コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.82 )
日時: 2019/08/30 09:08
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SsOklNqw)

episode.79 あの夢の、でも

 トランが言葉を発した瞬間、垂れ下がっていた半透明の黒い布は消えた。
 その様子を目にしたトランは、私の方へと視線を移し、にっこり笑って言ってくれる。

「入っていいみたいだよー」

 黒い布が消えれば入っていい、と、決まっているのだろうか。

「……本当に大丈夫なの?」
「うんうん、問題ないよー」

 私は彼をじっと見つめる。すると彼は、私を、真っ直ぐに見つめ返してきた。

 嘘をついている人間の顔ではない。
 だから私は、信じてみることにした。

 手足はもう拘束されていない。己の意思で、好きなように動かせる。

 私は足を進め、王妃の間へと入っていく。


「んふふ……来てくれたのね……」

 王妃の間で私を待っていたのは、見覚えのある人物だった。
 肩まで伸びる唐紅の髪。唯一黒い、前髪の一房。華やかな顔立ち。そして、衣服を身にまとっていても女性の魅力を放っている、豊満な体。

「貴女!」

 間違いない。
 彼女は、私の悪夢に出てきた人物だ。

 私がみた夢の中で、リゴールを襲っていた彼女。違いない。

「……どうかしたのかしら?」

 かなり体のラインが出る、血のように赤いドレス。肩から手首まで伸びる袖は、黒いレースでできている。

「貴女、王妃だったの!?」

 夢に出てきた人物とこんなところで会うなんて、と驚き、思わず大声を発してしまう。
 後から「いきなり大声はまずかったか」と自身の行動を悔やむ。しかし、目の前の王妃は何も言わず、魅惑的な笑みを浮かべるだけだった。

「んふふ……何を驚いているのかしら……」
「ごめんなさい、いきなり。少しびっくりしてしまって」
「びっ、くり……?」
「えぇ。というのも、つい最近みた夢に貴女が出てきていたの」

 何となく普通に話してしまっているが、相手はブラックスター王妃。本人は怒っていないようだが、このような話し方をしていて問題ないのか少々不安である。

「んふふ……面白いことを言うわね……。少し、気に入ったわ。こうして巡り会えたのも何かの縁。二人でお話、しましょう……?」

 王妃は妙に友好的。
 なぜなのだろう。


 その後、私は、王妃の間にて王妃と二人の時間を過ごした。

 王妃の話によれば、ブラックスターでは、王妃を名前で呼ぶことはほとんどないらしい。何者であろうが、王妃は王妃という捉え方なのだとか。

 個人的には、永遠に名で呼ばれないというのは寂しくなりそうな気がする。しかし、彼女はあまり気にしていないようだった。もしかしたら、慣れれば案外気にならないものなのかもしれない。

「それにしても……驚いたわ」

 王妃の間のベッドに腰掛け、私は彼女と話す。

「え?」
「ホワイトスターの王子はお子ちゃまでしょう。あれが気に入るくらいたぶらかした女なんて、どんな色っぽい女なのかと気になっていたのだけれど……んふふ……」

 黒く塗られた長い爪が目立つ手を口元に添えつつ、王妃はそんなことを言う。

「案外……地味な女、だったわね……んふふ……」

 ちょっと! 馬鹿にしないでちょうだい!

