コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.122 )
日時: 2019/10/15 18:46
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AtgNBmF5)

episode.119 痛くないようにして

「どうよ!」

 リョウカは王妃の胸に刀を突き立てたまま発した。

 王妃は顔をしかめながらも、体を大きく左右に振る。その三往復目辺りで、リョウカと刀は振り飛ばされた。

 一メートルほど飛ばされ床に落下したリョウカは、状況を即座に理解することができなかったのか、暫しきょとんとした顔をしていた。

 対する王妃は、左手で胸元を押さえつつも、辛うじてまだ立っている。しかし、その表情は苦しげで。呼吸も乱れている。

「小娘ごときが……!」

 王妃は獰猛な獣のような目でリョウカを睨む。
 立ち上がり再び刀を構えたリョウカは、勇ましく睨み返しながら、強い調子で言う。

「小娘とか! 失礼っ!」

 リョウカは不満げだ。

「次は首を貰うからっ」
「……ふ。そうかそうか……首……んふふ……」

 憎しみのこもった目でリョウカを睨んでいた王妃が、突然、不気味な笑みをこぼし始める。
 得体の知れない振る舞いに、私は動揺せずにはいられなかった。

「舐められたものね……」

 王妃は低い声で呟く。それとほぼ同時に、彼女の体を黒いもやが包み込む。暗雲のようなそれがどこから湧いてきているのかは、私には分からない。ただ、量が増してきていることは確かだ。

「ちょ、何なの!?」

 リョウカはまだ剣を構えている。だが、溢れ出す黒いもやのようなものにかなり驚いているようで、誰にでも分かるくらい派手に瞳を震わせている。

 王妃は右腕を真横に伸ばす。
 すると、黒い鎌がその手に引き寄せられる。

 胸に一撃を受けてもなお、彼女の動きが止まることはなく。むしろ、それまでより凶悪な表情を唇に浮かべて。

「可愛くない小娘に手加減はしない……覚悟なさい……」

 唐紅の髪が、まるで床から風が吹いてきているかのように、ふわりと浮き上がる。

 ——直後、王妃は一瞬にしてリョウカの背後に回った。

「え?」

 何かが起こるかもしれないと考え、じっと見つめていた私にすら、何も見えない速度の移動。もはや人間の域を超えている。

「凄惨な死を」

 そう呟き、王妃は鎌を振り下ろした。
 宙を舞うは、朱と黒の混じった飛沫。

「そんな……!」

 私は思わず漏らす。

 リョウカは弱くなどなかった。経験も技術も、さして不足はなかったはず。
 それでも、王妃の鎌はリョウカの背を捉えた。

「んふふ……可愛くない娘に容赦はしないわ……」

 数秒すると、リョウカの背を黒いもやのようなものが覆った。得体の知れないもやは、どうやら、鎌が命中したところから溢れ出ているようだ。

「何するの!」

 堪らず叫んでしまう。
 すると王妃はくるりと振り返り、両方の口角をゆっくり持ち上げる。

「んふふ……てこずらせてくれたお礼よ。あなたも彼女も……痛い目に遭わせてあげるわ」

 黒いもやに包まれているリョウカが、ゆらりと立ち上がり、体をこちらへ向けてくる。

 その顔つきを目にした時、私は愕然とした。
 力のない死人のような目をしていたからである。

 リョウカはこんな顔をする少女ではない。彼女はいつだって明るく、向日葵のような、太陽のような、そんな少女だ。

「な……リョウカに何を!?」
「邪術をかけたのよ」

 数秒空けて、王妃は続ける。

「彼女はもはや……彼女ではないわ。ただの操り人形なの」

 その時ふと、デスタンがトランに操られた時のことを思い出した。今のリョウカが、あの時のデスタンによく似ていたからかもしれない。

「さ、生意気な小娘。彼女をやっておしまい」

 王妃が命じる。
 死人のような顔をしたリョウカは、僅かにさえ顔色を変えることなく、こちらへ向かってきた。

「リョウカ!? 待って、止め……っ!!」

 振り下ろされる刀。
 鋭い一閃。

 私はそれを半ば無意識のうちに防いだ。
 偶々持っていた木刀で、である。

「待って、リョウカ! 止めて! 止めるのよ!」

 攻撃を止めてもらおうと叫ぶ。
 けれどリョウカには届かない。

「んふふ……無駄よ」

 王妃は薄暗い笑みを浮かべ、直後、一瞬にしてその場から消えた。

 だが、リョウカの術は解けない。
 彼女は躊躇なく攻めてくる。

 ——死にたくない。

 その一心で、私はリョウカの攻撃を防ぎ続ける。

 けれど、あちらは本物の刀なのに対し、こちらはただの木刀。威力にも耐久性にも大きな差がある。こちらも剣が使えれば少しは戦えるかもしれない。が、今のままでは明らかに不利。取り敢えず、その差をどうにかしなければ。

