コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.97 )
日時: 2019/09/13 20:01
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6..SoyUU)

episode.94 いくつもの遭遇

 グラネイトとウェスタ、ブラックスターを脱退した二人と別れ、私はエトーリアと共に歩き始める。

 舗装された道に入ると歩きやすくなってきて、どんどん足を前へ進めることができた。

 エトーリアは歩くのが早い。
 けれど、舗装された道であれば私も遅れはしない。

 私たちは進む。

 クレアの街並みを眺めながら。


 やがて、分岐点に差し掛かった。
 二つの方向に分かれる直前で足を止めたエトーリアが、振り返り、尋ねてくる。

「どっちへ行く?」

 唐突に問われ答えられるほど簡単な二択ではない。

 そもそも、私はクレアのことはよく知らないのだ。だから、分岐点が来たからといってどちらへ進むか聞かれても、答えようがない。どちらへ進めば何が待っているのか、それを知らないのにどちらかを選べなんて、難易度が高過ぎだ。

「答えられないわ。だって、どっちに何があるか知らないもの」
「確か……右が商店街で左が飲食店街だった気がするわ」

 それを先に言ってほしかった。

「じゃあ、左にしようかしら」
「さすがエアリ! 素敵な選択ね!」

 左が素敵な選択ということは、右は何なのだろう。もし右を選んでいたら、注意でもされたのだろうか。


 分岐点を左を選んだ。

 選んだ方向へ歩み出してから数分も経たないうちに、飲食店が並ぶ通りに突入。
 パーラーから本格的なレストランまで、幅広い飲食店がずらりと並んでいるその様は、もはや壮観としか言い様がない。

「こんなところがあるなんて。知らなかった」

 賑わっているのも、案外悪くない。

「エアリはあまり出掛けられなかったものね」
「えぇ。……けど、おかげで無事大きくなれたわ。酷い怪我も事故もなかったし」

 隣を歩くエトーリアと話しながら、ゆったり足を動かしていた時——ふと、見覚えのある顔が視界に入った気がした。

「ちょっと待って、母さん」

 見覚えのある顔を探し、首を回す。暫し周囲を眺めた後、私はついに、その見覚えのある顔を発見した。
 ある一軒のカフェ。その店外にあるパラソル付きの席に、彼女は一人座っていた。

「ミセさん!」

 名を呼ぶと、彼女は面を上げる。
 そして数秒後、私の存在に気づく。

「あーら」
「お久しぶりです、ミセさん」

 私は彼女のもとへ駆け寄る。
 エトーリアは待ってくれていた。

「久々ねぇ」
「ミセさん、なぜこんなところに?」
「なぜ、ですって? 暇だったから遊びに来ていた、ただそれだけよ」

 ほんのり色づいた厚みのある唇が、甘い雰囲気を漂わせている。

「そういえば、アタシのデスタンはどう? 元気かしらー?」

 問われてから、しまった、と焦る。

 こんなことを言ってはいけないかもしれないが、ミセに声をかけてしまったことを後悔した。

 彼女と話せばデスタンの話が出てくるのは当然のこと。それゆえ、迂闊に彼女に話しかけてはならなかった。

 話しかけるなら、それなりの覚悟を決めて。
 そうでなければならなかったのだ。

「……は、はい」

 どう言葉を返すべきか分からず、しかし黙っているのも不自然だと思い、結果、私は小さな声で答えた。

 するとミセは訝しむような顔をする。
 今日はそんな顔をされてばかりだ。

「あーら。何かしら、その自信なさげな言い方は」
「お元気です……心は」
「心は? それはつまり、体は元気でないということ?」

 ミセを心配させたくはないが、嘘をつくわけにもいかず。

「はい……」

 私は首を縦に動かした。
 刹那、ミセは私の肩を掴んでくる。

「ならこうしてはいられないわ! アタシが元気をあげなくちゃ。彼に会わせてちょうだい!」
「え……」
「今の家、ここからそう遠くはないのでしょう!?」
「ま、まぁ……」

