コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.112 )
日時: 2019/10/02 15:34
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kct9F1dw)

episode.109 そんなのは思いやりじゃない

 その日、夕食の後、帰ってきていたエトーリアに呼び出された。

 あまり使われていない一室。木の窓枠がいかにも古そうな窓があり、そこからは、外の景色が見える。とはいえ、今は夜。だから外は暗く、それゆえ、窓から見える景色もはっきりとはしていない。木々のシルエットと灰色に塗り潰された空少しが見える程度で。ただ、かなり大きな窓なので、昼間であればもっと景色がはっきりと見えそうだ。

 そんな部屋に、私は呼び出されたのである。

 バッサからの伝言によれば「一人の方が良い」とのことだった。
 なので、私は、一人で部屋に入ったのだ。

 部屋の中では、美しい金髪を下ろし緩やかなラインのワンピースを着たエトーリアが待っていた。

「来たわね、エアリ」

 そんな言葉で私を迎えてくれたエトーリアは、室内に二つ置かれている一人掛けソファの片方に、足を揃えて座っている。

 長く伸びた金髪。滑らかな肌に、しわの少ない顔。少女的な印象を与える、体のラインの出ない白のワンピース。

 今のエトーリアは、まるで人形のよう。
 すべてが整っていて、美しく——しかしながら、どことなく不気味。

 母親に対し「不気味」などという言葉を使うのは、失礼と思われるかもしれない。だが、今私が感じているものに相応しい言葉は、他には見つけられないのだ。

「母さん……何か用?」

 気まずさを感じつつも、尋ねてみた。
 するとエトーリアは静かに口を開く。

「また敵襲があったのね」

 発言の意図が分からない。
 どう返せば良いのか。

「え、えぇ……そうなの。けど、皆無事だったわ!」

 私は悩みつつも、そう返した。

「そうね。安心したわ」

 エトーリアは微笑む。

 だが今は、その微笑みさえも、怪しげに感じられて。
 彼女の顔を直視できない。

「……ねぇ、エアリ」
「何?」
「こんなことを言っては貴女を傷つけることになるかもしれない……そう思って、今までは黙っていたわ。けれど、今日、言おうと決意したの」

 エトーリアは真剣な声色で言う。
 これから何を告げられるのだろう、と不安になりつつも、私は再び「何?」と返した。

「やっぱり、彼とは一緒にいない方が良いわ」
「……彼って、リゴールのこと?」

 戸惑いつつ確認すると、エトーリアはこくりと頷く。

「そう……怒らないで聞いてね、エアリ。わたし、やっぱり、エアリは彼と共に在るべきではないと思うの」

 どうして?
 なぜ、いきなりそんなことを言い出すの?

 頭の中が疑問符で満たされていく。
 エトーリアの発言の意味をすんなり理解することは、私にはできそうにない。

「これからもこんなことが続いたら危険だわ。だからエアリ……彼とは離れた方が良い。わたしはそう思うの。せめて、一緒にいないように心掛けるくらい、した方が良いわ」

 エトーリアはそんなことを言う。
 でも、同意はできない。

「私はそうは思わないわ」
「エアリ……なぜ分からないの? 彼といれば、敵襲が何度も繰り返されるのよ?」
「彼の力になると決めたの。だから私、今さら去れないわ」

 リゴールを護ろうと、彼の剣になろうと、そう決めたのだ。誰に何と言われようが、その決定を変える気はない。

「あのね、エアリ。わたしはただ、エアリに傷ついてほしくないだけなの」
「……傷ついてほしくないなら、そんなことを言わないでちょうだい」
「いいえ。言うわ。エアリはわたしの娘だもの」