 できるなら、そう言ってやりたいところだ。

 しかし、彼女の発言のすべてが間違っているわけではないため、鋭い物言いはしづらい。特に、私が地味な女であるというところなどは、まぎれもない事実である。

 そういったこともあるため、私は、何も言い返さないでおいた。

 それに。

 ここは敵地、彼女は敵陣営の王妃。それゆえ、あまり刺激するのは良くない。

 私はホワイトスター王族ではないから少しはましかもしれないけれど。でも、好戦的な態度をとったがために痛い目に遭わされるという可能性も、ゼロではない。

 ここは大人しくしておくに限る。

「んふふ……ホワイトスターの王子の趣味は、よく分からないわね」

 さりげなく失礼なことを言われたが、我慢。怒りを露わにしてしまわないよう耐えながら、王妃の様子を窺う。

 するとその時、彼女は、唐突に立ち上がった。

「んふふ。じゃあそろそろ……お開きとしましょうか?」

 立ち上がった王妃は、くるりと振り返り、まだベッドに腰掛けている私へ視線を落とす。そして、色気のある唇に怪しい笑みを浮かべた。

「話は終わり、ということ?」
「んふふ。そうよ」

 そう聞き、私は腰を上げる。

「気に入ったわ……可愛い娘ね。良ければ……んふふ。またいらっしゃい」
「ありがとう」

 話している間、ずっと、気を抜きすぎず様子を窺ってみていた。しかし、王妃にもその周囲にも、不自然な動きはなかった。王妃が私を「地味な女」などと言ったりしていたのもただの私語の一環であったようだし。

「んふふ……じゃ、迎えを呼んであげる」

 分からないことが多すぎる。
 この世界——ブラックスターは、まだ、私にはよく分からない。


 その後、王妃が迎えを呼んでくれ、トランが迎えにやって来た。私の身柄は彼へと渡され、来た道を引き返す。

「王妃様はどうだったー?」

 歩いている途中、私の両手首を掴んで動かないようにしているトランが、そんなことを尋ねてきた。

「なんというか……よく分からなかったわ」
「ふーん。よく分からなかったんだ」

 下手な答え方をしたら、何をされるか分かったものじゃない。当たり障りのないことだけを言うようにしておかなくては。

「意外と優しかったからよ。だから、少し不自然な感じがしたの」

 私たちが歩む道には、人の気配がほとんどない。

「そっか。あの人、元はボクらと同じでさぁ」
「同じ……?」
「王直属軍の一員だったんだ」

 歩きながら、トランはそんなことを話す。

 彼の言葉は信頼できない。
 彼自身が、常に怪しいから。

「そこから成り上がったんだよ、王妃様にまでねー」
「……そうなの」
「いいよねー、女は。少し可愛いだけで出世できるんだから」

 足を動かしながら、トランは軽い調子で言った。
 その言葉に、私は、ほんの少し切ない気持ちになる。そんな風に思われるのか、と。

Re: あなたの剣になりたい ( No.83 )
日時: 2019/08/31 09:27
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hZy3zJjJ)

