コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.147 )
- 日時: 2019/11/14 19:45
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
episode.144 言いたいこと
私は今、目を覚ましたばかりのトランと共にいる。
「しみじみ言うのね」
「……問題でもあるのかなー」
「いいえ、べつに。そんなことないわよ」
話しかけ続けることで変に刺激してしまっても問題なので、私は、黙って見守っておくことにした。
すると、トランはやがて、カップの端に唇をつける。
それからしばらく、彼は何も言わなかった。黙ったまま、ホットミルクを飲み続ける。
一分ほどが経ち、彼はようやくカップから唇を離した。
「どう?」
「ふふふ。確かに、なかなか良い味だねー」
良い味という言葉を聞くことができ、私は嬉しくなった。胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。
「気に入ってもらえたなら良かったわ」
「うんうん、美味しいねー」
こうして普通に話している分には、残酷さなど少しも感じない。今すぐにでも友達になれそうな、そんな気がする。
「ねぇトラン」
「何ー?」
「貴方はまた、ブラックスターに戻るつもりなの?」
私は彼の暗い瞳を見つめ、尋ねてみた。
すると彼は、くいと口角を持ち上げる。
「何その質問ー。変なのー」
どこが変なのか、私にはよく分からない。
「質問に答えて!」
「まぁまぁ、落ち着いて。騒がれると耳が痛いよー」
「……ごめんなさい」
「いいよいいよ。あ、これ」
そう言って、トランはカップを返してくる。
「美味しかったって伝えて」
次の日の朝。
私はトランの部屋へ向かった。
「おはよう、トラン」
昨夜別れる時には、手首はきちんと縛り直したし、外から鍵をかけておいた。だから、そう易々と逃げられる状態ではなかったけれど、それでも、見に行く時は不安があった。脱走されていたら私のせいだ、と。
「……まだ寝てるのね」
だが、それらはすべて杞憂だった。
トランは部屋から脱走するどころか、まだがっつり眠っていたのだ。
拍子抜けだ。
だが、脱走されているよりかは良い。
時には睡眠も必要だろう。そう思って、私は、それ以上声をかけることはしないでおいた。そのまま部屋を後にしたのである。
午後、窓から見える木々が日の光を浴びて瑞々しく輝く頃。
私は再びトランのもとを訪ねた。
「トラン、起きた?」
「やぁ。今日はなかなか来なかったねー」
トランは上半身を起こした状態で扉を方を向いていたようだ。
「朝は一回来たのよ?」
私は彼に歩み寄る。
「えー。朝なんか、起きないよ」
「そうなの?」
「用事に合わせてしか起きないからなぁ」
面倒臭そうな顔をし、愚痴のような調子で漏らすトラン。
思い通りにならず不満をたくさん溜め込んでいる子どものような様子だ。
「ご飯、食べる?」
尋ねると、トランはぷいとそっぽを向く。
「……いいよ」
「え。お腹空いてないの?」
「なんていうか、よく分からないんだよね」
お腹が空いているか空いていないかが分からない状態なんて、私には想像できない。
「じゃあ、軽食を貰ってくるわ! それなら食べられるわよね」
「……そうだね」
私はすぐに部屋を出、外から鍵をかけて、バッサのもとへ向かうことにした。
——三十分後。
私はお盆を持って、トランがいる部屋へ入る。
「お待たせ!」
「待ってたよー」
「遅くなって悪かったわね」
「いいよー」
軽食を貰うためバッサのところへ向かっている途中、リゴールに会って、彼に「どこへ行くのですか?」と聞かれた。そこで事情を説明していたため、思っていたより時間をとってしまったのだ。バッサが軽食の用意を素早くしてくれていなかったら、もっと時間がかかっていただろう。
「で、何を貰ってきたのかなー?」
トランの問いはさらりとしている。
まるで、昔からの友人に問いかけているかのようだ。
「パンの欠片みたいなものよ」
「パン? しかも、欠片ー?」
「そうよ」
トランの横へ座り込み、お盆ごと一旦床へ置く。
そして、彼の手の拘束を解く。
「……それが、パンの欠片?」
「えぇ。美味しそうでしょ」
お盆の上の皿に乗っているのは、一口サイズに千切られたパン。
トマトのペーストが軽く塗ってある。
「赤いね」
「それがどうかした?」
「いや、べつにー」
それから彼は、パンを食べ始める。最初は恐る恐るといった感じだったが、徐々に勢いは増し、彼は、皿の上のパンをあっという間に食らい尽くしてしまった。
