コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.192 )
- 日時: 2020/01/17 00:42
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: DMJX5uWW)
episode.191 彼女の心の変化
「それで、他には何が? まさか一つだけじゃないわよね」
発明品を売りにやって来たトランに、私は問いかける。商品が他にもあるのなら、それも見てみたいから。
「あるよー。たとえば」
トランは鞄から次の商品を取り出す。
今度は瓶だった。
それも、手のひらに収まりそうな小さなサイズの瓶だ。
そんな瓶を、彼は、次から次へと出してくる。一二本でないから驚き。
「これはかけるだけで止血できる薬でー、こっちは塗ると痛みが消える薬ー。それからこれは、緊張が楽になる薬だよー」
もしトランの言葉は真実ならば、凄すぎる効果の薬たちだ。戦いの運命を背負う者なら持っていて損はない顔触れと言えるだろう。
「凄いわね……」
「だよねー」
「でも……本当に効果があるの?」
こんなことを確認するのは失礼。そう分かっていながらも、私は確認した。確認せずにはいられなかったのだ、効果が凄いから。
「うんうん、あるよー。ボクで試してみたから、絶対ー」
「……試してみたの?」
「うん。実際に試してみないと効果が分からないからさー」
軽やかに言って、トランは袖を捲る。そうして露出した腕には、いくつか刃物で切りつけたような傷があった。
「ほらねー。証拠」
「何これ!? 酷いわね……」
「ボクが実際に使ってみたんだから、効果は怪しくないよー」
傷を見せられ、ここまで言われたら、信じないわけにはいかない。お人好しと笑われてしまうかもしれないけれど、私は信じてしまう。
「良いわね、その薬」
「うんうん。じゃあ、買ってくれるー?」
「いくら?」
金のことを大きな声で言いたくはない。だが、価格は買い物をするにおいて最も大切なところであることは事実だ。
「そうだねー……じゃ、一本五百イーエンでどうかなぁ?」
「何とも言えない価格ね」
効果を考えれば高くはない気もするけれど……。
そんな風に思っていたから、ついつい曖昧な態度を取ってしまった。
「えー? 気に食わないのー?」
「ちょっと待って。考える時間が欲しいの」
「買ってくれないかなぁ」
「待って待って!」
トランは不満げに唇を尖らせる。
——その時。
「何の話をしているのかしら?」
背後からエトーリアが現れた。
「母さん!」
「これは何なの? エアリ」
今日も若々しいエトーリアは、整った顔面に穏やかな笑みを湛えながら、ゆったりとした口調で尋ねてきた。
しかし——事情を説明しなくてはならないとは、厄介だ。
理不尽なことを求められているわけではない。事情をきちんと説明するのは、当たり前のこと。
ただ、どうしても、面倒だと思わずにはいられない。
「えぇと、これは……」
説明しようと口を開きかけた瞬間。
「ふふふ。役立ちそうな物を販売に来てたんだー」
トランが口を挟んできた。
遠慮がない。
「あら、そうだったの」
「色々あるって聞いたから、少しでも力になれたらなぁってー」
「そういうことだったのね」
エトーリアは柔らかな目つきでトランと言葉を交わしている。エトーリアとトラン、この二人は意外と相性が良さそうだ。
「で、どんな物を売っているのかしら?」
「説明するよー。これは薬で……」
トランはエトーリアに向けて説明を始めた。
後はエトーリアに判断してもらえば良い。敢えて私が決めることもないだろう。買うとしたら彼女の稼ぎで買うわけだから、判断も彼女に任せる。
私は一旦その場から離れた。
数十分ほどが経過して。
「エアリ! 薬買っておいたわよ!」
結局、エトーリアは薬を色々買っていた。
しかも一二本ではない。
「え。買ったの」
「そうよ! 三種類を二本ずつ、一応買っておいたわ」
どの程度効くのか気になっていた部分はある。だから、エトーリアが購入する道を選択をしてくれたことは、私にとってもラッキーなことだ。
「使うでしょう? はい」
エトーリアは瓶六本を一気に手渡してくる。
いきなり一斉に渡されても困るのだが。
「え、あ……ちょ……」
「はい!」
「ま、待って。そんなにいっぱい持てないわ」
束ねてあるならともかく、バラバラに渡されたら困ってしまう。たとえ小さな瓶であっても、持ちづらさは同じだ。
「じゃあ、一旦床に置くわね」
「その方が助かるわ……」
六本を一斉に渡されたら一本くらい落としてしまいそうだ。
「ありがとう母さん。彼を追い出したりしないでくれて」
エトーリアが床に置いた瓶を一本ずつ丁寧に持ちながら、私はさりげなくお礼を述べる。
「しないわよ、そんなこと」
「でも、母さんは、こんなややこしいことに巻き込まれたことを怒っているのではないの?」
するとエトーリアはふっと柔らかく笑みをこぼす。
「怒ってなんていないわ。わたしはただ、エアリの身を案じているだけよ」
「そうなの?」
「えぇ。それと——エアリを彼と引き離そうとするのは、もう止めることにしたの」
