コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.47 )
- 日時: 2019/07/30 20:58
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: idHahGWU)
episode.44 それでも、できることはあるから
家の片隅、古ぼけた掃除用具箱の前で、ミセと向かい合う。
私と彼女二人だけの空間で過ごすというのには、いまだに慣れない。それに。敵意を向けられていないことは救いだが、安心していられるような雰囲気ではないから、まったく落ち着かない。さらに、相手の顔色を窺い続けなくてはならないということが、妙にストレスを与えてくる。
「アタシね……ずっと、まともに愛されてこなかった。愛しているように振る舞ってくれる男性はいても、ほとんどが身体目当てだったわぁ」
唐突に自分のことを話し出すミセ。
「若い頃は色々騙されて。アタシが出会う男性は、みーんな嘘つきばかり。だからもう、素敵な男性に巡り会うことなんて諦めていたの。時折遊びに行く意外は、細々と暮らしていたのよ」
相応しい言葉を見つけられず、口を開くことができない。
できるのは、聞くことだけ。
「でも……デスタンを一目見た時、アタシの心は変わったわ」
そう話すミセは、夢見る乙女のような輝きに満ちた目をしていた。
「一目見て、ですか?」
「そう。ある日、酒場の近くを歩いていたら、道端に座り込んでいる彼にばったり出会って。その鋭い眼差しを見たら、一瞬で恋に落ちたわぁ」
一目惚れだったということか。
「だって彼、アタシを見ても何も感じないような顔をするんだもの! 他の男と違うって、すぐに分かったわ!」
リゴールを探している途中だったデスタンが、見知らぬ女性に鼻の下を伸ばすはずはない。それは、付き合いが長いわけではない私にでも分かること。
そこから分かるのは——ミセの話が事実だということだ。
「一目惚れ、素敵ですよね」
「エアリもそう思う!?」
「はい。一目見て恋に落ちるなんて、まさに乙女の夢ですから」
もっとも、私にはそんな日は来ないだろうが。
「リゴール! ホウキ借りてきたわ!」
ミセとの話を終えるや否や、私たち二人の自室へ駆け戻った。
ベッドに腰掛け一人ぼんやりしていたリゴールは、いきなり人が駆け込んできたことに驚いたらしく、唖然とした顔で私を見る。
「あ……エアリでしたか」
「ホウキ、借りてきたわ!」
「あ、はい。それは先ほどお聞きしました」
そう言いながら、リゴールはベッドから立ち上がる。そして、すたすたと歩み寄ってきて、私が持っているホウキの柄を優しく掴んだ。
「では魔法をおかけしますね」
「え?」
「わたくしの魔力でホウキを強化するのです」
いきなり過ぎやしないだろうか。
「そうすれば、ただのホウキよりも戦えるようになりますので」
「……そ、そう。ありがとう」
ブラックスターへ行くということは、敵と戦うことになるということと同義。それゆえ、少しでも強化してもらえるなら、それに越したことはない。
が、一つ気になるところがあったので質問してみる。
「でも、もうかけてしまって大丈夫なの?」
「どういう意味でしょうか」
「時間の経過で効果が消えたり、そういうことはない? それだけが気になって」
するとリゴールは頬を緩めて「はい。問題ありません」と答えた。
優しさの感じられる柔らかな声色ながら、その口調に迷いはない。多分、といった雰囲気ではなかったため、私は安堵した。
「わたくしが落命せぬ限り、効果は永続します」
「ならいいの。……変なことを聞いて悪かったわね」
彼を疑うような質問をしてしまったことを申し訳なく思い、謝罪する。すると彼は、穏やかな笑みを浮かべたまま、首を左右に動かした。
「いえ。気になることは、その都度お聞き下さい」
やはりリゴールは優しい。
改めてそう感じた瞬間だった。
そんなことを言ったら「だから何」と笑われてしまうかもしれないが。
「気遣いは不要ですからね、エアリ」
リゴールはさらに付け加えた。
私としては、これ以上何か質問する気は微塵もなかった。別段気になることもなかったため、質問すべきことがなかったのである。