以降、数日、私はずっとそんな暮らしを続けた。
毎日トランのもとへ通い、バッサに提供してもらった飲食物を提供する。それが私の仕事となっていた。
だが、それも仕方のないことだ。
トランをここにいさせようと思い立ったのは私だし、やむを得ない状況だったとはいえトランを怪我させたのも私。だから、彼に関しては、私が責任を持たなくてはならないだろう。
そんなある日の夕暮時。
ずっと話したかったことを話してみることにした。
「トラン。もう戦いに参加しないで、って言ったら、貴方は怒る?」
私はトランと数日色々な話をしてきた。それらはほとんど、当たり障りのない内容だったけれど、それでも、以前よりかは親しくなれてきているような気がする。
だからこそ、今日話してみることにしたのだ。
「……問いの意図が分からないよー」
「ブラックスターの王様に仕えている人にこんなことを言うなんて失礼ってことは分かっているわ。でも、もしできるなら、これ以上戦いに参加してほしくないの」
するとトランは不思議そうに首を傾げる。
そして、述べる。
「正直……ボクは王様のことがよく分からないんだよねー。だから、べつに、ブラックスターに固執はしてない。ただ、さ。ボクは戦いを止めようとは思わないんだ。だって、面白いことがなくなったら、生きがいもなくなるしねー」
彼の口から出ている言葉は、なにげに恐ろしい言葉だった。
ただ、私の発言の怒っているという感じではない。
「ボクはいずれ戦いに戻るよー」
「……そう」
「で? 話はそれだけ?」
逆に問われた私は、言葉を詰まらせてしまう。
ブラックスター王に絶対的な忠誠を誓っているわけではなく、それでも、戦いを止める気はないと。
そんなことを言われたら、もはやどうしようもない。
「もっとさ、何か、言いたいことがあるんじゃないの?」
トランは私の心を見透かしているのかもしれない。
私の胸にまだ口にできていないものがあると感じたから、このような問いを発しているのだろう。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.148 )
- 日時: 2019/11/14 19:46
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
episode.145 いたずら、困る
「……もう私たちを狙わないでほしいの」
静寂の中、私は一番根本的なところを告げる。
「貴方の人生だもの、絶対に戦うなとは言わないわ。ただ、リゴールやその周りに手を出すのは、もう止めてほしいのよ」
すぐ隣にいるトランは、こちらをじっと見つめていた。その見つめ方といったら、理解不能な動きをする生物を見ているかのよう。
「今日は気が弱いんだね」
「……平穏に暮らすのが、私たちの願いよ」
するとトランは、ぷっ、と吹き出す。
「ふふふ。君がそれを言うと変だね」
「どうして?」
「君はもっと血気盛んなタイプだと思っていたからさー。正直びっくりだよー」
そんな風に驚かれるなんて、と、少しばかりショックを受けた。
私は普通の女なのに。リゴールと出会ってから少し力をつけただけで、それ以外は何の変哲もない娘なのに。
「ま、でも、誰だって二面性はあるものかなぁ」
ショックを受けている私を見て、トランは笑いながら言った。
言葉だけ聞けば、軽くフォローしてくれているかのようだ。しかし、愉快そうに笑っている時点で、まったくフォローになっていない。
——その時。
「エアリ!」
声と共に扉が開き、リゴールが入ってきた。
「良かった、ここに。少しお話したいことが——」
瞳を輝かせたリゴールがそこまで言った、瞬間。
トランは、突如体を動かし、私の頬に唇をそっと当ててきた。
「なっ……!」
リゴールの顔が全体的に強張る。眉や目もと、口角までも、引きつっていた。
そんなリゴールを、トランはさりげなく横目で見る。勝ち誇ったような、刺激するような、そんな表情で。
「彼女、結構可愛いよねー」
「不潔ですよ! エアリから離れなさい!」
「やだねー」
煽るような発言を続けるトラン。リゴールはその煽りにすっかり乗せられて、顔を真っ赤にしながら、ズカズカとこちらへ向かってくる。
「異性に唇を当てるなど、無礼にもほどがありますよ!」
「えー。どうしてそんなに怒ってるのかなー」
トランは私の頬から唇を離し、舌を僅かに出しながら、ニヤリと笑みを浮かべる。その様は、まるで、親にいたずらを咎められた幼児のよう。これがトランの本当の姿であれば良いのに、と、そう思わずにはいられない。
