コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.102 )
日時: 2019/09/22 17:11
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: tDpHMXZT)

episode.99 二対一

 肩を打ち、倒れ込んでしまったが、そこまで重傷ではないため速やかに体勢を立て直すことができた。

 高齢男性はリゴールをキッと睨み、舌打ちをする。
 それまでずっと「ふぉ」しか言っていなかったため、舌打ちをするなんて想定外で、正直かなり驚いてしまった。

「エアリに攻撃などさせませんよ!」

 リゴールはらしくない勇ましい表情で言い放つ。

 一見、かっこいい場面。
 だが……助けるためとはいえ自分が攻撃を当てておいて、それを言うのはどうなのだろうか。

「ふぉ、ふぉ、ふぉ」

 一時は不機嫌そうになっていた高齢男性だが、すぐに元通りの穏やかな表情に戻り、柔らかな笑い声を漏らし始める。

 そんな高齢男性に向け、リゴールは魔法を放つ。
 遠慮がない。

 黄金に輝く幾本ものラインは、目標である高齢男性に集中していく。

「ふぉぉぉぉぉ」

 刹那、高齢男性は跳んだ。天井へ達するのではないかというほどの高さにまで。

 信じられない。
 恐ろしい脚力だ。

「かわされましたか……!」
「ふぉぉぉぉぉ!」

 天井付近まで跳び上がっていた高齢男性は、甲高い声を発しながら垂直落下。
 その下にいるのは、リゴール。

「来るわよ!」
「はい!」

 リゴールは咄嗟にその場から移動し、高齢男性の垂直落下攻撃を回避する。

 高齢男性が着地した直後。
 彼の杖の一番下側——地面に接している面に、果物ナイフのような刃が現れる。

「ふぉ!」

 杖を振り、リゴールに攻撃を仕掛ける高齢男性。
 リゴールは刃をすれすれのところでかわす。

 ——だが。

「ふぉぉ!」

 一度目の振りから間を空けず、高齢男性はもう一度攻撃を仕掛けた。
 お年寄りとは思えぬ挙動。

「くっ……!」

 リゴールは背を反らせ回避しようとした。

 が、今度は先ほどのようにはいかず。
 刃を右脇腹に受けてしまった。

「リゴール!」

 思わず高い声を発してしまう。

「問題ありません! エアリ、援護を!」
「そ、そうね!」

 この高齢男性、ただの高齢者ではなさそうだ。
 常人とはかけ離れた戦闘能力を持っている。油断はできない。

 ただ、二人でかかれば、そう易々と負けはしないはず。

「挟み撃ちね!」
「はい!」

 そうは言ったものの、仕掛けるタイミングが難しい。というのも、高齢男性は常にこちらにも意識を向けているのだ。見ているのはリゴールの方なのだが、背後への警戒も怠っていない。隙の無い背中だ。

「ふぉ!」
「……くっ」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ」
「……っ」

 高齢男性とリゴールの攻防が続く。

 だが、リゴールは防御に必死で、反撃する隙を見つけられていない。

 彼は小柄ゆえか動きが素早い。その素早さのおかげで、高齢男性の杖による攻めを何とかかわし続けられているようだ。

 けれど、得意の魔法を放つタイミングは与えてもらえていない。

 このまま同じことを続けていたら、リゴールはいずれ負けてしまうことだろう。彼の体力が尽きた時が、敗北の時だ。

 高齢男性の背に隙はない。
 それでも、仕掛けなければ。

 倒せなくてもいい。
 リゴールに魔法を打つ隙を与えられるだけでも十分。

 そう考え、私は踏み出す。

 大きな一歩。そして、剣を振る。

「ふぉ、ふぉ」

 剣の刃部分が背に触れかけた刹那、高齢男性は振り返る。
 ほうれい線がくっきり現れた口元にうっすらと笑みが浮かぶのが見えた。

「え……」
「ふぉぉぉぉ!」

 直後、剣を握る右腕に鋭い痛みが走る。

「あっ……」

 痛みのせいでほんの数秒脱力し、剣が手からするりと落下する。

 これでは攻撃できない!

