コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.42 )
- 日時: 2019/07/26 16:12
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3i70snR8)
episode.39 かなり早い朝食
翌朝、まだ早い時間に、デスタンがやって来た。
「……え、デスタンさん!?」
ノックに気づき扉を開けたところ、彼が堂々と立っていたため、かなり驚いた。
「少し失礼します」
しかも、ただやって来ていただけではない。深さのある皿を乗せたお盆を持っている。
この時間帯に彼が家にいるというだけでも珍しいことなのに、皿を持って訪ねてくるなんて、驚きでしかない。
「こんな朝早くから……何か用なの?」
そう尋ねると、彼は、すたすたと歩きつつ「王子の朝食です」と答えた。
まだベッドの中で寝惚けていたリゴールは、デスタンが部屋に入ってきたことに気づくと、あくびをしながら上半身を起こす。
「デスタン」
「おはようございます、王子。食事をお持ちしました」
「朝食ですか? ……こんな早くに?」
何とか体を起こしはしたリゴールだが、眠気はまだ吹き飛ばせていないらしく、手の甲で目元を擦っている。
「デスタン、貴方、少し早すぎやしませんか……?」
「そうでしょうか」
「こんな早朝から食事なんて……」
珍しくぶつくさ言うリゴール。
しかしデスタンは眉一つ動かさない。
「食べられるなら食べて下さい」
デスタンはお盆をテーブルに起き、真顔のまま淡々と放つ。
「食べられないなら食べなくて構いません。が、その場合は朝食は抜きです」
さらりと言われたリゴールは、目を大きく見開く。
「え!? そ、それは困ってしまいます!!」
「では食べていただけますか」
「はっ、はいっ! もちろん! い、い、いただきます!」
リゴールは慌てて掛け布団を放り出すと、勢いよくベッドから立ち上がる。そしてテーブルに向かって駆け出す。だが、つい先ほどまで寝惚けていたというのもあってか、足がふらついている。不安定で、時々、足と足が絡みそうになっていた。
何とかテーブルにまでたどり着いたリゴールは、皿を見下ろし、静かな声で発する。
「これは……スープですか?」
それに対し「はい」と答えるデスタン。
「スープァンという、この辺りでは有名な料理だそうです。何でも、スープに浸けることでパンを柔らかくして食べやすくした、病人向けの料理だとか」
そんなものがあるのか、と思う。
私はリゴールたちと違って、ずっとこの世界で暮らしてきた。けれど、スープァンなんて料理は知らない。食べたことはないし、聞いたことさえなかった。
「なるほど、そういう料理なのですね。……しかしデスタン。なぜ病人向けの料理をわたくしに食べさせるのです?」
リゴールは椅子に座り、スプーンを握っている。ぶつくさ言っていたわりには、食べる気満々のようだ。
「事情を話したところ、ミセが勝手に作って渡してきましたので」
「勝手に!?」
「はい。勝手に、です」
「そうでしたか……では早速いただきますね」
私はリゴールに少し近づき、さりげなく皿の中を覗いてみる。
赤茶色をした半透明のスープに、刻んだネギと丸い塊が浮かんでいた。丸い塊は、恐らく、千切ったパンなのだろう。
皿を見ながらそんなことを考えていると、唐突にリゴールが振り返る。
「どうかなさいましたか? エアリ」
いきなり声をかけられたものだから、すぐに言葉を返すことはできなかった。
「……あ。もしかして、エアリもお腹が空いているのですか?」
「え」
「あるいは、この料理が好物なのですか?」
「えぇ!?」
何やら誤解されている気が。
「違うわ。ただ、少し気になって……それで、見ていただけよ」
誤解されたままになっては困るので、私は、取り敢えずそう返しておいた。
するとリゴールは笑顔になる。
「なるほど! そうでしたか!」
理解してくれたようだ。
良かった。
その直後、リゴールはスプーンでスープァンのスープ部分をすくい、私の方へ差し出してきた。
「一口、食べられますか?」
「えっ」
「ご安心下さい。わたくしはまだ口をつけておりません。ですから、不潔ではありませんよ」
差し出されたのが意外だっただけで、べつにそこを気にしていたわけではないのだが。
「じゃあ、一口だけいただこうかしら」
「はい! どうぞ」
唇がリゴールの持つスプーンに触れかけた——刹那。
「お待ち下さい!」
デスタンが発した。
その声に驚き、私は口を開くのを止める。
「……何ですか?」
眉間に戸惑いの色を浮かべつつ尋ねるリゴール。