彼とはリゴールのことなのだろう。引き離そうとするのを止めてもらえるなら、それは嬉しいことだが。
「エアリの人生はエアリのものだものね……」
そう述べるエトーリアは寂しそうな顔をしていた。
私の人生は私のものだと、そう言ってもらえたことは嬉しいことだ。それは、一人の人間として認められたということだから。
でも、寂しそうな顔をされたら、少し不安になってしまう。
何かあったのか、と。
「母さん? 何かあったの?」
「いいえ、何もないわ。ただ……この前バッサさんと少し話をしていてね」
エトーリアの艶のある唇がゆっくりと動く。
「エアリが本気でやろうとしていることがあるなら、させてあげても良いのではないかって。あの人は、そんな風に言ったの」
「バッサさんが?」
「えぇ」
長年働いてくれているベテランとはいえ、バッサはあくまで使用人だ。その彼女が現在の主人であるエトーリアに意見を述べるのは、覚悟が必要なことだっただろう。意見を述べて主人を怒らせてしまえば、職を失うことにも繋がりかねない。
それでもバッサは言ってくれたのだ。
私が、自分で選んだ道を、真っ直ぐに歩んでゆけるように。
「だからね、エアリ。彼と共に行くことは、貴女がやりたいことなの? ……それだけ聞かせて」
何度も心を決めた。
でも幾度も不安になった。
だけど、本当はリゴールと共にありたい。それが本心であることだけは分かる。
これからもきっと不安になるだろう。
恐怖に襲われ逃げ出したくもなるだろう。
それでもリゴールと生きたい——それが私の願いなのだとしたら。
「やりたいことよ」
口から出すべきは、この言葉。
「私は、リゴールのために戦いたいの」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.193 )
- 日時: 2020/01/17 00:44
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: DMJX5uWW)
episode.192 恋愛など成り立たない、と思っている
次の戦いはいつになるだろう。
その時には今回トランから買った薬が少しは役立つかもしれない。が、そもそも次の戦いがいつかなのかが分からないから、いまいち心の準備ができない。
でも、いつだって構わない。
リゴールの力になるという決意は固いし、エトーリアもそろそろ認めてくれそうだ。
だから大丈夫。
きっと護れる、大切な人を。
グラネイトがいない隙を見計らい、ウェスタに会いに行く。
「ウェスタさん! こんにちは!」
「……あぁ。エアリ・フィールドか」
ウェスタはまだ横になったまま。しかし、上半身を起こすことはできるらしく、彼女は座る体勢になってくれる。
「調子はどう?」
「命に別状はない」
「貫かれた時はどうなることかと思ったけれど……無事で良かった」
出血過多で命を落とすかと心配したが、幸い、彼女は生き延びた。そして、こうして今も生きている。
「心配かけてすまない」
「私が勝手に心配しただけよ。ウェスタさんは悪くないわ」
「……そうか」
ウェスタはふっと笑みをこぼす。
「……優しいね、いつも」
彼女はそう言うけれど、私は首を横に動かした。
「優しいのは貴女よ」
「それはない」
ウェスタはきっぱりと返してくる。
否定するにしても、もう少し考えてからにすれば良いのに。
「だって、何度も私たちに力を貸してくれたじゃない」
「……結局匿ってもらっているだけだ」
「それは違うわ。貴女たちがいてくれるだけで安心するもの」
「……だが、今は戦えない」
また否定。
色々あったせいで少し卑屈になっているのだろうか。
この話は、続けていても、同じことの繰り返しになるだろう。一向に進展がなさそうだ。なので私は、話題を若干変えてみることにした。
「そうだ! ウェスタさん、体はどうなの?」
たった今思いついたかのように振る舞う。
「医者からは……まだ安静にしていろと言われている」
「え。座るのは大丈夫なの?」
「それは、数分なら問題ないと言われている」
「そう。なら良いけど……べつに、横になっていても構わないのよ?」
私は酷い怪我をしたことなんてないから、今のウェスタの感覚は分からない。人間誰しも、経験したことのないことは掴めないものだ。
本人が問題ないというのなら、とやかく言う気はない。
ただ、彼女が無理して平気そうに振る舞っていたら申し訳ないので、一応言っておいた。
だがウェスタは「平気だ」と言うだけ。
新しく振ってみた話題だが、これ以上広げるのは難しそう。だから私は、さらに話を変えてみる。
「最近困ったことは?」
話が広がっていきそうな質問をしてみた。
「困ったこと……自由に動けないことくらいだろうか」
「そうね。それは不便よね」
「だが、大抵のことはグラネイトがしてくれる」
「それは良いわね!」
グラネイトはウェスタをとても大切に思っている。
そんな彼が傍にいれば、ウェスタも安心だろう。
「そういえば、彼、今はいないのね」
「外出中だ」
「買い物か何か?」
「……氷を頼んだ」
氷?