そんなトランのもとへ、苛立ちを匂わせるような力んだ足取りで迫るリゴール。
「君、一人でそんなにイライラして、何が楽しいのかなぁ?」
リゴールが怒りに満ちていることを知りつつも、さらに挑発を続けるトラン。
もう止めて。それ以上刺激するような発言をしないで。
個人的にはそう思っているのだが、トランは、挑発をまったく止めそうにない。
だが、リゴールは大人だった。かなり怒りに震えているような様子だが、すぐに攻撃を仕掛けることはせず、トランの正面へさっとしゃがみ込む。
「えー? どうしたのかなー?」
——刹那、リゴールはトランの片頬をはたいた。
ぱぁん、と乾いた音が鳴る。
その様子を間近で目にした私は、言葉を発することができなかった。想定外の展開に、ただただ、愕然としながら見つめていることしかできなくて。
言葉を失っているのは、はたかれたトランも同じだった。
彼はリゴールからの奇襲に戸惑いを隠せずにいる。
「口づけなど、論外です!」
私もトランも何も言えない状態に陥ってしまっている中、リゴールだけが口を開く。
それからしばらくして、トランはようやく発する。
「……暴力反対ー」
そんな風に言われても、リゴールは固い表情を崩さなかった。
リゴールはいつになく険しい顔をしている。戦場にいる戦士かと見間違いそうなほどに、勇ましく、険しく。あどけない少年の面持ちは欠片も見受けられない。
「次にそんなことをしたら、どうなるか分かっていますね」
「偉そうー」
「分かっているのですか!?」
トランは悪ふざけの多い子ども。
リゴールはそれをいつも叱っている厳しめの親。
段々そんな役どころを二人が演じているかのように感じられてきた。
「……はいはい」
トランはかなり面倒臭そうだ。
「理解できましたね?」
「うん。分かったー」
「なら、今回のいたずらだけは見逃しましょう」
そう言って、リゴールは視線を私の方へ向けてくる。
「エアリ。今少し、お話しても構いませんか?」
「え、えっと……」
今はトランと話をしているところだ。彼が軽い雰囲気を醸し出してくるせいで軽い雰囲気になってしまっているが、一応、真面目かつ重要な話をしているところである。せっかくの機会だから、可能なら、もう少しトランと話したい。そして、もう私たちの命を狙わないように、と頼みたい。
だが、ここしばらくリゴールを放置するような状態になっていたのも事実。この期に及んでまだトランを優先するとなると、リゴールに寂しい思いをさせてしまうかもしれない。それはそれで申し訳ない気もする。
どちらを選べば良いのだろう——悩んでいると。
「ふぅん。王子って言っても、意外と愛されてるわけじゃないんだねー」
トランがいきなり失礼なことを述べた。
リゴールのこめかみに怒りの筋が走る。
「今……何と?」
日頃は大抵穏やかなリゴールだが、今日は真逆。温厚さなど、どこにもない。どうやら、非常に怒りやすい精神状態にあるようだ。
「えー? ボク何も言ってないよー?」
「……とても失礼なことを言いませんでしたか?」
「言ってないってー。失礼なのはそっちだよー」
リゴールが怒りの感情を露わにしても、トランはちっとも動じない。いや、動じないどころか、へらへらしている。余計にリゴールを刺激しそうな表情と言動。
この二人を近くに置いておくのは危険かもしれない。
特に、今は。
「待って。リゴール。少しだけいいかしら」
イライラし過ぎるのは健康に良くないと思うから、私は、細やかな勇気を出して口を開いた。
「……エアリ?」
「申し訳ないのだけれど、少しだけ外に出てもらいたいの」
こんなことを頼むのは酷かもしれないけれど。
「え……あの、なぜです?」
それまで怒りに満ちていたリゴールの顔に、悲しみの色が広がる。
見ていられない、可哀想で。
私は選択を誤ったかもしれない、と、既に後悔が始まっている。
「あ、あの……もしかして、わたくしの存在が邪魔で……?」
「違うの。そうじゃないわ。ただ、トランと大切な話をしているところだったから。だから、もう一度二人にしてほしくて」
悲しみに満ちた顔をしているリゴールを前にしたら、罪悪感を掻き立てられて、胸が痛い。息が苦しくなる。
私の選択ゆえのものなのだから仕方がないのだが、自業自得なのだが、耐え難い苦痛がある。
それでも、もう引き返す道はない。
「お願い、リゴール」
あとは思いが伝わることを願って。
私はリゴールの青い瞳をじっと見つめる。
それから十秒ほど、沈黙。
そして、その後に、リゴールはそっと口を開く。
