コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.52 )
- 日時: 2019/08/05 00:07
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: O/vit.nk)
episode.49 逃走
土人形の隙間を掻い潜り、埃臭い砦を飛び出す。血に染められたような空の下、足を懸命に動かす。一方、目は前だけを見つめる。そう、デスタンの背だけを。背後からは不気味な音がしていた。恐らく土人形たちが追ってきているのだろう。だが振り返ることはしなかった。今は、振り返る時間さえ惜しいから。
数メートル先を行くデスタンは、さすがに足が早い。人を抱き抱えているにもかかわらず、私などとは比べ物にならない速度を出すことができている。持ち物は折れて短くなったホウキの柄だけ——そんな身軽な状態の私であっても、到底追いつけそうにない。
だが、彼もある程度加減してくれてはいるらしく、私との距離がどんどん広がっていくということはなかった。
私とデスタンの間で言葉が交わされることはない。
静寂の中、痛々しく禍々しい色をした空の下を駆ける。それは、とても不思議な感覚で。終わらない夢でも見ているかのような、微妙な気味悪さがあった。
「追っ手の姿が消えましたね」
デスタンが速度を落としたのは、地下通路へ入って三十秒ほど経った頃だった。
「え、えぇ……」
その頃には、私は、酷い状態になっていた。
息は荒れ、肩は激しく上下し、胴体の側面がキリキリと痛む。
そんな悲惨な状態になってしまっている。
「こんな通路に勝手に入って問題ないの?」
「はい。問題ありません」
壁から天井にかけて、大きな蜘蛛の巣が張られている。それも一ヶ所ではない。
「……ねぇ、デスタンさん」
「何でしょう」
「本当に、ここから私たちのいたところへ帰ることができるの?」
通路らしいことは通路らしいが、私の生まれ育った世界——地上界へ繋がっているとは思えない。
しかし、デスタンは一切迷わず、縦に首を振った。
「はい。ホワイトスターを経由し、地上界へ帰ります」
「ホワイトスター経由……」
「何か問題でも?」
「……い、いいえ。何でもないわ、気にしないで」
本当に何でもない。ホワイトスターを通って地上界へ帰るという方法が意外で、少し驚いてしまっただけだ。
その後、地下通路を抜けるべく歩き続けたが、通路は予想外に長かった。
人生と良い勝負をするほどに、長かった。
それでなくとも、暫し駆けたことで息が荒れているのに、こんな長距離を歩くとなると、かなり辛くて。
だが、救いもあった。
それは、土人形たちが追ってこなかったこと。
地下通路に逃げ込んだ私たちを見つけられなかったのか、トランが敢えて泳がすことを選択したのか、そこは不明だが。
ただ、ひとまず土人形から逃れることができたということは、かなり大きかった。
そうして薄暗い地下通路を抜けた私を待っていたのは、空が灰色がかった世界。雨が降る直前のような空模様だ。
「……ここがホワイトスターなの?」
「はい」
デスタンが抱いているリゴールの背から溢れていた赤いものは、そろそろ止まってきたようだ。血液の自然な働きによる変化かもしれない。
「ホワイトスターって……案外薄暗いところなのね。もっと美しい世界なのだと思っていたわ」
デスタンの動きを頼りに、小石を蹴って歩きつつ、何げなくそんなことを発する。
「以前は美しいところでした」
「そうなの?」
「はい。そもそも、このような曇り空の日は滅多にありませんでした」
「なるほど……昔は綺麗なところだったのね」
足下には土と砂ばかり。コケのようなものを時々見かけるだけ、ブラックスターよりかはましな環境なのかもしれないが、美しいとは思えない。
また、首を捻って辺りを見回してみても、心踊るような光景は少しもない。
時たま、建物の残骸らしき物体が転がっているのが見えるだけである。
「ところでデスタンさん。これはどこへ向かっているの?」
「崖です」
「が、崖……!?」
「はい。そこから飛び降りれば、あの街へ着きます」
崖から飛び降りる、は、難易度が高過ぎやしないだろうか。
「あの街って……ミセさんの家を下っていったところの街?」
「そうです」
坂道に差し掛かる。
ここに来て上り坂。体力がもつか、若干不安だ。
「じゃあデスタンさんは、そうやって、あの街に着いたのね」
「はい。私はそのまま落ちましたが、王子は途中で攻撃を受け、違う方向へと飛ばされてしまいました。なので、別の場所へ到着してしまったのです」
徐々に風が強まる。
灰色の空が近づいてくる。
「それにしても、よく飛び降りたわね」
「生き延びるためには、そうするしかなかったのです」
坂道は険しく、既に疲れている体へさらなる疲れを与えてくる。
隣を行くデスタンは涼しい顔をしているが、平気なのだろうか。リゴールは重いだろうし、自身も無傷というわけでもないだろうに。
「生き延びるため、ね……」
半ば無意識のうちに、その言葉を繰り返していた。
「そういうことです。さすがにそろそろ理解できたでしょうか」
「さすがにそろそろって何よ。失礼ね」
「間違ったことは言っていないはずです」
「……それはそうだけど」
ちょっと感じが悪いわよ!