 エトーリアは、きっぱりと言い放つ。

「彼は強くはないとしても男性だわ。でもエアリは違う。貴女は女の子。だから、エアリが無理して彼を護ろうなんて、しなくていいことなのよ」

 彼女が私の身を案じてくれているのだということは分かっている。心配しているからこそ、こう言ってくれているということは、理解できる。

 でも、彼女が言っていることは、私がリゴールを護らない理由にはならない。

 男だから、一人で生きてゆけるわけではない。
 女だから、誰かを護ってはいけないわけでもない。

「私はもう決めたの。彼の力になるって。……だから、心を変えるつもりはないわ」

「力になろうという想いは責めないわ。でもね、エアリ。それによってエアリ自身が傷つくのなら、わたしは母親として、その選択に賛成はできないの」

 緊迫した空気が室内を埋め尽くす。

 エトーリアは譲らない。
 もっとも、私も譲る気はないから、お互い様といえばお互い様なのだが。

「今からでも遅くはないわ。どうか身を引いて。ここには、わたしやバッサさんがいるじゃない。わたしたちと、穏やかに暮らしましょう」

 ——穏やかに。

 それは魔法のようであり、逆に呪いのようでもある。

 ——穏やかな暮らし。

 それはきっと素晴らしいこと。
 けれど、リゴールを失う悲しみは、その素晴らしさよりもずっと大きいだろう。

「……望まないわ、そんなこと」
「どうして? 平穏が一番じゃない。ゆっくり眠ることさえできない毎日なんて——」
「リゴールと離れたくないの! ……たとえ平穏を手にしたとしても、彼と別れる悲しみの方がずっと大きいわ」

 でも、これは私の我が儘。
 エトーリアの屋敷に住ませてもらっている私に、こんな我が儘を言う権利はないのかもしれない。

 ミセの家に住ませてもらっていた時、デスタンはずっと、ミセの望むデスタンを演じていた。それと同じで、私も、エトーリアの望む私でいなくてはいけないのだろうか。

 もし、そんなことを求められるのなら。

 なら私は、もう、ここに残る気はない。

「母さんがどうしても嫌なら、私、ここから出ていくわ」
「どうしてそうなるの」
「住ませてもらっている以上、我が儘は言えないわよね。だから、私はここから出ていくの。そうすればもう、母さんには関係ないでしょ」

 あの火事の後しばらくそうしていたように、エトーリアとは離れて暮らせばいい。大丈夫、きっとできる。リゴールの傍にいられるなら、きっと平気。

「待って、エアリ。そうじゃないのよ。わたしはね、ただ、エアリのことを思って——」
「そんなのは思いやりじゃない!」

 私は思わず叫んだ。
 エトーリアの言葉を、途中で遮って。

「善意の押し付けよ!」

 そう言って、私は部屋から飛び出した。


 なぜ、理解しようとしてくれないの!
 どうして、一方的なことばかり言ってくるの!

 駆けているうちに、涙が溢れた。悔しくて、悲しくて、どうしようもなく。ただただ、辛かった。

「っ……」

 途中で足が絡んで、転びかけ、床に座り込んでしまって。私はそこから、立ち上がることができなくて。

 エトーリアに腹が立っていた。
 でも、少し経って私は気づく。

 ——彼女は、鏡に映った私。

「母さんには関係ないこと……放っておいて……」

Re: あなたの剣になりたい ( No.113 )
日時: 2019/10/05 20:45
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gK3tU2qa)

episode.110 死んだように眠り

 その晩、私は死んだように眠った。
 座り込んだ後、暫し泣き、それから何とか立ち上がって。そうして自室へ戻ると、ベッドに飛び込み。そのまま寝たのである。

 優しいエトーリアがあんなこと言うなんて、信じたくなくて……。


 気づけば、朝。
 窓の外は晴れていた。

 まだ重い体を起こし、組んだ両手を上へと伸ばして、背伸びをする。

 太陽の光が降り注ぐ朝。こんな爽やかな朝は、いつ以来だろう。

 もうずっと雨が続いていたから気も重かったが、晴れてくれれば、きっと心も爽やかになってくるはず。そう思ったが——そんなに簡単なことではなくて。

 やはり、まだ、爽やかな気持ちにはなれそうにない。

 こんなに心が重いのは、昨夜あんなことがあったせい?