 そう焦った、直後。

「ふ——ふぉぉぉぉぉぉ!?」

 私へ意識を向けていた高齢男性の背に、黄金の光の線が幾本も突き刺さる。

 凄まじい黄金の光が、室内を満たす。
 恐ろしいくらいの輝き。

 私はハッとしてリゴールの方へ視線を向ける。すると、本を片手に険しい表情をしている彼の姿が見えた。やはり、この凄まじい魔法を放ったのは彼だったようだ。

「ふぉ、ふぉ、ふぉ……」

 リゴールの魔法をもろに受けた高齢男性は、掠れた声を漏らしつつ、ゆっくりと倒れ——床に倒れ込んだ直後に消滅した。

「エアリ!」

 高齢男性が消滅したのを見るや否や、リゴールは駆け出す——そして、飛びついてきた。

「えぇ!?」
「あ、あわわ……!」

 リゴールの体は華奢で軽い。だがそれでも、勢いよく飛びかかってこられたら、何事もなかったかのように立ってはいられず。私はよろけて、地面に倒れ込んでしまった。私が倒れ込んだことによって、リゴールも倒れ込んでしまう。

「……っ!」

 結果、リゴールに被さられる形になってしまった。

 顔と顔が近づく。
 彼の青い瞳が、すぐ傍にまで迫る。

「り、リゴール……」

 私がそう漏らした、直後。
 リゴールの顔が真っ赤に染まった。

「あっ、あああ!」
「え、ちょ、何? 何なの?」
「申し訳ありません! こんなことになってしまって!」

 リゴールはリンゴのような顔になりながら、私の上から飛び退く。表情を見た感じ、かなり慌てていそうだ。

「こ、このような積極的なことをするつもりでは……」

 いや、ちょっと待ってほしい。

 積極的なこと?
 何なのか、その表現は。

「大丈夫よ。落ち着いて、リゴール」
「は……はい……」

 頷きはするものの、リゴールはまだ赤い顔をしている。

 ——そんな時。

「王子、先に怪我の手当てを済まされた方がよろしいかと」

 ベッドに寝たまま一部始終を見ていたデスタンが、淡々とした口調で言葉をかけてきた。
 その言葉を聞いて、私は思い出す。リゴールが負傷していたということを。

「そうだったわね。リゴール、脇腹は?」
「え?」
「怪我してたでしょ」

 するとリゴールは目をぱちぱちさせ、続けて、自身の脇腹へと視線を落とした。それから二三秒が経過した後、面を上げて苦笑する。

「そうでした。失念していました。思い出させて下さってありがとうございます」
「思い出させてくれたのはデスタンさんよ」

 するとリゴールは、ベッドの上で横になっているデスタンへ視線を向ける。

「思い出させて下さってありがとうございます、デスタン」
「いえ。当然のことです」

Re: あなたの剣になりたい ( No.103 )
日時: 2019/09/22 17:12
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: tDpHMXZT)

episode.100 あなたの剣になりたい

 突如現れた高齢男性を倒した後、深手ではないものの負傷した私とリゴールは、手当てを受けることとなった。手当ては、慣れているバッサが行ってくれたため、比較的スムーズに完了。その頃になって、リョウカやエトーリアとも合流できた。色々あったが皆無事。それが分かり、私は安堵した。


「怪我、本当に大丈夫なの?」

 デスタンの部屋でバッサに手当てをしてもらい終えた私に、エトーリアが不安げな面持ちで声をかけてくる。

「大丈夫よ。ありがとう母さん」

 リゴールはベッドのすぐ傍へ行き、デスタンと何やら話していた。

「そう……それなら良かったのだけれど」
「心配かけてごめんなさい」
「いいの。無事でいてさえくれれば、それでいいのよ」

 エトーリアはそっと首を左右に動かす。

「でも屋敷……」
「幸い、被害も少なかったわ」
「良かった」

 リゴールと過ごすようになってから、もう結構な時間が経った。それゆえ、いきなりの敵襲というものにも慣れてきて。けれど、それによって屋敷に被害が出たりするのは、申し訳ない気持ちになる。だから、被害が少なかったと知ることができ、安心した。

