コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.127 )
- 日時: 2019/10/22 19:48
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6kBwDVDs)
episode.124 彼を追って
そそくさと外へ向かってしまったリゴールを追おうと思っていたら、偶々通りかかったエトーリアに話しかけられてしまった。しかも、こんな日に限ってエトーリアの機嫌が良く、前に二人で出掛けた時のビーズアクセサリーの話なんかを振られてしまって。私は早くリゴールを追いたかったのだが、なかなか追うことができなかった。
その後、何とかエトーリアから逃れて私が外へ出た時には、リゴールの姿はどこにもなかった。
屋敷の外は、白い石畳が荘厳な雰囲気を漂わせる空間。
私はそこを駆け、辺りを見て回るけれど、リゴールらしき者の姿は見当たらない。目に映るのは、自然だけ。
もう行ってしまった?
……いや、でも、リゴールの運任せ過ぎる作戦がこんなすんなり成功するとは思えない。
まさか、木々の方へ?
……いや、徒歩でそんなに速く移動できるとは考え難い。
どうしよう、と迷い、一人あたふたしていた、そんな時だった。
「見つけた」
建物の陰から静かな声が聞こえてきて、私はそちらへ視線を向ける。すると、白銀の髪の女性——ウェスタの姿が視界に入った。
「ウェスタさん!」
「……王子がわざと敵に連れていかれたけど……何事?」
「リゴールを見かけたの!?」
私は思わず、彼女の手を強く握ってしまった。
「そう……襲われるのを待ってるみたいだった。一切抵抗しないのはおかしい……」
「リゴールはブラックスターへ行ったのね!?」
問いに、ウェスタはそっと頷く。
「お願い、ウェスタさん! 私をブラックスターへ連れていってちょうだい!」
「……まずは落ち着いて」
「落ち着いてなんていられない! リゴールに何かあったら大変よ!」
——刹那、手首に鋭い痛みが走る。
「っ!?」
目の前のウェスタに手首を捻られていたのだった。
「ちょ、何するの!」
「……落ち着け、と言っている」
瞳は激しく燃え上がる炎のように赤いのに、そこから放たれる視線は氷でできた剣のように冷ややか。
「ご、ごめんなさい。落ち着くから、離して」
すると、数秒経ってから、ウェスタはようやく手を離してくれた。
「……心配要らない。グラネイトがつけているから。連れ戻すよう、指示しておいた」
「グラネイトさんが……そうなの。ありがとう」
一人ぼっちでないなら、危険度も少しは下がるかもしれない。グラネイトならブラックスターとこちらの世界を行き来できるし、リゴール一人より安心だ。
「けど心配だわ。私も傍にいたいわ」
「危険」
「連れていってと頼んだら……怒る?」
また手首を捻り上げられたらどうしよう、と、恐れつつも言ってみる。するとウェスタは、赤い瞳で私の顔を凝視してくる。
「……な、何?」
「怒りはしない。怒る意味がないから」
「そ、そう……」
「ただ、行くのなら覚悟は必要」
表情も声色も、真剣そのもの。そんなウェスタを目にしたら、心の隅に恐怖心という名の芽が現れてきて。行かない方が良いのではないかと、そんな考えが脳内に溢れてくる。
「……どうする」
ウェスタの口から放たれた問いに、私はすぐには答えられなかった。
リゴールの傍にいる。
そして、彼を護る。
とうにそう心を決めていたはずなのに、ウェスタの問いに即答はできなくて。
「私、は……」
「即答できる覚悟がないなら、行かない方が良い」
ウェスタはきっぱり述べた。
私も、彼女の発言が間違っているとは思わない。けれど、その発言に従って大人しくしている気には、どうもなれない。
「い、行くわよ! リゴールが心配だもの。当然じゃない!」
彼を救えるほどの強さが私にないとしても、だからといって下がってはいられない。
「……本気?」
「もちろん! 本気よ!」
「……そう」
ウェスタは独り言のように呟き、それから私の右腕を掴む。
「なら……様子を見に行く」
