コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.177 )
日時: 2019/12/27 03:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xJyEGrK2)

episode.174 戦える

 豪快なかぎ爪に、長くて太い立派な尾。そして体表には、てらてらと輝く艶やかな赤紫の鱗。人間と比べるとかなり大柄で、しかも頑丈そうだ。

 でも、向き合う時は勝つ気で。

 体格的にはこちらが不利かもしれない。だからこそ、精神的には勝たなくては。精神的な面でも負けているようでは、勝負にならない。

 瞬間、蜥蜴のような謎の生物が私へ視線を向けた。
 そして、足を動かし始める。

 駆けてくる。
 迫ってくる。

 恐怖心がまったくないと言えば嘘になってしまうけれど……。

 でも、踏み込む!
 柄を握る手に力を込め、遠心力を加えながら——振る!

 蜥蜴風謎生物は片方の腕を前に出し、防御の体勢を取っていた。そこに、白い輝きをまとっている刃が命中。だが、さすがに人外だけあって、腕一本でもかなりの硬さ。

 ただ、謎生物の意識は完全に防御に回っている。

 今なら攻撃してはこない。
 だから私は、そこからさらに、剣を振り下ろす。

 白色の光が宙を駆けた。

「斬った……!?」

 背後から聞こえてきたのは、ウェスタの驚きに満ちた声。
 光の眩しさのせいで視認できていなかったのだが、ウェスタの声を聞いたことで、攻撃が命中したのだと分かった。

 もう一撃加えたいところではあるが、一旦下がる。
 距離を取りつつ様子を確認すると、謎生物の腕が傷ついているのが見えた。

「効いていますよ! エアリ!」

 後ろから飛んできたのは、リゴールの声。

「この調子で行くわ!」
「無理をしてはいけませんよ!?」
「大丈夫、任せて!」

 蜥蜴風謎生物は防御力が高い。だが、ペンダントの剣でもダメージを与えることはできるみたいだ。
 それなら、勝ち目はある。

「負けない!」

 実戦経験は少ない。
 扱える武器も剣しかない。

 そういう意味では、周囲の者たちとは比べ物にならないくらい、私は弱い。

 でも、だからといって、落ち込んでいるだけでは何も変わらない。自分が弱いと思い込んでしまうだけで、成長もない。

 だから私はうじうじしたりしない。
 足りていない分は、気合いで埋めるのだ。

 とにかく振る。剣を振る。
 恐怖心に支配され退いたら、そこに付け込まれる。だから下がらない。前進し、圧をかけながら、剣でダメージを与えていく。

「はぁっ!」

 そして、止め。

 蜥蜴風謎生物の胸部を刺し貫く——!

 ドス、と低い音が鳴る。
 突き刺したまま待つことしばらく、謎生物は煙のようになって消えた。

 その時、目の前に一人の男性が立っていた。

「さすがぁー。やりますねぇー」

 立っていたのは、やや肥満気味の男性——そう、以前追い返した人物である。
 ちょこんと被った丸みを帯びたピンクの帽子は、男性らしくなく、妙に可愛らしい。男性が被っていても、「かっこいい」「おしゃれ」より「可愛らしい」の方が相応しい。

「貴方は……」
「シャッフェンと言いますぅー」

 いきなり名乗ってくれた。
 もっとも、名前が分かったところで意味はさほどないのだが。

「貴女たちの命をちょうだいしに来ましたぁー」

 シャッフェンはどことなく楽しげな口調で言う。でも、その内容は少しも楽しくなどないようなものだ。

「……帰ってもらえない?」

 私は一応言ってみる。
 だが、シャッフェンは譲ってくれない。

「それは無理ですぅー」
「お願いだから、無益な争いは止めて」
「無益? 違いますぅー。こちらには益がありますのでぇー」

 説得だけで帰ってくれれば一番良いのだが、そう上手くはいきそうにない。

「今から全員消しますぅー」

 シャッフェンは笑う。純粋な笑みを浮かべる。そこに穢れはない。どこまでも汚れのない、純粋としか言い様がないような、美しささえ感じられるくらいの笑顔。

 ただ、その胸の内は、決して綺麗ではないのだろう。

 ——刹那。

 背後から、黄金の輝きと紅の炎が同時に放たれてきた。
 そう、リゴールとウェスタがほぼ同時に仕掛けたのだ。
 私の左右を通り越した二つの術は、敵であるシャッフェンへと真っ直ぐに向かってゆく。