 徒歩だと結構な距離があるが、馬車に乗ればあっという間だ。

「少し待って下さいね」

 私はそう言って、背後にいるエトーリアの方へ顔を向ける。そして、彼女に向かって問いを放つ。

「母さん。ミセさんを家へ連れていっても構わない?」

 エトーリアは穏やかに返してくる。

「構わないわよ。エアリがそうしたいならね」

 エトーリアなら許してくれると信じていた。だが絶対的な自信があるわけではなかったため、彼女の口から発された答えを聞いて安堵した。

 こうして、私たちはミセと合流。
 それからは三人でクレアを歩き、馬車に乗って家へ帰った。


 屋敷に戻り、エトーリアと別れてから、私はミセをデスタンの部屋まで案内する。
 その間、私の心臓の拍動は加速するばかり。言葉を発することもできず、黙って歩くことしかできなくて。

 ただ唯一の救いは、ミセが何も言ってこなかったこと。

 緊張で脳が埋め尽くされている状態で、さらに話しかけられるとなれば、私はきっと、とんでもないことになっていただろう。


 静寂の中、歩くことしばらく。デスタンの部屋の前へ到着した。

「ここなのー?」
「はい」

 私は扉を数回ノックする。
 そして、扉を開けた。

 向こう側に人がいる可能性もあるため、事故が起こらないよう気をつけながら。

「失礼します」

 ゆっくり扉を開けると、ベッドの脇に座っているリゴールがこちらを向いた。

「エアリ!」

 それから彼は、ベッドに仰向けに寝ているデスタンに向かって言葉を発する。

「デスタン、エアリが帰ってきましたよ」
「良かったですね王子」
「デスタンも喜んで下さ——あ」

 言いかけて、リゴールは唇を閉ざす。彼の瞳には、私の背後にいるミセの姿が映っていた。

「あーら、リゴールくん! こんにちはー!」

 リゴールは戸惑った顔をしつつも立ち上がる。そんな彼に、ミセは屈託のない笑みを浮かべながら歩み寄っていく。

「こ、こんにちは」
「久々ねぇー!」

 ミセは立ち上がったリゴールの華奢な体をぎゅっと抱き締める。今の彼女は、まるで、息子との再会を喜ぶ母親のよう。ただならぬ包容力を漂わせている。

「それでー……」

 リゴールを抱き締め終えると、ベッドで寝ているデスタンへ視線を移す。

「アタシのデスタン、何をしているの?」

 ミセの問いに、ベッド上のデスタンの表情が固くなった。

Re: あなたの剣になりたい ( No.98 )
日時: 2019/09/14 17:00
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: UIQja7kt)

episode.95 愛を囁いてくれる日まで

 ベッドに寝ているデスタンを目にしたミセは、一瞬、その顔に戸惑いの色を浮かべた。が、すぐに微笑み、デスタンの手を握る。

 ——直後、困惑したような顔に変わった。

「デスタン……?」

 ミセに困惑したような顔をされたデスタンは、少々気まずそうに目を細めながら、返す。

「お久しぶりです、ミセさん」
「これは一体どうなっているのぉ……?」
「斬られて、それから動けなくなりました」
「えぇ!? 一体何なのぉっ!?」

 派手に驚くミセ。
 状況が理解できない、というような顔をしていた。

 だが、それも無理はない。前まで活発に動いていた人間が静かにベッドに横たわっていれば、動揺もするだろう。

「治るの……よねぇ?」
「訓練すれば多少は機能が回復するかもしれないですが、完治はないだろうと言われています」

 デスタンの口から放たれた言葉に、ミセはへたり込む。
 信じられない、というような顔つきで。

「そん……な……」

 ミセの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 彼女はデスタンを心から愛していた。だからこそ、デスタンがこんなことになってしまったショックは大きいだろう。そこまで親しいわけではない私でさえかなりの衝撃を受けたのだから、今ミセが受けているショックは凄まじいもののはずだ。

 それからしばらく、室内はしんとした空気に包まれた。

 ミセは力なく床に座って泣き出すし。デスタンは申し訳なさそうな顔をしつつ黙っているし。何とも言えない静寂の中、リゴールと私はさりげなく目を合わせることしかできなかった。言葉をかけるなんて不可能だった。