「彼女は良いかもしれませんが、王子が後で彼女と同じスプーンでお食べになるというところは問題です!」
デスタンは鋭く放つ。
それに対し、リゴールは素早く返す。
「そのような言い方は止めなさい、デスタン。エアリは不潔な生き物ではありませんよ!」
リゴールはスプーンを私へ差し出したまま、不満げに頬を膨らませている。
「彼女が不潔だと言っているわけではありません。ただ、他人とのスプーンの共用は良くないと、そう言っているだけのことです」
デスタンは淡々とそう言い返すが、リゴールは黙らない。
「それは不潔と言っているも同然です!」
「いえ。そのような意味では言っておりません」
「そう聞こえますよ!」
「そう聞こえたとしても、そのような意味で言ってはいません」
こんな時に限って、リゴールもデスタンも譲らない。二人とも、本当はお互いのことを大切に思っているのだろうに。
「しかしデスタン! 本人の前でそのようなことを言うのは、不快感を与えますよ!」
「そうでしょうか。事実を言ったまでですが」
「例え事実であったとしても、言って良いことと悪いことがあるのですよ!」
私のことがきっかけであったはずなのに、私が口を挟む隙は少しもない。
「理解できません」
「なら、理解しなくて良いので、今覚えて下さい!」
「……承知しました」
ついにデスタンが引いた。
すると、リゴールは余裕の笑みを浮かべる。
「そうです。分かれば良いのです」
勝ち誇ったような顔をしながらスプーンを差し出してくるリゴール。だが私は、今さら食べさせてもらう気にもなれず、「ありがとう。でも、やっぱりいいわ」と言っておいた。すると彼は、眉をひそめつつ、残念そうに「そうですか」と言っていた。
「ところでエアリ」
「何?」
「その……エアリのお母様の屋敷へ移動するという件についてなのですが」
そういえば。
そんな話もあった。
「わたくしは、その……賛成です」
眉を寄せ、若干上目遣いで、言いづらそうにしながらもリゴールは放つ。
「本当!?」
彼なら賛成してくれるだろうと予想してはいたけれど、この世に絶対なんてものはないからと、あまり期待しないように心がけていた。しかし、今のリゴールの言葉を聞けば、彼は確かに賛成してくれているのだと、理解することができる。本人が言ったのだから、間違いということはないはず。つまり、もう喜んで良いということだ。
「……はい」
リゴールは頷く。
それを見たデスタンは、困惑しているような顔をしていた。
「ただ、一つだけ聞かせていただいても問題ありませんか?」
「えぇ。良いわよ」
「……そこには、お父様もいらっしゃるのですよね? その……怒られたりはしないでしょうか」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.43 )
- 日時: 2019/07/27 15:16
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: apTS.Dj.)
episode.40 うんうん、そうだよねー
「お父様はきっと……わたくしのことを恨んでおいででしょうから……」
リゴールはどうやら、私の父親のことを気にしているようだ。
彼の考えもまんざら間違いではない。
もし父親が生きていたなら、あんな火事を起こし私を無断で連れていったリゴールらを、許したりはしなかっただろう。
父親はそういう人だ。
でも、それはあくまで、「彼が生きていたなら」である。
「何を仰っているのですか、王子。貴方を恨む者など、存在するわけがありません」
「……いえ。恨まれていても仕方がありません。あんな迷惑をおかけしたのですから……」
「ご安心を。王子を恨むような無礼者は、私が殺してしまいます」
「デスタン、貴方はまた、すぐにそういう物騒なことを……」
リゴールとデスタンの会話は勝手に続いていく。
私が言葉を挟める隙がないと、父親が亡くなったことを伝えづらいのだが。
「で、エアリ。お父様は、わたくしがそこへ行くことを、許して下さっているのですか?」
リゴールは一旦スプーンを置き、こちらを見つめながら尋ねてきた。
言わなくては。本当のことを。
父親が亡くなったと伝えたら、リゴールは自分を責めるのではないだろうか。そこが少し心配だ。だがしかし、だからといって嘘をつくわけにはいかない。それに、今隠したとしても、結局はバレてしまうことだ。
「父さんはいないの」
「では、エアリのお父様は今も、あの村の屋敷に?」
リゴールは軽く首を傾げつつ尋ねてくる。
それに対し、私ははっきりと返す。
「いいえ。実は、その……亡くなったみたいで」
そう答えてから、リゴールの顔へ視線を向ける。
