コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.62 )
日時: 2019/08/12 16:27
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Re8SsDCb)

episode.59 手は出させないわ

 ミセは爆発の音を聞いている。そして、それが爆発音であると気づいている。それゆえ、適当なことを言ってごまかすわけにはいかないだろう。

 だから私は、心を決めて、ここに至るまでの流れを話した。

 外の空気を吸うため、三人で散歩していたこと。そのうちに家から離れた場所まで行ってしまっていたこと。そして、引き返そうとしたが襲われたこと。また、デスタンが私たち二人を逃がしてくれたことも。

 何も隠しはしなかった。

 ——ただ、ブラックスターだとかグラネイトだとかは言わず、知らない人に襲われたというような感じの言い方にはしておいたが。

「じゃあアタシのデスタンはまだそこにいるってことなの!?」
「はい」
「何かあったらどうするのよぉ!?」

 ミセは鋭く放った。
 デスタンを愛し大切に思っている彼女だ、彼の身を心配するのは当然のこと。

「エアリじゃ頼りないから、アタシが様子を見てくるわ!」
「えっ……ミセさん?」
「あっちなのよね!?」
「は、はい」

 ——でも、様子を見に行くまでするとは思わなかった。

 戦闘能力のない女性を敵がいるかもしれないところへ行かせるなんて、殺られに行くようなもの。危険過ぎる。

 これは止めるべきだろう。
 そう考え、私は発した。

「ミセさん! 行くのは危険です!」

 彼女を危険に晒すようなことはできない。

「は!? 止められたくらいで行くのを止めるわけないじゃない!!」
「危険なんです!」
「エアリは黙ってなさい! 家にいていいから!」
「危険です!」
「アタシは行く。アタシのデスタンに手は出させないわ」

 制止しようとしてはみたが、無駄だった。
 ミセは駆け出してしまった。

 彼女を私たちの戦いに踏み込ませるわけにはいかない。

 だから、何としても止めなくてはならなかったのに。


 ミセを止めることさえできなかった私は、失意の中、リゴールと彼女の帰りを待った。

 私は床に座って、リゴールはベッドに腰掛けて、二人の帰りを待ち続けた。

 デスタンもミセも同時に失うという最悪だけは避けたい。が、もはや私たちにできることは何もない。いや、「何もない」は言い過ぎかもしれないけれど。でも、ほぼ何もできないことは、紛れもない事実である。私たちにできたのは、無事を祈る、などという極めて現実的でないことだけだった。

 いつもの自室が、今は妙に薄暗く見える。

 リゴールがさらなる傷を負うという嫌な展開は避けられたが、どうも喜ぶ気にはなれない。

 胸を満たす重苦しいもの。それを一人で抱えているのは苦しくて。私はその息苦しさから逃れるように、リゴールへ視線を向ける。

 だが、リゴールは私よりも暗い顔をしていたのだった。


 一時間後。
 ミセは私たちの部屋へやって来た。

「帰ったわよ!」

 ぽってりとした唇。くっきりと凹凸のある体つき。そんなミセの姿を見て、思わず大きな声を出してしまう。

「ミセさん!」

 私は床から立ち上がると、扉のところにいるミセのもとへ駆け寄った。

「怪我は!?」

 まずは尋ねてみる。
 するとミセは微笑んだ。

「うふふ。ないわよぉ」

 ベージュのワンピースは心なしか汚れている気がする。が、確かに、これといった怪我はなさそうだ。

「よ、良かった……」
「あーら。心配させて悪かったわねぇ」

 ミセの無事を確認し胸を撫で下ろしていると、背後から、リゴールの声が飛んでくる。

「デスタンは!? デスタンはどうなったのですか!?」

 必死の形相で問うリゴール。
 そんな彼へ視線を向けたミセの表情は、綿のように柔らかいものだった。

「あらあら。凄く心配しているのねぇ。可愛いわ、リゴールくん」
「どうなったのか教えて下さい!」
「気が早いわねぇ。けど……まぁ、アタシも、心配する気持ちは分からないではないわ」

