コメディ・ライト小説(新)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.27 )
- 日時: 2019/07/16 03:05
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Jolbfk2/)
episode.26 彼らの始まり
デスタンはゆっくりと話し始める。
「私が初めて王子に出会ったのは、ブラックスター王より彼の暗殺を命じられ、ホワイトスターの城へ忍び込んだ時でした」
最初の一文で早速驚いた。
ブラックスターなんて言葉が出てきたからだ。
「え! ちょっと待って。貴方、ブラックスターの手下なの!?」
ブラックスターの者はリゴールの敵のはず。
だが、デスタンはリゴールの護衛だ。
……何がどうなっているの?
「黙って話を聞いて下さい」
「え、えぇ。そうね。ごめんなさい、続けて」
衝撃を受けたせいで取り乱してしまったが、彼に注意されたことで正気を取り戻す。いつもなら不愉快でしかないところだが、今ばかりは、彼の冷たさに救われたと言えるかもしれない。
「夜に王子の部屋へ侵入し、首を絞めて殺そうとしたのです。しかしそう易々とくたばる王子ではなくてですね」
夜に部屋へ侵入するのは彼の得意分野だったのか、と、意味もなく少し納得。
……いや、本当は納得するべきところではないのだろうが。
「彼は枕元にあったペンで私の左目を突き、逃れたのです」
「ご、豪快ね……」
「はい」
しかし、なかなか興味深い話だ。
リゴールとデスタンの出会いがこんな変わった出会いだったとは、驚きである。
続きが気になって仕方がない私は「それでどうなったの?」と問う。するとデスタンは、ほんの少し顔をしかめて、冷ややかに「せっかちは止めて下さい」と返してきた。安定の冷ややかな対応である。
「その後、少しの交戦を経て、王子に敗北した私は捕らえられてしまったのですが……」
強いじゃない、リゴール。
買い物の時、リゴールは「さほど強くない」とか「デスタンくらい戦えたなら」とか言っていたが、彼はかなり強いということが判明してしまった。
何とも言えない、複雑な心境である。
「処刑は避けられないと諦めていた私に、王子は救いの手を差し伸べて下さったのです」
「救いの手?」
「はい。護衛になる気はないかと声をかけて下さって。当時の私は断り続けていたのですが、処刑前夜に王子が勝手に話をつけてきて……そのまま自動的に、彼の護衛となりました」
自動的に、て。
粘り強い説得によって心が動いて、などという夢のある話じゃないのね。
「そうだったのね。でも意外。貴方って、そんなすんなり、主を裏切れる人だったのね」
「失礼ですね。主のこと裏切りません。ブラックスター王は私が決めた主ではありませんから」
「……そうなの?」
私は心の中で軽く首を傾げつつ発する。
「はい。私が決めた主は、王子だけです」
そう述べるデスタンの表情に迷いはなかった。
「ブラックスター王の命に従っていたのは、従うしかなかったから。ただそれだけのことですので」
少し空けて、彼は続ける。
「裏切るかもなどという心配は不要です」
ちょうど、その時。
扉が勢いよく開いて、全身から湯気が立っているリゴールが入ってきた。
「ただいま戻りましたっ」
いつもなら外向きに跳ねている髪だが、濡れているからか、今は毛先が下に向かっている。また、日頃着ている薄黄色の詰め襟の上衣は脱いでおり、煉瓦色のシャツが露わになっている。
「おや?」
そんな彼は、室内にデスタンがいることに気づくと、不思議そうにそちらへ視線を向ける。
「まだいたのですか、デスタン」
「はい。少しばかりお話を」
途端に、リゴールの表情が明るくなる。
「本当ですか!」
頬は緩み、瞳には光が宿る。
希望に満ちた顔だ。
「エアリと仲良くなれたのですね!」
「いえ」
デスタンはきっぱり返す。
「えぇっ……」
きっぱり返されたリゴールは、渋い食べ物を食べたかのような顔つきになる。そう、それはまるで、醜悪な香りと味の物をうっかり口に含んでしまった者のような表情。
「王子と私の出会いを話していたところです」
