。
「エアリでは……ないのですか」
かなり寝惚けていたリゴールだが、さすがに、段々目が覚めてきたようだ。目が覚めるにつれ、彼の顔に訝しむような色が浮かんでくる。
「王子、何を言っていらっしゃるので?」
「……デスタン?」
——直後。
リゴールの目が急に大きく開かれた。
「え、えええ!?」
夜の闇に、リゴールの甲高い叫びが響く。
「な、な、なぜ!?」
「良かった。気がつかれたようで、何よりです」
「しっ、しかしなぜ!?」
「落ち着いて下さい、王子」
やはり、男性とリゴールは知り合いだったようだ。ということはつまり、男性は敵ではないということ。私は内心安堵の溜め息をついた。これはもう、完全にひと安心と言って問題ないだろう。
「その人は知り合いなの? リゴール」
私はリゴールに尋ねる。
混乱している彼には答える余裕などないかもしれない、と思っていたが、案外そんなことはなく。
「は、はい……。彼はデスタンといいまして、わたくしの護衛です」
意外にもきちんと返してきた。
「そうだったのね。なら良かった、安心したわ」
敵にではないとはいえ、夜中に勝手に侵入されたのだ。呑気に「良かった」などと言っている場合ではない。
ただ、発した言葉に偽りはない。
侵入してきたのが敵という可能性もあったのだから、その場合に比べれば、遥かに「良かった」と言える展開だろう。
そんなことを考えていると、男性——デスタンに、凄まじい勢いで睨まれた。
「……よくもそのような口の利き方ができますね」
「えっ」
「呼び捨てに加え、敬意の感じられない口調……あまり調子に乗ると、消しますよ?」
デスタンの黄色い瞳からは、凄まじい殺気が放たれている。
「け、消す……!?」
「王子にとって必要のない人間と判断すれば消します」
そこへ、リゴールが口を挟んでくる。
「待ちなさい!」
リゴールは、私とデスタンの間に立った。彼はそれから、デスタンの方へ視線を向ける。
「デスタン! いちいち喧嘩を売るような発言をするのは止めなさい!」
「……しかし、王子」
「事情は説明します! 取り敢えず黙りなさい!」
デスタンに向けて言葉を放つリゴールには、得体の知れない風格があった。私と話している時とは、雰囲気がまったく違う。護衛にはこうなのだろうか。
そんなことを考えていると、リゴールが私へ視線を向けてきた。
「ご迷惑おかけして……申し訳ありません」
やはり、いつものリゴールだ。
「貴方が謝ることはないわ。それより、彼は貴方の護衛の方かただったのね?」
「はい、実は」
リゴールは顔色を窺うような目つきで私を見ている。
下から来るような目つき。デスタンに対して物を言う時の凛とした振る舞いとは、別人のようだ。
「会えて良かったじゃない!」
私としては、少し寂しい気もするけれど。
「え、あの……」
「もう寂しくないわね!」
「……エアリ?」
リゴールは戸惑ったような顔をしている。
寂しくなっていることがバレているのだろうか?