「リョウカ! 聞こえないの!?」
「…………」
「私たち、仲間じゃない! それに、もう友人でしょ! 斬り合うなんて絶対おかしいわ!」

 必死に訴えても返答がないという虚しさ。

「こんなの変よ! だって私た……」

 躊躇なく振り下ろされる白刃。

 見えない!

 木刀を反射的に胸の前へ出す——直後、今までで一番凄まじい衝撃が腕に駆け巡った。

 衝撃に続き、メキメキという痛々しい音。恐怖で何も思考できない。そのうちに、胸の前へ出していた木刀が真っ二つに折られてしまった。

 もはや木刀は使い物にならない。そう悟った私は、ひとまず、大きな一歩で後ろへ下がる。

 呼吸が乱れる。
 激しい運動ゆえか、極度の緊張ゆえかは、はっきりしないけれど。

 リョウカは息を乱していない。それも、まったくと言っておかしくないほどに。

 彼女はこちらへ歩いてくる。

 攻撃の嵐から一旦逃れることはできたが、これでは、また仕掛けられるに違いない。こうして距離をおいていられるのも今だけだ。

 戦わなくては。そう思うのに、そのためにどう動くべきかがはっきりしない。焦りや不安で脳内は掻き乱され、正常な判断ができなくなってしまっているみたいだ。ペンダントの剣は使えない、木刀は折れてしまった、と、そんな悲観的なことばかり考えてしまう。

 その間にも、リョウカは近づいてくる。

「ま、待って! 駄目!」
「…………」

 近づかれた分、後ろへ下がる。
 それを繰り返しているうちに、背が壁にぶつかってしまった。

 これ以上は下がれない。

 刀を静かに構えたリョウカが、一歩、また一歩、こちらへ向かってくる。ゆったりとした足取りではあるものの、止まりそうにはない。

「待って! 待つのよ!」

 リョウカは無言で刀を上げる。

「止めてっ!」

 悲鳴のような叫びを放ちながら、瞼を閉じる。

 あぁ、どうか、痛くないようにして——。

Re: あなたの剣になりたい ( No.123 )
日時: 2019/10/18 23:21
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: MSa8mdRp)

episode.120 操り人形は、味方で敵で

 瞼を閉じて、しばらく時間が経った——が、痛みを感じることはなくて。とはいえ、今から来るかもしれないから油断はできず、まだ瞼を開けられない。どうなっているのか状況を確認してみたいという思いはあるのだが、今はそれすら恐ろしく、瞼を開く勇気が出なかった。

 そんな時だ、私の体に誰かの手が触れたのは。

「エアリ!」

 耳に飛び込んできたのは、聞き慣れた声。
 そう、リゴールの声だ。

 恐る恐る瞼を開けてみる。すると、目の前にしゃがみ込んでいるリゴールが視界に入った。

「リゴール……」
「ご無事で?」
「ど、どうして……ここに」

 なぜ彼がここにいるのかは不明だが、本当は、そんなことはどうでも良いことなのかもしれない。
 いずれにせよ、彼が救世主であることに変わりはない。

「ブラックスターの術の力を感じたので来てみたのです。そうしたら、エアリが彼女に襲われていて。驚きました」

 リゴールの手には本がある。そして、よく見てみると、宙に黄金の膜が張られていた。その膜が、リョウカに襲われるのを防いでくれているようだ。

「彼女は裏切り者だったのですか?」

 リゴールの問いに、私は首を左右に動かす。

「違うの……術のせいよ」
「術?」
「えぇ。王妃が術をかけて、リョウカを操っているのよ。だからリョウカは悪くないわ」

 けれど、リョウカが襲ってくることは事実。だから放置というわけにはいかない。何とか術を解きたいところなのだが。

「……戦うしかなさそうですね」
「待って、リゴール。術が解けさえすればそれでいいのよ」
「しかし、術者が解かない限り術は解けないでしょう?」
「それはそうだけど……」

