コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.67 )
- 日時: 2019/08/17 08:17
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9i/i21IK)
episode.64 今後への思考
数分後、私たちが案内されたのは食事のための部屋。以前エトーリアと二人で使ったことのある、地味な一室だ。一旦この部屋で待機するよう言われたため、椅子に腰を掛け、ぼんやりしながら、次に声がかかるのを待つ。
「美しい屋敷ですね!」
「そう?」
「はい! 素晴らしい屋敷だと思います。さすがはエアリが紹介して下さった屋敷、という感じです!」
ここへ来てからというもの、リゴールは妙に上機嫌。後から疲れたりしないだろうか、と、少し心配になるくらいの勢いである。
「この場所、お気に召したのですね」
さりげなく会話に参加してくるのはデスタン。
「はい!」
「それは良かったです」
「ありがとうございます!」
「……もっと早くここへ移動すべきだったのかもしれませんね」
デスタンの表情が微かに陰る。また、声も同じように変化する。
他者の声色の変化など気づきそうにないリゴールだが、目の色を変えた。デスタンが放つ雰囲気の微かな変化に、リゴールは気づいたようだ。
「まさか! そんなことはありませんよ、デスタン」
リゴールは笑顔を作り、デスタンに話しかける。
「貴方の頑張りがあったからこそ、わたくしもエアリもミセさんの家に泊めてもらえたのです。そして、それがあったからこそ、野宿せずに済みました。ですから、わたくしはデスタンの頑張りにも凄く感謝していますよ」
華奢な彼の口から出るのは、優しさ。善良な彼を映し出す鏡のような言葉。それらは、ややひねくれ気味なデスタンにさえ、すんなりと染み込んでゆくようで。
「……気遣いは不要です」
「あ。もしかしてデスタン、照れていますか?」
リゴールが冗談混じりに問う。
するとデスタンは強く「照れてなどいません!」と返した。
「……直球で礼を述べられると、どのように返すべきか分からず、少し困ってしまう……ただそれだけのことです」
「やはり照れていますね!」
「もう一度申し上げますが、照れてなどいません!」
「デスタン! どう見ても照れていますよ!」
いや、あの、そんなことで言い合いしなくていいから……。
そう言いたくなるのを飲み込みつつ、私はそっと口を挟む。
「照れていても照れていなくても、どっちでもいいんじゃない?」
するとリゴールとデスタンは、唇を閉ざして視線を合わせ、それから数秒して、呆れたように笑みを浮かべ合っていた。
なんだかんだで仲良しなのだ、彼らは。
まるで女子同士の親友のようなのだ、二人は。
そして私は、たまに浮いてしまう!
……いや、そこはおいておくとしようか。
「確かに、言われてみればそうですね。まさにエアリの言う通りです」
苦笑しながら先に発したのはリゴール。
「……無益な言い争い、失礼しました」
「デスタンは悪くありませんよ。わたくしがあまりよろしくないことを言ったのが問題です」
いつだって傍にいて、時にすれ違い、ぶつかり合うことはあっても、本当に憎しみ合うことはなく。どんなことがあっても、最後はまた笑って顔を見合わせられる。
私もいつかそんな相手がほしい——少し、そう思った。
「ところで、王子」
「何でしょう?」
「今後はいかがいたしましょう」
デスタンからいきなり話を振られ、リゴールは首を傾げる。
「ここで暮らしてゆくのではないのですか?」
「そうではありません。私が質問しているのは、ブラックスターの輩への対応です」
瞬間、リゴールの無垢な瞳が曇った。
「……また現れるでしょうか」
両の瞳に不安の色を滲ませながら漏らすリゴールに、デスタンは「恐らくは」と告げた。
デスタン本人に悪意はないということは、重々承知している。が、平淡な言い方ゆえ、私には少し心ない口調に感じられてしまった。
「エアリの話によれば、グラネイトは身を引くということでしたが……ブラックスターに狙われる定めは変わらないのでしょうか……」
片手を口元へ添えつつ、独り言のように発するリゴール。デスタンは、それに、きっぱりと返す。