 リゴールはもやもやしているような顔つきをしている。

「デスタンは生きてるわよ」

 ミセは、厚みのある唇を小鳥のように尖らせ、いたずらっ子のように笑った。

「本当ですか!」
「えぇ。知らない男性と一緒にいるところに合流できたの」
「合流、ですか?」
「うふふ。そうよぉ」

 ミセはぴんと伸ばした人差し指を自身の厚みのある唇に当てる。女性らしさや可愛さを全面に押し出すような動作だ。案外似合わないこともない。

 そんな彼女の後ろから、一人の男性が現れた。

「ふはは! グラネイト様現る!」

 私とリゴールはほぼ同時に顔を強張らせる。
 現れた彼が、確かにグラネイトだったから。

「どうして!?」
「なぜここに!?」

 驚きの声が重なる。

 事情を知らないミセだけは、戸惑ったような顔をしていた。

 だが、そのような顔になるのも無理はない。彼女は、私やリゴールにとってグラネイトがどういった存在なのか、微塵も知らないのだから。

「何をしに来たのです! しつこいですね!」

 リゴールはグラネイトに向かって叫ぶ。
 それはまるで、自身より大きな動物に懸命に威嚇する小動物のようだ。

 その様子を目にしたミセは、「何? 何なの?」というような顔をしながら、リゴールとグラネイトを交互に見ている。

「相変わらず気の強い王子だな」
「押し入るとは不躾ですよ!」
「何だと? まさか! 押し入ったわけがなかろう。きちんと許可をとって入れてもらっている!」

 グラネイトは妙な真面目さをはらんだ発言をしながら、ゆっくりとリゴールに接近していく。

 リゴールを護るため、グラネイトを止めようとする——が、これまで会った時とはグラネイトの雰囲気が違っていることに気がついて。私はその場に留まった。

「ふはは! 王子、覚悟しろ! ……と言いたいところだが、そんなことを言うために来たわけではない」

 リゴールはグラネイトを見上げながら、怪訝な顔をする。世界的に有名な詐欺師からいきなり話しかけられた時のような顔つきである。

「……一体何を企んでいるのですか」

 リゴールの問いに、グラネイトはニヤリと笑う。

「何も企んでいない、と言ったら?」

 訪れる沈黙。
 その数秒後、リゴールは静かに返す。

「……信じません」
「疑り深いな」
「当然です! ……これまで何度も攻撃してきたような者を、信頼することはできません」

 リゴールが信頼できないと言うのも、分からないことはない。いや、むしろ、それが当然の反応であろう。グラネイトはこれまで、リゴールの命を狙い続けてきたのだから。

 しかし、私には、今のグラネイトがこれまでの彼と同じであるようには思えなかった。

 理由は分からない。
 見た目が変わったというわけでもない。

 ただ、なぜか、これまでとは何かが違っているような気がして。

「ふはは! それもそうだな。だが! あの男を殺さずにおいてやったことは、感謝されて然りだろう!」

 妙な上から目線。
 それを不愉快に思ったのか、リゴールは歯を食いしばった。

 さらに、それから、接近してきていたグラネイトの体を片手で突き飛ばす。

「……デスタンが無事だというのは事実なのですね?」
「ふはは! もちろんだ!」
「では、デスタンに会わせて下さい。本当に無事であったなら、貴方にはもう何も言いません」

 そう述べる彼の表情は落ち着き払っていて、また、真剣そのものだった。

 青い双眸から放たれるのは、偽りを見抜こうとしているような、冷静で真っ直ぐな視線。眉はほんの少しだけ内側に寄り、唇は一文字に結ばれ。

 日頃のリゴールとは別人のようだ。

Re: あなたの剣になりたい ( No.63 )
日時: 2019/08/13 17:25
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: e.VqsKX6)

episode.60 黒の裏切り

 デスタンが無事であることを確認させろ、と、リゴールは言った。
 そうすればグラネイトにとやかく言うことはしない、ということも。

「もちろん! グラネイト様は何も嘘はついていない。それゆえ、逃げも隠れもしない。必要がないからだ!」

 グラネイトはすぐにそう返す。
 彼の声は、嘘をついている者のそれとは思えないものだった。

 そこへ、ミセが口を挟む。

「リゴールくんったら、どうしちゃったのかしら? この男性は悪い方なんかじゃないわよ」
「……ミセさん」
「デスタンは疲れたみたいだったから、先にアタシの部屋へ行ってるわ。だって、アタシのデスタンだもの」