「エアリ、頑張るのは良いことだけれど……あまり無理しちゃ駄目よ?」

 そう言って、エトーリアは私をそっと抱き締める。

 腕も、胸も、とても温かい。
 これが母親の温もりというものなのだろうか。

「分かってるわ、母さん」

 するとエトーリアは、唐突に、ふふっと笑みをこぼした。

「懐かしいわ……」
「え?」
「わたし、姉がいたの」

 ぽつりと呟くエトーリア。
 その表情は、どことなく切なげだ。

「お姉さん?」
「そう。年は二つしか違わない、姉だったわ。でも彼女は、私より年上なのに、ずっと頼りなかったの」

 エトーリアから姉の話を聞くのは初めてかもしれない。

「けれど、とても美しい容姿で……踊り子をしていたわ」
「踊り子?」
「そうよ。それなりに人気はあったわ。でも——」
「でも?」

 私は視線をエトーリアの瞳へ向ける。すると彼女は、一瞬、ハッとしたような顔をする。さらにそこから、気まずそうな表情へと移行した。

 何なの? と問いかけてみたいけれど、聞いてはならないような気がして。

「……いいえ。何でもないわ」

 そう言って、エトーリアは穏やかに微笑む。

「気にしないでちょうだい」

 その先を知りたいと、思わないことはない。けれど、話したくなさそうなエトーリアを見ていたら、聞くべきではないという気がして。だから私は、そっとしておくことにした。

 ——きっと、彼女は既にこの世にはいないのだろうし。


 その晩、リゴールと二人になる機会を得ることができた。

 と言っても、私が望んだわけではなく。彼の方から会いに来てくれたのである。

 私の部屋で二人というのは不安なのでは、と思っていたのだが、リゴールはもう平気そうだった。

「ミセさんは本日もやって来て下さったようでしたよ」
「そうだったのね」
「デスタンはあのような器用でない性格なので、誰かに頼るということができないのです。ですから、ミセさんが来て下さってホッとしています」

 リゴールは室内をうろつきながら、控えめに苦笑する。
 脇腹の傷はまだ癒えていないはず。重傷ではないにせよ、傷は傷だ。ずっと動いていて大丈夫なのだろうか。

「あのお方は、正直、あまり得意な雰囲気ではありませんでした」
「馴れ馴れしい振る舞いを嫌がっていたものね」
「はい。そうなのです」

 少し空けて、リゴールは続ける。

「けれど、今は感謝しています」

 柔らかな雰囲気をまとった声だった。

「デスタンは愛も優しさも知らずに育ってきたようでしたが、あの方ならきっと、デスタンにそれらを教えてくれるでしょう。わたくしとしても、それは望ましいことだと思います」

 私はリゴールほど、デスタンのことを知ってはいない。けれども、デスタンが愛や優しさを知らずに育ってきたのだろうということは、彼の振る舞いを見ていたら容易く想像できた。だからこそ、リゴールの発言には共感することができる。

 愛を知らぬ者には、誰かを愛することはできない。
 優しさを与えられたことのない者には、優しさを与えることはできない。

 それは当然のこと。

 そして、それらを知ることは、回り回って人生を豊かにしてくれる。

「リゴール、貴方って善い人ね」
「善い人だなんて……もったいないお言葉です。わたくしはただ、当然のことを思ったまで」

 それが世のすべての人たちの『当然』なら良かったのに。
 そうすれば、誰もが幸せに生きられたかもしれないのに。

「……当然じゃないのよ」
「エアリ?」

 でも、悲しいことに、現実はそんなに美しくできてはいない。

 誰もが当たり前に他人の幸福を願える世界——そんなものは、所詮幻想でしかないのだ。

「もし誰もが貴方みたいな善い人だったら……ホワイトスターは滅ぼされなかっただろうし、リゴールだって執拗に命を狙われたりはしていないはずよ。だって、それが皆の幸福に繋がらないと分かるはずだもの」

 人間誰しも、幸せに暮らしたい。
 その気持ちは私にも分かる。私とて人間だから。
 幸せを求めること、それ自体は罪ではない。むしろ人として当然のことだろう。誰も、不幸になりたくて生きてはいない。

