コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.2 )
日時: 2019/06/23 21:43
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ZFLyzH3q)

episode.1 一夜きりの宿はいかが?

 あれからどのくらい走っただろうか。やがて、背後から聞こえてきていた爆発音が聞こえなくなった。

「追っ手は諦めたようです!」
「ホント!?」

 少年がそう言ったのを聞き、足を止める。それから、恐る恐る振り返ってみた。が、そこにいたのは少年だけ。敵らしき者の姿はなかった。

 ほっとして胸を撫で下ろす。

「良かったぁ……」

 呼吸は荒れるわ、胸が痛いわで、散々だ。
 ただ、逃げ切ることができたのは良かったと思う。

 薄暗い森の中で死ぬ、なんて寂しい最期だけは、絶対にごめんだ。

「あの……エアリ」

 少年が声をかけてきた。

 ……しかし、どうしていきなり呼び捨てなのか。

「なぜ、助けて下さったのですか?」

 少年は、少年らしからぬ怪訝な顔で、そんなことを尋ねてくる。その青い双眸は、私の顔をじっと捉えている。

「貴女には、わたくしを助ける義務などなかったはずです。なのになぜ?」
「理由なんて、よく分からないわ」
「まさか、理由もなくわたくしを助けて下さったのですか?」

 彼は奇妙な生き物を見るような目で私を見てくる。

 彼には理解できないのかもしれないが、助けたことに理由なんてない。彼を引っ張ってきたのは、緊急時だったから自然と体が動いただけ。それ以下でもそれ以上でもないのだ。

「そうよ。……悪い?」

 どんな反応が返ってくるだろう、と思いつつ、横目で少年を見る。

 そして驚いた。

 彼の青い双眸が、輝いていたから。

「貴女は天使様か何かですか!?」
「え」
「天使様ですよね!?」

 凄まじい勢いで迫ってくる。
 何なんだ、一体。

「ち、違うわよ!」

 曖昧な態度を取って、壮大な誤解に発展しては大惨事だ。だから、はっきり否定しておいた。早めに否定しておく方が良いだろう、と思って。

 しかし、少年の勢いは止まらない。

「貴女は天使様です! 間違いありません!」
「いや、違……」
「ですよね!?」

 あまりにも執拗に言われたものだから、ついに爆発してしまう。

「どっ……どうしてそうなるのー!」

 叫んでから、やってしまった、と焦る。
 ついさっき出会ったばかりの相手に向かって今のような高圧的な言い方をするなんて。今日の私はどうかしている。

「あ……ごめんなさい、大きな声を出して」
「い、いえ。こちらこそ、一方的に言ってばかりで申し訳ありません」

 お互い正気に戻ったようだ。

 夜空の下、非常に気まずい空気に包まれる。

 私と彼は互いの目を見合う。お互いの顔色を窺うように。私がそうであるように、彼も、悪意があって暴走したわけではないだけに気まずさを感じているのだろう。

 そんな時、私の名を呼ぶ声が聞こえた。

「エアリ!」

 声を聞き、周囲を見回す。
 すると、村の方から走ってくる人影が視界に入った。

「エアリなのか!」

 ギクッ。

 ……父親の声だ。

 恐らく、買い物に出ていったっきり夜まで帰らない娘を心配して、探し回っていたのだろう。

「エアリ!!」
「……父さん」

 ようやく、父親からも私の姿が見えたみたいだ。父親の走る速度が、急激に速まる。
 私は父親を見て、一瞬は嬉しかった。しかし、この後叱られるのだということをすぐに思い出して、複雑な心境になった。

 やや肥満体型の父親は、全力で駆け寄ってくる。
 体型のわりには速い走り。

 その頬には、涙の粒の跡。かなり心配してくれていたようだ。

「無事か、エアリ!」

 あれ?
 思っていた反応と違う。

「遅くなってごめんなさい、父さん」
「無事で良かったァ!!」

 父親は、駆けてきた勢いのまま、私の体を抱き締める。
 しかし、すぐに両腕を離した。

「……いや、違った」

 こほん、と咳払いをして。

「エアリ! 夜まで外をうろついて、どういうつもりだ!」
「えぇ?」

 父親は基本的には厳しい人だ。それゆえ、「夜まで外をうろついて、どういうつもりだ!」と言った父親の方が父親らしいと言える。
 が、今日の父親は、一度は厳しくない対応を取ったのだ。
 厳しくされることには慣れているが、どうせなら厳しくない方がありがたい。私としては、その方が助かるのだが。