 ミセは、少し間を空けて続ける。

「連れていってあげるわ」
「ぐるではないでしょうね……?」

 今リゴールは疑り深くなってしまっているらしく、ミセの言葉さえすんなりと信じることはしなかった。

 グラネイトの嘘への加担を疑われたミセは、目を丸くする。
 そして数秒経ってから、頬に片手を当てて冗談混じりに発した。

「あーら! アタシを疑うなんて失礼ねぇ」
「……すみません」

 静かな声での謝罪に、一瞬室内が静まり返る。

「ま、そんな日もあるわね。じゃあ、早速案内するわぁ」
「ありがとうございます」

 その後、リゴールはミセの後を追って、デスタンに会いに行った。
 部屋を出る直前、彼は私をちらりと見て、とても申し訳なさそうな顔をしていた。


 私はグラネイトと二人きりになる。

 仕留める気満々の彼と二人になったわけではないし、幸い今は手元に剣がある。それゆえ「どうして私を置いていくの!」と叫びたくはならなかった。が、直前まで敵であった者と二人きりになるというのは、やはり不安なものである。

 特に、今のグラネイトは、どういう状態なのかが分からない。

 本当に戦意を失っているのか。あるいは、正面から殴り合う気はないが隙があれば殺るつもりなのか。それとも、戦意がないように振る舞っているのは完全に嘘なのか。

 分からないから、不安は消えない。


 ——そんな私に彼が声をかけてきたのは、突然だった。

「少しいいか?」

 身長では豪快に負けている。戦闘能力でも大敗している。
 そんな敵からこんなにも近くで声をかけられると、一瞬にして全身の筋肉が強張った。しかも、冷や汗まで溢れてくる。

「な……何なの」
「トランのことは知っているのだな?」
「え」

 想定していなかった問い。
 私は戸惑い、すぐには言葉を返せない。

「知っているのか知らないのか、どっちだ!」
「し、知ってるわ!」

 急に調子を強められ、うなじから背中にかけて寒気が走る。
 だが、すぐに「この程度で怯んでいてはいけない」と自分へ言い聞かせ、何とか言葉を返すことができた。

「少年みたいな外見の人でしょ」
「……そうか。知っているのだな」

 なぜか溜め息をつくグラネイト。
 その様子は、まるで、この世界のどこにでもいる普通の男性のよう。

「えぇ」
「なら、やつの卑怯さも知っているのだな?」
「そうね。デスタンを誘拐したり、操ってリゴールに危害を加えさせたり、最低最悪だったわ」

 敵との会話で緊張していたはずだったのに、一度口を開くと、言葉はするすると出た。詰まり詰まりになるでもなく、非常に小さな声になるでもなく、敵に擦り寄るようなことばかりを発するでもなく。

「おかげであの後気まずくなって、誤解が発生して、元に戻るまでにもだいぶ時間がかかったわ」

 そこまで言った時、突如、脳内に焦りが生まれる。
 というのも、「言い過ぎているのでは!?」と思ったのだ。

 私は、自然な感じで色々文句を言っていたが、聞いている相手はグラネイト。ブラックスターの人間。つまり、トランと同じ陣営の人間だ。

 そんな者に向かってトランに関する愚痴を言い続けるというのは、かなりまずいのではないだろうか。

 まず、私の愚痴がトラン本人へ伝わってしまうという可能性がある。また、仲間のことを悪く言われて良い気がする者などいないだろうから、グラネイト自身も嫌な気持ちになっているかもしれない。

「あ……ごめんなさい。つい……」

 ひとまずそう述べておく。
 愚痴を言い続けるよりかはましだろうと思ったから。

 謝罪に対し、グラネイトは、けろっと返してくる。

「なぜ謝る?」
「え、っと……仲間のことを悪く言うなんて問題だったと思ったからよ」
「ふはは! なら心配はない!」
「え」

 グラネイトはいきなり笑い出す。
 まったく、何がおかしいのやら。

「心配はない、と言っている。なぜか? 理由は簡単」
「理由……」
「このグラネイト様も悪口を言う気でいたからだッ!!」

 彼は、まるで決め台詞であるかのような、勢いのある声で放った。それに加え、「決まった!」というような自信に満ちた目で、こちらを見てくる。その様は「見ろ! かっこいい自分を!」とでも叫んでいるかのよう。

 今のグラネイトは、端から見れば完全に痛い人である。

「トラン! やつは最低最悪の男だ!」
「そ、そう……」

 トランが最低最悪ということ自体は頷ける。しかし、同じ陣営のグラネイトがトランのことを批判しているのを聞くと、複雑な心境にならずにはいられなかった。

 そもそも、それでいいのか。
 そんな関係で問題ないのか。

「貴方がトランをそこまで悪く評価しているとは思わなかったわ」
「あぁ、もちろん! グラネイト様とて、ついさっきまでは、やつがこれほど最低な男だとは思っていなかった!」

 ……ついさっきまで?