「……なるほど! そうでしたか!」
リゴールの表情は明るいものへ戻った。
彼は表情がくるくる変わるから、見ていると意外と面白い。退屈しないで済む。
「意外な出会いでびっくりしたわ」
「……エアリ」
「それにしても、リゴール、心が広いのね」
「え……?」
少し焦ったような顔をするリゴール。
「安心して、悪口じゃないわ。ただ、自分の命を狙った人を護衛にするなんて寛容だなーって思っただけなの」
私が彼の立場であったなら、デスタンを護衛になんてしなかっただろう。一度は自分の命を狙った人間を傍に置いておくなんて、怖くてできない。
「え、えぇ……それは、よく言われます……」
「やっぱり?」
「はい。提案した時は、周囲から猛反対されました……」
それはそうだろう。
周囲が「普通」と言える。
「ま、普通はそうなるわよね。リゴールはどうして、彼を護衛にしたかったの?」
「そうですね……敢えて言うなら、片目を奪ってしまったから、でしょうか……」
少し空けて、リゴールは続ける。
「わざとではないとはいえ、あれは過剰防衛に値します。ですから、せめて命だけでもお助けしようと」
——刹那。
「そういうことだったのですか!?」
デスタンが叫んだ。
かなり驚いたような顔をしている。
「何を驚いているのですか? デスタン」
「驚かずにはいられませんよ! そのような理由だったとは、知りませんでした!」
いつもは淡々とした口調を崩さないデスタンが、驚きのあまり大きな声を発している。その光景は、実に興味深い。
「そんなどうでもいいことが、私に手を差し伸べて下さった理由だったのですか!?」
「どうでもいいことではありません! 重大なことです!」
確かに、どうでもいいことではない。
「私にとっては視力などどうでもいいことなのですが」
「デスタン! 貴方は自分を大切にしなさすぎです!」
「今の状態でも十分戦えます」
「問題なのは戦えるかどうかではなくてですね!」
ひとまず落ち着きを取り戻し、淡々と言葉を発するデスタン。懸命に突っ込みを入れるような物言いをするリゴール。
二人がまとう空気は正反対で。
でも相性が悪いという感じはしないから、不思議だ。
それから数十秒ほどが経過し、二人の会話が終わると、リゴールが改めて私の方を見てくる。
「……と、こんなわたくしたちですが。これからもよろしくお願いしますね、エアリ」
リゴールが笑うと、心が温かくなった。
それはまるで魔法のよう。
彼の使う魔法は黄金の光を操るものであって、笑顔で他人の心を温かくするものではない。が、これはもう、魔法と言っても過言ではないくらいの、見事な効果がある笑みである。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.28 )
- 日時: 2019/07/16 03:06
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Jolbfk2/)
episode.27 母親との再会は唐突に
リゴールとデスタンの始まりを聞いた日から三日ほどが経過した、ある朝。
起きて間もない私を、ミセが呼びに来た。
「エアリ! お客様よ!」
三十分ほど前に起きたばかりだから、寝巻きのままだし髪も整えていない。にもかかわらず、部屋の外へ出なくてはならなくなってしまった。
「お客様、ですか? 私に……?」
「そうよ! 早く来てちょうだい!」
「え、でも……」
「貴女の母を名乗っているのよ! いいから、早く来て!」
身支度くらいさせてほしいのだが、ミセは聞いてくれそうにない。仕方がないから、私は、このままの状態で部屋を出ることにした。
玄関を出てすぐのところに立っていたのは、私の母親——エトーリアだった。
絹のように滑らかな長い金髪。サイドは長く伸びているが、後頭部側は華やかに結ばれている。また、肌は艶やかで、十代終わりの娘を持つ女性とは思えない。
私にはまったく似ていない、美しい容姿をしている。
「……母さん」
変わらない女神のような容姿を目にし、思わず漏らす。
「無事だったのね、エアリ!」
「どうしてここにいると……分かったの」
