コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.87 )
日時: 2019/09/07 14:40
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 16oPA8.M)

episode.84 その先に待つものが

 ウェスタの話によれば、リゴールは明日中に処刑されることに決まっているらしい。しかし、時間はまだ決定していないようだ。そして、処刑が執り行われるのはナイトメシア処刑場。重要な人物の処刑は必ずそこで行われるらしい。私たちが今いる場所がナイトメシア城という名称らしく、ナイトメシア処刑場は、ここからそう遠くないところにあるそうだ。

 それにしても『処刑場』だなんて。物騒。

 そして、私たちの作戦はというと。

 まず、早朝から処刑場の様子を確認を続ける。
 ウェスタの部屋、その壁の高い位置にある小さな窓からは、そこの様子を見ることができるそうだ。だから取り敢えずは、そこから様子を確認する。

 そして、リゴールが城内へ連れていかれるのが見えたら、ウェスタの術で処刑場付近へ移動。

 ちなみに、ブラックスターの処刑の定形としては、処刑が始まってもすぐに首が刎ねられるわけではないそうなので、大急ぎで駆けつけねばならないということはなさそうだ。

 とはいえ、のんびりしてはいられないけれど。

 処刑場付近へ着いたら、まずはウェスタが警備兵に攻撃を仕掛ける。そして、場外で騒ぎを起こす。

 その騒ぎで、城内の兵も少しは外へ向かうことだろう。
 そうなればひとまず成功。

 次はいよいよ本格的に乗り込む。
 デスタンと私が頑張らねばならない段階である。

 ……もっとも、私にとっては「足を引っ張らないように頑張らねばならない段階」かもしれないが。

 そうして乗り込み、リゴールを連れて脱出すれば、ミッションクリア。

 口で言うのは簡単でも、恐らく、現実はそう上手くはいかないことだろう。現実は大概、想像と違う方へ進展するもの。

 それでも、私たちはやらねばならない。

 作戦決行の先に、どんな結末が待っているとしても。


 翌朝、高い位置の窓から降り注ぐ微かな光で、私は目覚めた。

「ん……もう……朝?」
「何を言っているのですか。馬鹿ですか、貴女は」

 最悪の目覚めだ。
 気がつくなり「馬鹿」なんて言われてしまった。

 だが、寝心地は最悪ではなかった。ウェスタにベッドを半分貸してもらい、そこでぐっすり眠ることができたので、体の調子は良さそうだ。

「厳しいわね、デスタンさん……」
「締まりのない人間は嫌いです」

 そんなに嫌われているのか? 私は。

「仕方ないじゃない、朝くらい。べつに、昼間まで寝惚けているわけじゃないんだから」

 愚痴のように漏らしつつ、私はベッドから起き上がる。
 とはいえまだ意識がはっきりしない私へ、ウェスタが、静かに声を掛けてくる。

「……起きた、か」
「おはよう。ウェスタさん」

 彼女は赤い瞳で私をじっと見つめてくる。が、その瞳から感情を読み取ることはできない。彼女の瞳には、感情があまり表れていないのだ。

「……おはよう?」
「え、えぇ。何かおかしかったかしら」
「いや……べつに」

 ウェスタは素っ気なくそう言って、そっぽを向いてしまう。

 揃いも揃って何なんだ、この兄妹は。
 ある意味恐ろしく似ているというか何というか。

「ただ少し、不思議に思っただけ」
「そうなの?」
「昨日まで敵だった……なのにおはようなんて、変」

 予想していなかったところを変と言われてしまった。感覚は人それぞれだから仕方ない部分もあるわけだが、それでも、かなり複雑な心境である。

 ただ挨拶しただけなのに、それが変だなんて。

「何を言っているの。挨拶は親しさに関係なくするものでしょう?」
「……敵にはしない」

 ウェスタは淡々と述べながら、床を軽く蹴る。そして、高い位置にある窓の枠に腰掛け、窓の外を見ていた。恐らく、処刑場の様子を確認してくれているのだろう。

「敵同士は……挨拶なんかしない」

 妙にしつこい。
 よほど主張したいようだ。

「えぇ、それはそうかもしれないわね。けれど、今の私たちは敵同士なんかじゃないでしょ?」

