コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.182 )
日時: 2020/01/04 14:21
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 7dCZkirZ)

episode.179 月明かりだけの夜

 その晩、リゴールの部屋。

 彼だけが穏やかに眠る暗闇の中に、人影が一つ浮かび上がる。

 睡眠中の時間ゆえ、室内に灯りはほとんどない。窓の外から月の光が微かに降り注いでいる以外に、場を明るくするものはない。
 そんな中にある人影。それは決して、くっきりしたものではない。ただ、そこに確かに人が存在しているという証拠ではあった。

 人影は男性だった。

 背は一七○センチはありそうなくらいで、腕は軽く筋肉がついている。ガチガチのマッチョではないものの、やや筋肉質。
 肩につく丈の黒髪は、すべて後ろへ流した状態で固めている。また、革製の黒い眼帯を着用しており、それが顔の左半分のほとんどに覆い被さっていて、顔面の肌は右半分しか見えないという状態になっている。また、露わになっている右目は切れ長で、刃のような鋭さのある瞳は灰色。

 リゴールの部屋に忍び込んでいたのは、そんな男性——そう、ラルクである。

 だがリゴールは気づいていない。敵兵であるラルクが侵入してきているというのに、まだ、すやすやと穏やかな寝息をたてている。

 そんな彼に、ラルクは静かに歩み寄っていく。

 殺害を狙っているラルクからすれば、リゴールが眠っていてくれる方がありがたいのだ。その方が抵抗されず一撃で仕留めることができるから。
 それゆえ、ラルクは音をたてない。
 一歩、二歩、足を進めるのさえ慎重に。まるで凄腕の泥棒であるかのように、無音の歩行で接近する。

 そうしてリゴールが寝ているベッドの脇までたどり着くと、ラルクはそっと弓を構える。

 的は、リゴールの胸。
 片手は弓を、片手は矢を、それぞれ繊細な手つきで持ちながら、ラルクは体勢を整える。

 リゴールは動かない。侵入者の存在に気づいてもいない。それを察して生まれた余裕からか、ラルクの口角が僅かに持ち上がる。

 そして、その時が来る。

 矢は放たれ——。


 しかし、矢がリゴールの胸に命中することはなかった。


「なっ……!」

 寝込みを襲ったのに、かわされた。絶対に気づかれていないはずだったのに、かわされた。その衝撃は大きく、ラルクは声を漏らしてしまう。
 その隙に咄嗟に起き上がるリゴール。飛び降りるかのようにベッドから下り、彼はラルクと距離を取る。

「……去りなさい、侵入者」

 リゴールは扉を背に下がって距離を取りつつ、ラルクにそう告げた。

「目覚めた、か……」

 両者とも表情は固い。
 襲われる側のリゴールは、もちろん、警戒心剥き出しのような顔をしている。顔面に浮かぶのは、エアリと過ごしている時とは真逆の色。

 だが、襲った側のラルクも、今は余裕のある顔つきではない。ターゲットに気づかれ、少し焦ったような顔。

 リゴールは寝巻きの胸元から、魔法の発動に使う本——慎ましい手のひらサイズの本を、音もなく取り出す。

「このような場所で戦う気なのですか?」
「仕留める」
「……そうですか」

 左腕を肩から軽く後ろへ引き、開いた本を持っている右手を前へ出す。すると、開かれた本の紙部分から黄金の光が溢れ出した。突然発生した輝きは、幾本もの筋に分かれ、ラルクに向かってゆく。

 ラルクは、黄金の光が向かってきても、すぐにその場から動きはしない。リゴールの先制攻撃をぎりぎりまで引き付け、光が一点に集中するタイミングで後ろへ飛び退いた。

 幾本もの光線は床に命中。
 その時ラルクは二メートルほど下がっていた。

 もちろん、ただかわしただけではない。リゴールの放った魔法が消えた時には、矢を放つ体勢を整えていた。今のラルクは、いつでもリゴールを打ち抜くことができる、というような状態である。