 言い方が妙に引っ掛かる。

「もしかして、彼と何かあったの?」

 思いきって直球で尋ねてみた。

「そうだ! やつはこのグラネイト様に嘘をつきやがった!」

 私の問いに、グラネイトは獣が唸るように叫んだ。

「嘘って?」
「王子を殺せば、その対価としてこのグラネイト様の願いを叶えると、やつはそう言った。だが! それは嘘だったのだ!」

 グラネイトは今にも暴れだしそうな声色で事情を説明し始める。

「やつの真の狙いは、失敗続きのグラネイト様を闇へ葬ることだったのだ!」

 自分で自分を「失敗続き」などと言って、恥ずかしくはないのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えてしまった。

「彼は貴方のことも攻撃したの?」
「そうだ。やつは黒い矢で、デスタン諸共俺を殺そうとした。グラネイト様はやつに騙された! くそぉ!」

 グラネイトは強く握った拳を震わせている。
 込み上げる感情を抑えようとしてはいるが抑えきれない、といったところか。

Re: あなたの剣になりたい ( No.64 )
日時: 2019/08/14 18:23
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: bOxz4n6K)

episode.61 約束します、会いに行くと

 その後も、トランの裏切りに憤怒し、彼に対する恨み言を吐き続けたグラネイトだったが、五六分経った時、突然真顔に戻った。

「ということで、だな……」

 直前まで強い怒りを露わにしていた彼が急に大人しい表情になったので、少し戸惑う。

「グラネイト様は身を引く!」
「えぇ!?」

 驚きのあまり、思わず大きな声を出してしまった。

「なぜ驚く? 喜ぶべきことだろう!」

 確かに、リゴールの命を狙う敵が減るというのはありがたいことだ。たとえ彼一人が来なくなるだけだとしても、襲われる回数は確実に減少するわけだから、それはとても良いこと。感謝すべきことと言えるだろう。

「そ、それはそうだけど……」
「まだ何かあると言うのか!?」
「いえ。けど、そんなことをしたら、貴方は裏切り者になるわよ。それでも良いの?」

 ブラックスターを捨てるなら、彼もまた、険しい道を行くこととなるだろう。裏切り者と呼ばれ、蔑まれ、憎まれもするだろう。

 ……デスタンがそうであったように。

「ふはは! そういうことか!」

 直後、グラネイトは急に、一人で大笑いを始める。

「心配無用! そこまで弱いグラネイト様ではない! ……だが。恋はまだ諦めん!」

 え。こ、恋? いや、いきなりそんなことを言われても、反応に困るのだが。
 そんな風に戸惑っているうちに、彼は姿を消した。

「何だったの……」

 呟かずにはいられなかった。

 一人部屋に残され、さらに驚くべき急展開の連続。そんな状況下では、落ち着き払っていられる者の方が少ないだろう。


 それからの一週間は穏やかそのものだった。

 リゴールの背中の傷は順調に回復。先日の件があったからか自ら進んで外出することはなかったが、この一週間で、足取りもかなりしっかりしてきた。

 一方デスタンはというと、リゴールを傷つけた罪悪感が少しずつながら和らいできたのか、元々の彼らしい振る舞いに戻りつつある様子だ。冷淡ながら、時折優しさを覗かせる——そんなデスタンに戻っていっている。

 そんな中、私の母親エトーリアの屋敷へ移動する計画が、徐々に進んでいった。

 リゴールは提案した当初から賛成してくれていて。けれど、デスタンは乗り気ではないようだった。
 が、時の経過と共に、少しずつ心が動いてきたようで。
 徐々にではあるが、デスタンも、エトーリアの家へ移っても良いかもしれないと考えてくれるようになってきた。

