コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.107 )
日時: 2019/09/29 04:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gZQUfduA)

episode.104 ギョロリ

 ブラックスターが動き出したと、ウェスタから聞いた。しかし、私はまだ理解できていない。動き出したとだけ言われても、何をどう理解すれば良いのか分からなくて。

「伝えに来てくれてありがとう、ウェスタ」

 ひとまず礼を述べておく。
 すると、ウェスタは首を左右に動かした。

「いえ」

 伏せた目を囲む銀色の睫毛は、思わず撫でたくなるような柔らかさだ。

「ウェスタさん、一つだけ聞かせて。私たちはどうするべきなの?」
「……それは、分からない」

 少し空けて、ウェスタは続ける。

「ただ……戦闘の準備はしておいた方が良いと、そうは思う」

 ウェスタが発する言葉は、なぜか、不思議なくらいの説得力があった。彼女の言葉からは、ただ聞いただけなのにすんなり納得してしまうような力が感じられるのだ。

「戦闘準備……」

 半ば無意識のうちに、独り言のように呟いてしまった。
 そんな私を見てか、ウェスタは小さく口を開く。

「……戦力が不足しているというのなら、協力しても構わないが」
「協力してくれるの!?」

 ウェスタの提案は、想定外の提案だった。

「……そちらが望むのならば」
「望む! 望むわ!」

 既に戦いから降りた者を再び争いに巻き込むなんて、望ましいことではないだろう。けれど、それでも、貸してもらえるならば貸してほしいと思わずにはいられない。敵襲の可能性がある以上、戦闘能力のある味方が一人でも多くいてくれる方が安心だから。

「あ……けど、この屋敷で受け入れることができるかどうか分からないわ。人が増えてきて、今は手が一杯だから……」

 まず、空き部屋があるかどうか分からない。それに、彼女にもここで暮らしてもらうとなれば、色々準備を整える必要があるだろう。食事、洗濯、入浴。一人増えるだけで、とにかく色々な用事が増えてしまうのだ。

「……元より、ここで暮らす気はない」
「そうなの?」
「この屋敷の近くでブラックスターの力を感じたら、駆けつける。それなら……そちらの負担も減るはず」

 ウェスタはタオルで腕を拭きながらそう述べた。

「じゃあ、それでお願いするわ」

 私に絶対的な決定権があるわけではないが、この程度の内容なら、勝手に決めても文句を言われはしないだろう。

「構わない?」
「……分かった」

 念のため確認すると、ウェスタは静かに頷いた。

 彼女が本当に味方してくれるのか、はっきりとは分からない。絶対、という保証など、どこにもありはしない。

 だがそれでも、今は信じようと思っている。


 ウェスタは、告げるべきことを告げると、すぐに去っていった。

 その後、私はエトーリアのところへ行って、近いうちにブラックスターの輩が来るかもしれないということを伝えた。また、ウェスタが力を貸してくれると言っていたことも、彼女に話した。

