コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.167 )
- 日時: 2019/12/16 15:45
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: e/CUjWVK)
episode.164 案外安価、二千イーエン
「二千イーエン……」
驚きだ。想像していたより、ずっと安い。二千イーエンなら、私でもパッと払える金額である。これだけ立派な作りの剣が、まさか二千イーエンとは。つい「実は訳あり商品?」と訝いぶかしんでしまうくらいの、低価格だ。
「結構安いですね」
「おぅよ! 今時高い金払って武器を買うやつなんていねぇかんな!」
「……そうなんですか?」
「あぁ! 何せ、最近のこの辺は平和だからなぁ!」
店員の男性はそこで一旦言葉を切った。
それから五秒ほど空けて、彼は続ける。
「で、どうなんだ? 買うか?」
「はい」
「おっし! サンキュー! じゃ、二千イーエンな」
ワンピースのポケットから財布を取り出し、店員の男性に二千イーエンを差し出す。すると男性は、素早く受け取ってくれた。
「よっしゃ! ちょっと待ってろ!」
「はい」
男性は私が渡した二千イーエンと剣を持って、小走りでカウンターの奥へ向かう。彼はそこで、木箱に二千イーエンをしまっていた。
待つことしばらく。
店員の男性は剣だけを手にして私のところへ戻ってきた。
「ほい! これだ!」
「ありがとうございます」
革製の鞘に収められた状態で剣を受け取る。
両手にずっしりとした重みを感じ、らしくなく興奮してしまった。
「色々紹介して下さって、ありがとうございました」
「いやいや! このくらいお安いご用よ!」
日頃よく武器を購入している人なら自力で選べるかもしれないが、今回の私の場合は初めての武器購入だ。それゆえ、良い品を選ぶ方法なんて知らない。だから、店員が親身になってくれる人で助かった。
「それでは失礼します!」
「おぅ! また来いよ!」
しかも、武器選びだけではなく、見送りまでしてくれる。
良い店員さんだなぁ、と思いつつ、私は武器の店を出た。
店から少し離れた大通りに達するや否や、ミセは「ふわぁーあ!」と発しながら大きく背伸びをする。
デスタンの前で背伸びは気にしないの? と少しばかり疑問を抱いてしまった。
普通、好きな人の前で豪快に背伸びをしたりはしないだろう。いや、もちろん、背伸び自体に罪はない。ただ、背伸びをするにしても控えめな背伸びにするなど多少は工夫するだろうと、そう思うのだ。
しかしミセにはその工夫がなかった。
彼女は、デスタンが傍にいる状況下であっても、一切躊躇わず全力の背伸びをする。
正直、少し不思議だった。
「疲れましたか、ミセさん」
「えぇ? アタシぃ?」
「はい。凄まじい背伸びをなさっていたので、疲れたのかな、と」
刹那、淡々と問いかけるデスタンの片腕を掴み、彼に身を寄せるミセ。
「あーら、デスタン! アタシのこと心配してくれてるのぅ?」
ミセはとてつもなく都合のいい解釈をしていた。
「さすがアタシのデスタンねぇ! ……けど、アタシのことをそんなに細かく見てくれているなんて、気づかなかったわぁ。うふふ。デスタンったら、実はアタシのこと、とーっても好きなのね!」
何がどう転んだらそうなるの? というような解釈。
でも、それがミセ流なのだろう。
彼女は好きな人の言動を都合良く解釈するところがある。だからこそ、基本冷ややかなデスタンが相手でも、このハイテンションを保てるのだろう。
「お茶するぅ?」
「ミセさんがしたいのなら、それでも構いませんが」
「あーら、優しい! さすがデスタン! とーっても優しいわね!」
ミセが褒めると、デスタンは彼女から視線を逸らす。
「……同行していただいた恩があるから、それだけです」
これは『照れ隠し』だ。
離れて眺めている私にも、そのくらいは分かる。
「ねぇエアリ!」
「……えっ」
振り返ったミセにいきなり話しかけられ、内心慌てる。
「お茶しなーい?」
「えっと……お茶、ですか?」
「そうよ! 三人で!」
話しかける時もデスタンの横からなのね、という突っ込みは、心の中だけに留めておこう。
「あ、はい。それもアリですね」
「じゃ、決まりね!」