——直後、私たちの体はその場から消えた。
次の瞬間、立っていたのは古びた狭い通路。
一応ところどころにランプはあるようだが、数は少なく、しかも光は弱々しい。そのため、薄暗く、視界はあまり良くない。
「……問題はない?」
「え、えぇ。ここは……ブラックスターの近く?」
「そう」
ウェスタはすっと頷き、周囲を見回す。私も真似して見回してみたが、灰色の空間と煉瓦が視界に入るだけで、他には特に何も見えなかった。
「ここに気配があったように思った。だが……見当たらない」
「どこへ行ったか、分からないの?」
敵地を闇雲に歩き回るわけにはいかない。もしまったく見当がつかないのなら、一旦引き返すことも視野に入れなければならないかもしれないというものだ。無論、そんなことはなるべく避けたいが。
「……王子は何か言っていたか」
「え?」
「ブラックスターへ行く目的」
「目的? そ、そうね……確か、ブラックスター王に話をつけるとか何とか……。けど、そんなこと、できるわけがないわ……」
その時、ウェスタは急に、納得したように「そうか」と発した。
「分かった。行こう」
「え。わ、分かったの?」
ウェスタは足を動かし始める。
それに従い、私も歩き出した。
「王の間は最上階。ルートは……二つ。片方は皆が使う最短ルート、もう一方は基本誰も使わない裏ルート。王子らが使っているのは、恐らく、裏ルート」
歩きながら、ウェスタは淡々と話す。
「ま、待って。リゴールはブラックスターのことをそんなに知らないはずよ。裏ルートなんて、知っているわけがないわ」
リゴールがここへ来たのは、この前誘拐された時くらいしかないはず。一度だけでそんな詳しいところまで把握するなんて、超能力でもない限り不可能だ。一回しか来たことがないのだから、裏ルートどころか最短ルートさえ知らない可能性が高い。
「……グラネイトがいる」
「グラネイトさん? 確かに、それなら、分かるかも……でも、連れ戻すよう言ってくれたのではないの?」
連れ戻すよう言われているのに、リゴールの意思に従って王のところを目指しているというの?
「そう。けど、これだけ戻ってこないということは……グラネイトが心変わりした可能性が高い」
「裏切ったってこと?」
「いや、それはないはずだが……」
ウェスタは、言いかけて止めた。また、それと同時に足も止めていた。
「え、あの、ウェスタさん?」
——刹那。
狭い通路に乾いた破裂音が響いた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.128 )
- 日時: 2019/10/24 05:07
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1CRawldg)
episode.125 痕跡を辿り行く
破裂音に続き、煙が漂う。
しばらくしてそれが晴れた時、目の前には少女が立っていた。
十代前半くらいに見える背格好。灰色の髪は黒のリボンで結んでおり、包帯を巻いたようなデザインのワンピース。
そして——黒い小型銃。
見覚えがある。確か、彼女とは以前に一度交戦したことがある。この記憶に間違いはないはずだ。
「ハロー。裏切り者サン」
少女は軽やかな足取りで近づいてくる。
対するウェスタは、警戒心を隠すことなく、目の前の少女を睨んでいた。
「侵入者は王子とか聞いてたカラ、今、ちょーっと残念な気分なんだよネ」
「……それ以上、近寄るな」
「プププ。ごめんだケド……それは無理!」
少女の指が引き金を引く。
銃口から、灰色の弾が飛び出す。
ウェスタは炎を宿した右手で、弾を払った。
「ウェスタさん、私……」
「構わない。後ろにいればいい」
剣が使えたら戦えるのに——そんな風に思い、複雑な心境になっていた私に、彼女はそっと言ってくれた。
少女は小型銃の銃口をこちらへ向けている。
が、ウェスタは構わず直進していく。
「ぶっ飛ばしてやル!」
次から次へと撃ち出される、灰色のエネルギー弾。しかしウェスタは、弾丸のことなど微塵も気にせず、真っ直ぐに駆けてゆく。
「……甘い」