 重苦しい沈黙を、やがて、デスタンが破る。

「泣かないで下さい、ミセさん。貴女が泣いても、私の体が治るわけではありません」

 デスタンの発言に、私は驚いた。
 良く見せようと飾り立てていない、彼らしい発言だったからだ。

 ミセの家にいた頃、デスタンは彼女にだけは優しく振る舞っていた。微笑み、愛を囁き。彼女にだけは、デスタンとは思えないような穏やかで柔らかな言葉遣いで、紳士的に接していた。

 それだけに、デスタンがミセの前でデスタンらしい発言をしたことに、内心かなり驚いたのである。

「え……。その言い方、何なのぉ……?」

 涙に濡れた顔を持ち上げ、戸惑いの色を滲ませるミセ。
 デスタンの振る舞いの異変に気がついたのは私だけではなかったようだ。

「この際、真実を話させていただきますが」

 デスタンは首だけを僅かに動かし、顔をミセの方へ向ける。
 そして、淡々とした調子で告げる。

「これが本来の私です」

 ミセはまだ涙の粒の残る目を大きく開き、デスタンを見つめながら、瞳を震わせている。また、眉は奇妙な形に歪み、口はぽかんと空いて、情けない顔つきだ。

「私は貴女を騙しました」
「デス、タン……?」
「かつて私が貴女を愛していると言ったのは、嘘偽りです。私は貴女を愛してなどいませんでした」

 真実を明かすデスタンの表情に躊躇いはなかった。

「私はただ、王子のために住む場所を確保できればそれで良かった」

 ミセの目の前で躊躇なく真実を明かすデスタンを見守るリゴールは、かなり緊迫したような顔をしていた。
 顔全体の筋肉が固くなってしまっている。

 恐らく、今この部屋の中で一番緊張しているのはリゴールだろう。私にはそう思えてならない。

「そのために貴女を利用してきました。貴女は愛を囁きさえすればいくらでも力を貸して下さる。それは、私にとっては、とても都合が良かったのです」

 リゴールがちらちら視線を送ってくる。まるで助けを求めるかのように。しかし私は、視線を返すこと以外何もできない。今の状況で声を出す勇気は私にはない。

 ベッドの脇に座り込んでいるミセは、力なく俯いていた。

 愛していた者に、愛してくれているのだと思っていた者に、想いなど欠片もなかったのだと、真実を告げられる。それはあまりに残酷で。ミセが顔を上げることすらままならないのも、理解できる。

「……結局……何もかも偽りだったと……」
「そういうことです」
「……どうして、そんな……」

 ミセが絞り出すようにして発する声は、震えていた。

「私はそういう人間だということです」

 デスタンはあまりに無情だった。
 彼には感情などというものが存在しないのではないか——見ていてそう思ったくらい。

「憎いなら気が済むまで殺せば良いのです。素人とて、抵抗しない人間を殺めることくらいならできるでしょう」

 十秒ほどの沈黙の後、ミセは唇を僅かに開く。

「……できないわよぅ」

 ミセは改めてデスタンの片手を握り、涙で濡れ赤く腫れた顔をほんの少しだけ持ち上げる。

「……好き……なんだもの」

 ミセの口から放たれた言葉に、驚きと戸惑いの入り混じったような表情を浮かべるデスタン。

「よく分かりません。馬鹿なのですか、貴女は」

 馬鹿とか使わないで、馬鹿とか。
 そんな言葉が出てきては、せっかくの良さげな空気が台無しだ。

「分かってるわよぅ……アタシが馬鹿だってことくらい……」

 ——認めた!?