 何とも言えない心境になっている私に、リゴールは微笑みかけてくれる。

「そんな顔をしないで下さい。大丈夫ですから」
「……リゴール」
「必ず止めてみせます」
「……ありがとう」

 リゴールが来てくれたなら、ペンダントの剣が使える。だから、私も戦わなくては。そう思うのに、今は立てそうになくて。

「それでは」

 立ち上がるリゴール。

「……参ります!」

 右手に本を持ち、左手を前方へ伸ばす。そうして構えた瞬間、黄金の光が迸る。
 それはまるで、奇跡のような輝き。

 網膜まで焼けてしまいそうな——。


 リゴールとリョウカが戦うところを見つめ続けるのは、心苦しいものがあった。

 リョウカは王妃に操られている。だからリゴールにも仕掛けてゆくのだ。そう分かってはいても、一応仲間であった二人が交戦する光景を目にするのは、辛いとしか言い様がない。

 ……もっとも、デスタンと戦うことになるよりかはましなのかもしれないが。


 リゴールの魔法は強い。
 だが、リョウカの剣技も冴え渡っている。

 リョウカの方は、操られていることによってより一層速くなっているかのように感じられるくらいだ。

「っ……!」

 自分が攻撃を受けている時は防御することに必死で、リョウカの剣捌きを客観的に見る余裕はなかった。が、今は少し離れている。だから、自分が攻められている時よりかは、動きを見ることができる。

「リゴール! 大丈夫なの!?」
「……はい!」
「今なら援護できるわ!」
「エアリは無理をなさらないで下さい……!」

 気を遣いつつ、あっさり断られてしまった。

「けど!」
「いえ! 大丈夫で——くっ!」

 背を反らせ、素早く豪快な袈裟斬りをすれすれのところで回避したリゴールは、バランスを崩す。
 彼の華奢な体が後方へ倒れ込んでゆくのが、異様にゆっくりと見えた。

 後方へ倒れかけるなどという大きな隙を、リョウカが見逃すわけがない。つまり、今のリゴールはかなり危険な状態。

 私は半ば無意識のうちに駆けていた——ペンダントから変化した剣を握りながら。

「リゴールを斬らないで!」

 後ろ向けに倒れかけながらも何とか持ちこたえたリゴールと、躊躇なく刀を振り下ろそうとするリョウカ。

 そんな二人の間に、私は入り込む。
 振り下ろされた刀を弾き返し、改めて剣を構える。

「エアリ……」
「ここからは私がやるから!」

 剣は手の内にあるし、戦う気力も蘇ってきた。

 大丈夫。
 リョウカの剣は知っている。

 だから、負けはしない。

「本気で斬る気なのですか……!?」

 背後のリゴールが震える声で発したのが分かった。

 私とて、本当は人を斬りたくなどない。人、しかも味方を斬るなんてこと、微塵も望んではいない。
 でも、リゴールを斬られるくらいなら、私はやる。

「本当は斬りたくなんてないわ。けど……リゴールを失うのはもっと嫌なのよ!」

 リョウカが向かってくる。

 私は心を決め、下から上へと勢いよく剣を振ったーー結果、剣の刃はリョウカの体を確かに捉えたのだった。

「……エア……リ……」

 倒れ込む直前、リョウカはほんの一瞬だけ唇を動かした——そんな気がした。

 脱力したリョウカの体は、捨てられた人形のように、あっという間に崩れ落ちる。床には赤いものが広がり、付近に立っていた私の足までも痛々しく染める。

 私は赤に染まった足で倒れたリョウカへ寄り、傍にしゃがんで、怖々声をかけてみた。

「リョウカ? ……リョウカ。聞こえる?」

 けれど、返事はない。

「ごめんなさい、こんなことを。でも、でもね、仕方がなかったの。……手当てはするわ、リョウカ。だからどうか、いつか元気になって、またあんな風に笑って……」

 こんな言葉をかけたところで、何の意味もないのかもしれないけれど。でも、私は言わずにはいられなかった。もはやリョウカのための発言ではなく、私自身のための言葉になっていたのかもしれない。

「怪我はありませんか? エアリ」

 その頃になって、リゴールが私の方へ歩いてきた。

「え、えぇ……」
「バッサさんに連絡して、お医者様を呼んでいただきますか」

 リゴールの言葉に、私は頷く。

「なるべく急いだ方が良いわね」

 その後、私はバッサを呼びに走った。
 リョウカの見張りはリョウカはリゴールに任せて。

 足が刺激的な色に染まった私を見てバッサは驚いていたけれど、彼女は冷静さを失うことなく一緒に来てくれた。そうしてリョウカが倒れていることを目にするや否や、彼女はリョウカの首に手を当てる。刹那、顔を強張らせた。