 今回だけになる可能性がないことはないが、それでも、取り敢えずは協力するのだ。少なくとも今は、味方と言って差し支えないはずである。

「……そう」
「なら、挨拶したって問題ないはずよ」
「……そうとも言えるかもしれない」

 ウェスタは私へ言葉を発しながらも、窓の外へ視線をじっと向けている。どのような状況にあっても様子の確認は怠らないところは、偉いな、と思った。

 その時。
 ふと思い、尋ねてみる。

「あ。そういえばウェスタさん」

 ウェスタは窓枠に腰掛けたまま、一時的に視線を私の方へと移す。

「……何」
「私が牢からいなくなっていたら、騒ぎにならない?」

 それによってリゴール処刑の予定が変わったりしたら、計画は台無しである。

「……ならない」
「そうなの?」
「……そう。メモを置いておいたから、大丈夫」

 ウェスタは、そう言って、微かに笑みを浮かべる。
 綿のように柔らかな笑みを浮かべる彼女を見て、私は、こんな顔もするのかと驚いてしまった。


 ——数分後。

「来た」

 唐突に発し、ウェスタは窓枠から飛び降りてくる。

「……移動」

 ウェスタはデスタンに向かってすたすたと歩き、その腕を掴む。
 私はペンダントを手にしたまま、慌てて二人に駆け寄る。

 だが、近くに寄ってから困ってしまった。というのも、ウェスタの体にいきなり触れたりして良いのか分からなかったのだ。

 しかし、ウェスタはすぐに気づいてくれた。

 彼女はもう微笑むことはしない。無表情のまま。
 でも、どうすればいいか分からず困っている私へ手を差し出してくれる優しさは、確かにあった。

「……ぼんやりしていないで」
「そ、そうね」

 私はすぐに差し出された手を掴む。

「移動」

 ウェスタが呟く。


 直後、私は処刑場と思われる建物の近くにいた。
 もちろん、移動したのは私だけではない。ウェスタとデスタンの姿も、すぐ近くにある。

「……ここが処刑場裏」

 ウェスタは静かに告げた。

 本当に処刑場の近くへ移動した——そう思った瞬間、背中に汗の粒が滲んできた。また、良い意味で震えが込み上げてくる。武者震いというやつに近いかもしれない。

「ではウェスタ、頼む」

 しばらくの間黙っていたデスタンが自ら口を開く。
 それに対し、ウェスタは静かに返す。

「……承知」

 いよいよ、その時だ。

Re: あなたの剣になりたい ( No.88 )
日時: 2019/09/07 14:41
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 16oPA8.M)

episode.85 剣技

 人のいない、処刑場裏。
 私とデスタンは、そこで待機する。

 紅の空の下、その時を待つ。誰かに見つかったわけではないが、それでも妙に緊張してしまう。

 だが、それも当然と言えば当然だ。敵地にいるのだから、緊張せずにいられるわけがない。

「ウェスタさん……大丈夫かしら……」

 彼女は女性だ。そこらの女性より遥かに強いことは確かだが、それでも女性だから、心配せずにはいられない。警備の相手を女性一人に任せるなんて、普通ならあり得ないことだろう。

「問題ありません」
「けど、女の人なのよ……?」
「ウェスタは私と血を分けた者。それに、私は使えない魔法も使えます。そう易々とやられはしないでしょう」

 デスタンはウェスタの戦闘能力を信頼しているようだ。

 ならば、私も信じよう。
 疑っていても何も始まらない。

「……そうね。そうよね。ありがとう、デスタンさん」
「いえ」

 その時。
 処刑場の正面入り口の方から、慌てたような叫び声が響いてきた。

「始まったようですね」
「えぇ」

 デスタンと目を合わせ、お互い、一度頷く。
 それから私はペンダントを剣へと変化させる。これで、戦闘準備は完了だ。

「行きますよ」
「えぇ」

 こうして私たちは、処刑場の場内を目指す。


 裏入り口から場内に入り込んだ。

 私の役割は、デスタンが場内の敵の相手をしている間に、リゴールの体の拘束を解き、彼を処刑場から連れ出すこと。そして、別れる直前デスタンから受け取った本をリゴールに渡すこと。