 エトーリアは困惑したような顔をしていたけれど、最終的には「良かったわね」と言ってくれ。私はその言葉を聞き、ホッとした。


 さらに三日ほどが経過した、雨降りの日。
 午後、自室のベッドの上にてリゴールと指で遊んでいたところ、バッサが駆け込んできた。

「エアリお嬢様!」
「バッサ?」
「屋敷付近にて、またしても、不審な者が発見されました!」

 バッサが部屋に駆け込んできた時点で薄々気づいてはいたが……やはりブラックスターの手の者なのだろうか。

「そうなの!?」
「外出中のエトーリアさんには、既に連絡しております」
「母さんは仕事?」
「はい」

 指遊びを中止し、ベッドから下りる。
 ペンダントは確かに胸元にある。これなら、敵が攻めてきても対抗できるはず。

「ところでバッサ、不審な者って?」
「目撃情報によれば、怪しげな男性だそうです」

 怪しげな男性、か。

 心当たりがあまりない。

 グラネイトは戦いから下りてくれたはずだし、トランなら「怪しげな男性」という表現はされそうにない。せめて「怪しげな少年」だろう。

 そこを考えると、私の知らない者の可能性が高いと考えて問題ないかもしれない。

「ミセさんは?」
「いらっしゃっています。現在はデスタンさんのお部屋に」
「一応知らせておいた方が良いかもしれないわね」

 すぐ隣に立っているリゴールは、不安げな眼差しをこちらへ向けている。今の彼は、顔全体を強張らせていた。

「承知しました。ではお伝えして参ります」

 バッサは帽子を被った頭を一度だけ軽く下げ、部屋から出ていった。
 彼女の姿が部屋から消えてから、私はすぐ隣のリゴールと顔を見合わせる。

「やはりブラックスターでしょうか……」
「その可能性が高そうね」

 僅かに言葉を交わした瞬間、リゴールの表情が暗くなるのを感じた。微かに引いた顎の角度が、そう見せているだけなのかもしれないが。

「大丈夫よ」

 私は片手を伸ばし、彼の肩をポンと叩く。

「これまでだって乗り越えられた。だから大丈夫」

 大丈夫だという保証はない。
 けれど、それでも、彼に不安を感じてほしくなくて。

「……そうですね」

 だから笑おう。
 笑みを絶やさずにいよう。

 ——せめて。


 それから一時間ほどが経過した頃、何者かが扉をノックした。コンコン、と軽い音。

「何でしょう……?」
「きっとバッサよ! 開けてみるわ」

 私は速やかにそちらへ駆け寄り、ノブを掴んで、扉を開ける。
 そして、唾を飲み込んだ。

「……っ!」

 開けた扉の細い隙間から、ギョロリとした赤黒い瞳が覗いていたからである。

 リゴールが背後から「エアリ?」と声をかけてくるのが聞こえた。けれど、何か言葉を返すことはできなかった。目の前の不気味な瞳が恐ろし過ぎて。

 私はすぐに、扉を閉ざす。
 できるなら見なかったことにしたい。

「エアリ? 何があったのです?」
「……バッサじゃなかったわ」

 リゴールは怪訝な顔で歩み寄ってくる。

「何なのですか?」

 彼はそう問うけれど、すぐには答えられなかった。ほんの一瞬見てしまったものを、どう表現すれば良いか分からなくて。

「化け物でもいました?」
「……そう」

 震える唇から、声がこぼれた。
 きょとんとした顔をするリゴール。

「え。化け物がいたのですか」
「そんな感じかしら」
「何をご覧になったのです?」
「……目」

 するとリゴールは、顔に、驚きの色を浮かべた。

「目、ですか……」

Re: あなたの剣になりたい ( No.108 )
日時: 2019/09/29 04:38
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gZQUfduA)

episode.105 やり取りしつつ

 扉一枚挟んだ向こう側に、不気味な生物が存在している。そう考えると恐ろしく、扉を開ける気になれない。皆と合流するには部屋から出なくてはならないわけだが、今この扉を開けてしまったらそれが戦いの幕開けになりそうで、ノブに手をかける勇気が出なかった。そんな私に、リゴールは声をかけてくる。

「大丈夫ですか? エアリ。顔色が良くありませんよ?」

 すっきりした顔立ちの彼に見つめられると、日頃なら、少しはドキッとしたかもしれない。けれど、今の状況においては、見つめられて胸の鼓動を速めている余裕はなくて。

「え、えぇ……ただ、開けてみる勇気がなくて」
「その目とやらが怖いからですか?」
「情けないことだけれど……そうみたい」

 するとリゴールは真剣な顔つきになり、落ち着きのある声色で「ではわたくしが開けます」と言ってくれた。

 先ほど一瞬扉を開けた時に見えたのは、目だけだった。つまり私は、扉の向こう側にいる何者かについて、ほとんど何も知らない状態なのだ。だが、それゆえに、恐怖心が高まるのかもしれない。人間は知らぬことや見たことのないものほど、異様に恐れるものだから。