「……そ、そうですね。承知しました」
優しく返してくれたリゴール。彼の顔は、とても悲しそうだった。瞳は震えていたし、眉の角度からでさえも哀を感じられた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.149 )
- 日時: 2019/11/14 19:47
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
episode.146 もう狙わない
リゴールが部屋から出ていくや否や、トランは愉快そうに話しかけてくる。
「ふふふ。それで良かったのー?」
トランはニヤニヤしながらこちらを見ている。多くを発することはしないが、言いたいことが何やら色々ありそうである。もっとも、他人を刺激するようなことだろうから、まともに聞く気はないが。
「良いのよ」
「王子ファーストじゃないんだ?」
「貴方に『もう狙わない』と約束してもらうことの方が大切だわ」
約束してもらえるという保証はどこにもないけれど。
「……ふぅん」
トランは面白くなさそうな顔をする。
「ボクがそんな約束をすると本気で思ってるんだ?」
いや、そこまで甘く考えてはいない。
ブラックスター王に絶対的な忠誠を誓っているわけではないとしても、そう易々と約束してはくれないだろう。
そのくらいは想定している。
嫌だ、と。
無理、と。
そんな風に言われることくらいは、想定の範囲内。
「思っていないわ」
「……そうなのー?」
「私、貴方が言いなりになるだろうなんて、考えていないわよ」
はっきり言っておく。
それに対しトランは、ふふ、とさりげなく笑う。
「そのくらいは分かってるーってわけだね」
「えぇ。それでも頼みたいの。どうか、もう手を出さないでって」
私やリゴールは命を狙われず、トランが命を落とすこともない。そんな解決方法があるのなら、それが一番理想的と言えるはずだ。トランとて馬鹿ではないだろうから、そのくらい理解してくれそうなものなのだが。
待つことしばらく。
トランはあっさりと答える。
「……いいよー」
トランの答えに、思わず大きな声を出してしまう。
「本当!?」
すんなり頷くとは考えておらず、少し驚いた。
よく考えてみれば、今までも彼は、時折すんなり頷いてくれた時があった。それを記憶していたなら、今回のこともそこまで驚きではなかったかもしれない。
「うん、いいよー。っていうかさ。そんなに熱心に頼まれたら、まぁ、いいよって言わざるを得ないよねー」
さりげなく棘を練り込んでいるような発言。
だが、間違ってはいない。
ただ一つ、今の彼の発言で驚くところがあるとすれば。それは、熱心に頼まれたらいいよと言わざるを得ない、などという常人的な心がトランにもあったのだというところだろうか。
「王子と君には手を出さない。それでいいんだよねー?」
「……えぇ」
「分かったよ。じゃあ、その二人にはもう何もしなーい」
おちょけた調子でそう言って、トランは両足を宙に浮かせる。
「だからさ。これ、外してくれない?」
トランの二本の足は、きちんと揃えているかのような状態で括られている。今の状態では、歩いたり走ったりするどころか、立ち上がることさえままならないだろう。
「いいわよ。でもその前に」
「んー?」
「私たち二人に関係する人たちにはもう何もしない、と、言い直して」
トランは確かに、二人にはもう何もしない、と言った。一見何の問題もない発言のようだが、裏を返せばそれは、二人以外には何かする可能性があると暗に伝えているような文章だ。
そんな言葉を認めるわけにはいかない。
私の関係者のエトーリアやバッサ。リゴールの関係者のデスタンや、彼と親しくしているミセ。
そういった人たちにも、手を出さないでほしい。
もちろん、赤の他人だからどうなってもいいと思っているわけではないが。
ただ、まずは身の回りの人たちの安全を手に入れなければ、安心できない。
「んー? どうして? 言い直しさせる意味がよく分からないなぁ」
「知り合いに手を出されたくないのよ」
「そりゃそうだろうねー。……それにしても、わざわざ言い直させる意味が理解できないよ。ほとんど同じ意味だしー」
首を軽く回しながら、愚痴を漏らすトラン。
「お願い」
「……どうしてそんなところにこだわるのかなぁ」
「私やリゴールの関係者にも何もしないと、そう言って」
暫し、沈黙。
トランは何も返してくれない。
どうしてここで黙るの? 私やリゴールには手を出さないと言えるのに、他の人たちには手を出さないと言えないの? もしそうだとしたら、それはなぜ?