 正直言うなら、ここまで来ても私は怖かった。敵前に姿を晒すわけだから。

 でも、もう逃げることはできない。
 前へ進む道しかないのだ、私には。

 デスタンが先に、処刑場内へ突っ込んでゆく。

 それから私も駆けた。
 目指すは、処刑場の中央に座らされているリゴール。

「リゴール!」

 名を呼ぶと、手足を拘束された状態で座っていたリゴールが顔を上げる。彼の青い瞳が、間違いなくこちらを向いた。

「……エアリ」
「今行くから!」

 だが、あっさり通させてはもらえない。

 というのも、リゴールの傍に待機していた兵二人が、立ち塞がったのである。

 尖った帽子を被り、軽装ながら鎧を身につけ、槍を持っている。そんな男性二人が、その槍の先をこちらへ向けてくる。

「させんぞ! 賊め!」

 以前の私なら相手にならなかっただろう。
 でも今は違う。
 私はリョウカの指導を受けてきた。少しは戦えるようになっているはず。冷静でありさえすれば、二人くらい何とかなる。

「オラァ!」

 片方の兵は槍を大きく振った。私はその場で咄嗟に屈み、槍の先を避ける。そして、全力で剣を振り抜く。

「グァバ!」

 剣の先が、兵の太もも辺りを薙いだ。
 兵の動きが鈍る。

 そこが狙い目!

 もう一撃、今度は腹部を斬りつける。

 赤い飛沫を浴びてしまったが気にせず、すぐに、もう一人の兵へと意識を向ける。

「よくも! 許さん!」

 まだ斬っていない方の兵は、鬼のような形相をしながら襲いかかってくる。相方をやられたことで本気になったのだろう。

 でも、負けられない。
 傷つけるのは申し訳ないが、それでも倒す。

「ごめんなさい!」

 柄をしっかり握り、兵に向かって勢いよく剣を振る。

「ルァイム!!」

 槍の先が私に届くより速く、剣が兵を切り裂いた。兵はそのまま、地面に崩れ落ちる。

 これで二人とも片付いた。
 やっとリゴールのところへ行ける。

「リゴール、大丈夫?」

 地面に座り込んだまま愕然としているリゴールに声をかける。

「……エアリ」
「怪我はない?」
「は、はい。しかし、これは一体……」

 意外なことに、リゴールの両手両足を拘束しているのは縄だった。
 これなら剣で何とかできる。

「デスタンさんが助けに来てくれたの。それに、ウェスタさんも協力してくれているのよ」

 リゴールの両手両足を拘束している縄を、剣の先で速やかに断つ。そして、四肢が自由になったにもかかわらずぼんやりしているリゴールに、言葉をかける。

「もう動けるわよ」

 すると彼は、戸惑ったような表情で、自由になった自身の両手を見ていた。

「そうだ。はい、これ」

 私は彼に本を差し出す。

「ありがとうございます……!」
「このまま脱出するわよ」
「……は、はい。そうですね。まずはここから離れなくてはですね」

 リゴールは片手に本を持った状態で立ち上がる。

 ——刹那。

「ふっ!」

 背後からの声に、振り返る。

 そして、私は愕然とした。

 デスタンが斬り伏せられていたのである。

 その光景を目にしたのは、私だけではなかった。リゴールも、ほぼ同時にそれを見ていた。信じられない、というような顔をしながら。

「デスタンさん!?」

 どうしよう。どうすれば良いのだろう。

 このまま逃げればリゴールを助けることはできるが、デスタンを放置してゆくことになる。デスタンを助けに行けば、全員で脱出することはできるかもしれないが、逆に全員殺られる可能性も高まる。