「エアリお嬢様、これは……もはや手遅れです」

 バッサの口から出た言葉に、私はただただ愕然とすることしかできず。斬ったのが私だということも、もちろん言えなかった。

Re: あなたの剣になりたい ( No.124 )
日時: 2019/10/18 23:22
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: MSa8mdRp)

episode.121 それは才能なのか

 また一つ、尊いものが失われた。

 突きつけられたその事実に、私はどのように対応すれば良いのか分からなくて。

 何も言えない。
 何もできない。

 リョウカの命が失われたことをエトーリアに隠すことは結局できなかった。というのも、屋敷内で死人が出たことを告げないなどという選択肢は存在しなかったのだ。

 友人リョウカは、ブラックスターの襲撃によって落命。
 エトーリアにはそんな伝え方をした。

 リョウカは木製の棺にそっと寝かされ、刀や木刀、そしてたくさんの花と共に、屋敷を去った。

 当たり前にそこにあると思っていたもの。それが一瞬にして失われる恐怖を、私は改めて思い知る。

 しかも、彼女に止めをさしてしまったのは私。
 そのたった一つの事実が、この胸を痛め続ける。

 ただ、それも仕方のないこと。

 殺意はなくとも、この手で命を奪う結果になってしまったのだから、私はこの思いを背負って生きてゆかねばならない。

 これからずっと、永遠に。


「そうですか。で、彼女は命を落とされたと」

 あれから数日が経った、ある夕暮れ時。
 私は自ら、デスタンの部屋を訪ねた。

 体の機能を取り戻すべく訓練しているという彼は、今や上半身を起こせる状態になっており、クッションや毛布などで支えつつではあるものの、ベッドの上で座ることができている。

 幸運なことに、今はミセがいない。
 デスタンの話によれば、今日は珍しく早めに帰ったとのことだ。

「……ごめんなさい。いきなりこんなことを打ち明けたら、困らせてしまうわよね……」

 今の私が最も大切に思っているのはリゴール。これまでの長年の付き合いの中で心から信頼しているのはバッサ。そして、ある意味一番関係が近いと言えるのはエトーリア。

 それなのに、今日はなぜか、デスタンに話してしまった。

 彼は第一印象があまり良くなかった。それに、いつも嫌みが多くて心地よい交流がしづらい。
 それなのに、なぜここへ来てしまったのだろう。

「私に言わせれば、貴女の選択は正しい選択です」
「え……?」
「彼女は術で操られていたのでしょう。それはつまり、既に本来の彼女でなくなっていたということ。そうでしょう」

 デスタンは私を否定はしない。
 むしろ、淡々と肯定してくれた。

 それは現在の私にとって、とてもありがたいこと。救いだった。

「操り人形と王子を天秤にかけ、もし貴女が操り人形の方を救う道を選んでいたなら、私が貴女を殺したと思います」

 デスタンの唇から出たのは、氷のような刃のような、冷ややかで鋭さのある文章。

「殺!?」
「……いえ、『殺した』は言い過ぎかもしれません。ただ、私が貴女を許すことはなかったと、そう思います」

 彼は「言い過ぎかもしれない」と言っているけれど、いざとなったら本当に命を狙ってきそうだ。

 デスタンは悪人ではない。
 けれど、リゴールのことになれば容赦しないところがある。

 だから、もし私がリョウカを選んでいたら、あるいはリゴールが傷を負うようなことになっていたら……何をされることになっていたか分からない。

「ですから、貴女が罪悪感を抱くことはありません」
「デスタン……」
「元より能力の低い貴女にすれば上出来です」
「能力の低い!?」

 いきなりの毒には、戸惑わずにいられなかった。

「何なの、その言い方……」

 思わず本心を発してしまう。
 するとデスタンは眉間にしわを寄せる。

「事実を述べたまでですが、何か?」

 そんなことを、きっぱり言われてしまった。

「い、いえ……べつに」
「不満げですね。何なのです? 問題があるのなら、はっきりと言って下さい」
「な、何でもないわよ。気にしないで」

 私がそう言うと、デスタンは大きな溜め息をついた。
 凄くわざとらしい溜め息。感じ悪いとしか言い様がない。デスタンが嫌みな人間であることは既に知っていたからまだしも良かったが、もし私が何も知らぬ状態であったとしたら、絶対に怒ってしまっていたと思う。