すると、母親は抱き締めてきた。
「聞いたわ、屋敷が火事になったんですって? ……災難だったわね、エアリ。でももう大丈夫よ。エアリはわたしが護るわ。これまではあまり会えなかったけれど……これからは共に過ごしましょう」
母親、エトーリア。
彼女は仕事があるらしく、あまり家にいなかった。だから、今までずっと、たくさん話すことはできなくて。
——でも、その胸の温かさは失われていなかった。
エトーリアは私を抱き締め終えると、ミセの方を向いて、すっと頭を下げる。
「うちの娘がお世話になりました」
いきなり礼儀正しく礼を言われたミセは、きょとんとした顔をしながら「い、いえいえー」と返した。ミセは戸惑っているようだった。
「さぁエアリ、帰りましょう」
「待って母さん! 勝手に話を進めないで!」
私を連れて帰る気満々の母親に向かって、私は言い放つ。
「一人でお世話になっているわけじゃないの。だから、勝手に帰るなんてできない」
今度はエトーリアがきょとんとした顔をする番だった。
「一緒にお世話になっている人がいるの。それに、私たちをここへ泊まらせてくれた人もいる。だから、勝手に帰るわけにはいかないわ。彼らにきちんと話さなくちゃ駄目なの」
リゴールにもデスタンにも、恩がある。
だから、自分一人だけ勝手に脱出するようなこと、できるわけがない。
「そうなの?」
「えぇ。分かってくれた? 母さん」
するとエトーリアは、穏やかな目をして、一度ゆっくりと頷いた。
「分かったわ。じゃあわたしは、エアリが準備できるまで待っているわね」
「……ありがとう、母さん」
それから一旦自室へ戻り、リゴールに事情を話した。すると彼は「エアリのお母様になら、一度お会いしてみたい」と言った。私にはその意味がよく分からず、少々戸惑ってしまってしまったけれど、せっかくなので紹介することにした。それを聞いたミセは、気を利かせて、そのための部屋を用意してくれて。おかげで、三人で顔を合わせられることとなった。
私が部屋へ入っていった時、エトーリアは既に、その部屋の中にいた。
狭い部屋の中にある一つの丸いテーブル。それを取り囲むように置かれた幾つかの椅子の一つに、静かに座っていたのだ。
「お待たせ、母さん」
私が先に部屋へ入る。
するとエトーリアは、こちらを向いて、柔らかく微笑んだ。
「これは一体どういうことなの? エアリ。三人で、なんて、聞いていなかったわ」
「そうなの。そんなつもりはなくて……でも、彼が会ってみたいって言うから」
すると、エトーリアは微笑む。
「……そう。分かったわ」
三人にするべきではなかったかもしれない——そう不安になったりしたが、エトーリアが微笑んでくれたから、少しは心が軽くなった。
ちょうどそのタイミングで、扉がほんの少し開く。
細い隙間から、リゴールが覗いてきた。
「あ、あのー……」
遠慮がちに声をかけてくるリゴール。
私は彼をすぐに招き入れようとしたのだけれど——それより先に、エトーリアが発した。
「リゴール王子っ……!?」
凄まじい勢いで、椅子から立ち上がる。
無関係であるはずの母親がリゴールの名を呼んだことに、私は驚きを隠せない。
「え。ちょ……母さん?」
「……あ。ごめんなさい、人違いだわ」
いや、人違いではないだろう。数多の名前の中から正しい名前を当てたのだから、それは人違いなどではない。見た目と名前のどちらもがまったく同じな者が二人もいるなんてことは、考えられないから。
「母さん……リゴールを知っているの?」
改めて問うと、彼女は首を横に振った。
「……いいえ、彼ではないわね。彼なはずがない。人違いだわ。まだ故郷にいた頃……彼によく似た知り合いがいただけよ」
「故郷……?」
「えぇ。でも、もう昔のことよ。忘れてちょうだい」
気になる点はいくつかある。だが、「忘れて」と言っている者に質問を続けるというのも問題だろうから、それ以上は質問しないでおいた。
「じゃあ! 改めて紹介するわ!」
気を取り直して。
「彼はリゴール。あの火事の少し前に、森で出会ったの。出身は……」
ホワイトスター。
そう明かしてしまって良いのか分からず、リゴールを一瞥する。
すると、彼は続けた。