 何をどうすればいいの——悩んでいると、リゴールがデスタンに向かって駆け出した。

「待ってリゴール!」
「待てません!」

 駆け出したリゴールは、魔法を発動し、迫り来る兵を蹴散らしていった。

 さらに、彼はそのまま、デスタンを斬り伏せた張本人へ向かってゆく。凄まじい気迫で。

 デスタンを斬り伏せた張本人、唯一剣を持つ兵は、視線を、倒れて動かないデスタンから迫り来るリゴールへと移す。

 リゴールと剣使いの兵。
 一対一だ。

「覚悟!」
「本性を晒したな、白の王子!」

 リゴールは黄金の光の弾丸を剣使いの兵に向けて連写。兵はそれを、剣で確実に防いでいく。並の兵とは思えぬような剣技だ。

 ——だが。

 必死の形相のリゴールは、力押しで兵を仕留めた。

「レモッ……ン」

 光の柱を胸元に受け、剣使いの兵は後ろ向けに倒れ込む。

Re: あなたの剣になりたい ( No.89 )
日時: 2019/09/07 14:42
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 16oPA8.M)

episode.86 奪還作戦の行方

 剣使いの兵を倒したリゴールは、地面に横たわっているデスタンへ駆け寄る。

「デスタン! 起きて下さい! デスタンッ!」

 倒れているデスタンの周囲には、赤い飛沫が散っている。しかしリゴールはそんなことは気にせず、デスタンの体を左右に揺さぶる。

 それでも、デスタンの体は動かない。
 リゴールの青い瞳には、涙の粒が浮かんでいた。

「デスタン! 返事をして下さい!」

 早くここから離れなければ。もたもたしていては捕まってしまう。捕まったりなんかすれば、ここまでの頑張りが水の泡だ。

 ——でも。

 だからといってデスタンを見捨てるわけにもいかないし、そんな選択はリゴールが許さないだろう。

 私はひとまず、リゴールとデスタンの方へ駆け寄る。
 すると、リゴールが今にも泣き出しそうな目でこちらを見てきた。

「エ、エアリ……ど、どうし……」
「反応がないの?」
「は、はい……」

 リゴールは震えていた。
 指先も肩も、瞳も、声も。

 きっと、とても不安なのだろう。

 デスタンはあくまでリゴールの護衛。けれど、すべてを失ったリゴールにとっては、家族のような存在でもあっただろう。そのデスタンが倒れてしまったのだ、落ち着いていられないのも分からないではない。

「リゴール。彼を持ち上げられる?」
「え……」
「できる?」

 二度目に問った時、リゴールは手の甲で目元を拭って頷いた。

「……はい」

 彼の目元はいまだに潤んでいるし、頬にも涙の粒が通った跡が残っている。だが、それでも彼の心は、完全に折れきってはいないようで。青い双眸には、悲しみと懸命に戦おうとしているような色が浮かんでいた。