よく考えたら、今日は結構な距離を歩いている。私でも少し喉が乾いているくらいだから、回復しきっていないデスタンなどは疲れてきているはずだ。そこを考慮するなら、ここらで一息というのも悪くはない。
当初の目的、ペンと剣の購入を済ませた私たち三人は、帰り道の途中でひと休みすることにした。
入ったのは、歩いている時に偶々目についた喫茶店。
私はアイスティー、ミセとデスタンはアイスブラックティーをそれぞれ注文し、パラソルの下の椅子に腰掛ける。
「買い物できて良かったわねぇ、デスタン」
「はい。同行ありがとうございました」
「気にしなくていいのよぅ。アタシはいつだって、デスタンの隣にいたいものぉ」
またしても二対一の雰囲気。
この三人だから仕方ないけれど、寂しい気がしてこないと言えば嘘になる。
けれど、こうして三人で過ごす時間が嫌いかと問われれば、「はい」とは答えないだろう。
血に濡れる戦いの時間に比べれば、少し寂しくとも穏やかな時間の方がずっと好き。
そんなことを考えながらアイスティーを飲んでいると、デスタンが話しかけてくる。
「剣はそれで良かったのですか」
唐突過ぎる質問。
なぜこのタイミングでこんな問いが出てきたのか、謎でしかない。
「えぇ。持ちやすかったわよ。……何かおかしい?」
「いえ、べつに」
質問しておいて、興味のなさそうな態度。デスタンの本心がどこにあるのかは、もはやよく分からない。
「これを使いこなせるように、また頑張るわ」
「はい。そうして下さい」
そう、今私がすべきことは、この剣の扱いに慣れること。
二対一的な空気に寂しさを感じることではない。
その後、私たちは、馬車が待機しているところまで歩いた。そして、馬車に乗って、エトーリアの屋敷へと帰った。
購入する予定にしていた物はすべて手に入れられたから、買い物は成功だ。
「あ! 戻られたのですね!」
屋敷へ帰った私を迎えてくれたのは、リゴール。
三人で外出している間、私は、彼に会いたくて仕方がなかった。だから、彼の顔を目にした瞬間、喜びが一気に込み上げてきて。結果、彼を衝動的に抱き締めてしまった。
「えぇ! 帰ったわ!」
「あの……え、エアリ……?」
リゴールは困惑している。
「その、なぜこのようなことを……?」
「よく分からないけど、貴方に会いたかったの」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.168 )
- 日時: 2019/12/23 01:06
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xyOqXR/L)
episode.165 真っ赤
それから私たちは食堂へ移動した。
デスタンは、ミセからペンが入った紙袋を受け取ると、その中身を順に出してテーブルに並べていく。箱入りのものは三つ、箱入りでないものが三本。
並べられたペンを見て、リゴールは驚きの声を漏らす。
「えぇっ。こんなに買ってきたのですか!?」
リゴールは目をぱちぱちさせている。
「はい。それが何か」
「い、いえ……。ただ、わたくしが想像していたより……本数が多かったので」
遠慮がちに言うリゴールに、デスタンは淡々と返す。
「はい。多めに買いました」
飾り気はない。優しそうな雰囲気も柔らかさもない。そんな、淡白な口調だ。彼らしいといえば彼らしいかもしれないが。
「そうなのですか!?」
目を丸くして驚きを露わにするリゴール。
「はい。どれが王子に相応しいか分からなかったので、一応すべて買っておきました」
「し、しかし……高価だったのでは……?」
リゴールは上目遣いで遠慮がちにデスタンを見る。
……それにしても、リゴールの上目遣いは違和感がない。
女性であっても、上目遣いを上手に使える者は少ない。やり過ぎるとあざとさが生まれ、逆に可愛らしくなくなってしまうというものだ。
だが、リゴールの上目遣いは、遠慮がちな感じがきちんと出ている。見事。
「以前の稼ぎで足りました」
「やはり、結構高かったのでは……」
「そうですね。ただ、心配していただくほどではありません。ご安心下さい」
デスタンはそこまで言って、話題を変える。
「それより、ペンを見てみて下さい。そして気に入ったものを持っていって下さい」