ただ、わざわざ付け加えたということは何か聞いてほしいのかな、と思ってしまう部分もあって。だから私は、重大ではないが時折気になる、程度のことを質問してみることに決めた。
「今凄く関係ないことでもいい?」
念のため確認しておく。
確認に対し、彼は、柔らかな声で「はい」と返してきた。
「前にも一度話したことなのだけど……リゴールはデスタンにどうして丁寧語なの?」
今でこそ慣れたが、出会った当初は非常に違和感があったところである。
「その件でしたか」
リゴールは「前に話したことをきちんと覚えている」と主張しているような視線を送ってくる。
「答えとしては、誰に対してでも丁寧な言葉遣いで接するよう育てられたというのが一つです。また、もう一つの理由としましては、デスタンとは元々敵同士であったということがありますね」
誰に対してでも丁寧な言葉遣い。それは、私にはなかった発想だ。
ある意味では、見習うべきところと言えるかもしれない。
「わたくしの方から『護衛になってほしい』と頼みましたので、彼に対して偉そうに振る舞うわけにはいかないのです」
リゴールは私にも丁寧な話し方をしている。それも、出会ってすぐの時から始まって、かなり馴染んだ今日まで、ずっとだ。それだけに、彼が偉そうに振る舞っているところというのは、まったくもって想像できない。むしろ、少し見てみたいと思うくらいだ。
「ふぅん、そうだったのね」
「はい。エアリが不快だと仰るなら改善しますが……」
「いいえ、改善なんてしなくていいのよ。もう慣れたもの」
「そうですか! ありがとうございます。では、今のままにしておきますね」
デスタンをブラックスターへ連れていかれたという状況なのだ、リゴールとて心配でないということはないだろう。心の内ではデスタンの身を案じているに違いない。
それでも、リゴールは穏やかな表情を保っている。
彼の顔に不安の色が浮かぶことはなくて。
そんなリゴールを見ていたら、余計に「彼の力になりたい」と思うようになった。
不安の波に追われ、拭い去れぬ黒い影が忍び寄る。
それが彼の、亡きホワイトスター王子リゴールの運命であるのなら、逃れようのないものなのかもしれない。
だとしたら——否、だからこそ、私は彼の傍にありたい。
強さはなくとも。敵の前には無力であるとしても。
——それでも、彼に寄り添い続けることはできるから。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.48 )
- 日時: 2019/08/01 02:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 8.g3rq.8)
episode.45 ブラックスター
翌朝、私とリゴールは起きるなり、素早く服を着替えた。寝巻きのままブラックスターへ行くわけにはいかないからである。
そうして着替えを終えた後、私は彼と顔を見合わせる。
「おかしなところはない?」
「はい。今日もよく似合っておられますよ」
そうじゃなくて、と言いたくなるのを飲み込んで。
「ありがとう」
軽くお礼を述べておいた。
今から敵地へ向かうという時に、空気を悪くしたくないからである。
その後リゴールが少し恥じらいつつ「いえ」と言うのを見て、ほっとした。不快な気分にしてしまっていないと、はっきり判断できたからである。
数秒の沈黙の後、リゴールは話題を変えてくる。
「それにしても、昨夜は少し大変でした」
「何かあったの?」
「ミセさんにデスタンについて色々と聞かれたのです。『なぜ帰ってこないのか』などと」
そういう意味の「大変」だったのか。
心なしか安心した。
「それで、どう答えたの?」
「仕事で明日まで帰ってこないと聞いている。そのようにお話しておきました」
リゴールが嘘をついて凌いだということには、少しばかり驚いた。彼に嘘をつくなどという器用さがあるとは想像していなかったから。
だが、今はそれで良かったと思う。
本当のことを明かしたらミセは心配するに違いない。心配し、混乱することにもなるだろう。
彼女にそんな思いをさせるわけにはいかない。
そういう意味では、リゴールの対応は正しかったとも言えるだろう。
「嘘をついてしまったという罪悪感はありますが……心配させてしまっても申し訳ないですから」