 ——だが、彼にダメージを与えるには至らなかった。

 というのも、二人の術が命中する直前に、シャッフェンが防御壁を生み出したのだ。
 ちなみに、防御壁は桜色で、やや透明がかっている。色みこそ違っているものの、カマーラが使っていた物に似ている。

「甘い、甘いですよぅー」

 リゴールの黄金の輝きとウェスタの紅の炎を防御壁によって一斉に防いだシャッフェンは、勝ち誇ったような顔をしながら、挑発的な発言をする。

「魔法対策は完璧ですぅー」

 恐らく、先ほどの防御壁は、魔法を掻き消す力を持った防御壁だったのだろう。

「……そうね!」

 言いながら、シャッフェンに接近する。

「でも……これも防げるのかしら!」

 一メートルくらいまで近づき、剣を振り上げる。

「ひふぅっ!?」

 シャッフェンは剣先をぎりぎりのところで避けた。
 防御壁を出現させないところから察するに、ペンダントの剣を防ぐことはできないようだ。
 剣を防がれてしまうのなら打つ手がないが、剣が使えるのなら勝ちようはある。

「いきなり襲いかかってくる危険な女! 嫌ですぅー!」
「まだまだ行くわよ!」

 攻めの手は緩めない。

「嫌ですぅー! 嫌いなタイプですぅー!」

 シャッフェンは肥え気味なわりに良い動きをする。私が振る剣を、彼は、一つ一つ確実にかわしていっている。
 一撃だけでも当てたいが、なかなか当てられない。

「……なーんて」
「え」
「ねぇーっ!!」

 シャッフェンが突如取り出したのは、地味な刃物。その一振りを、私は右腕に受けてしまった。

「なっ……!」

 想定外の反撃をまともに食らい、思わず数歩後退する。
 そこへ、リゴールが駆け寄ってくる。

「エアリ! 大丈夫ですか!?」
「……え、えぇ。平気」

 右腕の、肘と手首のちょうど真ん中辺りに、一撃食らった。でも、袖があったおかげもあって、そんなに深くは斬られていない。

「ごめんなさい。少し油断したわ」

 リゴールを横目に見ながら言うと、彼はすぐに頭を左右に振った。

「いえ! エアリは悪くありません!」

 その言葉に、少し救われた。

「ありがとう」
「ですから、その……エアリはもう下がっていて下さい」
「待って! まだ戦えるわ!」

 掠り傷くらいどうということはない——そう伝えたかったのだが、リゴールは頷いてはくれない。

「無理は禁物です。エアリは下がっていて下さい」

Re: あなたの剣になりたい ( No.178 )
日時: 2019/12/27 16:31
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Z/MkaSMy)

episode.175 飲まされてしまった

 腕に軽い傷を負いはしたが、動けなくなるほどではない。剣を握ることだってできている。だから、まだ戦える。私はそう思っていたのだけれど、心配したリゴールは私が戦うことを許してくれなくて。結局、グラネイトやデスタンがいる部屋へと押し込まれてしまった。

「まったく。もう戻ってきたのですか。情けないですね」

 室内に入るや否や、デスタンにそんなことを言われた。

 正直、かなり悔しかった。
 だって、私が戦いを恐れたわけではないのに。私はまだ戦いを続けられる状態だし、続ける気でいたのに。それなのに「情けない」なんて言われてたら、悔しさのあまり胃から火が出そうだ。

 だが、だからといって、むやみに突っ込んでいくわけにはいかなかった。

 そんなことをしたら、リゴールを余計に不安にさせてしまう。
 それに、もし戦闘不能の状態まで追い込まれたら、それこそ、皆に迷惑をかけることとなってしまう。
 だから、悔しいけど、この道を選ぶことにしたのだ。

「失礼ね。私はまだ戦う気でいたのよ」
「ではなぜ戻ってきたのです」
「リゴールが心配するからよ」

 すると、デスタンは急に黙る。
 口は一切開かず、しかしながら、視線はこちらに向いている。

「……なるほど。負傷ですか」

 彼の鋭い瞳に凝視されると、血まで凍りつきそうだ。だが、我慢して良かったのかもしれない。おかげで、事情を察してもらえたようだ。

「腕を少し斬られたのですね」
「え、えぇ……よく分かったわね」
「さすがに分かります。そういうことなら、退いて正解です」

 良かった。少しは理解してくれたみたい。
 心の中で安堵していると、デスタンは真剣な表情で確認してくる。

「ですが……貴女が退いたということは、今外にいるのは二人ですね」
「えぇ、そうよ。ウェスタさんとリゴール」
「二人では不安が残ります。王子も一度こちらへ呼び戻した方が良いかと」