「私も手伝うわ。なるべく静かに、持ち上げて」

 剣をペンダントに戻し、自分の首にかける。

「はい」

 私は頭部側を、リゴールは足の方を、それぞれ持つ。
 そうして、脱力したデスタンの体を協力しながら持ち上げる。

 デスタンは成人男性だ、そこそこ重いだろうな——そう覚悟してはいたのだが、彼の体は、私が想像していたよりずっと重かった。

 リゴールと協力して、やっと、何とか宙に浮かせることができる。
 そのくらい、重い。

 脱力している人間の重さは、その人の普段の重さより、ずっと重い。それはいつかバッサから習った。けれど、まさかここまで重いとは。

「持ち上がりましたが……これで、どう、するのです……?」
「脱出するのよ」
「だ、だっしゅ……!?」

 眉を寄せ、目を丸くし、口を大きく開いて。
 まさに驚いている人! というような顔をするリゴール。

「急ぐわよ」
「え、えっ……しかし……」
「いいから」

 そう言って、歩き出す。
 リゴールは顔面に戸惑いの色を浮かべたまま、それについてきてくれた。


 あと十歩ほどで処刑場を出られる、という時。
 正面から一人の兵が駆けてきた。

 上の尖った帽子を被った、軽装の男性兵士。手には槍。

「賊め! 逃がさん!」

 勇ましく叫ぶ彼の目が捉えているのは、私。
 どうやら、私を倒したくて仕方がないようだ。

「き、来ますよ! エアリ!」

 後ろでリゴールが発する。私は「分かってるわ!」と返し、持っていたデスタンの肩を地面へそっと置く。そしてすぐにペンダントを手に取り、剣へと変化させる。

「覚悟しろ! 女!」

 それはこっちのセリフよ。

 心の中で、言ってやる。

 彼は仲間の兵を斬られて私を憎んでいるのかもしれないが、こちらとてデスタンを斬られているのだ。

 どちらが悪いなんて言えない。
 こればかりは、お相子。

 兵は接近しきるより早く槍を振る。柄の長さを活かした攻撃だ。
 こちらも負けじと剣を振り、槍の先を弾き返す。

 もうじき、兵本体が攻撃可能範囲に入る。そうなれば、もうこちらのもの。

「おおお!」

 興奮状態の兵は、こちらから攻撃できる範囲に入ることも厭わず、考えなしに突っ込んでくる。

 ——迷うな。

 自身に言い聞かせ、私は剣を振った。

 紅は散る。その飛沫は、この身さえも濡らす。剣の先は痛々しいほどに染まるけれど、今だけは、何も感じない。

 兵はその場にずしゃりと倒れ込んだ。

「……お見、事……」

 背後から聞こえた掠れた声に驚き、振り返る。
 すると、仰向けに横たわっているデスタンの瞼が、ほんの少しだけ開いていた。

「デスタンさん!」
「……今の、は……なかなかです……」
「気がついたの!」

 私は彼に駆け寄る。
 そして、リゴールの方へ視線を向けた。

 リゴールの瞳は今にも涙が溢れ出そうなほどに湿っている。が、彼の表情は、直前までより明るいものに変わっていた。希望の感じられる顔つきだ。

 それから私は、再び、デスタンの方へ視線を戻す。

「動ける?」

 そう問うと、彼は考えるように黙った。
 それから五秒ほどが経ち、目を細めて「いえ」と答える。

「動けないの?」
「……はい」

 デスタンは気まずそうな顔をする。それを見て、私も気まずいような気分になってしまう。そして訪れる、ほんの数秒の沈黙。

 やがてそれを、リゴールが破った。

「引き上げましょう……エアリ……」

 そうだ。
 のんびりしている時間はない。

「えぇ。じゃあデスタンさん、少し運——」

 言いかけた、刹那。

「その必要はない」

 そんな風に述べる女性の声を聞き、顔を上げる。
 声の主はウェスタだった。
 いつの間に処刑場内へ戻ってきたのか。まったく気づかなかった。

「ウェスタさん」
「……ここから直接、あちらへ飛べばいい」

 彼女は静かにそう言って、仰向きに横たわっているデスタンのすぐ傍へ行く。そして、しゃがみ込む。そうして、指を揃えた手をデスタンの体に当ててから、私とリゴールへ「準備して」と指示を出した。

 私は彼女の片腕をそっと掴み、怪訝な顔をしているリゴールにも、同じことをするよう促す。と、彼は素直にそれに従った。

「脱出する」

 ウェスタは呟く。

 こうして、私たちは処刑場から去った。

Re: あなたの剣になりたい ( No.90 )
日時: 2019/09/08 13:47
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)