そう言ってやりたかったが、こんなところに置いていかれたりしたら怖いので、言わないでおいた。
上り坂を歩くことしばらく。
ようやく、崖らしいところへたどり着いた。
かなり登ってきたからか、灰色の空がとても近く感じられる。晴れていたらもっと心地よかっただろうな、と思った。
また、風がとても強い。
気を抜いていたら風に煽られて転んでしまいそう——そんな不安を抱いたくらいの強風だ。
「では降りましょうか」
デスタンが淡々とした声で述べる。
「本当に飛び降りる気……?」
「当然です。それしかないのですから」
当然? それしかない? 何よ、その言い方! そもそも、私がこんな目に遭っているのは、デスタンを助けにブラックスターへ行ったせいじゃない。助けに来てもらっていながら、お礼もなしにそんな冷たい態度をとるなんて、あり得ないわ!
それが私の本心。
だが、それをはっきり告げることはできない。
なぜなら、デスタンの淡々とした振る舞いに励まされているという事実があるから。
「……そう」
デスタンが崖の先端部にまで足を進めたので、私も同じように進む。あと一歩で落ちる、というところで立ち止まり、下を見る。
「た、高い……」
異様な高さに、足が震え出す。
「どうかしたのですか?」
「な、何でも……ないわよ……」
「言動が不自然ですが」
「放っておいてちょうだい!」
怖じ気づいて飛び降りられないなんてことだけは避けたい。特に、デスタンと二人の今、そんな情けない姿を晒すわけにはいかないのだ。
だが、足の震えが止まらない。
取り敢えずこれをどうにかしたいのだが、初体験ゆえ良い対策が思い浮かばず、困ってしまう。
そんな私に向かって、デスタンは提案してくる。
「一人離れるのが怖いなら、服でも掴んでおいて下さい」
「……そうさせてもらうわ」
行きも帰りもか、と、少し笑えてしまった。
「では、飛び降りましょう」
三、二、一、で、私たちは崖から飛び降りた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.53 )
- 日時: 2019/08/06 14:31
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: eso4ou16)
episode.50 知ったような口を利かないで
次に気がついた時、私は街にいた。
どうやら、道の端のようだ。
この街はミセに買い物を頼まれて何度か行ったことがある街。だから、少しは見覚えがある。
「……無事戻ることができたようですね」
ぼんやりしていると、声をかけられた。そちらを向くと、リゴールを抱えたデスタンの姿があった。
「デスタンさん。これは……帰ってくることができたのね?」
「はい」
地下通路でブラックスターから脱出し、荒廃したホワイトスターの上り坂をひたすら登り、凄まじい高さの崖から飛び降りた。
正直「転落死するのでは」と思っていたが、帰ってくることに成功したみたいだ。
「怪我は」
「え。何の話……?」
発言の意味が理解できず戸惑っていると、デスタンは、不快そうに調子を強めながらも、もう一度言ってくれる。
「怪我はないか、と、聞いているのです」
「そういうことね!」
「……速やかに答えて下さい」
「ないわ。大丈夫よ」
私がそう答えると、デスタンはサクッと立ち上がる。そして「分かりました」とだけ発し、歩き出してしまう。
置いていかれてしまいそうな雰囲気だったので、慌てて立ち上がり、叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待って! 置いていかないで!」
そして私たちはミセの家へ帰った。
薄汚れた私やデスタン、そして意識のないリゴールを見て、ミセは愕然としていた。何が起こったのか分からなかったのだろう。
だがそれも無理はない。
もし私がミセの立場であったなら、彼女と同じような顔をしただろうと思う。
その後、デスタンがミセに、リゴールが傷を負ったということを話した。するとミセは「知り合いの医者を呼ぶ」と言ってくれて。彼女のおかげで、リゴールは医者に診てもらえることになった。
ミセの家、私とリゴールの部屋。