「しかも」

 父親は一度、じろりと、少年へ目をやる。それから視線を私へ戻し、言い放つ。

「男連れとはどういうことだ!」
「待って待って! 話を聞いて!」

 少年に殴りかかりそうな勢いの父親を、私は慌てて制止する。

「……なに」

 眉間にしわを寄せる父親。

 いきなり敵襲が、なんて、まるで小説のようで少し言いにくい。けれど、ここで私がきちんと説明しなければ、少年にまで迷惑がかかってしまう。特に罪のない少年が罪人のような扱いを受けることがあってはならない。

 だから、言いづらくとも言わなくては。

「事情があるのよ!」
「事情、だと?」
「そう! 彼は森の中で気を失っていたの。それで、私の方から声をかけたのよ。そうしたら、いきなり得体の知れないやつに襲われて……」

 父親の眉間のしわが、さらに深くなる。

「襲われただとォ!?」
「そうなの。それで、逃げてきたのよ」

 それでも父親は、よく分からない、というような顔をしている。

 無理もない。いきなり「襲われた」なんて聞かされても、すぐに理解できるわけがないのだ。もし私が父親の立場であったなら、今の父親と同じ顔をしたことだろう。

「あ、そうだ。彼ね、不調があるみたいなの」

 ふと思い出し、述べる。

「エアリ、一体何を?」

 父親が返してくるより早く、少年が問いかけてきた。

「あの時、何だか辛そうにしていたでしょう?」
「……どうか、そのようなことは気になさらないで下さい」

 少年は私を見つめ、小さく首を左右に動かす。どうやら、私たちに世話になる気はないようである。

「駄目よ! 早期発見早期治療が大切なの!」
「いえ、しかしそこまでお世話になるわけには……」
「いいからいいから」

 私は彼に歩み寄り、その細い肩に手を乗せる。そして、そのまま首から上を父親の方へと向けた。そんな私を、父親は、眉間にしわを寄せたままじっと見つめている。

「父さん、お願い。今夜、彼をうちに泊めてあげて」

 少年の正体は分からない。だから、どこに住んでいるのかも分からない。ただ、手負いの状態で今から帰宅するというのは無理があるだろう。怪しい人ではなさそうだし、一夜泊めるくらいなら問題ないはずだ。

「いいでしょ?」
「まったく……しかたないな」

 お、いい感じ?

「今日だけだぞ」

 やった!

「いいの!?」
「不調があるなら仕方ない。今夜だけは認めよう」
「ありがとう、父さん!」

 こんなにもすんなりいくとは思わなかった。正直意外だ。まさか、という感じである。

「じゃ、早速行きましょ! えーと……」
「リゴール・ホワイトスター」
「え?」
「わたくしの名です」

 手を差し伸べてはみたものの名前が分からず困っていた私に、少年はさらりと名乗ってくれた——のだが、聞き逃してしまった。

「……リンゴリラ?」
「リゴールです」
「そう! リコール!」
「違います、リゴールです」

 何度か言ってもらい、ようやく正しく聞き取ることができた。

「リゴールね!」
「はい」
「じゃ、一緒に来て!」

Re: あなたの剣になりたい ( No.3 )
日時: 2019/06/24 17:09
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3i70snR8)

episode.2 部屋まで案内

 夜の森で出会った少年——リゴールを連れて、私は帰宅した。

「彼を部屋へ案内するわ、父さん」
「部屋?」

 私の暮らす家は、村の中では比較的大きい部類だ。二階建てで、広くはないが庭もある。そんな建物を、仕事であまり帰ってこない母親を含む家族三人と住み込みの使用人数名だけで使っているから、空き部屋もいくつかある。

「私の隣の部屋! 確か今は空いていたわよね」
「そうだな。だが、掃除はできていないぞ」
「けど、少し前まで使っていたでしょう?」

 私は曖昧な記憶で言ったが、父親は真剣な顔で頷いた。
 どうやら、私の記憶は間違ってはいなかったようだ。

「使っていいわよね!」
「……仕方ない、今夜だけだぞ」

 父親は渋々許可してくれた。

 無事部屋の使用許可を得られたところで、私はリゴールに視線を向ける。

 灯りのあるところで改めて見ると、彼はなかなか貧相な体つきをしていた。

 身にまとっている薄黄色の詰襟の服は、いかにも貧しそうといった感じの服ではない。それどころか、どちらかというと高級そうである。日頃あまり見かけることのないデザインの服だが、なかなか綺麗だ。