「私に未来予知能力はありません。ですから、未来は分かりません」
リゴールはすぐに言葉を返すことはできずにいた。そのため、室内に沈黙が訪れてしまう。それを気にしてか否かは不明だが、デスタンが続けて言葉を放つ。
「ただ、私は、王子をお護りするためにできることはすべて行っていこうと、そう考えています」
デスタンは真剣な顔つきだ。
「第一は、必要な時に戦えるよう私自身が強くなること。そして次に」
そこまで言って一旦言葉を切ると、デスタンは私へ視線を向けてきた。
「剣を持つ彼女が、ある程度まともに戦えるようになること」
「わ、私!?」
「はい。貴女は剣に選ばれた特別な存在、だからこそ、努力することが必要です」
妙に辛口だ。
もっとも、間違っていると言う気はないが。
「……そうね。戦えるようになるには、努力が必要だわ」
「自覚があるだけましですね」
失礼! と内心放ちつつも、敢えて過剰に反応することは避け、滑らかに話が進むよう心がける。
「けど、何から始めればいいのか、さっぱりだわ」
「個人での基礎的な体力作りは必要ですが、剣の技を教えてもらえる場所があれば最良かと」
「剣の技……」
今デスタンと話していることが私のことであるという実感は、まったくと言っていいくらい湧かない。体力作りだとか、剣の技だとか、よく分からない。
「デスタンさんに習うというのじゃ駄目?」
「できません」
「即答!?」
「私は剣の扱いには長けていませんから、貴女に教えるには相応しくない人間です」
嫌だから、という理由ではなかったようだ。
それがせめてもの救い。
「話は戻りますが……第三は、新たな戦力を味方につけるということです」
「新たな戦力とは?」
笑いたくなるくらい王道の問いを放ったのは、リゴール。
「戦える者、という意味で言いました」
「つまり……戦える味方を増やすということですね?」
「はい」
デスタンが言うことも、分からないことはない。
彼一人や素人の私が必死に頑張ったところで、できることは限られている。それに、場合によって敵が大勢ということも考えられるわけだから、二人でリゴールを護ることができるのかと聞かれれば、気軽には頷けまい。
そういう意味では、戦える味方が増えるというのはありがたいことだ。
ただ、問題は残る。
まずは、戦える者をどこで見つけるのか。
世の中に手練れはそう多くはないはず。ブラックスターの者と渡り合えるような人間を探すのは、楽ではないだろう。
そして、もし戦える者を見つけたとして、その者をいかにして味方とするのか。
知り合いの知り合いなどなら比較的スムーズに味方になってくれるかもしれない。だが、赤の他人であったなら、味方になってもらうだけでも一苦労だろう。
「ではデスタン。戦闘能力が高い者を見つけなくてはならない、ということですね?」
「はい」
「それは……貴方が見つけられますか?」
リゴールの問いに対し、デスタンは、「善処します」と柔らかく答えた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.68 )
- 日時: 2019/08/18 06:33
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: rE1CEdls)
episode.65 暇潰し的な
それからはまた、穏やかな毎日だった。
エトーリアの屋敷では、私もリゴールも、そしてデスタンも、それぞれ部屋を貰うことができた。私が与えられた部屋は、それほど広くはない部屋だったけれど、自分だけの空間を手に入れられたことは嬉しくて。久々の自室というものに、心踊らせずにはいられなかった。
そんな中、私は、現時点で取り敢えずできることに取り組み始めた。
ちなみに、取り敢えずできることとは、簡単な体力作りである。
とはいえ、その内容は偉大なものではない。屋敷の中を走り回るであったり、自室のベッドで急に上半身を起こす行為を繰り返したり、そんなくだらない感じのものばかりであった。
それでも何もしないよりかはましだろう。そう信じ、私は、そんな残念な体力作りを継続していた。
が、正直なことを言うなら、それらの行為には暇潰し的な意味合いもあった。
そんなある日。