 ——その時だった。

「待て! ウェスタを一人にするつもりなのか!?」

 そう叫んだのは、グラネイト。
 この前の毒と負傷でいまだに自由行動を禁じられている彼だが、意識は完全に普通の状態に戻っている。そのため、ウェスタの身を案じる心も、復活しているようだ。

「……文句があるなら言え」

 冷ややかな視線を向け、静かに放つのはデスタン。
 対するグラネイトは、ごくりと唾を飲む込んだようで、喉を上下させていた。

「ふ、ふはは……なかなか刺激的な……」
「馬鹿げたことを」
「さすがに! ウェスタにそっくりだな!」

 デスタンに冷ややかに睨まれたグラネイトだったが、睨み返すようなことはなかった。それどころか、心なしか嬉しいそうだったくらい。デスタンとウェスタはどことなく似たような雰囲気を持っているところがあるから、睨まれても、純粋に嫌ではなかったのかもしれない。

「では少し失礼します」
「外へ?」
「はい。王子を連れてきます」
「敵がいるわ。危険よ」
「いえ。すぐ戻りますので」

 そんなことを言って、デスタンは扉に向かって歩き出す。そして、私が制止しようとしたのも聞かず、部屋から出ていってしまう。

 何とか引き止めようと追いかけかけたのだが、途中で止めた。
 一般人のミセと復活しきっていないグラネイトを二人きりにさせるわけにはいかなかったから。

「ねぇ、エアリ」
「ミセさん?」
「まったくもう、何の騒ぎなの? こんなところに隠れていて良いの?」
「今外に出ると危険ですよ」
「ふぅん……まぁ、デスタンの傍にいられるならそれでいいけど……」

 この期に及んで、まだデスタンへの執着。
 もはや尊敬すべき域である。

 普通、愛する人がいたとしても、危険な目に遭いかけている時には自分を優先してしまうものだろう。平常時は愛する人の傍にいることを望んでいたとしても、危機的状況に陥れば生命を最優先に行動するはず。

 でも、彼女はそうでない。
 彼女は今でも、デスタンの傍にいることを一番に考えている。

「ところでエアリ・フィールド!」
「え、いきなり何……?」
「敵はどのような敵だ!? グラネイト様に教えてくれ!!」

 これまた唐突な。
 何の前振りもなく本題に入っていくところが、ある意味潔い。

「敵は、謎の生物と、それを操っている男性よ」
「なにィ!?」

 急な大声。
 耳が痛い、物理的に。

「え。どうかしたの」
「その男は、肥え気味か!?」

 グラネイトは目にも留まらぬ速さで私のすぐ前まで移動してきて、首を伸ばし、顔面を近づけながら言ってきた。

 彼の顔面を至近距離で見るのは、少し辛い……。

「そうね。そして、可愛い帽子を被っているの」
「腕の傷はそいつにやられたのか!?」
「えぇ。うっかり」

 その瞬間、彼は両手で私の両肩を掴んでくる。

「それはまずいぞ!!」
「え……?」

 いきなり鼓膜を破るような大声で「まずいぞ!!」と叫ばれても、説明がないため、意味がいまいちよく分からない。何かがまずいことは分かるが、何がどうまずいのかが不明なまま。これでは何の意味もない。

「やつの刃物には毒が塗ってある!」
「ええっ」

 毒が塗ってある、ということ自体にも驚きを隠せないが、一番戸惑ってしまうところはそこではない。一番戸惑うのは、グラネイトが異様な圧をかけながら話してくるところだ。

「そ、そんなことが……?」
「傷口を洗った方が良いぞ!」
「でも……」
「いいから早く!」
「は、はいっ……で、でも、水がな——」
「いいから流せ!」
「えぇぇー……」

 ぐいぐいくる彼の雰囲気にはなかなか馴染めない。
 そのせいもあって、私は、つい妙な受け答えをしてしまう。
 そもそも彼とはそこまで親しくないし、長い間一緒に暮らしてきたわけでもない。それゆえ、積極的に話しかけられると困ってしまう。