 ……いや、違う。

 多少は関係があるかもしれないけれど、エトーリアだけのせいではない。

 あぁ、なんて惜しい朝。
 空は晴れ渡り、私の心も晴れていたなら、きっと素晴らしい目覚めだっただろうに。

 一人そんなことを考えていると、誰かが扉をノックしてきた。

「エアリお嬢様! いらっしゃいますか?」

 バッサの声。
 私は少し迷ったけれど、バッサなら問題はないだろうと思い、「入って」と言っておいた。

 すると扉がゆっくり開き、バッサの張りのある顔が覗く。

「おはよう、バッサ」

 明るい声で挨拶しておく。
 無意味な心配をさせるわけにはいかないから。

「おはようございます。……ところでエアリお嬢様、どうかなさったのですか?」
「え?」
「朝食の時間にお見かけしなかったので……」
「えっ、もうそんな時間?」

 まさかもう朝食が済んでいたなんて。正直、想定外だった。まだ朝早い時間だと思っていただけに、驚きを隠せない。

「そうですよ。今からお食べになります?」

 どうしよう。
 お腹はそんなに空いていないのだけれど。

 でも、体調不良ではないのだから、食べないというのは少々不審かもしれない。

「……少しだけいただこうかしら」

 だから私はこう答えた。

「いつもの食堂で? それともこちらで?」
「食堂にするわ。わざわざ持ってきてもらうのも申し訳ないし」
「承知しました」

 バッサはそう言って、張りのある顔に愛嬌たっぷりの笑みを浮かべる。
 しわはそれなりにあるし、若そうな顔というわけではないが、萎しおれきってはおらず。むしろ、若者より生き生きしているくらいだ。重ねた年が良い方に出ていると言えるだろう。


 簡単に準備を済ませ、食堂へ向かう。
 朝食は皆とうに済ませているからか、既に人気ひとけはなかった。

 食堂にある椅子の一つに腰掛けていると、しばらくして、バッサが食事を運んできてくれる。

「お待たせしました」
「そんなに待っていないわ」
「そうでしたか?」
「えぇ、そうよ」

 バッサが運んできてくれたお盆を受け取っていた、ちょうどその時。エトーリアとリゴールが並んで歩いてくるのが見えた。

 二人に届かないくらいの小さな声で、バッサに尋ねる。

「あれは何?」

 するとバッサは返す。

「え? あ、はい。朝食の後、少し話をするからと、お二人で食堂を出ていかれましたよ」

 ……嫌な予感しかしない。

 昨夜私は、エトーリアとの話を、途中で切ってしまった。結果、意見が一致するところまでは話し合えていない。だから、エトーリアがリゴールに何か余計なことを言った可能性も、ゼロとは言えないだろう。

 できれば、何でもない話であってほしいのだけれど。
 そんなことを考えていると、偶々、歩いてくるリゴールと目が合った。

「おはようございます」
「……あ。お、おはよう」

 リゴールは何事もなかったかのような自然な挨拶をしてくる。が、色々考えていたせいもあり、私は自然には返せなかった。だが、リゴールは気にしていないようで、穏やかに微笑む。

「起きられたのですね」
「えぇ」
「良かった。安心しました」

 短い言葉を交わした後、リゴールはエトーリアに軽く頭を下げ、食堂から出ていく。
 私としては彼に聞きたいことがいくつもあったのだが、それらを問う時間はなかった。

 リゴールと別れたエトーリアは、静寂という単語の似合うような笑みを浮かべながら、穏やかな声で「おはよう、エアリ」と言ってくる。私は昨夜のことを気まずく思いながらも「おはよう」と返した。するとエトーリアは、隣の椅子に、ゆったりとした品のある所作で腰掛ける。

「……リゴールと何を話していたの?」

 恐る恐る問いを放つと、彼女は目を僅かに伏せて答える。

「昨夜のことよ」

 やはり。
 あぁ、もう、どうして。

 リゴールは自然に挨拶してくれたから、そのパターンは避けられたかもしれないと安易に考えた私が、どうしようもなく馬鹿だった。

「……余計なこと言ったんじゃないでしょうね」

 無意識のうちに、声が低くなってしまう。

「余計なことは言っていないわ。もちろん、傷つけるような言い方もしていないわよ。ただ、『敵襲の可能性が低くなるまで、エアリとは距離をおいておいて』と伝えただけよ」

 確かに、傷つくほど鋭い言い方ではなかったかもしれない。エトーリアは元々そんなに鋭い物言いをする人間ではないから、そこは、必要以上に心配することもないだろう。

 ただ、少々直球過ぎやしないだろうか。
 何でもぼかした言い方にすれば良い、というわけではないが、「もう少しどうにかならなかったの?」と思わずにいられない。

「エアリより、彼の方が、わたしの言いたいことをきちんと理解してくれたわ」

 何それ、嫌み?