エネルギー弾をかわしながら少女に接近したウェスタは、ぽつりと呟き、振りかぶって蹴りを放つ。
ウェスタの蹴りをまともに食らった少女は、数メートル後方の壁に激突。気を失った。
少女は動かなくなった。が、ウェスタはまだ警戒しているようで、彼女は、倒れている少女にゆっくりと歩み寄る。それから少女の首を掴み上げる。
「待って! ウェスタさん!」
私は咄嗟に叫んだ。
ウェスタが少女を殺めるような、そんな気がしたから。
「何」
「彼女を殺す必要はないわ」
「……なぜ」
「無意味な殺生は控えた方が良いわ」
ウェスタは数秒驚いたような顔をしたけれど、すぐに普段通りの冷ややかな顔つきに戻り、少女の首から手を離した。
「……後悔しても知らない」
「分かってくれてありがとう」
「問題ない。……それより、急がなければ」
ウェスタは再び歩き出す。
「そっちで合っているの? 分かるの?」
「微かに、グラネイトの力の痕跡を感じる」
私は何も感じない。否、感じられないのだ。グラネイトのものであろうが、リゴールのものであろうが、何も感じ取ることはできない。
「力を使った痕跡、ということ?」
「そういうこと」
「……そんなのが分かるのね。少し、羨ましいわ」
力の痕跡。それを微かにでも感じ取ることができたなら、私も、きっともっと役に立てるだろうに。
それからはずっと、闇の中を進んだ。
ウェスタが選ぶのは細い通路ばかり。しかも、そのすべてが暗闇に近くて。ウェスタの作り出した炎は微かに闇を照らしてくれはするものの、それでも「薄暗い」程度。さすがに「明るい」には至らない。
それはまるで、先の見えない旅のようで。途中、何度か挫けそうになったりもした。だが、その度にリゴールの顔を思い出すようにし、挫けるのを防いだ。
リゴールに会う。
そして、彼の傍にいる。
——それが私の願いなの。
挫けそうになりながら歩き続けること、数十分。
一枚の扉の前にたどり着いた。
柄はなく、飾りもない、地味という単語の似合う扉。鉄製で黒く、縦長の四角。それ以外に表現のしようがないような扉だ。
そんな扉の前でウェスタが突然立ち止まったから、戸惑わずにはいられなかった。
「ウェスタさん?」
「この先……気配がする」
「気配って、敵の? それとも、グラネイトさんの?」
「グラネイト」
ウェスタは、小さな声で、しかしながらはっきりと答えた。
「ということは、リゴールかも一緒かもしれないわね!?」
リゴールに会えるかもしれない!
そう思うだけで、胸の内に立ち込めていたもやが晴れてゆく。
「落ち着いて。慌てても何の意味もない」
「そ、そうね……」
また腕を捻られたりしたら大変なので、一旦、大人しく下がっておいた。
ウェスタはほんの僅かな隙間から、扉の向こう側の様子を確認する。足を引っ張ってはいけないから、私は、その間ずっと、じっとしておく。
「……よし。行く」
「行くの?」
確認すると、ウェスタは「黙ってついてくるように」と静かな声で指示してきた。それに対し、私は頷き「分かったわ」と返す。彼女に従っている方が上手くいくだろうと思うから。
ウェスタが扉を開ける。
そして歩み出す。
私は恐怖心を抱きながらも、ウェスタの背を見つめて足を前へ出した。
「……グラネイト」
立ち止まっているグラネイトとリゴール。その背後から、ウェスタがそっと声をかける。
二人は警戒したように振り返り——私とウェスタの姿を見るや否や、顔に安堵の色を浮かべた。
「ウェスタ!」
「……何をしている」
グラネイトは両手を大きく開きながら、ウェスタに寄っていく。今すぐにでも抱き締めてしまいたい、というような顔だ。
「心配して来てくれたのか? ふはは! ウェスタは優しいな!」
大きく開いていたグラネイトの両腕が、ウェスタの体を包み込むように動く——が、ウェスタはそれを素早く回避。
その結果、グラネイトは転びそうになっていた。
無論、本当に転びはしなかったが。
そんな風にドタバタしているグラネイトの後ろに立っていたリゴールは、驚きに満ちた表情で、震える声を発する。
「そんな……。エアリ、どうして……?」
「勝手に行ってしまったから心配したのよ」