 けれど、幸福を強く求める心は、いずれ他人を傷つけるようになる。

 ただ幸せを求めていただけの心は、いつしか、悪魔へと変貌するのだ。

「それはそうですが……」

 少し困ったような顔をしながら、リゴールはこちらを見つめてくる。
 小動物のような瞳でじっと見つめられ続けると、庇護欲を掻き立てられてしまう。

「でも、貴方はそんな人たちとは違う。貴方は他人の幸福を願える人。だからこそ、私は貴方の力になりたいと思うの」
「エアリ……」
「もっと強くなって、いつか、リゴールを護れるような人になるから」

 ここまで歩んできたから、もはや引き返すことはできはしない。ならば、ただ、前へ進むのみ。それしかないが、後悔はない。

 たとえ、茨の道を歩むことになろうとも。

 私は、あなたの剣になりたい。

Re: あなたの剣になりたい ( No.104 )
日時: 2019/09/24 18:59
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: /ReVjAdg)

episode.101 面白くなりそうだね

「あーん! デスターン!」
「……無理矢理されては飲み込めません。困ります」
「えぇー。絶対美味しいのにぃー」

 あれ以来、ミセはほぼ毎日訪ねてきている。

 午前中にやって来て、デスタンの部屋へ直行。それからはずっと彼の傍に控え、彼の身の回りの世話をして一日を過ごす。そして、夕方頃に帰っていく。

 それがミセの日々の暮らし。

「ミセさん、今日も来て下さっていたのですね」
「あーら、エアリじゃない」
「いつもお疲れ様です」
「アタシは来れる限り毎日来るわよ。だって、愛するデスタンのためだもの」

 正直、ミセがここまでするとは思っていなかった。

 ミセの家からこの屋敷までは、結構な距離がある。行き来だけでも、そこそこ長い時間がかかるはずだ。少なくとも、気楽に行き来できるような距離ではない。

 たとえ相手を愛していたとしても、忙しい暮らしを継続する気力を保ち続けるのは簡単なことではないはず。それを迷いなく続けているミセを見たら、凄いと思わずにはいられない。

 少なくとも私にはできないこと。

 彼女だからできるのだ。

「さぁデスタン! 食べてぇ!」
「……大きな声を出すのは止めて下さい」
「静かにするわぁ。だから食べてちょうだぁーい」
「その不気味な話し方、止めて下さい」

 ミセは茶色いスープの入ったスプーンの先を、デスタンの口元へと持っていく。それに対し、デスタンは眉をひそめる。が、数秒経過してから、さりげなく口を開けた。ミセはすかさず、スプーンの先端を彼の口腔内へ突っ込む。

 ——しばらくして。

 スプーンがデスタンの口から取り出された時、茶色いスープは消えていた。

「美味しい?」
「そうですね……」
「美味しいのぅ? どうなのぉ?」

 ミセは執拗に聞く。
 どうやら、デスタンに「美味しい」と言ってほしいようだ。

 だが、デスタンの口から出たのは、厳しい意見だった。

「不味いとまではいきませんが、少し塩辛さが強いような気がしますが」

 空気を読んで褒めておかない辺りは、デスタンらしいと言えるかもしれない。が、個人的には「少しくらい気を遣っても良かったのでは?」と思わないこともなかった。

「えぇー、本当ぅ?」
「はい。塩がきついと喉が渇きます」
「デスタンたら正直ぃ」

 味を否定されても、ミセは微塵も動じていなかった。

 これも愛しているゆえなのか?
 私にはよく分からない。

 ただ一つ分かることがあるとすれば、それは、今の状況で私がここにいても何の意味もないということ。デスタンとの交流に夢中なミセには、私の存在など見えていない。

「ではミセさん、私はこれで失礼します」
「はぁーい!」

 やはり、思った通りの返答。ミセにしてみれば、室内に私がいるかどうかなど、どうでもいいことだったようだ。

 少し寂しい気はするけれど、幸せならそれが一番。
 そう思いながら、私はデスタンの部屋を出た。


 部屋を出て、扉を閉め、歩き出す。人のいない廊下は静か。妙だなと感じてしまいそうになるほど、静かだった。無論、私以外には誰もいないのだから当然なのだが。

 そんな廊下を、私は一人歩いていく。

 私たちはこれからどうなるのだろう?
 どんな景色を見ながら行くことになるのだろう?