「とにかく、そういうことだから。だからエアリも、今日からは、彼に依存することなく生きるといいわ」

 依存、なんて表現を使われ、複雑な心境。様々な色の絵の具を混ぜたような、心の色。言葉では上手く表せない心境で、けれども、それは確かに存在している。


 遅めの朝食を終えた私は、一旦、部屋へ戻ることにした。が、その途中で、リゴールにばったり出会ってしまう。

 今、一番会いたくない相手だ。しかし、真正面から歩いてこられると、無視するわけにはいかなくて。

「あ、エアリ。奇遇ですね」
「どこかへ行くところ?」
「はい。デスタンに会いに行こうかと」

 リゴールが発するのは、控えめな声。

「私も行って構わない?」
「はい……あ。しかし……その、すみません」

 凄まじく気まずそうな顔をされてしまった。
 これもエトーリアの話ゆえだろうか。

「ねぇ、リゴール。少し質問しても構わないかしら」
「え? ……は、はい」
「母さんから何か言われた?」

 勇気は必要だった。
 けれど、何とか問うことができた。

「はい。少しお話はさせていただきました。あ! け、けど! おかしなことを言われたりはしていませんよ?」

 リゴールは妙に饒舌じょうぜつ
 何かあったことは確か、と考えて、問題ないだろう。

「母さんはリゴールのことを良く思っていないのかもしれない……でも、私はいつまでも、貴方と共にあるつもり。私の人生だもの、大切なことは私が決め——」
「お母様のお言葉、無視するべきではありません」

 私が言い終わるより早く、リゴールは言葉を発した。

「えっ……」
「エアリのお母様は善良な方ですから、貴女に害があるようなことは仰いませんよ」

Re: あなたの剣になりたい ( No.114 )
日時: 2019/10/05 20:46
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gK3tU2qa)

episode.111 夕焼けの刻

 なぜそんなことを言うの?
 リゴールはエトーリアの味方なの?

 わけが分からなくて、どんな反応をすればいいのか困ってしまった。

「待って、リゴール。貴方は、今までみたいに親しくできなくなってもいいの? 平気なの?」

 私は平気じゃない。そんなことを言ったら重い女と思われてしまうかもしれない。けれど、それでも言える。リゴールと離れるのが平気でない、ということは、決して揺らぐことのない事実だと。

「どうなの?」

 怖々尋ねてみると、リゴールはきっぱりと答えた。

「いえ。そんなことはありません」

 まやかしのない表情。
 真っ直ぐな視線を放つ瞳。

 今のリゴールの顔つきは、真剣そのもの。日頃笑っている時とは真逆の色が、面全体に広がっている。

「わたくしとて、エアリと親しくできなくなれば、当然寂しく思います。けれど、貴女のお母様の意見を無視することは、わたくしにはできません」
「それは……そうだけど……」

 真剣な面持ちで言われてしまっては、軽い気持ちで否定することはできない。

「では、お先に失礼します」

 リゴールは軽やかに頭を下げ、再び足を動かし始める。

「ちょっと、リゴール! デスタンさんのところへ行くの? なら私も!」
「……すみません」

 心優しいリゴールのことだから足を止めてくれるだろうと、そう信じていた。けれど、彼は小さく謝罪の言葉を述べただけで、待ってはくれなかった。

 お願い、待って。
 もう少し話をさせて。

 ——言いたかったけれど、言えなかった。


 その日、私は自室で過ごした。

 出歩いてリゴールに遭遇してしまうのが嫌だったから。

 私は多分恐れていたのだと思う。リゴールに素っ気ない態度を取られることを想像すると、胸が痛くて、息苦しくて。

 こんなことになったのはエトーリアのせい。
 エトーリアが悪いの。

 自分の母親に責任を押し付けるなんて汚いと分かっている。けれど、それでもエトーリアを責めずにはいられなかった。


 窓の外に夕焼けが広がる頃。
 ベッドに寝転がりながら暗い気分になっていた私の部屋に、ミセが現れた。

「ちょーっとお邪魔するわね」
「ミセさん……」

 彼女が屋敷に出入りしていることは知っていたから、ここにいること自体には驚かない。だが、彼女が自ら私のところへやって来ることは滅多にないので、そこは少し驚いてしまった。