 しかし、その体つきといったら。
 少年だからなのだろうが、背は低く、全体的にほっそりとしたラインだ。男らしさからはかけ離れた、線の細さである。

「エアリ? どうしました?」

 ついじっくりと眺めてしまっていた私に、リゴールが言ってくる。

「わたくし、何かおかしいでしょうか?」

 いくら相手が男性だとはいえ、こんなにじっくり眺めるというのは失礼だったかもしれない。

「い、いえ! じゃあ早速、部屋へ案内するわね!」
「……お手数お掛けして申し訳ありません」
「いいの! これは全部、私がやりたくてやっていることよ」

 するとリゴールは、ふっとさりげない笑みをこぼした。

「では……ありがとうございます、ですね」

 彼が浮かべる笑みは、妙に大人びていて、不思議な魅力がある。そう、例えるなら、夏の終わりの夕暮れのような。彼の笑みは、そんな笑みだ。


 リゴールを部屋まで案内していると、途中で、一人の女性に出会った。

「エアリお嬢様!」
「こんばんは、バッサ」

 彼女は、住み込み使用人の一人。
 私が小さい頃から我が家で働いてくれている、ベテランだ。

 背はさほど高くなく、やや肥え気味で、着ている丈の長いワンピースは紺色。その上からやや黄ばんだ白エプロンを着用している。ところどころ白髪の混じった赤茶色の髪はうなじで一つに束ねてあって、その頭部には白色の帽子を被っている。

「無事帰ってこられたのですね」
「えぇ。帰ってこられたの」
「お父様が大変心配なさっていましたよ」

 そんな風に言葉を交わしていた時、バッサの視線が突然、私の後ろのリゴールに向いた。いつもはいない彼の存在に気がついたようだ。

「お嬢様、後ろの方は?」

 バッサは穏やかな表情のまま尋ねてきた。

 どう紹介すればいいのだろう。真実をそのまま伝えるのか、あるいは、もっと自然な伝え方をするのか。悩ましいところだ。

 私は暫し考える。

 十秒ほど考えた後、実際のところをそのまま伝えることにした。

 バッサは私が幼い頃から傍にいてくれた。身の回りの世話はもちろん、遊び相手だってしてくれた、いわば祖母のような存在だ。そんな彼女にだからこそ、嘘をつきたくなくて。

「さっき森で出会ったの。今夜一晩、うちに泊めることになったのよ。父さんから許可は貰っているわ」

 私の言葉に、バッサは、暫し奇妙なものを見たような顔をする。
 だが、すぐに穏やかな表情に戻って、口を動かす。

「そうでしたか。お嬢様のお部屋をお使いに?」
「さすがに分かっているわね!」
「はい。では、支度して参ります」

 そう言って、彼女は歩き出す。

 べつにそんな大層な支度は要らないの。そう言おうとしたけれど、彼女はあっという間にいなくなってしまったから、結局言いそびれてしまった。

 バッサがちょうどいなくなったタイミングで口を開くリゴール。

「素晴らしいサービスですね!」

 彼の瞳は、またしても輝いていた。
 ……これは少々まずそうな感じだ。

「感動しました! こんな素晴らしいところがあるなんて!」
「サービスなんて立派なものじゃないわよ」
「いえ! どう考えても、立派です!! 素晴らしいです!!」

 そろそろ暴走し始めそう。
 何とか止めなくては。

「あ、ありがとう。でも、その、そんなに大きな声を出さないで?」

 すると、リゴールは両の手のひらで口元を押さえた。

「も、申し訳ありません……つい……」

 彼は少女のように顔を真っ赤にしていた。頬は赤く染まり、熟れた小さな果実のよう。男性相手にこんなことを言うのは問題なのかもしれないが、今の彼には妙な可愛らしさがある。

「気にしないで。それより、行きましょう」
「はい」
「あ、そうだ。ところで不調は? もし怪我なら、簡単にでも手当てしておいた方がいいわ」

 困ったような顔をするリゴール。

「いえ、そこまでお世話になるわけには……」

 またそんなことを言う。
 私は少々苛立ってしまった。

「そういう問題じゃないでしょ!」

 つい調子を強めてしまう。
 そんな私を見て、彼は、おろおろする。

「は、はい……申し訳ありません……」

 若干言い過ぎたかもしれない。

「急に強く言ってごめんなさい。でも、無理は良くないと思うの」
「……はい」
「バッサなら手当てもできると思うから」

 その後、私はリゴールと共に再び歩き出す。

 夜の廊下は寒い。暗いし、人はいないし、まるで恐怖の館のよう。けれど、私にしてみればあまり怖くはない。視界が悪いことには慣れているし、毎晩ここを通って自室へ行っているからだ。