彼の顔面は驚きに染まっており、さらに、硬直しているようだった。
「亡くなっ、た……?」
——その数秒後。
「なぜそのような重要なことを黙っていたのですか!?」
リゴールは急に叫んだ。
「え?」
「呑気に『え?』などと言っている場合ではありません!」
彼はがっつり私の方を向いている。
朝食のことなんて、忘れてしまったかのようだ。
「わたくしはいつの間にか、エアリにとって、父親の仇になってしまっているではありませんか!」
言われてみれば。
考えようによっては、そう言えるかもしれない。
ただ、私は、リゴールを仇などと捉える気はまったくない。私とリゴールは、これまで共に協力し暮らしてきた仲間。だから、たとえ何かが起きたとしても、今さら彼を敵視するなんて、不可能だ。
「やはりわたくしは行きません……いや、行けません。エアリのお父様を殺しておきながら、お母様に世話になる。そんなことは絶対にできません」
リゴールは両手を腹の前辺りで重ね、目を細める。彼の顔に浮かんでいた驚きは、徐々に、悲しみへと色を変えていく。
いずれ伝えなくてはならないことだった。
だから仕方がない。
けれど、リゴールが暗い顔をしているところを見るのは、どうしても辛くて。
こんなことを言っては怒られてしまうかもしれない。
が、この際正直に言おう。
父親が亡くなったことよりもリゴールが暗い顔をしていることの方が、私にとっては辛いことなのだ。
「そんな顔しないで、リゴール」
「ですが、エアリやエアリのお母様の気持ちを考えると、どうしても……」
「その……私は意外と気にしていないの。父さんのことはあまり好きでなかったから……」
するとリゴールは、俯き気味だった顔を突然上げた。
「そんなことを言ってはいけません!」
気にしなくていい、という意味で言ったつもりだったのだが、逆に注意されてしまった。
何とも言えない心境だ。
「一度失われたものは、もう二度と戻ってはこないのです!」
そう放つリゴールの声は、彼らしからぬ鋭さで。
「あ……そ、そうよね。今のは失言だったわ。ごめんなさい」
「い、いえ。こちらこそ、声を荒らげてしまい失礼しました。もちろん、エアリが気を遣ってそう言って下さったということは、承知しておりますが……」
リゴールの発言を最後に、沈黙が訪れた。
デスタンは様子を窺うような目をしながら唇を結んでいる。リゴールは気まずそうな顔をしながら、時折私をちらりと見ている。
そんな状況におかれてしまったのもあって、私は何も言えなかった。
——それから、二十秒ほど経った時。
「うんうん、そうだよねー」
突如、聞き慣れない声が耳に飛び込んできて。私たち三人は、ほぼ同時に、声が聞こえた窓の方を向く。
すると、窓枠に一人の少年が座っているのが見えた。
さらりとしたダークブルーの髪は、艶やかで、耳の下辺りまで伸びている。重力に従い真っ直ぐ垂れているだけの髪型で、飾り気はない。だが、見る者に対してはやや中性的な印象を与える、そんな少年だ。
「一度失われたものは、もう二度と戻ってはこない。ふふふ。その通りだよねー」
藍色に白のラインが入った丈の長い上着を羽織っている少年は、笑顔のまま、楽しげな調子で放つ。
いきなり現れ、しかしながら攻撃を仕掛けてくるでもなく、ただ窓枠に腰掛けているだけ。
得体の知れなさが、逆に不気味だ。
そんな不気味な少年に向けて、デスタンが低い声で言い放つ。
「何者か」
デスタンに睨まれても、少年は笑みを崩さない。
「いきなり名前を聞いてくるなんてねー。ふふふ。そんなにボクに興味があるのかな?」
「何をしに来た」
「また質問? まったくもうー、気が早いなぁ」
呆れたように言いながら、少年は窓枠から軽やかに飛び降りる。
「……ま、でも」
少年は両の手のひらで尻を数回ぽんぽんと叩く。埃を払うような動作だ。そして、それを済ませてから、警戒心を剥き出しにしているデスタンへと二三歩近づく。
「興味を持ってもらえてる方が、ボクとしても嬉しいかな」
それまでニコニコしていた少年が、突如、怪しげな笑みを浮かべた。
「……っ」
少年の笑い方が急変したことに驚いたのか、デスタンは顔をしかめつつ数歩後退する。
「あれ? どうして下がるのかな?」
「気味の悪い笑い方をするな、悪魔の手先め」
「あれあれー? もしかしてボク、嫌われてるー?」
その頃には、少年の笑みは穏やかなものに戻っていた。
「困るんだけどなぁ、嫌われちゃったら」
少年は、そう言いながら、デスタンの方へさらに近づいていく。
それを拒むように、デスタンはナイフを抜いた。
「寄るな」
どうやら、ナイフは、左脚の太ももにベルトで固定されていたようだ。