そんなの、少しくらいなら屋敷にあるのに。
「氷なら屋敷にあるわよ?」
「少し離れたかっただけだ。ずっと傍にいられると……正直鬱陶しい」
ウェスタは本気で鬱陶しいと思っていそうな顔をしていた。
想いをまったく理解してもらえないグラネイトは気の毒だが、ウェスタが鬱陶しく思うのも分からないではない。こればかりは、一概にどちらが悪いとは言えないだろう。
「最近は特に近寄ってくる。長時間になると不快だ」
「ちょっと意外。長時間じゃなかったら平気なのね」
「……短時間なら暇潰しにはなる」
その程度なのか。
私は第三者だが、何となく残念な気分だ。
「そういえば、グラネイトさんって、ウェスタさんのことが好きなのよね」
「確かに、そう言っている」
「貴女は好きじゃないの?」
「私があいつを? ……まさか。それはない」
ウェスタは目を細める。
「生きていてほしいとは思っているが、それは恋愛感情とは違う」
何やらややこしいことを言い始めた。
生きてほしいということは、大切に思っているということなのではないのだろうか。
「それに、そもそもの身分が違う。恋愛など……成り立たない」
「そういうものなの?」
「あいつはあれでも良家の出身。今の王の下では無理でも、生きていれば、いつかは再び地位を取り戻すだろう」
そういえばいつか、彼の口からも、そういう話を聞いたことがあった。いずれブラックスターに戻りたいと考えている、というようなことだったか。
「そうすれば、相応しい女がつくはずだ」
「彼がそんなことをするかしら……」
「金のある女とくっつく方が家を再興しやすい」
「グラネイトさんがそんな理由で相手を選ぶとは思えないわ……」
長年付き合ってきたわけではないから、グラネイトのすべてを知り尽くしているわけではない。
でも彼は、己の願望のために女を選ぶような人ではない。
私はそう思っている。
あれだけ真っ直ぐに感情を伝えられるグラネイトが相手なのだから、ウェスタだって分かっているはずだ。グラネイトは地位だけで女を選ぶようなことはしないと、知っているはずなのだ。
「……ウェスタさんはもっと、彼に素直になるべきだわ」
グラネイトは確かにウェスタを愛している。彼女はそれを見て見ぬふりしているだけだ。
「何を言っている」
「偉そうなことを言ってごめんなさい。でも、生きてほしいと願う心があるのよね? それは多分……特別な存在だからよ」
ウェスタは眉をひそめる。
「よく分からない」
「グラネイトさんが死ぬのは嫌なのでしょう?」
「……そうだ」
「それは、グラネイトさんが特別な存在だってことよ」
どうでもいい人に生きてほしいとは願わない。感心のない相手になら、死んでほしいとまではいかずとも、わざわざ生きてと願うことはしないだろう。
生き延びてほしいと思うのは、その人を大切だと思っている証明。大切な存在だからこそ、死なないでほしいと願うのだ。
「たまには優しく返してあげるというのはどう?」
「……どういうことだ」
「たまにで良いから、大切に思っているということを伝えるの。そうしたら、彼の一方的な迫り方も、少しは改善するんじゃないかしら」
ウェスタは軽く握った拳を口もとに添えながら、「そうか……」というようなことをぽそりと呟く。
納得してくれたのか否かは不明だ。
でも、少なくとも怒ってはいなさそうである。
悪気はないが怒らせてしまったら申し訳ない。そう思う心があるだけに、ウェスタが怒ってはいない様子なのを見て、密かに安堵できた。
そんな時だ。
「ふはは! 氷買ってきたぞ!」
グラネイトが帰ってきた。
「売っていたか」
「ふはは! グラネイト様にかかれば、氷を買うくらいどうということはない!」
いつも通りの元気なグラネイトだ。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.194 )
- 日時: 2020/01/17 00:45
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: DMJX5uWW)
episode.193 感謝
ナイトメシア城、王の間。