相変わらず淡々とした口調。感情など欠片もないかのような話し方。でも、デスタンが心の中ではリゴールを大切に思っていることを、私は知っている。
リゴールのペン選びが終わり、解散になった。
デスタンは自室へ戻り、ミセはそれについていく。しかし私とリゴールは、もうしばらく食堂にいることにした。
それを選択した理由は、リゴールと話をしたい気分だったから。彼と一緒にいたいと思ったからである。
「買い物お疲れ様でした、エアリ」
「ありがとう」
軽く礼を述べると、リゴールはデスタンから貰った黒い軸のペンを眺めながら口を動かす。
「敵襲がなくて本当に良かったです。本音を言うならわたくしも行きたいところでしたが……やはり、わたくしがいない方が平和ですね」
彼は視線を私へ向けない。
その青い瞳は、手元のペンだけをじっと捉えている。
リゴールは目を合わせることさえ恥ずかしいというようなタイプではないはず。どうも不自然だ。
「どうしたの、リゴール。何だか変よ?」
「……え。そ、そうでしょうか。わたくし……そんなにおかしかったでしょうか?」
私が質問したことで、リゴールはようやく顔を上げた。何かやらかしてしまっただろうか、というような、不安げな面持ちだ。
あまり心配させるのは可哀想。
だから私はすぐに述べる。
「いいえ。ただ……あまりこっちを見てくれないなって、少しそう思ったの」
心を隠そうとしてややこしいことになってはいけないので、ここはシンプルに、本心を述べておいた。
するとリゴールは安堵したように頬を緩め、柔らかめの声で「そういうことでしたか」と発する。
独り言のような雰囲気の発し方だった。
「ペンに気を取られていました。すみません」
「謝らなくていいわ。こちらこそ、変な質問をして悪かったわね」
「まさか! エアリは何も悪くありません!」
なぜここで大きな声を出すのか——と思っていたら、まだ続きがあった。
「エアリはいつもわたくしを気にかけて下さいます! それに、少しでも変化があれば今のように尋ねて確認して下さいます! それはとてもありがたいことで、ええと……とにかく、エアリといられるだけでわたくしは幸せです!」
そこまで一息だった。
凄まじい勢いで長い文章を発するリゴールは、得体の知れない圧力を放っている。刺々しいものではないが、自然と圧倒されてしまうような圧があるのだ。
「……プロポーズみたいね」
私は冗談めかして言ってみた。
途端に、リゴールの顔が真っ赤になる。
「あ……す、すみませ……」
「ふふ。冗談を言ってみただけよ」
「えっ……あ、その……」
リゴールは、両手の手のひらをリンゴのように赤く染まった頬に当て、狼狽えている。しかも、その表情からは、恥じらいのようなものすら感じ取れて。信じられないくらい初々しい態度を取っていた。
「ごめんなさい、リゴール。本当に、今のは冗談なの」
「え、い、いやっ……その……」
「ん? リゴール?」
「じょ、冗談でなかったら……どう思われるのでしょう……?」
肩をやや持ち上げ、遠慮がちに見つめてきている。
「えっと、何それ? どういう意味?」
彼が言おうとしていることがいまいち分からない。だが、分かっているふりをしておくのも、後々ややこしいことになりかねない。そう考えた結果、私は、尋ねてみるに至った。
「で、ですから……その、わたくしが貴女にプロポーズしたら、貴女はどう思われるのかな、と……」
けれど、リゴールの答えを聞いて疑問が解決することはなかった。
解決どころか、疑問が増えてしまったくらいだ。
プロポーズしたらどう思うか、なんて、普通いきなり聞くことではないだろう。 いくら親友のような存在とはいえ、踏み込み過ぎ。
「面白いことを言うわね。でも、そういうのは、本当にプロポーズしたい人に聞いてみるべきだと思うわ。だって、私の意見を聞いても、何の意味もないでしょ?」
いずれプロポーズしたい相手に探りを入れるならともかく。
「ね?」
すると、リゴールはガタンと音をたてて椅子から立ち上がった。
急なことに驚いていると、彼は大きく口を開く。
「そうです! プロポーズしたい人にしか聞きません!」
……え。
そんなことを言われたら、リゴールのプロポーズしたい人が私なのかと思ってしまう。そんなことあり得ないのに、妙な期待をしてしまうではないか。
「だからね、リゴール。そういうのは——」