二人きりの静寂の中、疑問ばかりが湧いてくる。
一言何か言ってくれれば、疑問の一つや二つ、消し去ってくれるかもしれないのだが。
大きな動きのない状況に一人悶々としながら、待つことしばらく。
「分かった」
トランは面倒臭そうに口を開いた。
「もういいよ、それで。言うよ。君たちには手を出さないって、狙わないって、約束するから」
少し間を空けて、彼は問う。
「これでいい?」
私はすぐさま大きく頷く。
「もちろんよ!」
トランの返答を聞くまで、私の心は、霧に覆われた森のようだった。でも、今は違う。今、この胸の奥は、すっきりしている。
「じゃ、足のこれ外していいかな」
口約束なんて、何の力もない。いとも簡単に破られてしまうもの。それを信じるなんて、馬鹿ではないだろうか。
そんな風に言われそうな気もするけれど。
「そうね。外すわ」
トランはこちらへ足を伸ばしてくる。私はその両足首を括っているタオルを、力を込めて、外す。どのような括り方なのかが分かっていないため少々時間がかかってしまったが、五分もかからぬうちに完全に解くことができた。
「はい!」
「ありがとー。遅かったねー」
「ちょっと、失礼よ」
「ごめんごめん」
その後、手も足も自由になったトランは、簡易布団から立ち上がる。
怪我はまだ治りきっていないはずなのだが、私が思っていたより、しっかりと立てていた。
「トラン、傷は?」
「んー? 君が負わせたやつ?」
「そ、そう。それよ」
私が、私の剣が、彼につけた傷。
それは分かっているけれど、改めて言われると、心なしか胸が痛むような気がする。
「もう平気だよ」
「……そうなの?」
信じられず、疑うようなことを言ってしまった。
するとトランは、両腕を、大きくぐるぐると回転させる。
「うんうん、大丈夫ー」
簡単な手当ては施しているから、悪化の一途をたどるということはないはずだ。だが、もう平気というのは、どうも信じられない。
決して小さな傷ではなかった。
だから、少なくともまだ、軽い痛みくらいは残っているはずなのだ。
「じゃ、これで出ていくよー。しばらく世話になったね」
「もう出ていくの」
数日近い距離にいた人物がいなくなるというのは、何だか少し寂しくて。
「えー? どうしてそんなに嬉しくなさそうなのかなぁ?」
「……ゆっくりしていっても良いのよ」
「あ! もしかして、君、ボクにメロメロー?」
笑いの種にされてしまった。
ほんの少し寂しさを感じたというだけのことだったのに。
「じゃねー」
トランは立ち上がったまま、体をこちらへ向け、開いた片手をひらひらと振る。
そして次の瞬間、姿を消した。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.150 )
- 日時: 2019/11/14 19:47
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
episode.147 彼からのお茶のお誘い
トランは去った。まさかこんなにもあっさり別れることになるとは考えてもみなかったけれど、ひとまず、約束を交わすことはできた。それだけでも十分な成果だろう。
命を狙ってくる敵は一人でも少ない方がいい。
今はただ、そのためにできることをするだけ。
ようやく用を終え解放された私は、静かにゆっくりと腰を上げる。しばらくじっとしていたがために固まっていて、少しばかり痛みを感じてしまった。が、痛みは一過性のものであり、特に問題はなく。だから私は、そのまま部屋を出ることにした。
「終わったのですか? エアリ」
扉を開け、廊下へ出た瞬間、リゴールの声が聞こえてきた。
声がした方へ視線を向ける。
華奢なリゴールが廊下の端にちょこんと立っている。細いラインの体つきだけでも控えめな印象を受けるが、その遠慮がちな表情も、また、控えめな雰囲気を高めていた。
「リゴール。待っていてくれたの?」
「はい」
彼はそっと笑う。
どことなくぎこちない笑み。
「待たせてごめんなさい」
「あ……いえ」
「それで? 私に何か用?」
急ぎの用事だったのなら申し訳ないことをしてしまったな、などと思いつつ、私は尋ねた。
すると彼は、首を横に動かす。
「いえ。実は……これといった用はないのです」
右手を胸の辺りに当てながら静かな声で述べるリゴールは、緊張しているような面持ちだ。