「えぇ。私は、リゴールの対応は正しかったと思うわ」
「……そうでしょうか」
青い瞳が自信なさげにこちらを見つめてくる。
「そうよ! 大丈夫。自信を持って!」
私はいつもより高めのトーンではっきりと発した。
貴方は悪くない、と、リゴールに伝えたかったから。
それに対しリゴールは、彼らしい丁寧な口調で「ありがとうございます」と礼を述べた。その時、彼の目つきは少し柔らかなものになっていて、私は密かに安堵した。
「ではそろそろ参りましょうか、エアリ」
「えぇ。あの紙は?」
「こちらに」
リゴールの華奢な手に、筒状になった紙が乗っていた。
準備は既に完了しているようだ。
私は速やかに、壁に立て掛けていたホウキの柄を掴む。ペンダントが剣にならなかった場合に武器として使う用のホウキだ。
「準備完了ね!」
「はい」
その後、私とリゴールは、ミセに気づかれないよう注意しながら家から出た。
街や海を見下ろせる高台には、今日も心地よい風が吹いている。それに加え、空気がとても澄んでいて、かなり遠くにある街すらもくっきりと見える。
自然に囲まれた美しい場所。
そこで、リゴールが、巻かれて筒状になっている紙をゆっくりと開く。
どう見てもただの紙としか思えない。そんな紙に人間を転移させるなどという非現実的な力があるとは、にわかには信じがたいことだ。
一人そんなことを考えていると、リゴールが「エアリ」と私の名を呼んできた。それに反応し彼の方へ視線を向ける。すると彼は、口元にほんの少し笑みを浮かべて、「念のため、わたくしの服の裾を掴んでおいて下さいね」と発した。私は最初戸惑わずにはいられなかったが、きっと何か意味があるのだろうと勝手に理解し、ホウキを持っていない方の指で彼の上衣の裾をそっとつまんだ。
直後、紙から灰色の光が滲み出てきて——視界が暗くなった。
次に視界が晴れた時、私は見たことのない場所に立っていた。
いまだに信じられないが、どうやら本当に移動したようだ。
片手にはきちんとホウキが握られている。
視線を少し横へ動かすと、リゴールの姿が視界に入った。
暫し見つめていると、彼と目があう。
「無事ですか? エアリ」
「……えぇ」
「本当に移動したようですね」
リゴールの手に乗っていたはずの紙は、完全に消滅していた。
顔を上げると、瞳が、マグマのように赤黒い空を捉える。こんなにも毒々しい色をした空は、今まで一度も目にしたことがない。
「ここがブラックスターなの?」
「わたくしも来るのは初めてなので、確かなことは分かりかねますが……恐らくはそうかと」
「……そう」
真っ赤に染まった空。
それを見つめていると、どことなく悲しくなってしまう。
空は確かに毒々しく痛々しい色をしているのに、心はその裏に潜む悲しみに触れそうになる。奇妙な感覚だ。
「どこへ行けば良いのかしら」
「……申し訳ありませんが、わたくしには分かりかねます」
「ここで待っていたら、あのトランとかいう人が来るのかしら……」
しばらくその場から動けなかった。
というのも、どこへ行けば良いのか分からなかったのだ。
私もリゴールもブラックスターへ来るのは初めてで。だから、どう動くべきなのか、少しも見当がつかなくて。
その場に留まっている間、私は周囲を見回した。
足下へ視線を下ろせば、乾いた大地が目に映る。舗装はまったくされておらず、黒い土がぽろぽろと崩れて散らばっていて。そんな状態だから、植物らしきものは何一つ見当たらない。
「……荒れているわね」
思わず呟くと、隣のリゴールは静かに頷く。
「はい。わたくしもそう思います。ブラックスターがこんなに不気味な場所だとは思いませんでした」
リゴールの言葉を最後に、私たちは黙り込む。
深い沈黙が訪れた。
音は何一つない。人の声どころか、風が吹くことさえない。まるで世界が死んでしまったかのような静寂が、二人を包む。
こぼっ。
突如静寂を破ったのは、気味の悪い低音。
すぐさまリゴールへ視線を向ける。彼も音を聞き逃してはいなかったようで、同じようにこちらを見ていた。両者から放たれる視線が重なる。
「今のは何?」
「……分かりかねます。が、良い雰囲気ではありませんでしたね……」
リゴールは上衣の中から小さな本を取り出す。
ちなみに、本とは、魔法を放つ時に大抵持っている本のことである。