episode.87 護れるのは、貴女だけ

 母の手のように優しい風が、木々を揺らし、頬を撫でる。
 気づけば私たちは、地上界へ戻ってきていた。

「……到着」

 呟くのは、ウェスタ。

 傍には、面に戸惑いの色を浮かべたリゴールと、仰向けに横たわっているデスタンの姿があった。
 全員帰ってくることができたようだ。

「ウェスタさん、ここは?」
「……貴女の屋敷の近く」
「もうそんなところまで!?」
「そう」

 デスタンの体を抱き上げるウェスタ。

「兄さんを……貴女の屋敷へ連れていく」
「そうね!」


 こうして、私たちは四人は、屋敷へ戻った。

 屋敷に戻るや否や、私たちのことを心配してくれていたエトーリアが飛び出してきて。さらにその後、バッサやリョウカとも再会した。

 デスタンはエトーリアが呼んでくれた医者による治療。リゴールもついでに確認。そして私は、赤く染まった服を着替えた後、リョウカと二人、別室で待機。

「もー、エアリったら! 心配したよ!」
「ごめんなさい、リョウカ」

 椅子に腰掛け、バッサが淹れてくれたカモミールティーを飲みながら、リョウカと話す。ようやく戻ってきた、穏やかな日常。素晴らしい。

「入ってきた賊たちは、まとめて地区警備兵に差し出してきておいたからねっ」

 リョウカの溌剌とした笑みに癒やされる。

「そうだったの。ありがとう」
「うんっ」
「あ、そういえば。リョウカに教わった剣術、少し役に立ったわ」

 そう言って、ふと思い出す。

 紅の飛沫が散る光景を。

 鮮明に。生々しく。
 あの瞬間の光景は、今でも脳にこびりついている。

「……っ」

 思い出したくない記憶を思い出し、吐き気が込み上げる。

「エアリ?」

 胃が熱くなる。気を抜いたら口から何かを出してしまいそうな、そんな感覚。弱いところを見せたくはないが、こればかりはどうしようもない。

「エアリ!?」

 リョウカが不安げに叫ぶ。
 でも、答えられない。

「急にどうしたの? 大丈夫?」

 何か返したいのに、うんともすんとも言えなくて。

「エアリ! エアリ!?」

 駄目だ。動けない。返事もできない。
 今私は、込み上げる嫌な感覚に支配されていた。


 ——気がついた時、私は、自室のベッドに横たえられていた。

「気がついたのね、エアリ」
「大丈夫っ!?」

 ベッドの脇にはエトーリアとリョウカ。

「……母さん、リョウカ……」

 重い瞼を持ち上げながら言う。
 胃から何かが込み上げるような嫌な感覚は、既に消えていた。ただ、なんとなく体が重い。

「何があったの? エアリ」
「……分からないわ」

 不安げな表情のエトーリアが放った問いに、はっきりとは答えられなかった。

「思い出したくない光景を思い出して……それで……」
「そう。そういうことなら仕方ないわね。思い出したくないことは、誰にだってあるものだものね」

 エトーリアはすっと立ち上がる。

「じゃ、そろそろ失礼するわ」
「母さん……」
「用があればいつでも呼んでちょうだい、エアリ」
「……えぇ」

 エトーリアはあっという間に部屋を出ていってしまう。

 待って、なんて声をかける時間はなくて。本当はもう少し傍にいてほしいと思ったりしたけれど、言えなかった。

 室内に一人残ってくれているリョウカに対し、謝罪する。

「迷惑かけたんじゃない? ごめんなさい」

 しかしリョウカは、首を左右に動かす。

「ううん。気にしないで。困った時はお互い様だよ」

 彼女の言葉に、私は救われた。

「ありがとう、リョウカ」
「ううん」
「それでも、ありがとうって言わせて」

 するとリョウカは少し驚いたような顔をして。

「う、うん。そこまで言うなら……ありがとうって言っていいよ」

 彼女は少し戸惑っているようだ。もしかしたら、私の言い方は不自然だったかもしれない。


 その日の夜。
 私はデスタンの部屋を訪ね、そこで初めて彼の容態を耳にした。

「そんな……元通りにはならない……?」
「はい」
「そんなことって……」

 医者から「日常生活はともかく、運動できるところまで回復するかどうかは分からない」と告げられたという事実を明かしたのは、外の誰でもない、彼自身であった。

 残酷な現実と対峙しているというのに、デスタンは、不自然なくらい落ち着いている。明確な原因は分からず、希望なき未来を告げられたのだから、少しくらい取り乱しても良さそうなものなのだが。