デスタンがいきなりナイフを取り出したことには、少しばかり驚いた。彼がナイフを所持していることは知っていたが、こんなにもすぐに取り出せるものだとは思っていなかったからである。
「そんな顔しないでー。べつに、いきなり酷いことしたりしないって」
「狙いは何だ」
デスタンはナイフの刃を少年へ向け続ける。
それでも少年は、笑みを浮かべることを止めない。
「狙い? 嫌だなぁ、もう。そんな風に言わないでよ」
少年の笑顔は、まるで仮面のよう。崩れることはないが、そこに笑うような感情が込められているようにはとても見えない。
「ボクはただ、君を迎えに来ただけだよ」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.44 )
- 日時: 2019/07/28 20:33
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: lh1rIb.b)
episode.41 こう見えても
突如現れた、どことなく不気味な少年。彼の狙いはリゴールなのだろう、と、最初私は思った。グラネイトやウェスタがリゴールを狙っていたように、彼もまたリゴールを狙ってやって来た刺客なのだろう。一切迷いなく、そう思っていた。
だが、彼の発言を聞いているうちに、段々そうではないような気がしてきた。
というのも、彼の視線はリゴールへ向いておらず、そこからおかしさを感じたのだ。
少年がリゴールを狙っている者なのだとしたら、例えデスタンが立ち塞がったとしても、ターゲットであるリゴールの方をまったく見ないということはないだろう。
「……迎えに来た、だと」
「うん」
「……狙いは私か」
「うんうん。そういうこと。話が早くて助かるよー」
やはり、リゴールを狙っているわけではないようだ。
「ブラックスターの手の者だな」
デスタンは眉間にしわを寄せ、警戒心剥き出しの顔つきで放つ。今の彼は、警戒心を隠す気など欠片もないようである。
「もう一度だけ聞く。何者だ」
先ほど一瞬にして取り出したナイフの先端を、少年の胸元へ向けるデスタン。銀色の刃は怪しげに煌めいていて、また、デスタンの瞳はそれと同じくらい鋭い光をまとっている。
「ボクが何者かって、そんなに大事なことかな?」
「名乗ることさえできぬような怪しい者なら、すぐに殺さねばならない」
デスタンと少年が言葉を交わしている様子を、私は、少し離れた場所から見つめ続ける。すぐ近くにはリゴールがいるが、彼も私と同じで、デスタンの方をじっと見つめていた。
「そっかぁ。殺されちゃ困るからー、面倒だけど一応名乗ることにするよ」
少年は「やれやれ」というような動作をしながら、口を動かす。
「ボクの名はトラン。さっき君が言った通り、ブラックスターの手の者だよ。ただし、捨て駒たちとは少し違うから、そこは勘違いしないでほしいなー」
捨て駒たちとは違う、か。これまた妙な発言が飛び出したものだ。自分はグラネイトやウェスタとは地位が違うということを主張している、と理解して、間違いないのだろうか。
「なんたってボク、こう見えても、ブラックスター王直属軍の一員だから」
「今度は王直属の部下が私を連れ戻しに来たということか」
「え? いやー。本当はべつに、君を連れ戻さなくちゃならないなんてことは、少しもないんだけどね」
少年——トランは、軽い口調でそう言ってから、ふふふと怪しげに笑う。
「ま、言うなればボクの遊びの一環?」
そこまで言った直後、トランは、突然右手を掲げた。
すると、開いている窓の遥か向こうから、黒い何か——矢が、凄まじい勢いで飛んできた。
それらは窓を通過し、室内へ侵入してくる。が、私やリゴールを狙って飛んできた矢は一本もなく。そのすべてが、デスタンに狙いを定めていた。
「危ない!」
半ば無意識で叫ぶ。
けれど、既に遅くて。
数秒後、何本もの黒い矢が、デスタンの体に突き刺さった。
「デスタン!」
「デスタンさん!」
リゴールと私が叫んだのは、ほぼ同時。
「な……」
デスタンは掠れた苦痛の声を漏らし、座り込む。
彼が握っていたナイフは、床に落ちた。
黒い矢はほぼすべて、腕や肩に突き刺さっていた。咄嗟に防御したからだろうか。その理由ははっきりとは分からない。ただ、胸部や腹部に矢が刺さるという事態は免れたようなので、即死することはなさそうだ。
「わーい、成功ー」
「く……このっ……」
「ふふふ。これで大人しく従ってくれるよねー?」
トランは座り込んでいるデスタンの顔を覗き、楽しげに笑っている。楽しくて仕方がない、というような顔だ。
「断る……!」
「えー。どうしてー?」
「……従わせようとする者には、従わない」
それは今このタイミングで言うべきことなのだろうか……?