つまり、リゴールは既に戦闘体勢に入っているということ。なので私も、ホウキをしっかりと握り直した。
「敵かもしれませんね」
「……同意見だわ」
リゴールと背中合わせに立つ。
その数秒後。
二人を取り囲むような形で、黒い土に覆われた地面が盛り上がった。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.49 )
- 日時: 2019/08/02 03:02
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xPtJmUl6)
episode.46 迫り来る土人形に
盛り上がった土はやがて、何体もの人形へと変貌する。
ごぼごぼと不気味な音をたてながら、ただの土であったものが異形へと変わりゆく様は、恐ろしいとしか言い様がない。
ほんの数十秒のうちに、黒い土人形に取り囲まれてしまった。
「……倒す?」
背中合わせに立っているリゴールに向かって、小さな声で尋ねる。すると彼は、静かに頷きながら言葉を返してくる。
「はい。しかしエアリ、くれぐれも無理はなさらないで下さいね」
直後、私たちを囲んでいる土人形が一斉に動き出す。
彼らは確かに、こちらへ向かってきていた。
一瞬背後へ視線を向ける。すると、魔法で土人形を吹き飛ばしているリゴールの姿が見えた。先日の件があったため、戦えるのか少し不安だったが、見た感じ問題なさそうだ。
それより今は、自分の心配をせねばなるまい。
私はすぐに、向かってきている土人形へ視線を戻した。
「……やってやるわよ」
ホウキで土人形と戦う女。
それは実にシュールな構図であろう。
だが、今は、かっこよさなんてどうでもいい。そんなことより、生き残ることが重要だ。
こんなところでやられるわけにはいかない。エトーリアやバッサを残して、私だけがあっさり逝くわけにはいかないのだ。
だから私はホウキを振った。
土人形は、幸い、動きはあまり早くなくて。だから、私でもホウキの先を当てることはできた。
「来ないで!」
大きく振りかぶって殴ったり、槍で突く時のような動作で突いてみたり。取り敢えず、できることはすべてやってみる。
赤い空の下、黄金の粉が華麗に舞っていた。
その後、ものの数分で、土人形たちはすべて土へ還った。
「やりましたね、エアリ」
「えぇ! ……ま、倒したのはほとんどリゴールだけどね」
「いえ。エアリも頑張って下さったと思いますよ」
確かに、頑張ったことは頑張った。自分でもそこは認めたいと思う。素人ながら二三体片付けたのだから、まだ頑張った方だろう。
……でも。
今のような状態のままでは、リゴールの負担が大きすぎる。
もっと努力して、せめて三分の一くらいは倒せるようにならなければ、いずれリゴールはへばってしまうだろう。
そんなことを考えていると。
「いやぁ、いい戦いっぷりだったねー」
背後から声がした。
私とリゴールは、ほぼ同時に声がした方を向く。
するとやはり、そこには、トランが立っていた。いつの間に、というような登場の仕方である。
「約束通り、二人で来てくれたんだね。嬉しいよ」
トランはにっこり笑う。
悪意の欠片も感じられないような笑顔——だが、そこが不気味なのだ。
「……デスタンは返していただけるのですね?」
「もちろん。会わせてあげるよ」
リゴールの問いに対し、トランは明るい声で返す。
だが、少し引っ掛かる部分があって。
「ちょっと待ってちょうだい」
思いきって口を挟んでみることにした。
「ん? 何かな?」
「会わせるとは言ったけど返すとは言ってない、とか……後から言い出さないでしょうね?」
相手がトランだけに、確認せずにはいられなかった。彼は後からややこしいことを言い出しそうだから。
「言わないと約束して」
「うん! 約束してあげるー。そんなことは言わないよー」
こんな口約束、何の効力も持たないかもしれない。でも、それでも、約束しないよりかはましだと信じて。
「じゃ、案内するよ」
「……デスタンのところへですか?」
「うんうん、そういうことー」
軽やかに言って、トランは歩き始める。私とリゴールは、その背を追うように足を動かすのだった。
歩くことしばらく、灰色の石で作られた建造物の前にたどり着いた。