「でも好きになってしまったら、仕方ないのよぉ……」

 それは一理あるかもしれない。

 誰かを愛している時、人間は、その人に関して盲目になるものだ。小さなことくらい許してしまえるし、少々のことでは幻滅しないという、普通ならあり得ないようなことが起こり得る。

 だからこそ、冷静さを欠いてはいけないというものなのだが。

 ただ、それは時に、武器ともなるだろう。

 弱点になりうることは、強みにもなりうる。それは、どんな分野においても通じる、世の仕組みの一つ。

 ……もっとも、その仕組みをいかに上手く使うかが難しいわけなのだが。

「だから……デスタン、傍にいさせて……」
「なぜそうなるのでしょうか」
「アタシ、何でもするから……」

 デスタンは戸惑っている。
 一方リゴールはというと、顔を真っ赤にしていた。

「いつか本当に愛を囁いてくれる日まで……アタシ、貴方の傍にいるわ……」

Re: あなたの剣になりたい ( No.99 )
日時: 2019/09/15 17:41
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: e/CUjWVK)

episode.96 薄暗くても楽しんで

 以降、ミセはちょくちょく、エトーリアの屋敷へやって来るようになった。

 デスタンの世話を任されていた使用人は、ミセが来ている間だけはその職務から解放されることとなったため、それは良かったと言えるかもしれない。

 それに、デスタンにとっても良いことだろう。

 動くことはできないにしても、意識はあるデスタンだから、話し相手くらいはいる方が良いに決まっている。


 それからも、私は訓練に勤しんだ。

「せいっ!」
「え……」
「とりゃ! はいっ!」
「ちょっ……えーっ!?」

 その日も、私は、木製の剣でリョウカと模擬試合を行っていた。

「ま、また負けたっ……」
「えっへん! やっぱりまだあたしの方が強いねっ」

 リョウカの強さは圧倒的だ。

 訓練の成果もあり、私も、徐々に慣れてきてはいると思う。最初の頃に比べれば、反応速度は上がったし、連戦であっても動けなくなることはなくなってきたと感じる。

 だがそれでも、リョウカには敵わない。
 稀に勝てることはあっても、連続で勝利を収めるというのはまだ難しい。

「けど、エアリもやるね! あたしが相手で十戦中三回も勝つなんて、なかなか!」

 リョウカは明るい表情で褒めてくれた。

「ありがとう」
「うんうん!」
「けど……まだまだよね。せめて半分くらいは勝てなくちゃ、まともには戦えないわ……」

 恐らくリョウカは手加減してくれているはずだ。本気のリョウカが相手なら、きっと、私はまだ敵わない。

 戦場では誰も手加減などしてくれない。

 だから、本気のリョウカにも一矢報いることができるくらいにならなければ。
 そんなことを考えていた私に、リョウカは軽やかな口調で声をかけてくる。

「焦らなくて大丈夫だよっ」

 あぁ、なんて善い人。
 心からそう思った。

「腕は確実に上がってるから!」


 ◆


 リゴール処刑目前まで進んでいたにもかかわらず逃がしてしまったあの日以降、ブラックスターには何とも言えない空気が漂っていた。

 また、グラネイトに続いてウェスタまでもがブラックスター陣営から離反したため、リゴールを捉えるための人手が急激に失われてしまい。ブラックスターは人材不足に悩んでいた。

 そんな状況を打開すべくブラックスター王が考えたのは、優秀な人材を発見するためのイベントだ。

 とはいえ、皆がそれに賛成していたわけではない。

 王直属軍でさえも、ブラックスター王の考えに賛同する一派と、現在の状態を無理に変える必要はないと考える一派とに別れてしまっていた。

 賛同する一派は、主に、ブラックスター王を盲信する者たちで構成されている。また、ブラックスターが築かれるより前からブラックスター王と交流があった家系の者が多い。それに対し、変える必要はないと考えている一派には、ブラックスター王に仕え始めてまだそれほど年が経っていない家の者が多かった。


 世が徐々に乱れ始める中。

 トランはというと、牢へ入れられていた。

 既に失敗を積み重ねていたこと。また、エアリを逃がし、リゴールを奪還されたこと。相次ぐミスを怒ったブラックスター王の命により、トランは囚われることとなってしまったのだ。

 トランが囚われている部屋は、カビの匂いが漂う狭い部屋。古ぼけたテーブルと椅子が一つずつ置かれているだけの、殺風景な部屋だ。穏やかに眠るためのベッドさえ用意されていない。