「あーら、どうしちゃったの? 何だか元気ないわねぇ」
「……はい」

 寝転がったままだと申し訳ないから、私は、取り敢えず座り体勢になる。

「あらあら、しっかりなさいよぅ」
「……今は、一人になりたいんです」
「あーら。もしかして、リゴールくんとのことを悩んでいるのかしらぁ?」

 ミセは部屋にずかずか入ってくる。

「……どうして、それを?」

 問いかけてみるけれど、ミセはすぐには答えない。彼女は口を開くことなく、私の方まで、流れるような足取りで歩いてくる。そして、そのまま、私の隣に腰掛けた。

「リゴールくんも、同じこと、悩んでいたわよ」

 ミセの声は、女神のように優しかった。

「こんな時に限って、どうすればいいか分からない。……そう言ってたわ」
「……リゴールが?」
「そう。アタシはその時、偶々、デスタンの動けるようになるための訓練を手伝ってたのよぉ。そしたら、部屋にリゴールくんがやって来てね」

 ミセは遠慮なく話し続ける。

「彼はデスタンに言ったの。どうすればいいのか分からない、って。それから、リゴールくんの話を聞いたわぁ」

 ミセは柔らかい髪を指でいじりながら話す。

「エアリの母親から距離をおくように言われたこととか、そのせいでエアリにどう接して良いか分からなくなったこととかを、彼は話していたわよ」

 そうか。
 リゴールも、色々考え、悩んでくれていたのか。

 そう思うと、少し安堵することができた。

 私一人こんな風に悩んでいるのかと思っていた。けど、それは違って。彼は彼でいろんなことを考えていたのだ。彼の振る舞いの妙な感じは、色々考えているからこそのものだったのかもしれない。

「そうしたら、デスタンがエアリを連れてこいって言い出して、それでアタシはここへ来たのよぅ」

 私を連れてこいって言ったの?
 デスタンが?

 ……怒られるのだろうか。

「だから、一緒に来てくれないかしら」
「構いませんけど……」
「けど、何?」
「あ、いえ。何でもありません」

 リゴールの件を知ったデスタンに会うというのは、正直、少し怖いけれど。でも、逃げることはできないだろう。

 それに、デスタンと話すことで解決法が見つかる可能性も、ゼロではない。
 やってみる価値はある。

「では行きます」

 ベッドから立ち上がると、私ははっきり述べる。

「良いのかしら?」
「もちろんです」

 逃げていても始まらない。


 ——けれど、後悔した。

「貴女の母親は王子に『距離をおくように』などと言ったそうですね。失礼だとは思わぬのですか」

 デスタンは怒りに満ちていた。黄色い片目にはただならぬ殺気が滲んでいるし、口角は下がっているし、表情は固いし。とにかく本気で怒っていそうな様子だ。

「貴女の母親はホワイトスターの出と聞きました。そして、王子のこともご存知だったと。だからこそ、許せないのです」

 デスタンの言うことも分からないではない。
 だが、エトーリアへの怒りを私にぶつけられても、改善のしようがないのだ。

「……とはいえ、貴女に言ったところでどうしようもないことでしょう。ですから、これ以上は言いません」

 少し空けて、彼は続ける。

「それで、貴女はどうなさるつもりなのですか」
「え?」
「王子を護る気は、もう失われたのですか」

 デスタンはベッドに横になっているのに、その表情ときたら、私なんかより数百倍しっかりしている。

「私だって……できるなら、これからも今までみたいに暮らしたいわ。リゴールの傍にいると、とうに心を決めていたもの」

 心を変える気はない。
 今でも。

「なら、今まで通りの関係を維持するということですか」
「私はそうしたいわ。でもリゴールは……」
「王子は、何ですか」
「リゴールはエトーリアの言葉を聞くべきだと言っていたわ」

 するとデスタンは、はぁ、と溜め息をつく。

「そんなものが王子の本心なわけがないでしょう」

 呆れられてしまっただろうか?
 だとしたら、少し悔しい。

「貴女は王子の何を見ていたのですか」

 デスタンは今日も愛想ない口調。だが、彼に言葉に心がないというわけではない。

「王子の傍に在ると決めたのなら、貴女は、嫌でも王子を見なければならないのです」
「……そうね」
「貴女が色々残念なことは知っています。ですから、多くを求めることはしないつもりです。けれど、せめて王子を見ることくらいは——忘れないで下さい」