いかにも住居という感じでなく、人がいるわけでもないのに殺伐とした空気が漂っている。いや、正しく表現するなら「昔は殺伐とした空気が漂っていたのだろうな」という感じだろうか。
また、風化が進んでいるようで、石で作られた外壁はあちこち欠けていた。
「……こんな怪しいところへ連れてきて、どうする気?」
「まぁまぁ。そうピリピリしないでよ。心配しなくても、彼にはちゃんと会わせてあげるからさー」
「……返して、でしょ?」
「あ、そうだったね。ごめんごめんー」
先頭を行くトランは、建造物の中へと足を進める。
罠な気しかせず不安でいっぱいだが、今さら引き返すわけにもいかないので、黙って彼の背を追う。
さらに歩き、到着したのは、ボロボロの広間。
ワインレッドの絨毯はところどころ剥げ、灰色の石の床が剥き出しになっている。壁紙は、それらしき模様が微かに残ってはいるものの、とても綺麗と言えるような状態ではない。また、二人用ソファや高さのないテーブルが、幾つも転がっていて、泥棒に入られたかのよう。
そんな凄まじい状態の広間だが、昔は綺麗な内装だったのだろう、と想像することはできる。
「……ここはなぜ、こんなにも荒れているのですか」
荒れ果てた室内に、リゴールは戸惑っているようだった。
「昔は砦として使ってたみたいだねー。でも、今はもう使ってない。だからじゃないかな」
「なるほど……」
「ふふふ。素直だねー」
私とリゴールの足が広間の中央辺りに差し掛かった時、トランは唐突にくるりと振り返る。
「さて。じゃ、歓迎といこうかー」
トランは両腕を大きく広げ、顔に向日葵のように明るい笑みを浮かべる。
ちょうどそのタイミングで、向こうから何者かがやって来た。フードを被った人陰は、淡々とした足取りでこちらに向かって進んでくる。
「……何者です?」
リゴールが怪訝な顔で発する。が、フードを被った者は何も返さない。ただ、こちらに向かって足を動かすばかりだ。
少しばかり目を凝らすと、その片手に斧が握られているのが見えた。
フードを被った人物は、まったく乱れぬ足取りで歩いてきていたが、トランの真横でぴたりと停止した。
そして、斧を握っていない方の手で、フードを外す。
刹那、衝撃が駆けた。
——その正体が、デスタンだったから。
「デスタン!?」
リゴールが叫ぶ。
フードの人物は、確かに、デスタンの姿をしている。しかし、彼らしいかと言われれば、そうではない。いつものような鋭い眼光はなく死人のような目をしているところが、彼らしくないということの良い例だ。
「デスタン……なのですか?」
動揺に顔をひきつらせながらリゴールは問う。
だが、フードの彼がその問いに答えることはなかった。
「……これは一体、どういうことですか」
デスタンらしき者の登場に衝撃を受けていたリゴールが、視線をトランへ移す。その時、彼の目には、怒りの色が滲んでいた。
「ん? どういうことーって、どういうこと?」
「とぼけないで下さい! ……デスタンに何をしたのです」
珍しく声を荒らげるリゴール。
「んー、ま、ちょっと魔法をかけたかなぁ」
「すぐに解きなさい!」
「えー。せっかくかけたのに、面倒臭いなぁ」
リゴールが真剣であるのに対して、トランは遊んでいるかのような表情だ。
「あ! そうだ。何なら、君が解いちゃいなよ」
「それは……どういう意味です」
リゴールの発言に、トランはニヤリと笑いながら「こういう意味だよ」と小さく返す。
そして。
「さ! あの二人、とっとと片付けちゃってよ!」
トランは、フードの人物——魔法をかけたデスタンに、そう命じた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.50 )
- 日時: 2019/08/04 00:14
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: FLOPlHzm)
episode.47 止めさせて
トランの命令に、魔法をかけられたデスタンはゆっくりと頷く。
彼が無表情なのは元々。
しかし、いつもの彼の表情のなさと今の彼の表情のなさは、明らかに違っている。
いつもの彼は、無表情な時であっても、どことなく引き締まった雰囲気を漂わせている。また、髪で隠れていない右目には、鋭い光が宿っている。余計なことを言ったら攻撃されそう、と恐怖を感じるくらいの鋭さが、彼にはあるのだ。