王座に座る王のもとへダベベがやって来る。
「王様! シャッフェンの弟子で、生物召喚をできていた人を発見したべ!」
透明なワイングラスで赤黒い酒を飲んでいた王は、ダベベを一瞥する。
「……できていた、だと?」
「そうらしいべ」
「今はもうできぬということか」
「それは……研究中の事故で怪我して、できなくなったらしいんだべ」
ダベベはやや暗い声に変えながら事情を述べた。
王はワイングラスの端に唇をつける。そして、こくりと一口嚥下した。透明なグラスを満たしていた血のような酒の量が、僅かに減少する。
「できないのか、やりたくないのか、どちらだ」
「……できない、の方だべ」
「そうか。残念だ」
王は、はぁと溜め息を漏らし、酒を一口。
彼の機嫌が悪くなることを恐れてか、ダベベはすぐに言い放つ。
「で、でも! その人が昔生み出した生物は借りられたべよ!?」
ダベベとて馬鹿ではない。何の意味もない、何の役にも立たないことを、わざわざ報告しにやって来たわけではないのだ。
「鳥似やら犬似やらを借りてきたんだべ!」
彼がそこまで言った時、王は座からゆっくりと立ち上がった。
「そうか」
ワイングラスに残っていた少量の赤黒い液体を一気に飲み干すと、王はダベベに視線を向ける。
「行くぞ、屋敷へ」
あまりの唐突さに驚き、ダベベは上半身を大きく反らす。口からは「急すぎないべ!?」などという言葉が漏れていた。
「借りた生物を先に使え」
「鳥似も犬似も同時に使うべ?」
「犬を一匹残して、他はすべて先に仕掛けさせろ」
王は淡々と指示を出す。
「騒ぎを起こし、王子の護りが手薄になったところを狙う」
「わ、分かったべ!」
王の思考を知っているのは、今やダベベだけ。他の兵たちは、王の深いところなど欠片ほども知らない。
「今こそこの手で断ち切ろう——滅んだ世との最後の縁を」
◆
夕暮れ時、廊下を一人で歩いていたらグラネイトに呼び止められた。
「待て! エアリ・フィールド」
「え」
グラネイトは派手な服装だ。
上は、青地に赤のドットが目立つ半袖シャツ。下は、黄色の脚にぴったり吸い付くズボン。
「少し聞いても構わないか!」
「構わないけれど……何?」
厄介な絡まれ方をされたらどうしようと一瞬不安になった。が、グラネイトの表情が明るいものだったため、大丈夫そうだ、と安堵する。
「ウェスタに何か言ったか!?」
どういう質問なのだろう。
「聞いてくれ、実はだな……先ほどウェスタが優しくしてくれた!」
グラネイトは凄く嬉しそう。
良いことだ、それ自体は。
「腹部の痛みは大丈夫かと尋ねたら、『心配してくれたこと、感謝する』と礼を言われてしまった! 優しかったぞ!!」
優しいの基準が一般人とは少し違っている気もするが。
「それで、どうして私なの?」
「ウェスタがあのようなことを自ら言うわけがないからな!」
「……私がウェスタさんに教えたんじゃないか、って?」
「つまりそういうことだ!」
仁王立ちのグラネイトは、うるさいくらいの大きな声で述べながら、私を指差してくる。
「それがグラネイト様の予想! ふはは! 当たっていないか!?」
礼を述べるように、と、直接指示したわけではない。だが、私がウェスタに言ったことが結果的にそのような形になったという可能性は、十分にある。
「当たっているわ」
グラネイトの予想は、完全な外れではない。
「ふはは! やはりか!」
「……って言っても、私はたいしたことはできていないのだけど」
そこまで口を動かした瞬間、グラネイトは急に両手を握ってきた。
「感謝する!」
いきなり手を握られ、さらに礼を言われ。
話についていけない。
「ウェスタに優しくしてもらえたのは、エアリ・フィールドのおかげだッ!!」
「そ、それは言い過ぎよ」
「いいや! エアリ・フィールドのおかげで優しくしてもらえた、それは事実ッ!!」
無関係ではないかもしれないが、直結させて考えるのはさすがに短絡的すぎやしないだろうか。
……それと、いちいちフルネームで呼ぶのは止めてほしい。
「本当に感謝しかない!」
「感謝はウェスタさんにすれば良くない……?」
「なるほど! その発想はなかった! ただ、一応、エアリ・フィールドにも礼を述べておきたかったのだ」