 引いていた矢から手を離す。
 矢が宙を駆ける。

 リゴールは胸の前に手のひらほどの幕を張り、矢を防ぐ。

 そして、すぐさま魔法を発動する。

 ラルクは上向きにジャンプし、リゴールの攻撃を避ける。そして、体が宙にあるうちに、右手をリゴールへかざす。すると、蜂のような生物が十体ほど出現。一斉にリゴールへ向かっていく。

「新手!?」
「仲間が残してくれた戦力、食らうがいい」

 体長二センチほどの蜂のような生物はリゴールに向かって飛んでくる。リゴールは防御膜で防ごうと試みるが、数匹は防ぎきれず、右の二の腕辺りを布の上から刺されてしまう。

「うっ!」

 駆ける痛みに、顔をしかめるリゴール。その額には汗の粒が浮かんでいた。恐らく、冷や汗だろう。

 その隙を狙い、ラルクは矢を二三本放つ。
 しかしリゴールも反応できないほど弱ってはおらず、矢には防御膜で対応した。

 その隙に体を反転させる。

 そして、扉に向かって駆け出す。
 リゴールは進行方向を変えたのだ。

「逃がすな!」

 リゴールがこの場からの逃走を試みようとしていることに気づいたラルクは、残っている蜂のような生物に命じる。命令を受けた蜂のような生物は、弾丸のごとき速さでリゴールを追う。

 ——そして、うち一匹が、リゴールのふくらはぎを刺した。

「あっ……!」

 リゴールは引きつったような声を漏らし、その場に座り込む。そこへ集る蜂のような生物。リゴールは腕や体を動かして退けようとするも、叶わない。むしろ、攻撃を受けてしまう。

「く……う」

 蜂のような生物たちに囲まれ、もはや魔法を放つ暇はない。

「終わりにしよう」
「嫌です!」

 攻撃を受け、囲まれ、危機的状況に陥っている。けれども、リゴールはまだ諦めてはいない。体は動きづらくなってしまっているものの、青い双眸に諦めの色は滲んでいない。

「殺される気はありません!」
「安心しなさい、すぐ楽にする」
「お断りです!」

 リゴールの口から放たれるのは強気な言葉。
 そして彼は立ち上がる。
 痛みに耐えながらゆえ、速やかに立つことはできないようだが、徐々に腰を上げていくことは何とかできている。

「楽な死と苦しい生なら……わたくしは生を取ります!」

 吐き捨てるように言い、リゴールは再び足を動かし始めた。
 扉を開けて廊下へ出、少しでも時間を稼ぐために扉を閉める。そして、痛む足を必死に動かし、暗い廊下を駆ける。彼が向かっているのはエアリの部屋だ。


 ——その途中。

「何があった、王子」

 闇の中、正面から現れたのは、美しい銀の髪を持つウェスタだった。
 寝巻きなのか、膝くらいまでの丈のワンピースのようなものを着ている。袖口に軽くフリルがあしらわれている以外に飾りはなく、色は灰色。そんな地味な服装だ。

「ウェスタ……さん?」
「さんは要らない」
「は、はい……」
「それで、何があった。馴染みのない気配がしたが」

 刹那、蜂のような生物が追いついてきた。
 ウェスタはリゴールを庇うように咄嗟に前へ出る。そして、炎の術を発動。紅の火炎で蜂のような生物を一掃する。

「……これが敵?」
「ウェスタ……さん、あの、すみません!」
「謝らなくていい。答えて」
「は、はい! 実は、先日のあの男が……襲ってきていて!」

 その頃になって、ラルク自身も追いついてくる。

「……王子、人を呼びに行け」

 ウェスタは、ラルクの顔を見てすべてを察しつつ、背後のリゴールにそう指示を出した。

Re: あなたの剣になりたい ( No.183 )
日時: 2020/01/04 14:22
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 7dCZkirZ)