「わたくしは本気です!」
目の前の彼は、真剣な面持ちだった。
「いつかその時が来るかもしれないからこそ、尋ねたのです!」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.169 )
- 日時: 2019/12/23 01:07
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xyOqXR/L)
episode.166 いつか手渡す想い
リゴールの言葉を耳にした瞬間、時が止まった。
——いや、正しくは、時が止まったような気がした、か。
とにかく、私以外のすべてが停止したような、そんな不思議な感覚だったのだ。
「え……何を言っているの?」
そう返した時、私の脳内には『理解不能』の文字ばかりが浮かんでいた。頭の中をみっちりと埋め尽くしている。
「あ、えっと、その……す、すみません。ただ、少し、エアリの意見を聞いてみたくて……」
「そうね……私だったら、嫌じゃないわね」
驚きやら何やらで妙なことばかり返してしまっていたが、ここに来て、ようやくまともに答えることができた。
もっとも、リゴールの発言についてはまだよく分からないけれど。
「え!」
私が発した答えを聞き、リゴールは声をあげる。
「嫌でないのですか!?」
「まさか。嫌なわけがないでしょ」
リゴールとは苦難を共に乗り越えてきた仲だ。少しの冗談で嫌いになったりはしない。
「で、では! もしわたくしがプロポーズしたら、イエスと言って下さいますか!?」
「え。ちょ、待って。それは冗談なんじゃ……」
「冗談ではありません! わたくしは真剣です!」
「えぇっ!?」
思わず声を発してしまった。それも、妙に甲高いひきつったような、情けなくかっこ悪い声を。
「待って、リゴール。どういう話? 何か心境の変化があったの?」
「はい。そういうことです」
リゴールは真剣な面持ちのまま、落ち着いた口調で言ってくる。ただ、緊張してはいるようで、まばたきが多い。また、唇の動きはぎこちない。
「実は……エアリがいない間に、屋敷にある本を読んでみていたのです。そうしたら、わたくしの胸にあるモヤモヤしたものの正体が判明しました」
きちんと事情を説明してくれる辺りは、素直なリゴールらしいというか何というか。
「これは『恋心』というものだそうですね」
「こっ……恋心……!?」
いやいや、いきなり過ぎるだろう。
「他の異性と仲良くしているのを見たらイライラしたり、モヤモヤしたり、悲しくなったり。そういう症状が発現するのは恋心を抱いているからだと、そう書いてありました」
リゴールは流れるようにそんなことを話す。
こんな時に限って、彼は、私の顔色をまったく気にしていない。
「それで、気づいたのです。わたくしはいつの間にか、エアリに、恋心なるものを抱いていたのだと」
恥ずかしがるタイミングは、本来ここではないだろうか。自身の恋心を相手に示すのだから、普通、少しくらい恥じらうものではないだろうか。
けれど、今のリゴールは冷静そのもの。つい先ほどまで顔を真っ赤にして狼狽え気味だったというのに、今は落ち着き払っている。少々ずれているな、と思わずにはいられない。
「善は急げと言います。ですから、早速プロポーズしてみようかと」
「いきなりプロポーズ!? それは違うでしょ!?」
恋心を抱いてくれているというのは、嫌ではない。嫌悪されているより、好意的に接してもらえる方が、私も幸せだ。
ただ、だからといって早速プロポーズはさすがに急過ぎ。
リゴール相手だから引きはしないけれど、これがもしリゴール以外の相手の行動だったら間違いなく逃げ出していただろう。
「え……そうなのですか?」
「そうよ。だって、プロポーズって結婚の申し込みじゃない」
「そうですね。……それが何か問題なのですか?」
リゴールはきょとんとしながらこちらを見つめてくる。
「問題よ! ……ごめんなさい。でも、いきなり結婚なんて、普通じゃないわ」
最初反射的に大きな声を発してしまい、すぐに謝罪して、残りの文章は静かに述べた。
するとリゴールは、ハッとしたような顔をする。そのまま数秒止まり、しばらくしてから口を開く。
「そうですね。結婚する前に、ブラックスターとの因縁を断ち切らねばなりませんね」
……そこ?