真っ直ぐというか何というか。
今のグラネイトには、敵だった頃の面影はない。
「感謝しているぞ」
「ウェスタさんは家柄を気にしているみたいだったわ。どうか……幸せにしてあげて」
「ふはは! それは言われずとも!」
グラネイトが楽しげに発した——その時。
背後から「キュイ!」という高い鳴き声のようなものが聞こえてくる。
「……危ないぞ!」
「え」
突然グラネイトに右腕を引っ張られた私は、一瞬にしてバランスを崩し、右側に向けて倒れ込みかけてしまった。
だが、元々いた位置から動いたために、攻撃を受けずに済んだ。
というのも、一匹の鳥が、私の後頭部に向かって突撃してきていたのである。つまり、危うく後頭部にくちばしを突き刺されるところだったのだ。
「と、鳥……?」
一メートルくらいは軽くある、長いくちばしを持った鳥。この辺りで見かけたことはない種類だ。
「ふはは、違うぞ! あれはブラックスターの生物だ!」
「そうなの!?」
「グラネイト様が言っているのだから本当だ!」
方向転換し再び突進してきた鳥に似た生物のくちばしを、グラネイトは片手で掴む。そして、くちばしを掴んだその手から小規模爆発を起こし、鳥に似た生物を消滅させた。
「じゃあ、また襲撃……?」
「その可能性は否定できんな!」
そんなやり取りをしているうちに、周囲に、またもや鳥に似た生物が現れていた。先ほど飛んで突進してきたものと同じ、長いくちばしを持つ生物だ。
「また出た!?」
反射的に叫んでしまった。
「厄介だな……」
ペンダントはあるが、剣は持っていない。リゴールが来てくれない限り、私には戦闘能力がない状態だ。これでは援護すらできない。
「ウェスタが心配だが……ひとまずこいつらを倒すとしよう」
「グラネイトさん! 私、武器がないです!」
一応伝えておくと。
「ふはは! ならば己の身だけを護れ!」
そんな言葉が返ってきた。
さっぱりしている。
援護ができないなら、せめて、足を引っ張るようなことにはならないようにしよう。
「すぐに終わらせるぞ!」
グラネイトは爆発する球体をいくつも作り出し、長いくちばしの生物に向かって、それらを一斉に放つ。
もちろん、鳥に似た生物たちも黙ってやられはしない。飛んだり跳ねたりして、球体を上手くかわしている。が、それでもすべてをかわせるわけではなく、個体数はみるみるうちに減少していく。
——そしてついに、最後の一体が消滅する。
「ふはは! グラネイト様の圧倒的勝利ッ!!」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.195 )
- 日時: 2020/01/18 18:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1866/WgC)
episode.194 かつてのように
鳥に似た生物たちを片付けたグラネイトは、尋ねてくる。
「グラネイト様はウェスタのところへ行く予定だが、そちらはどうするつもりだ?」
時間はない。すぐに答えなくては。
「そうね……リゴールの部屋へ行ってみるわ」
「確かにそこにいるのか?」
「分からないわ。でも、この時間なら多分、部屋にいるはずよ」
デスタンと一緒にいるだろうから、そこまで慌てる必要はないだろう。完全復活はしていないデスタンでも、時間稼ぎくらいはしてくれるはず。
ただ、本格的に戦いになれば、デスタンがどこまで動けるかは不明。
いや、恐らく、あまり動けはしないだろう。
だからこそ、私が行く必要がある。リゴールを一人で戦わせたり、デスタンに無茶をさせたりしないためにも、私が行かなくては。
「そうか。ふはは! ではまたな!」
グラネイトはすぐにその場から消えた。
移動する術を使ったのだろう。
彼は大切なウェスタのところへ行ったのだ、私も大切な人のところへ行かなくてはならない。そう、リゴールのところへ。
だから私は足を動かす。
私はグラネイトのように移動の術は使えないが、それでも、早くリゴールと合流したいから。