「頼んで構わない?」
「はい。もちろんです」

 そう言って、本を取り出しつつ、扉のノブを掴むリゴール。

「リゴール、大丈夫?」

 彼とて無敵ではなかろう。見えぬものへの恐れも、少しくらいはあるはずだ。だから私は、確認のため質問してみた。

 けれど、リゴールは意外としっかりしていた。

「もちろん。お任せ下さい」

 彼はそう返し、微笑む。
 それは、夏の空のような、とても爽やかな笑みだった。


 扉がゆっくりと開く。
 その隙間には、やはり眼球。しかも、血のように赤黒い。

 それを目にしたリゴールは、ほんの一瞬、顔を強張らせた。が、すぐに落ち着いた表情になる。凛々しい目つきだ。

 人一人が何とか通れるくらいまで開いた時、赤黒い眼球の持ち主は、その隙間に入り込んできた。

「……入らせません」

 リゴールは息を吸い込む。

 そして、魔法を放つ。

 黄金の光が、扉と壁の隙間に向かっていく。
 室内に入り込もうとしていた薄緑の体の敵は、筋になった黄金の光をまともに食らい、焼けるように消えていった。

「行きましょう、エアリ」
「不用意に出歩いて大丈夫かしら……」

 またあんな生き物に遭遇するかもしれないと思うと、部屋から出る気にはなれなくて。

「エアリ? 不安なのですか?」

 リゴールは心配そうな顔で歩み寄ってきてくれる。
 彼のそんな姿を見ていたら、少し、申し訳ないような気分になってしまった。本当に不安なのは、私ではなく、彼の方だろうに。

「……平気。どうってことないわ」

 私は笑顔を作って返す。
 が、リゴールは怪しむような顔をするだけ。

「……本当ですか?」
「えぇ」
「本当に?」
「えぇ」

 ほぼ同じやり取りを二度繰り返した後、リゴールは柔らかに微笑んだ。

「分かりました。では参りましょう」


 私たち二人は廊下へ出る。

 いつもなら人のいない廊下は静かなのだが、今日は少し違っていた。何やら騒々しい。使用人がパタパタと行き来しているのも、日頃とは違う。

 リゴールと話し合った結果、まずはデスタンの部屋に行ってみることになった。

 ——だが、その途中でリョウカと遭遇。

「エアリ! リゴール!」

 リョウカは私たちをすぐに見つけ、小走りで寄ってくる。その面に笑みはなく、とにかく真剣な表情が浮かんでいて。ただ、それでも顔立ちの可愛らしさは消えてはいない。

「何か起こっているの?」
「そうそう! また敵襲とか何とか!」

 まったく、もう、面倒臭い。またか、と言いたい気分だ。

 でも、言えない。
 多少なりとも身の危険はあるわけだから、そんな呑気なことを言っていられるような状況ではないのだ。

「だからあたし、剣を取りに帰ってるところなの!」
「そうだったの」
「うんっ。戦わなきゃいけないかもしれないから!」

 リョウカまで巻き込まれるのだと思うと、とても明るくはいられなかった。だから、暗い顔になっていたのかもしれない。そんな様子を見てか、リョウカは問いかけてくる。

「エアリ、大丈夫? 何だか体調悪そうだよ?」

 またもや心配させてしまった。

「そんなことないわ。元気よ」
「そうは見えないけど……ま、いっか。とにかく、敵には気をつけて!」

 こうしてリョウカと別れた私とリゴールは、再び足を動かし始める。目的地であるデスタンの部屋にたどり着くために。


 デスタンの部屋に到着。
 その室内へ駆け込む。

 部屋には、ベッドに横たわっているデスタンとそれに付き添うミセ、二人だけがいた。

「あーら、エアリ。それにリゴールくん!」

 エアリの部分とリゴールの部分の温度差が、微妙に気になる。しかし、今は、そんな小さなことを気にしている場合ではない。

「デスタン」

 てってってっという軽やかな足取りでベッドに向かっていくのは、リゴール。

「無事ですね」
「はい」
「良かった……」

 リゴールはミセの存在を微塵も気にしていない様子。だが、相手がリゴールだからか、ミセの方もさほど気にしていないようだ。

「王子も、ご無事で何より」
「ありがとうございます」
「またしてもブラックスターですか?」
「はっきりとは分かりませんが……恐らくそうかと」

 リゴールは、ベッドの脇に座り込み、横たわるデスタンの片手をそっと握っている。デスタンは横になったままだが、髪に隠されていない側の瞳で、リゴールをじっと見つめている。