 彼はその理由として「ミセが被害を被ることを避けるため」と話したが、「彼女のことを考えるのは、愛しているからではなく、世話になってきた恩人だから」と、わざわざ付け加えていた。

 それを付け加える必要があったのか? はともかく。

 デスタンの心が動いてきたのは嬉しい兆候だ。なぜなら、彼の賛成無しに移動はできないからである。


 そして、それからさらに一週間が過ぎた朝。
 私たちはついに出立の日を迎えた。

 ほんの少しだけの荷物をまとめた私は、玄関先で、リゴールと共に礼を述べる。

「「これまで本当にありがとうございました、ミセさん」」

 私とリゴールがミセに向かって感謝の言葉を放ったのは、ほぼ同時だった。
 続けて、デスタンが口を動かす。

「長らくお世話になりました」

 表情は柔らかく、しかしながら淡々とした口調で、デスタンは礼を述べた。そんな彼に、ミセは駆け寄る。

「デスタン……本当に行ってしまうのぅ……?」

 ミセはデスタンの背に両腕を回し、彼を強く抱き締めた。デスタンは、いきなりの彼女の行動に戸惑っているようで、眉頭を微かに震わせている。

「アタシ寂しいわぁ。毎晩デスタンに会えなくなるなんてぇ……」
「また会いにきます」

 デスタンは、顔面には動揺の色を浮かべている。だが、それとは対照的に、言葉の発し方は落ち着いていた。完全に冷静さを欠いている、ということはないようである。

「や、や、約束よぅ……? 絶対に……またアタシに……あっ、会いにっ……」

 ミセは声を震わせる。
 その瞳には、涙の粒が浮かんでいた。

 それを見て私は、彼女がデスタンを心から愛していたのだと、改めて理解した。デスタンの心が変わらずとも、ミセは彼を愛することを止めなかったのだと。

「だからっ……どうか……」
「約束します。会いに行くと」

 そう言って、デスタンは、泣きじゃくる彼女の額にそっと口づけた。

 デスタンの唐突な行動に、ミセは戸惑ったような顔をする。が、デスタンは何事もなかったかのように静かに微笑み、「本当に、お世話になりました」と、短く感謝の意を述べた。

 これまで彼がミセに向けていた笑みは、目的のための作られたもの。ミセはあまり気づいてはいないようだったけれど、純粋な笑みではなかった。

 ——だが。

 ただ、この時だけは、デスタンの笑みは本物であるように思えて。

 ミセとデスタンが、初めて、真に見つめ合った瞬間。
 それはこの時だったのかもしれないと、私は密かにそう思う。


 用意されていた馬車へ乗り込み、ミセの家がある高台から離れていく。

 車内は狭い。向かい合わせに突き出した板のような座席に三人で座ると、物を置くスペースは僅かしかない。

 ちなみに三人の座り方はというと。
 進行方向を向くように座っているのが私とリゴールで、リゴールと向かい合う位置がデスタンだ。

「その……デスタン」

 馬車が走り出してからというもの、誰も言葉を発さなかったのだが、その沈黙を最初に破ったのはリゴールだった。

 彼は顔色を窺うような表情をしながらデスタンに話しかける。

「無理を言って……申し訳ありません」
「何がでしょうか」

 リゴールに謝られたデスタンは、困惑したように返す。なぜ謝罪されているのか分からない、というような顔をしている。

「ミセさんと無理に引き離すような形になってしまったので……申し訳ないことをしてしまったと思いまして……」

 弱々しい声で謝罪の理由を説明しつつ、元々小さく細い体をさらに縮めるリゴール。怯える小動物のように振る舞う彼は、王子だった人物だとはとても思えない。

「……そんなことですか」
「そんなこと!? 重要なことではありませんか!?」
「勘違いなさらないで下さい、王子。私と彼女の間に、そのような絆はありません」

 揺られながら、デスタンは淡々と述べる。

「私は彼女を利用していただけ。それは最後まで変わりませんでした」

 一切躊躇いなく「利用していた」と発したデスタンに、リゴールは小さく問う。

「……本当に、そうなのですか?」

 リゴールの青い瞳は、少しもぶれることなく、デスタンの顔をじっと捉えている。

「わたくしには、そうは見えませんでしたが……」
「王子は、私がミセに特別な感情を抱いていると仰るのですか? 馬鹿な。あり得ません」

 何をどう言おうと、デスタンは認めないかもしれない。けれど、今は、私もリゴールの意見に賛成。リゴールの見ているものと同じものを、私も見ていたように思う。

Re: あなたの剣になりたい ( No.65 )
日時: 2019/08/15 18:20
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oBSlWdE9)