意識のないリゴールは、ベッドに横向けに寝かせられている。
「……うむ。まぁ大丈夫でしょう」
駆けつけてくれた医者は、意識のないリゴールの手当てを終えて、そう言った。
「本当ですか!?」
医者が発した言葉が嬉しくて、私は思わず大きな声を出してしまった。
そんな私へ視線を向け、医者は穏やかに微笑む。
「あぁ、大丈夫だよ。手当てもできたし、命に関わるほどではないよ」
「良かった……」
医者の表情と声の柔らかさに、胸の内の不安の塊が溶けてゆくのを感じた。
「本当に大丈夫なのかしら?」
私やデスタンと同じようにリゴールの様子を見守っていたミセが、不安げな眼差しで確認する。
「えぇ。大丈夫ですよ」
「そう……なら良いのだけれど」
「相変わらず優しいですね、ミセちゃん」
「何それー? 面白いわねぇ」
ミセは頬を緩め、水の入った桶を持って部屋から出ていった。
「では、そろそろ失礼しましょうかな?」
続いて、医者がゆっくりと腰を上げる。
「ありがとうございました」
私は医者に頭を下げる。
すぐ隣にいるデスタンも、無言ながら頭を下げていた。
「また何かあれば、いつでも呼んでくれていいからね」
「はい。本当にありがとうございます」
医者は持ってきていた荷物を素早くまとめ、部屋から出ていった。
部屋に静けさが戻る。
リゴールの、包帯が巻き付けられている背中を見下ろし、少しばかり安堵する。命を落とす可能性がないなら、ひとまず安心だ。
「大丈夫そうで良かったわね」
隣で黙り込んでいるデスタンに話しかけてみる。
しかし返事はない。
もう一度声をかけてみる。
「……デスタンさん」
すると、彼はようやくこっちを向いた。
「失礼。何か?」
「リゴール、大丈夫そうで良かったわね」
今度は言葉が届いたようだった。が、彼は暗い顔で「はい」と返すだけで。それ以上何かを発することはなかった。
「どうしたの、デスタンさん。もしかして、体調が優れないの?」
「なぜそのようなことを」
「顔色が良くないからよ。暗い顔をしているわ」
そう述べると、彼は暗い顔のまま返してくる。
「……この状況で明るくあれというのは無茶でしょう」
静かで弱々しい声だった。
「……王子にこんな傷を負わせた張本人が、私なのですから」
デスタンはリゴールを怪我させてしまったことを悔やんでいるようだ。操られていたのだから仕方ない、と、私は思うのだが。
「貴方が自身の意思でやったわけじゃないもの、そんなに気にすることはないと思うわ」
「いえ。気にするべきことです」
「リゴールだって、きっと、貴方を恨んだりしていないわよ」
「……それは、王子がお優しい方だからです」
逃げている間、彼は常に落ち着いていた。だから、さほど気にしていないものと思っていたのだが、実は結構気にしているようだ。
「……王子にこの手で傷を負わせた。許されることではありません……」
デスタンは微かに俯く。
濃い藤色の髪に半分くらい隠された顔は、今の私の位置からでははっきり見えない。
それでも、落ち込んでいるのだと察することはできた。
彼がしょんぼりしているというのは不思議な光景だ。だが、慕い仕えている者を傷つけてしまったという辛さは、何となく分かる気がする。
「デスタンさん……」
何とか励ましたいところだ。
「その、そんなに気にすることはないと思うわよ?」
「気にしますよ!」
励まそうとして言ってみたのだが、鋭く返されてしまった。
「貴女はいつもそんな調子なので、はっきり言って嫌いです」
「え!?」
「ま、この気持ちは分からないでしょうね。実の父親を亡くした時でさえヘラヘラしていた、そんな貴女には」
つい先ほどまでは弱っているようだったのに、急に攻撃的な物言いをし始めるデスタン。
「なっ……何よその言い方!」
「親の死さえ悲しまない人に、今の私の心が理解できるとは思えません」
「失礼ね! 私だって、悲しくなかったわけじゃないわよ。知ったような口を利かないで!」
喧嘩するつもりなんてなかった。だが、私の心をすべて知っているかのような言い方をされるのは、どうしても許せなくて。だから、つい口調を強めてしまったのである。
その後沈黙が訪れてから、少し言い過ぎたかなと思い、私は小さく「ごめんなさい」と謝った。それに対してデスタンは「……いえ」とだけ返してくる。棘のある発言をしてくる彼だが、私に対して凄く怒っているというわけでもないようだ。