今の彼にはそれがない。
目の前にいるデスタンは、中身を抜き取られたような顔つきをしていて、まるで空っぽの人形のよう。
ただ、それでも、デスタンの容貌であることに変わりはなく。それゆえ、リゴールはかなり動揺しているようだった。
「行っけー!」
トランが楽しげに放つ。
すると、魔法をかけられたデスタンは駆け出す。
「来るわよ!」
視線をリゴールへ移し、叫ぶ。しかしリゴールは「一体なぜ……」などと漏らしているだけ。顔面を硬直させ、動けなくなってしまっている。
デスタンは、そんな彼に向かって、一直線に進んでくる。
その手には斧。
抵抗しないのは危険だ。
床を蹴り、リゴールに飛びかかるように接近するデスタン。斧を大きく振りかぶっている。
「危ない!」
私は咄嗟に、動けないリゴールと斧を振りかぶるデスタンの間に入った。
反射的に前へ出したホウキの柄を、斧がへし折る。
「……っ!」
柄を握る両手に伝わる衝撃は、これまでの人生で一度も経験したことがないような、凄まじいもので。
「リゴール! しっかりして!」
二度目は防げない。そう判断し、背後のリゴールに向けて叫ぶ。
すると、硬直していたリゴールの顔面が少しばかり動いた。
「……エアリ」
「デスタンさんを止めるのよ!」
「は、はい!」
リゴールはようやく正気を取り戻したようだ。
右手に持った小さな本を素早く開くと、左手をデスタンの方へかざした。黄金の光が帯のようになり、デスタンに向かっていく。しかし、デスタンはそれを、斧で防いだ。
「ここからはわたくしが!」
溢れ出す光が薄暗い空間を黄金に染めてゆく。
「大丈夫なの!?」
「はい! お任せ下さい!」
ホウキが使い物にならなくなってしまったため、私は少し後ろへ下がった。
今度はリゴールがデスタンと対峙する形になる。
「止めて下さい! デスタン!」
「…………」
デスタンに攻撃するということには抵抗があるのか、リゴールは魔法を放たず、説得するような言葉をかけている。しかし、リゴールの言葉はデスタンにはまったく届いていないようで。デスタンは、眉一つ動かさず、改めて斧を構えている。
「止めなさいデスタン! 貴方はこんなことをするような人ではないでしょう!」
その時デスタンの瞳は、リゴールをじっと捉えていた。
「いい加減、目を覚まして下さい!」
言葉を放つことはしても魔法を放つことはしないリゴールに向かって、デスタンの斧が振り下ろされる。
「……くっ」
リゴールは咄嗟に膜を張り、デスタンの斧を防いだ。
が、デスタンは止まらなかった。
一発目は膜に防がれたものの、それで怯むことはなく、その流れのままもう一度大きく振ったのである。
その二発目が、黄金の膜を砕いた。
「リゴール!」
私は思わず叫ぶ。
その声に反応し、リゴールは振り返る。
——刹那。
彼の背中に、デスタンの斧が命中した。
少女のように華奢なリゴールの体は、派手に吹き飛び、床に叩きつけられる。持っていた本は、彼の手を離れ、遠くに落ちる。
俯せに倒れ込んだリゴールの背中は、赤いもので濡れていた。
「デス……タン……」
リゴールは顔面に動揺の色を濃く浮かべながら、震える瞳でデスタンを見つめる。
「リゴール!」
私はすぐに彼に駆け寄った。
倒れているリゴールの近くにしゃがみ込む。
「エアリ……すみません」
「謝る必要はないわ」
「しか……し……せっかくのチャンスを……」
意識を失ってはいない。しかし、青白い顔をしている。即死でなかったことは救いだが、辛そうであることに変わりはない。
青白い顔をしたリゴールを見ていると、胸が締めつけらた。
「エアリ、その……本、を……戦わ、なければ……」
まだ戦う気でいるというのか。こればかりは理解できない。出血がある状態で戦うなんて、無理に決まっている。そんなものは、ただ命を縮めるだけの行為だ。
「駄目よリゴール。その傷で動いたら危険だわ」
「しか、し……次は……エア、リが……」
「でもっ……!」
その直後、斧を持ったデスタンの姿が視界の端に入った。
トランによって操られているデスタンには、躊躇いなんてものはない。だから、リゴールが負傷していることなど、少しも気にならないのだろう。倒せ、と命じられれば、倒すまで攻撃する——それが今のデスタンだ。