私は彼に接近する。
しかし、私が近づいた分、離れられてしまった。
……正直、少しショックだ。
「どうして無茶な道を選ぶの。リゴール。こんな自殺みたいなこと、絶対に駄目よ。今からでも遅くないわ、帰りましょ」
私は手を差し出しながら言った。だが、リゴールは少しも頷いてくれず。それどころか、彼は頭を左右に動かしていた。
「こればかりは譲れません」
「そんな、どうして……」
「申し訳ありません、エアリ」
リゴールは妙に余所余所しい態度を取ってくる。
「これはわたくしの選ぶ道。エアリが相手でも、譲れはしません」
友人どころか知人ですらないかのような振る舞いだ。
なぜ彼がこのような態度を取るのかは分からない。もしかして「一緒来るな」とでも言いたいのだろうか。
「ですから、エアリは屋敷へお戻り下さい」
「そんなの嫌よ」
「屋敷で帰りを待っていて下さい」
「で、できるわけないじゃない! そんなこと!」
感情的になってしまい、つい口調を強めてしまった——ちょうどその瞬間。
コツン、コツン、という足音が聞こえてきた。
四人の視線が、一斉に足音がした方へ向く。
「あらあら……んふふ。意外と大勢ね……」
唐紅のさらりとした髪。色気のある顔立ち。そして、豊満な体。
足音の主は、ブラックスター王妃だった。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.129 )
- 日時: 2019/10/24 05:08
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1CRawldg)
episode.126 辛辣なお嬢ちゃん
「王妃……」
私は思わず漏らしてしまった。
先日交戦した時、彼女は胸元にリョウカの刀を受けていた。それも、掠ったという程度ではない傷で。それゆえ、しばらくは戦えないはずだったのだ。
だからこそ、驚かずにはいられない。
もう動けるようになっているなんて、想像できる範囲を遥かに超えている。
「んふふ……びっくりしたって顔ね……」
怪しげな笑みを浮かべる王妃の背後には、男性兵士が控えていた。
だが、急所に軽そうなプレートをまとっただけの軽装。顔つきからも、恐ろしさはさほど感じられない。恐らく、彼はただの兵士に過ぎないのだろう。
そんな男性兵士に、王妃は告げる。
「もう良いわよ。んふふ……」
だが男性兵士は首を横に振った。
「お供させて下さい」
「可愛いわね……けど駄目よ。許可できないわ」
柔らかな声で、しかしはっきり言われた男性兵士は、肩を落としながら後ろへ去っていった。
それから、王妃は改めて私たちの方を向く。
「んふふ……さて、誰から楽にしてあげようかしら」
王妃から放たれる空気には、ただならぬものがある。表情自体は柔和であるにもかかわらず。
「歯向かうというのはどうもしっくりこない」
独り言のように呟きつつ前へ出るのは、ウェスタ。
「まずはお嬢ちゃんね……んふふ。良いわ。すぐに消し去ってあげる……」
ウェスタが数歩前へ出たのを見て、王妃は愉快そうに口角を持ち上げた。そして、闇から生まれたような黒の鎌を出現させる。
「大丈夫なの!? ウェスタさん」
「問題ない」
「怪我しちゃ駄目よ!」
「ホワイトスターの者たちは弱くて役に立たない……」
いや、それは酷くない!?
思わず叫びたくなってしまった。
無論、実際に叫びはしなかったけれど。
「んふふ……お嬢ちゃん、意外と辛辣な発言をするのね……」
「本当のことを言ったまで」
「確か、お兄さんもそんな人だったものね。んふふ……」
私やリゴールと同じくらいの位置に残っているグラネイトは、王妃と対峙するウェスタを不安げに見つめている。
「裏切ったのも……」
王妃は鎌を構える。
そして。
「血筋かしらね!」
地面を蹴った。
王妃は一瞬にしてウェスタに接近。鎌を大きく振る。
ウェスタは即座に後ろへ下がり、鎌による攻撃を回避。すぐさま片腕を前へ伸ばし、帯状の炎を放つ。彼女の手から放たれるその炎は、宙を彩る可憐なリボン。
帯状の炎が王妃に絡みつく。
が、王妃はそれを、鎌を振って起こした風で払った。