だが、それからの時間は、言葉にならないほどの気まずさで。
こんな時、リゴールがいてくれたら——そう思わずにはいられなかった。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.54 )
- 日時: 2019/08/06 19:59
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: z6zuk1Ot)
episode.51 ありがたいことです
翌日、昼過ぎ頃になって、リゴールは意識を取り戻した。
「……うぅん」
「リゴール! 目が覚めたの!?」
「……エア、リ」
昨夜はベッドを彼が一人で使っていたため、私は床に布を敷いて、そこで寝た。眠れないというようなことはなかったものの、長時間慣れない体勢でいたせいか、背中や腰が痛い。だが、そんな不快感は、リゴールの目覚めによって吹き飛んだ。
「今は……夜ですか……?」
左を下にして横になっていたリゴールは、「体勢が少し不快」とでも言いたげに体をもそもそ動かしながら、そんなことを質問してくる。
「今は昼過ぎよ」
「昼……そう、ですか……」
「何か問題でも?」
「いえ……特に、意味は……ありませんが」
その頃になって、ふと気づく。
今のリゴールには外が見えていないのだと。
窓の外を眺めるためには顔面を窓の方へ向けなくてはならないが、彼は逆向いてしまっている。外を見ようと思ったら、寝返りしなくてはならないのだ。
一人そんなことを考えていると、リゴールが唐突に大きな声を出した。
「そうでした!」
それまで小さな声を発していた彼が急に大きな声を出したことに、私は驚かずにはいられなかった。予想していなかったことが突然起こると、胸がドキドキして痛くなってしまう。
「な……何……?」
「デスタン!」
「え……?」
「デスタンはどうなったのですか!?」
目を見開きながら強く発するリゴール。
「落ち着いて。デスタンは無事よ」
「本当ですか!?」
リゴールは気を失う直前、正気を取り戻したデスタンと言葉を交わしていた。だから、デスタンが正気を取り戻したことは知っているものだと考えていたのだが、リゴールは覚えていないようである。
「えぇ、大丈夫。彼は正気を取り戻したわ。それに、怪我もほとんどないわよ」
私がそう述べると、彼は安堵したように「そうですか……良かった」と呟いていた。
己が負傷している状態であっても、他人のことを気にかけている辺りは、彼らしいと言えるかもしれない。
ただ「今は自分の心配をして」と言いたい気分だ。
「リゴール、気分はどう? 背中の傷は、昨日、ミセさんの知り合いのお医者さんが手当てしてくれたのだけど」
一応これまでの状況を伝えておく。
すると彼は静かに微笑んだ。
「手当てして……いただけたの、ですね……ありがたいことです」
穏やかな表情の彼を見ていると、こちらまで心が軽くなってくる——そんな気がして。だからこそ、勇気を出せた。
「あの時は余計なことを言ってしまって、ごめんなさい」
ちなみに、その勇気とは、謝る勇気のことである。
「えっと……何のお話、でしょうか……」
「私が『リゴール!』なんて叫んでしまったから、気を散らしてしまって。結局それが怪我に繋がった。だから、悪かったなって思っていたの」
リゴールを物理的に傷つけたのは、操られていたデスタン。でも、私の振る舞いが、リゴールを間接的に怪我させたことも事実。
「……エアリ、それは……考え過ぎでは?」
きょとんとした顔で言ってくるリゴール。
「そうかしら」
「えぇ……わたくしはそう思いますが」
「……ありがとう、リゴール。優しいのね」
途端に、彼の面が赤く染まる。
「なっ……い、いえ、そのような……ことは……」
赤くなるわ、ひきつるわで、リゴールの顔面はおかしなことになっている。しかも、言葉の発し方さえ不自然。
いきなりどうしてしまったのだろう。
「どうしたの?」
「えっ、あ……その、ところで!」
「ん? 何?」
「デスタンはそのうち来るのでしょうか!?」
いや、いきなりどうした。