いや、もちろん、「従わせようとする者には従いたくならない」というのはもっともなのだが。
「ふーん、そっかぁ。そういうものなんだ」
トランは感心したように目を見開く。
凄くわざとらしい振る舞いだ。それゆえ、とても驚いたような顔をしているのに、本当に驚いているようには見えない。
「ま、ボクには関係ないけどね」
トランは笑顔に戻ると、そう言った。そして、先ほどデスタンの手から落ちたナイフを、元々自分の物であったかのように掴む。すると不思議なことに、ナイフの刃の部分を黒いもやのようなものが包んだ。
——直後。
ナイフを握ったその手を、デスタンに向けて振り下ろす。
「少し眠っててね」
「……っ!」
デスタンは素早くナイフを持つトランの腕を掴む。何とか止めたかのように見えた——が、トランは予想外の力を発揮し、デスタンの手を振り解いた。そしてそのまま、刃をデスタンの肩へ突き刺す。
「な……」
「ごめんねー」
刃が刺さった部分から、黒いものが溢れ出した。
それとほぼ同時に、デスタンの体が床に崩れ落ちる。
「何をするのです!」
リゴールが鋭く叫んだ。
彼の青い瞳は、動揺の色を濃く映し出している。
「えー? なになにー?」
「デスタンに乱暴なことをするのは止めて下さい!」
リゴールは懸命に訴える。だが、トランには、その訴えを聞き入れる気など欠片もないようで。彼は明るい声で「それは無理なんだよ。ごめんねー」と返す。
「それじゃ、そろそろ行くね」
デスタンの脱力した体を軽々と抱え上げるトラン。
「ま、待ちなさい!」
「待たないよー。……あ、君たちにはコレ」
トランは筒のように丸めた紙を投げてきた。
「つ、筒!?」
いきなり物を投げられ、リゴールは戸惑った顔をする。
「うんうん。後で読んでねー」
決して大きくはない体でありながら、デスタンを軽々と持ち上げるくらいの力がある——トランは不思議な少年だ。
彼が一体何者なのか。
真の意味でその答えにたどり着くのは、簡単ではないかもしれない。
「またね。ばいばーい」
明るく別れを告げ、トランはその場から消えた。
トランと彼が持ち上げていたデスタンの姿が視界から消えてから二三十秒ほどが経過した時、それまで動かなかったリゴールが、急に振り返る。
その双眸は、じっと私を捉えていて。
「……どうしましょう」
リゴールの瞳は私に助けを求めているかのようだった。
「これは、その……どうすれば……」
彼は彼なりに動揺を隠そうとしているようだ。声を大きくしていないところから、それを察することができた。
けれど、動揺を完全に隠すことはできていない。
顔全体の筋肉が強張ったような表情を見れば、彼の心が乱れているということは容易く分かる。
「取り敢えず、その巻物みたいなのを読んでみるというのはどう?」
慌ててもどうにもならない。
だから私は、落ち着いて、そう提案してみた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.45 )
- 日時: 2019/07/29 17:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 32zLlHLc)
episode.42 私と彼の選ぶ道
突如現れた少年トランは、デスタンを連れて消えてしまった。紙を丸めて筒状にした物体だけを残して。
「……は、はい。そうですよね。まず害がないかどうかを確認しなくてはいけません……」
リゴールはデスタンを連れ去られたことに衝撃を受けたようで、言動が少々不自然なことになっている。
「では……」
「何もないとは思うけれど、気をつけて」
「は、はい……」
リゴールは床に落ちている筒状の紙へ手を伸ばす。しかし、すぐには拾わず、直前で手を止めた。特に何も言わないところから察するに、危険がないか確認しているのだろう。それから十秒ほどが経過して、彼はついに筒状の紙を掴む。掴んだ瞬間に何かが起こる、ということはなかった。
「どう? リゴール」
「触れる分には害はなさそうですね……」
彼はそう言って、紙を結んでいる紐を解く。続けて、巻かれていた紙を少しずつ広げていった。
文字が書かれているものと思っていたのだが、紙は真っ白。そこには何も書かれていなくて。
「何も書かれていないの?」
「はい……これは一体……」
二人揃って怪訝な顔をしていると、唐突に、音声が流れ始める。
『はいはーい。ちゃんと読もうとしてくれてありがとうー』
軽やかで明るい声。
これは、そう、トランの声だ。
『早速だけど、君たちにしてもらいたいことを伝えるねー』
彼の声は続く。
『ホワイトスターの王子さんと、剣を使えるお姉さん……えーと……エアリさんだったかな。二人にお願いだよ』
流れる音声を聞き逃さないよう、耳を澄ます。
『彼を返してほしかったらー、明日の朝、二人でブラックスターへ来てね。そして、ボクのところへ会いに来てよ。そうしたら、ボクが自ら歓迎してあげるからさー』
ブラックスターへ来い?