しかし、振り払うことによって隙が生まれた。
ウェスタはそれを見逃さない。
深く踏み込む。
跳躍のごとき一歩。
長い片足を振りかぶり、回し蹴りを放つ。
咄嗟に鎌を前へ出し、ギリギリのところで蹴りを防ぐ王妃。だがそれも完全な防御には至らず。王妃の体は後方へ飛んだ。
王妃の反応も決して遅くはなかった。いや、むしろ、人とは思えぬほどの反応速度だった。だがそれでも、ウェスタの蹴りの速度の方が勝っていたのだ。
「いける、いけるぞ! ふはは!」
グラネイトは騒ぎ出す。
確かに、ウェスタの方が有利そうな状況ではある。けれど、勝敗はまだ分からないのだ。そんな状況にあるのだから少しは緊張感を持つべきなのではないか、と、思ってしまったりした。
「……お嬢ちゃんのわりには、やるじゃない。やはり、貧しさを知る者ゆえの強さなのかしら……?」
個人的には、あの回し蹴りをまともに食らっていながらすぐに体勢を立て直せる王妃もなかなかのものだと、そう思う。
少なくとも私にはできない芸当だ。
「けどね、んふふ……そう易々とくたばりはしないわよ」
「今はただ、倒すだけ」
「あらあら……変ね。んふふ。会話になってないじゃない」
ウェスタはさらに踏み込み、王妃との距離を縮めようとする——が、途中で足を止めた。
私は、ウェスタがなぜ足を止めたのか、すぐには理解できず。しかし、しばらくしてから気がついた。
王妃の構えがこれまでと違っていたのだ。
足を開き、重心を下げ。そうして、鎌の先端が腹の前になるような位置で、鎌を構える。顔からは表情が消え、呼吸していないのではないかと思うほどの静寂を作り出す。
そんな構え方を、王妃はしていた。
これまでの戦闘時と構えが違うことは明らか。私にですら分かるほどの大きな違和感が、今この瞬間の王妃にはある。
——不気味。
とにかくその一言に尽きる。
ウェスタが接近するのを止めたのは、この構えを怪しく思ったからに違いない。
私でさえ気づく違和感だ、ウェスタが気づかないわけがない。
ウェスタは軽やかなステップで後退し、王妃から一旦離れた。そして片手を真上へ掲げる。すると、その掲げた手から、瞳の奥まで焼けそうな炎が溢れ出す。
「うぉぉい! ウェスタ! なぜ下がる!?」
「……馬鹿」
「なっ……グラネイト様が馬鹿だとッ……!? おいウェスタ、それはないぞ! 酷い!」
グラネイトは王妃の構えの不気味さに気がついていないのかもしれない。
敵であれば少し抜けているくらいがありがたいが、味方になるとその勘の悪さが不安でしかない……。
「んふふ……来ないのかしら」
王妃は静かに、視線をウェスタへ向けた。
「仕掛けてこないのなら、こちらからいかせてもらうわよ……?」
——刹那。
王妃は鎌を下から上へと豪快に動かした。
人の背ほど縦の長さのある黒い刃が、私たちの方に向かって飛んでくる。
「ウェスタ!」
グラネイトは、叫び、少し前にいるウェスタへ飛びかかる。
——結果、黒い刃はグラネイトの背に当たった。
グラネイトの体は、刃を受けた衝撃で、ウェスタを抱き締めたまま数メートル横に飛んだ。それも、見えないくらいの勢いで。
「え」
「なっ」
その光景を近くで見ていた私とリゴールは、ほぼ同時に声を漏らしてしまう。
「他人を庇うなんて……馬鹿らしいわね」
刃を受けて倒れ込み動けないグラネイトと、彼の下敷きになりほぼ身動きが取れない状態のウェスタ。
そんな二人を、王妃は嘲り笑う。
「ま、命中しただけ上出来……ここは計画を変更しようかしら」
王妃が鎌を振り上げるのを見た瞬間、私は反射的に叫んだ。
「グラネイトさん! 避けて!」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.130 )
- 日時: 2019/10/24 05:09
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1CRawldg)
episode.127 説得は平行線
鎌は振り下ろされる。
が、それがグラネイトに命中することはなかった。
「ご無事で?」