内心突っ込んでしまった。
「デスタンに会いたいのね?」
「は、はいっ……」
「分かったわ。じゃ、呼びに行ってみるわね」
私一人でデスタンのところへ行くというのは少し不安ではあるのだが、リゴールの望みを叶えたいという気持ちがないわけではないので、呼びに行ってみることにした。
一人廊下を歩いていると、ミセに遭遇。
「あーら、エアリじゃなーい。お出掛け?」
「いえ。リゴールが目覚めたので、デスタンさんを呼ぼうと思って」
するとミセは、あらまぁ、というような顔をした。
「呼んでも出てこないかもしれないわよ」
「そうなんですか?」
何かあったのだろうか。
「デスタンったら、昨夜も様子がおかしくて。『デスタンも怪我してるんじゃない? 良かったら手当てするわよ』って声をかけたのに、無言で部屋に入っていってしまったのよ」
ミセの話を聞き、少し驚いた。
デスタンはあんな性格だが、ミセに対してだけは善良な感じに振る舞っていた。不気味に思ってしまうくらい、優しげに対応していたのである。
そんな彼が、ミセを無視するなんて、とても信じられない。
「きっととても辛い思いをしたのね……可哀想に……」
ミセの言い方はやや演技がかっている。けれど、デスタンを心配しているという部分に偽りはないはずだ。
「そういうわけだから、エアリが呼んでも出てこない可能性は高いわよー」
「ですね。取り敢えずは数回声をかけてみて、後は様子を見ることにしますね」
「それが良いと思うわ」
デスタン用の部屋の前に着く。軽くノックしてみるが、返事はなかった。五秒ほど経って、今度は「デスタンさん!」と名を呼んでみる。しかし、言葉が返ってくることはなく、もちろん、扉が開くこともなかった。
「あらあら。やっぱり駄目そうねぇ」
「……そうですね、困りました」
はぁ、と溜め息をつく。
「ホントよねぇ。アタシも困っちゃうわ。デスタンに会えない暮らしなんて、辛すぎよぉ」
「寝ているのでしょうか……」
「昨夜のことがあるから、余計に心配だわ」
まさか、また操られているとか?
そんなことが、ふと、脳に浮かんだ。
だが、「それはない」と、心の中で速やかに否定する。
リゴールを傷つけてしまったことを悔やんでいるうちに体調を崩しでもしたのだろう。きっとそうだ。
「出てきそうにないですね」
「あらあら。でも、どうやら本当にそうみたいねぇ」
「では、私は一旦部屋に帰ります」
リゴールを長時間一人にしているのは嫌だからそう言った——ちょうどその時。
唐突にチャイムが鳴った。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.55 )
- 日時: 2019/08/06 20:00
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: z6zuk1Ot)
episode.52 訪問者
チャイムを鳴らしたのは、昨日お世話になった医者だった。
「どうも、こんにちは」
白色のあごひげが生えた優しそうな顔立ちの医者が、うぐいす色の布製鞄を持って、訪ねてきたのだ。
「あーら、リゴールくんの様子を見に来たのかしら?」
「あぁ、はい。そうです。呼ばれたら、というつもりでいたものの、つい気になってしまいましてな」
医者とミセのやり取りを傍で聞いていると、リゴールのことを気にかけてくれていたのだなと分かり、嬉しい気持ちになった。
「あらあら。相変わらずねぇ」
「迷惑でしたかな? なら帰りますが……」
「あーら。別に、迷惑だなんて言っていないわよ?」
ミセは唐突に、こちらへ視線を向けてくる。
「ね? エアリ」
いきなり振ってこられたことに戸惑い、すぐに返事することはできなかった。が、数秒後に「はい」と言って頷くことはできた。私にしてはましな方だろう。
「そういうことだから、入っていいわよ」
「おぉ……! それは嬉しい!」
私は、ミセと医者と三人で、リゴールがいる自室へと戻った。
最初に私が部屋に入ると、ベッドに寝ているリゴールは目を輝かせた。デスタンを連れてきたと思ったのだろう。私は、彼に期待させてしまわないよう、「デスタンは連れてこれなかった」という事実を簡潔に伝えた。するとリゴールは、落胆とまではいかないが残念そうな顔をする。