episode.80 かつて異なる道を選んだ

 エアリとリゴールがブラックスターへ連れていかれていた、その頃。

 侵入してきた賊をすべて片付けたデスタンは、騒ぎの直前リゴールがエアリの部屋に行っていたことをバッサから聞き、エアリの部屋へ駆け込んだ。

 だが、室内に人の気配はなく、エアリの剣とリゴールの本が床に落ちているだけだった。

 その光景を目にしたデスタンは、顔をしかめ、一人呟く。

「遅かった、か……」

 数秒後、リョウカが入室してくる。

「二人は!?」
「どうやら連れ去られてしまったようです」

 デスタンの返答に、リョウカは肩を落とす。

「そんな……」

 落ち込んだ様子の彼女には目もくれず、本と剣を広い集めるデスタン。
 数秒後、リョウカは彼の背中に問う。

「で、これからどうする!? 探しに行く!?」

 デスタンはすぐには答えない。
 なかなか答えが返ってこないことに苛立ったリョウカは、叫ぶ。

「ちょっと! エアリたちが心配じゃないの!?」

 リョウカはデスタンにツカツカと歩み寄り、彼の肩をガッと掴む。

「ねぇっ!!」

 直後、デスタンは振り向く。
 彼はリョウカを睨んでいた。凄まじい形相で。

 これには、さすがのリョウカも怯む。

「黙れ」

 親の仇でも睨んでいるかのような、目つき。
 地獄の底から湧き出たかのような、声色。

 それらをいきなり目にしてしまったリョウカは、顔をこばわらせ、デスタンの肩から手を離す。そしてそのまま、一歩、二歩と、後退した。

「な……」

 リョウカの声は震えていた。

「一体何なのっ……!?」

 しかし、その数秒後には、普段のデスタンに戻った。

「失礼。二人を探してきます」

 デスタンの様子が、またしても変わった。そのことに、リョウカは戸惑いを隠せていない。彼女は、何がどうなっているのか分からない、というような顔をしている。

 しかしデスタンはというと、そんなことはまったく気にかけていない。

 先ほど拾った、剣から戻ったペンダントとリゴールの本を手に、体の向きを反転させる。そして、そのまま扉に向かって歩き出した。

「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってよ!」

 エアリの部屋から退室すべく歩き出したデスタンの背を追って、リョウカも足を動かし始める。

「無視しないでよ! もう!」

 デスタンに振り回され続けるリョウカだった。


 屋敷の外は静かかつ穏やか。人通りはほとんどなく、近くに馬車を置いておく小屋があるだけだ。その他にあるのは、自然だけ。

 リゴールやエアリを拐われ悶々としていたデスタンは、一人、屋敷の外を歩き回る。
 何か痕跡がないかを調べるという意味も兼ねて。

 侵入してきた賊の中で落命してはいない者たちの見張りは、リョウカに任せてきた。

 人間誰しも、すべてを一人でこなすことはできない。が、賊の見張りなどという危険な役割を、バッサら一般人に頼むことは難しい。

 それゆえ、デスタンは、見張りを引き受けてくれたリョウカには感謝している。

 ただ、感謝はしているが、共に行動したいとは思っていないようだ。それは、もしかしたら、デスタンの胸の内に「無関係な者を巻き込みたくない」という思いがあったからかもしれない。

 単に誰かと行動することが苦手なだけかもしれないが。

 屋敷の周囲を一通り歩き、特に何の痕跡もないことを確認したデスタンが、屋敷へ戻ろうとしていた——その時。

「……見つけた」

 背後から聞こえた小さな声に反応し、デスタンは素早く振り返る。

 するとそこには、彼によく似た女性——ウェスタが立っていた。

「ウェスタ……」
「兄さん」

 デスタンとウェスタ、二人の視線が重なる。
 かつて異なる道を選んだ兄妹の再会である。

「王子誘拐はブラックスターの命か」
「……さぁ」

 次の瞬間。

 はっきりしない言葉を返したウェスタの首に、デスタンは包丁を突きつけていた。

 ちなみに、デスタン持っている包丁は、ホワイトスターを脱出する時に所持していたナイフの代わりとして、バッサから貰った物である。

「答えろ、ウェスタ」

 デスタンは冷ややかに言い放つ。
 だが、ウェスタは怯えない。
 首に刃物を突きつけられてもなお、冷静さを保っている。

「……刃物での脅し。陳腐」
「王子をどこに連れていった。ブラックスターか」
「……知らない」

 デスタンの包丁を握る手に、力が入る。
 それでも、ウェスタは落ち着いている。

「答えろ!」
「……それはできない。けど」
「けど?」
「……兄さんをブラックスターへ連れてゆくことはできる」

 ウェスタは静かに言って、背後に立つ兄へと視線を向けた。

 暫しの沈黙の後。
 デスタンは包丁を握る手を下ろす。

「それは真実か」
「……嘘はつかない。そもそも、嘘をつく理由がない……」

 再び、二人の視線が重なる。
 一度目とは違った意味で。

「なら、連れていけ」

 兄の言葉によってウェスタの口角が微かに持ち上がったことに、デスタン自身は気づかない。

 ウェスタはデスタンへ、片手を差し出す。
 デスタンはその手を取る。

「……移動する。ブラックスターへ」

 彼女の繊細な唇から、言葉が放たれる。

 そして、二人の姿がその場から消え——る、直前。

「ふはははは! 待たないか!」

 どこからともなく、男性の声が響いた。

 周囲の反応など微塵も気にしないような、躊躇のない、やたらと大きな声。至近距離で放たれたら耳を傷めそうな声。

 デスタンも、ウェスタも、その声の主が誰であるかすぐに分かった。
 ただ、その正体に気がついた時の心情は、大きく違っていただろうけど。

「グラネイト様、登場ッ!!」

 近くの木、その高い位置の幹から飛び降り、グラネイトが姿を現した。人が乗るのは危ないような、かなり高い場所から飛び降りたが、着地は見事に成功。その結果は素晴らしい。