episode.180 二手に分かれて

 扉の向こうから聞こえてくるばたばたという足音に、目を覚ます。

 これが朝ならともかく、まだ夜だから、不思議に思わずにはいられない。夜中に廊下を走り回るなんてこと、平常時にはあり得ないだろう。

 そんなことを考えて、様子を見てみるかどうか迷っていた時、誰かが扉をドンドンと叩いた。

 普通に訪ねてきたにしては時間がおかしい。それに、ノックの仕方も乱暴だ。何でもない時にこんな強いノックをしたりはしないだろう。

 だから私は、扉を開けてみることにした。

「誰……?」
「エアリ! わたくしです!」
「え、リゴール!?」

 扉を開けた時、すぐ目の前に立っていたのはリゴールだった。
 でも、遊びにやって来たとか眠れなくてとか、そういった雰囲気ではない。そういう理由の訪問にしては、表情が硬いのだ。

 不自然なのは表情だけではない。

 暗闇の中だからはっきりと見えるわけではないものの、日頃より顔色が悪い。それに、額に汗の粒がいくつも浮かんでいる。

「夜分にすみません! 敵襲なのです!」
「え!?」

 リゴールの言葉は、とても納得できるものだった。

 ……でも、こんな夜に敵がやって来るなんて。

「敵が来ているの!?」
「はい。今は駆けつけてくれたウェスタが時間を稼いでくれています」

 こんな夜間に駆けつけることができたウェスタは凄いと思う。でも、呑気に感心している場合ではない。彼女一人に押し付けるわけにはいかないのだから。

「分かったわ。持つ物持って、すぐ行くから」
「すみません……」

 リゴールは、申し訳なさそうに頭を下げているが、一方で助けてくれと懇願しているかのような目つきをしている。だから私は、これは助けに入らないわけにはいかない、と思って、すぐにペンダントと剣を取りに走った。

「お待たせ、リゴール」

 ペンダントだけで良ければ軽いし便利なのだが、緊急時ゆえ、リゴールと離れ離れになる可能性もゼロではない。ペンダントしか持っていなかったらその時に戦えなくなってしまうので、一応、剣の方も持っていくことにした。

「ありがとうございます……」
「いいのよ。で、敵はどこ?」

 数分前に目覚めたばかりだが、眠気を感じない。妙に覚醒してしまっている。
 でも、今の状況においては、意識がはっきりしている方が良い。
 すぐに戦いになるかもしれないのだから、寝惚けているよりかは、妙に覚醒してしまっている方が遥かにましだ。


 リゴールに案内され、ウェスタと敵が戦っているという場所の付近まで移動。曲がり角の陰に隠れて、交戦中の二人の様子を確認する。

「あの男の人が……敵?」
「はい」

 ウェスタと戦っているのは男性だ。
 でも、私は見たことのない人。

「彼もブラックスターの人なの?」

 ひそひそ声でリゴールに尋ねてみた。
 すると彼は小さな声で答えてくれる。

「はい。弓を使ってきます」
「弓……何だか新鮮ね」

 ブラックスターの者で弓を使ってくる者というのは、私の記憶の中にはない。それだけに、驚きだった。

 しかも、接近戦がまったくもって駄目ということではないようだから、なおさら驚き。ウェスタと戦っている今の様子を見ていると、それなりに動ける人物であることはよく分かる。

 遠距離からの攻撃を極め、接近戦を大の苦手としているのなら、私が剣を持って突っ込んでいっても倒せるかもしれない。でも、体術も使えるのなら、ただ突っ込んでいっても勝てはしないだろう。

「強そうね」
「交戦回数が少ないので、手の内が完全に分からないところも不安です……」

 リゴールの発言に、確かに、と思う。

 勝つためには、まず敵を知るところから。どのような動きをし、どのような手を持っているのか、そこを把握することができるか否かが、結果的に大きな差を生むこととなるだろう。