いや、それはないはずだ。
出会って数日も経っていないのだから、そんなあっさり心がバレるはずがない。
「エアリ、その……少し様子がおかしいですよ? わたくしで良ければ、何でも言って下さい」
月の光だけが射し込む薄暗い部屋でも、リゴールの青い瞳ははっきりと見える。彼の瞳には、不安げな色が浮かんでいた。
「ふ、普通よ!」
「いえ。一日過ごさせていただいたので分かります。今の貴女は、貴女らしくありません」
リゴールの勘の良さは驚くべきものがある。
私が分かりやすい質なだけかもしれないが、こうも容易く異変に気づかれるとは思わなかった。
「私らしくない? 何を言っているの。私らしいなんて、分かるわけがないじゃない」
「……確かに、それもそうですが」
「とにかく、私のことは気にしないで!」
胸の奥を覗き見られているような感覚が怖くて、つい強く言ってしまった。リゴールはただ、私を心配してくれているだけなのに。
「はい。承知しました」
「……ごめんなさい」
後から申し訳ない気分になり謝罪すると、リゴールは笑みを浮かべて返してくる。
「い、いえ! お気になさらず!」
暗い中でもはっきりと分かるくらいの、よく目立つ笑み。穢れのない、華やかで真っ直ぐな笑顔だった。
「わたくしに遠慮は必要ありませんので! 気兼ねなく、何でも仰って下さいね」
王子ともあろう人がそんなことを言っていて良いのか? という疑問が、脳内に少し浮かんだ——その時。
「王子!」
デスタンが強い声で放った。
「どうかしましたか? デスタン」
「その女、一体何なのです!」
きょとんとしているリゴールと、険しい顔つきのデスタン。二人の表情は対照的だ。
「黙って見ていれば、王子をへこへこさせて。その女、調子に乗りすぎではないですか!」
放っておいたら今にも私へ噛み付いてきそうなデスタンを、リゴールは「落ち着きなさい!」と制止する。
「落ち着いて下さい、デスタン。わたくしはお世話になっていた身なのです。ですから、無礼があってはならないのです」
「……しかし王子」
納得できない、というような顔のデスタン。
しかし、リゴールはマイペースを貫きつつ発言を続ける。
「良いですか? デスタン。事情は今から簡単に説明しますが、終わるまで騒がないで下さい」
それに対しデスタンは静かに頷いた。
「……はい」
「では、少し時間がかかりますが、簡単に事情を説明させていただきます」
デスタンが冷静さを取り戻したところで、リゴールはこれまでの経緯を話し始めた。
私との出会いから、今夜は密かに泊まっているのだということまで。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.16 )
- 日時: 2019/07/03 22:14
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: /ReVjAdg)
episode.15 話し方の違和感
「……なるほど。その女は無害だということですか」
リゴールがひと通り説明を終えると、デスタンは静かにそう発した。その目つきは、先ほどまでとはまったく違う、大人しげなものに変わっていた。
「分かりましたか? デスタン」
「はい」
デスタンの返事に、リゴールは胸を撫で下ろす。
私も同じ心境だ。
そんな風にほっとしていると、デスタンが小さく口を開いた。
「しかし、その女が剣を抜けたという話だけは理解できません」
静かな声色で、表情も刺々しくない。そのため、攻撃性自体は、先ほどまでよりかなり下がっているように感じられる。
「王子は不思議だとお思いにならないのですか?」
「それは、わたくしもよく分からないところなので、それ以上突っ込んでこないでいただきたいです」
リゴールは速やかにきっぱり返した。
すると、デスタンはリゴールに問うことに諦めたようで、私の方へと歩み寄ってきた。
唇に薄い笑みを浮かべながら。
だが、その笑みが、逆に彼の不気味さを高めてしまっているように感じられる。
「な……何なの?」
「驚きました、なかなか興味深いところのある女のようですね」
一応攻撃的ではなくなっているものの、いつ豹変するか分からないから、油断はできない。少し前まであれほど殺気を向けてきていたのだ、そう易々と気を許すわけにはいかない。
「王子を保護して下さったことは感謝しましょう。ありがとうございました。蛮族の多さで有名な地上界で王子が無事だったのは貴女のおかげですから、本当に感謝しております」
いきなり毒を吐かれた。
さりげなくこの世界に毒を吐いてくる辺り、彼は少々ひねくれているようだ。
けれど、よく見ると、わりと綺麗な顔立ちをしていた。