 が、着地のポーズは、かなり残念な雰囲気をまとったポーズだった。

 左足を耳にぴったりくっつくほど大きく上げ、唯一地面についている右足は爪先立ち。両腕は真上へ伸ばし、手のひらが空へ向くように手首を反らしている。

 妙なポーズをとるグラネイトを目にし、一番に声を発したのはウェスタ。

「……そんな。どうして……」

Re: あなたの剣になりたい ( No.84 )
日時: 2019/08/31 20:14
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: eso4ou16)

episode.81 ふはは!

 デスタンは、グラネイトの急な登場にも、そこまで驚いてはいなかった。奇妙なポーズに軽く戸惑っていた程度である。

 しかし、ウェスタは違う。彼女は「グラネイトは死んだ」と聞かされていた。無論、彼女とて、その情報を無条件に信じていたわけではない。だが、グラネイトは一度もブラックスターに戻ってこなかったので、段々「グラネイトは死んだ」のだと信じるようになっていっていたのだ。

 けれどそれは真実ではなかった。
 目の前にグラネイトがいることが、その証拠である。

「ふはは! 久々だな、ウェスタ!」

 そんなことを発するのは、グラネイト。青白いを通り越し、もはや灰色に見える肌が、彼が彼であることを証明している。

 ただ、服装は、今までのグラネイトとは違っていた。

 ワイン色の燕尾服は身にまとっておらず、そこらを歩いている人間と大差ないような服装だ。

 前をボタンで閉めるようになっている、キャメルの七分袖シャツ。その上に、チョコレートカラーのベストを着用している。上半身は、そのようなやや地味な雰囲気だが、下半身はそうではない。むしろ派手である。足首より数センチ上までのズボンは、オレンジやグリーンなどのストライプ。また、履いているのは飾り気のない濃い茶色の革靴だが、爪先の辺りに穴が開いており、そこからはカラフルな靴下が覗いていた。ちなみにその靴下は、空色がベースで様々な色のレモン柄が散らばっているという、可愛いげはあるが大人の男性には相応しくないデザインである。