Re: あなたの剣になりたい ( No.115 )
日時: 2019/10/05 20:47
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gK3tU2qa)

episode.112 彼女は確かに目の前にある

 デスタンから注意を受けた後、自室へ戻る。

 彼がリゴールをいかに大切に思っているのか。そして、リゴールのためにどんなに色々なことを考えているのか。
 それは分かった。

 ……いや、元々知ってはいたけれど。

 厳密には、分かっていなかったのが分かったのではない。前から分かっていたのが、さらに分かったという状態なのである。

 そのこと自体は悪くはなかったのかもしれない。

 けれど、リゴールとの関係を改善するヒントは、私には見つけられなかった。

 真っ直ぐに向き合えばいい。
 彼だけを見つめればいい。

 そう思いはするけれど、それは、そんなに簡単なことではないのだ。

 これから私はリゴールにどう接すればいいの?
 その問いの答えは、まだ出ない。

 純粋に彼を大切にしたいこの気持ちを胸に歩んでゆけば、エトーリアの存在がいずれ立ちはだかる壁となるだろう。その壁は多分、天辺が見えぬほど高いものに違いない。しかも、単に壊せば良いだけの壁でないところが厄介。ただ壊せば良いだけなら苦労はしないが、私への思いやりがあるゆえの壁なので、対処が難しい。

 そんなことを歩きながら、私は一旦自室へ戻った。

 が、扉を開ける直前、足を止める。

「……話してみなくちゃ」

 リゴールと、である。

 厄介そうなエトーリアは後回し。今はそれでいい。今は取り敢えず、少し話せば分かり合えそうなリゴールと話してみよう。

 部屋の中でうじうじしていても始まらない。
 そうして、私はリゴールの部屋へと向かうのだった。


「あ、こんばんは。エアリでしたか」
「いきなりごめんなさい」

 リゴールの部屋を訪ねると、幸運なことに、彼と会うことができた。
 彼は、扉を開けて私を見た時、少々気まずそうな顔つきをしたけれど。でも、嫌な顔はしないでいてくれた。

「少し、話がしたいの」
「お話……ですか?」
「えぇ。私、リゴールとまた仲良くしたくて」

 そう述べると、リゴールの顔面は曇った。瞼を半分ほど伏せ、切なげな表情を浮かべる。

「……それは、無理です」

 リゴールの声は弱々しい。しかし、言い方はきっぱりしている。
 彼の心には彼なりの決意があるということなのだろうか。だとしたら、それを変えることは容易ではないかもしれない。

 けれど、それでも私は、リゴールに私の気持ちを分かってほしい。エトーリアが何と言おうが関係なく、私はリゴールの傍にいたい——それを理解してほしいのだ。

「どうして無理なの?」
「エアリこそ、なぜ、お母様のお言葉を聞かず……いえ、すみません。本当は、貴女にもお母様にも罪はないのです」

 そうして訪れる、沈黙。

 声も音もなく、人の気配すらない。そんな静寂は、あまりに痛くて。肌を、胸の奥を、針で突かれているかのような感覚すらある。

 そんな沈黙の果て、リゴールは僅かに唇を開く。

「わたくしに勇気がないことが……すべての元凶です」

 発言の意味をすぐに理解することはできなかった。だが、その後十秒ほど考えたら、自身に責任があると言っているのだということくらいは掴めた。無論、それが正しい解釈なのかどうかは不明だけれど。

「とにかく、エアリは悪くありません。ではこれで……」

 部屋に引っ込もうとするリゴールの片腕を、咄嗟に掴んだ。

「待って!」

 リゴールは驚いたようにこちらを見る。私は何とか待ってもらおうとリゴールを凝視する。半ば無意識のうちに、二人の視線が重なった。

「お願い、待って」
「……エアリ」
「どうか落ち着いて話を聞いて。貴方は私のことを嫌いになったわけではないのでしょう?」

 もうチャンスを逃のがしたりはしない。
 できることはすべてしよう。

「それは……そうですが」
「なら私たち、きっと分かり合えるわ」
「し、しかし、お母様は……」
「母は関係ない! これは、私とリゴールの問題よ」

 私は少し調子を強めてしまったが、声を落ち着かせて続ける。

「そうでしょう?」

 するとリゴールは、五秒ほど間を空けてから、こくりと頷く。

「……仰る通りです」

 さらにそこから少し空けて、リゴールは口を動かす。

「そのためにも、ブラックスターの輩に襲われなくなる方法を、速やかに考えねばなりませんね」

 リゴールは、私とは反対の方向を向いていた体を回転させ、顔と体をこちらへ向ける。どうやら付き合ってくれるようなので、私は掴んでいた手を離した。彼がその気になってくれたなら、もう掴んでいる必要もない。