 だが、本人に直接聞くわけにはいかない。
 そこが難しい。

 もっとも、圧倒的な力の差があれば話は変わってくるのだが。

「……じゃあ取り敢えず、私が出ていってみるわ」

 ついぐだぐだと考えてしまうが、こうしている間にもウェスタは戦っている。いつまでも彼女を無理させ続けるわけにはいかない。

 だからこそ、私はそう言ったのだ。

「エアリが、ですか?」
「そうよ。リゴールが出ていくよりましなはずだわ」

 敵はリゴールを狙っているのだろうから、リゴールを晒すわけにはいかない。

「……では、わたくしは次へ。グラネイトを呼んできます」
「ありがとう」

 こういう時は、一人でも多い方が心強い。
 その一人がグラネイトであったとしても、心強いことに変わりはないだろう。きっと。


 リゴールが行ってから、私は交戦中の二人の前に姿を現す。

「こんな夜に何をしているの」

 ぶつかり合っていたウェスタと敵と思われる男性は、同時に、一旦動きを止めた。そして、私の方へと視線を注いでくる。

「ウェスタさんはともかく……貴方は誰?」

 私は二人の方へ足を進めながら、そんな問いを放つ。

 男性が敵であることは知っている。ブラックスターの手の者なのだろうということも分かっている。ただ、いきなりすべてを把握しているような振る舞いをしたら、違和感を抱かれるかもしれない。だから私は、敢えて、分かりきったことも問う道を選んだ。

 私の問いに、男性は淡々とした声で答える。

「ブラックスター、ラルク。元王子の命を頂戴するべく、ここへ来た。邪魔しないでいただけるとありがたいのだが」

 夜の闇の中、男性——ラルクの低い声が不気味に響く。

 それほど大きな声ではないのだが、妙に迫力があり、怯みそうになってしまった。

 でも、すぐに心を立て直す。
 怯んでいる場合ではない、と、自身を叱って。

「申し訳ないけど、そんなことはさせられないわ。ここを血で濡らすのは止めて」
「では、元王子を差し出していただけるか? ……それならここを汚すこともあるまい」

 連れていって別の場所で殺めれば、この場所を血に濡らさずに済む。そういうことを言っているのだろうか。

 だとしたら、馬鹿げた話だ。

 私は、この屋敷を血で汚したくないからという理由だけで、拒否したわけではない。

 それに、ブラックスターの者にリゴールを渡すなんて、できるわけがない。そんなことをしたら、彼は確実に殺される。もし私がリゴールの身をラルクに渡したら、それは、ブラックスターに協力したも同然だ。

 だからこそ、私ははっきり言う。

「断るわ」

 するとラルクはふっと微かに笑みをこぼす。

「……気の強いお嬢さんだ」

 ——そして、一瞬にしてこちらへ接近してきた。

Re: あなたの剣になりたい ( No.184 )
日時: 2020/01/05 04:05
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6Z5x02.Q)

episode.181 今は仲間

 目にも留まらぬ速さで接近してくる、男性——ラルク。

 避けられない!
 そう思い、反射的に目を閉じる。

 だが、少しして恐る恐る瞼を開くと、ウェスタが間に入ってくれていた。

「乱暴なことはさせない」

 ウェスタはラルクの拳を片腕で止めている。
 その表情に鮮やかな色はない。でも、瞳には、静かな強さが滲み出ている。

 これまで幾度も敵と出会い、襲われ、危機的状況に追い込まれもしてきた。そして、仲間に護ってもらったことも、多くあった。けれど、こんな感情を抱くことはなかった——かっこいい、なんて。