「遠いところから参りました」
そう言って、リゴールはエトーリアに笑いかける。
「エアリのお母様であると、お聞きしております」
「リゴールお……違ったわね。リゴールくん、エアリと一緒にいてくれてありがとう」
リゴールくん、て。
……いや、べつに間違ってはいないのだが。
しかし「くん」付けとは妙な感じがして仕方がない。
「わたしはエトーリア。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
頭を下げるリゴール。
穏やかに微笑む私の母親——エトーリア。
不思議な構図だ。
「リゴールくんがエアリを村の外へ避難させてくれたの? ありがとう。おかげで、エアリが無事で済んだわ」
感謝の言葉を述べられたリゴールは、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「い、いえ……勝手に彼女まで避難させてしまって、すみませんでした」
「許すわ。だって、おかげでエアリは無事だったんだもの」
勝手な行動をしてしまったことを怒られなくて良かった。
今、私の心は、その思いで満ちている。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.29 )
- 日時: 2019/07/16 03:07
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Jolbfk2/)
episode.28 頭がパンクしそう
その後、私は、久しぶりに再会した母親エトーリアと共に、今彼女が住んでいる家へ向かうことになった。
……と言っても、これからずっとそちらで暮らすというわけではない。
それは、私が望まないからである。
安定した生活を得るという意味では、エトーリアの家へ行きそこで暮らすことが一番良いのだろう。でも、そうすると、せっかく親しくなれたリゴールに会えなくなってしまう。それは寂しい。
だから、一旦は彼女の家へ行くけれど、またミセの家へ帰ってくると、リゴールにはそう伝えておいた。
移動している間、馬車の中には私とエトーリアだけ。馬車に乗るのは二度目だから慣れてきているものの、エトーリアと二人きりというのは初めてなので、不思議な気分になる。
「ふふ。二人で出掛けるなんて、いつ以来かしら。エアリ」
「記憶にないわ」
前に会ったのがいつだったかさえ、忘れてしまいそうなくらいだ。
そんな状態だから、前に出掛けたのがいつだったかなんて、思い出しようがない。
それでもやはり、私と彼女は母と娘で。
だから、しばらく会っていなくても、普通に言葉を交わすことができる。
「母さんは仕事が忙しいのでしょう? 父さんからそう聞いていたわ。一体何のお仕事をしているの?」
狭い馬車の中、向かいの席に座っているエトーリアは、本当に美しかった。
彼女が私の母親だなんて、見た目では、とても信じられない。
白いレースに包まれた胸元も、水色のワンピースがぴったりと密着しているくびれも、私よりずっと綺麗。
「……えぇ、しばらく忙しくしていたわ。だから、家にもあまり帰ることができなかった、ごめんなさいね、エアリ」
じっと見つめて謝られると、何だか恥ずかしくなってしまって。
私は、視線を窓の外へと泳がす。
答えをぼかされてしまった気がするが、まぁ、今日のところはそれでいいとしよう。
「べつに気にしていないわ」
エトーリアの顔を見ることはできなかったが、そう返すことはできた。
窓の外には、穏やかな青空が広がっている。
「ところで母さん。一つ聞いてもいい?」
「いいわよ」
「どうして……彼のこと、リゴール王子って知っていたの?」
聞かない方がいい。そう思いもしたのだが、やはりどうしても気になってしまうから、思いきって尋ねてみた。
その問いに、エトーリアは口を閉ざす。
何か考え事をしているような顔で、じっと黙っている。
「母さん……」
「……そうね、エアリには話すべきかもしれないわね」
彼女の第一声はそれだった。
「わたしの生まれ育った国の王子がね、彼に凄くよく似ていたの。それに、名前もリゴールだった……」
偶然の一致?