「それと、これだ!」

 さらに、グラネイトは小瓶を取り出す。

「それって……毒消し薬?」
「イエス! これはグラネイト様にも効いたぞ!」

 その小瓶は新品でまだ開封されていないようだった。
 ということはつまり、誰も飲んでいない分ということだ。それなら、飲むことに抵抗はない。

 だが、医者の許可なく飲んで大丈夫なのだろうか。

 心配はそれだけ。

「えーっと……」
「いいから飲め! 効くぞ!」
「えぇぇ……」

 結局、流れのままに飲まされてしまった。

Re: あなたの剣になりたい ( No.179 )
日時: 2019/12/28 15:27
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fQORg6cj)

episode.176 まだ強くなりそう

 毒消し薬を無理矢理飲まされたことには驚いた。でも、心配してくれているのかなと思うことはできて。だからべつに不快ではなかった。

「その……薬、ありがとう」
「飲んでおくと安心だからな!」

 礼を述べると、グラネイトは頷く。

「人って変わるのね。前は襲ってきていたのに、今は助けてくれるなんて……何だか不思議」
「ふはは! 過去のことを言われるとさすがに恥ずかしいぞ!」

 グラネイトにも一応恥じらいがあるとは、意外。

 正直なことを言うなら、彼には恥じらいなんてものはないのだと思っていた。

 ……だって、ことあるごとに「ふはは!」などと騒ぐような人よ?

「ただーし! 勘違いするなよ! グラネイト様は今でも、ブラックスターの人間であるつもりだ!」

 グラネイトの言葉に、私は思わず「え。そうなの」と漏らしてしまった。ただ、彼は私の発言をあまり聞いておらず、そのため、嫌な顔はしなかった。

「今回の件に関するブラックスターのやり方に賛同できなかった、というだけのことだからな! ふはは!」

 言葉の一つ一つが潔い。
 ある意味では見習うべきかもしれない。

「……でも、今さらあっちへは戻れないんじゃない?」
「世が変われば戻れる!」
「体制が変わったら、ってこと?」
「イエス! その通り!」

 なんて楽観的なのだろう。

「グラネイト様はこう見えても良家の出身だからな! ふはは! 血の良さには自信がある!」
「……へぇ、そうだったの」
「ま! 家は滅んだがな!」
「滅んだ!?」

 想定外のことをさらっと言われ、思わず大声を出してしまった。
 もし深刻な顔で告げられていたなら、しんみりはしたとしても、ここまで驚きはしなかっただろう。世間話をするかのようなあっさりした感じで告げられたからこそ、必要以上に驚いてしまったのだ。

「ふはは! 家があればグラネイト様はもっとモテモテ人生だっただろうな!」
「それは切ないわね……」
「いや、切なくないぞ? おかげで、いきなりウェスタに出会えたからな!」

 切なさを匂わすようなことを言いつつ、思考は前向き。多少ずれがある感じが、微妙に笑える。もちろん、失礼だから笑わなかったけれど。


 その時になって、扉が開いた。
 先に入ってきたのはリゴール。妙に勇ましい顔で、よく見ると気絶したシャッフェンを引きずっている。

「あ。リゴール」
「お待たせしました、エアリ」
「……彼、倒したの?」
「いえ。厳密には気絶させている状態ですね」

 肉のついたふくよかな男性を華奢なリゴールが引きずっている光景は、不思議という言葉の似合う光景だった。仕留めた獲物が自分より大きかった時の獣のようである。

 リゴールに続いて、デスタンが入ってくる。

「王子、止とどめは速やかにお願いします」
「エアリに確認するので待って下さい!」
「……はい」

 基本下からは出ない質のデスタンだが、リゴールにはさすがに逆らえないようだ。

「もう一人は逃がしてしまったのですが、この者だけは何とか気絶に追い込みました」
「やるわね、リゴール」

 するとリゴールは、その男性にしてはふっくらした頬を、ほんのり赤く染める。恥じらいを感じさせる表情だ。

「それで、どうしましょう?」
「……その人?」
「はい。いきなり殺めるのも申し訳ないと思い今の状態に至ったのですが」

 難しいところだ。
 気絶しているところを殺めるというのは少々卑怯な気がするし。かといって、トランの時のように世話する余裕はないし。

 場がしんと静まり返る。

 ちょうどその頃になって、ウェスタが室内へ戻ってきた。
 刹那、グラネイトが彼女の方へと飛んでいく。

「ウェスタ! 無事かッ!?」

 彼のウェスタに向かう勢いは、凄まじいものがあった。
 直前まで床に座っていた。それなのに、ウェスタが帰ってくるや否や、目にも留まらぬ速さで立ち上がり。さらにそのほんの数秒後には、ウェスタの目の前まで移動していたのだ。