 トランが、外からの光の入らない薄暗い部屋の中でぼんやりしていると、鋼鉄の扉が開いた。

「入るぞ! 昼食だ!」

 銀色の器を三つ乗せたお盆を持った男が部屋の中へと入ってくるのを、椅子に座ったトランは、やる気のなさそうな瞳でじっと見つめている。

 男は不機嫌そうな顔をしながら、お盆をテーブルに置く。
 バン、と強い音の鳴る、雑な置き方だった。

 トランは男が持ってきたお盆へ視線を注ぎ、顔をしかめる。

「今日も美味しくなさそうだなぁ」

 一番深さのある器には、ほんの僅かに茶色がかった透明な液体。浅い楕円の器には、乾燥したパンが二個。そして、三つの器のうち最も小さな器には、橙色のジャム。

「さっさと食え」
「ふぅん。なかなか偉そうな口を聞くんだねー」

 トランの挑発的な言い方に、男はピクリと眉を動かす。

「……何だと?」

 男は岩のような顔面に不快の色を滲ませる。が、トランは引かない。それどころか、煽るような笑みを浮かべている。

「一介の兵が勘違いしない方がいいよ」
「き、貴様ッ……!」

 怒りを堪えきれなくなった男は、トランが座っている椅子を蹴った。

 椅子は飛んでいく。
 が、トランは一瞬早く椅子から離れていた。

「まったくもう、乱暴だなぁ」
「なっ……」

 トランの反応の早さに、男は目を見開く。

「びっくりしたーって顔だね」
「この部屋では術は使えぬはず……今、一体何をした!」
「えー? 何もしてないよ」
「嘘をつくな!」

 歯茎を剥き出しにして叫ぶ男を目にしたトランは、呆れに満ちた顔をする。

「ついてないよ、嘘なんて」
「そんなわけがない! 何もせずそんな反応速度……あり得ん!」

 喚き散らす男の顔には、トランへのおそれが滲んでいた。

「ま、一介の兵ならそうなのかもしれないねー。けど残念ながら、ボクは一介の兵じゃないんだ。だからボクには、君の常識なんて通用しないんだよー」

 トランは敢えて笑う。
 雲一つない空のように晴れやかな笑みを浮かべる。

 だが、その笑みが不気味さをさらに高めていて。

 最初は威勢よく叫んでいた男だったが、時が経つにつれ、少しずつ威勢のよさを失っていく。畏れの色が濃くなっていっている。

「……む、無能で囚われているくせに!」
「確かにボクは失敗続きだったよ。けど、君より能力が高いことは確かだねー」

 言いながら、トランは蹴飛ばされた椅子を元の位置へ戻す。

「ちょっ……調子に乗るな!」
「乗ってないよ。ボクは事実しか言っていない」

 トランがニヤリと笑うのを見て、男の顔面が石のように強張る。

「じゃ、ボクは昼を食べるよ。そこにいられたら焦るから、外で待っててもらっていいかなぁ」

 怪しげな表情を浮かべ、男の動揺ぶりを密かに楽しんでいるトランだった。

Re: あなたの剣になりたい ( No.100 )
日時: 2019/09/20 00:48
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: lDBcW9py)

episode.97 叩き起こされ

 ある朝。
 自室のベッドで眠っていると、バッサに叩き起こされた。

「お嬢様! エアリお嬢様!」
「ん……」

 まだ早い時間でしょう。
 もう少し寝かせて。

 ——そう言おうと思ったのだが。

 ぼんやりとした視界に入ったバッサの顔は、異様に青ざめていて。それを見た私は、非常事態かもしれないと感じ、飛び起きた。

「何か……あったの?」

 心臓が鳴る。
 胸元が痛くなるほどに。

「良かった! 気がつかれましたか!」
「え、な、何……?」
「得体の知れない者たちが現れたのです!」
「えぇ!?」

 敵襲。

 となると、敵は恐らく、ブラックスターの手の者なのだろう。

「そ、そんな」

 情けないことだが、声が震えてしまう。
 敵襲なんてしばらくなかった。だから、急に言われても戸惑うことしかできない。心の準備ができていないのだ。

「バッサ、どういう状況なの?」
「今はリョウカさんが、怪しい者たちの相手をして下さっています」
「リゴールは!?」
「動けないデスタンさんを護らなくてはと、デスタンさんの部屋へ行かれました」