リゴールが黄金の防御膜を張り、それが王妃の鎌を止めたのだった。
「ふ、ふはは……助かった……」
「しっかりなさって下さい」
「わ、悪かったな」
いつもは自信家そうに見えるグラネイトだったが、今は、珍しく上から目線でない。それに、自信家という雰囲気もあまりない。
グラネイトがゆっくり体を起こす。
続けて、彼の下敷きになっていたウェスタが、「遅い」と文句を呟きながら起き上がる。
「このっ……王子風情が!」
勝利を決定付けたであろう一撃の邪魔をされた王妃は、眉間にしわを寄せ、不愉快そうにリゴールを睨む。その双眸は憎しみに満ちている。
「もう殺させたりはしません」
「……何ですって?」
王妃の眉間のしわが、さらに深くなる。
「躊躇なく命を奪おうとする者を許すわけには参りません」
リゴールはきっぱりと言い放つ。
しかし、王妃の顔から憎しみの色が消えることはなくて。
「あら……んふふ、何も知らないのね。我々の苦しみのすべては、元を辿ればホワイトスター王族へ行き着くというのに……」
王妃は笑っていなかった。
言葉選びや声色は、いつもの彼女のそれらと大差ない。なのに、顔つきだけは、いつもの彼女とはかなり違っている。
「一体何を?」
怪訝な顔をするリゴール。
「知らないなんて言わせないわよ、リゴール王子……ホワイトスターには王も王妃もいなくなったのだから、次に罪を背負うのはあなた。残念だけど……んふふ、それは真実なの」
ブラックスターの者たちがリゴールの命を狙っていたことは知っている。けれど、その具体的な理由は知らない。単に滅びた国の生き残りの王子だから、というわけではないのか。
「ちょっと待って。何なの? リゴールを狙う理由があるの?」
「そう……我々が貧しい暮らしを余儀なくされていたのは、ホワイトスター王族の統治が悪かったから。だから、ね……そんな悪い統治を続けてきた者たちの血を引く者を生き残らせておくわけにはいかないのよ……」
そんな風に話す王妃の声は、荒々しくなどなく、静かな雰囲気をまとっていた。けれどそれは、冷静さからくるような静かさではなくて。露わにはしないけれど心の奥底では燃えるものがあるような、そんな声。
「我らが王も……かつてはホワイトスターの王族だったの。けれど、彼は他の王族とは違っていた。彼だけは……貧しい者たちにも目を向けて下さったのよ」
王妃に接近しようとしたウェスタの手首をグラネイトが掴む光景が、視界の端に入った。
「そうして、我らが王と貧しかった者たちが築き上げたのが、ブラックスターよ」
「……悲しい歴史ね」
「そうかしら。歴史なんて、悲しいことばかりだと思うわよ? んふふ……」
そういうものだろうか。
私にはよく分からない。
「貧しさの中に生きるしかなかったことは、不幸なことと思うわ。でも、だからといって憎しみだけに生きていたら、いつまでも貧しい心のままなのではないの」
リゴールが小走りで数歩近づいてきて「刺激しないで下さい!」と耳打ちしてくる。
確かに私は、刺激してしまうようなことを言っているかもしれない。
けれど、それが私の本心だから仕方ない。
「なぜ和解の道を選べないの。武器を取らない道を選ぼうとしないの。戦ったって、悲しみしか生まれない。それくらい分かるでしょう」
完全に理解してもらうことはできないだろう。育ってきた環境も、今の状況も異なっているのだから、すべてを分かり合おうとするのは無理がある。
でも、もし少しでも分かってもらえたら。
ほんの僅かにでも歩み寄ってもらえたら。
そんなことは所詮夢に過ぎないと分かっていて。でも私は、夢をみずにはいられなかった。
「そうね。戦ったところで悲しみしか生まれない……それは真実だわ。けれど、その方がずっとまし。戦えば悲しみが生まれるけれど……戦わなければ地獄なのだから」
そこまで言って、王妃は一旦言葉を止める。鎌の柄を握っていない左手の指を唇へ当てつつ、息を吐き出す。ピィー、と、高い音が鳴る。
その瞬間、四方の壁に備えられている扉がすべて同時に開き、大勢の兵士が現れた。
「んふふ……時間稼ぎはこれで終わりね」
まずい!
結構な数の兵に囲まれている!