リゴールの部屋の扉、そのすぐ前までたどり着くと、何やら音が聞こえてきた。それも、バタバタというような音。誰もいないということはなさそうだ。
取り敢えずノックしてみる。
だが返事はない。
中から音はしているのに、ノックへの反応はない——奇妙に思い、ドアノブに手をかける。
恐る恐る捻ってみると、扉は開いた。
「開いた……」
扉を開け、室内へ視線を向けた時、雷に打たれたような衝撃が走る。
そこにいたのが、デスタンやリゴールだけではなかったから。
私の位置から一番近いのはリゴール。扉を背にして立っている。彼のすぐ前にはデスタン。そして、二人の向こうには、ブラックスター王がいる。
「そんな!」
想定外の光景に、思わず叫んでしまった。
「……エアリ!」
それまでは私が入ってきていることに気づいていないようだったリゴールが、その時初めて振り返った。
「来てはなりません、エアリ。戻って下さい」
「ちょっと待って。これは一体、どういうことなの」
「わたくしは大丈夫です。ですから、エアリはどうか、ここから離れていて下さい」
そんなことを言われても困ってしまう。リゴールを助けられたらと思ってここまで来たのだから。
「ほう……女が現れたか」
いきなり口を挟んできたのは、ブラックスター王。
改めてよく見てみると、彼の足元には一匹の犬のような生物がいた。
四足歩行で、三角形の耳はぴんとたち、十センチほど垂れた尻尾はふさふさした毛に覆われている。そこまでは可愛らしく、普通の犬と大差ない。だが、表情や牙などが、普通の犬ではない異常さを漂わせていた。
目は豪快に開かれていて、異常なほど大きい。
また、口からは長い舌が垂れている。舌の長さは、おおよそ、私の肘から指先までと同じくらい。特に胴体を下げずとも地面につきそうなほど長い舌だ。
そして、垂れた舌の脇には、厳つい牙がある。
やや黄ばんだ白の大きな牙は、左右に一本ずつ、合計二本だ。厚みのある皿さえ割ってしまえそうなくらいの、強そうな牙。あまり考えたくはないが、あれで噛まれたら、腕くらいなら貫通するかもしれない。
「女をやれ」
王は犬のような生物に支持を出す。
次の瞬間、犬のような生物は「グァウルル」と喉を鳴らしながら、こちらに向かって駆け出してきた。
「剣……!」
ペンダントを握り、剣へと変化させる。
これはリゴールがいてくれるからこそできる技だ。
「あのような猛獣とやり合う気ですか!?」
「やるしかないわ。敵は少しでも減らしておきたいもの」
いざ王と戦うとなった時、こんな凶暴そうな生き物が邪魔をしてきたら厄介だ。先に仕留めておくに限る。
高めに構えた剣を——振り下ろす!
タイミングは間違えていなかった。突進してきていた生物がこちらの攻撃範囲に入った瞬間に、剣を振ることができた。
が、生物は首をしならせながら振り上げて、刃を弾く。
生物の口から涎が散っていた。
こんなにあっさりと弾かれるとは考えていなかった。衝撃だ。だが、そんなことに思考を裂いている暇はない。衝撃を受けて隙を作れば、そこを狙われる。
ここは退かない。さらに踏み込む。
私は、剣の柄が手から抜けないよう気をつけながら、今度は横向けに振る。
その振りは、生物の首の辺りに命中。
ただ、浅く斬ることしかできなかった。
犬のような生物は、傷を負ったことによってスイッチが入ったのか、直前までよりも険しい表情になる。大きな牙を見せつけるかのように歯茎を剥き、「ウグァウルルル」と低い唸り声を発し始めた。
あまり刺激したくはなかった。
でも、倒すためにはどこかで攻撃を当てなくてはならないから、これは仕方ないことと言えるだろう。
一振りで倒すことができるならそれが一番理想的なのだろうが、私にはそこまでの腕はない。私には必殺の剣技はない。だから、怒らせてしまったとしても、数回に分けて攻撃を当てるしかないのだ。
「次で終わりよ!」
犬のような生物が距離を詰めてくる。
勢いと迫力はかなりのもの。
でも、怒りのせいか動きは単調になっていた。
直進してきた生物とぶつかる直前、体を数十センチほど横へずらす。
冷静さを欠いている生物は、すぐには対応できない。
対応できるまでの数秒が狙い目。
右上から左下にかけて剣を振り、首を切り落とす——!