「気にしないで? ……はっ、馬鹿らしい。気にしないでほしいなら、わざわざ話しに来ないで下さい」

 斬撃のような発言が来た。

 内容自体は間違っていないと思うが、もう少し言い方を工夫することはできなかったのだろうか……。

「……それもそうね」

 独り言のように呟く。
 そこへまたしてもデスタンの心ない言葉が飛んでくる。

「もう良いですか。話が終わったのなら、帰って下さい」
「……いいえ、帰らないわ」
「なぜです」

 改めてデスタンを見つめる。

「まだ聞きたいことがあるからよ」

 そう告げると、デスタンは珍しい生き物を見るような目で私を見て、「なるほど」と低い声で呟く。さらに、それからしばらく経った後、「で、質問は何ですか」と付け加えた。

「貴方は人を殺めたことがあるのよね」

 いきなりこんなことを確認するのは不躾かと悩みつつも、確認する。するとデスタンは、少々困惑したような顔つきになりながらも「はい」と答えてくれた。

「最初の頃は辛かった?」
「いえ、べつに」
「じゃあ……同胞を倒した時は?」
「違和感を覚えはしましたが、辛くなどありませんでした」

 デスタンは落ち着き払った声で答えた。
 どことなく恐ろしさを感じるほど落ち着いた言い方だ。これを私と同じ人間が発しているなんて、信じられない。

「そもそも、私は望んでブラックスターに生まれたわけではありませんから」
「躊躇も……なかったの?」
「ほんの少しの違和感以外は、何もありませんでした」

 デスタンの言葉を聞いた私は、半ば無意識のうちに漏らしてしまう。

「……それは、才能なの?」

 本当は羨ましいことなどではないはずなのに、今はなぜか、妙に羨ましく思える。私も彼のように常に冷静でいられたら良いのに、と考えしまって。

「何ですか、その問いは」
「デスタンさんが平然としていられるのは、才能?」

 問いに、デスタンは目を伏せる。

「それは違うと思います。敢えて言うなら、生まれ育った環境ではないかと思いますが」
「……そういうもの?」
「他人を殺して生きざるを得なかった私と、不幸にも殺めてしまった貴方とでは、何もかもが違っているのです」

 そこまで言って、デスタンは改めて私の顔へ視線を向けた。

「ところで、王子は?」

 彼は唐突に話題を変えてくる。

「え、あ……リゴール?」
「はい。元気になさっていますか」

 なぜ私に聞くのだろう?
 そんな疑問が湧いてきて。

「え、えぇ。元気そうだったわよ。体調が悪いわけでもないだろうし……でも、どうして?」
「いえ、たいしたことではありません。ただ少し気になっただけです」

 彼は私から僅かに視線を逸らせつつ、問いに答えた。

「デスタンさんって、本当は優しいのね」
「なっ……」
「リゴールのこと、凄く大事に思っているものね」

 もうすぐ夜が来る。

 私の心は、ほんの少しだけ柔らいでいた。

Re: あなたの剣になりたい ( No.125 )
日時: 2019/10/18 23:23
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: MSa8mdRp)

episode.122 決意表明?