「どうする? リゴール」
「……数の差が大きすぎますね」
四人揃っているとはいえ、こんな大勢の敵と戦わなくてはならないとなると厳しいものがある。しかも、大勢のただの兵士に加えて王妃もいるから、なおさら厳しい。
もっと早く、王妃をどうにかすべきだった。
「戦う?」
「エアリは撤退するべきです……!」
リゴールは本を開いている。いつでも魔法を放てる体勢だ。この兵士たちと戦う気なのだろうか。
「撤退するなら皆で、よ」
私はそう声をかけた。
しかしリゴールは頷かない。
「……すみません。それは難しいです」
「どうして!」
「わたくしは、その……ここまで来て引き返す気はないのです」
控えめな言い方だ。
でも、心は決まっているのだろう。
だから彼はこんなにも真っ直ぐな物言いができるのだと、私にはそう思えた。
「駄目よ、リゴール。そんなのは絶対に駄目。私、リゴールをここに残して帰るなんてできないわ」
私がリゴールを説得している間、王妃は一歩も動いていなかった。
一方、兵士たちは動いていた。
ウェスタの炎が蹴散らしていたけれど。
「わたくしのことは気にしなくて良いのですよ、エアリ」
「気にしないなんて無理よ!」
「わたくしにはわたくしの役目があります。エアリにはエアリのすべきことがあります」
「駄目よ! 一緒に帰って!」
何とか分かってもらおうと言葉を発するも、すれ違いばかり。心と心が繋がることはなく、平行線のままだ。
そんな私たちのところへ、それまで兵士を蹴散らしていたウェスタが駆けてくる。
「……引き上げる!」
三つ編みにした白銀の長い髪を揺らしながらやって来たウェスタは、小さめにそんなことを言った。
私はそちらの方がありがたい。
だが、リゴールは反対に嫌そうな顔。
けれどウェスタは、リゴールに意見を述べさせる時間など与えない。即座に私とリゴールの腕を掴んだ。
「な、何をするのです!」
「ウェスタさん……?」
腕を握られたリゴールと私は、ほぼ同時に発する。が、ウェスタは何も返さなかった。集中したような表情を浮かべているだけで、特に何も発しはしない。
——そして、視界が暗くなった。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.131 )
- 日時: 2019/10/24 21:03
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: /.e96SVN)
episode.128 まっしぐら
次に気がついた時、私は小屋の中のような場所にいた。
高めの天井。厚みのある壁。どちらも、縦長の板をくっ付けたような作り。床もそれらと同じような素材でできているようだが、ワインレッドの絨毯が敷かれているため、板はさほど気にならない。
近くには、ウェスタと灰色のフード付きコートをまとったリゴール。
「え……ウェスタさん、ここは……?」
ウェスタの術で移動したようだ。
それは分かる。
だが、見たことのない場所である。
「ここは、家」
「家!?」
「そう。二人の。……なぜ驚く?」
「あ、そ、そうなの。グラネイトさんとウェスタさんの家なのね」
他人の家の中に移動したのかと一瞬驚いてしまった。だが、ここがグラネイトとウェスタの家だというのなら、ここへ移動したのも理解できないことはない。二人が同じ家で暮らしているということは、少し驚きだったけれど。
「そういうこと」
「分かったわ。……ところで、グラネイトさんは?」
「じきに移動してくるはず」
その数秒後、室内の離れた場所からドタンと何かが倒れるような音が聞こえてきた。そちらへ視線を向けると、そこには、病人のように力なく座り込んでいるグラネイトの姿。
「あ、グラネイトさん」
グラネイトが負傷していることを思い出した私は、彼に歩み寄ろうと足を動かしたが、それより速くウェスタがグラネイトに寄っていく。
日頃は冷ややかなウェスタだが、やはり今はグラネイトのことを心配して——と思ったのも束の間。
「……立て」
ウェスタはグラネイトの腕を掴むと、真っ直ぐ引っ張り上げた。
躊躇は欠片もない。
凄まじく豪快な引っ張り上げ方だ。
「な、何をするんだ……。負傷者だぞ……少しは労ってくれェ……!」
「だらしない」
ばっさりいくウェスタ。
「……そもそも、あんな愚かな行動で負傷するというのが、理解できない」
「酷ッ!」
少し、グラネイトに共感してしまった。
「そ、そんなこと言うなよォ……ウェスタ……」
「さっさと立て。そして椅子まで歩け。……そこで手当てするから」
グラネイトが着ている水色のシャツは、左脇腹から背中にかけて赤く染まっている。
「手当てしてくれるか! ふ。ふはは! 急に元気出たァ!!」
急激にハイテンションになるグラネイト。だが、その体はまだふらついている。
ウェスタから「手当てする」との言ってもらえたのが嬉しくて精神的には元気を取り戻したのだろう。だが、さすがに、肉体まで回復したというわけではないようだ。
「手当てに時間がかかって、すまない」
グラネイトの傷の手当てが終わるのを待つこと、しばらく。用事をようやく終えたウェスタが、淡々と謝ってきた。
「……茶でも淹れよう」
「え! いいわよ、そんなの!」
私はつい、妙に大きな声を出してしまった。
そこまで強く断る気もなかったのだが。
「マゥス茶か、雑草の茶か……どっちが好みか」
……マゥス?