ブラックスターとの因縁を断ち切るのは大切なことだけれど、どうも少しずれている気がしてならない。
でも、僅かなずれを指摘するのも手間なので、そのまま話を進めておくことにした。
「えぇ! 私も協力するわ」
恋とかプロポーズとか、そういうことは、まだよく分からない。でも、襲い来るブラックスターの者たちからリゴールを護ることはできる。私一人ですべてを片付けることはできなくても、少しの戦力になることはできるから。
「……ありがとうございます、エアリ」
◆
——その頃。
グラネイトとウェスタを始末しようとするも失敗した、ラルク。リゴールを狙うも撤退させられた、肥満気味の男性。ブラックスター王と、その護衛の布巾を頭に巻いた青年。
ナイトメシア城内の王の間には、四人が集まっていた。
「申し訳ありません。ドリが殺られました」
静寂の中、一番に口を開いたのはラルク。
「ふぬぅ……あの女か」
低い声で返すは、ブラックスター王。
「はい。目標の女を一人にし、そこで仕掛けたのですが、途中で男の方に乱入され、この結果です。申し訳ありません」
ラルクは片膝を床につき、王の前で座り込んで頭を下げる。
「ぬぅ……それで、他はどのような状況か」
次に発言するのは、肥満気味の男性。
「ヒゲの人、戻ってきませんでしたぁー。魔法対策もしていたみたいだったのでぇー、上手くいくかと思ったんですけどぅー」
肥満気味の男性はカマーラのことを報告する。
——刹那。
王は片足を床に当て、ドンと音を鳴らす。
「無能のヒゲめが」
ブラックスター王は悪い報告ばかりを聞かされて機嫌が悪い。苛立ちは最高潮に達している。先ほど強く踏み込んだのも、多分、その影響だろう。
「王様、あのパルとかいう娘さんはどうなったのですかぁー?」
「……まだ戻ってきておらん。返り討ちに遭ったか、逃亡か、そこは知らぬが」
そこまで言い、王は再び足の裏で床を叩く。バン!という刺々しい音が、静かな空気の王の間に響いた。
「まったく、無能にもほどがある!」
王は突然鋭く叫んだ。
「お、王様、落ち着くべ!」
頭に布巾を巻いた青年が、王を落ち着かせようと口を挟む。が、王の苛立ちはそのくらいでは止められない。
「黙れ、ダベベ! 落ち着いてなどいられん!!」
「おいら知ってるべ。怒ったら血圧上がるんだべ。おいらのばーちゃん、それで死んだべ。王様には死んでほしくないんだべ!」
護衛役の青年——ダベベは、怒りに満ち興奮気味な王を何とか落ち着かせようと、懸命に言葉をかけている。
ただ、効果は微塵もない。
「……ふぅ。まぁいい。皆、とにかく、任務を継続しろ!」
ブラックスター王は告げる。
肥満気味の男性とラルクは、一礼して「はい」と返事をした後、王の間から出ていく。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.170 )
- 日時: 2019/12/23 01:08
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xyOqXR/L)
episode.167 過去話
王の間に残ったのは、ブラックスター王とその護衛役のダベベのみ。
薄暗い静寂の中、ダベベは切り出す。
「ところで王様。どうしてそんなにもホワイトスターの王子を狙うべ?」
ダベベは王の顔色を窺っている。そんな彼を、王は静かに睨む。
「……何だと?」
「へっ、変な意味じゃないべ! ただ、ちょっと気になっただけなんだべ!」
「そうか」
ブラックスター王は地鳴りのような低い声で呟く。それから少し考え込むように目を細め、約十秒ほどの沈黙の後、再び唇を動かす。とてもゆっくりと。
「……すべての始まり、それは、我ら兄弟の関係だ」
布巾を頭に巻いたダベベは、緊張してかそれまでより頻繁にまばたきをしながら、王の話に耳を傾けている。
「我には兄がいた。兄が第一王子として大切にされているのに対し、スペアとも言える第二王子の我は常にぞんざいな扱いを受けていた。受けられる教育はもちろん、毎日の食事の内容にさえ、兄とは大きな違いがあった」
ダベベと二人きりになった王の間で、ブラックスター王は自身の過去について語り始める。
「ホワイトスターは外向きは温厚な国だった。平和で、満ち足りていて。ただ、城の中は、我にとっては地獄だった」