 そんな二者を後ろから見守るミセは、母親のような、穏やかな笑みを浮かべていた。

「いきなりお邪魔してすみません、ミセさん」
「あーら? いきなり謝るなんて、エアリ、おかしいわねぇ」

 何と返せば良いのか。

「驚かせてしまったのではありませんか?」
「別に。大丈夫よ」

 ミセの口調は驚くほどさっぱりしていた。
 こんな状況におかれているにもかかわらず、彼女はとても落ち着いている。声も動作も、冷静そのものだ。

「それより、ここ、本当に何がどうなっているの? 色々わけが分からないわぁ」
「で、ですよね……」

 ただ苦笑するしかなかった。

 私とて、すべてを把握できているわけではない。
 それゆえ、何とも言えないのである。

Re: あなたの剣になりたい ( No.109 )
日時: 2019/09/29 04:39
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gZQUfduA)

episode.106 ダッサ

 その時。
 修繕したばかりの扉が、突如開いた。

 乱暴な開き方ではなかったものの、室内の空気が微かに動き、それによって私は視線を後ろへ移した。

「ハロー」

 そこに立っていたのは、一人の少女。

 十代前半くらいに見える、あどけなさの残る目鼻立ち。しかし、その金の双眸そうぼうは少女らしからぬ鋭さをまとっている。瞳孔の目立つ、猫のような瞳だ。また、少女らしくないのは、そこだけではない。額には紋章のような入れ墨がある。そこもまた、迫力があり、少女らしくなさを高めてしまっているように感じられる。

 暗めの灰色をした髪は、両側頭部の耳より高い位置で黒いリボンによって結ばれている。その二つの房は、どちらも、肩に触れるか触れないかという程度の長さ。

 身長は高くない。が、極めて低いということもない。もし彼女が、見た感じの通り十代前半であるならば、年相応の身長と言えるだろう。

「来ちゃっタ」

 包帯を巻いたようなデザインの衣装を着た彼女は、いたずらっを意識したような声を発し、その場でくるりとターンする。

「……何者なの?」

 思わず尋ねてしまった。
 すると少女は、片手の大きく開いた手のひらで口を覆うようにして、挑発的に発する。

「プププ。ダッサ」

 まさかいきなり「ダッサ」などと言われるとは。
 この一言には、さすがに衝撃を受けてしまった。

「いきなり名前聞くとカ、ダッサ」

 生まれてからこれまでに出会った中で、最も生意気な少女だ。いや、最も生意気な者、と表す方が良いかもしれない。

 それゆえ、最初は驚きが勝っていたが、時が経つにつれ、今度は苛立ちが込み上げてきた。

 ——刹那。

 私の苛立ちを露わにするかのように、リゴールが勢いよく立ち上がる。

「貴女、無礼にもほどがありますよ」

 リゴールは凛とした声色で言い放つ。

「初対面の相手です。最低限の礼儀というものがあるでしょう」

 落ち着きのある表情、迷いのない声。
 それらはまさに『王子』というくらいに恥じない、偉大さを感じさせるものであった。

 だが、少女はそれすらも、笑いの対象に変えてしまう。

「プププ! くっだらなイ!」

 徐々に、室内の空気が冷えていく。
 物理的な寒さではなく、感覚的な冷え。

「おこちゃまのくせに偉そうにシテ、勘違いにもほどがあるってネ! ダッサ!」
「貴女ッ……!」

 挑発に乗せられたリゴールが、本を開く——が、次の瞬間、本は背後へ飛んでいってしまっていた。

「なっ……」

 しかも、少女は一瞬にして、彼の目の前まで接近。
 私の方が彼女に近かったのだから、私の目の前も通過したはず。それなのに、まったくもって見えなかった。

「一人かっこつけるとか、ダッサ」

 唇に挑発的な笑みを浮かべる少女。その手には、小型の黒い銃。十代前半の少女が持っても大きすぎるようには見えないくらい小型化された銃だ。彼女はそれを、両手で持っている。いや、厳密には、右手で握りそこに左手を添えていると表現した方が相応しいかもしれない。