いや、そんな偶然はあり得ない。
「その生まれ育った国って……ホワイトスターっていうところ?」
そんなこと、あるわけがない——そう思いつつも、私は尋ねた。
するとエトーリアは目を大きく見開く。
「どうしてその名を!?」
エトーリアはかなり動揺しているようだった。
だが、今動揺しているのは、エトーリアだけではない。私だって、同じように驚いていた。
「リゴールはホワイトスターの王子だわ」
「……本気で言っているの? エアリ」
「えぇ、嘘じゃないわ。だって、彼はリゴール・ホワイトスター。今はもうないけれど、ホワイトスターという世界の王子だったって、そう言っていたもの」
言い終わるや否や、エトーリアは大きな声を出す。
「今はもうない、ですって!?」
「え、えぇ……そう言っていたけれど……」
「ホワイトスターが滅んだということ!?」
エトーリアの鋭い叫びによって、馬車内の空気が揺れる。
それまでは馬車特有の微かな震動以外の音はほとんどなかったため、彼女の叫びが余計に大きく聞こえた。
「……信じられないわ。あれからの間に、一体何があったというの」
いや、「信じられない」と言いたいのは私の方だ。
この世の者たちはホワイトスターのことなんて知らない。私だって、リゴールと出会ったから知ることができただけであって、彼と出会わなければ知ることはなかっただろう。
そのくらいの認知度なのに、エトーリアはホワイトスターを知っていて。
しかも、生まれ育ったなんて言い出す。
話についていけないのだが。
「何があったかまでは分からないわ。リゴールに聞けば分かるでしょうけど……」
私はそう述べた。
それに対しエトーリアは、胸に右手を当てながら、静かに返してくる。
「そう。そうよね、仕方ないわ。エアリは当事者じゃないものね」
私は一旦黙り、しばらくしてから発する。
「……それより、母さんがホワイトスターを知っていたことが驚きよ」
ホワイトスターが滅んだ理由も、大切でないことはない。特に、ホワイトスターをよく知る者にとっては、気になるところなのだろう。
だが、私にとっては、それより重要なところがある。
エトーリアが、私の母親が、ホワイトスター出身であった——というところだ。
「そうね。驚かせてしまってごめんなさい、エアリ。黙っていたことは悪かったと思っているわ」
こんな身近に、ホワイトスターにルーツを持つ者がいたなんて。
「そのこと、父さんは知っているの?」
「知らないわ」
「えっ。隠しているの?」
「そうよ。彼は、私がこちらへ来て働いていた時に出会った人だもの」
父親が知らないのなら、私が知らなかったのも仕方がない、か。
「じゃあ、今後も父さんには言わない方がいいわね」
何も考えずそう発すると、エトーリアの表情が一変する。
それだけは言わないでほしかった、とでも言わんばかりに。
「……エアリ」
「え?」
「父さんは……その」
目を伏せ、悲しげに声を揺らす。
「この前の火事で……亡くなったのよ」
時が止まった。
ほんの一瞬、そんな気がした。
「やはりまだエアリは知らなかったのね。……伝えるのが遅くなってごめんなさい」
エトーリアは顔を俯け、秋の夕暮れのような声で述べる。
馬車内に、葬式のような空気が広がっていく。私にとっては父親、エトーリアにとっては夫にあたる人が命を落としたというのだから、仕方のないことではあるのだけれど。でも、つい先ほどまでの穏やかな時間が恋しい。
「父さんは……逃げ遅れたの?」
いきなり言われても、どうも実感が湧かない。
「わたしもその場にいたわけではないから、詳しいことまでは分からないわ」
エトーリアは瞼を閉じたまま、ゆっくりと首を左右に動かす。
「母さんはどうして知ったの?」
「家で働いてくれていた方いらっしゃったでしょう? えぇと……バッサさん、だったかしら」
「バッサが伝えたのね!」
「えぇ、そうなの。他二人くらいの使用人の方を連れて、わたしが暮らしている家まで知らせに来てくれたのよ」
こんなことを考えては叱られるかもしれないが……バッサが無事だと分かって嬉しかった。実質母親のような存在であったバッサに、あんな形で別れてもう二度と会えないなんて、そんなのは胸が痛い。
「バッサ……無事だったのね。良かった……」
彼女の無事を耳にした途端、急に心が解ほぐれた。
日々の中で特別彼女の身を案じていたというわけではないけれど、心のどこかで実は心配していたのかもしれない。
「彼女もわたしの家にいるわ。会えるわよ、エアリ」
「それは嬉しいわ! 変な別れ方になってしまったから、きちんと謝りたかったの!」
バッサが生きていたことは、とても嬉しいことだ。今すぐここで踊り出したくなるくらい、嬉しい。
けれど、正直、頭が追いついていない部分もかなりあった。
エトーリアがホワイトスターを知っていたこと。
父親があの世へ旅立ってしまったこと。
新しい情報が多すぎて、頭がパンクしてしまいそうだ。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.30 )
- 日時: 2019/07/17 12:47
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HhjtY6GF)
episode.29 どうか、奇跡を
揺られ続けることしばらく。
がたん、と音を立てて、唐突に馬車が止まった。
向かいに座るエトーリアと顔を見合わせる。
恐らく、人か野生動物かと接触しかけて急停止した、といったところだろう。そんな風に思い、再び動き出すのを待つ。
だが、数分が経過しても馬車が再び動くことはなかった。