「そうなの?」
「ですが、もし良ければお茶などどうでしょうか」
「お茶?」
「あ……えっと、実は、以前習ったお茶の淹れ方で実際に試してみたいものがありまして……」
私は、屋敷の外へ出てどこかの店に行きたいと言われているのだと思っていたため、屋敷の中でのお茶というのは意外で、少し驚いた。
だがその方が良いかもしれない。
リゴールを連れて外を歩くのは少々不安なものがあるし。
危機に晒される可能性に怯えていては何もできない、というのも真理ではあるけれど、敢えて自ら危険な目に遭いにいくこともない。屋敷の中でできることなら、屋敷の中で行うのが理想だ。
「そうだったの! それはいいわね。そうしましょ!」
するとリゴールは、ふぅ、と安堵の溜め息を漏らした。
「……良かった」
リゴールはその時になってようやく頬を緩める。
「では、参りましょうか!」
「えぇ」
隣り合い、私たちは歩き出す。
——こうして、トランの一件は幕を下ろしたのだった。
食堂の端の席につき、私はリゴールを待つ。
あの後リゴールは、「美味しく淹れる」といつになく張りきって、食堂の奥へと消えていった。
だから私は一人きりで待たなくてはならない。
今は食事の時間でないから、人は一人もおらず、食堂内はとても厳かな雰囲気に包まれている。
静かで、しかしながら少し張り詰めているような、独特の空気。どうも肌に馴染まない。永遠の静寂の中へ一人放り込まれたみたいで、薄気味悪ささえ感じるほど、しっくりこない。
ただ、今からリゴールと交流することを思えば、このような人のいない時間帯が望ましいと言えるだろう。
今の食堂には、私とリゴールが関わることを良く思わない者はいない。それは、私としてはとてもありがたいことだ。変に気を遣わずに済むから、かなり気が楽である。
待つことしばらく。
リゴールがお盆を持ってやって来た。
小さめの体に似合わぬ大きな木製のお盆には、ガラス製で縦長のポットと、透明のグラス二つが乗っている。ポットは完全に透明ではなく、磨すりガラスのように少しばかり曇っているものだったが、中に茶色の液体が入っているということは全体的な色みから理解することができる。
「大変お待たせしました」
涼しげにそう言って、リゴールはお盆をテーブルの上に置く。
近くでよく見ると、双子のように並んでいる透明のグラスには氷が入っていることが分かった。
「アイスなの?」
「はい。冷たいものを用意してみました」
「へぇ、それは良いわね」
そんなつもりはなかったのだが、少々上から目線な物言いになってしまったかもしれない、と心なしか不安を感じる。デスタンが見ていたら「王子に対してなんという失礼なことを!」と口を挟んできそうだ。
ただ、リゴールは不快感を抱いてはいないようで、直前までと変わらずにこにこしている。
「それでは注ぎますので、もう少しだけお待ち下さい」
縦長のポットを持ち上げ、液体をグラスへと注ぎ込む。
顔つきは真剣そのもの。緊張感がある。
しかし、手つきは安定していて、初心者とは思えない。
これまでも幾度かリゴールお手製の飲み物を飲ませてもらったことはあるが、食堂で二人きりでというのは新鮮な気分。
「はい! お待たせしました!」
私の目の前へグラスを差し出してくれる。
僅かに赤みを帯びた茶の中で、宝石のように輝く氷が眩しい。
「ありがとう」
「いえ」
「ところで、このお茶は、珍しい何かなの?」
実際に試してみたい、というようなことを言っていたから、不思議に思って。
「淹れ方が特別とか?」
「あ……」
「あるいは、何か、日頃は淹れられない理由が?」
「え……っと……」
途端に気まずそうな顔をするリゴール。
もしかして、聞かない方が良かったのだろうか。
「……実は、ですね」
「なになに?」
「その……あのような言い方をしたのは、本当は、嘘なのです……」
リゴールは顎を引き、平常時より数センチほど俯く。そして、目線だけを僅かに上げて、顔色を窺うようにこちらを見つめる。
「え。そうなの」
「はい、あの……申し訳ありません」
「べつに平気よ。気にしないで」
理由が嘘というくらいなら、こちらに特別大きな害があるわけでもないし、気にするに足らない嘘だ。ただ、なぜそんな地味な嘘をついたのか、気になってしまう部分はある。
どうしてもお茶を飲みたい理由があったとか?