「バイバーイ」

 少女はニヤリと口角を持ち上げ、呟くように言う。
 そして、小型の銃の引き金を引いた。

 パァン——と破裂音。

 鼓膜を貫きそうな大きな破裂音が、室内の静かな空気を揺らす。私は半ば反射的に目を閉じてしまった。

 ——少しして、瞼を開ける。

 リゴールは無事だった。

 彼の体の前には、黄金の膜。
 そして、その一部分から、黒に限りなく近い灰色の煙が、一筋立ち昇っていた。

 彼自身には怪我はなさそうなことから察するに、恐らく、リゴールは咄嗟に魔法の膜を張ったのだろう。そして、至近距離からの銃撃を防いだ。

 だとすれば、幸運だ。
 二メートルも離れていない場所からの銃撃にもかかわらず、負傷せずに済んだのだから。

「膜で防ぐとカ、セッコ」

 少女は愚痴をこぼしている。

 今なら!
 そう思い、ペンダントを握り直した——瞬間。

「させなーイ!」

 添えていた左手を私の方へかざしてきた。

 直後、その爪から、灰色の包帯のようなものが飛び出す。

 包帯のようなそれは、信じられない速さで向かってくる。そして、ほんの数秒のうちに、驚くべき勢いで私の体に巻き付く。

 腕も足もお構いなく。
 たった一本のそれに、ぐるぐる巻きにされてしまった。

「くっ……離して!」

 今度こそ力になれる、戦えると、そう自信を持っていたのに。これではすべてが台無しだ。ペンダントを剣に変えられたって、剣の扱いを学んだって、拘束されてしまっていてはどうしようもない。これでは、始まる前に終わっている。

「邪魔しないデ、そこでじっとしてテ」
「武器持って入ってきた人を放置なんて! できないわ!」
「そこで大人しくしてタラ、こっそり見逃しテあげてモいいヨ」

 身をよじり抵抗を試みる。しかし、どうしようもない。腕と足が動かせない状態で体を動かしたところで、包帯の拘束から逃れることはできなかった。

 その時、ふと、思い出す。

 ウェスタが力を貸してくれると言っていたことに。

 もし彼女がここへ来てくれたなら、魔法か何かで、この拘束を解いてくれるかもしれない。そうすれば、私は動けるようになり、戦いに参加できる。

 ……でも。

 ウェスタにこの危機を知らせる方法はない。

 どうすればこの状況を彼女に伝えられるのか。
 そんな風に悩んでいた時、私はふと、彼女の言葉を思い出した。

『ブラックスターの力を感じたら、駆けつける』

 彼女は確かに、そう言っていた。

 ——ならば方法はある。

「見逃してなんていらないわ! だから早く解放してちょうだい!」
「何それ? 命乞いとかダッサ」
「ダサいのは貴女の方でしょ!」
「ン?」

 少女に術を使わせればいい。
 そうすれば、離れたところにいるウェスタも気づいてくれるはず。

 とはいえ、実際にウェスタがここへ来てくれるのかどうかは不明だ。所詮口約束。向こうが守ってくれるとは限らない。来てくれない可能性も、ゼロではないわけで。

 そんな不確かなものに頼ろうとするなんて。
 私はどこまでも弱い人間だ。自分でもそう思う。

「攻撃してきたわけでもない人を虐めるなんて、最低よ! ダッサの極みだわ!」
「うるさいッテ、黙ってッテ」
「いいえ、黙らない! 解放してくれるまで、言い続けるわ。貴女はダサいってね!」

Re: あなたの剣になりたい ( No.110 )
日時: 2019/09/30 11:55
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5TWPLANd)

episode.107 煽る

 煽り過ぎるのはどうか、と、思わないこともない。だが、今はそれしかないから、仕方がないのだ。

「かっこつけてるのがダサいならね! 弱い者虐めをするのは、その百倍ダサいのよ!」
「……ウッザ」

 少女は不快そうに顔をしかめながら漏らす。
 どうやら彼女は、挑発に乗ってきてくれるタイプのようだ。それならまだ、やりようはある。

「分かったなら離しなさい!」
「離せ? バーカ。言われて離すわけないカラ!」

 少女は舌をべーっと伸ばしてくる。だが、そのような態度を取られることは想像の範囲内。むしろ、乗ってきてくれてありがとう、という感じだ。

「残念だけど、馬鹿はそっちよ。他人のことを簡単に馬鹿呼ばわりするんだもの」

 少女の意識が私へ向いている隙に、リゴールは後ろへ飛ばされた本を拾っていた。
 ただ、意外なことに、少女はリゴールを攻撃しなかった。小型の銃はまだ構えている。だから、すぐにでも攻撃できそうなものなのに。