なかなか動き始めないことに違和感を抱き始めた頃、エトーリアが立ち上がる。
「何かあったのかしらね? 少し様子を見てくるわ」
エトーリアは入り口に向かって数歩進み、扉をゆっくりと開ける——直前、窓から人影が見えた。
「待って! 母さん!」
嫌な予感がして叫ぶ。
「え?」
「開けないで!」
エトーリアは戸惑った顔をしながらも、扉を開けないでいてくれた。
私は木材製の壁で身を隠すようにしながら、窓から外を覗く。人影の正体を確認するためである。
「……やっぱり」
銀の緩い三つ編みに、燃えるような赤い瞳——ウェスタだ。
私を狙っているのか。
それとも、リゴールを探しているのか。
そこのところは明確ではないが、顔を合わせるとなると厄介だ。リゴールがおらずとも、攻撃される可能性がないわけではないのだし。
「何がどうなっているの? エアリ」
「あの人……厄介な人だわ」
エトーリアは、私とは反対の窓から、外を覗いていた。
「厄介な人? あの女性が?」
「えぇ。前にリゴールを狙って襲ってきたの」
「それは確かに厄介ね」
呑気に「厄介ね」なんて言っている場合ではないと思うのだが。
「できれば顔を合わせたくないわ……」
私は思わず漏らす。
すると、エトーリアは閃いたように言う。
「分かった! じゃあ、わたしが話をしてみるわ!」
「え」
「エアリのことは知っているとしても、わたしのことまでは知らないはずだもの。わたしが話せば安全よ」
安全だとは思えない。
私が出ていくよりはましかもしれないけれど、知らない人だからといってウェスタが何もしないという保証は、どこにもない。
「危険よ、母さん」
「でも、ずっとこのままというわけにはいかないでしょう?」
「それはそうだけど……」
「ふふ。大丈夫よ、エアリ。きっと分かってもらえるわ」
エトーリアは穏やかに微笑みながら扉を開ける。そして、馬車から降りていった。
私は一人残される。
こんなところで一人隠れているなんて、怖いものから逃げているみたいでかっこ悪い。そう思いもしたが、それでも、馬車から降りていく勇気はなかった。
馬車の中でしゃがみ、エトーリアが戻ってくるのを待つ。
私が出ていくよりかはましだろうが、それでも、相手はウェスタ。油断はできない。
誰か一人でも彼女の相手をできる者がいればいいのに——そう思った時、ペンダントのことを思い出す。
「……そうだ」
首にかけている、銀と白のペンダント。リゴールから貰ったものだ。
確か、これは剣に変化させることができたはず。
今はペンダントの形だし、どうすれば剣になるのかも分からない。けれど、これを剣の形にすることができたなら、少しは戦えるかもしれない。
もっとも、素人の私が剣を握ったところで、ウェスタを撃退できる保証なんてどこにもないのだが。
「でもこれ……どうすれば剣になるのかしら」
前に剣になった時は、土壇場での変化だった。それゆえ、どうすれば変化するのか、はっきりとした答えは知らない。きっと何かあるのだろうが。
その時、何やら大きな破裂音が耳に飛び込んできた。
一瞬は耳を塞ぎ、その後すぐに、窓から外の様子を確認する——と、地面に倒れ込んでいるエトーリアの姿が見えて。
「……っ!」
思わず手で口を押さえる。
助けないと。
そう思った私は、半ば無意識のうちに馬車の外へ駆け出す。
「母さんっ!」
馬車を降り、地面に倒れ込んでいるエトーリアに駆け寄る。
「何をされたの!?」
倒れ込んでいるエトーリアに問う。
すると彼女は、掠れた声でそっと答える。
「……平気よ、エアリ」
「とても平気には見えないわ、母さん……」
意識ははっきりしているようだ。それに、目立った外傷もない。出血があるわけでもないから、早く手当てしなければ死ぬということはないだろう。
だが、それでも、心配であることに変わりはない。
「それより……駄目じゃない、エアリ。馬車から降りて……くるなんて」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょ!?」
「駄目よ降りてくるなんて……。危険よ」
エトーリアは私のことを心配してくれているが、今はそんなことを言っている場合ではない。
横たわるエトーリアを抱えようと彼女の体に手を回した、ちょうどその時。
冷ややかな声が聞こえてきた。
「……来たね」
聞き覚えのある声に、私は視線を上げる。
——その先にはウェスタ。
「貴女……!」
「……こんなところで会うとはね」
銀の三つ編みが風に揺れている。
「正直驚いた。でも……ちょうどいい」
ウェスタは淡々と述べつつ、私とエトーリアの方へ歩み寄ってくる。
「来ないで!」
「……それはできない」
「貴女、母さんに何をしたの!」
「……答える必要はない」
こんな形で彼女と再会することになるなんて、何ともついていない。
街から少し外れた人通りのない道。
助けを呼ぶことはできない。
一体どうしろと。
戦えとでも言いたいのか、運命は。
「貴女の狙いはリゴールでしょう? 残念だけど、彼はここにはいないわよ」
「……それは問題ない。ホワイトスターの王子は、今頃グラネイトが殺しているだろう」
「何ですって!?」
……いや、落ち着こう。
ウェスタの発言は偽りかもしれない。私を動揺させるための嘘ということも考えられる。
それに、リゴールはそう易々と殺されるような弱者ではない。
「そんなことを言って、何のつもり?」
「……事実を述べたまで」
ウェスタの赤い瞳は、私をじっと捉えて離さない。
その視線は、まるで刃のよう。鋭くて恐ろしい。
けれど、その程度で怯む私ではない!