episode.62 偽と真と

 エアリらがミセの家を出ていっていた、その頃。

 ブラックスターでは、トランがウェスタを、人の気配のない岩場へ呼び出していた。

「やぁ。来てくれたんだね」
「……何の用」

 血のように赤い空の下。水滴どころか、雑草さえ生えない、乾いた大地。黒や茶褐色の岩が剥き出しになっている。

 そこには、「美しい」の「う」の字さえない。

 ——そんな場所で、トランとウェスタは顔を合わせている。

「グラネイト、って人のことは知ってるかな?」

 トランは、自分の背の高さほどある一個の岩の天辺に腰掛けたまま、柔らかな表情でウェスタに問いかける。だが、対するウェスタは怪訝な顔。どことなく楽しげな顔のトランとは対照的に、彼女は固さのある顔つきをしている。

「……それが何」
「彼のことで、伝えなくちゃならないことがあるんだ。聞いてもらえるかなー?」

 軽やかな口調に苛立ったのか、ウェスタは眉をつり上げる。しかも、それだけでは収まらず。右の手のひらを胸の前で上向け、炎の小さな塊を生み出す。

「わざわざこんなところへ呼び出して……何のつもり」
「まぁまぁ。そうカッとしないでよー」

 今にも攻撃を仕掛けそうな空気を漂わせるウェスタを宥めようと、トランは頬を柔らかく緩める。

 だがそれに意味はなく。
 ウェスタが漂わせる空気は、さらに殺伐としたものへと変化していってしまう。

「まずはボクの話を聞いてほしいなぁ」
「……最短で済ませて」

 トランはウェスタの言葉に「分かったよー」と返すと、急激に真剣な顔つきになった。
 そして、彼らしからぬ重苦しい声色で告げる。

「グラネイトが死んだ」

 その言葉が、ウェスタの瞳を派手に揺らした。

 ここまでの彼女は冷静だった。不真面目な雰囲気をまとうトランに少々苛立っている様子ではあったものの、声を荒らげたり表情を大きく変えることはしておらず。ただ早く帰りたそうにしているだけだった。

 しかし、ここに来て、ウェスタの顔つきに変化が訪れた。

「……あり得ない」
「いいや、真実だよ。ボクに力を貸してくれていた彼は、王子やその仲間との戦いの中で、不運にも命を落としてしまったんだ」

 トランは悲しげに語る。
 だが、その表情は微かな余裕を感じさせるもので。

「……姿を隠しただけ、その可能性もないことはない」

 だからかどうかは分からないが、ウェスタは、トランの言葉が偽りのものであると気づいているかのような発言をした。

「ふふふ。それはないと思うなぁ」
「……なぜ」

 ウェスタはトランを睨む。
 しかしトランは平常心を保ち続けた。

「ボクは確かに見たからねー。彼の体が消えてなくなったところを」
「そう易々死ぬとは思えない」
「信じたくないのは分かるよ? けど、真実から目を逸らそうとするのは止めなよ。そういうのは良くないよー」

 その時になって、トランはついに、座っていた岩から飛び降りた。

 自分の背ほどの高さはある岩から飛び降りるとなると、普通は少しくらい身構えるであろう。下手に飛び降りると、怪我をする可能性も無ではないからだ。

 だが、今の彼には、身構えている様子など欠片もなく。
 彼は、平地を歩くのと変わらないほどあっさりと飛び降り、見事な着地を決めた。

 その結果、ウェスタとトランは同じ大地に立って向かい合うこととなる。
 背を比べるなら、ウェスタの方が高い。

「君と彼、結構付き合いが長いんだってね?」
「……どうしてそんなことを」
「彼から聞いていたんだよ。もうずっと一緒に仕事してるーって」
「……そう」

 微かな風が吹く。
 それによって乱れた髪を、ウェスタは片手で整えた。

「仲間をやられたんだよ。悔しいとは思わないのかな?」

 トランは少しばかり目を細め、煽るような問いを放つ。

「残念だが、思わない」

 ウェスタはきっぱり答えた。

「あれ? 君って案外冷たいんだねー」
「何とでも言えばいい。それに、もしグラネイトが本当に殺られたのだとしたら……それは、弱かったから。残念なこと、でも仕方がない」