「問題ない」
「良かったァ! 心配したぞ!」

 グラネイトはウェスタの肩を包み込むように抱く。だがウェスタは取り乱さない。冷静だ。

「痛いところは? 疲れたところは? 言ってくれればグラネイト様が癒やすぞ!」
「では……触るな」
「それはなし!」
「……まったく。面倒な男」
「だな! ふはは!」

 やたらと絡んでくるグラネイトに対するウェスタの接し方は、以前より少しばかり柔らかくなっているように感じる。

 以前なら、ここで、ウェスタが強烈な一撃を放っていただろう。

 でも、今はそれがない。
 素っ気ないが会話にはなっている。

 それからウェスタは、絡んでくるグラネイトを無視し、リゴールに歩み寄る。彼女の冷ややかな瞳に見下ろされたリゴールは、怯えたような顔。だが、ウェスタが心ない行動に出ることはなかった。

「……貸して」
「え?」
「その男を渡して」

 リゴールはきょとんとしている。その脇に控えているデスタンは、眉をひそめている。

「何をなさるのですか……?」
「ここで消し去る」

 ウェスタの口から放たれるのは、少しばかり残酷な言葉。
 もっとも、彼女らしいといえば彼女らしいが。

「できない者には任せない」
「えぇと……それはわたくしのことで?」
「そう。止めはできる者がやればいい」

 ウェスタは静かに述べる。
 そして、リゴールの手からシャッフェンを奪い取った。

「さよなら」

 彼女は小さくそう呟き、シャッフェンの襟を掴んでいる右手から炎を発生させる。気絶したシャッフェンを、みるみるうちに炎が包んでゆく。

 ——そしてやがて。

 シャッフェンのふくよかな肉体は、塵のようになって消滅した。

「……これで終わり」

 手と手を合わせ、ぱんぱんとゴミを払うような動作をした後、彼女はふぅと息を吐き出す。
 それから彼女は、私の方へと視線を注いできた。

「エアリ・フィールド」
「えっ、私?」
「……先の傷の手当ては」

 瞬間、グラネイトが口を挟んでくる。

「グラネイト様が薬を飲ませたぞ!」
「……そうか」
「ふはは! 気が利くだろう!?」
「馬鹿らしい」

 ウェスタにばっさり言い切られ、グラネイトは慌てる。

「な! 馬鹿らしい!? それは一体どういうことだ!?」

 グラネイトの問いにウェスタが答えることはなかった。

「……それにしても、エアリ・フィールド」
「何?」
「その剣技、なかなか華麗だった」

 いきなり褒められた。

「ウェスタ! グラネイト様を無視しないでくれ!」
「……まだ強くなりそうだ」
「褒めていないで、グラネイト様の発言を聞いてくれ! ウェスタ!」

Re: あなたの剣になりたい ( No.180 )
日時: 2019/12/28 15:29
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fQORg6cj)

episode.177 貯金回収

 戦いが一旦幕を下ろしても、シャッフェンに刃物でつけられた傷はまだ痛んでいた。激痛とまではいかないけれど、じんじんというか、ひりひりというか、そんな感覚があったのだ。受傷したばかりではないにもかかわらず。

 ただ、グラネイトが毒消し薬を飲ませてくれたおかげか、毒らしき症状が出ることはなかった。

 戦いが終わって一時間くらい経過した頃、偶々、グラネイトの様子を確認しに医者が屋敷へやって来て。
 そこで私は手当てを受けた。

 医者は、傷口の状態を診て、それから慣れた手つきで手当てしてくれたのだった。

 今回の交戦による人への被害は少なかった。

 私が腕を少し怪我したのと、ウェスタが一発打撃を食らっていたくらいで、重傷者はなし。動けなくなる者や戦えそうになくなってしまった者もいない。
 また、屋敷の方も、窓が数枚割れたり、扉や床が多少凹んだりという被害はあったが、人外に攻められたにしては小さめの被害だろう。取り敢えず、屋敷が住めない状態になることは免れた。