「ふはは! ウェスタ。いきなり無視とはどういうことだ!?」

 グラネイトは呑気にウェスタへ歩み寄っていく。
 一方ウェスタはというと、近づいてくるグラネイトに、怪訝な顔を向けていた。

「……なぜ、生きている」
「んな!? グラネイト様が死んだと思っていたのかッ!?」

 口を大きく開き、ショックを受けたことを表現するグラネイト。

「……そう聞いた」
「ななッ!? そう聞いた、だと!?」
「トランが……そう言っていた」
「クソォ! 適当なこと言いやがって!!」

 ウェスタとグラネイトは、暫し、言葉を交わすことを続けた。

 心なしか仲間外れな感じになってしまったデスタンは、まだ終わらないのか、というような顔で二人を眺めている。

 もっとも、口を開くことはなかったが。

「グラネイト。なぜ、今まで戻ってこなかった」
「ふはは! トランのやつが、このグラネイト様に嘘をついたのだ!」

 そこまでは大声で、以降は小声で「……だからもう、色々面倒になって、戦いを止めることにした」と付け加えるグラネイトだった。

 それを聞き、ウェスタは、何か察したように目を細める。

「……そういうこと」

 直後、グラネイトはまたしてもポーズをきめる。
 最初に現れ着地した時のポーズを。

「そうだ! グラネイト様はブラックスターの手下を辞め、旅芸人となった! ふはは!」

 ポーズを披露してみたもののまったく反応がない。それどころか、冷ややかな視線を向けられている。
 そのことに気がついたらしく、グラネイトは話題を変える。

「だがな! ウェスタになら協力してやってもいいぞ!」
「……は?」

 眉間にしわを寄せるウェスタ。

「ブラックスターに歯向かう気になったのだろう!?」

 グラネイトの言葉に、ウェスタは、はぁ、と溜め息をつく。

「……意味が分からない」
「違うのか!?」
「歯向かう気などない」

 ウェスタの答えを聞いた瞬間、グラネイトは頭を抱えて崩れ落ちた。
 オーバーリアクションにも程がある。

「夢をみたところで……逃れられはしない。運命からは」

 だが、グラネイトはすぐに立ち上がった。
 しかもウェスタの手を掴んでいる。

「いや! そんなことはないぞ!」
「……触らないで」

 ウェスタは不機嫌そうに睨む。が、グラネイトはそんなことは微塵も気にしない。

「いや、触る! 手くらいは触る!」

 ——刹那。

 怒りに満ちた表情になったウェスタは、グラネイトの手を強く振り払った。

「な!?」

 さらに、ウェスタは炎を放つ。ターゲットであるグラネイトに向かって帯状の炎が伸びていき、ついには彼の服の端を焼いた。

 グラネイトもさすがに本当に攻撃されるとは思っていなかったらしく、慌てて後退し、デスタンにぶつかって転んだ。

「寄らないで」
「は、はい……すみません……」

 この時ばかりは、さすがのグラネイトも素直に謝罪した。

 それからウェスタは、視線を、グラネイトからデスタンへと移す。

「……兄さん」
「もういいのか」
「……邪魔者は消えた」
「いや、まだ消えてはいないようだが」

 そんなことを言うデスタンに、ウェスタは素早く歩み寄る。そして腕を伸ばし、デスタンの片腕を掴んだ。

「……あれは放っておけばいい」

 ウェスタの赤い瞳。
 デスタンの黄の瞳。

 それぞれから放たれる視線が、静かに交差する。

「いいのか、そんなことで」
「……問題ない」

 ウェスタは微かに目を細め、唇に薄く笑みを浮かべた。

 その数秒後、ウェスタとデスタンの姿が一瞬にして消える。

 結局、グラネイトは連れていってもらえずじまい。彼は、一人寂しくその場に放置される形になってしまった。

「な……何てことだ……」

 一人ぼっちになったグラネイトは、尻を地面につけたまま、そんなことを漏らす。

「まさか……置いていかれるとはな……ふはは! 想定外!」

 もし何も知らない者が今の彼を目にしたとしたら、座り込んで独り言を発する怪しい人がいる、と思ったことだろう。

「ふはははははは! 切ない!」

 グラネイトの叫びは、高い空にこだましていた。

Re: あなたの剣になりたい ( No.85 )
日時: 2019/09/03 07:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: jtELVqQb)

episode.82 すべてを捨てても構わない

 ウェスタに導かれデスタンがたどり着いたのは、静かな雰囲気の部屋だった。

 赤絨毯の敷かれた床にベージュ系ストライプの壁という、飾り気のないシンプルな室内。そこに置かれているのは、白い一人用ベッドが一台と、腰の高さ程度のタンスと、木の枠の姿見。

「ここは?」

 瞬間移動し、見たことのない場所へ到着したデスタンは、部屋の中央付近に立ったまま問う。

「……部屋」

 デスタンの問いに、ウェスタはそう答えた。

「ウェスタの部屋、ということか」
「そう……自室」

 いつもよりほんの少し高い声を発しながら、ウェスタは数歩移動する。そして、ベッドにそっと腰掛けた。

「……兄さんは今日から、ここで暮らして」
「なに?」

 ベッドに腰掛けたウェスタが放った言葉を、デスタンは聞き逃さなかった。

「兄さんはここで……帰りを待っていてくれればいい」
「待て、ウェスタ。何を言っている」

 兄との再会がそんなに嬉しいのか、ウェスタは、いつもより穏やかな顔をしている。また、日頃は氷剣のような視線を放っている瞳も、今は決して鋭さはなく、儚さこそあるものの優しげな雰囲気だ。