「私や彼を見下したいなら、せめて、名乗ることくらい覚えたら?」
「うっさい、黙レ!」

 少女は叫び、リゴールに向けていた小型銃の先端をこちらへ向け直す。

「魔弾銃の餌食になレ!」

 小型の銃——魔弾銃より、灰色の弾丸——厳密にはエネルギー弾が、飛ぶ。風を切り、飛ぶ。その速度は、目に留まらぬほど。

 魔弾銃の先端から飛び出したエネルギー弾は、動けない私に命中。
 ただ、包帯のようなものがあったおかげで、エネルギー弾の直撃を受けることは免れた。

 破裂音と衝撃は確かにあったけれど、ダメージ自体はあまりない。多少驚いた程度である。少女も愚かだ。包帯を外していれば、私へダメージを与えることだってできただろうに。

 ……もっとも、私からすればラッキーだったのだが。

「エアリ! すぐ助けます!」

 リゴールが言い放つ。

 私はこんな時に限って、「それを言ったら、敵にバレてしまうのではないか」などという冷めたことを考えてしまった。

 助けると言ってくれたこと自体はありがたいことなのに。

「プププ! そんなこと言うとカ、馬鹿っみたイ!」

 やはり予想通りの展開。
 案の定、少女の意識がリゴールの方へ向いてしまった。

 少女は一瞬にして、魔弾銃の銃口をリゴールの方へ戻す。そして、引き金を引いた。灰色のエネルギー弾が宙を駆ける。

 が、リゴールはそれを防御膜で防ぐ。

 そして、少女に向かって直進する。

「直進!?」

 リゴールが真っ直ぐ突っ込んでくることに動揺しつつも、少女は弾丸を放つ。
 しかしリゴールには防御膜がある。だから、少女の放つ弾丸は効かない。命中はしても、黄金に輝く膜が威力を殺してしまうのだ。