「はい、到着!」

 薄暗い廊下を歩くことしばらく、私の自室の近くへ到着した。
 今夜リゴールを泊めるのは、私の部屋の隣の部屋。今は使われていない、狭めの部屋である。

 扉の前で少し待っていると、やがてバッサが出てきた。

「エアリお嬢様。お待たせ致しました。支度、完了しました」
「もう使えるのね」
「はい。簡単な支度ですが」
「ありがとう、バッサ」

 バッサは両手を腹の前で会わせたまま、軽くお辞儀をした。
 私は視線を、一旦、バッサからリゴールへ移す。

「行きましょう、リゴール」
「……はい」

 リゴールの黄色い髪は、薄暗い中でもよく映える。また、青い瞳は爽やかさを高めている。

「それではこれで失礼致しま——」
「あ。待って!」

 去ろうとしたバッサを止める。

「……お嬢様?」
「彼ね、手当てしなくちゃならないかもしれないの」
「手当て、ですか?」

 言いながら、バッサはリゴールの方に目をやる。唐突に目を向けられたリゴールは、気恥ずかしそうな顔をした。そんな彼に対し、バッサは躊躇いなく尋ねる。

「どのようなお怪我です?」

 さらりと質問されたリゴールは暫し戸惑いの色を浮かべていたが、十秒ほど経ってから控えめに答える。

「……足を、少し」
「足ですか。承知しました。では準備を致しますので、先にお部屋へ行っておいて下さい」

 バッサはそう言って、にっこり笑った。
 私とリゴールは、また二人きりに戻る。

「本当に……何から何まで申し訳ありません」

 リゴールは困ったように眉を動かし、組み合わせた手を腹の前辺りに添えて、謝罪してきた。
 心から悪いと思っているような顔をしている。

「いいのよ、気にしないで。それより、足、大丈夫?」
「はい。それほど深い傷ではありませんので」

 そう言って、リゴールは笑う。

 直前までは申し訳なさそうな顔をしていたのに。
 彼の表情は一瞬にして変わった。

 すんなりとは理解しづらい、驚くべき素早い変化だ。

 ーーでも。

 なぜだろう。理由はよく分からないけれど、彼には親しみを覚える。まるでずっと昔から知り合いだったかのような、深いどこかで繋がっているような、そんな感じがするのだ。

Re: あなたの剣になりたい ( No.4 )
日時: 2019/06/25 18:31
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: exZtdiuL)

episode.3 ホワイトスター

 その後、バッサがリゴールの足を手当てしてくれた。

 リゴールは膝までもない短い丈のブーツを履いていたのだが、それを脱ぐと、足首に傷を負っていた。血は既に止まっていたようで。しかし、一時は出血があったらしく、傷の周りには赤黒いものがこびりついていて。その様といったら、非常に痛々しいものだった。

 だが、バッサの手当てが終わる頃には、リゴールの足首は綺麗になっていた。

 もちろん、すぐに傷が癒えるわけではないし、痛みが完全消滅したということもないだろう。ただ、見た目という面では、かなりましな状態になっていたのである。


 そして、翌朝。

 降り注ぐ朝日に目を覚ました私は、寝巻きからいつも着ている黒いワンピースに着替える。そして、黄みを帯びた橙という感じの色をした肩甲骨辺りまで伸びた髪を、ゆっくりと、木製の櫛くしでとかす。よく朝に行う身支度である。

 私は元々、朝に強い方ではない。それゆえ、いつもはついつい、二度寝してしまう。用事がない日だと、一度目が覚めても、「まぁいいか」と思ってしまうのである。

 だが、今日は別だ。

 今日は、リゴールに会いに行く、という用事がある。
 だから、自ら進んで起きることができた。


 隣の部屋へ移動し、木製の古ぼけた扉を見据える。中にいるのが知り合いだと分かっていても、ノックする前には一応緊張してしまうものだ。

 私は胸の鼓動が速まるのを感じつつも、迷うことなくノックした。

 そして暫し待つ。

 それから数十秒ほど経ち、少し扉が開いた。

「……おはようございます」

 細く開いた隙間から、青い瞳が覗く。
 一歩引いたように控えめで、穏やかな目つき。それは間違いなくリゴールのものだ。知り合って一日も経っていないが、今覗いているのが彼の瞳だということは容易く分かる。

「おはよう、リゴール」
「今お開けします」

 リゴールは扉を開ける。
 今度は少しではなく、人が通ることができるくらい開けてくれた。

 室内へ入る。

 やや朽ちかけている木製の一人用ベッド。そこには、二枚ほどのタオルが敷かれているだけ。寝心地は悪そうだ。少なくとも、私がそこで寝るのは無理だろう。

「昨夜はお世話になりました。感謝致します」

 リゴールは丁寧にお辞儀をする。
 彼は妙に礼儀正しい。もしや、良い家の生まれなのだろうか。

「いいの。それより、足はどう?」
「痛みはほぼありません」

 彼は言いながらベッドに腰掛けると。そして、包帯を巻いてある足首を、上下に軽く動かす。

「色々お世話になってしまい、申し訳ないです」
「気にしないで。元気になってくれたなら良かった」
「ありがとうございます……本当に」

 リゴールはベッドに腰掛けたまま、視線を微かに下げた。ほんの少し俯き、何かを思い出しているかのように漏らす。

「助けていただいていなければ……今頃は」

 森で遊んでいたら迷った。少年ゆえ、そういうことも考えられる。だが、今の彼の表情を見ていたら、そんな簡単なことではないように感じられてきた。もしただの迷子であったなら、泣きわめくことはあったとしても、こんな哀愁漂う顔をすることはないだろう。