 翌朝。
 事前連絡なしで、私の部屋にウェスタがやって来た。

「ウェスタさん?」

 銀の髪は艶やかで、三つ編みも既に編み上がっている。だが、そんな洗練された印象のヘアスタイルとは裏腹に、疲労が蓄積していることを感じさせるような顔をしていた。目の下には、隈まである。

「今日は一度小屋へ戻ろうと思うのだが、ついてきてもらえないだろうか」

 ウェスタに頼られるのは、わりと嬉しい。
 簡単には他人に頼りそうにない人物から頼られるというのは、稀少価値がある。

 もちろん頼られるつもりだ。早速「小屋?」と尋ね、話を進める。するとウェスタは、小さな声で「……我々がこの前まで住んでいた小屋のこと」と簡単に説明してくれた。

「それね! えぇと、それで?そこへ行くの?」
「そう。色々物が残っているかもしれない……回収してこようかと」
「良いわね!」

 こんなことを言っている場合ではないが——宝物探しのようで少し楽しそうだ。

「三十分くらいだけ待ってもらっていい?」
「構わない」
「ありがとう! じゃあ早速用意するわ! ……あ、ここで待つ?」

 その方が合流に手間取らずに済むと思い提案したが、ウェスタは首を左右に動かした。

「廊下で待つ」
「え! ……廊下?」
「ブラックスターの人間に気遣いは不要」
「えっと、よく分からないわ」
「ブラックスターは気遣いを重視しない風潮だから」

 そんなことを言いながら、ウェスタは廊下の床に座り込む。そうして若干壁にもたれ、見上げてきた。

「ここにいる」
「そ、そう……分かったわ」

 彼女の発言の意味は理解しきれなかった。だが、わざわざ反対意見を述べる気はない。彼女が望むような形で待っていてくれたなら、それが一番ありがたいから。

 その後、私は一旦、自室内へ戻った。

 肩甲骨より下まで伸びている直線的な髪を櫛で整え、よく着る黒いワンピースを身にまとう。それから一度背伸びをして、剣とペンダントを持つ。

 それから改めて扉を開けた。

「お待たせ!」
「……さほど待っていない」

 長い睫毛がミステリアスな目を軽く伏せつつ、ウェスタはその場で立ち上がる。重力に従いさらりと流れる髪が幻想的で美しかった。

「では」

 ウェスタは手を差し出してくる。
 私はその手を握る。

 ——瞬間、視界が無になった。


 気づけば小屋の前にいた。

 板を張り合わせて造ったような、まさに小屋、という感じの建物である。

 ウェスタは一切躊躇いなく小屋に入ってゆく。特に何も言われなかったが、入ってはならないということはないだろうから、私も続く。
 中は、ワインレッドの絨毯が敷かれていて、少しだけ高級感があった。

「へぇー。意外と綺麗な感じね」
「……そう?」
「えぇ」

 ベッドの上にはくちゃくちゃになった掛け布団。椅子は引かれたまま、テーブルには空になったカップ。
 生活感たっぷりだ。

「グラネイトさんと二人で暮らしていたのよね?」
「そう」
「何だか良いわね。新婚さんみたいで素敵!」
「……勘弁して」

 ウェスタは体を小さく縮めてベッドの下の隙間に潜り込もうとしている。とても人間が入れそうな幅の隙間ではないが、懸命に肩辺りまで押し込んでいた。

 何をしているのだろう、と思っていると……。

「よし、あった」

 彼女はそんなことを言いながら、布製の袋を取り出してきた。
 球を軽く押し潰したような全体的に丸みを帯びたフォルムの袋で、色は赤茶。小さな白い柄がプリントされている生地のようだが、白はさほど目立っておらず気にならない。

「それは何?」
「貯金」
「どうしてそんなところに!?」
「分けて置いている」

 彼女は立ち上がり、今度はテーブルの方へ歩き出す。

「そっちにもあるの?」
「……そう、椅子の背に」
「椅子の背!?」

 驚かされることの連続だった。


 小屋に鍵をかけて、エトーリアの屋敷へ戻る。
 その時まだ外は明るかった。一面青い空が私たちを見下ろしていた。

 ……それにしても。

 ウェスタの術があれば、移動にさほど時間がかからない。かなり便利だ。この術があれば、中距離の移動くらい楽々である。


 屋敷へ戻ると、ウェスタはグラネイトのところへ向かう。
 特に意味はないが、私もそれについていった。

「ウェスタ!」

 部屋に入ってきたウェスタの姿を視認するや否や、グラネイトは声をあげた。目を大きめに開き、どことなく嬉しそうな顔つきで。
 そんな彼に、ウェスタは貯金が入った袋を差し出す。

