コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.152 )
- 日時: 2019/11/15 18:36
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: w1J4g9Hd)
episode.149 包帯の少女パル
トランはクレアの街を一人歩いていた。
彼はブラックスターの人間だが、特別な容姿ということはない。そのため、地上界の者たちに紛れて歩いていても、違和感はない。
周囲を眺めながらゆったりした足取りで歩いていたトランは、ある店の前で立ち止まる。
虚ろな瞳に映っているのは、刃渡り二十センチほどのナイフ。
「いらっしゃーい」
トランがまじまじと見つめていると、店員の女性が奥から現れる。四十代くらいの、恰幅のいい女性だ。
「このナイフ、良いねー」
女性に声をかけられたトランは、顔を上げ、うっすら笑みを浮かべながら言う。
「気に入ってくれたのかい?」
「うん。好みだよー」
「そうかい。じゃ、あげよう」
女性店員はトランが見ていたナイフを掴み上げ、持ち手をトランの方へ向けて差し出す。
「……いいのー?」
「実は売れ残りでね、古くなってきて困っていたところ。だからプレゼント!」
トランはナイフの柄をそっと握る。
「そっか、ありがとー」
「いいよ」
「助かったぁ。ありがとー」
貰ったナイフを服の中にしまい、トランは再び歩き出す。
爽やかな風が吹いていた。
しばらく歩き続け、少しばかり疲れたトランは、街の外れに設置されているベンチに座る。はぁ、と溜め息をつき、それから空を見上げていた。まるで「これからどうしよう」と言っているかのようだ。
音のない時が流れる。
時折吹く風と、それに揺らされる木々。
それ以外に音はない。
——ぱぁん。
突如、乾いた音が響いた。
トランは咄嗟にベンチから飛び降りる。
数秒後、ベンチのもたれる部分に灰色の塊が突き刺さった。もたれる部分は粉々になり、飛び散る。
急に攻撃を受けたトランは、上着の内側から先ほど貰ったばかりのナイフを取り出す。そして、怪訝な顔をしながら、辺りを見回す。
しかし、何者かの姿はない。
攻撃を仕掛けてきそうな者はいないどころか、人一人さえいなかった。
それでもトランは警戒を解かない。
「いきなり何なのかなぁ。まったく、もう……」
クレアの街で貰ったナイフを手にしながら、独り言のように漏らすトラン。
この状況で愚痴を漏らしている辺り、呑気な人のよう。しかしトランは、決して、呑気なわけではない。というのも、さりげなく周囲の様子を見回しているのだ。つまり、周りへの警戒を怠ってはいない、ということである。
——刹那。
再び、ぱぁん、と乾いた音が鳴る。
音はトランの背後から聞こえてきていた。トランは素早く振り返り、右手に持っていたナイフで、飛んできた灰色の弾丸を払う。
「ふぅん。そっちなんだねー」
トランは、どちらから乾いた音が聞こえてきたのか、聞き分けていた。余裕の笑みを浮かべながら、木々が生い茂る方へと向かっていく。
そして、一本の木の幹、その中央より少し上辺りを強く蹴る。
「……出てきなよー」
直後、その木から一人の少女が飛び降りてくる。
「プププ! かっこつけてるノ、ダッサ!」
正体はパルだった。
小型銃を片手に舞い降りる彼女は、天使のようで、しかしながら幼い悪魔のようにも見える。
パルは地面に降り立つと、トランへ視線を向ける。
「脱走者は殺ス!」
はっきりと宣言するパル。
対するトランは、呆れたように笑う。
「ボクを殺すって? 呆れるなー。そんな馬鹿げたことをはっきり言うなんて、馬鹿としか言い様がないよねー」
トランは相変わらず挑発的な言葉を放つ。
そこに躊躇は一切ない。
「覚悟!!」
パルはトランへ銃口を向け、引き金を引く。
飛び出すのは、灰色の弾丸。
だがトランも負けてはいない。体の前でナイフを振って、灰色の弾丸を跳ね返す。