デスタンは迫ってくる。
リゴールのことは心配だが、取り敢えず彼をどうにかしなくては、状況は改善しない。
「……逃げて、下さい」
「え」
「わたくしは……放って、おいて……エア、リは……」
「嫌よ、そんなの!」
逃げ出したくない、ということはない。私だって、このどうしようもない危機から逃れられるのなら、そうしたい。でも、リゴールを放って自分だけ逃げるというのはどうしても納得できなくて。
「私がどうにかする。デスタンさんを止めるわ」
だから私はそう言った。
「……で、ですが……」
「リゴールは怪我しているでしょう。だから動かないで」
「し……しかし……エアリ……」
「大丈夫。負けないわ」
不安げな眼差しを向けてくるリゴールにきっぱりと告げ、立ち上がる。そして、視線をデスタンへ向ける。
「リゴールになんてことしてくれるの!」
「…………」
「目を覚ましなさいよ!」
そう叫び、駆け出す。
デスタンに向かって。
そのまま彼の体に体当たり。滅茶苦茶だが、私にはもはやこれしかなかった。
さすがのデスタンも体当たりは想定していなかったらしく、よろけて数歩後ろへ下がる。転倒には至らなかったが、確かにバランスを崩していた。
その時、離れたところから私たちの様子を眺めていたトランが、唐突に口を開く。
「ふふふ。なかなか面白いことをするねー」
こんなことを、軽やかな調子で楽しげに言われると、腹を立てずにはいられない。
「トラン! いい加減止めてちょうだい!」
「ん?」
「デスタンさんにかけた魔法を解いて!」
暴れているのはデスタンだが、デスタンを暴れさせているのはトラン。つまり、元凶はトランなのだ。彼が魔法を解いてくれさえすれば、こんな戦いを続けなくて済む。
「こんな戦い、もう止めさせて!」
するとトランは、にっこり笑って頷く。
「うん。いいよー」
「……え」
私は耳を疑った。
こんなにすんなりと頷いてもらえるとは、少しも考えてみなかったから。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.51 )
- 日時: 2019/08/05 00:05
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: O/vit.nk)
episode.48 最高なんかじゃない
不気味なくらいあっさりと頷いたトランは、片手の指をパチンと鳴らす。
その瞬間、デスタンの瞳に生気が戻った。
「……貴女が、なぜここに」
デスタンは顔面に戸惑いの色を浮かべながら、そんな問いを放ってくる。
「正気を取り戻したの?」
「……私は一体、何を」
彼の黄色い瞳には、言葉では形容できないような不思議な強さが戻ってきていた。トランの魔法はきちんと解けていそうである。
「トランに操られていたのよ」
「……私が、ですか」
「えぇ。そもそも強い貴方に斧なんかを振り回されたら、どうしようもなかったわ」
さりげなく言ってみる。すると彼は、自身の手元へ視線を下ろした。そして、赤く濡れた斧を見て、瞳を揺らす。
「私は……貴女を怪我させたのですか?」
「いいえ、私じゃないわ。リゴールをやったのよ」
彼はトランの魔法によって操られていただけで、己の意思でリゴールを攻撃したわけではない。それだけに、彼に「貴方がリゴールを傷つけた」と告げるのは、勇気が必要だった。いきなりこんなことを告げるのは酷なのではないかと、そう思ってしまって。
だが、リゴールの負った傷が消えることはない。
それゆえ、いつかは真実を知ることになるはずだ。
デスタンも、すべてが済んだ後に聞かされるくらいなら、今聞かされる方がましだろう。
「王子を!? そんな……」
らしくなく愕然とするデスタン。
「……こうしてはいられません」
「デスタンさん!?」
視線を動かし、床に倒れているリゴールを捉えたデスタンは、斧を放り投げた。そして、そのままリゴールのもとまで駆ける。
私はデスタンを追うようにリゴールの方へ戻りながら、トランを一瞥した。やはり、彼はまだ、口元に怪しげな笑みを湛えている。デスタンが正気に戻ったというのに、変わらず笑みを浮かべている辺り、不気味としか言い様がない。
「王子!」
青くなった顔を床につけ、力なく横たわっているリゴールに、デスタンが声をかける。するとリゴールは、声に反応して瞼をゆっくりと開いた。