 みるみるうちに距離が詰まる。

「……参ります!」

 本を開く。

 溢れるは、黄金の輝き。

 目を傷めそうなほど目映い光に、少女の顔がひきつる。

 ほんの一瞬だけ、青い双眸が煌めいて見え。数秒経つと、放たれる輝きは増す。光の洪水は、やがて、剣のようにも槍のようにも見える形を作り出す。

「覚悟を」

 リゴールの唇が微かに動く。
 それを合図にしたかのように、剣と槍を混ぜたような姿の光は少女に向かう。

「チョ……!?」

 生意気だった少女も、リゴールの想像を軽く越える攻撃には、さすがに怯んでいるようで。顔は強張っているし、発する声も上ずっていた。少し可哀想に思えてくるくらいに。

 ——そして、突き刺さる。

 少女に、リゴールの生み出した輝きが。

 武器のような形となった光が、少女に、包み込むように命中する。ただそれだけのことで、血の一滴も流れないというのに、凄まじい熱量。

 信じられない。
 理解できない。

 私はただただ、呆然とする外なかった。

 しかし、そのような状態になっているのは私だけではなく。ベッドの脇に移動しているミセも、同じように、呆然としていた。

 空気の流れが乱れ、熱いものが迫り来る。
 自分が攻撃されていると錯覚してしまうほどのエネルギー。

 ——気づいた時には、少女の姿は消えていた。

 もちろん、少女だけではない。私に巻き付いていた包帯のようなものも、すべて消滅していた。

「エアリに意地悪なことをする人は嫌いです!」

 リゴールは唇を尖らせつつ、吐き捨てるように言い放っていた。
 晴れて自由の身となった私は、リゴールに駆け寄る。

「ありがとう、リゴール」
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ」
「良かったです」

 リゴールは笑みを浮かべる。
 どことなく切なげな雰囲気のある笑みを。

「また役に立てなかった……ごめんなさい」
「いえ。怪我がないようで安心しました」

 すべてが終わった証拠もないのに気を抜くのは、良くないかもしれない。けれど、今だけはどうか、ホッとさせてほしい。

「リゴールくんって……案外凄いのねぇ……」

 デスタンの傍で待機していたミセが、感心したように漏らした。
 それに言葉を返すのは、デスタン。

「王子は本当はお強いのです」
「あーら、そうなのぉ? さすがアタシのデスタン! 詳しいのねぇ!」

 ミセは相変わらず、粘り気のある甘い声を出している。デスタンの方は少しずつ素を出していっているようだが、ミセは今でも最初と変わらない振る舞いだ。

「リゴールくんが超能力者だったなんてぇ、アタシ、知らなかったわぁ!」
「王子が本気を出した際の力。それは、どんな者でも倒せてしまうようなお力なのです」

 デスタンは淡々と、リゴールの強さについて語る。それを聞いたリゴールは、恥ずかしいからなのか、頬を赤らめていた。

「デスタンったら、知り合いが凄ぉい!」

 知り合いが凄い、て。

 少しばかり突っ込みを入れたくなってしまった。
 無論、実際に入れることはしなかったが。

「さすがねぇ! デースタン!」

 ミセは、両手でデスタンの片手を包むように握ると、自分の胸元まで引き寄せる。

「どうしたのです、ミセさん」
「いやね、デスタン! どうもしてないわぁー。アタシはデスタンのことが好き! それだけよぅ」

 この期に及んで、まだいちゃつくか。
 思わずそう言いそうになったくらい、ミセはデスタンに擦り寄っている。

 平常運転というか何というか。

「失礼かもしれませんが、少し鬱陶しいと思ってしまいます」
「あぁん、冷たいー!」

 ミセはデスタンを二人の世界に引き込もうと必死だ。だが、デスタンはさすがにデスタン。そう易々と乗せられはしない。

 そんな二人を見ていたところ、リゴールが声をかけてきた。

「そろそろ帰りましょうか、エアリ」
「もういいの?」
「ミセさんの交流を邪魔するわけには参りませんから……」

 空気を読んで、ということだったようだ。
 そういうことなら、と、私は頷いた。

Re: あなたの剣になりたい ( No.111 )
日時: 2019/10/02 15:33
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kct9F1dw)

episode.108 間に合った

 一旦、デスタンの部屋から出た。
 ちょうどその時、廊下の向こうから、私の名を呼ぶ声が聞こえてくる。

「エアリ!」

 声がした方へ視線を向けると、こちらに向かって駆けてくるリョウカの姿が見えた。

 橙色の髪が揺れている。
 ロングではないから重苦しさはないが、結構激しい揺れだ。

 右手に刀を持っている。だが左手は空いていて。彼女はその左手を頭の上まで掲げ、左右に大きく振っていた。

 それを走りながら行っているのだから、かなり激しい動作である。

「大丈夫!?」
「えぇ! 無事よ!」

 私はそう返しつつ、手を振り返す。
 その頃には既に、リョウカはかなり近くにまで来ていた。

「リョウカは?」

 私たちが戦っている間、彼女もまた、どこかで敵と交戦していたはず。見た感じ目立った負傷はなさそうだが、パッと見ただけで判断してはならないと考え、尋ねてみた。

 すると、リョウカは顔面に向日葵を咲かせる。

「あたしは平気! 協力してくれた人がいたから!」
「協力?」
「そうそう! えーとね、ウェスなんとかって女の人とか!」

 ウェスタか。
 ということは、彼女は来てくれていたのか。

「それと、デッカイ背の男の人っ」
「デッカイ背?」
「名前忘れちゃった! けど、確か、ウェスなんとかさんの知り合い!」

 リョウカの説明はかなり大雑把なもので。けれど理解できないことはなかった。
 可能なら、もう少し分かりやすい説明をしてほしいところだが。

「……グラネイト?」
「そうっ、それ!」

 びしっと指を差されてしまった。

「二人も協力してくれたら、楽勝! 退けられたよっ」

 リョウカはウインクしながら元気そうな声を発する。
 彼女には陰りというものがない。

 ——否、ないわけではないのだろう。

 ただ、彼女はいつだって元気そうに見える。とにかく明るく、晴れやか。
 そんな振る舞い、私には絶対できない。

「そっちの戦いは終わったの?」
「うん! そだよっ」
「良かった。それで……二人はまだ、屋敷にいるのかしら」

 協力してくれたのなら、せめて礼くらいは言わせてほしい。

「うーん、絶対とは言えないかな。でもまぁ、終わったのがさっきだし、まだ玄関にでもいるんじゃない?」

 リョウカは首を軽く傾げながら、曖昧なことを言う。
 けれど、そこに悪意なんてものは存在していない。それは私にも分かる。リョウカは意図的に曖昧なことを言うような人ではない。
 つまり、彼女の言葉こそが、彼女にとっての真実だということなのだろう。