「わたくしはこの屋敷から出た方が良いかもしれません。しかし、そうなるとデスタンのことが心配です……」

 心配するところが若干間違っている気はする。が、長い間傍にいてくれたデスタンのことを心配するというのは、ある意味では当然のことと言えるのかもしれない。とはいえ、普通は自分の身を一番気にしそうなものだが。

「デスタンさんはミセさんの家に引き取ってもらう、というのは?」
「そんなことが可能でしょうか……?」
「ミセさんならきっと大切にしてくれると思うわよ」

 一体何の話をしているのか、という感じではあるけれど。

 その後もしばらく、私とリゴールは話し合った。
 主に、これからのことについて。

 エトーリアにとやかく言われないよう、敵襲の可能性を減らす策を考えなくてはならない。が、それは案外難しく。パッと答えが出るような問題ではなかった。

 結局良い答えは出なかった。

 リスクの多い選択肢がとにかく多過ぎるのだ。

 何かを手にするということは、何かを失うということ。それが世における『当然』だから、リスクのない選択肢などありはしないのかもしれないけれど。


 その夜。

 ふと目が覚めて瞼を開くと、紅の何かが視界に入った。

 さらりと流れる、唐紅の髪。
 見覚えがある。

「えっ……」

 血のごときワンピースに、黒いレースの袖。そして、紅の髪。

 間違いない。
 ブラックスター王妃の彼女だ。

 ——でも、彼女がなぜここに?

 その疑問が消えない。

 私は、エトーリアの家の自室でベッドに横になっていたはず。だから、ブラックスター王妃がこんなところにいるはずがない。

 でも、確かに見える。
 見間違いではない。

 幻かもしれないけれど、彼女は確かに、目の前にある。

Re: あなたの剣になりたい ( No.116 )
日時: 2019/10/11 04:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 32zLlHLc)

episode.113 鎌の王妃

 仰向けで寝ている私の上に覆い被さるようにしている、唐紅の髪の女性。彼女は間違いなくブラックスター王妃。以前ブラックスターに連れていかれた時に顔を合わせた、その人だ。

「えっ……」

 驚きと戸惑いが心の中で混じり合い、思わず声を出してしまった。できるのならば、もうしばらく気がついていないふりをしたかったのだが。

「んふふ……起こしてしまったかしら……」

 最初は幻でも見ているのだろうと思った。けれど、厚みのある唇から放たれる艶のある声を聞いていたら、そうではないと確信できてきた。無論、なぜ彼女がここにいるのかは、依然不明のままだが。

 しかし、女性に覆い被さられるというのは、奇妙な感じを覚えずにはいられない。
 しかも相手がブラックスター王妃だから、なおさらだ。

 いや、そもそも、王妃という身分の者がこんな時間にこちらの世界にやって来ること自体、不自然ではないか。

「ブラックスター王妃がこんなところに何の用!?」

 やや調子を強めつつ放ち、上半身を勢いよく立てる。

 すると王妃は一瞬にして体勢を変えた。
 直前までの仰向けに寝た私に覆い被さるようなポーズを止め、ベッドの端に腰掛けて足を組む。

「んふふ……警戒しているみたいね。でも必要ないわ。悪いことはしないから……」

 黒く長い爪の目立つ片手を口元に添え、上品に笑う。

 ブラックスターの、であるとはいえ、さすがに王妃は王妃。そこらの女性とは、まとっている雰囲気が違う。威厳のようなものが感じられるし、何より、色気はあるのに品が良い。

「こんなところまで、何しに来たの」

 そんなことを発しつつ、枕の方を一瞥する。

 ペンダントは枕元にあった。
 没収されてはいないようだ。

 だが、ペンダントは、この状況下では役に立たない可能性が高い。リゴールがいないから。彼が傍にいなければ、このペンダントを剣として使うことはできない。

「警戒しないで……良いことをしに来てあげたのよ? んふふ……」

 王妃はやはり気さくだ。前にブラックスターで面会した時もそうだったが、彼女は、私に対してであっても友人と話すような話し方をする。

 だが、笑い方からして善良な者とは思えない。

「良いこと? 何なの?」
「そう。良いこと」

 直後、彼女の唇が動いた。
 呪文か何かを唱えたかのような動き。

 そして、その数秒後、彼女の手には鎌が握られていた。

 漆黒で長い柄の鎌だ。持ち手には気味の悪い輝きがあり、先端部分は見るからに鋭利で。目にするだけで鳥肌が立ちそうな鎌である。

「——救済を」

 王妃は呟くように発し、鎌の柄を両手で握って、こちらへ近づいてくる。寝起きな上、武器も持っていない——そんな私は抵抗しないだろうという余裕があるのか、王妃の足取りはゆっくりしている。