「こうして話すことができているだけ、幸運です」
「……でも」
「暗い顔をしないで下さい。同情は必要ありません」

 デスタンはうつ伏せでベッドに寝ながら、静かな調子で発する。

「貴方は……平気なの?」
「当然の報いと言えるでしょう」
「……どうしてそんなに冷静でいられるのよ」

 なぜ淡々としていられるのか分からない。私には、彼が理解できない。

「それは……いずれこうなると分かっていたからです」
「動けなくなると、予感していたというの?」

 デスタンの黄色い瞳に宿る凛々しい光は消えていない。ただ攻撃性は低い。日頃より、ほんの少し大人しい雰囲気だ。

「……いえ。そこまで分かっていたわけではありません。ただ、いずれ何かしらの形で報いを受けるだろうということは、分かっていました。……想定の範囲内です」


 室内には、私とデスタンだけ。
 言葉にならない静けさだ。

「そう……だったのね」

 私が返せる言葉は、そのくらいしかない。聡明な人間であれば、もっと気の利いた言葉を見つけられるのかもしれないが、今の私には無理だ。

「これからは、王子を頼みます」
「え……わ、私?」
「はい。今の貴女なら、王子を護ることができるはずです」

 いきなりそんなことを言われても、困ってしまう。

「……まだ無理よ、そんなの」
「できます」
「……けど!」
「王子を護れるのは、貴女だけですから」

 そんな風に言われたら、断れない。
 私がやらなければ! と思ってしまいそうになる。

「今日は妙に私を信頼してくれているのね、不気味だわ」
「不気味? 失礼な。私はただ、いつでも自分に正直なだけです」

Re: あなたの剣になりたい ( No.91 )
日時: 2019/09/09 14:31
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: u5fsDmis)

episode.88 最良ではなくても

 翌日の朝、まだ世界が目覚めるより早い時間帯に、リゴールが部屋を訪ねてきた。

 彼は泣いていた。
 リゴールが涙ながらに言うには、昨夜、デスタンの体の状態について本人から聞いたらしい。

「申し訳ありません、その……こんな朝早くから」

 リゴールが着ているのは、いつもの詰め襟の服ではない。今の彼は、白いブラウスに紺の布ズボンという、シンプルな格好をしている。

 ちなみに、それらは屋敷の隅に置かれていたのをバッサが発掘してきたもの。
 薄黄色の詰め襟はというと、今は、洗ってもらうべくバッサら使用人に渡している。

「……聞いたのね。デスタンさんから……その話」
「はい。それであまり眠れず、寂しくなり、最終的にエアリに会いたくなりました」

 リゴールの顔はリンゴのように真っ赤。目の周囲や頬なども含め、顔面が全体的に腫れてしまっている。

「部屋に入る?」

 取り敢えず落ち着ける方が良いだろう、と思い、尋ねてみる。
 だが、リゴールは頷かない。

「……また迷惑をかけてしまってはいけないので」
「そうよね、ごめんなさい。あんなことがあった後だし、二人だと不安よね」

 するとリゴールは慌てて首を左右に振る。

「ち、違います……! エアリを責めているわけでは、なくてっ……!」

 気を遣わせてしまったようだ。
 そんなつもりはなかったのだが。

「待って待って。責められたなんて思っていないわ。一人だと不安なのでしょう?」
「……は、はい」
「じゃあどうする? デスタンさんのところにでも行く?」

 刹那、リゴールは「それはできません!」と叫んだ。彼らしからぬ鋭い言い方に、私は驚き戸惑う。当のリゴールはというと、困惑している私の様子を見てから鋭い物言いをしたことを悔いたようで、気まずそうに身を縮める。

「その……デスタンには、もう会えません」
「なぜ?」
「わたくし、飛び出してきてしまったのです」

 それを聞き、やれやれ、と言いたくなってしまった。

 彼らは親しく、お互いを大切に思っているにもかかわらず、妙に不器用ですぐに弾き合う。前にトランの術のせいでリゴールが負傷した時もそうだった。あの時も、彼らは気まずくなっていた。向き合って話せばすぐに分かりあえるにもかかわらず、だ。

「貴方たちって、なんだか、女の子同士みたいね」

 私はうっかり本心を発してしまった。それを聞いたリゴールは、きょとんとした顔をして、こちらをじっと見る。

「お互い変に気を遣ってるところとか、何となく、男同士ってイメージじゃないわ」
「そ、そうですか」
「あ。べつに、悪い意味で言っているわけじゃないわよ」
「は、はい。もちろん……それは承知しております」