「ありがとう! 少し会いに行ってくるわ」

 リョウカに向けて放った瞬間、付近で待機していたリゴールが怪訝な顔で問いかけてくる。

「エアリ? どこへ行かれるのですか?」

 なんて捻りのない問い。
 少しそう思ったが、その思いは無視して、返す。

「二人のところよ!」

 ウェスタとグラネイトが来てくれているなら、会いたい。会って、協力してくれたことへの感謝を伝えたいのだ。

 その一心で、私は廊下を駆けた。


「ウェスタさん! グラネイトさん!」

 玄関に近づき、二人らしき背中が見えた瞬間、私は二人の名を呼んだ。

 直後、ウェスタが振り返る。
 私の声に反応してなのかどうかは、はっきりとは分からないけれど。

「ウェスタさん!」

 もう一度、彼女の名を呼ぶ。
 すると、振り返っていた彼女の瞳がこちらへ向いた。

「……あ」
「お願い、待って!」

 心の底からの思いを放つ。
 その結果、ウェスタは足を止めてくれて、彼女たちに追いつくことができた。

「来てくれていたのね! ウェスタさん!」
「……グラネイトも」

 ウェスタの言葉に、グラネイトの存在を思い出す。それから、視線を僅かに動かしていると、引き返してきているグラネイトが視界に入った。

「グラネイトさんも来てくれたのね、ありがとう」
「ふはは! 感謝されるのは心地いいものだ!」

 ……相変わらずのテンション。

 私はすぐに視線をウェスタへ戻す。

「ウェスタも、戦ってくれたのよね?」
「……少しは」
「ありがとう。感謝するわ」

 ウェスタも、グラネイトも、私やリゴールとは違う。ブラックスター出身の身でブラックスターと戦うというのは、少なからず葛藤があったはず。

 だからこそ、ありがとうと言いたいのだ。

「……べつに、感謝しなくていい」

 目を伏せ、静かに述べるウェスタ。
 その表情は夜の湖畔のよう。暗い空のもと、音はなく、微かな風が木々を揺らすだけの、湖の畔。そんな光景をイメージさせるような表情だ。
 そんな何とも言えない顔をしているウェスタに、グラネイトが覆い被さる。

「そう照れるな! ウェスタ!」
「……入ってこないで」
「感謝を述べられた時にはな! ふはは! と返せば、それでよし!」

 そんなことを言うグラネイトを見て、ウェスタは渋い顔。

「……今すぐ離れて」

 ウェスタは凄く不快そうな顔をしている。だが、それも仕方のないことかもしれない。赤の他人ではないにしても、異性にいきなり触られれば、渋い顔になってしまうのも無理はないだろう。

 愛し合っているならともかく、というやつだ。

「あまり恥ずかしがっていると損するぞ? ほら、このグラネイト様を見習ってふははと言ってみ——グハァッ!?」

 凄まじい勢いで喋っていたグラネイトは、鳩尾みぞおちに肘を入れられ、思わず涙目になる。

 気の毒なような、自業自得なような……。

「みっともないところを見せて、すまない」

 ウェスタは何事もなかったかのような静かな顔つきで、私の方を見つめて謝罪してくる。
 鳩尾を肘を突かれたグラネイトのことを心配してあげた方が良いのでは? と、少し思ってしまう部分はあるのだが。

「い、いえ……気にしないで……」

 私は控えめに返しておいた。
 そんな私に、ウェスタは話を振ってくる。

「また何かあれば来る」
「構わないの? ウェスタさん」
「もちろん……構わない。兄さんがいるのだから」

 ウェスタは、デスタンがいるから、こちらへ協力する道を選んでくれたのだろう。なら、たまには会えた方が良いのではないだろうか。

 そんなことを思い、私は尋ねてみる。

「そうだ、ウェスタさん。せっかくの機会だし、デスタンさんのところまで来ない?」

 だが、彼女は頷かなかった。

「……それは遠慮しておく」
「そうなの? でも、兄妹なら、会いたいのではないの?」
「いや……そこまで単純なことではない」

 単純なことではない、か。
 姉妹兄弟のいない私には、ウェスタの胸の内を理解することはできないのかもしれない。


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