まもなく夕食という夕暮れ時に、デスタンが私の部屋へやって来た。
彼が一人で私の部屋を訪れるのは、嵐の前触れかと不安になるほど珍しいことだ。ここへ来てからだと、初めてかもしれない。
それだけに、扉を開けて彼が立っていた時には、かなり驚いた。
「今、少し構いませんか」
「……どうかしたの?」
「貴女の剣の師となれそうな者を探していたところ、興味深い話を聞きまして」
エトーリアの屋敷へ移動してからも、彼は外出していることが多かった。またどこかで働いているのかと思っていたのだが、どうやらそれは違ったようだ。
「ここより南へ数分下った辺りにクレアという都市があるのですが、そこで明日、武芸大会が開かれるようなのです」
デスタンは丁寧に話してくれる。しかし、私の部屋の中へ足を踏み入れる様子はない。どうやら、中へ入ってゆっくり語らう気はないようである。
「武芸大会?」
「はい。そこで高成績を残すような者からなら、良い技が習えるかと思うのですが」
デスタンは良き師を探そうとしてくれていたようだ。そんなに考えてもらえていたなんて、と嬉しくなる。
すると、「私のこと、気にかけてくれていたのね。ありがとう」という感謝の言葉が、口からするりと出た。
それに対しデスタンは、気恥ずかしげに目を細めて、「すべては王子のためですから」と返してくる。
相変わらず素直じゃないわね、と、私は呆れてしまった。
「貴女が望むのなら、良き剣の師となりそうな人物を探してきますが」
「そんな。任せっきりは申し訳ないわ」
デスタンが私の護衛なのなら、彼に頼むというのも立派な一つの選択肢だろう。だが、現実はそうではない。デスタンはリゴールに仕えているのであって、私は、ほぼ無関係に近い存在。それゆえ、私がデスタンに任せてしまうというのは、少々間違っているような気がする。
「……では、どうしますか」
「武芸大会は私が観に行くわ」
片手を胸に当てて言うと、デスタンは少し戸惑ったような顔をした。
「貴女が?」
「えぇ。駄目かしら」
「いえ、そうは思いません。ただ、素人の貴女が師に良さそうな人物を選べるのか、心なしか不安です」
確かに、と、心の中で頷く。
数いる参加者から良い師となってくれそうな人物を探すというのは、なかなか難しそうだ。
「それはそうね。……デスタンさんも一緒の方がいいかしら」
「強要はしませんが」
デスタンは行きたくないと思っているわけではないようだ。
「じゃあ、リゴールも一緒に、三人で行く?」
「それは問題でしょう。王子を外へお連れするのは危険かと」
「でも、一人にするのも危険じゃないかしら」
デスタンはすぐに言葉を発そうとしたが、何か思うところがあったのか、口の動きを唐突にぴたりと止めた。
「……デスタンさん?」
唐突なことに戸惑っていると、十秒ほど経過してから、デスタンは再び口を動かす。
「失礼しました」
「大丈夫?」
「はい。失礼しました」
少し空けて。
「せっかくの機会ですし、三人で観に行きましょうか」
「本当!?」
「はい。まずは王子に一度声をかけてみます」
「分かったわ。ありがとう」
デスタンと二人でも問題はないけれど、でも、できるなら三人の方が良い。なぜなら、その方が気まずくなりにくいから。
せっかくの外出なのだから楽しめる方が良いに決まっている。
気まずさの中で過ごすなんて、損だ。
デスタンと別れてから、私は、胸が高鳴るのを感じた。
胸の内にあるのは、期待や楽しみという感情だけではない。胸の中に渦巻くのは、決してそのような前向きなものばかりではないのだ。知らない世界へ行くことへの不安や緊張、そういったものも、私は確かに抱いている。
だがそれでも、この感覚を嫌いだとは思わない。
知らない世界へ行くことも、新たな領域へ踏み出すことも、嫌なことではないから。
夕食後、リゴールが私の自室へやって来た。それについてデスタンまでやって来て、自室が急に賑やかになる。
「明日武芸大会が開かれるそうですね!」
ベッドや棚や机と椅子くらいしかない私の自室で、目を輝かせながらそう言ってきたのは、リゴールだ。
「わたくしも共に参ります!」
「いいの?」
「もちろんです!」
リゴールの太陽のような笑顔を見ていると、何となく、こちらの心まで明るくなってくる。不思議な影響力だ。
「三人で行けることになったのね、デスタンさん」