パルは銃を持っていない方の手を前方へ伸ばす——そして、爪から灰色の包帯のようなものを発生させ、跳ね返ってきた弾丸を払った。
「ふふふ。面白いねー、それ」
「黙レ!」
パルは地を蹴り、常人であれば気づけぬであろうほどの速さで、トランの背後へ回ろうとする。
——しかし。
「遅いよ」
トランのすぐ横を通り過ぎた瞬間、パルは愕然とした顔をする。というのも、通過した一瞬のうちに首に傷を負っていたのである。
「ナッ……!?」
状況が理解できない、というような顔のパル。
トランは赤いもののついたナイフを片手に持ったまま、体を回転させ、パルへ目をやる。
「ふふふー」
ナイフを持っていない方の手を掲げる。すると、宙に、黒い矢が大量に現れる。そこからさらに、トランは手をパルの方へと伸ばす。その瞬間、黒い矢が一斉にパルに向かってゆく。
「チ……このッ……!」
パルは首の傷を左手で押さえ、右手だけで小型銃を打つ。
灰色の弾丸はトランが放った黒い矢のいくつかを消した。が、矢は数が多く。そのため、すべてを消すことはできない。
「そのくらいで間に合うわけがないよねー」
トランは笑顔だ。
余裕に満ちている。
「じゃ、ばいばーい」
次の瞬間、黒い矢がパルに刺さった。
パルはその場に倒れ込む。
抵抗する間もなかった。
自然に満ちた人気のない場所に、静寂が戻ってくる。
「ふぅー」
トランは一人息を吐き出し、ナイフを持っていない方の手の甲で額の汗を拭う。
「まったく、もう……面倒だなぁ」
そう呟き、トランはその場に座り込む。
そして、少し赤くなったナイフを見下ろす。
「せっかく貰ったのに、もう汚れてしまったなぁ」
トランは地面に座り込んだまま、両手を地につけ、顔を上向ける。木々の隙間から降り注ぐ光に目を細め、暗い青の髪を風に揺らす。
パルが動かなくなって、トランは穏やかな時間を取り戻した。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.153 )
- 日時: 2019/11/15 18:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: w1J4g9Hd)
episode.150 優雅な朝から
その夜、私は夢をみた。
恐ろしい夢を。
それは、すべてが破滅に向かうところを見ていることしかできないという、不甲斐なさを感じさせる内容で。
何と言えば良いのか、はっきりとは分からない。
だが、とにかく恐怖を抱かずにはいられない夢だった。
目の前で大切な人の命が失われる——なんて禍々しい夢なのだろう。
何もできず大切な人を奪われるくらいなら、私が襲われる方がずっとまし。私が傷つく方がまだしも良い。
大切な人のために何もできず。
大切な人の命を護る力はなく。
——なんて情けない。
……。
…………。
そして、気がつけば朝。
窓の外が明るくなり始めたくらいの時刻だった。
直前まで見ていた恐怖を「夢か」と思いつつ、上半身を起こし、縦にする。そして、もう一度眠るかどうか迷う。しかし、二度も起きるのは憂鬱なので、もうここで起きることに決めた。
それから私は伸びをして、掛け布団を捲り、ベッドの外へ出る。
心地よい朝だ。
ただ、嫌な夢をみていなければ、もっと心地よい朝だっただろう。
私は寝巻きから家着へ服を着替え、部屋から出る。
今日もまた良いことがあればいいな、などと少し考えつつ。
私が食堂に着いた時、バッサとエトーリアは既にそこにいた。
エトーリアは薄い水色のワンピースをゆるりと着こなしながら、椅子に腰掛けて、何やら本を読んでいる。
バッサはいつも通りの仕事着をまとい、さくさく歩いている。朝食の準備をしてくれているのだろう。
また、バッサより少し若い手伝いの女性がいて、彼女もバッサと同じように行き来していた。
「おはよう、母さん」
茶色いブックカバーの本を読んでいるエトーリアに声をかける。すると彼女は顔を上げ、微笑んで、嫌そうな顔はせず「おはよう」と返してくれた。
それから私は、食堂内の椅子にそっと座る。