怪しすぎる。
どう考えても、罠だとしか思えない。
歓迎というのは恐らく、始末する、という意味なのだろう。
トランは私とリゴールをまとめて消してしまおうと考えている——それすら分からないほど私は馬鹿ではない。
『ちなみに、この巻物を持って念じれば、ブラックスターに移動できるよ。便利だよねー? 作ってみたんだー、試作品』
声自体は爽やかなのだが、言葉にならないような怪しさを漂わせている。
『来なかったら……ま、言わなくても分かるよね。それじゃあねー、ばいばーい』
それを最後に、声は消えた。
少し空いてまた始まるかもしれないと思い、しばらく黙って待ってみたが、声が再び始まることはなかった。
どうやら、話は終了したようだ。
私はリゴールと顔を見合わせる。
「これは……」
「怪しすぎね。いかにも罠って感じだわ」
「はい……」
窓から吹き込んでくる風は、冷たすぎず、暑苦しくもない。いつまでも浴びていたくなるような、心地よい風だ。
しかし、そんな風を浴びていても、私の心が軽くなることはない。一旦胸の内に広がってしまったもやは、そう易々と晴れてはくれないのである。それはリゴールも同じであろう。
「……どうする? リゴール」
「え」
「行く? 行かない?」
私は問う。
それに対し、彼は、数秒考えてからはっきりと答える。
「わたくしは……参ります」
声は小さいが、迷いのない目をしていた。
「きっと本当の狙いは貴方よ、リゴール。デスタンは貴方をブラックスターへ来させるための餌だわ」
「……はい、わたくしもそう思います」
「敵地へ乗り込むなんて死にに行くようなものだわ。それでも、行くの?」
念のため確認すると、リゴールはきっぱり「はい」と言って、首を一度だけ縦に動かした。
「……もし立場が逆であったとしたら、デスタンは迷わずわたくしを助けに来てくれるはずです」
「えぇ。それはそうよね」
「ですから、わたくしも、迷わず助けに行きます」
止めるべきだろうか。
ふと、そんなことを思う。
ブラックスターになんて行かない方がいい。そんな危険な場所へ自ら突っ込んでいくなんて、馬鹿のすることだ。それに、デスタンも恐らくは「来るな」と思っているだろう。
そんなことが脳内を巡る。
止めるべきなのか。
私が嫌われたとしても、それでも、行かせないべきなのだろうか。
このままであれば、リゴールは迷いなくブラックスターへ乗り込んでいくだろう。
止めるなら、今のうちだ。
彼を行かせたことを後から悔やむなんてことになりたくないなら、今制止しなくてはならない。
——でも。
リゴールはデスタンを助けることを望んでいるのだから、その目的を達成するために協力するというのが筋ではないのか。
そんな風に思う気持ちもあって。
段々、自分の心がよく分からなくなってきた。
「……リ」
リゴールの願いを叶えたい。でも、彼に傷ついてほしくない。
私はどうすればいいのか。
考えて、考えて、懸命に答えを出そうとする。だが、考えれば考えるほどまとまらなくなり、答えなんてちっとも出そうにない。
「エアリ!」
「……あ」
思考の渦に飲み込まれかけていた私に正気を取り戻させたのは、リゴールの声だった。
「えっと……ごめんなさい。聞いていなかったわ。何か言った?」
そう返すと、不安げな眼差しを向けられてしまう。
「顔色が良くないようでしたので、体調が悪いのかと思いまして……」
「心配させてしまったのね。ごめんなさい」
「い、いえ! わたくしが勝手に心配になっただけですので、お気になさらず!」
慌てて首を左右に動かすリゴールを見たら、自然に頬が緩んでしまった。
「……ふふ。ありがとう」
「へ?」
「心配してくれてありがとう、リゴール」
「あ、えっと……どういたしまして」
リゴールは恥ずかしそうに笑った。
その様は、とにかく初々しく、可愛らしいという言葉がよく似合う。
「ところで、ブラックスターへ行く件ですが……」
「そうだったわね」
「わたくしは一人で行きます」
「え!?」
想定外の発言に、驚きを隠せない。
「そんな! 一人でなんて危険よ!」
「危険であることは承知しております。ただ、それでも、わたくしは行きたいのです」
リゴールは私の目を真っ直ぐに見つめてくる。
その表情を見て、「リゴールを引き留めることはできない」と悟った。