 私が訓練を積んでも積んでも敵わないくらいの強さを持つリョウカがいてくれるから、多少心強くはある。しかし、彼女一人に任せっきりにするわけにはいかない。それに、数で負けていたら、さすがのリョウカでも勝てるとは限らないだろう。だから、油断はできない。

「私、リゴールのところへ行くわ」

 ベッドから下り、枕元のペンダントを握る。

「バッサ。気をつけて」
「お、お待ち下さい! エアリお嬢様をお一人にはできません!」

 歩き出そうとした私の右手首を、バッサの片手が掴んだ。

「……お願い、離して」

 私は静かにそう言ったけれど、バッサがそれに頷いてくれることはなく。彼女は低い声で「それはできません」と返してきた。

「エアリお嬢様を護るようにと、エトーリアさんから命ぜられております。ですから、このバッサ、今回ばかりはお嬢様から離れるわけには参りません!」

 どうして、と言いたくて。

 でも言えなかった。

 エトーリアは私の身を案じてくれているはず。そしてバッサも、その心は同じのはずだ。
 そんな二人の気持ちを無視することは、私にはできない。

 私はリゴールに会いに行きたい。彼のことが心配だから、傍へ行って、少しでも護りたいと思っている。

 だからこそ、エトーリアやバッサの心も理解できてしまって。
 手を振り払い、無理矢理走り去るなんてことは、どうしてもできなかった。

「バッサも一緒に来てくれない?」
「……お嬢様?」

 顔面に困惑の色を濃く滲ませるバッサ。

「リゴールのことが心配なの。だから彼のところへ行きたいの。お願い、どうか分かって」

 デスタンは戦えない状態だ。だからこそ、私が戦力にならなくてはならない。もしもの時には剣を抜き、敵を倒さなくてはならないのだ。

「お願い、バッサ。理解して」
「……エアリお嬢様。貴女はなぜ、エトーリアさんやこのバッサが心の底から心配しているということが、お分かりにならないのです」

 バッサは目を細め、切なげな表情で言ってきた。

「違う! 分からないわけじゃないわ。他人の身を案じる心は私にだってあるもの!」
「ならお分かりになるはずです。なぜこのバッサが貴女を止めるのか」

 そう、分かっている。

 エトーリアも、バッサも、私のことを本当に大切に思ってくれていて、だから心配し、無茶なことをしようとするのを制止するのだろう。

 私とて、その程度のことは理解できるのだ。

 でも、だからといって彼女たちの意見のすべてに賛同できるわけではない。

 私の人生は、私自身が決めるもの。誰かに言われたからといって、納得してもいないのに道を変えるなんてことは、したくない。他人ひとの人生ではないのだから。

「でも、私だってリゴールのことが心配なの」
「あの方は男性ですよ、お嬢様。きっと大丈夫です」
「ごめんなさいバッサ。私にはそうは思えない。だから行くわ」

 それだけ言って、部屋を出る。退室する直前、バッサが「お待ち下さい!」と叫ぶのが背後から聞こえたけれど、振り返ることはしなかった。


 デスタンの部屋まではそう遠くない。だから、冷静さを欠かず進めば、たいして苦労することなくたどり着けた。

 が、そこからが問題だった。

 というのも、扉の前に敵がいたのだ。

 扉の前に集っている敵は、一見、背が高いだけのただの人間のよう。
 だが、よく見れば、人間ではないことがすぐに分かる。
 肌は、昆布色を白寄りの灰色で薄めたような微妙な色み。耳は人の三倍ほどの長さがあり、その先端は二股に分かれ尖っている。