エトーリアは読書中のようなので、彼女からは少し離れた席を選んでおいた。読書を邪魔しては悪いからだ。
「エアリお嬢様。おはようございます」
「バッサ。おはよう」
「飲み物はどうなさいます?」
「特に希望はないわ」
「分かりました。では、何かさっぱりしたものをお持ちします」
退屈なほどに穏やかな朝。
静かで、心休まる、素敵な空間。
賑やかさはないけれど、ゆっくりと時間を過ごせる優雅さはある。私はそれが案外嫌いでない。
「ねぇエアリ」
バッサが飲み物を持ってきてくれるまでの間、話し相手もいないから一人ぼんやりしていると、それまで本を読んでいたエトーリアが話しかけてきた。
「え。何?」
「その胸のペンダント、綺麗ね」
言われて、私は自分の胸元を見下ろす。
そこにあるのは、リゴールがホワイトスターから持ってきた、星のデザインのペンダント。
「ホワイトスターのものよね?」
「そ、そうだと思うけど……」
「素敵ね。美しいわ。リゴール王子から貰ったの?」
「そうなの」
剣にもなるし便利なの、とまでは言わないでおいた。
「大切にしているのね」
エトーリアはそんなことを言う。
発言の意味が分からず、私は少し戸惑った。けれど、本当のことを言ってはならないということはないだろうから、「そうなの」とだけ発して頷いておいた。
それから少しして、バッサが飲み物を持ってきてくれる。
黄色い液体のアイスハーブティー。
「ありがとう、バッサ」
「いえいえ」
アイスハーブティーを飲み始めて数分が経過した頃。
食堂に、屋敷で働く女性が一人、駆け込んできた。
ちなみに。
駆け込んできたと言っても、それほど慌てている様子ではない。
「エアリさんはいらっしゃいますか?」
女性は食堂へ入ってくるや否や、そんなことを言う。
いきなり私の名前が出てきたことに驚きつつも、私は「はい」と述べ、椅子から立ち上がる。
「何かあったの?」
「はい。実は、エアリさんにお客様が」
「お客……様?」
誰かが訪ねてくること自体そう多くはないというに、私に用のある客人なんてより一層珍しい。私に用があって訪ねてくるということは、ウェスタかグラネイト辺りだろうが、こんな朝からというのは少々意外である。
「はい。話があるとのことです」
話とは?
もしかして、またブラックスターが攻めてきたという知らせ?
色々疑問が浮かんできて頭の中がいっぱいになる。
「分かったわ。行くわ」
「玄関で待っていただいていますので」
「行ってみるわね」
できるなら、何でもない用事であってほしい。襲撃のような物騒な話題ではないことを祈る。祈ることに意味があるのかは分からないが、それでも祈らずにはいられない。
私は一人玄関へ向かう。
どうか平和的な話でありますように、と、祈りつつ。
「いやぁーすみませんねぇー」
「は、はぁ……」
玄関で私を待っていたのは、ウェスタでもグラネイトでもなかった。トランでさえなかった。
「いきなりお邪魔して申し訳ありませんねぇー」
「い、いえ」
のんびりとした口調で話す男性。
彼のことを、私は知らない。
やや灰色がかった緑の頭に、笠部分だけになったキノコのようなピンクの帽子。顔や首回り、そして体全体に、結構な肉がついていてふくよか。また、トップスは渋めの赤紫、ズボンは小豆風、ブーツは髪を薄めたような色、と、妙な色遣いのファッションである。
「えっと……それで、私に何か用なのでしょうか?」
まったくもって見覚えがない。
いつかどこかで会っていたのか、それすらも、私には分からない。
「実はですねぇーこちらの家にですねぇー用がありましてねぇー」
いちいち語尾を伸ばす喋り方が奇妙だ。
また、笑顔も不気味である。
「少し失礼しますよぉー」
ふくよかな男性は、私を押し退けるようにして、屋敷の中へと入ってくる。まるで、自分の家だと主張しているかのように。
普通、大人がこんなことをすることはないだろう。
他人の家に無理矢理入ろうとするなんて、怪しいとしか言い様がない。
「あの、少し待って下さい」