「うぅ……辛そうだべ……」
王の心を覗き見てしまったからか、ダベベは悲しそうな顔をする。
「いつも兄と比べられ、無能と罵られ、悲惨な状態で大人となった。極めつけには、意中の女性を兄に狡猾に奪われ……ホワイトスターにいることが耐えられなくなった。そして我は、国から飛び出したのだ」
己の過去についてゆっくりと語る王の瞳には、寂しげな色が濃く浮かんでいた。思い出したくない過去を思い出すことになり、彼は彼なりに苦しさを抱えているのかもしれない。
「女性を奪われた、って……それはさすがに酷いべ!」
「兄は卑怯だった」
「ホントだべ! いくら偉い人でも、ズルは駄目だべ!」
ダベベは憤慨する。
それは、純粋な心を持つがゆえの怒りかもしれない。
「そうしてホワイトスターを離れた我は、ブラックスターを築き上げた。そして、ブラックスターの王となったのだ」
「ふ、ふぅぉぉー! 凄いべ! 歴史を感じるべ!」
それまでは怒りを露わにしていたダベベだが、今度は瞳を輝かせる。子どものように無邪気な、瞳の輝かせ方だ。
「ブラックスター王となった後、我はまず、裏切った女——ホワイトスター王妃を始末した。我を裏切り傷つけた、その罪は重い」
王の声、それは、暗雲の立ち込めた灰色の空のように重苦しい。
「えぇっ! 殺しちゃったべ!?」
「……文句があるのか?」
「い、いや、いやいやいやっ。そんなつもりじゃないっべ」
猛獣のような目つきで睨まれたダベベは、両手を胸の前で左右に振りながら一歩二歩と後退する。怯えた小動物のような顔をしている。
「それから、憎んでいた兄も殺めた」
「お兄さんも殺ったべ!?」
ダベベは、驚きのあまり口を大きく開け、そこに手のひらを添える。
「卑怯な手を使い、我の想い人を奪った。ずっとそれが許せなかったのだ」
「ま、まぁ……分からないではないような気はするけどべ……」
ダベベは曖昧な言い方をする。
本当は王の思考が理解できていないが、「理解できない」とはっきり言うこともできず。だからこそ、どちらとも取れるような曖昧な言い方をしたのだろう。
「そうしてついにホワイトスター王族への復讐を果たした我は、ホワイトスターを滅ぼした」
「ひ、ひぇぇ……」
「だが、一人だけ生き残らせてしまった——それが、王子リゴールだ」
そう述べる王の表情は、とてつもなく固かった。
まるで、今から処刑台へ向かうところの人間のよう。
「王子は殺めなかったんだべか?」
「当然刺客は送り出した。だがやつは、任務に失敗したのみならず、ブラックスターを裏切り、王子の側についたのだ」
そこまで言って、王は、またしても足で床を叩いた。ダン、という荒々しい音が鳴る。
「お、怒ってるべ?」
「舐めた真似を……許さぬ。裏切り者は、絶対に許さん!!」
王は、込み上げる怒りを制御せず、全力で怒鳴る。
そんな王の体を気遣うのは、ダベベ。
「お、落ち着くべ! 血圧上がったら体に悪いんだべ!」
「黙れッ!!」
「う、うぅう……で、でも、危険だべ。おいら、そんなことで王様が命を落としたら、二ヶ月くらい号泣するべ……」
荒々しく怒鳴られても、ダベベは王の体を心配することを止めなかった。
そう、彼は、怒りによる血圧上昇によって知り合いを失うことを何より恐れていたのだ。それが原因で祖母を失ったという記憶があるからこそ、血圧上昇に恐怖を抱いている。
「……号泣するのは、二ヶ月だけか?」
「まっ、まさか! 王様がお望みなら、三ヶ月は泣くべよ!?畑を耕しながらでも、水を汲みながらでも、号泣はできるべ!」
懸命に述べるダベベを目にし、王は呆れたように漏らす。
「ふぬぅ……愉快なやつだ」
◆
ブラックスター王とダベベが王の間で過去話をしていた頃、ラルクとふくよかな男性も言葉を交わしていた。
「少し良いですかぁー?」
「何だろうか」
「ええと……確か、ラルクさんでしたっけぇー?」
「あぁ、そうだ。そちらの名は? 話すのならば、まず、それを聞かせてもらいたい」
ピンクの帽子を被ったふくよかな男性が軽やかなノリで話すのとは対照的に、ラルクは真顔だ。
「シャッフェンですぅー!」
ふくよかな男性——シャッフェンは、ペロリと舌を出しながら名乗った。
「そうか。で、用は」
「は、早いですぅー!」
「早くしてくれ」
ラルクは急かす。