 背が低いタイプしか見たことがないためはっきりとは判断できないが、恐らく、ブラックスターの使いだろう。

「剣!」

 ペンダントを持っていた手に力を込め、剣へと変化させる。

 敵の視線がこちらを向く。

 彼らの大きな瞳から放たれる眼差しは、敵に向ける眼差しそのもの。
 実は味方ということはなさそうだ。

 なら、遠慮なくいける。

「ごめんなさい!」

 柄を両手でしっかりと握り、敵が接近してきたところを狙って、剣を振り抜く。剣の先が、勢いよく突っ込んできた敵を薙ぐ。

 刹那、右斜め後ろから気配。

 鳩尾の前辺りに剣を構えたまま、その場で回転する。
 右斜め後ろより接近してきていた敵一体は、一二秒ほどで消滅した。

 敵はまだ残っている。

 もっとも、そう易々と負ける気はないけれど。

「悪いけど……」

 数や身長ではあちらの方が有利かもしれないが、その代わり、こちらには剣がある。それゆえ、こちらが圧倒的に不利ということはない。

 そもそも、一度斬りさえすれば倒せる相手だ。彼らの迫力に飲まれさえしなければ、負けることはない。

「構ってる暇はないの!」

 数体の敵に真っ直ぐ突っ込み、剣を振る。一体、一体、確実に剣を当て、消滅させていく。

 そして。

 結局、一分も経たないうちに、すべての敵を消滅させることができた。

 早くリゴールに会いに行かねば。
 その思いを胸に、デスタンの部屋へと続く扉のノブへ手をかけた。

Re: あなたの剣になりたい ( No.101 )
日時: 2019/09/20 00:49
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: lDBcW9py)