やや女性的な顔立ちだが、近くで目にすると、案外整っている。美しい女性、と言えば近いだろうか。知っている言葉で上手く表現するのは難しいが、彼の中性的な顔立ちは、妙に惹かれるものがある。
「王子ともあろうお方を自室に泊めるという度胸も素晴らしいですね」
「え……?」
発言の意図が掴めず戸惑っていると、彼はふふっと笑みをこぼした。
「いえ。貴女が気になさることはありません。女は理解力に欠けている方が好まれる生物——そういうものなのでしょう?」
あっさりと嫌みをぶちかまされてしまった。
「そういうものかしら……」
「地上界の男から聞いたことですが?」
そこへ口を挟んでくるリゴール。
「デスタン! 貴方も地上の者と知り合いになったのですか!?」
小柄なリゴールは、飛びかかるかのような勢いで、私たちの間に入ってくる。
「はい」
「この近くで!?」
「いえ。ここからは少し離れたところです」
デスタンはリゴールの質問に静かに答えていく。
「うぅ、そうでしたか……」
がっかりしたように身を縮めるリゴール。こうして肩を落としている彼は、まるで子どもである。
……いや、実際に子どもなのかもしれないが。
「住むところとこの世界のお金少しを手に入れました」
「なっ! デスタン、貴方、意外と有能ですね!?」
リゴールに驚いた顔をされ、デスタンは目を細める。
「……そこを驚かないで下さい、王子」
リゴールとデスタンは、恐らく主従関係といったところなのだろうが、凄く仲良さげだ。普通想像する感じより、よく喋っている。
ただ、二人とも丁寧語で。
そこがどうも気になって仕方がない。
「あの……ちょっといい?」
どうでもいいことかもしれないが、一度気になり出すと気になって仕方がないので、直接聞いてみることにした。
「何ですか? エアリ」
素早く反応したのはリゴール。
「リゴールは誰にでも丁寧語なのね。こだわりがあるの?」
「いえ、特に……こだわりがあるということはありません」
「護衛の人にも丁寧語なのね」
すると、リゴールは不安げに眉を寄せる。
「……おかしいでしょうか」
「おかしいかは分からないけれど、何だか不思議な感じがするわ。二人とも丁寧語を使っているから、少し、違和感があるの」
私の発言を聞き、リゴールは身を縮めた。が、数秒後急に元気な顔つきに戻る。それから、胸の前で両の手のひらを合わせた。
「では! わたくしがデスタンに対する話し方を変えましょう!」
すぐにデスタンの方を向くリゴール。
「良いですね?」
「なぜですか」
「えぇと、では……」
リゴールが言いかけた、その時。
窓の外で、何かが光った。
直後、室内に凄まじい風が吹き込み——。
「ふはは! 見つけたぞ王子!」
その言葉を聞き、私は、何が起きたのかを理解した。
グラネイトが来たのだ。
これで三度目。
さすがにすぐに分かったので、私は、ベッドの陰に隠れて爆風から逃れた。
それにしても、またしてもこの家に攻撃してくるとは。それも、前とほぼ同じパターンで来るなんて、信じ難い。
「グラネイト様が来てやったぞ。ふはは!」
……彼は少し、頭が弱いのだろうか?
「また貴方なの!」
「んん?」
「さすがにもう、すぐ分かったわよ! しつこいわ!」
「なっ……このグラネイト様に『しつこい』は失礼だろうっ!!」
グラネイトと言葉を交わしつつ、リゴールの様子を確認する。彼の身は、デスタンが護っているようだった。その様子を見て、私は一人安堵する。
「調子に乗っていると、痛い目に遭うぞ!」
そう叫び、グラネイトは右手の手のひらを私へ向けてくる。
——直後、火球のようなものが飛んできた。
咄嗟にベッドの陰に隠れ、火球のようなものをかわす。私がかわした火球のようなものは、そのまま直進し、窓の反対側の壁に当たる。そして、爆発した。
「……爆発した!?」
「ふはは! そう、このグラネイト様の力は爆発を起こす!」
グラネイトは誇らしげに述べる。
「今回は上から許可を得て来たのだ! 家を壊しても許される!」
滅茶苦茶な理論だ。
「さぁ、王子を渡せ!」
割れた窓から室内に入ってきたグラネイトは、ベッドの陰にいる私の方へ歩いてくる。なぜか、リゴールではなく私に寄ってきている。
「待って。リゴールを狙っているのなら、私に寄ってくる必要はないのではないの?」
「渡すと言え」
「……へ? な、何よ! どうして私なのよ!」
グラネイトの言動は理解不能だ。
「王子を渡せ!」
「ならリゴールの方へ行きなさいよ! 間違ってるわよ、貴方!」
「許可を取る必要があるだろう!」
何が何だか、よく分からなくなってきた——その時。
「ぐはぁっ!」
グラネイトの体が、予期せぬ方向へ飛んだ。
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