「ねぇ、リゴール。貴方、どうしてあんなところにいたの?」
「え」
「夜の森の中で一人でいるなんて、不思議だなって思って」

 言ってから、ふとリゴールの方を見る。
 彼は俯いていた。

「答えたくなければ、答えなくていいのよ。ただ少し気になっただけで、嫌がっているのに無理矢理詮索する気はないもの」

 私がそう言っても、彼は俯き黙ったままだった。

 もしかしたら聞かない方が良かったのかもしれない。そこには触れるべきではなかったのかもしれない。

 だが、気になったのだ。
 気になってしまったのだから、仕方ないではないか。

「リゴール?」

 一度名を呼んでみる。
 すると、彼はようやく面を持ち上げた。

「エアリと仰いましたね」

 逆に確認されてしまった。
 いや、もちろん、問題があるわけではないのだが。

「助けていただいたお礼と言っては何ですが、本当のことをお話します」

 リゴールは襟を開けると、その中からペンダントを取り出した。
 星の形をした白色の石が埋め込まれた、銀色の円盤のようなペンダントを。

「わたくしの生まれはホワイトスター。そこから脱出する途中、敵襲によってご、いや、仲間と別れてしまいまして。その結果、気がつけばあの森にいたのです」

 彼が始めたのは、いつか読んだ童話のような話。
 脱出だとかこことは違う世界だとか、ロマンがあって嫌いではない。

 だが、現実の話だとはとても思えない。

「え、あの、それは一体どういう話?」
「わたくしがあそこにいた理由です」
「えっと……好きな物語の話じゃなくて?」

 するとリゴールは首を傾げた。

「物語? 何です、それは」
「え。物語を知らないというの? よくあるじゃない、本になっているような、架空のお話」

 一応説明してはみるものの、彼はまだよく分かっていないようだ。

「……架空? では違います。わたくしが話したのは、貴女が仰る物語というものではありません」

 事実であるかはまだ判断できない。
 ただ、彼はまぎれもない事実であると認識しているようだ。

「えっと……大丈夫? 頭打ってない?」

 とても事実とは思えないが、嘘と決めつけるのも早計だろう。そう思いつつ、取り敢えず問いかけてみた。

「はい。恐らく、打ってはいません」

 ——その時、ふと思い出す。

 彼と出会った時、何があったかを。

 起きたのだ、得体の知れない爆発が。それも一度ではない。爆発は、確かに、何度も起きていた。暗いうえ余裕がなかったというのもあって、何がどう爆発しているのか見ることはできなかったけれど。でも、爆発は確かに起きていた。

「……まさか、本当なの」

 私はリゴールの瞳をじっと見つめる。だが彼は、目を逸らしはしなかった。私と同じように、彼もこちらをじっと見つめている。ほんの少し、不安げな目で。

「すみません、唐突にお話してしまって。こちらではホワイトスターのことは知られていないのですよね」

 分からなさは変わらないが、今は、少しは信じてみる気になってきた。

「えぇ、聞いたことがないわ」
「やはりでしたか。名乗らせていただいた時、特に何も反応なさらなかったので、そうかと思いはしましたが……」

 もっとも、すぐに完全に理解するというのは難しいが。

「ホワイトスターでは、私たちの暮らすこの世界は知られているの?」
「そうですね、はい。仮の名として、地上界と呼んでおります。完全に明らかになってはいませんが、情報は少し聞いていましたので、地上界へ来てしまったということはすぐに分かりました」

Re: あなたの剣になりたい ( No.5 )
日時: 2019/06/26 19:28
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GudiotDM)

episode.4 光舞う魔法

 リゴールがこの世界の人間でなかったという事実を、私は、まだ完全には信じられていない。
 だが、彼の話を信じられないのは、私が疑り深い性格だからではないはずだ。こんなことを言われてすんなり信じられる人なんて、世の中を見渡しても、そう多くはないだろう。

「じゃあリゴールは……ホワイトスターという世界から来たのね」

 リゴールは頷き、「地上界から遠く離れたところにある世界です」と付け加える。その表情は、とても穏やかだ。

「ということは、帰るのに結構かかりそうね。その足で大丈夫?」

 軽い口調で尋ねる。
 すると、リゴールの表情が曇った。

「え……。私、何か悪いこと言った?」

 悪気なんて欠片もなかった。それはまぎれもない事実。胸を張って言える。が、悪気ないから何でも言って良いということでもないだろう。私の発言で彼が不快な思いをしたのだとしたら、それは問題だ。