「はい。ただし、ブラックスターの者に見つからないよう、なるべくらしくない格好で出掛けることにしましょう」
「らしくない格好って?」
そこだけが気になったので、ピンポイントで尋ねてみた。
その問いに答えるのは、デスタン。
「いつもとは違う服装を、ということです」
「そういうことね。……けど大丈夫? 違う雰囲気の服なんて、持っているの?」
さらなる問いにも、デスタンは淡々と答える。
「それならご安心を。既に話はつけてありますので」
「どういうこと……?」
「エトーリアさんに、服を借りさせていただくことにしているのです」
「母さんに!?」
行動が早いっ。
「はい。理解力のある方で、助かりました」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.69 )
- 日時: 2019/08/19 07:33
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: u5fsDmis)
episode.66 本日のお召し物
翌朝、バッサが部屋にやって来た。
彼女の服装は、私が父親と暮らしていたあの頃と、まったく変わっていない。
足をしっかりと隠す丈のある、紺色のワンピース。その上には、長期に渡り使用しているからかやや黄ばんだ白エプロン。そして、頭部には布製の白い帽子。
笑えてしまうくらい見慣れた服装だ。
「おはようございます、エアリお嬢様」
「バッサ! おはよう」
彼女の手には、丁寧に畳まれた衣服らしき物体。
「本日のお召し物をご用意しました」
「本日のお召し物……?」
「デスタンさんが、本日は三人共いつもとは違った服装での外出をお望みとのことでしたので」
バッサの丁寧な説明を聞き、私はようやく思い出す。デスタンが、いつもと違う服装で外出すると言っていたことを。
「忘れてた! そうだったわね!」
「はい。ですからお持ちしました」
そう言って、バッサは畳んだ衣服を差し出してくる。
「着るの、手伝ってもらってもいい?」
「承知しました」
こうして私は、寝巻きから、バッサが運んできてくれた衣服に着替えることにした。いつもの黒いワンピースは、今日はお休みだ。
——そして、十五分後。
「完成ですね」
「助かったわ! バッサ!」
私は着替えをスムーズに終えることができた。
だが、しばらく同じ服ばかりを身につけていたせいか、別の服をまとうと不思議な感じがする。どうもフィットしないというか、何というか。
私がそんな言葉で表し難い違和感を感じていることに気がついたのか、バッサは「姿見をお持ちしましょうか?」と声をかけてくれる。彼女の小さな気遣いに感動しつつ、私は「頼んでもいい?」と返す。するとバッサは、柔和な笑みを浮かべながら「もちろんです」と述べた。
その後バッサは、一旦部屋から出ていったが、ものの数分で戻ってきた。姿見と共に。
「いかがでしょう?」
バッサは鏡面を私へ向ける。
そこへ映っていたのは、らしくない格好の自分。
ボタンの周囲にフリルがあしらわれた白いブラウス。胸の下ラインから始まる、コルセットをくっつけたような小花柄のスカートは、落ち着いた色彩ながら女性らしさを欠いてはいない。ただ、腰の辺りにつけられた革製の茶色いベルトは、少し男性的な雰囲気を醸し出してもいる。
「こんな感じなのね……」
「お気に召しませんでしたか?」
「いえ! 素敵な服よ!」
ただ、と続ける。
「私に似合うかどうか、少し不安なの」
「そうですか? お似合いだと思いますよ?」
「……そう言ってもらえたら、ホッとするわ」
こんなおしゃれな女性みたいな服、私に似合うのだろうか。違和感はいまだに消えない。けれど、バッサが「似合っている」というようなことを言ってくれたから、少しだけ安心することができた。やはり、バッサは気が利く。
「靴はこの革靴をお履き下さいね」
「ありがとう! ……けど、慣れない靴で大丈夫かしら」
「あの屋敷から持ってきた物ですから、以前履かれたことがあると思いますよ」
「そうなの! なら大丈夫そうね」
合流し、エトーリアが手配してくれた馬車に乗り、私たち三人は南下する。
目指すは、武芸大会が開かれるという都市クレア。
新たな出会いを期待し、微かに胸を弾ませながら、私たちは旅立つ。