……雑草?
飲み物にできる面々だとは、とても思えないのだが。
「リゴールはどっちにする?」
「……わたくしはブラックスターへ戻りたいです」
リゴールは何やら不満げだ。
いつになく不機嫌そうな顔をしている。
「もう、リゴールったら。そんなこと言わないで。そんなに慌てなくていいじゃない」
「……せっかくのチャンスが台無しになりました」
唇を尖らせ、頬を膨らませ、眉間にはしわを寄せ。リゴールは、欲しい物を買ってもらえなかった子どものような、不満の色に満ちた顔つきをしている。
「まぁまぁ。ひとまずゆっくりしましょ」
苦笑いしながら、返事を待つウェスタに向かって言う。
「ウェスタさんがオススメする方を頼むわ」
「……分かった」
マゥス茶。雑草の茶。どちらも、どんな味なのかと考え出したらきりがない。しかも、考えれば考えるほど湧いてくるのは『不安』で。でも、答えのない思考を繰り返していても、何一つとして変わりはしない。それは分かっているから、私は、不安な部分にはあまり思考を巡らせないよう心がけた。
それからしばらくして、木のティーカップに注がれて出てきたのは、マゥス茶。
濃い赤茶色の液体で、炙ったような香ばしさを含んだ湯気が立ち上ってくる、凄く不思議なお茶だ。
「……塩、辛い?」
口に少し含んだ瞬間、しょっぱさが感じられた。
渋い、甘い、爽やか、などなら分かる。茶とは大抵、それらのうちのどれかに当てはまるような味をしているから。
だが、このマゥス茶は塩辛い。
これは本当に茶と呼べるもの?
……謎でしかない。
「塩辛いのは当然。なぜなら、マゥス茶は塩を入れる飲み物だから」
思わず疑問を口から出してしまった私に対し、ウェスタはそんな風に説明してくれた。
「しょっぱいものなの?」
「……そう。元々は……肉の塩漬けで作っていた茶」
「に、肉?」
「そう。それがどうかした?」
「い、いえ……」
お茶を作る時に肉を使うという発想は、私にはなかった。だから驚いてしまって。それゆえ、すぐにそれらしい言葉を返すことはできなかった。
「ウェスター、グラネイト様にもマゥス茶淹れてくれー」
「……断る」
「庇ったお返しにキス付きでもいいぞー」
「ただの馬鹿」
マウス茶を淹れてもらった後、私とリゴールは、エトーリアの屋敷へ戻ることにした。
グラネイトは負傷して動けないため、屋敷までの案内はウェスタが担当してくれて。おかげで私たちは、酷い目に遭うことなく、困ることもなく、エトーリアの屋敷へ戻ることができた。
夜が迫り、空が紫に染まる、そんな時間帯だ。
「ありがとう、ウェスタさん。送ってもらえて助かったわ」
「……気にしなくていい」
「気にはしないわ。けど、これだけは言わせて。本当に、色々ありがとう」
本当ならグラネイトにも言わなければいけなかった。ありがとう、って。でも、彼には丁寧に礼を述べる時間がなかったから、軽くしかお礼を言えていない。だから、代わりと言っては何だが、ウェスタにきちんと感謝の気持ちを伝えておこうと決めたのだ。
「あ。それと。グラネイトさんにも、ありがとうって、伝えておいてもらって構わないかしら」
「分かった」
「手間かけて申し訳ないけれど……よろしくね」
「構わない」
リゴールはまだ不機嫌そうな顔をしている。
「では、失礼」
そう言って、ウェスタは消える。
——ちょうどその時。
「エアリ!」
屋敷から、エトーリアが飛び出してきた。
「母さん」
「エアリ! 無事なの!?」
水色のワンピースの上から革のコルセットを着用するというファッションのエトーリアは、まっしぐらに駆けてくる。
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