 一人、そんなことを考えながら。


 ◆


 ブラックスターの首都に位置する、ナイトメシア城。その要塞のような城に併設された牢に監禁されているトランのもとへは、今日も、係の兵がやって来る。

「夕食の時間だ! 入るぞ!」
「……はいはーい」

 床に座っているトランは、気だるげな声で、係の兵を迎え入れる。

「喜べ。今日は少し良い夕食だ」

 兵士が持つお盆には、器が三つとコップが一つ。さらに、金属製のスプーンとフォークが一本ずつ乗っている。

 広げた手の親指から小指の距離程度の直径、三つのうち一番大きな器には、牛肉とネズミ肉を使った肉団子のトマトソース和え。一番浅い器には、干からびたパンが二つと赤いジャム。三つのうち一番主張のないサイズの器には、薄茶の具なしスープ。そしてコップには、濃い茶色の液体が注がれている。

「……良い夕食ー?」

 退屈そうに座り込んでいたトランは、ゆっくりと顔を上げる。

「あぁ、そうだ。ここのテーブルに置くぞ」
「どうしてー? 移動するのは面倒だから、ここに置いてよ」

 トランは、ぼんやりとした笑みを浮かべながら、自身が座っている近くの床を指でトントンと叩く。
 だが、兵士は首を左右に動かした。

「食事を床に置くことは許されない」
「えー、面倒臭ーい」
「食事の時くらい、移動しろ!」

 兵士が調子を強めると、トランは渋々立ち上がる。重苦しい動作で。

「仕方ないなぁ」

 立ち上がったトランはのろのろと歩き、テーブルの近くの椅子へぽんと座る。
 それから、彼は改めて、兵士の方へ視線を向けた。

「で?」

 いきなり疑問符の付いた発言をされた兵士は、困惑した顔で、思わず「え」と漏らす。

「どうして少し良い夕食なのかな?」
「……そ、そういうことか」
「どうしてー? あ。まさか、ボク処刑? ふふふ」

 自身の処刑などという物騒な発想をしておきながら、笑っている——トランは歪だった。

 その歪さに、兵士は戸惑った顔。

 が、それも当然と言えば当然のこと。
 正常なのは、どちらかといえば兵士の方だろう。

「いや、そうじゃない」
「じゃあ何ー?」
「今日、ブラックスター王が命令を発された」
「命令?」
「ホワイトスター王子殺害の本格的な命令だ」

 兵士の言葉を聞いたトランは「あぁ、なるほどね」と言い、納得したように一度目を伏せる。そしてゆっくりと瞼を開いた後、ふふふ、と笑みをこぼし始めた。

 その様子を見ていた兵士は、少しばかり動揺しているようで。トランを見つめる兵士の目は、まるで、狂人を見るかのような目だった。

「あぁ……これはなかなか面白くなりそうだねー……」

 トランは独り言のように呟く。

「ボクが無能だったわけじゃないって……王様が分かってくれればいいんだけどなぁ。……なんてね」

Re: あなたの剣になりたい ( No.105 )
日時: 2019/09/25 17:53
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: OSKsdtHY)

episode.102 真の剣で

 窓の外は薄暗い。空全体が、厚い雲に覆われ、灰色に染まっている。そして、大地には雨粒が激しく降り注ぐ。

 雨降りは久々だ。

 けれど、嫌いではない。
 こんな日にしか感じることのできない湿り気。私はそれが、案外好きだったりする。

 ただ、外へ出掛けられないことは少し残念だ。
 晴れていれば、どこかへ出掛けることもできただろうに。

 そんな思いを掻き消すように、私は訓練に取り組む。

 もちろん、リョウカに協力してもらいつつの訓練だ。

 まずは素振りや簡単な運動で体を起こす。それからが訓練の本番だ。木製の剣を手に実践に近い形式で対戦をしたり、フラッグ取り競争で息抜きしたり。

 動くことは疲れる。
 だが、嫌だとは思わない。

 薄暗い日だからこそ、動いている方が心が落ち着く。じっとしているより心地よいのだ。

 先日、高齢男性との交戦で腕に怪我を負った時は、剣の扱いに支障が出ないか少々不安になった。が、問題はなさそうだ。怪我は順調に治ってきているし、動きもそれほど落ちていない。