その様子を見たら、申し訳ない気分になった。
だが仕方ない。
デスタンが出てきてくれないのだから。
「代わりと言ってはおかしいかもしれないけれど、お医者さんが来てくれたわよ」
「そうなのですか……!」
ちょうどその後のタイミングで、医者とミセが入室してくる。
ミセは入室するや否や、扉から一番近い隅に移動する。
「こんにちは。調子はいかがかな?」
医者は面に穏やかな笑みを浮かべ、リゴールに柔らかく話しかけた。
「あっ……! 昨日お世話になったお医者様……ですか!」
医者の姿を捉えたリゴールは、半ば反射的に上半身を起こそうとする。医者はそれを、素早く制止した。リゴールは医者の制止に素直に従い、再び体を横にする。
「覚えてくれていたのですかな?」
「いえ……その、エアリからお聞きしました」
「なるほど」
「お世話に、なったにも……かかわらず……覚えておらず、申し訳ありません……」
医者は歌うように「いやいや」と発しつつ、おおらかな足取りでリゴールが横になっているベッドへ近づいていく。そして、持っていたうぐいす色の布製鞄を、ベッドのすぐ近くへ下ろした。
「では、傷を少し診ましょうか」
「そんな……わたくしは、その……代金を払えません」
「代金は結構ですよ。今日はこちらが勝手に来てしまっただけですから」
「しかし……ただでというわけには……」
リゴールの遠慮がちな言葉を遮り、医者は言う。
「さて。では傷の様子を確認させていただきましょうかね」
それでもリゴールは断ろうとしているようだった。しかし、医者は意外と押しが強くて。断ろうとしているリゴールのことなどお構いなしに、処置を始めた。
昨日巻いた包帯を解き、傷口の状態を確認した後、消毒して薬を塗って、新しい包帯を巻く。医者は慣れた手つきでそれらを行っていた。何げにたくさんのことを行わなくてはならないから、大変そうだ。
しかし、十数分ほどですべての作業が終わった。
さすがに仕事が早い。
処置を終わらせると、医者は「また明日も覗かせていただきますからね」と告げて、去っていった。
医者が出ていくと同時にミセも部屋から出ていき、室内には私とリゴール、二人だけになってしまった。
「お疲れ様!」
ベッドの脇へ移動し、俯せで寝ているリゴールに声をかける。
すると、彼はすぐに首から上だけを私の方へと向けた。青い双眸には、たおやかな光が宿っている。
「あ……お気遣いありがとうございます」
「背中、結構痛む?」
「いえ。安静にしていれば問題ありません」
リゴールの答えは、迷いのない、はっきりしたものだった。
答え方に芯の強さが見え隠れしている。
「ところでエアリ。デスタンはどのような状態でしたか」
「……え?」
「ですから、デスタンの様子についてお尋ねしたのです」
「そ、そうだったわね! ごめんなさい」
デスタンの様子。可能ならば、きちんと伝えたいところだ。ただ、今のままでは私にもよく分からないから、伝えようがない。
「部屋にいるみたいなのだけど……呼んでも出てきてくれないの」
私がそう言うと、リゴールは怪訝な顔をする。そしてそれから、僅かに動き、体の左側面が下になるように体勢を変えた。
「それは……何かあったのでしょうかね……?」
「ミセさんの話によれば、昨夜から様子がおかしかったみたいよ」
「……わたくしが自ら行くしかないのでしょうか」
それは良い案かもしれない。
リゴール本人が呼べば、さすがに出てくるだろう。デスタンはああ見えて真面目なところもあるから、主を無視するなんてことはできないはずだ。
ただ、良い案であっても、実行できるかとなると話は別である。
「リゴール。動くのはまだ止めておいた方がいいわ」
手のひらをベッドにつき、腕の力だけで無理に体を起こそうとするリゴールを、私は制止した。
致命傷にならなかったとはいえ、斧で豪快にやられたのだ。一日二日で回復する傷ではない。
「しかし、デスタンの様子が気になります。体調不良なら、早めに処置した方が良いでしょうし……」
言いたいことがたくさんありそうな目をしている。
「待って、リゴール。デスタンのことが心配なのは分かるけど、今は自分の体をいたわるべきだわ」
そう告げると、リゴールは子どものように頬を膨らませた。