 一方、デスタンはというと、穏やかな表情を浮かべるウェスタを目にして少々戸惑っているようだった。

 だが、それも無理はないかもしれない。
 実の兄妹であるとはいえ、敵同士になっていたのだから。

「……これからは二人で暮らす。もう一度、幸せを取り戻す」

 夢みる乙女のように語るウェスタに、デスタンは冷ややかな声を突きつける。

「無理だ。それは」
「……なぜ」
「私たちは、もはや戻れない」

 デスタンは静かに足を動かし、ウェスタのすぐ隣に腰を下ろす。

「だが」

 甘い空気が部屋を満たす。
 隣り合ってベッドに腰掛ける二人は、まるで恋人のよう。

「……だが、何?」

 ウェスタは肌が触れるほど近くに迫ったデスタンを見上げる。彼女は面を上げ、デスタンの方は面を下げ。二つの顔は、信じられないほどに近づく。

 誰かがこの場面を目にしたならば、二人が恋人同士であると勘違いしたかもしれない。
 それほどに、二者の距離は近かった。

 幼い頃共に長い時間を過ごした二人にしてみれば、接近することでの恥じらいなどそれほどない。

 無論、世のすべての兄妹がこのようなことを厭わないということはないだろうが。

 ただ、この二人においては、こういったことは普通のことであった。敵同士となって以後は親しくすることはなくなっていたが、かつては毎晩、こうして話をしていたのである。

 デスタンはウェスタの問いに答えなかった。
 しかし、彼女の片手をそっと握る。


 ——そして、突如投げた。


「……っ!?」

 デスタンは、何の躊躇いもなく、握っていた手を軸にウェスタを投げたのだ。結果、彼女はもちろんベッドから転落。床に倒れ込んでなお呆然としているウェスタを、デスタンは、ものの数秒で完全に押さえ込んだ。

「……兄さん」
「抵抗しないことを推奨する」
「何を……するつもり」

 両腕を掴み、馬乗りになる。
 それも、実の妹に。

 普通なら躊躇ってしまうかもしれないようなことだ。
 だが、デスタンの胸の内には、躊躇いなど欠片も存在していなかった。

 彼が見据えているのは、ウェスタではなく、己の為すべきこと。

 ウェスタはそのために利用するものでしかないのかもしれない。

「王子を誘拐したのは、ブラックスターか」
「……知らない」
「答えろ。答えないというのなら、容赦はしない」
「知らない……それが答え」

 刹那、デスタンは再び包丁を取り出した。
 彼はそれを片手で握り、床に押さえ込んでいるウェスタの首元へ突きつける。

「それは答えではない!」

 ウェスタは、自身を躊躇なく押さえ込む兄を見上げ、動揺したように瞳を揺らしている。

 けれど、そこに滲んでいるのは恐怖ではなく。
 どちらかというと、驚きに近い色だった。

「……どうして。兄さんはどうして……あの王子のために、こんなことまで……」

 彼女は刃物には怯えていない様子だった。
 それよりも、デスタンが鋭い物言いをしたことへの衝撃の方が大きかったようだ。

「こんなことは……おかしい。兄さんはやはり……既に重度の洗脳を……?」
「洗脳はない。ただ、私は助けに行かねばならない。それができないなら、王子の護衛として在り続けることはできないからだ」

 包丁の刃が、ウェスタの首へ微かに食い込む。刃が入った部分から、一滴、赤いものが流れ出す。
 一筋のそれが、不気味に煌めく包丁の刃部分を伝い床に落ちた時。

 ウェスタは覚悟を決めたように目を細めた。

「……兄さん」

 沈黙を破る、ウェスタの小声。

「もし王子を助けられたら……そうすれば……また二人で生きてくれる……?」

 それを聞いたデスタンは、彼女の唐突な発言に戸惑ったようで、一瞬眉をひそめた。だが、不利な状況にありながらも懸命に見上げてきている彼女の赤い瞳を目にし、何かを察したようで。十数秒ほど考えてから、彼は答えた。