「何ですかぁー」
「勝手に入ってこないで下さい。まずは用件を——」
言いかけて、言葉を止める。
「っ……!」
いや、自分の意思で止めたのではない。
どちらかというと「止められた」の方が相応しいと言えよう。
男性が手のひらで私の口を塞いだ。だから私は、続きを発することができなくなってしまったのだ。唇が動かぬほどの力で口を押さえられているというわけではないが、それでも、何も言えなくなってしまった。
ただ一つ確実なのは、目の前の男性がただの訪問者ではないということ。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.154 )
- 日時: 2019/11/17 17:45
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Uc2gDK.7)
episode.151 ふくよかな
ふくよかな男性は、一見、とても温厚そうだ。しかし、素手で口元を押さえてくる辺りから考えると、温厚な善人というわけではないのかもしれない。
「は……離してっ……」
口元を手で押さえられるという異常事態。そこから何とか逃れようと、私は、勇気を振り絞り言ってみた。
だが、それは無意味で。
「黙っていて下さいー」
ただそう言われただけで終わるという、悲しい結末を迎えることとなってしまった。
「一つ尋ねて良いですかぁー」
「な、何をっ……」
「リゴール王子という者は今ここにいますぅー?」
その問いに、唾を飲み込む。
リゴールはこの屋敷にいる。だが、それをここで明かして大丈夫なのだろうか。
……いや、恐らく明かすべきではないだろう。
もしここで私が「リゴールはいる」と言ったなら、男性は、リゴールのところを目指すのだろう。そして、リゴールに何かしらの危害を加えるに違いない。
「……さぁね」
そんなことはさせられない。
リゴールを狙いそうな者には、最大の警戒を。
「それは、いるということですかぁー?」
「どう思う……?」
「個人的には、いると思いますよぉー。いないのなら、いないとはっきり言えるはずですからねぇー」
いる、と明言はしないでおいたが、男性は勝手に、「リゴールはいる」と確信していた。
単なる勝手な確信なのかもしれないが、もしかしたら、私の言動からそれを読み取れたのかもしれない。
いずれにせよ、こんなことを続けるわけにはいかない。
なんとかここを抜け出し、手を打たなくては。
「それもそうね……けど、考えさせるために敢えてそう見せているということも、あるのではないかしら……?」
とにかく時間を稼ぐ。
話題は何でも良い。男性の気を逸らせそうなことなら、内容は問わない。
そして、考えなくては。
どうやって切り抜けるかを。
——その時。
私の背中の方、つまり屋敷の中側から、光が飛んできた。
眩い光は、目にも留まらぬ速さで宙を駆け、私の口を塞いでいるふくよかな男性の肩に命中する。
「んんっ!?」
男性はやや情けない声を発しながら、私の口から手を離す。その隙に動く。取り敢えず距離を取ろうと、私は後方へ数歩移動。ようやく、男性から逃れることができた。
「エアリに近づかないで下さい!」
ふくよかな男性から離れるや否や、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
——それは、リゴールの声。
私は驚き、すぐさま振り向く。するとそこには、リゴールが本を片手に立っていた。それも、かなり険しい表情で。
「話は聞きました。貴方が会いたいのは、わたくしなのですね」
よりによって、このタイミングでリゴールが。
「リゴール王子ですかぁー?」
「そうです」
リゴールは迷いなく正体を明かし、私の方へ真っ直ぐに歩いてくる。
そして、私の少し前で、その足を止めた。
「用があるのなら、わたくしに言って下さい」
背はあまり高くなく、体つきは華奢。一歩誤れば少女と思われそうなほどに、繊細な腕や脚をしているリゴール。
けれども、凛としている彼には風格がある。