「これ、取ってきた」

 ウェスタが唇を微かに開くと、グラネイトは驚いたように目をぱちぱちさせる。

「なっ! 家へ戻ったのか!?」

 三人だけの空間に、彼の驚きに満ちた声が響いた。

「……そういうこと」
「危ないぞ!」

 それまでは床に座って話していたグラネイトだったが、急に腰を上げ、あっという間にウェスタに接近する。
 彼は足が長いため、他人より一歩が大きく、それゆえ歩きによる移動を速く行うことができるようだ。

「危険だろう!」
「うるさい。……ただこれを取りに行っただけ」
「それはありがたいが! だからといってウェスタを危険に晒すのは嫌だ!」

 激しく言うグラネイトに、ウェスタは呆れ顔。

「一人で行ったわけではない」
「だとしてもリスクが高い!」

 グラネイトは心配し過ぎではないだろうか。

 ウェスタは女性。それゆえ、出歩かせるのが不安というのは、分からないでもない。それに、共に同じ時間を過ごしてきた親しい仲間の身を案じるのは、おかしなことではない。

 ただ、心配『し過ぎ』なところが問題なのだ。

 ウェスタは刺客を務めていたほどの人物。そこらの娘とは一線を画する存在なのだから、少し出歩いたくらいで大騒ぎすることはないと、私はそう思う。

Re: あなたの剣になりたい ( No.181 )
日時: 2020/01/04 14:20
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 7dCZkirZ)

episode.178 貝

 取りに行った貯金の中から、ウェスタとグラネイト、二人分の生活費を我が家に入れてくれることが決まった。結果、我が家の家計が少しばかり潤うことに。エトーリアが稼いでくる収入があるから貧しくはないが、人が増えてくるに連れて支出も増えていっている状況だった。そんなことを続けていては、いずれお金が尽きるかもしれない。だからこそ、二人がお金を入れてくれたのは、ありがたいことなのだ。感謝すべき支援である。