「すみませんー! ……では、気を取り直してぇ。ラルクさんは弓使いでしたよねぇー?」
ふくよかなシャッフェンは、片手でピースしながら尋ねた。
「詳しいな」
「ブラックスターイケメン大事典に載ってましたよぅー」
「何だと!?」
予想外の情報に、うっかり大きな声を出してしまうラルク。
彼は冷静さを失っていた。
「掲載許可を出した覚えはない!」
「でも載ってましたぁー」
三歩前へ進み、振り返る。そんな妙な動きをしながら、シャッフェンはラルクと話している。
「顔写真もか!?」
「そうですぅー」
「肖像権の侵害だ! 抗議する!」
叫ぶラルクを宥めるようにシャッフェンは言う。
「ですねぇー。でもそれは、任務達成後にしましょぅー?」
「……それもそうか」
「そこで提案なんですけどぅ」
「提案? それは、どういう話だろうか」
怪訝な顔をするラルクに、シャッフェンは問う。
「二人で協力して、確実に任務達成しませんかぁー?」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.171 )
- 日時: 2019/12/23 11:44
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ZFLyzH3q)
episode.168 安らぎは続かない
「……はっ」
夜、音のない小屋の中、ウェスタは目を覚ます。
ベッドの上で上半身を起こし、額を伝う一筋の汗を片手で拭う。そして、闇の中、一人溜め息をつく。
「……また……夜」
ドリとラルクに襲撃されて以来、ウェスタは眠りづらい状態に陥っていた。
夜が来て、明かりが消えても、なかなか眠れず。ようやく眠ることができても、今度はすぐに目覚めてしまって。十分な睡眠をとることがなかなかできない。
ドリとの戦闘の際に負った傷は、グラネイトの熱心な手当てのかいあって、既に八割ほど回復している。傷が消えるところまで治癒してはいないが、動いても痛みはしない状態だ。
身体的には問題はない。
明日にでも戦いに復帰できそうな感じである。
だが、精神の方がなかなか晴れない。
暗闇にいると、ドリに襲われた時のことを思い出し、心が安定しなくなってしまう。緊張感の波が迫り、妙に目が覚め、なかなか眠れない。
ベッドに座ってウェスタがぼんやりしていると、床に布を敷いて寝ていたグラネイトが寝惚けた声を発する。
「んー……んん……?」
「……起きなくていい」
ウェスタはグラネイトを起こすまいと、冷たく返す。しかしグラネイトはそのまま起き上がってくる。
「あぁ……ウェスタ? また夜に起きたのか?」
グラネイトは目もとを擦りながら、まだ意識が戻りきっていないような声で言った。
「グラネイトまで起きなくていい」
「いや、ウェスタが困っているなら……グラネイト様も起きるぞ……」
「いいから寝ろ」
「相変わらず心ないな……」
少しばかり不満げに言いながら、ゆっくりと立ち上がる。そして、ウェスタが寝ているベッドに腰掛ける。
「大丈夫か?」
「平気。すぐまた寝る」
「嘘だな! 分かる、それは嘘だ!」
「……うるさい、黙って」
距離を縮めてくるグラネイトに不快そうな視線を向け、ウェスタは再び体を横にした。
眠れない状態にもかかわらず眠るような体勢を取るウェスタに、グラネイトは言い放つ。
「ふはは! 無理に寝ようしなくていいぞ!」
「……静かにして」
「静かにしていたら眠れそうなのか!?」
「……無理」
ウェスタが呟くように答えた瞬間、グラネイトは大声を出す。
「ふはは! やはりな! グラネイト様、大正解ィ!!」
誰もが大喜びするほど凄い正解ではない。ただ、グラネイトにとっては、大声を出して喜ぶほどの正解だったということなのだろう。
「案ずるな、グラネイト様がとんとんしてやる」
「……触りたいだけ」
「んなっ!? さすがに失礼にもほどがあるぞ!?」
ショックを受けたような顔をしているグラネイトだが、その手は既にウェスタをとんとんし始めている。
だがウェスタは、そのことに苦情を述べはしなかった。
「嫌じゃないのか? ウェスタ。とんとんさせてくれるのか?」
「……嫌と言っても無駄と判断した」
「何だそれ!?」
「もう好きにすればいい」
「ふはは! それはまた別の意味で悲しい!」