「そうですねぇー。ではではぁー……」
男性は片手で、頭に乗っかったピンクの帽子を整える。
——そして。
「早速殺らせていただきますぅー!」
男性は、大きな声で発し、指をパチンと鳴らす。
その瞬間。
ふくよかな彼の前方すぐ近くに、謎の生物が二体現れた。
人に似た二足歩行ながら、腰からは蜥蜴の尾のようなものが豪快に垂れ下がっている。また、肌の色は全体的に赤紫寄りの色みで、人間とは似ていない。キキキ、と鳴くその声が、必要以上に恐怖を掻き立ててくる。
「な、何あれ……」
不気味な敵の登場に、動揺を隠せない。
そんな私に気づいてか、リゴールは首から上だけで振り返り、声をかけてくる。
「下がっていて構いませんよ、エアリ」
そう言って微笑みかけてくれるリゴールを目にしたら、激しく揺れていた心が徐々に落ち着いてきた。
「リゴール王子を仕留めるのですぅー!」
ふくよかな男性は妙に甲高い声を発した。
途端に動き出す、二体の謎の生物。
「来るわよ!」
「大丈夫です!」
本を持った右手を肩から後ろへ引き、左手を前へ伸ばす。
湧き上がる、黄金の光。
向かってくる生物らに向かって、輝きは飛んでゆく。
光の魔法の直撃を受けた蜥蜴のような生物たちは、しばらく狼狽え、しかしすぐに動き出す。
「行くのですぅー!」
ふくよかな男性は叫ぶ。
リゴールは勇ましく返す。
「そう易々と負けはしません!」
今のリゴールは戦士だった。
いや、もちろん、リゴールは今日もリゴールなわけで。線の細い少年であることに変わりはないのだけれど。
ただ、それでも今は、リゴールが勇ましく思える。
鋭い目つき。声の張り。
それらによる勇ましさなのだろう、恐らくは。
「行くのですぅー!」
リゴールを指差す、ふくよかな男性。
二体は同時に動き出す。
目標はリゴール。
不気味な生物が迫るが、リゴールは怯まない。
「……参ります!」
迫る敵は魔法で吹き飛ばし蹴散らす。
ある意味、凄く痛快な光景と言えるだろう。
小柄な少年が大きな体をした敵を撥ね除け続けているのだから、表現が相応しくないかもしれないが……華やか、と言っても過言ではないくらいだ。
「ふぅ。片付きました」
蜥蜴のような尾を持つ二体を、リゴールはあっという間に沈めた。
「ぬぁ、ぬぁーあにぃーッ!?」
「さぁ。退いて下さい」
「退くわけにはいきますぇーん!」
男性は、股を大きく開き、腰の位置を下げる。さらに、二本の足の膝にそれぞれ手を添える。その体勢で、男性は五秒ほどじっと停止。何をしているのだろう、と思っていると、急に両手を頭の上へ掲げ、一回拍手。パァン、と乾いた音を鳴らす。
——刹那。
男性を取り囲むようにして、またもや謎の生物が現れる。
だが、今度の生物は先ほどの生物とはまた違った種類だ。
背筋はすらりと伸びていて両腕が桜色の翼のようになっている、そんな不思議な生物が六体ほど。
「ふぁふぁふぁふぁ! ふぇふぇふぇふぇ! 行くのですぅー!」
肥満気味の男性は、謎の生物たちに指示を出す。
すると、生物たちは、一斉にこちらへ向かってきた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.155 )
- 日時: 2019/11/17 17:46
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Uc2gDK.7)
episode.152 もっと頑張ります
迫ってくるのは、鳥の翼のような両腕を持つ生物たち。
しかし、リゴールの瞳が捉えているのは、それらではなかった。青い宝玉のような双眸から放たれる視線、その先にいるのは、謎の生物ではなく——ふくよかな男性、まさにその人で。
長いクチバシで一斉に攻撃を仕掛けてくる敵たち。
リゴールは開いた本を持っている方の手を、ぶん、と回す。
黄金の光をまとった腕が、敵たちを勢いよく薙ぎ払う形となり。結果、鳥のような姿の生物たちは一気に消滅した。
「えぇぇーっ!?」