episode.98 高齢男性

 扉を開けて、室内に入る。
 そこには、ベッドに横たわっているデスタンと、不安げに寄り添うリゴールの姿があった。

「エアリ!」

 リゴールは一瞬警戒心を露わにした。が、扉を開けたのが私だと気づくと、その顔面に安堵の色を滲ませる。

「大丈夫!?」

 私が彼へ駆け寄るのとほぼ同時に、彼も私に駆け寄ってきた。

「はい! しかし、なぜここが?」
「バッサが教えてくれたの」
「そうでしたか! ……無事で何よりです」

 少しして、リゴールは私の手元へ視線を落とす。そうして剣を目にし、ハッとしたような顔をする。

「もしかして……既に敵と?」
「えぇ、少しだけね」
「それは……申し訳ありません。エアリに戦わせるようなことになってしまって」

 泣き出しそうな顔をするリゴールに、私は、首を横に振りながら「気にしないで」と言っておいた。リゴールに罪の意識を持ってほしくはないからである。

 その頃になって、扉が再び開く。

 駆け込んできたのはバッサ。

「失礼しますよ!」
「バッサ!」
「エアリお嬢様、やはりこちらに」

 バッサはスムーズな足取りで寄ってきて、私の左手首を掴む。

「安全なところへ避難しましょう」
「無理よ。できないわ」
「エアリお嬢様、どうか……」
「私はここから離れないわ」

 リゴールと離れる気はない。
 たとえ、自分の身を護るためであったとしても。

 そう心を決め、私はバッサをじっと見つめる。すると、十秒ほどの沈黙の後、バッサは口を開いた。

「……分かりました。では、バッサもここに待機しておきます」

 呆れた、というような顔をされてしまっている。けれどそれで問題はない。むしろ、呆れられるくらいで済むならありがたいくらいだ。

「ありがとう!」
「ただし、このようなワガママはこれきりにして下さいよ」
「分かってる! 分かってるわ、バッサ!」

 私は何度も大きく頷く。
 ワガママはこれきりにする——そんな約束、果たせるわけがないけれど。


 リゴールらがいる部屋へ着き、バッサとも合流して、十分ほどが経過しただろうか。
 何の前触れもなく、突如扉が開いた。

 ——否、厳密には、吹き飛んだ。

「なっ……!」

 埃が舞い上がる。
 リゴールの顔は一瞬にして強張る。

「何事です、王子」
「デスタンはそこで寝ていて下さい」
「承知しました」

 やがて、埃の舞い上がりが落ち着き、視界が晴れる。
 するとそこには、高齢と思われる男性が立っていた。

 しわの多い額や皮が弛たるんだ頬が年を感じさせる男性だ。背はさほど高くなく、手足は痩せ細っていて、杖をついている。

「ふぉ、ふぉ、ふぉ」

 高齢の男性は、攻撃を仕掛けてくるでもなく、文章を話すでもなく、ゆったりとした笑い声だけを発している。

 リゴールは本を取り出し、戦闘準備を整えつつ、怪訝な顔をした。
 海のような色をした二つの瞳は、高齢男性をじっと捉えている。

「何者ですか」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉぉ、ふぉ」

 警戒心を隠そうともせず、高齢男性へ問いを投げかけるリゴール。しかし高齢男性は何も答えなかった。いや、答えなかった、などという次元の話ではない。彼はそもそも、「ふぉ」以外の音を、まだ一度も発していないのだから。

「名乗りなさい!」

 リゴールは調子を強める。
 だが、高齢男性はニヤニヤするだけ。

 このような調子では、高齢男性の正体は一向に分からないだろう。それでは、対話すべきなのか力を以て倒すべきなのかも決められない。

「彼は敵なの? リゴール」
「……恐らくは」
「ブラックスターの手の者?」
「そうと思われます、しかし……」

 リゴールは眉をひそめている。

「しかし?」
「会ったことはないので、詳しいところまではよく分かりません」

 控えめな口調でそう言って、リゴールは高齢男性の方を向く。さらに、視線を高齢男性へ集中させ、手に持っていた本を開く。

「敵意がないなら名乗りなさい。名乗らぬなら、敵意があるものと見なします」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉふぉ、ふぉぉ、ふぉ」

 リゴールは目を細める。

「……参ります」

 直後、持っている本の紙面から黄金の光が湧く。
 直視したら目を傷めそうなほど、目映い輝き。それは、宙に弧を描き、じっとしている高齢男性に向かって飛んでいく。

 いくつもの黄金の弧が高齢男性を襲う——直前。

 高齢男性が初めて動いた。
 杖の先をリゴールへ向けたのだ。

「リゴール!」
「……分かっています!」

 杖の先端より放たれるは、銀の刃。

 リゴールは咄嗟に自身の前へ防御膜を張る。
 黄金の膜が刃をギリギリのところで防いだ。

「ふぉ、ふぉ、ふぉ。ふぉふぉふぉふぉ、ふぉ」

 防がれてもなお、高齢男性は笑っていた。しかも、とても穏やかな笑い方だ。しわがれてはいるが、綿菓子のように軽やかな、不思議な声である。

「ふぉ、ふぉ、ふぉ」

 高齢男性は杖をつきながら、ゆっくり、私たちがいる方へと近づいてくる。
 一歩。二歩。そんな風に足を進める速度は、非常にゆっくりで。しかし、そのゆっくりさが、逆に恐怖心を掻き立ててくる。

「ふぉ!」

 突如、男性はまたしても銀の刃を飛ばしてきた。
 私は半ば無意識のうちにリゴールと高齢男性の間に飛び込み、剣を振って刃を弾き返す。

 ——が、大きく振り過ぎて、隙が生まれてしまった。

「……っ!」

 高齢男性の口角がほんの僅かに持ち上がるのが、スローモーションのように見える。

 このままでは駄目だ。
 そう思った瞬間。

 男性とは逆の方向から、黄金の光が迫ってきていることに気づく。

「え……」

 黄金の光は私へ向かっている。

 なぜ?
 高齢男性にではなく?

 リゴールにそんなことを問う暇はなく。

 黄金の光は私に命中。私の体を遠くへ飛ばした。

 私の体は制御不能な勢いで宙を飛び、一瞬にして床に落ちる。頭からの落下は何とか防ぐことはできたが、肩から床へ落ちたため、右肩を強打してしまった。

 これは、普通に痛い。

「ちょっとリゴール、何を!?」
「申し訳ありませんエアリ! わたくしはただ、エアリが怪我させられてはいけないと……!」

 いやいや。魔法をぶち当てておいて、そんなことを言われても。

 ただ、リゴールの行動によって高齢男性からの攻撃をかわせたということは、事実だ。


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