「たあっ!」
腕力だけでは足りないだろうが、重力に従った振り下ろし方をすればそれだけでも威力は増す。
——こうして私は、生物の首を切り落とした。
非常に荒々しかった犬のような生物も、首なしではさすがに動けないようで。重力のままに床へ倒れ込み、数秒かけて消滅した。
その時、リゴールの悲鳴のような叫びが響く。
「デスタン!」
何事かと思い、リゴールたちの方へ視線を向ける。
すると、王の拳を腕で受け止めているデスタンの姿が目に入った。
「受け止めるので必死とは、哀れだな」
「……く」
かつてのデスタンなら、やられたらやり返す、それだけの力はあっただろう。術は使えなくても、体術による戦闘能力は高かったから。
でも、今の彼は、戦いに慣れていない。
そして、戦うに相応しいほど強靭な肉体も、もはやない。
「デスタン! 無茶をしないで下さい!」
「……放ってはおけません」
「し、しかし! もうずっと戦っていないではないですか!」
デスタンの後ろに隠れているリゴールは、一人慌てていた。
「それはそうですが、習慣というものは消えないものです」
「そんな! どうして!」
「困ったものですね。貴方が背後にいると……今でもかつてのように護りたくなるのです」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.196 )
- 日時: 2020/01/18 18:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1866/WgC)
episode.195 大切な人になったから
「ふんっ!」
リゴールを庇うようにして立っているデスタンの腹部に向かって、王は拳を放つ。
デスタンはそれを片手で受け止めた。
もうずっと戦いの表舞台には立っていないデスタンだが、拳の受け止め方には慣れが感じられる。
長年積み上げてきたものは短時間で失われはしないということなのだろうか——と思っていたら。
王が横からの蹴りを放ち、それがデスタンの脇腹に命中した。
「っ……!」
デスタンは顔をしかめる。
そうして生まれた隙を見逃さず、王はデスタンの体をゴミのように蹴り飛ばした。
「デスタン!」
リゴールが刺々しい声で叫ぶ。
蹴り飛ばされたデスタンは、勢いよく床を転がる。やがて壁に激突して、やっと止まった。
かなりの痛手かと思ったが、デスタンはすぐに体を起こす。
床に手を強くつき力ずくで体を起こしているところがやや不安ではあるが、折れない根性は見習いたい部分と言えるだろう。
「大丈夫ですかっ!?」
デスタンが蹴られたのを見ていたリゴールは、完全に意識をそちらへ奪われていた。リゴールは王の存在を忘れてしまっているのだ。
——恐らくそれが王の狙い。
リゴールの視界からは外れている王が腕を振りかぶった瞬間、デスタンが口を開く。
「王子! 狙いはそっちです!」
「え……」
デスタンの叫びに、リゴールは視線を王の方へ戻す。
その時には、既に、王の拳がリゴールに迫っていた。
「死ぬがいい」
「くっ……」
リゴールは咄嗟に防御膜を張る。そこへ突き刺さる、王のパンチ。黄金の輝きをまとう防御膜は何とか拳を防いだが、打撃の威力を殺しきれず、豪快に割れた。これにはリゴールも動揺を隠せない。
「そんな……!」
防御膜を一撃で破られたことに動揺し、リゴールは固まってしまった。
そこへ、王の片足が向かう。
あの強力な蹴りはさすがにまずい。デスタンでさえかなり飛ばされたほどの威力だから、リゴールが食らえば致命傷になりかねない。
「させないわ!」
私は駆ける。
そして、リゴールと王の間に割って入る。
直後、蹴りが来る。
襲いかかってきた足を剣の刃部分で防ぐ。
ガン! と音が鳴り、柄を握っていた手には衝撃が走る。その衝撃は、他の何を斬った時よりも強い衝撃であるように感じられた。
ただ、ペンダントの剣は普通の剣より頑丈だ。そのため、蹴り数回程度では折られはしないと、確信を持てる。
「ぬぅ……女が防ぐか……」
「殺らせないわ!」
みるみるうちに鼓動が速まる。
恋する乙女にでもなったかのような気分だ——無論、この鼓動の加速の原因はときめきではないのだが。
「え、エアリ……」
背後から弱々しい声が聞こえてきた。リゴールの声だ。