繰り出した鳥に似た生物たちを一瞬にして消し去られた男性は、愕然とし、大声を発する。周囲の目などお構いなしの、豪快な声の発し方だ。空気が激しく揺れた、と分かるほどの大声だった。
男性が驚きのあまり正気を失っているうちに、リゴールは体勢を立て直す。
そして、本を持っていない方の手の手のひらを男性へとかざし、小さく「これで終わりです」と呟いた。
——黄金の光の塊が宙に弧を描く。
そして。
リゴールが放ったそれは、男性の眉間に突き刺さった。
「な、何するんですかぁー!?」
男性は、涙目になりしかも攻撃を受けた眉間を両手で押さえつつ、そんな声を発する。
「これは警告です」
「危ないにもほどがありますよぅー!?」
「去りなさい」
今のリゴールはリゴールらしからぬ冷ややかな雰囲気をまとっている。
「ふ、ふんっ。分かりましたよぅー! 今回だけは退いて差し上げますぅー!」
男性は唇を突き出しながらそんなことを言い放つ。
その様は非常にコミカル。
彼自身にはふざけているという意識はないのだろうが、見ていたら、ふざけているとしか思えない。
「……なるほど。それはつまり、『また来る』という意味なのですね……?」
「そんなのは分かりませんよぅー! この世に絶対はありませんよぉー!」
肥満気味の男性は、騒ぎながら走り去っていった。
玄関には、私とリゴールの二人だけが残される。騒がしさは失われ、同時に、辺りは静寂に包まれた。
——と、その数秒後。
リゴールはくるりと体の向きを変え、こちらへ向かってくる。
そして、抱き締めてきた。
「えっ……」
「すみません! エアリ!」
いきなり大きな声で謝罪され、戸惑わずにはいられない。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「平気よ」
「良かった……」
口を手で塞がれたりはしたが、負傷には至らなかった。
それは幸運だったと思う。
あのような状況だったのだから、怪我させられる可能性も十分にあったわけで。
しかし、怪我させられずに済んだのだ。
それは、本当に本当に、大きな幸運に恵まれていたと言えるだろう。
「無事で良かったです、エアリ」
「あ、ありがとう……」
異性であるにもかかわらず、躊躇いなく抱き締めてくるリゴールは、純粋さに満ちている。関係のわりに距離は近いが、穢らわしさなどは欠片もない。
「またもや巻き込んで、ごめんなさい……」
「え? い、いや。気にしないで」
これで怪我したりしていたらまた話は変わってくるのかもしれないが、特に何もなかったのだから、問題はないだろう。少なくとも、リゴールを責めるようなことはない。
「リゴールこそ大丈夫なの?」
「はい。わたくしは平気です」
その頃になって、リゴールはようやく腕を離してくれた。
「わたくしは、こんなですが、一応男ですので」
そう言って笑うリゴールには、か弱さなど欠片もなく。
何だか……おかしな気分。
今は彼が凄く立派な男性に見えて、不思議と心を奪われる。
「そ、そうね」
何とも言えない違和感を抱いているせいか、どうしても振る舞いがぎこちなくなってしまう。リゴールに「おかしい」と思われていなければ良いのだが。
「エアリ。もし何かあれば、また声を掛けて下さいね」
「構わないの?」
「もちろんです。必ず駆けつけます」
やはりおかしい。
奇妙だ。
リゴールは純粋で無垢で、可愛らしい少年だったはず。なのに今、彼はとても男らしい。表情、述べる言葉、そのどちらもが。それが、どうも不思議でならない。
「ありがとう、リゴール。でも……何だか不思議な感じ」
「……不思議な、ですか?」
リゴールはほんの一瞬だけ不安げな顔をする。
「えぇ。だってほら、リゴールがこんなにしっかりしているなんて、少し不思議じゃない?」
すると、リゴールは苦笑しながら「そういうことでしたか」と言った。
少し失礼なことを言ってしまったかもしれない。けれど、これまでのリゴールを馬鹿にして言ったわけではないのだと、それだけは分かってほしくて。
「失礼だったらごめんなさい」