お茶を飲まなければいけない個人的な事情があるとか?
「でも、どうしてそんな嘘を?」
そう問うのは、偽りを述べられたことに怒りを覚えているからではない。
これは、ただの好奇心からの問いである。
私が放った問いに、リゴールは、身を小さく縮めながら答える。
「本当は……エアリとゆっくりお話したかったのです」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.151 )
- 日時: 2019/11/14 19:49
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
episode.148 指示
本当は話したかったのだと、そう話すリゴールは、まるで恥じらう乙女のよう。初々しさに満ちていて、少年というよりかは、少女と表現した方がしっくりくるような雰囲気をまとっている。
「そういうことだったのね」
「はい……適当なことを言って申し訳ありませんでした」
リゴールは私の隣の席に腰掛けると、体も顔も、こちらへ向ける。
「エアリとはしばらく二人で話せていないので、その機会を設けることができればと思い、こんなことを提案したのです。すみません」
リゴールが謝ることではない。
実際、ここしばらく、彼と接する時間は減っていた。
以前関わりづらい状況になっていたのはエトーリアに見張られているからだったが、ここしばらく会えなかったのは、どちらかというとトランのことが原因である。
つまり、私がトランとの交流を優先していたせいで、リゴールとの間に距離が生まれてしまっていたということだ。
「いいの。むしろ誘ってくれてありがとう」
「……そう言っていただけると、いくらか救われます」
リゴールは恥ずかしそうに俯く。
俯いてはいるけれど、表情はどこか嬉しそうだった。
「それで? 何を話す?」
「えっと……実は少しお聞きしたいことが」
食堂には相変わらず人がおらず、ただただ静かで。けれど、リゴールと言葉を交わしている時は、そんな静けさもまったく気にならない。
「エアリは、その、トランと親しくなったのですか……?」
そんな問いを放ったリゴールの顔つきは、やや緊張気味なものだった。
「えぇ。色々話したりして、少しは親しくなれたわ」
「そう、ですか……」
リゴールは肩をすくめ、気まずそうな顔をしながら返してきた。何とも言えない反応である。彼はそんな妙な顔つきのまま、さらに続ける。
「親しくというのは、その……男女という意味ではありませんよね……?」
なぜ彼からこのような問いが出てくるのか、完全に謎だ。
「そうよ。いきなりそんな関係になるわけがないじゃない」
「……ですよね」
静かに言って、リゴールは胸を撫で下ろす。
今度は何やら嬉しそうだ。
正直、今の彼は、私にはよく分からない。彼には彼なりの心というものがあるのだろうが、それを完全に理解することは簡単ではなさそうだ。
ただ、リゴールが嬉しそうにしているのを見るのは好き。
色々しがらみのある彼だからこそ、なるべく明るい顔をしていてほしいと思うのだ。
「安心しました」
「え?」
「実は少し不安だったのです。エアリとトランが男女として親しくなっていたら、と」
いやいや、考え過ぎだろう。
確かに私はトランの世話をしていたし、同じ場所で過ごしている時間も少なくはなかったけれど、それでもほんの数日だけだ。ものの数日で男女として親しくなるなんて、よほど引き合う二人でなければあり得まい。
「よく分からないけど……私を心配してくれていたのね?」
「はい」
「ありがとう。それは嬉しいわ」
少々歪な形の心配な気もするが、まぁ、そこはあまり気にしないことにしよう。
「あ、そうだ。リゴールが淹れてくれたお茶、飲んでみるわ」
「はい! ぜひ!」
話を一段落させ、グラスへと手を伸ばす。
光を受けて煌めく氷はガラス細工のように美しい。