「残念だけどね! リゴールはそんなに弱くないわよ! あんな間抜けに負けたりしないわ!」
本当は怖いのだが、弱気なところを見せたくなくて、日頃より強気に振る舞う。
「……そうは思えない」
ウェスタは相変わらずの淡々とした口調で言った。
「グラネイトが間抜けであることは認める。だが……ホワイトスターの王子にも勝てぬほどの間抜けではない」
ウェスタはそう言って、右手を掲げる。すると、その手に赤い炎が宿った。
「……今日こそは仕留める」
逃げることが最善。
それができるなら、迷わずそうしただろう。
だが、今の私には、逃げるという道がなかった。どうしても、その道は見つけられなくて。
——だから。
「分かったわ! 相手してあげるわよ!」
私はペンダントを握る。
奇跡は何度も起こらない。世の中そんなに上手くできてはいない。
それは分かっている。
でも、それでも——。
どうか、奇跡を。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.31 )
- 日時: 2019/07/17 12:48
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HhjtY6GF)
episode.30 無益な戦い
——同時刻、ミセの家。
リゴールは一人の男と対峙していた。
「ふはは! 今日こそは決着をつけさせてもらうぞ、王子!」
「……今日は窓を割らなかったのですね」
一人の男というのは、グラネイト。
現在の自室、エアリと共用の部屋で一人のんびりしていた時、グラネイトがいきなり窓から入ってきたのだった。
「そうだ。というのも、今日はいつもと違い、誘いに来たからな」
「……誘いに?」
怪訝な顔をするリゴール。
「そう! では早速。一対一の戦いをしようではないか!」
「お断りします」
「な、なにィ!?」
一対一の戦いを所望したものの即座に拒否されたグラネイトは、顎が外れかけるほど口を大きく開ける。
「このグラネイト様の提案を拒否するだと!?」
グラネイトの灰色の肌が、怒りのせいか徐々に赤く染まっていく。
「……わたくしは、無益な戦いはなるべく避けたいのです」
「無益だと? 馬鹿か! 無益などではない! これは、我がブラックスターとホワイトスター、どちらの血が優秀かの戦いだ!!」
グラネイトは、戦闘を避けようと消極的な態度を取るリゴールに腹を立てているらしく、荒々しく言葉を発する。
「ですから……そのような争いは無益なのです」
「何だと!?」
「どちらの血が優秀かなんて、傷つけあってまで決めることではないでしょう……!」
リゴールは怯まず主張する。しかし、グラネイトはリゴールの主張を受け入れない。否、そもそも聞こうとさえしていなかった。
「あぁ!? いつもの威勢の良さはどうしたんだ!?」
グラネイトは脅すような低い声で挑発的な言葉を発しながら、一歩、一歩と、リゴールに迫る。
「今日は妙に弱気じゃないか!」
リゴールは挑発に乗ることはせず、眉をひそめて少しずつ後退する。
「……わたくしは本来、気の強い人間ではありません」
「なら、いつも偉そうな口利きやがるのは何なんだ!」
グラネイトは苛立ちを爆発させるように叫ぶ。
リゴールは落ち着いた声で返す。
「エアリを不安にしたくないからです」
そしてリゴールは、上衣の内ポケットから本を取り出す。
「それ以外の理由などありません」
リゴールが本を取り出したのを見て、グラネイトは口角をくいと上げた。
「ふはは! ようやくやる気になったか!」
「……いえ。無益な戦いは望まない、わたくしの思いに変わりはありません。それでも……貴方は戦いを望むのですか」
暫し、沈黙。
リゴールとグラネイト、二人だけしかいない空間は、痛いほど静かな空間と化している。