「気にさわったなら謝るわ」
「……い、いえ」
「ごめんなさい」
「いえっ……そんな、わたくしのことは気になさらないで下さい」

 リゴールは笑う。

 でもそれが偽りの笑みだと、私には分かった。
 眉が困り顔の時のような形になっていたから。

「それよりエアリ!」

 リゴールは唐突に話を変えてきた。
 さらに、ベッドから立ち上がる。一、二、三、四、と足を進め、くるりと体をこちらへ向けた。

「せっかくの機会ですから、ここは一つ、興味深いものでもお見せしましょう!」
「興味深いもの?」
「はい! 少しお待ち下さい」

 そう言って、胸元辺りから一冊の本を取り出す。閉じていれば片手の手のひらに収まるくらいの小さな本で、しかし立派なハードカバーがついている。

「宙を見ていて下さいね」
「えぇ」

 私は頷く。
 リゴールは、本を開いた。

「では参ります」

 そう言ってから、リゴールは宙に手をかざす。
 すると、驚いたことに、何もない空間に光が現れた。

 光、という表現が正しいのか分からない。どちらかというと、光でできた塊、という表現の方が正確かもしれないが。

 とにかく、それが宙に浮かび、しかも動いているのだ。

「え、えぇっ!?」

 思わず大声を出してしまった。

「わたくしが使える魔法のうちの一つです」

 リゴールは自慢げに述べる。

 目の前で行われている行為を、私は、信じられない思いで見つめた。
 光が塊となり、宙に浮き、自在に動く。そんな怪奇現象を、人が意図的に起こしている。

 ……とても信じられない。

「貴方は本当に魔法を使えるの?」
「はい。いくつかだけではありますが」
「いくつか……そんなの、一つだけでも十分凄いわ」

 驚いているのもあり、気の利いたことは言えなかった。

「いえ。ホワイトスターの民なら、多くが魔法を使えます」

 凄くなんてない、とでも言いたげだ。

「凄いわよ! 信じられない、けど……面白いっ!」
「そう言っていただければ嬉しいです」
「他には何かないの!?」

 いくつか、と言っていたことから考えると、リゴールが使える魔法は他にもあるのだろう。今見せてくれたものだけではないはずだ。

 もしあるなら、他のものも見てみたい!

「まさか、興味を持って下さっているのですか?」
「えぇ! 他のも見せて!」
「分かりました。では——」

 リゴールは、言いかけて、口を止めた。

 唐突に訪れる静寂。
 私は戸惑いを隠せない。

「どうしたの?」

 その時。

 一つだけ存在している小さな窓の、ガラスが砕け散った。


 破裂音。煙の匂い。爆風。
 理解不能の現象に襲われ、気がついた時には扉の近くに倒れ込んでいた。

 何がどうなってこの体勢になったのか、記憶はない。

 幸い怪我はないようで、体は動く。なので私は、上半身をゆっくりと上げる。すると、リゴールが覗き込んでいるのが見えた。

「ご無事で!?」

 灰色の煙が揺らぐ中、リゴールの青い瞳だけが視界に映る。

「えぇ。でもリゴール、これは何が……」
「敵襲です」
「え! ちょ、ま、またっ!?」

 そんなまさか。
 急すぎて頭がついていかない。

「……申し訳ありません。またしてもご迷惑を」
「いいのよ。迷惑なんかじゃない——は変かもしれないけれど、貴方に罪があるわけではないわ」

 一部とはいえ、家を破壊されたのだ。私は絶対怒られる。後から父親に呼び出され、長い説教をされることになるだろう。

 それは嫌だ。

 でも、今はそんなことを言っている場合ではない。
 今一番大切なのは、生き残ること。つまり、殺られないようにすることだ。

「エアリのことはお護りしますから……」

 リゴールは立ち上がる。
 そして、先ほど見せてくれた手のひらに収まるくらいの小さな本を、さっと開く。

「どうか、憎まないで下さい」

 ーーやがて煙が晴れる。

 するとそこには、一人の男性が立っていた。
 非常に背の高い男性で、手脚は長く、ワイン色の燕尾服を着ている。肌は異様に白く、白どころかやや灰色がかって見えるような色。

「ふはは! 見つけたぞ、王子!」

 ……王子?