「私を殺すつもり?」

 枕元のペンダントをそっと掴みつつ、問いを発した。
 すると王妃はほんの僅かに口角を持ち上げる。

「そう……んふふ。せめて苦しまず済むように、あなただけは……この鎌で命を刈り取ってあげるわ」

 余計なお世話! としか言い様がない。
 私は死を望んでなどいない。一方的過ぎるだろう。

「ちょっと、何なの? 私、まだ死ぬ気はないわ」
「んふふ……けれど、ブラックスターに捕まったら……死なせてと願うようになるほどの目に遭うわよ……?」

 王妃はさらっと怖いことを言った。

 死なせてと願うようになるほどの目に遭う、なんて、聞くだけでも恐ろしい。とにかくおぞましい。

 けれど、捕まらなければいいのだ。
 そうすれば、死なせてと願うようになるほどの目に遭うこともない。

 でも、脅しに怯んでここで大人しく言いなりになってしまったら、この先を生きてゆくことはできない。楽に死ぬことができたとしても、そこに益なんてそんなにない。

「止めて! 来ないで!」
「怖いのね? んふふ……可愛い娘……」

 ついに、鎌を持った王妃が、枕の近くにまで接近してきた。

「何人かの手下を使って偵察しておいた成果……十分にあったわ。おかげでここまで、誰にも見つからずに来ることができたもの。んふふ……」

 余裕ゆえか、王妃はそんなことを話し出す。

「家の構造さえ分かれば、侵入するのもたいしたことないわ——ね!」

 ——突如、彼女は鎌を振った。

 私は咄嗟にベッドから飛び退く。

「っ……!」

 鎌の先端は思っていたよりも大きく。
 十分距離は取れていると考えていたのに、左腕に掠ってしまった。

 私はその衝撃でバランスを崩し、床に落下。

 ペンダントを握っている右腕は問題ないが、鎌が掠った左腕が赤く滲み、ジクジクと痛む。大量出血するほどの傷ではない。比較的浅い傷だということは、何となく分かる。それでも、出血も痛みもまったくないということはない。

「避けたわね……やるじゃない。んふふ……」

 動けなくなるほどの傷を負う展開は避けられた。それは幸運と言えるかもしれない。けれど、その幸運に甘えて油断していてはいけない。幸運を良き結末に繋ぐためには、油断が一番良くないのだ。

「易々と殺される気はないわ!」
「そう……気が強いのね」

 一応強気な発言をしておいた。

 しかし、本心は、その言葉ほど強くはない。それに、私は元来、そんなに勇ましい人間ではないのだ。だから、命を狙われているにもかかわらず強い心を持ち続けるなんてことは、とてもできそうにない。

 強気に振る舞っていても足はガクガク、というやつである。

「でもね。んふふ……気が強いだけじゃ意味がないのよ」

 王妃は女性的な魅力のある声で言いながら、再び足を動かし始める。今度は、私が今いる方に向かって、歩いてきている。

「大人しくなさい……痛いことはしないから……」
「痛いこと、したじゃない!」
「それはあなたが動いたからよ。んふふ……痛いのが嫌なら、大人しくしていなさい」

 剣を使えれば戦えるのかもしれないが、私は、ここでは剣を使えない。リゴールがいないところでは、ずっとペンダントのまま。リゴールの近くにいる時、なんていう厄介な制約がなければ、いつでも身を護れるというのに。妙な制約のせいで、こういう時に使えないのは、正直辛い。

 私に選べる道は二つ。

 一つは、ここで王妃に殺されること。

 そしてもう一つは——逃げる!

 私は後者を選んだ。

 急に立ち上がり、扉のほうへ駆ける。そして扉を開けて廊下へ出、扉は一旦閉めておく。
 それから私は、リゴールの部屋の前まで走るのだった。


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