 翌朝、私は数日ぶりに、リゴールとまともに顔を合わせた。

「おはよう、リゴール」
「あ、エアリ。おはようございます」

 廊下で私に気づいたリゴールは、丁寧に挨拶してくれた。しかし、その顔に元気そうな雰囲気はなく。顔全体の色みが暗く、しかも、目の下にはくっきりと隅ができている。

「リゴール、大丈夫?」
「え。……はい」
「何だか顔色が悪いみたいだけど」

 念のため言ってみておく。
 するとリゴールは、微かな笑みを浮かべる。

「ただの寝不足です。お気になさらず」

 単なる寝不足なら、よく眠ればそのうち回復するだろう。それならなんてことはない。案外、心配するほどのことでもないのかもしれない。

「本当に大丈夫なの?」
「はい。平気です」

 リゴールは穏やかに微笑むけれど、私には、それが心からの笑みであるとは感じられなくて。

「エアリも体調は大丈夫そうですか?」
「えぇ。……けど、少し寂しいわ。リョウカさんがいなくなって」

 デスタンが温かい言葉をかけてくれたおかげで、胸の痛みは少し緩和された。でも、痛みが完全になくなったかと聞かれれば、そうとは言えない。

「……それは、そうですね。リョウカさんは、多くを説明できない中でも味方して下さった貴重な方でしたから……」

 懐かしむように述べるリゴール。

「そんな人を殺めたのよ、私。どうしてこんなことになってしまったのかって……」

 暗い言葉を発するべきではない。
 特に、私よりもっと大きなものを背負っているリゴールには。

 そう思ってはいるのに、溢れるものを止めることはできなくて、ただただ唇が震える。

「……本当はあんなこと、すべきじゃなかった。剣を使うのではなく、術を解くことを考えるべきだったのね……」

 彼の前で暗い顔をしたくはなかった。なぜって、彼の方が日々辛い思いをしているはずだから。

 辛い思いを抱きながら生きている人に向かって、自分の辛さを主張するなんて、一番意味のないこと。
 だから、そんなことを言うべきではなかったのだ。本当は。

「いえ。わたくしはそうは思いません」
「……リゴール」
「もちろん、リョウカさんの死は悲しいこと。けれど、わたくしは、あの時のエアリの行動に感謝しています」

 リゴールはこちらへそっと歩み寄り、それから、「どうか、自身を責めたりなさらないで下さい」と声をかけてくれる。

「情けないことですが……エアリがいなければ、わたくしはあの場で斬られていたと思います。ですから、その……今こうして命があるのは、貴女のおかげなのです」

 リゴールは慰めてくれるけれど、慰められれば慰められるほど胸は痛くなる。上手く形容できない申し訳なさに襲われてしまって。

「……けど」
「いえ。本当に、エアリが気になさる必要はありません」
「でも……」
「エアリは何も気にしないで下さい!」

 突然鋭い調子で言われた。
 そのことに、私は戸惑わずにはいられなくて。

「……も、申し訳ありません。ただ、エアリは本当に、何も悪くなどないのです。わたくしが弱かったことが、あんなことになってしまった一番の原因です」

 廊下の真ん中にもかかわらず、空気は雨が降り出す直前のように重苦しい。
 そんな中、リゴールは無理矢理笑った。

「なのでわたくし、決意しました!」

 あまりの唐突さに、戸惑わずにはいられない。

「……決意?」
「はい! お母様に認めていただけるように、そして貴女にもう迷惑をかけないように、すべてに決着をつけようと決めました」

 急な決意表明。
 どう反応すれば良いのか。

 すべてに決着を、なんて、一般人であっても簡単なことではない。絡み合う多くの線の先にいる彼なら、なおさら、ややこしく難しいことになるだろう。

「ということで、ブラックスターへ行って参ります!」
「えええ!?」

 思わず叫んでしまった。
 リゴールはいきなり何を言い出すのか。理解不能だ。

「ど、どういうことよ!?」
「ブラックスターへ行き、すべてを終わらせます」
「ちょ、何!? 変よ、そんなの!」

 これはさすがに流せない。
 ブラックスターに行く、なんて。

「急にどうしたの、リゴール」
「え。なぜそのようなことを? 急にも何も、わたくしは最初から、今日ブラックスターへ向かうつもりでいたのですよ」
「え!? ちょ……えぇっ!?」

 衝撃のあまり、語彙力は失われ、まともな言葉を発することができなくなってしまった。

「駄目よ! そんなの!」

 混乱したまま、リゴールの右手首を掴む。
 リゴールは少し驚いたような目をしていた。

「……離していただけませんか」
「いいえ! ブラックスターへ行くつもりなら、離すわけにはいかないわ」

 ブラックスターには、リゴールの命を狙う者たちがいる。王や王妃、それに、その手下たちも。
 だから、そんな危険な場所にリゴールを一人で行かせるわけにはいかない。

 もし彼がそれを望んでいるのだとしても、それでも、一人でなんて絶対に行かせない。

 そんなことを許したら、デスタンに怒られそうだ。それに、私も、リゴールが孤独の中で傷つくことなど願っていない。

「エアリ……なぜ止めるのですか」
「当然じゃない。そんな無茶なこと、止めない方がおかしいわ」

 右手で右手首を、左手で左肩を。それぞれ掴んで、そのまま、リゴールの青い双眸をじっと見つめる。

「そもそも、どうやってブラックスターへ行く気?」
「一人うろついていれば、そのうちブラックスターの輩が現れるかと思いまして」

 実は計画をきちんと立てているのかも、と思い尋ねてみたが、返ってきたのはあまりに大雑把な計画だった。

 リゴールは狙われている。
 それゆえ、外で一人になれば襲われることは必至。
 それはそうかもしれない。

 否、きっとそうなるだろう。

 これまで一緒に暮らしてきたから分かる。
 間違いなくそうなる、と。

「待って、リゴール。そんな計画、いい加減過ぎよ」
「はい。それは分かっています」
「ならどうして……!?」
「それしかないからです」

 リゴールは落ち着いた調子で述べた。

「この先もエアリと共に暮らすには、今のままではいけない。そう思ったのです。これ以上迷惑をかけることがないよう、わたくしはブラックスター王と話してきます」

 控えめで、遠慮がち。それでいて、時には無邪気。そんないつものリゴールとは違う、静かで大人びた顔つき。そして、淡々とした口調。

 彼は本当にリゴールなの?