「楽しみですね、エアリ!」
明るい笑顔で述べるリゴール。
彼も私と同じで、いつもの服装ではない。
シンプルなデザインの白いブラウスに暗めの枯葉色のベスト。そして、その上に黒いケープのようなものを羽織っている。
彼の代名詞と言っても過言ではない詰め襟の上衣。それを身にまとっていない彼は、どことなく別人のようだ。
「えぇ、そうね」
「そこそこ立派な都市だと聞いておりますから、今から楽しみで仕方ありません……!」
今は収まっているとはいえ、いつ敵から攻撃されるかも分からない状況だ。にもかかわらず、こんなにも明るく振る舞えるというのは、不思議で仕方がない。もし私が彼であったとしたら、こんな明るくはあれなかったことだろう。
「デスタンも楽しみですよね!」
リゴールは、視線を、私から向かいに座っているデスタンへと移す。
「……デスタン?」
黒いスーツを着こなし、両家に仕える執事のような出で立ちのデスタンだが、リゴールに声をかけられても返事はしない。席に座り、瞼を閉じてじっとしている。
「どうしたのです? デスタン?」
リゴールは不安げな眼差しを向けながら声をかける。が、デスタンは反応しない。彼はまだ、瞼を閉ざしたままじっとしている。
「……寝てるんじゃない?」
ふと思い立ち、私はそう言ってみた。
するとリゴールは不思議なものを見たような顔をする。
「寝ている、ですか?」
「反応がないってことは、その可能性もあるわよ」
「確かにそうですね。しばらくそっとしておきましょうか」
デスタンが居眠りをしているというのは、なかなか奇妙な感じである。
だが、彼とて不老不死ではない。それゆえ、たまには休息が必要な時もあるのだろう。休みたい時というのは誰にだってあるものだ。
「しかし……デスタンが人前で眠るとは驚きです」
「安心しているのかもしれないわね」
「えぇ、わたくしもそう思います。デスタンも、エアリがいてくれれば安心なのでしょうね」
いやいや。
私がいて、という理由ではないだろう。
「わたくしも、エアリが傍にいて下さるおかげで、安心して過ごせていますよ」
リゴールは微笑みかけてくる。
その笑みが眩しくて、私は少し目を細めた。
「私、何もしていないわ」
「そんなことはありません! エアリはわたくしを大切にしてきて下さったではないですか!」
「……そうだったかしら」
「そうですよ!」
確かに私は、リゴールのことを大切に思ってはいる。華奢な彼を護りたいと思うし、傍で支えてゆきたいと願いもする。
だが、実際そのために行動できているかどうかは別問題だ。
私には特別な能力はないし、戦いに長けているわけでもない。戦いの面でなら、リゴール本人よりもずっと弱い、ただの素人だ。そこらを歩く人々と何も変わらない。
「エアリは、出会ったばかりのわたくしを躊躇いなく家に泊めて下さいました。そして、それによって被害を受けた時も、わたくしを責めずにいて下さいました。あの時出会っていたのが貴女でなかったなら、わたくしは多分、今頃飢え死にしていたと思います。ですから、エアリには本当に本当にお世話になりました」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.70 )
- 日時: 2019/08/20 08:34
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: aFzuuCER)
episode.67 クレアの武芸大会
クレアに到着した。
そこは、非常に賑わっている都市だった。
大通りは道幅がかなり広い。しかし、それでも混雑。人で溢れかえっている。武芸大会が開かれるからなのか、いつもこのような感じなのか、そこは分からない。ただ、少なくとも、私がこれまで行ったことのあるどの街より人が多いことは確かだ。
「よく眠っていましたね、デスタン」
「……失礼しました」
「いえ、責めているわけではありませんよ。では早速。武芸大会とやらの会場へ行ってみましょう」
馬車を降りた私たち三人は、砂利の敷かれた大通りへ足を踏み入れる。
途中ではぐれないよう、注意しながら。