 数日後の昼下がり。
 食堂でリゴールと寛いでいたところ、グラネイトがやって来た。

「ふはは! グラネイト様登場!」

 騒がしく現れたグラネイトは、藁で編んだお盆のようなものを両手で持っていた。厚みは一センチほど。見慣れないタイプのお盆だ。

「……何事ですか?」
「良い感じの二人を邪魔するグラネイト様、鬼畜ゥ!!」
「何でもいいので、用件を先に話して下さい」

 いつものことだが、グラネイトは妙にハイテンション。だが、リゴールはそれとは真逆で、テンションは低い。しかも、非常に面倒臭そうな顔をしている。

「実は今日、久々に外出してきた!」
「そうなんですか」

 リゴールの反応は地味だ。

「そこで美味しそうなものを発見してな! 手当てしてもらったお礼だ!」

 そう言って、グラネイトは藁製お盆を差し出してくる。
 お盆の上には食べ物らしきものが並んでいた。

「調理済みの貝だ!」
「貝……!」

 私は思わず漏らした。
 これまた珍しいものを買ってきたなぁ、と思いながら。

 すると、リゴールが振り返って尋ねてくる。

「エアリ。貝とは?」
「確か、海とかにいる生き物よ」
「海の生き物ですか……」
「そんな感じね。まぁ、私もあまり食べたことがないけど」

 海辺の町で育った者なら、海産物を食べるという経験も豊富だろう。でも、私はそうではなかった。だから海産物には詳しくない。

 でも、美味しそう。
 灰色の殻に入った、柔らかそうな身。焦げ茶色のタレがかかっていることもあって、余計に美味しそうに見える。

「食べてみて良いの?」
「ふはは! もちろんだ!」

 身に縦向きに刺さっている爪楊枝を恐る恐るつまむ。そして、うっかり落としてしまわないよう気をつけながら、ゆっくりと口まで運ぶ。

「ん……!」

 口に含んだ瞬間、日頃感じることのない感覚が舌に走った。

 ふっくらしていて、しかし表面にはつるつる感がある。また、舌で崩せそうなほどに柔らかい。

 そして、味わいはクリーミィー。
 貝自体のミルクのようなマイルドさに、やや塩辛めのタレが軽い刺激を加え、何とも言えない心地よさを生み出している。

「良いわね、これ」

 ごくんと飲み込むや否や、半ば無意識のうちに漏らしていた。心の底からの気持ちだからこそ、意識せずとも口から出たのだろう。

「ふはは! 気に入ったようだな!?」
「美味しいわ」
「よし!」

 グラネイトは藁を編んだようなお盆をテーブルの上に置く。それから、片手で小さくガッツポーズをしていた。

「残りすべて食べて良いぞ!」
「本当に!?」

 これは純粋に嬉しい。

「……でも、本当に構わないの?」
「ウェスタも渡すよう言っていた!」
「ありがとう……!」

 グラネイトの独断で私たちにくれているのなら、少しばかり申し訳ない気もする。だが、ウェスタも私たちへ渡すよう言ってくれていたのなら、その申し訳なさも薄れる。それでもこんな美味しいものをたくさん貰うことへの申し訳なさはあるけれど、ウェスタの発言について聞く前に比べたら少しは気が楽になっている。

 ただ、これは私とリゴールへの贈り物。私が一人で完食するわけにはいかない。
 そう思ったから、リゴールにも話を振ってみる。

「リゴールも食べてみて!」
「え。いや、その……わたくしは大丈夫です」
「絶対美味しいわ。ほら一つ!」

 五つほどあるうちの一つに刺さっている爪楊枝をつまみ、身をリゴールの目の前まで運ぶ。しかしリゴールはまだ乗り気でなさそうだ。

「え、えっと……」
「はい! 口を開いて!」

 若干調子を強め、唇に触れるくらいの位置まで貝を近づける。

「あ、はい……」

 そこまでして、やっと口を開いてもらうことができた。丸く開いた口に、私は貝を放り込む。

 リゴールは恐れを露わにしつつも、口を閉じ、噛み始める。
 それからしばらく、彼は何も言わなかった。言葉を発しはせず、ただ、口だけをもぐもぐ動かしていた。

 ——そして。

「これは……!」

 やがて口を開いた時、リゴールの表情は明るいものになっていた。

「美味しいです!」
「でしょ!?」
「はい! 良い味わいです!」

 リゴールにも同じ意見を持ってもらえたみたいで嬉しかった。私は多分、この美味しさを、誰かと分かち合いたかったのだろう。

「貝の独特の食感とタレの味が、上手く合わさっていますね」
「でしょ!」
「はい。これは確かに美味です」

 話しながら、私はまだ残っている貝へと手を伸ばす。
 口に含むや否や、迸る幸福感。それは、日頃の苦労や憂鬱さを、一時的にすべて消し去ってくれる。

 こうして、私たちはすぐに完食した。

「ごちそうさま!」
「ごちそうさまです」

 貝を食べ終えた私とリゴールは、ほぼ同時に、グラネイトに向かって礼を述べる。
 するとグラネイトは「ふはは!」と笑いながら去っていった。

 それから私とリゴールは改めて見つめ合う。

「美味しかったわね」
「良い差し入れでしたね」

 その時、ぷーんと音がして、何かが寄ってくる——虫だった。

 体長一ミリほどの小さな虫が、テーブルに降り立ち休憩し始めたのである。もしかしたら、残っているタレの香りにつられてやって来たのかもしれない。

 私はさりげなく手で払い除けておいた。

「それにしても、彼はご機嫌でしたね」
「グラネイトさん?」
「はい。何だかとても楽しそうで、驚きました」
「そうね」

 個人的には、最近の彼はいつも楽しそうだと思うのだが。

「毒の心配はあったけど……もうすっかり治ったみたいで良かったわ」

 動きに不自然さはなく、声も大きい。あれだけ元気なら、もう心配もないだろう。今から急に悪化するということもなさそうだ。

「ですね」
「そうね」

 深い意味のない会話。第三者が見たら「どうでもいい」と感じるであろう会話。でも、そんな風に穏やかな時間を過ごせることは、大きな幸せ。

 道の先に戦いが待っているとしても、今はただ、幸せな時を——。


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