「……ですが、気になるものは気になるのです」
なぜ、こんな時に限って頑固なのか。
自分の意思を通そうなんて、いつもは絶対にしないのに。
「分かったわ。じゃあ、もう一度私が見てくるから。だから、リゴールはここにいて?」
「……しかし、エアリが呼んだのでは……出てこないのでは?」
「それはそうかもしれないわね。けど、リゴールを動かすわけにはいかないわ。だから私が呼んで来る。それでもいいでしょ?」
するとリゴールは四秒ほど考えて。
「え、えぇ。もちろんです」
頬を緩めつつ、そう答えた。
いつものリゴール、というような顔に戻っている。
「じゃあ早速。呼びに行ってみるわね」
「お手数お掛けします……」
「いいのよ。気にしないで」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.56 )
- 日時: 2019/08/07 03:30
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: j9SZVVec)
episode.53 いつも冷ややかな彼女、今日も冷たい
ブラックスターの首都に位置するナイトメシア城。
その三階の一室、グラネイトの部屋に、ウェスタが足を踏み入れる。
「……いきなり呼び出して、どういうつもり」
入室するなり冷ややかな言葉を発するウェスタ。その瞳は、静かな威圧感を放っている。
「いんや! 特に何でもないぞ!」
ウェスタはグラネイトに呼び出され、彼の部屋に着いたところだ。だが彼女は、特に用事があるわけでもない様子のグラネイトを見るや否や、部屋から出ていこうとする。
「いや! 待ってくれよ!」
二人掛けのソファに横たわり、ネズミの干物を怠惰に摘まんでいたグラネイトは、光の早さで立ち上がる。
「……何」
「グラネイト様はなぁ! この前あの王子にやられて怪我したんだ! だから、少しくらい傍にいてくれよ!」
グラネイトはウェスタに歩み寄っていく。そして、腕を伸ばそうとしたのだが、ウェスタはそれを振り払った。
「……サービスしに来たわけではない」
ウェスタはグラネイトを睨む。
グラネイトが親の仇であるかのような睨み方だ。
「何をする! 仲間だろ!?」
「……帰る」
「待ってくれよ! ウェスタ!」
何とか引き留めようとするグラネイトだが、ウェスタにはちっとも相手にされていない。
「嫌。用がないなら帰る」
「ま、待て! ならはっきり言おう。用はある!」
グラネイトの言い方は、いかにも引き留めるため、という雰囲気の言い方だった。
しかしウェスタは足を止める。
「……あるのかないのか、はっきりして」
「ある! あるんだ! ふはは!」
するとウェスタはグラネイトの方へ向き直る。
「なら……聞いてもいい。ただし、手短に」
その後、ウェスタはグラネイトから、ブラックスター王直属軍のトランが行ったことについて聞いた。
デスタンを連れ去り、リゴールをブラックスターへ来させるための餌にしたこと。また、魔法で操り、リゴールを怪我させ、デスタンに大きな罪悪感を抱かせようとしたこと。
ちなみに、それらはすべて、グラネイトが城内の噂で聞いたことである。
「それは……兄さんがブラックスターへ来ていたということ……?」
「ふはは! そうみたいだな!」
グラネイトは、二人掛けソファにどっかりと腰掛けながら、サイドテーブルにちょこんと乗った皿から、ネズミの干物を摘まんでいる。話を聞くため彼の隣に座っているウェスタは、グラネイトがネズミの干物を食べるのを見て、渋い顔をしていた。
「だが、そこまでやっておいて逃がすとは、馬鹿らしいぞ! ふはは!」
軽やかに笑い飛ばすグラネイト。しかし、彼の隣のウェスタはというと、真剣な顔をしている。
「少しくらい……会わせてくれれば良かったのに」
「何言ってんだ? ウェスタ」
「……兄さんを、取り返せたら」
ウェスタの意味深な発言に、グラネイトは戸惑いの顔。
「いや、だから、何言ってんだ?」
「……べつに」
「はぁ? 気になるだろ!」
するとウェスタはさくっとソファから立ち上がる。
「……帰る」
彼女の突然の行動に、グラネイトはさらに戸惑いの色を濃くする。
「何だって!?」