 男性は確かに、リゴールを「王子」と呼んだ。それがどういった意味なのかは、私には分からないが。

「何をしに来たのです」
「馬鹿なことを。お前ならば、分かっているだろう」
「貴方の狙いはわたくしでしょう! 無関係な者を巻き込むなど、あり得ないことです!」

 リゴールは鋭く言い放つ。

 見るからに不気味で、しかも自分よりずっと大きい男性に向かって、怯むことなく物を言えるなんて、尊敬に値することだ。

 少なくとも、私にはできない。

「ふはは! 何を言おうが無駄無駄! 我が心は変わらぬ!」

 男性は笑いつつ述べる。
 いちいち声が大きい。

「心が変わらないのは勝手。しかし! 無関係な者の家を破壊するというのは問題です!」

 リゴールも負けじと言い放つ。

「後から請求が来ますよ!」

 すると、男性はきょとんとした顔になる。

「なに……? まさか、ここはお前の家ではないのか?」

 もしかして、男性はこの家をリゴールの家だと思っていたのだろうか。それで、遠慮なく壊したというのか。

 だとしたら、迷惑極まりない。

「だ、だが! ならどうしてお前がいる!」

 男性は少しばかり動揺しているようで、頬を汗の粒が伝っていた。

「一夜の宿を恵んでいただいただけのことです」
「んなっ……!?」
「去りなさい! さもなくば、容赦はしません!」

 そう告げるリゴールは、ただの少年とは思えない凛々しさを放っている。目つき、表情、声色——そのすべてが、力強い。

「くっ……まぁいい。請求は困るので出直すとしよう。ふはは!」

 男性は笑い声をあげながら、一瞬にして姿を消した。

 一体何だったの……。

Re: あなたの剣になりたい ( No.6 )
日時: 2019/06/27 17:40
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: nWfEVdwx)

episode.5 感情的な発言には気をつけて

 男性は去った。ひとまず生き延びることに成功したようだ。

 だが、部屋がとんでもない状態になってしまった。
 こんな状態になってしまったなんて、父親には絶対に言えない。そんなことを言ったら、私は叱られるだろうし、リゴールも厳しく当たられるだろう。一歩間違えば、彼に請求が行ってしまう可能性だってある。

「一体何だったの……」
「お騒がせして申し訳ありません……」

 私とリゴールは、お互いに踏み込んだことは言えず、ただじっとしていることしかできない状態だった。
 それから数分、深い沈黙が私たちを包んだ。

 ——やがて、長い長い沈黙を破ったのは、バッサが入ってきた音。

「爆発音が聞こえたように思いましたが、何事です!?」

 部屋へ駈け込んできたバッサは、爆破によって見事に破壊されてしまった部屋を見て、唖然とする。

「こ、これは……一体……?」

 唖然とするのも無理もない。
 事情を知らずこの光景だけを目にしたとしたら、誰だって、何がどうなっているのか分からないだろう。

「まさか……そのお客様が?」
「違うの! リゴールは悪くないのよ!」
「ですが、この惨状は一体……」
「待って! 今説明するから!」

 説明する、と言うのは簡単だ。しかし、ここへ至った経緯を一から説明するとなると、それは結構難しい。

 だが、きちんと説明しなくては、リゴールに迷惑がかかる。

 だから私は、何とか、一つずつ説明した。


「屋敷の一部が吹き飛ぶとは、どういうことだ」

 バッサに事情を説明し、彼女から父親へ伝えてもらった。
 父親に直接話すなんて怖かったからだ。

 だが、そんな工夫は何の意味も持たず。結局、呼び出されてしまった。

「ごめんなさい、父さん」
「わけが分からん!」

 今私は、リゴールと二人、父親の前で頭を下げさせられている。

「まさかあんなことになるなんて思っていなくて」
「エアリがした説明はバッサからきちんと聞いた。だが! まったく! わけが! 分からん!」

 ……でしょうねー。

「エアリ、お前はどうかしている!」
「……どうもしていないわよ」

 父親の発言も理解できないことはない。いきなりあんなファンタジーな言い訳をしたのだから、どうかしていると思われるのも仕方のないことだろう。

 けれど、それが事実なのだ。
 事実である以上、他に言えることなんて何一つとしてない。

「何だ、その口の利き方は!」

 父親は一方的に言ってくる。
 それに腹を立てた私は、つい、大きな声を出してしまう。

「どうしていきなり怒鳴るのよ!」

 既に怒っている者に向かって攻撃的な言葉を投げかけるというのは、あまりよろしくないことかもしれない。怒っている相手と接する時は刺激しないようそっとしておく方が良い、というのが真実なのだろう。だが、私にはそれは無理だった。

「偉そうな口を利くな!」

 父親はじりじりと歩み寄ってくる。
 私は父親を、威嚇するように睨む。

「何よ! 怒鳴って押さえこもうとして!」
「ん!? 何だと!?」
「壊してしまったことは謝るわよ! でも、どうかしているなんて言われて許せるほど、私の心は広くないわ!」