デスタンの案内に従い、歩くことしばらく。目の前に、黒くて大きい建造物が現れた。全体的な形は円形で、外側の壁の高さは二階建ての家を縦に二つ重ねたくらい。それゆえ、外から中の様子を覗き見ることはできそうにない。
「大きいですね……!」
一番に感嘆の声を漏らしたのはリゴール。
「こんな大きさの建物、こちらへ来てから初めて見るかもしれません……!」
「それは、ホワイトスターではよくあったということ?」
リゴールを一人で喋らせ続けるのも何なので、思いきって質問してみた。すると彼は、頭を左右に動かす。
「いえ。よく、はありません。ただ、城はそこそこな大きさがありました」
「お城! 確かに、お城ならとっても大きいのでしょうね!」
私は城で暮らしたことはないし、城下町で暮らしたことさえない。だから、本物の城というものは知らない。私の脳に刻まれているその姿とは、昔絵本で見たものなのである。
それゆえ、私が考えている城のイメージが実際の城と一致しているのかどうかは、分からない。
「そうですね。内部が妙に複雑で、よく迷子になりました」
「迷子って……」
「似た部分が多いので、歩いていると段々よく分からなくなってくるのです」
円形の建造物に向かってゆっくり歩きつつ、私はリゴールと言葉を交わす。深い意味のない話題ばかりではあるが、私としてはその方が気が楽なので、嫌ではない。
「私も迷いそうだわ……」
「はい、皆迷います。わたくしのところへ来て下さったばかりの頃、デスタンもよく迷っていました」
リゴールがそう言ったところへ、デスタンがすかさず口を挟んでくる。
「余計なことを言い触らさないで下さい、王子」
きちんとした雰囲気の黒い上下を身にまとっているデスタンは、隙のない印象だ。日頃の彼が情けなく見えるというわけではないが、今の彼は、特に完璧な雰囲気を漂わせている。
それだけに、「よく迷っていた」などという話を聞くと、不思議な感じがしてしまう。
「何を言い出すのです? デスタン。余計なことではありませんよ?」
「余計なことです」
「昔貴方が迷子になっていた話をしているのです。余計などではありませんよ?」
「恥をかかせるような話は止めて下さい」
リゴールとデスタンの永遠に続きそうなやり取り。こういったことは時偶発生するので、驚きはしない。
「そろそろ会場へ入りましょう」
「あ! デスタン、話を逸らしましたね!?」
速やかに歩き出すデスタン。
リゴールはその背を追って、小走りする。
「何のことでしょう? ……行きますよ」
「えぇっ」
滑らかな足取りで速やかに先頭を行くデスタン。その黒い背中を小動物のように懸命に追うリゴール。そんな二人に、私はついていった。
円形の大きな建造物。その内部は、個性的な構造になっていた。というのも、建物自体はドーナツのような形になっていたのである。しかも、一階の一部を除けば、そのほとんどが客席。座席がびっしりと並んでいて、自由に座ることができるようになっている。
私たち三人は速やかに席につこうとしたのだが、一階の客席にはもうあまり空きがなく、結局三階まで上がることになった。最上階である。
建物の内をくり貫いて作ったような楕円形のフィールドには若々しい緑がきっちり並んで生えていて、風が吹くたび、それらは波のように揺れる。
「面白い構造ね」
「ですね! わたくしもそう思います」
隣の席のリゴールと視線を合わせ、意味もなく笑みをこぼす。
「期待通りの実力者がいれば良いのですが……」
「真剣ね、デスタンさん」
「当然です。遊びに来たわけではありませんから」
まだ誰も現れていないフィールドへ真剣な眼差しを向けるデスタンの横顔を見ていたら、胸の中でおかしな感情が膨らんだ。これは一体何? と問いたい衝動が込み上げてきたが、問う相手がいないため諦めた。
そんな時、リゴールが唐突に問いを放つ。
「しかしデスタン。実力者を見つけられた場合、いかにして知り合いになるのですか?」
フィールドにはまだ誰も現れない。だが、客席は着実に埋まってきている。最上階でもほぼ空席がない状態、かなりの賑わいだ。
武芸大会がここまで人気のある催し物だったとは。
こう言っては失礼かもしれないが、正直、驚きしかない。
「上位数名とは表彰後に言葉を交わすことができるそうなので、その時にでも声をかけてみるつもりです」
デスタンの淡々とした答えに、リゴールは眉を寄せる。