——そんな中、先に口を開いたのはグラネイトだった。
「そうだ。このグラネイト様はもちろん、ブラックスターに生きるすべてが、戦いを望んでいる」
リゴールは戦いたいとは思っていない。もし戦わずに済む道があるなら、間違いなく、その道を行ったことだろう。
だが、戦いを避けられる道はない。
彼はそれに気がついていた。
だから、望まないものの武器を取り出したのだ。
「戦うしかないと言うのですね……分かりました」
リゴールは改めて、グラネイトを見据える。
「そうだ。だがここは狭い。場所を変えよう」
「場所を?」
「外でならお互い全力で戦える。その方が良いだろう」
グラネイトの提案に、リゴールは戸惑いつつも頷いた。
そして二人は場所を移す。
ミセの家から歩いて五分もかからないところにある、高台の中でも一段高くなっているところ。
草が生えていない、土が剥き出しになった地面。
遮る物がないせいで乾いた風が吹き荒れている。
普通の人なら、よほど重要な用がない限り決して行くことのないような、そんな場所だ。
リゴールはそこで、本を片手にグラネイトと対峙している。
「ふはは! ここでなら存分にやり合える! 今日こそ、このグラネイト様が、お前を殺る!!」
グラネイトは長い腕を伸ばし、正面に立つリゴールを指差す。
「……風が寒いので、早く帰りたいのですが」
吹き荒れる強風に黄色い髪を揺らしつつ愚痴を言うリゴール。その少年のような顔には、不快の色が濃く滲んでいる。
「余裕をかましやがって……」
「寒いところは嫌いです!」
「文句は、このグラネイト様を倒してから言えばいい……」
グラネイトは片手を横に伸ばす。すると、彼の体を囲むように、火球のようなものが並んだ。
「いくぞ!」
叫ぶグラネイト。
火球のようなものが、リゴールに向かって飛ぶ。
リゴールは右手に軽く持っていた本を素早く開く。
そして、左手から溢れさせた黄金の光で膜を作り、火球のようなものを防ぐ。
黄金の光の膜にぶつかった火球のようなものは、その場で小爆発を起こして消えた。
辺りに煙が立ち込める。
グラネイトはその煙へと突っ込んでいく。
「せやぁっ!」
煙の中で接近し、長い足で回し蹴りを繰り出すのはグラネイト。対するリゴールは、咄嗟に後ろへ跳び、回し蹴りを回避する。
——しかし、そこへ、もう一方の足での蹴り。
「……っ」
リゴールは左腕で蹴りを受け流す。そしてそのまま片足を突き出し、グラネイトを蹴り飛ばす。
「なにっ!?」
反撃を想定していなかったらしく、グラネイトはバランスを崩す。
「……参ります!」
バランスを崩したタイミングを狙い、リゴールは黄金の光を放つ。
「ぐぅっ」
脇腹に黄金の光を食らったグラネイトは、短く詰まるような声を漏らし、よろけながら数歩下がる。
魔法による攻撃を食らい動きを止めたグラネイトに向かって、リゴールの魔法がさらに放たれる。
「ぐっ!」
グラネイトは両手を胸の前で交差させ、黄金の光を防ぐ。
だが、防いだからといってダメージがないわけではないようで、眉間にしわを寄せている。
「……やるな、王子」
「気が済んだなら去って下さい。無益な争いは望みません」
リゴールは静かな声でそう告げる。
「もう止めましょう、こんなこと」
だが、リゴールの言葉がグラネイトに火をつけた。
「馬鹿にしやがって……ふざけるなぁぁぁ!」
草一つ生えない大地を蹴り、グラネイトはリゴールに向かって駆けてゆく。
「……まだ続けるのですね」
「当然だろう! どちらかが絶命するまで、戦いは終わらない!!」
襲い来るグラネイトを捉えるリゴールの瞳には、悲しげな色が滲んでいた。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42