 するとトランは、唐突に「ふふふ」と笑い声を漏らした。
 愉快そうに口角を持ち上げている。

「……何がおかしい」
「ううん、何でも。ただ、案外シビアなんだなーと思っただけだよ」

 トランの返答に、わけが分からない、というような顔をするウェスタ。彼女が言葉を発することはなかったが、その面には、何か言いたそうな色が浮かんでいた。

「そろそろ……時間。帰らせてもらう」
「んー? 時間ってー?」
「仕事がある」
「えぇー。ボクより仕事を優先するんだー」
「当然のこと」

 ウェスタは呆れたように、はぁ、と、大きな溜め息をつく。
 そんな彼女の背に向かって、トランは言葉を飛ばした。

「最後に一つ聞いても良いかなぁ?」

 そんな言葉を。

「……何」
「君の望みは?」

 少年のような無邪気さで問われ、ウェスタは戸惑った顔をする。が、数秒経ってから、「それに答える気はない」とはっきり返した。その時の彼女の表情に迷いはなかった。

 冷たい態度をとる彼女に、トランは「もしかして、お兄さんを取り返すこと?」と尋ねる。
 もちろん満面の笑みで。

 だが、それでもウェスタは答えない。前回の問いの時とは違って、今度はもう、何一つとして言葉を返さなかった。

 答えたくないのか。
 答えられないのか。

 彼女の心、そのすべては暗闇の中。

 闇に沈む本当のそれを知る者など、この世には存在しない。

 もし、たった一人それを知ることができる者がいるとしたら、彼女自身だろうが。
 けれど、本人さえすべてを知ってはいないと考えた方が、現実に近いのかもしれない。人の心とは難解で、本人であっても易々と理解することはできないものだから。

「……うーん、今回はあまり上手くいかなかったなぁ」

 ウェスタが去った後、荒れた地に一人残されたトランは、その場に佇みながら、独り言を漏らしていた。

Re: あなたの剣になりたい ( No.66 )
日時: 2019/08/16 18:31
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: O/vit.nk)

episode.63 たまには呑気に過ごしたい

「来てくれたのね! エアリ!」

 エトーリアの屋敷に到着した私たち三人を温かく迎えてくれたのは、エトーリア自身だった。というのも、彼女がたまたま屋敷の外で用事をしていた時に、私たちを乗せた馬車が到着したしたのである。

 私は一番最初に馬車から降りたのだが、その姿にすぐに気がついたエトーリアは、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「急に戻ってきてごめんなさい、母さん」
「いいのよ!」

 エトーリアは一切躊躇わず、私の体を強く抱き締める。

 まだ、少し不思議な感覚だ。あまり家へ帰ってこなかった母親と、今はこんなにも近くにいるなんて。

 だが悪い気はしない。
 たとえ、これまでがかなり離れていたとしても、母と娘であることに変わりはないのだから。

「母さん。リゴールを連れてきたわ」
「えっ、そ、そうなの?」
「そうよ! リゴールたちもこれからは一緒に暮らすの」

 ちょうどそのタイミングで、停止している馬車からリゴールが姿を現す。抱き締めることを止めたエトーリアと偶然視線が重なったらしく、リゴールは気まずそうな顔をしていた。

「あ……し、失礼します」

 気まずそうな顔のまま頭を下げるリゴール。

 一方エトーリアはというと、やや引き気味なリゴールとは逆に積極的で、躊躇することなく彼の方へと向かっていく。

 それによって、リゴールはさらに気まずそうな顔つきになっていた。

「ようこそ、リゴール王子」

 エトーリアは綿のように柔らかな笑みを浮かべながら、リゴールに向かって丁寧なお辞儀をする。それに対しリゴールは、恥ずかしそうにお辞儀を返す。

「前回お会いした際は他人の空似と勘違いし失礼致しました。リゴール王子とこんな形でお知り合いになるとは思っていなかったため、ついあのような奇妙なことを」

 リゴールに接する時、エトーリアは丁寧な言葉を使っていた。
 それはまるで、大人の女性が少年を敬っているかのよう。ホワイトスターのことを知らない者からすれば、不思議で仕方ない光景だろう。