恐怖に支配されたような声を聞けばこちらまで恐怖を感じてしまいそうなものだが、案外そんなことはない。
リゴールの声が掻き立てるのは、不安ではなく、闘争心。
「お主も……女でありながら、なかなか頑張るな」
「リゴールを護るわ!」
「ほう……護る、か……」
王に勝てる保証はない。
いや、それどころか、まともにやり合えば私に勝ち目はないかもしれない。
でも護るべき存在がある。
そのためならきっと、どこまでも強くなれる。
「馬鹿げたことを……」
「私はそう簡単にはやられないわよ」
一人、前へ出た。
もちろん剣は構えたままで。
それはリゴールを護るためでもあるし、彼にとって大切な人であるデスタンを無茶させないためでもある。
「そこを退け」
「嫌よ! それはできないわ!」
ブラックスターの王にこんな無謀な戦いを挑んだと知ったら、エトーリアを悲しませてしまうだろうか……。
「貴方がリゴールを狙う限り、私は立ち塞がるわ」
「ほう。だが、遠い国の王子なんぞのために、なぜ危険を顧みず戦う……?」
「リゴールが私の大切な人になったからよ」
感心のない相手に、わざわざ生きてと願うことはしない。生き延びてほしいと願うのは、その人を大切だと思っているから。大切な存在だからこそ、死なないでほしいと願う。
「ねぇリゴール」
「はっ、はいっ!?」
「前にいつか言ったわね。『もっと強くなって、いつか、リゴールを護れるような人になるから』って」
リゴールは少し戸惑ったように「そういえば……仰っていましたね」と返してきた。
「今こそ、その時。私は貴方の剣になる」
そう述べると、リゴールは戸惑っているように両方の眉を寄せる。
「エアリ……?」
「だから、リゴールは安心してそこにいて」
今度は分かりやすく言う。
すると、リゴールの表情が少しばかり柔らかくなった。
「は、はいっ!」
◆
「ウェスタ! 無事か!?」
元々デスタンが使っていた部屋に移動したグラネイトは、ウェスタの顔を見るや否やすぐにそう問いかけた。
ところが、そちらではまだ何も起こっておらず、ウェスタは困惑したような顔をする。
「……どうした」
「ふはは! そうか! さっき廊下で少し襲われたので、こっちも心配でな」
「襲われた? ……敵に、か?」
グラネイトは座った状態のウェスタに近寄る。そして、両腕を伸ばし、彼女の体を包み込むように抱き締めた。
「鳥に似たタイプのやつら!」
「……そうか」
寝不足、負傷、と様々なことが続き、体調があまり良くなかったウェスタ。しかし今は、健康的な顔色をしている。ここのところはゆっくり休めているからだろう。
「……無事で何より」
「感謝するぞ、ウェスタ」
「何でも良いが……そろそろ離れてほしい」
そう言われ、グラネイトは現実に戻ってくる。
「す、すまん! つい……!」
ウェスタを抱き締め幸福の海に浸っていたグラネイトは、慌てて腕を離した。怒られるかも、という思いもあったのかもしれない。
が、ウェスタは怒りはしなかった。
「気にすることはない」
ただ穏やかにそう返すだけ。今日の彼女は、珍しく、それ以上の攻撃はしなかった。
グラネイトは、いつも通り冷たい態度を取られると思っていたのだろう。なのに、ウェスタは少し優しかった。そのせいか、グラネイトは瞳を潤ませ始める。
「う、うぅっ……ウェスタが……優しい……」
「なぜ泣く」
「ウェスタが……優しい……」
「優しくされて泣く流れが理解できない」
ウェスタは呆れ顔。
でも、そこに以前のような冷ややかさはなかった。
「理解できないのも……無理は、ない……うぅっ……」
「落ち着け」
大きな背を丸め、目から零れるものを手で拭うグラネイト。そんな彼の背をウェスタはぽんぽんと軽く叩く。
「涙は似合わない」
「こ、これはっ……嬉し泣きだぞ……!」
「そうかそうか」
「馬鹿にしてるな……!?」
「まさか。馬鹿になんてしていない」
そこまで言って、ウェスタは「そうだ」と話題を切り替える。
「エアリ・フィールドからこれを貰った」
そう述べるウェスタの手には、三本の瓶。
「何だそれ。薬か?」
「効果は……止血、鎮痛、緊張緩和らしい」
「ふはは! それは良いな!」
「使っていいと言われた。……もし何かあれば使え」
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