「……帰ると言っている」
「いや待てよ! さすがに急すぎるだろ!」
グラネイトも立ち上がる。
「このグラネイト様に事情を説明しないつもりか!?」
「……説明する必要はない」
「そんなことは許さないぞ!」
ネタのように言うグラネイト。
だが、ウェスタはそれに乗らず、冷ややかに返す。
「……何とでも言えばいい」
そして、ヒールを鳴らしながら扉に向かっていく。
「あ、ちょ、待って! 待ってくれよ!」
「嫌」
きっぱり言われ、グラネイトはショックを受けた顔をする。
「えぇっ。病み上がりのグラネイト様に冷たくしないでくれよー!!」
「もう来ない」
「ナッ!? ウソォッ!!」
ウェスタが放つ心ない言葉にショックを受けつつも、何とか耐えていたグラネイト。しかし、「もう来ない」という強烈な一撃にはさすがに耐えられなかったようで、その場に崩れ落ちてしまった。今や彼は、生気のない顔で部屋から出ていくウェスタの背を見送ることしかできない、そんな悲しい状態であった。
「はぁ……。また駄目、か」
一人きりになった部屋でグラネイトは呟く。
「どうすれば上手くいくのか……グラネイト様には……まったく分からん……」
扉が閉まった、その時。
「あはは、面白ーい」
突如耳元で誰かが発した。驚いたグラネイトは「何者だっ!」と鋭く放ち、素早く身を返す。
グラネイトの視界に入ったのは、トラン。
「なっ……なぜここに!」
「ふふふ。びっくりしたみたいだねー」
曇りのない笑顔、明るい声。
トランはまさに不気味さの塊だ。
「いきなり現れられたら驚くに決まってるだろう!」
「ま、そうだよね」
他人の部屋に勝手に侵入するというだけでも問題なのに、トランはまったく罪悪感を抱いていない様子。
「分かっているならするな!」
「ふふふ。そういう反応をしてもらえたら、余計にやりたくなるなぁ」
「未熟な男が好きな娘を苛めるみたいなことをするんじゃない!」
「ふふふ。反応面白いねー」
トランは他人のソファに堂々と腰掛ける。
「ところでさ。ちょーっと協力してもらいたいことがあるんだけど、いいかな?」
自己中心的に話を進めるトランに戸惑いつつも、グラネイトははっきりと返す。
「断る!」
きっぱり拒否されたトランだが、何事もなかったかのような顔でさらに頼み込む。
「協力してよ。君の願いを叶えてあげるからさー」
トランが微笑しつつ発した言葉に、グラネイトは眉頭を寄せる。
「……願い、だと?」
「うんうん。そうだよー」
「この偉大なグラネイト様の願いが分かるというのか?」
トランは「ふふふ」と笑い、それから静かに述べる。
「ウェスタの心を掴む、だよね?」
グラネイトは目を見開いた。
灰色に近い色みの顔面に、動揺の色が広がってゆく。
「な……なぜそれを」
グラネイトの声は震えていた。
「えー? なぜなんて答えるまでもないよ。ちょっと見ていれば分かることだし」
「このグラネイト様の心を読むとは、なかなかやるな……!」
「あはは、大層ー」
二人の会話は、若干噛み合っていない。が、心理的にはトランの方が優位と言えるだろう。
「ボク、君がウェスタに振り向いてもらえるよう手伝うよ」
「お前のような子どもに何かできるのか?」
「あはは、失礼ー」
トランはソファに腰掛けたまま、あっけらかんと笑っている。グラネイトが真剣な顔をしているのとは対照的だ。
「心配しなくていいよ。女の子の心を掴む秘訣、ボクはちゃーんと知ってるからさ! だから、君はボクの仕事を少しだけ手伝って?」
「……何を手伝えばいい?」
「ふふふ。ありがとー」
歌うように礼を述べ、トランはソファから立ち上がる。そして、その場でくるりと一周し、グラネイトに接近していく。
「君は王子を殺っちゃって?」
「……何だと。自慢じゃないが、このグラネイト様は、既に、あいつに何度も負けている。にもかかわらず、なぜそれを頼む? 理解できないのだが」
怪訝な顔をするグラネイトに、トランは「怖いのー?」などと冗談めかした言葉を投げかける。それに対しグラネイトは、「怖いわけではない!」と断言した。
「ふふふ。ならいいよね? よろしくー」
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