「……デス、タン」
「しっかりなさって下さい!」
「……正気を……取り、戻し……たのですね。良かった……」
リゴールは弱々しい声を発する。
その背は、紅に染まっていた。
「私がこのようなことを!?」
「……気に、しないで……下さい」
「やはり、私のせいなのですね」
デスタンが顔面をひきつらせながら発すると、リゴールは目を伏せて首を左右に動かす。
「……いえ。デスタンは……悪くありません……」
「くっ……私はなんということを……」
横たわるリゴールのすぐ傍に座り込んでいるデスタンは、悔しげに顔を歪めた。その様子を目にしたリゴールは、悲しそうな目つきになる。
私は彼らにかけるべき言葉を見つけられなかった。だから、一歩下がって見守ることしかできなくて。リゴールは負傷し、デスタンは精神的にダメージを受け——そんな時に何もしてあげられない自分の無力さを、改めて痛感した。
そんな時だ。
すぐ後ろから突然声が聞こえた。
「ふふふ」
「……っ!?」
驚いて振り返ると、そこにはトラン。
いつの間にこんなに接近してきていたのか。
「ん? どうしてそんな怖い顔をするのかなー?」
「何なの……」
「ボクはただ、ここからが楽しいところーって教えてあげようとしただけなんだけどな」
わけが分からない。
「意味不明って顔だね? じゃあ、仕方がないから、もう少し詳しく教えてあげるよ」
トランは笑顔を崩さぬまま歩み寄ってくる。
「大切な人を己の手で傷つけてしまったことを知った人間の、絶望に染まった顔。最高だよねー」
「止めて!」
トランから放たれる奇妙な雰囲気に恐怖を感じ、私は、半ば無意識のうちに彼を突き飛ばしていた。
「えー、何それ。つまらないなぁ」
「絶望した人を最高だなんて言わないで!」
「本当に最高だよ?」
「そんなことを言われても、ちっとも共感できないわ!」
本来、このような刺激するようなことを言うべきではないのかもしれない。薄々そう思う部分もあって。でも、だからといって、トランと同じように「最高だよね!」なんて言うことはできない。そんな行為は、私の心が許してくれないのだ。
「うーん……そっか。まぁいいや。理解されないことなんてよくあるし」
トランは三歩ほど下がる。
それから、片側の口角だけを静かに持ち上げた。
「じゃ、そろそろ終わりにしようかなー?」
トランが指を鳴らす。すると、床が突然せり上がってきた。私たち三人を取り囲むようなドーナツ型にせり上がってきているから、偶然ということは考えられない。
そんなことを考えているうちに、せり上がってきた床が土人形へと変化した。
一人で囲まれたらまずい。
そう思い、私はデスタンの方へと駆け寄った。
リゴールを胸の前に抱き抱えていたデスタンは、私の接近に気づくと、声をかけてくる。
「逃げましょう」
デスタンの声は淡々としていた。が、その顔色は悪く、体調が優れない人のような顔つきだ。今の彼と行動を共にするというのは、少しばかり不安である。
「……逃げられるかしら」
「王子を早く手当てせねばなりません」
「それはそうね」
デスタンに抱かれているリゴールは、気を失っているらしく動かない。デスタンが拾ったのか、その胸元からは本が覗いていて。しかし、気を失っている以上、リゴールは魔法を使えないだろう。
彼の魔法があれば、土人形くらいさっと片付いたのに。
少しそんなことを考えてしまった。
人を抱き抱えているデスタンと折れたホウキしか持っていない私だけでは、土人形たちを突破できるか心配だ。
「ブラックスターのことなら、少しは分かります。私についてきて下さい」
「えぇ」
「死なないで下さいよ」
「もちろん。死ぬつもりはないわ。……ホウキしかないけど」
いつの間にか少し離れたところへ移動していたトランが、土人形たちへ無邪気に命じる。
「もう殺していいよー!」
トランの言葉を合図にして、土人形たちが一斉に動き始める。その迫力は凄まじいものだった。
——でも、怯んでいる場合ではない。
「行きますよ! 走って下さい!」
デスタンの言葉に、私は頷く。
そして、彼の背中だけを見つめて足を動かすのだった。
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