端に唇を当て、グラスの下側を軽く持ち上げる。すると、グラスの中に注がれていた液体が滑らかに流れてきて、口腔内へと入っていく。唇、舌、そして口全体に、ひんやりとした感覚。鋭すぎない冷たさ。悪くない。
◆
——その頃、ナイトメシア城・王の間。
闇の中のような黒で統一された部屋。その一番奥には、四五段ほどの、小規模な階段がある。それを上った先に王座はあり、そこには、ブラックスター王が鎮座していた。
王は、どちらかというと、がっしりした体型ではない。腕や首などには多少の筋肉はついているが、細身である。そして、背が高い。また、赤と紫の糸で刺繍が施された黒のローブをまとっている。そのローブはすとんと下まで落ちるようなラインのデザインであり、そのため王は、余計に背が高く見える。
「集まったか」
四五段の階段の下には、ブラックスター王へ忠誠を誓うかのように座り込む者たちが六人いた。横並びは三人で、二列に並んでいる。
その多くは男性だ。
しかし、その中に二人ほど、女性が混じっている。
女性——と言っても、一人は少女なのだが。
「パルと言ったな、娘」
「ハイ、そうでス」
王に低い声で名を確認されたのは、少女。
——そう、以前エアリらと交戦した、包帯を巻いたようなデザインのワンピースを着た少女だ。
ちなみに彼女は後列の中央にいる。
「お前には、脱走者の暗殺を命じる」
「脱走者と言うト……?」
「無能で直属軍を追放され、さらに牢から脱走した、愚か者だ。確か名は——トランといったか」
王はゆっくりと述べた。
それに対し、パルは小悪魔的な笑みを浮かべる。
「追放とかダッサ! しかも逃げ出すとか、諦めワッル!」
パルはケラケラと笑い出し、止まらない。
そんなパルに、彼女の右手側の隣にいる四十代くらいの男性が注意する。
「王の御前でそのような振る舞い、相応しくない。止めなさい」
しかしパルはさらりと「おっさんウッザ」などと漏らして、右隣の男性を睨んでいた。反省の色など少しもなかった。
それから彼女は、王へ視線を戻し、馴れ馴れしい口調で問う。
「脱走者を片付けてくレバ、それだけで良イ?」
無礼ともとれるような言葉遣いだったが、王はそこに目を向けることはしなかった。
「そうだ。暗殺が完了したならば、ここへやつの首を持ってこい」
「オッケー! じゃあ行ってくル!」
パルは無邪気な声色で言い、その場から消えた。
場に一旦静けさが戻る。
誰も何も発さないことを確認してから、王は次の言葉を発する。
「そして、そこの女」
「はい!」
爽やかに返事をしたのは、パルがいたところの左隣に待機していた女性。
「横の男と二人で、裏切り者を抹殺せよ」
ちょうどそのタイミングで、先ほどパルに注意していた四十代くらいの男性が、口を開く。
「裏切り者と言いますと、グラネイトとウェスタのことでしょうか?」
問いに対し、王は一度だけ頷いた。
「「承知しました」」
女性と四十代くらいの男性は、ほぼ同時に発した。
これで、王から命令を受けていないのは、残り三人。
前列の男三人である。
「では次。前列中央の者」
「お、おいらのことだべ!?」
前列中央、一番かっこいい場所にいるのは、ぱっとしない容姿の青年だ。顔立ちは並、体格も並、特徴的な部分はかなり少ない。唯一他の者たちが違うところがあるとすれば、布巾のようなものを頭に巻いているところだろうか。
「お主は我が護衛となれ」
「えっ、ええっ!? む、無理だべ! それはおいらには難しすぎるべ! おいらは語尾に「べ」をつけて話すこと以外、特技がないんだべ!」
いきなり護衛役を任され、青年は大慌て。
王は、そんな青年のことを無視し、話を次へ進める。
「残る二人は、王子がいるという屋敷を攻めよ」
王の言う「残る二人」というのは、前列両端の二人のことだ。
ちなみに、二人とも男性である。
一人は顎髭が二股に分かれている。
もう一人は、ふくよかな体つきだ。
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