「ふぅー。エアリ、急成長したんじゃない?」

 十本勝負、五勝五敗。
 本気を出されれば勝ちようがないだろうが、多少手加減してくれているリョウカにならちょくちょく勝てるようになってきた。

「そう?」
「うんっ。動きが良くなってるよ!」

 リョウカは、向日葵のような笑みを浮かべると同時に、私の動きを褒めてくれた。
 素人の目さえも惹きつける華麗な剣技を持つ彼女に褒められると、嬉しくて、ついうっかり顔面を緩ませてしまいそうになる。だから私は、だらしない顔をしてしまわないよう、常に意識している。

「そう言ってもらえたら嬉しいわ。けど、まだまだよ」
「十戦で五勝! 誇っていいよ!」
「ありがとう、リョウカ」

 礼を述べてから、私は恐る恐る言う。

「もし大丈夫なら……もう一度付き合ってもらっても構わない?」
「十本勝負?」
「えぇ。それと、今度は木の剣でなく、本物の剣でやってみるというのはどうかしら」

 付き合ってもらっている身で提案をするなどおこがましいかもしれない。そう思いはしながらも、勇気を出して言ってみた。

 するとリョウカは快晴の空のような声で返してくる。

「本物の剣! エアリ、なかなか面白いねっ」
「どうかしら……」
「あたしはいいよ。エアリはペンダントの剣を使うの?」
「そうしようと思うわ」

 首元からペンダントを取り出す。
 その瞬間、問題を思い出した。

「あ」

 根本的なところの問題を。

「どうかした?」
「そうだった……このペンダント、リゴールを護るためにしか剣にならないんだったわ……」

 リゴールが近くにいるわけでもない。彼を狙う敵が迫っているわけでもない。危機も何もないこの状況では、ペンダントを剣に変えることはほぼ不可能。

「えぇっ、そうなの!?」
「ごめんなさい……やっぱり、本物の剣で戦うのは無理そうね……」

 実際敵とやり合う時に使うのは、このペンダントの剣。
 だから、この剣でも訓練を行ってみておきたかった。

 けれど、ペンダントが剣に変わってくれないことには、どうしようもない。訓練なんてできっこない。

 そう思い、少し落ち込んでいると。

「あ! じゃあさ、リゴールをここに呼んだら良くない!?」

 リョウカが提案してきてくれた。

「でも、危機じゃないと使えるかどうか分からないわ……」
「あたしがリゴールに攻撃を仕掛ければ、変わるかもよ!?」
「……そこまでしてくれるの」

 ペンダントの剣を使っても練習もしておきたい、という本音は今も変わらない。だが、リョウカに加えリゴールにまで協力してもらうとなると、申し訳ないという気持ちが膨らんでしまって。

「あたしにしてみれば、お安いご用だよ!」

 だが、そんな罪悪感は、リョウカの言葉によって消えた。

「ありがとう、リョウカ」
「じゃあ早速! リゴールを連れてきてみて!」
「そうね。呼んでみるわ」

 こうして、私はリゴールを呼びに行くことにした。


 玄関から入ってそこそこ近くにある広間でリゴールを発見した私は、彼に事情を説明した。そして、訓練に協力してほしい、というようなことをお願いした。すると彼は、「承知しました、エアリ。お任せ下さい」と、快く頷いてくれて。話は非常にスムーズに進んだ。