「いえ。事実ですから……失礼などではありませんよ」
「悪かったわね」
「いえ! 本当に、お気になさらず」
リゴールは怒らないでいてくれた。
悪気があって言ったのではないと、馬鹿にして言ったのではないと、理解してくれているようだ。
「わたくし、これからはもっと頑張ります!」
「……やる気に満ちているのね」
そう言うと、リゴールは両手をぎゅっと握って返してくる。
「はい! エアリに気に入っていただけるよう、これからは本気で頑張ります!」
その発言にはさすがに「え……」と思わずにはいられなかった。だって、おかしいではないか。リゴールが一般人の私に気に入ってもらおうとするなんて、どう考えても不自然だ。逆ならともかく。
「えっと……心境の変化?」
何と返すべきなのか、即座には思いつけなくて。その結果、口から出たのは、そんな妙な言葉だった。
それに対し、リゴールは明るく返してくる。
「あ、はい! 上手く表現するのは難しいですが、大体そのような感じです」
なぜこのタイミングで無邪気さが溢れてくるのか。
「エアリがトランと仲良くしているのを見ていたら、わたくしももっと親しくなりたいと思ってきまして!」
あぁ、なんて穢れのない。
「親しく? トランと?」
「違います! エアリとです!」
「いやいや、私、トランとは仲良くなんてなかったわよ?」
「そうは見えませんでした! エアリとトランは、とても親しく見えました!」
そりゃあ、少しは仲良くなっていたかもしれないけれど。
「ですから、わたくしももっと頑張ります!」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.156 )
- 日時: 2019/11/23 17:22
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qToThS8B)
episode.153 ドリとラルク
それから私は食堂へと戻った。
リゴールも連れて。
まだ食堂内で本を読んでいたエトーリアは、私の帰りが遅かったことを気にしていたようで、「遅かったわね。何かあったの?」などと聞いてきた。
けれど、本当のことを告げる勇気は私にはなく。
私は「少しお話をしていたの」とだけ答えた。
こんな嘘、本当はつきたくない。母親に対して本当のことを話せないというのは、心苦しいものがある。
だが、リゴールを護るためだ。
こんなことを言っていたら、母親よりリゴールの方につくなんて、と怒られてしまうかもしれないけれど。でも、私は、リゴールが悪者にされることにはもう耐えられない。
だから私は嘘をついた。
心の中で、謝罪しながら。
◆
その頃、裏切り者であるグラネイトとウェスタを仕留めよとの命令をブラックスター王より受けた二人は、地上界へと移動してきていた。
一人は二十代半ばくらいと思われる女性。
もう一人は四十代くらいの男性。
二人は、慣れない地を堂々と歩いている。
「ドリ。貴女の戦闘スタイルについて、少しだけ聞いておきたいのだが」
口を開いたのは、男性の方だ。
男性は、黒い髪はすべて後ろへ流した状態で固めている。それゆえ、本来なら顔全体がはっきり露出する形になりそうなところなのだが、そうはなっていない。というのも、眼帯を着用しているのだ。革製の黒い眼帯が顔の左半分のほとんどに覆い被さっていて、顔面の肌は右半分しか見えないという状態になっている。また、露わになっている右目は切れ長で、瞳は刃のような鋭さのある灰色だ。
また、片手には弓を持っている。背中には、矢を入れておくケース。
「何でしょうか」
応じるのは、ドリと呼ばれた女性。
二十代半ばくらいに見える彼女は、肌がとても綺麗で、大人びた顔立ち。赤と橙の中間のような色みの髪は、直毛で、腰の辺りまで伸びている。
「まず、武器は何だろうか」
「あたしは槍です」
「そうか。そういうことなら、近接戦闘も問題なさそうだな」