もし私が止めたとしても、彼の心が変わることはないだろう。彼の決意に満ちた表情が、私にそう思わせたのだ。
「本気なのね」
「はい」
「分かったわ」
「ありがとうございます……!」
リゴールの顔つきが明るくなる。
「でも、一人で行くのは駄目よ」
「そ、そうなのですか!?」
「私も行くわ。一緒にね」
「えぇっ……」
物凄く困ったような顔をされてしまった。
さりげなくショックである。
「私と一緒はそんなに嫌?」
「い、いえ! そんなことはありません! ただ、その……驚いてしまったのです。エアリがそのような提案をして下さる可能性など、考えてもみなかったものですから……」
若干言い訳臭い。
が、リゴールとて悪気があってこのようなことを言っているわけではないのだろうから、突っ込まないでおくことにしよう。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.46 )
- 日時: 2019/07/30 20:57
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: idHahGWU)
episode.43 ホウキ
リゴールは私が一緒に行くと言ったことに驚いていた。だが、本来そこは、驚くべきところではない。トランの声は「二人で」と言っていたのだから。
それを伝えると。
「そういえば確かに、『二人で』と言っていたような気はしますね……」
リゴールはそんな風に返してきた。
彼は、トランが「二人で」と言ったことを、はっきりと記憶してはいないようで。しかし、私が間違ったことを言っていると捉えているわけでもないようだ。
「しかしエアリ。本当に一緒に行って下さるのですか?」
「えぇ、そのつもりよ」
私は既に、彼と行くと決めたのだ。一度決めたことを変える気はない。
「危険な目に遭うことになるかもしれないのですよ……?」
リゴールは遠慮がちに私の顔を見つめる。私の顔色を窺っているような目つきだ。
「それでもいいわ。リゴールを一人で行かせるくらいなら、危険な目に遭う方がましよ」
「……そ、そうなのですか」
「そうよ!」
もちろん、進んで危険な目に遭いたいというわけではない。
だが、彼を一人で行かせてもし帰ってこなかったりしたら、この先ずっと後悔することになるだろう。そんなことになるくらいなら、多少危険があったとしても、二人で行く方が良いと思うのだ。
「行くのは明日の朝だったわよね?」
「はい」
「じゃ、それまでに準備をしておくわ」
リゴールは戸惑ったような顔をしながら「準備ですか?」と言ってくる。
「えぇ。武器の準備とかね」
「ぶ、武器とは……?」
「ホウキか何か、ミセさんから借りてくるわ!」
リゴールには魔法がある。だが、私には武器がない。ペンダントが剣に変わってくれればそれを武器として使えるが、敵地へ乗り込む時にそんな不確かなものに頼るわけにはいかないのだ。だから、少しでも戦えるような物を持っていかなくてはならない。
その後、私はミセの部屋へ向かった。
既に自室から出ているという可能性もあったため、彼女の部屋へ訪れたからといって絶対に会えるとは限らず。
しかし、扉をノックすると、ミセは出てきた。
「あーら? エアリ?」
ミセは、肩から胸元にかけて大きく開いた、セクシーなデザインの白いネグリジェをまとっている。裾の方がレース生地になっていて脚のラインがうっすら透けて見えるところも、これまた刺激的。
彼女の姿を男性が目にしたら、きっと、迷わず擦り寄りたくなるだろう。
……いや、それは冗談だが。
「今、少し構いませんか」
「何かしら」
「ホウキか何か……もしあれば、貸していただきたいのですが」
いきなりこんなことを言ったら、怪しまれるに違いない。そう思いつつも、私は直球で行くことにした。
「ホウキ? また急ねぇ」
ミセは面に戸惑いの色を浮かべつつ、一本だけ伸ばした人差し指を厚みのある唇に当てる。
「あったかしら……」
「なさそうですか?」
「いーえ。少し待ってちょうだい。確かあったはず」
そう言って、彼女は部屋から出てくる。
「ついてきて」
「はい」
暫し歩き、たどり着いたのは、私よりずっと背の高い掃除用具箱の前。