 父親に喧嘩を売っても、良いことなんて何一つとしてない。
 それは分かっていて。
 でも、どうしても譲れないところはある。たとえ相手が父親であっても、なんでもかんでも許せるということはない。

「エ、エアリ……あまり刺激するのは……」

 隣で謝罪しているリゴールは、困り顔で、私を制止しようと声をかけてくる。
 それさえも、今は不愉快だ。

「リゴールは黙ってて」
「で、ですが……」

 リゴールはまだ粘ってくる。
 今度はそれに腹が立ち、うっかり、きつい言葉を放ってしまう。

「何よ! そもそも貴方のせいじゃない!」
「エアリ……」
「貴方がいたからあんなことになったのよ! それで私まで怒られているの!」

 そこまで言って、正気に戻った。

 リゴールが悲しそうな目をしているのを見てしまったからである。

「……はい。それは、その通りですが」
「あ。ごめんなさい、つい……」
「いえ、貴女の仰っていることはすべて事実ですから……」

 何とも言えない空気になる。

 父親に叱られている時だからこそ、二人で協力しなくてはならないのに。それなのに私は、彼にまで攻撃的なことを言ってしまった。

 反省すべき点が山盛りだ、今日の私は。

「とにかくエアリ」

 静寂を破ったのは父親。

「十分に反省しろ。そして、もう二度と繰り返すな。いいな」
「……分かったわよ」
「何だ、その不満げな態度は」
「べつに不満げなんかじゃないわ」

 一応言ってみるが、父親はやはり聞いてくれなかった。きっぱりと「いや、不満げに見えたぞ」などと返してくる。

「よし、決めた。エアリ。お前はしばらく、この家に帰ってくるな」
「え!?」

 父親はよく感情的になるタイプだが、それでも、ここまで怒るのは珍しい気がする。

「帰っていいと言うまで、外に立ってろ!」
「えぇっ。何なの、それっ」
「男に騙されるような娘には、躾が必要だ!」

 わけが分からない。

「どうなっているのよ、父さん」
「反省しろ!」

 どうかしているのは父親の方ではないだろうか。

 ふと、そんなことを思った。

 だって、言っていることが明らかにおかしいではないか。

 家の一部を破壊してしまったことは悪かったと思っているし、それによって怒られるのも仕方ないとは考えている。
 けれど、だからといって女を家から追い出すなんて。

「……分かったわ。出ていくから」

 私はそう言って、家を出ることにした。

 今の父親は、怒りのあまり正気を失っているのだろう。きっと、そうに違いない。冷静さを失っているから、あんな厳しいことを言うのだ。きっと、そう。

 時間が経って怒りが完全に静まれば、きっと父親は私を探しにくるはず。

 だから、今は家から出よう。そう思う。


「本当に良かったのですか……?」

 買い物へ行く時の手提げだけを持って家から出た私を、リゴールは追ってきた。
 私は、村の端にある湖の畔ほとりでベンチに座りながら、言葉を返す。

「いいのよ」
「本当に、申し訳ありませんでした」
「気にしないでちょうだい」
「……しかし」

 リゴールは微かに顔を下げる。

「いいの。本当に、気にしないで」

 私はそう言って、ベンチを手でとんとんと叩く。そして「座っていいわよ」と言ってみる。するとリゴールは「いえ……」と返してきた。しかし諦めず、私は、もう一度同じことを試みる。すると今度は、「では……」と言って座ってきた。

「さっきはごめんなさい、貴方を責めるようなことを言って。私、そんなつもりはなかったの。でも、あの時はついカッとなってしまって」

 弁解など何の意味もないかもしれない。
 でも、私の心が間違って伝わっていたら嫌だから、一応言っておく。

 するとリゴールは謝罪の言葉を述べる。

「こちらこそ、余計なことを……申し訳ありません」

 逆に謝られてしまった。
 本当は私が謝らなくてはならない状況だというのに。

「謝らないで。悪いのはわた——」
「ところで!」

 リゴールは唐突に話題を変えようとしてくる。

「ここはとても素敵なところですね!」

 声が妙に明るいところから察するに、彼は、暗い空気をどうにかしようとしてくれているのだろう。彼なりの配慮、といったところか。

「……湖?」

 私の問いに、彼は大きく頷く。

「はい! ホワイトスターにも、このようなところがありましたよ! 水面は透き通り、花は咲き乱れ、凄く美しいところで——って、あ。すみません。ホワイトスターの話ばかりしてしまって」

 リゴールは苦笑する。

 少年の姿をした彼が笑うと、無邪気な感じがして、とても心が癒やされる。ほっこりする——のだけれど、なぜかそれだけではなくて。彼の無垢な笑みの裏側に何か得体の知れないものが潜んでいるような、そんな気もしてしまう。


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