「兄と妹に戻ることは、できるかもしれない」

 それはとても曖昧な答え。
 兄と妹に戻ることはできても二人で生きることはできないのか、と言いたくなるような。

 だが、それでもウェスタは嬉しそうだった。

「……そう。それなら……望みは叶う……」
「どういう意味だ」
「我が望み、叶うなら……すべてを捨てても構わない……」

 ウェスタの瞳は、これまでとは違う新しい色を湛えている。

「兄さんのために……できることを」


 彼女は「待っていて」とだけ言い残し、デスタンを自室に置いて、部屋から出ていった。
 丁寧に、鍵もかけて。

 彼女が部屋から出ていくや否や、デスタンは足を動かし、扉の方へと進んだ。ドアノブを掴み、それを捻ってみるが、まったく動かない。もっとも、鍵がかかっているのだから当然と言えば当然なのだが。

 その後、彼はあっさりとベッドの方へ戻った。

 鍵がしっかりかかっていることが分かって脱出を諦めたのか。それとも別の理由があったのか。
 そこのところは誰にも分からない。

 ただ、デスタンはそれ以上脱走しようとしているような動きはとらなかった。

 ベッドに腰掛けたまま、ウェスタの帰りをじっと待っていた。


 それから一時間ほどが経過して、ウェスタは部屋へ戻ってきた。
 彼女は入室するや否や速やかに鍵をかけ、デスタンがベッドに腰掛けているのを確認すると、静かに告げる。

「……王子はいる」
「この城にか」
「城の近くの牢に……入っているらしい」

 少し空け、ウェスタは続ける。

「ただ……処刑は近い」
「処刑!?」

 デスタンは驚き、凄まじい勢いで立ち上がった。

「……そう。処刑は……明日中」

Re: あなたの剣になりたい ( No.86 )
日時: 2019/09/05 18:07
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: /ReVjAdg)

episode.83 宵の幕開け

 私——エアリ・フィールドは、今、牢にいる。

 暗闇は嫌いだ。何もなくとも、段々気が滅入ってきてしまうから。

 それに、このいかにも罪人のような扱いも、どうも納得できない。罪を犯したなら諦められるかもしれないが、「悪いことなど何もしていない」という意識があるだけに、こんな風に牢に閉じ込められるのは不愉快だ。

 とはいえ、力無き私に抵抗する術はない。

 牢の中で座り、ただじっとしていることしかできない。

 幸い、現時点では、身体の拘束は軽い。手足の拘束はなく、見張り付きの牢に閉じ込められるだけで済んでいるのだから、ある意味幸運と言えよう。

 だが、少しでも不審な動きをしたならば、今の私にほんの少し残された自由を、一瞬にして失うことになるに違いない。

 それゆえ、反抗的な態度を取ることは許されず。結局私は、牢の中でじっとしているしかないのだ。

 リゴールは大丈夫だろうか。
 酷い目に遭わされてはいないだろうか。

 静寂の中、私は、そんなことばかり考えてしまう。

 そして、そんなことばかりを考えてしまうがために、胸の内は一向に晴れない。

 長い長い洞窟を歩いているのかと思うほどの暗闇に、私はいる。


 ——その晩。

 見張りに「就寝時間だ」と言われ、私は眠りについた。

 だが、すぐに目を覚ますことになる。
 というのも、何も見えぬ暗闇の中で、ガチャガチャという妙な音が聞こえたのだ。

 私は、その音に起こされた。

 その音を聞いた時、私は焦り、すぐに上半身を起こした。誰かが仕留めに来たのではないか、と、そう思って。

 そして、叫ぶ。

「何なの!?」

 牢内は暗闇ゆえ、視界は良くない。だからこそ、私は声を発したのである。
 けれど、私の発言に対する返答はなく。ただ、数秒後に、すぐ傍にまで迫る人の気配を感じ取った。

「……静かに」

 声は私の耳元で囁く。
 女性の声だ。

「……騒ぐな」
「な、何なの。貴女は」

 恐怖を感じつつも尋ねる。
 すると、女性の声は答えた。

「……我が名は、ウェスタ」

 聞き覚えのある名に、私は戸惑う。

「ウェスタ……?」
「そう」

 それから三秒ほどが経過した時、頬に白い指が触れた。白い手袋をはめた指が。

 恐る恐る目を見開くと、目の前に人の輪郭が浮かび上がる。

 確かに、私が知るウェスタだった。
 この世のものとは思えぬような髪と瞳の色。そして、デスタンによく似た目鼻立ち。

「どうして貴女が……」
「話は後。一旦ここを出る」

 ウェスタはひそひそ話のような声で言う。

 私の脳内は、疑問符で満ちる。色々質問したい気分だ。しかし今は、たくさんの問いを放って良さそうな雰囲気ではない。だから私は、事情をまったく理解できぬまま、「分かったわ」と小さく返した。