木製の掃除用具箱は非常に古そうで、全体的に汚れている。しかもそれだけではなく、ところどころ欠けていたりもする。ボロボロという言葉がよく似合う見た目だ。
その扉を、ミセはゆっくりと開ける。
するとそこには何本ものホウキが。
「やっぱりあったわ」
ミセは満足そうに漏らし、掃除用具箱の中からホウキを一本取り出す。そして、それを私に差し出してくる。
「こんな感じのホウキでいいのかしら?」
差し出されたホウキを受け取る。
掃除用具箱はかなりボロボロだったが、ホウキ本体は古くはなさそうだ。木でできた長い柄はしっかりしていて、簡単に折れそうな感じはしない。
これなら武器として使えるかもしれない。
「はい! このホウキ、お借りしても構いませんか?」
「こんなホウキを何に使うのか不思議で仕方ないけれど……。ま、一本くらいなら貸してあげるわぁ」
「ありがとうございます!」
ホウキを手に、頭を下げる。
こんなにもすんなりと借りることができるとは思っていなかった。
「じゃ、その代わり、一つ教えてくれるかしら」
ミセは唐突に話題を変えてくる。
「え。……あ、はい」
「デスタン、彼は一体何者なの?」
急に「デスタン」という言葉が出てきたため、彼が連れていかれたことがバレていたのかと思い、一瞬焦った。胸の鼓動が急加速してしまった。
「何かあったのですか……?」
「昨夜、急におかしなことを言い出したの。『近いうちにここを出ることになるかもしれない』なんて」
ミセの厚い唇から放たれる言葉、その一つ一つを聞き逃さないよう、しっかりと耳を澄ます。
「しかも『よその家へ移動しなくてはならないかもしれないから』なんて言うのよ。訳が分からないわ」
……もしかして、エトーリアの家へ移動することを提案したから?
彼は彼なりに、密かに、早めに手を打っておこうとしてくれていたのかもしれない。
「彼、きっと、アタシには隠していることがあるんだわ」
それはまぁ……そうよね、という感じである。
デスタンのことだ、ホワイトスターやブラックスターのことを無関係な者にあっさりと話したりはしないだろう。
「エアリは何か知らないの?」
「私は……はい。あまり知りません」
「嘘! あまり知らない人間の顔じゃないわぁ」
そんなに分かりやすいのか、私は。
「何か知っているのね。答えて!」
「……答えられません」
「どういうことかしらぁ?」
ミセの眉間にしわが現れる。
「話したら、ミセさんに迷惑がかかってしまうかもしれないからです」
「あーら。それらしいこと言うじゃない」
直後、ミセは私を睨んできた。
「まさか、アタシのデスタンに手を出したなんてことはないでしょうねぇ……?」
ミセの怒りに満ちた視線は、恐るべき迫力だ。
だが、彼女が心配しているようなことはない。絶対に。
「それはありません」
「怪しいわねぇ……」
「安心して下さい。デスタンさんはそんな安い男性ではありませんから」
すると、ミセはようやく、私から視線を逸らした。
「……ま、そうねぇ。アタシのデスタンが、こーんな貧相な女に心を奪われるわけがないわよね」
何その言い方。失礼。
「疑って悪かったわね」
「いえ」
どちらかというと、疑ったことより貧相な女などと嫌みを言ったことを謝ってほしかったのだが。
「少し……不安になってね」
「不安に、ですか?」
「そう。あまりに進展がないから、少し不安になってきたのよ」
進展がない、か。
当たり前だ。
ミセはデスタンに恋心を抱いているようだが、デスタンはミセを何とも思っていない。一応上手いこと言ってはいるようだが、デスタンがミセのことを愛していないことは明らか。
そんな状態なのだ、進展するわけがない。
「時間がある晩はいつも、同じ部屋でお話するの。デスタンはいつでも快く付き合ってくれるわ」
「そうなんですね」
「けど、いつもそこまでなの。身を寄せても、いつもより少し露出が多い服を着ても、彼は少しも構ってくれない……」
デスタンはそういった方面のことには関心がなさそうだ。それゆえ、アピールしても無視されてしまうというのは、当然の結果と言えるだろう。
ただ、真剣に悩んでいるミセを見ていたら、段々彼女が可哀想に思えてきた。
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