 リゴールは口角を上げ、笑みを作る。しかし自然な笑顔を作ることはできておらず。固く歪な笑顔になってしまっている。

「まぁでも、緊急でもないのに夜中にお邪魔するのは問題かもしれないわね」

 この時間であれば、デスタンもまだ起きてはいないだろう。
 もし睡眠中だとしたら、それを起こしてしまうのは申し訳ない。

「……はい」
「リゴールの部屋へ移動する?」
「あ……か、構いませんか」
「えぇ! じゃあ、そうしましょっか」

 ひとまず彼の部屋へ向かうことに決めた。


 リゴールの自室へ入れてもらった私は、ぱっと目についた一人掛けのソファに腰掛ける。

 外は、朝を迎えるべく、徐々に明るくなってきている。その光が窓から差し込んでくるため、視界は悪くない。それに、テーブルの上にはランプがあった。だからさらに、暗くはなくて。

 ただ、空気は暗く重苦しい。

「共に来て下さって、ありがとうございます」
「いいえ。気にしないで」

 ベッドにポンと飛び乗るリゴール。
 私たちの場所は離れている。

「リゴールも疲れているのよね、分かるわ。だって、貴方は……処刑されかかっていたのだものね」

 押し潰されてしまいそうな沈黙に耐えられず、私は、そんな話を振ってみる。

 本当なら、もっと明るくなれるような話題を振るべきだったのかもしれないが、それは今の私にはできなかった。それに、悲しんでいるリゴールに明るすぎる話を振るというのも、ある意味嫌みのようになってしまうかもしれないと思って。

 だから、結局こんな、ぱっとしない話題を提供することになってしまった。

「そうでした。きちんとお礼も言えておらず、すみません。助けて下さって……ありがとうございました」

 ようやく落ち着いてきたらしく、リゴールの声は段々安定してきた。
 気のせいという可能性もゼロではないのだけれど、でも、きっとただの気のせいではないと思う。

「確か、エアリも連れていかれたのでしたよね。……傷つけられたりはありませんでしたか?」
「えぇ。王妃と話をしたりはしたけれど」

 そう言うと、リゴールは驚きを露わにする。

「王妃!?」
「そうよ。ま、たいしたことは話せなかったけど」

 彼女と話せたのは、本当に、少しの時間だけだった。

「ただ、トランが言うには、王妃は元々直属軍の一人だったらしいわ」
「そうなのですか……ではもしかしたら、わたくしは、以前会ったことがあるかもしれませんね」

 もしあのまま私があそこに滞在していれば、より多く会うことができたのかもしれない。そうしたら、もっと、重要な情報を聞き出すことができたのかもしれないと、そう思いはする。

 けれど、私はそれを望まなかったし、今も望んではいない。

 あのままだったら、リゴールは処刑されていただろう。彼が殺されてしまえば、ブラックスターの情報を手に入れたところで、何の意味もない。

 結局のところ、一番大事なのは命。

 リゴールは処刑されなかったし、私も牢から脱出できた。デスタンも生き延びてはいるわけだし、協力してくれたウェスタはあの後すぐに行方をくらませたが、きっとどこかで暮らしているだろう。

 最良の結末ではなかったかもしれない。

 でも、最悪の結末は回避できた。

 それだけでも、喜ぶべきなのではないだろうか。

 私たちはただ逃げてきただけ。だから、きっとまた狙われはするだろう。このくらいで見逃してくれるブラックスターではあるまい。

 でも。それでも。

 今はただ、こうして生きていられることに感謝していたい。

「そうなの?」

 途端に、リゴールの表情が曇る。
 話題の進め方を間違えたかもしれない。

「はい。陥落直前の頃、直属軍の者と何度か遭遇しましたから」
「そうだったの……」
「王妃、ということは、女性ですよね。彼女は……深紅のような色の髪ではありませんでしたか?」

 リゴールの口から出た言葉に、私は少しゾッとしてしまった。
 その通りだったからだ。

「え、えぇ……そうよ……」
「ということは、やはり、会ったことのある者です」

 髪色くらい、適当に言っても当たる。
 そう言われてしまえば、それまでかもしれない。

 世には奇跡なんて溢れているのだから、ここでそれが起きたとしてもおかしくはない。
 そう言う人がいるかもしれない。

 でも、偶然だとしても一発で当たったのだから、驚くべきことだろう。

 少なくとも、私は、驚かずにはいられなかったのだ。


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