夜中に起こされ、気を遣えば冷たく接され、踏んだり蹴ったりなグラネイトだが、不幸そうな顔をしてはいなかった。それどころか、むしろ幸せそうな顔をしている。
そして、朝。
ウェスタが目を覚ました時には、グラネイトはもう起きていた。
「ふはは! おはようウェスタ!」
ウェスタの起床を心待ちにしていたらしく、グラネイトは即座に挨拶をする。
「……馴れ馴れしくするな」
「何を言う! 挨拶くらい自由にさせてくれ!」
「……まぁそうか。なら好きにすればいい」
挨拶に関しては、先に折れたのはウェスタだった。
彼女はベッドから離れ、流しへ向かう。そして水で顔を洗い、グラネイトがいるテーブルのところまで戻ってきた。彼女はそのまま椅子に座る。
「朝は食べるか?」
「要らない」
「承知した! ふはは!」
楽しげな声を発しながら、グラネイトはウェスタの背後へ回る。そして、大きな両手でウェスタの両肩を掴む。
「……何をしている」
ウェスタは冷ややかに放つ。
だがグラネイトは怯まない。
「肩のマッサージだぞ!」
「離して」
「それは無理だ! なぜなら、手が滑ってついつい肩を触ってしまうから!」
グラネイトは朝からハイテンション。ウェスタはちっとも乗ってこないというのに、一人、物凄く楽しそうな顔をしている。
一方、ウェスタは、起床した時には明るい顔つきではなかったが、今は少し笑っている。ただ、それは、楽しいからとか嬉しいからとかの笑みではない。呆れ笑いだ。
「……馬鹿らしい」
「それは、ウェスタ馬鹿の間違いだろう!?」
「え」
「ウェスタを好きすぎる馬鹿。それならグラネイト様も納得だ! ふはは!」
グラネイトは楽しそうにウェスタの肩を揉んでいる。
「肩揉みが終わったら、傷の消毒するからな!」
「……順番が変」
「そこを突っ込むんじゃない」
二人の間に何とも言えない空気が漂っていたその時、突如、扉をノックする音が空気を揺らした。
ウェスタは反射的に身を震わせる。その顔面には、怯えの色が微かに滲んでいた。その顔色から彼女の心情を察したのか、グラネイトは静かに「見てくる」と言って、玄関の扉の方へと歩いていく。
グラネイトが玄関の扉を開けると、そこには、一人の男性が立っていた。
キノコの笠のような形をしたピンクの帽子を被っており、体のラインは丸みを帯びていて、やや肥満気味——そんな男性だ。
彼がブラックスターのシャッフェンであるということを、グラネイトは知らない。
「朝から何の用だ?」
「いきなりお邪魔してすみませぇーん」
グラネイトは眉間にしわを寄せる。
「用を言ってくれ」
「少し失礼して構いませんかぁー?」
「断る。事情の説明無しで入れるわけにはいかない」
するとシャッフェンは、唇を突き出し尖らせ、二つの拳を口もとに添えるポーズをとる。さらにそこから、下半身を左右に往復させる。
「何なんだ……?」
さすがのグラネイトも動揺を隠せない。
「厳しすぎますよぅー。悪いことはしないので、入れて下さぁいー」
「いや、だから、事情を説明しろと——ぶっ!?」
グラネイトが言い終わるより早く、シャッフェンは動いた。
そう、グラネイトに飛びかかったのである。
シャッフェンの動きを予測していなかったグラネイトは、ふくよかな体に飛びかかられバランスを崩した。結果、そのまま尻餅をつく形になってしまう。
直後。
その首に、銀の刃が触れる。
「なっ!?」
いきなり刃を向けられ、グラネイトは顔全体の筋肉を引きつらせる。
「すみませんが、死んでもらいますぅー」
「何をする!」
シャッフェンの腕を掴もうと片腕を伸ばす——が、逆に、伸ばした腕を刃に傷つけられてしまう。
「ぐっ……!」
顔をしかめるグラネイト。
ニヤニヤ笑みを浮かべるシャッフェン。
「抵抗したら次は首を斬りますよぅー?」
「ブラックスターからの刺客だな!?」
今になって察したグラネイトは叫ぶ。が、シャッフェンはそれを無視し、刃物を持っていない方の手で紙のようなものを取り出す。
「大人しくして下さいねぇー」
シャッフェンは、取り出した紙のようなものをグラネイトの胸元に押し付ける。
「ぐっ!? 何だ、今の紙は!?」
「術を使えなくする効果のある紙ですぅー。さぁ、大人しく死んで下さいー」
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