「……い、いえ。お気になさらず。わたくしも、ここでは普通の一人です」

 その頃になって、デスタンがようやく現れた。

 彼は、リゴールと自分二人分の荷物を持ち、馬車から降りてくる。二人分、とはいえ、それぞれがほんの少しだけなのでさほど重くはなさそうだ。

 それから、すぐにリゴールへと視線を向ける。そして、リゴールがエトーリアと言葉を交わしているのを目にし、少しばかり戸惑ったような表情を顔面に滲ませた。

「ではリゴール王子。すぐに屋敷の方へ案内させていただきますね」

 エトーリアは、ガイドのように丁寧な手の仕草で、屋敷そのものを示す。

「急ぎませんよ」
「いえいえ。……って、あ! そういえば、お部屋の用意がまだできていおりません! 申し訳ないのですが……暫しお待ちいただかねばなりません」

 エトーリアの発言に、リゴールは考え事をしているような顔になる——そして、十秒ほど経ってから、微笑んで質問する。

「では、屋敷の周辺を少しばかり散策しておいても構わないでしょうか?」

 リゴールの口から出た言葉が想定外だったのか、エトーリアは一瞬気が抜けたような顔をした。恐らく、彼の問いの意味が、すぐには理解できなかったのだろう。そんな風にして暫し言葉を失っていたエトーリアは、しばらくしてからようやく「え、えぇ……構いませんけど……」と返したが、その時でさえ、戸惑いが完全に消えたわけではないようだった。

「ありがとうございます。では少し散策させていただきます」

 嬉しそうにさらりと発するリゴール。

「……あと」
「え?」
「そのような丁寧な言葉を使うのは、どうかお止め下さい」

 リゴールはエトーリアに要望を述べた。
 エトーリアはあたふたする。

「え……しかしっ……」
「ここでのわたくしは王子ではありませんから。それに、軽く話しかけていただける方が心地よいのです」
「わ、分かった……わ」

 エトーリアはリゴールに対して丁寧語を使うことを止めた。が、慣れないからか、ぎこちない言い方になってしまっている。

「貴方がそう仰るのなら……そうさせていただくわ」
「わたくしの望みを叶えて下さり、ありがとうございます」
「では、わたしは一旦ここで。部屋の準備をさせてくるわ」

 してくるじゃなくさせてくるなのね、などということを、少し考えてしまった。そんなことを考えても、何の意味もないというのに。


 エトーリアは屋敷の方へと駆けてゆき、場にいるのが三人になった瞬間、リゴールは「ふぅ」と大きく息を吐き出した。少しばかり疲れがあるようだ。

「大丈夫? リゴール」
「あ、はい。エアリ……お気遣いありがとうございます」

 そこへ、デスタンが口を挟む。

「無理なさることはないのですよ、王子」
「はい。気をつけます」

 リゴールは体を一回転させ、周囲の風景を見回す。その時の表情は、直前までより少し明るくなっていた。

 ——かと思ったら、急に話しかけてくる。

「しかしエアリ!」
「えっ」
「本当にありますね! 白い石畳が!」
「……え、えぇ」

 門から屋敷まで続く、白い石畳の道。その存在に、彼はもう気づいているようだ。

「それに、凄く美しいところですね! わたくし気に入りました!」

 リゴールは胸の前で両の手のひらを合わせながら、幸せの絶頂にいる者のような笑みで述べる。
 たとえ幸福な人間であったとしても、なかなか、ここまでそれらしい顔はできまい。

「気に入ってもらえたなら良かったわ」
「はい! これはもう、めまいがするくらい気に入りましたよ!」

 めまいがするくらい、って。
 それは表現がおかしくないだろうか。

「なっ……! めまいですか、王子」

 いや、乗るな乗るな。

「何を言うのです、デスタン。それはあくまで表現です」
「表現。……なるほど。では、実際に『めまいがした』というわけではなかったのですか」

 なぜそこをそんな真面目に。
 少し突っ込みたくなる瞬間もあったが、込み上げるものは飲み込み、私は何も発さなかった。

「はい。めまいがしそうなくらい、この場所が気に入ったということです」

 その後、私とリゴールは門の付近をうろつき、エトーリアに呼ばれるのを呑気に待ったのだった。


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