 突如現れたウェスタに連れていかれた先は、部屋。
 それも、ベッドやタンスくらいしか置かれていない、色気ない部屋だった。

 だが、そこには見知った顔があって。

「デスタンさん!」

 彼がこんなところへ来ていることなどまったく予想していなかったので、かなり驚いてしまった。
 ベッドに腰掛けていたデスタンは、部屋に入った私をちらりと見ると、冷ややかに言ってくる。

「しっかりして下さいよ」

 いきなり厳しい。

「助けてくれて、ありがとう」
「王子諸共誘拐されるとは、貴女、一体どういう神経をしているのですか」

 やはり厳しい。
 彼は私のことを心配してなどいないようだ。

 ……いや、それも当然か。

 デスタンはあくまでリゴールの護衛。私の護衛ではない。だから彼は、リゴールの身を案じることはあっても、私のことを心配することはないのだろう。

「ごめんなさい」
「以後、気をつけて下さい」
「そうね。分かったわ」

 何もそこまで言わなくても! と言いたい気分。

 でも言えない。

 リゴールを護ることさえできず、二人まとめて連れていかれるなんて結果になってしまったことは、まぎれもない事実だから。

 とはいえ、注意されると悲しくなってしまう。

 私が一人で若干落ち込んでいると、デスタンがベッドから立ち上がり、こちらへ歩いてきた。
 何だろう、と思っていると、彼は手を差し出してくる。その手のひらには、ペンダントが乗っていた。

「……え?」

 思わず漏らしてしまう。
 すると、デスタンは苛立ったような顔をした。

「さっさと取って下さい」
「あ、ありがとう」

 私は彼の黒い手袋をはめた手から、ペンダントを受け取る。

「ウェスタの情報によれば、王子の処刑は明日中とのこと。ですから、処刑場にて彼を救出します」

 デスタンは淡々と述べる。

 彼がリゴールを助けようとしてくれていることが分かったことは嬉しい。だが、ホワイトスター王子の処刑ともなれば、警備も厳しいだろう。

「……そんな簡単に助けられるかしら」

 不安になってそう言ったところ、デスタンはまた不快そうな顔をした。

「私とて、簡単なこととは思っていません」
「そうよね」
「ただ、簡単でないということは、助けに行かぬ理由にはなりませんから」

 デスタンの決意は固いようだった。

 彼の双眸は凛々しく、鋭い。
 どんな暗雲も払えるだろう——そんな風に思わせてくれる顔つきを、今の彼はしている。

「ウェスタには、警備を外へ引き付ける役を任せます。ですから、処刑場へ乗り込むのは貴女と私。分かりましたか」
「えぇ、分かったわ。ウェスタ……ウェスタさんも協力してくれるのね」
「はい。それは決まっています」

 私は恐る恐る、ウェスタへと視線を移す。そうして目が合った瞬間、彼女はゆっくりと、一度だけ頷いた。

「けど、処刑場へ乗り込むのは貴方とウェスタさんの方が良いのではない?」
「馬鹿を言わないで下さい」
「ちょっ……馬鹿って何よ!」
「貴女に警備を引き付ける役が務まるわけがないでしょう」

 それは、確かに。

「えぇ、それもそうね」

 最初はそこまで思考がたどり着いていなかったが、よく考えてみれば、デスタンの発言は正しいと思えた。

「分かったわ。じゃあ、私は貴方のお手伝いをするわね」
「しっかり頼みます」

 正直、上手くやる自信はあまりない。

 ——でも。

 だからといって逃げていては、何も変わらない。何も変えられない。


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