ドリは、腰から太股の後ろ側にかけて垂れた紺の布をはためかせながら、一歩一歩確実に前へ進んでゆく。履いているのはヒールのあるロングブーツだが、歩くことに支障はなさそうだ。
「はい。近距離戦は任せて下さい」
「頼もしいな。……女性に任せるというのは申し訳ない気もするが」
「いえ。戦いに男も女も関係ありません。戦える者が戦えば、それで良いのです」
ドリはそう言って、前に垂れてきた髪を、紺の長い手袋をはめた片手で後ろへ流す。
「それで、そちらは……お名前からお聞きしても?」
「私か? 私の名はラルク」
四十代に見える眼帯の男性——ラルクは、あっさり名乗る。
それに対し、ドリはくすっと笑う。
「何だか主人公みたいなお名前ですね」
軽く握った拳を口元に添えて微かに笑うドリを見て、ラルクは戸惑ったような顔をする。
「主人公みたい、だと……?」
「えぇ。あたしが読んでいた物語の主人公、三文字の名前のことが多かったんです」
「物語? つまり、本か?」
「はい」
ドリはそう言って、微笑む。
静かな笑みだが、美しいという言葉がよく似合う表情でもある。
「好きなんです、夢をみせてくれる物語が。だからあたし、ブラックスターに生まれて良かったです」
ドリはすぐ隣にいるラルクへ視線を向ける。
「それはどういう繋がりだ?」
「ホワイトスターでは架空の物語は禁止だって、そう聞いたので」
「……なるほど。そういうことか」
木漏れ日の中、ドリとラルクは足を動かし続ける。
「理由は何にせよ……生まれを誇れるのは良いことだな」
「ですよね! ラルクさん」
「あぁ。それは素晴らしいことだと、そう思う」
ドリとラルク。二人は長い間知り合いだったわけではない。それゆえ、そこまで強い友情があるわけではない。
けれど今、二人の目標は同じ。
数少ない共通点である『任務』が、二人の心を徐々に近づけていっている。
地上界へ降り立ったばかりの二人は、まず、グラネイトとウェスタの居場所を確認する。
……と言っても、自力で一から探すわけではなく。
ブラックスターにいる間に貰っていた情報を頼りに、気配を察知しながらの確認である。
「今回の任務、上手くいくと良いですね。ラルクさん」
「そうだな」
とはいえ、確認も簡単ではない。
ある程度情報があるとはいえ、広い地上界の中でたった二人を見つけ出さなくてはならないのだから、とても簡単なこととは言えない。
それでも、ドリとラルクはやる気に満ちている。
「必ず成功させ、共に評価されよう」
「もちろんです!」
ドリはハキハキとやる気があることを主張。それに比べると、ラルクは、やや低めのテンションで。しかし、両者共、任務を達成するという意思に満ちている——それは事実だ。
「ブラックスター王に認められ、出世する。ドリもそれを目指しているのだろう?」
「少しでも給料をいただいて、家計の足しにしたいと考えています」
ドリがさらりと述べると、ラルクは驚きを露わにする。
「か、家計!?」
最初、かなり驚いている、というような顔をしたラルク。しかし、数秒が経過し、「これは失礼」と言いながら、驚いた顔をするのを止めた。
ただ、顔面が硬直してしまっていることに変わりはない。
「……既婚者、なのか?」
「まさか。未婚です」
苦笑しながら答えるドリ。
「そ、それは失礼!」
「いえ。気にしないで下さい」
「では家計というのは……」
「兄弟や両親の生活費のことです。分かりづらくてすみません」
そこまで聞いて、ラルクはようやく胸を撫で下ろす。
「な、なるほど……そういうことか……」
その後、ドリとラルクは、グラネイトとウェスタの居場所を突き止めた。目標の居場所を突き止めた二人は、作戦を決行するべく準備に入る。
ドリは槍の扱いに長けており、近距離戦闘が得意。
それに対しラルクは、弓矢での戦闘を得意としている。
得意な戦い方は正反対な二人だが、だからこそできることがあると考え、二人は真剣に考えた。
そして、作戦決行の朝を迎える——。
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