 そう言いたくなるような様子のリゴールを前に、私は言葉を詰まらせる。

「お願いです、エアリ。どうか放っておいて下さい」

 私が戸惑いのせいで何も言えなくなっている間に、彼は私の手を振り払った。しかも、手を振り払うだけではなく、歩き出してしまう。

「ま、待って! どこへ!?」
「……しばらく留守にすると、皆さんにはそうお伝え下さい」

Re: あなたの剣になりたい ( No.126 )
日時: 2019/10/22 19:47
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6kBwDVDs)

episode.123 棺の王妃、通路の王子

 ブラックスターの首都に位置する、ナイトメシア城。その最上階にある王の間には、ブラックスター王と、棺のような形をしたベッドに仰向けに寝かされた王妃の姿があった。

 王妃は透明感のある黒い布をかけられている。布の下には、赤いドレス。ほんのりと透けて見えている。また、瞼は僅かに開いていて、そこから虚ろな瞳が覗いていた。

 一方、王はというと、仰向けに寝かされた王妃を静かに見下ろすのみ。

「お主はこれまでよく働いた。此度の任務の失敗は残念なことであったが、特別に、見逃すこととしよう」

 ブラックスター王は片腕をゆっくりと前方へ伸ばす。すると、その手のひらから、漆黒の霧のようなものが溢れ出した。その黒い霧は、徐々に、横たえられた王妃の方へと向かってゆく。そして。やがて、ついに、彼女の体を完全に包み込んだ。