 リョウカのいるところへリゴールを連れていき、早速訓練を再開する。

「じゃあ予定通り、あたしが彼を狙うね!」
「頼むわ、リョウカ」

 部屋の中央にリゴール。
 彼を静かに見据えるのは、刀という名の剣を手にしたリョウカ。

 私はその間に立つ。

 右手にペンダントを握りながら。

「行っくよー!」

 リョウカは風を切り、走り出す。
 接近まで時間はない。

「剣!」

 ペンダントは白い輝きをまとう。
 そして、みるみるうちに形を変え、剣となった。

「ふっ!」
「ん……くっ……!」

 リョウカの手に握られた刀の刃部分が迫る。
 私は咄嗟に柄を当て、それを防ぐ。

 ——そして幕開ける攻防。

 剣を握っていると、木製の剣での訓練との感覚の違いを、改めて感じた。

 まず、握っている柄の素材が違う。そのため、剣を持つことそれだけでも、いつもと異なる感覚を覚えずにはいられない。

 そして、重みも違う。長さ自体はほぼ同じなのだが、こちらも素材の違いゆえに重量が異なる。そのため、剣を振る際の力の入れ方も、少し変えなくてはならない。自身が思う振り方をするためには、どの程度の力を使うのか——ペンダントの剣を実際に使用することによって、それが、徐々に明確になっていくような気がする。

 それらの違いもかなり大きくはある。

 が、最も大きい違いは、それらではない。

 木製の剣での訓練と一番違ってくるところは、緊張感。

 相手もこちらも、本物の剣を使っている。それはつまり、少しでも気を抜けば斬られるかもしれないということ。

 斬られる可能性が生まれた瞬間、模擬戦は単なるお遊びではなくなる。お遊びの要素は消え去り、真の戦いへと姿を変える。そこに残るのは、緊張感。そして、奪われるかもしれないと思うことで初めて湧き上がる、生への執着。

 本物の剣を使って戦うことの一番の意味は、実戦に近い心境で戦えることかもしれないと、私は密かに思ったりした。

Re: あなたの剣になりたい ( No.106 )
日時: 2019/09/26 12:13
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: nWfEVdwx)

episode.103 雨降りは終わらない

 ペンダントの剣を使っての十本勝負、私は四勝六敗だった。

 日頃訓練で使っている木製の剣とはコントロールする際の感覚が大きく違っていて。それにすべての責任を押し付けるわけではないが、感覚の違いゆえ剣を思った通りに操れず、負けの方が多いという結果になってしまった。

「剣変えてみてどうだった? エアリ」
「そうね……何だか怖かったわ」

 リョウカの問いに、私は正直に答えた。

「怖かった、って?」
「えぇ。実際に斬られる可能性があるもの、恐怖心を抱かずにはいられなかったわ」

 訓練という意味での戦闘なら、星の数ほど重ねてきた。だが、実際に戦った経験は、まだほんの数回しかない。それゆえ、緊張感の中で戦うという経験が、私にはまだ足りていない。今回の十本勝負で、それを改めて思い知った。