「呼び出せれば楽なのですがね……」
表彰後に声をかけられる時間が設けられているというのは、ありがたいことだ。だが、たとえそのような時間があったとしても、私は話しかけには行けないだろう。
「王子がそう仰るのは分かります。城では呼び出すのが普通でしたから」
「わざわざ話しかけにいかねばならないというのは、どうも違和感が……」
リゴールはこの世界での暮らしにすっかり馴染んでいるように見える。苦労しているようにも見えないし。
しかし、もしかしたらそれは違うのかもしれない。それは、私の都合のいい解釈なのかもしれない。
そんなことを、少し考えたりした。
「それは理解しています。が、ここでは他人を自由に呼び出すわけにはいきません。王子、どうか我慢なさって下さい」
「……そうですね。わがままは言いません」
直後。
わぁぁ、と、客席から大きな声が沸き上がる。
一瞬何事かと思い焦ったが、事故や災害が発生したではないようで。フィールドを見下ろし、目を凝らすと、出場者が入場してきているのが視認できた。
武芸大会がようやく始まるようだ。
出場者が入場してくるなり、会場全体の盛り上がりが一気に高まった。客席も物凄い騒ぎで、建物が崩れてしまわないか不安なくらいである。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.71 )
- 日時: 2019/08/20 08:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: aFzuuCER)
episode.68 観戦とその後
鳴り止まない異様なほどの歓声が、空気を激しく揺らす。一時間もこの歓声を聞いていたら、耳を痛めてしまいそう。
そんな中に、私はいた。
リゴールは歓声に驚き戸惑っているらしく、固い表情になっており、また、両耳に手を軽く当てている。耳へ飛び込んでくる大きな音を少しでも小さくしようとしているのかもしれない。
一方デスタンはというと、直前までと少しも変わっていない落ち着き払った表情で、フィールドをじっと見下ろしていた。髪で隠れていない右目は、フィールドに向かって、真剣な眼差しを放っている。
二人の様子は正反対。
ちなみに、私は、どちらかというとリゴール寄りである。
他者との接触を避けるような生き方をしてきたわけではないが、ここまで騒がしい場所に放り込まれるのは初めてかもしれない。
大迫力の歓声が飛び交う中、フィールドには参加者のうち二人が向かい合わせに立つ。
「そろそろ始まりそうね、リゴール」
「ですね」
「どんな戦いが見られるのかしらね」
それから、フィールドではいくつもの試合が行われていった。
参加者は男性が多かったが、女性がいないということはなく、十数名の参加者のうち三人ほどは女性だった。
戦いを見ていて私が意外に思ったのは、女性であってもそれなりに戦えていること。そして、相手が男性であっても怯まず挑んでいっていることだ。
特に印象に残った剣士の少女などは、可愛らしい雰囲気の容姿ながら、木製の剣で対戦相手の男性を軽く蹴散らしていた。
二時間ほどが経過して、武芸大会は終了した。
始まる前は「観ているだけというのも結構疲れそうだな」などと思っていたのだが、案外そんなことはなく。始まってしまえば、不思議なくらいあっという間に時が過ぎた。
私がさりげなく気に入っていた剣士の少女の結果は二位。
決勝戦まで残ったものの、対戦相手の屈強な男に、最後の最後で負けてしまったのである。
一位になれず、少し残念。
ただ、女性ながら二位の座を手にしたというのは、素晴らしいことだと思う。
「終わりましたね」
大会中、ずっと真剣な顔つきでフィールドだけを見つめていたデスタンが、ようやく私たちの方へ視線を向けた。
「なかなか熱かったわね!」
「……貴女、目的を忘れていませんか?」
「わ、忘れてなんてないわよ!」
「なら良いのですが」
そう。私たちは戦いを楽しむためだけにここへ来たわけではない。私たちがここへ来たのは協力者を探すため。それを忘れてはならない。
「では行きましょうか」
そう言って、デスタンは席から立ち上がる。
「もう行くの?」
私がそんな風に問うと、デスタンは「はい。何事も早い方が良いですから」と述べた。