「お主に、更なる力を」

 王は告げる。
 直後、王妃の体を繭のように包んでいた黒いものが、消滅した。

 そして王妃の目が開く。

「……ここ、は」

 王妃はそんなことを呟きながら上半身を縦にする。

「目覚めたか。ここは王の間よ」
「……王」
「目覚めたようだな」
「はい。……そうだわ、胸を刺されて……あら?」

 王妃は胸へ視線を下ろし、面に驚きの色を滲ませた。負ったはずの胸の傷が消えていたから。

「我が術を使えば、すぐに回復する」
「まさか……貴方が?」
「その通り」
「あ、ありがとうございます」

 王妃は慌てて頭を下げる。

「頭を上げるのだ。お主は今や、我が妻よ」
「……はい」

 ほんの少し頬を赤らめる王妃。

「これからも、我がブラックスター繁栄のために戦うのだ」
「もちろん……もちろんです」

 王妃は恋する少女のような初々しい顔をしながら、棺に似たベッドから出、立ち上がる。嬉しそうに片手を頬に当てる様は、まるで乙女。

「そのような光栄なお言葉、他にはありません……んふふ」

 その時、王が突然、何かに気づいたように「む!?」と低い声を発した。その動きに、王妃は怪訝な顔をする。

「どういうことだ……?」
「王。一体どうなさいました」

 王妃は素早く問うが、王はすぐには答えない。

 ——直後。

「失礼します!」

 扉が開き、一人の男性兵士が駆け込んできた。

「……む?」
「お、王子が! リゴール王子が、城内へ!」

 軽装な男性兵士は慌てたような調子で報告。
 王妃は警戒心を露わにし、固い顔つきになる。

 だが、王は違っていた。

 ブラックスター王、その人だけは、慌てるでも警戒心を露わにするでもなく、むしろ口元に笑みを浮かべている。

「な……リゴール王子ですって……!?」

 王妃が一歩前へ出た。
 兵士は控えめに頷く。

「は、はい……。自分は目にしてはいませんが、彼の魔法の気配を感じた者がいたとのことで……」

 兵士の言葉を聞くや否や、王妃は素早く王の方を向く。そして、右手を胸へ当てながら言う。

「王子の始末、お任せ下さい」

 その時、王妃の瞳には、決意が確かに存在していた。

「まだ本調子ではないだろうが、問題ないのか?」
「もちろんです、王。じっとしてはいられません」
「それでこそ、偉大な王の妻。よかろう——存分に働くがよい」

 地鳴りに近い低音で述べる王に、王妃は一度だけ深く礼をする。そうして頭を上げた彼女は、くるりと身を回転させ、兵士の方へ顔と体を向けた。

「んふふ……案内してくれるかしら」
「あ、案内ですか?」
「そう……リゴール王子のところへ案内してちょうだい」


 ◆


 ナイトメシア城、地下通路。

 水の匂いが漂う薄暗く狭い通路に、リゴールは立っていた。
 足下には、気絶し倒れた男性。

「……よし」

 リゴールはそう呟き、しゃがみ込む。そして、足下に倒れている男性から黒に近い灰色のフード付きコートを奪い取り、身にまとう。

 青い双眸が見据えるは、通路の先。

 リゴールはもう、華奢で弱々しい少年ではない。護られ逃げ回るだけのか弱い王子でもない。
 今の彼には、戦う覚悟がある。

「すみませんエアリ……勝手をお許し下さい」

 誰もいない空間で謝り、彼は歩き出す——その次の瞬間。

「待て!」

 背後から聞こえた叫びに、リゴールは一瞬にして振り返る。そして、本を取り出し開くと、魔法を放った。中程度の威力の魔法を。

 何者かに魔法が命中した瞬間、爆発が起こり、煙が広がる。

 やがて煙が晴れた時、リゴールの視界に入ったのは、マゼンタの花が描かれた水色シャツを着たグラネイトだった。

「……貴方は」
「ふはは! いきなり攻撃してくるとはやるな!」

 グラネイトは数歩でリゴールのすぐ傍まで近づく。
 歩幅が広いからだ。

「わざと狙われ、ブラックスターへ入り込む! なかなかのものだな!」
「……静かにして下さい」

 苦い物を食べてしまった時のような顔をするリゴール。

「だが! こんな無茶なことは止めた方がいい」

 グラネイトは一切躊躇うことなく、リゴールの腕を掴んだ。

 その時のグラネイトの瞳には、悪意は欠片もなく。単にリゴールの身を案じているというような目をしている。

 だが対するリゴールはというと、グラネイトのことを信じられていないような顔。

「案ずるな! ふはは! このグラネイト様が屋敷まで送ってやろう!」
「静かにして下さい!」
「あ……す、すまん」

 鋭く注意されたグラネイトは、ひそひそ声で続ける。

「だが、ここは危険だ。今のうちに引き返すべきだと思うぞ」
「……そういうわけには参りません」

 グラネイトは、無視して歩き出そうとするリゴールの腕を引っ張り、止めようとする。

「待てっ」
「離して下さい……!」
「ふはは、無理だ。離さん」

 半分ふざけたような言い方をするグラネイトに腹が立ったのか、リゴールは彼の手を強く振り払った。

「こんなくだらぬことをしている時間はありません!」

 リゴールに強く言われ、グラネイトは一瞬驚き戸惑ったような顔になった。が、グラネイトはすぐに平常心を取り戻し、リゴールに声をかけ続ける。

「……今日は妙に余裕がないな。どうしたんだ?」
「どうもしません! 放っておいて下さい」

 歩き出すリゴール。
 それについていくグラネイト。

「いや、そういうわけにはいかん。連れて戻るようウェスタに言われているのでな」
「では、戻らないとお伝え下さい」
「気強すぎだろ!」

 グラネイトはリゴールについていく。執拗とも思えるほどに、ついていき続ける。

「なぜそこまで必死なんだ」
「…………」
「無視!? 少しくらい答えてくれよ!!」

 刹那、リゴールはぴたりと足を止めた。
 それから彼は、悲しげな視線をグラネイトへ向ける。

「愛しい女性と生きるためなら、貴方も、少しくらい無茶はするのではないですか?」

 静かに発された言葉を聞いたグラネイトは、はっきりと一度頷く。

「確かに、それは当然だな」
「そうでしょう?」
「ウェスタのためなら、グラネイト様は命も懸ける!」

 リゴールは呆れ顔ながら「は、はぁ……」と漏らしていた。
 いきなり具体的な例を挙げられても、という気分だったのかもしれない。

「分かっていただけましたか」
「あぁ! よく分かったぞ! ……で、相手は誰なんだ?」

 ワクワクした目でリゴールを見つめるグラネイト。

「もしや、エアリ・フィールドか?」
「……なぜ」
「仲良しなのは知っているぞ! ふはは!」
「……そうでしたか。話が早くて助かります。では失礼します」

 さらりと流し、再び歩き出すリゴール。

「待てっ! 待て待て待て!」

 グラネイトはリゴールを制止する。

「……まだ何かあるのですか?」
「もう止めん。だが……グラネイト様も同行する! これは絶対だ!」


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