「ま、けど、そういう経験も必要かな?」
「えぇ。そう思うわ」

 実戦は多分、こんなものではない。

 今は訓練の一環だから、リョウカは手加減してくれているはず。少なくとも、本気で倒しにかかってきてはいない。

 だが実戦になれば、手加減などありはしない。

 敵は本気でかかってくる。負けまいと、がむしゃらに来るだろう。
 そうなれば、もっと熾烈な戦いになるはずだ。

 その緊張感にも潰されない強い心を身につけなくては。

「素晴らしい剣|捌《さば》きですね、エアリ」
「協力してくれてありがとう、リゴール」
「いえ。わたくしにできることがあれば……何でも仰って下さい」

 十本勝負を終えた私に、協力者のリゴールは温かく接してくれた。

「……あ、そうでした」
「何?」
「エアリ、訓練はこれで一旦休憩ですか?」
「えぇ。そうなると思うわ」
「では! わたくしがお茶を持って参ります!」

 リゴールは嬉しくてたまらないというような笑みで、そんなことを言ってくれる。

「リョウカさんの分もお持ちしますね」
「えーっ! あたしまで? いいのっ?」
「はい。それでは、少し失礼します」

 笑顔のリゴールは、丁寧にそう言ってから、軽く頭を下げる。
 そして、部屋から出ていった。

 室内から彼の姿が消えた瞬間、リョウカが私に声をかけてくる。

「彼、意外といい人だね!」

 リゴールがいい人。
 その発言には、全面的に賛成する。

 それは、私も常々思っていることだから。


 待つことしばらく。
 リゴールが戻ってきた。

 彼が両手で丁寧に持つ円形のお盆には、透明なグラスが二個。そこには、赤茶色の液体が注がれている。

「お待たせしました」

 柔らかく微笑みながら述べるリゴールに、リョウカは小走りで寄っていく。

「おおっ! もうできたの!?」
「はい」

 話に入りそびれてしまった。

「凄! 早!」
「光栄なお言葉です」
「何でもできるんだねっ」
「いえ。何でもとはいきませんよ」

 たおやかに言って、リゴールはこちらへ歩いてくる。そして彼は、私の前で足を止めた。

「どうぞ」

 グラスを差し出されたが、すぐに受け取ることはできなかった。というのも、心の準備ができていなくて。

「エアリ?」
「あ、ごめんなさい」
「もし良ければ、どうぞ」
「ありがとう」

 差し出された瞬間からかなり時間が経ってから、私はグラスを受け取った。

 透明なグラスは、赤と茶を混ぜたような色みに染まっている。ただのお茶という感じの色彩ではない。どこか不思議な、魔法のような、そんな色合いだ。

 私が一人意味もなくグラスを眺めていると、リョウカがリゴールに尋ねる。

「あたしも貰っていい!?」
「はい」
「ありがと! 助かるっ」

 リョウカは、お盆の上に残っていたグラスを自ら手に取ると、鑑賞することもなく飲み始める。
 多めの一口をごくりと飲み込み、リョウカは明るい声で言い放つ。

「凄い! 美味しいよ、これ!」

 美味しいという意見を聞くと、飲みたい気持ちが高まる。そこで私は、鑑賞することを止め、グラスの端に唇をつけた。グラスは冷えていて、端に唇を当てると、口元にひんやりした感覚が駆ける。運動の後だけに、その冷たさが心地よい。

「……さっぱりしてる」

 思わず漏らした。
 するとリゴールは確認してくる。

「気に入っていただけましたか?」
「えぇ、美味しいわ」

 厳しい訓練の後に、美味しい飲み物とほのぼのとした会話。
 こんな幸せなことは、世の中なかなかない——そんなことを思ったりした。


 翌日も、その次の日も、雨。
 世は薄暗く、空は一面灰色で。降りしきる雨は、いつまでも止みそうにない。

 単なる雨季なのかもしれない。ただ、こんな大雨が続いたことは、私の記憶にはなくて。だから、降り止まぬ雨を、妙に不気味に感じてしまう。

 そんな中でも、ミセはデスタンのところへ来てくれていたし、使用人は買い出しに行ってくれていた。
 彼女らにとっては、大雨など、何の意味も持たぬことだったのかもしれない。

 でも、私にはそうは捉えられなくて。

 天気は、心。
 空は、心映し出す鏡。

 そして、逆もまた言える。

 それゆえ、雨空が続けば続くほど、胸の内も暗くなっていってしまうのだ。


 降雨が続いていた、そんなある日。何の前触れもなく、ウェスタが屋敷を訪ねてきた。銀の髪を湿らせることさえ躊躇わず。

 バッサから訪問者があったと聞いたことで、私は、訪問者の彼女——ウェスタと顔を合わせることになった。

「久々ね、ウェスタさん」
「いきなり申し訳ない」
「構わないわ」

 濡れていた彼女を屋敷の中へ招き入れ、タオルを渡し、二人きりで話を始める。

「それで? 何か用?」

 まずはこちらから問う。
 するとウェスタは、濡れた体をタオルで拭きながら返してくる。

「伝えねばならないことがある」

 ウェスタの表情は真剣そのもの。彼女の顔には、「冗談」の「じょ」の字もない。

「……ブラックスターが、本格的に動き出した」

 冷ややかな声で告げられたその内容に、思わず喉を上下させてしまう。得体の知れない緊張感に襲われ、背筋には氷に触れたような感覚が走る。

「それは、どういう意味?」
「……ブラックスターの術の気配を感じた」
「そんなものが分かるの?」
「分かる。ブラックスターの術を使うことのできる者なら……誰でも」

 ウェスタの視線は真っ直ぐで、嘘をついているとはとても思えない。いや、そもそも、彼女が私たちを騙す意味などないはずだ。ブラックスターに所属していた時代ならともかく。

「あくまで警告。……詳細を伝えられないことは、申し訳なく思う」


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