直後、デスタンが立ち上がったのを目にしたリゴールは、すっと腰を上げる。座っているのが三人のうち自分一人だけになってしまったため、私は慌てて立ち上がった。
誰に声をかけるつもりなのだろう? と考えながら、私はデスタンの背を見つめて歩く。
私たちが一階へ降りた時、建物の入り口付近には既に人だかりができていた。係の人は「押し合わず、お並び下さい」と大声を発している。が、言葉など何の意味も持たず。結局、係の人の注意によって人だかりが整理されることはなかった。
「な、何ですか……この人の群れは……」
人の海ではぐれてしまわないよう手を繋いでいるリゴールが、恐ろしいものを見たかのような調子で漏らす。
「凄い人よね」
「はい、本当に……めまいがしてきま——」
直後。
リゴールと繋いだ手にかかる重みが、急に大きくなる。
「ちょっ……!?」
異変を感じ、思わず叫ぶ。
だが返事はなく。
その数秒後、リゴールの体が私の方へと倒れ込んできた。
彼の細い体を包むように支え、「どうしたの!?」と声をかける。すると彼は「……いえ、その……」と掠れた声で返してきた。
意識を失ってはいないようだ。
けれど、だからといって油断はできない。
いくらリゴールが華奢な体をしているとはいえ、この人混みの中で彼を支えながら歩くというのは無理がある。それに、この状態では、誰かに声をかけに行くなんて不可能だ。そんな余裕はない。
「どうしたの?」
「……少し、気分が」
「気分が悪いの?」
デスタンはリゴールの様子の変化に気がつかなかったらしく、一人歩いていってしまう。
可能なら名を呼んで止めたいところだが、ここで彼の名を叫ぶわけにはいかない。もし敵が人込みに紛れ込んでいたら大変だからだ。
「と、取り敢えず……人混みから離れましょ」
デスタンを呼ぶことは諦め、ひとまず人混みから外れることにした。
人通りが少ない建物の隅へ移動し、リゴールを地面に座らせる。
王子だった人をこんなところへ座らせて良いのだろうか、と思いつつ。
「大丈夫?」
「はい……」
リゴールは壁にもたれ、小さく肩を上下させる。
「怪我したわけではないわよね?」
「はい……」
「なら良かった。きっと、急に人混みに入ったせいね」
「情けない……申し訳ありません……」
こうしていると思い出す。
リゴールと初めて出会った日を。
あの時も、彼は今みたいに、壁にもたれかかっていて——そんな彼に、通りかかった私が声をかけたのだ。
思えばそれが、すべての始まりだった。
私は彼の横にそっとしゃがみ、小さく声をかける。
「何だか懐かしいわね」
「……エアリ?」
リゴールは戸惑ったような表情を浮かべた顔を向けてくる。
「懐かしい……とは?」
「初めて会った日も、こんな感じだったじゃない。リゴールは壁にもたれかかってて」
するとリゴールは、過去を懐かしむような微笑みを口元に湛えながら、静かに瞼を閉じた。
「……そうでしたね」
デスタンを呼び止めることができなかったことは少し後悔している。だが、リゴールが穏やかな表情を浮かべているのを見たら、心から「良かった」と思えた。
「懐かしいです、本当に……」
「あの時声をかけてみて良かったわ」
私がそう言った瞬間、リゴールは急に顔をこちらへ向けた。かなり驚いているような顔をしていた。
「それは真まことですか!?」
「え」
「声をかけて良かったと、本気で言って下さっているのですか!?」
いきなり凄まじい勢いで問いを投げかけられたことに戸惑いつつも、はっきり答える。
「本当よ。だって、あの時声をかけてみなかったら出会えなかったんだもの」
途端にリゴールの瞳が潤んだ。
「エアリッ……!」
「え?」
リゴールは私の体を抱いた。
強く、抱き締めた。
私が困惑していることなどお構い無しに。
「ありがとうございます……! 嬉しいです……!」
「え、ちょ、あの」
「これからも傍にいて下さいますか?」
「え、えぇ。それはそのつもりだけど……」
——その時。
「ちょっと! こんなところで何してるの!」
鋭い声が飛んできて、慌てて声がした方を向くと、そこには一人の少女が立っていた。
そう——私が密かに応援していた、二位になった少女が。
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