 なのに今、ウェスタに対して私は、「かっこいい」という感情を妙に抱いてしまっている。

「裏切り者風情が……!」
「何とでも言えば良い」

 さらりとした銀の髪も、冷ややかな視線を放つ紅の瞳も、感情を感じさせない無の表情も。そのどれもが、今は、彼女をかっこよく見せる要素へと変貌している。

 私が心奪われている間にも、ウェスタは次の手を打とうとしていた。
 右の手のひらを上に向け、炎の術を発動させる。

「敵には躊躇しない」
「同胞に牙を剥くとは、哀れな女だ……せいっ!」

 ラルクはジャンプしながら膝蹴り。
 ウェスタの顔面辺りを狙っての蹴りだった。

 だが彼女は確実に反応。両腕でその蹴りを防ぐと、右手にまとわせていた炎を一気に放出する。

 ラルクは宙で体を捻り、炎を回避。
 そこから流れるように弓を構え、着地と同時に矢を放つ。

 トランが使っていたような術で作り出した矢ではなく、本物の、この地上界でも売っていそうなタイプの矢だ。

 しゅっ、と、軽い音をたてて飛んでくる。

 一般人ならかわすことはできないであろう速度。だがウェスタは、右手に宿っている炎を小さく飛ばして、矢を焼失させた。

「ウェスタさん、私も協力するわ!」
「エアリ・フィールドの力を借りるほどの敵ではない」

 せっかく勇気を出して言ってみたのに、驚くほどあっさりと断られてしまった。悲しい。
 私は内心がっかりする。
 だがウェスタは、そんなことはまったく気にしていなかった。


 ◆


 その頃、エアリと別れたリゴールは、グラネイトがいるであろう部屋へと向かっていた。

 部屋の前に到着すると、軽く数回ノックする。
 しかし返答はなし。

 真夜中だから仕方がないと言えば仕方がないのだが、その程度で諦めて戻れるような状況ではない。
 リゴールは少々申し訳なさそうな顔をしつつ、ドアノブに手をかける。そして、恐る恐る、それを捻ってみる。

 すると、扉は開いた。

 意外なことだが、鍵はかかっていなかったのだ。

 室内の者に許可を取らず、勝手に扉を開けて入室する——その行為には抵抗があるようで、リゴールは、すぐには部屋に入らなかった。けれど、数秒が経過して、心を決めることができたようで。ついに部屋の中へと足を進める。

 殺風景な室内。
 床に、グラネイトが寝ていた。

 彼はリゴールがこっそり侵入していることにまったくもって気づいていない。かなりぐっすりと眠っているようだった。

 その横には、敷いているタオルと乱れた掛け布団。そちらは、使っていた形跡はあるものの、誰も寝ていない。リゴールは「ウェスタの分だろうな」と判断したようで、そちらにはさほど意識を向けていなかった。

 リゴールは音もなくグラネイトに接近していく。
 そして、二メートルくらい離れている位置から、寝ている彼に声をかける。

「あの、少し構いませんか」

 しかし返事はない。
 爆睡しているグラネイトの耳には、リゴールの控えめな声は届いていない。

 リゴールは「困った」というような顔をしながら、さらに足を動かす。ゆっくり、静かに、グラネイトに近づいていく。

 今度は一メートルくらいの場所からの声掛け。

「すみません!」

 瞬間、グラネイトは何やらむにゃむにゃ言いながら、寝返りをした。大きな体での寝返りは謎の迫力がある。

 ただ、それだけだった。

 グラネイトは寝惚けて少し動いただけ。まともな返答はなし。

 驚かせまいと色々考え努力してみていたリゴール。だが、さすがに「驚かせないように起こすのは難しい」と思ってきたのか、彼にしては大きく一歩を踏み出した。

 グラネイトの枕元へ向かい、そこで座り込む。
 そして、叫ぶ。

「起きて下さい!」

 リゴールにしてはかなり大きな声。遠慮を感じさせない叫び。

 数秒後。
 さすがに聞こえたらしく、グラネイトはゴソゴソと体を動かし始める。

 今までは全然反応しなかったグラネイトが反応したのを見て、リゴールは若干固い表情になる。彼は緊張したような面持ちでグラネイトを見下ろし続けていた。

 さらに十数秒が経過し、グラネイトの瞼がゆっくりと開く。

「な……何だ……?」

 瞼が開いているのは微かで、日頃ほど意識が戻っているわけではないようだ。
 ただ、目覚めてはいる。
 それまでのリゴールが呼びかけた時とは違う反応。

「今何時だ……?」
「いきなりすみません、リゴールです」

 リゴールは緊張した面持ちながら、しっかりと話すことができていた。

「んな……? どういうことだ……?」
「力を貸していただきたくて、ここへ参りました」

 寝起きのグラネイトは状況を飲み込めていない。いや、それどころか、現在の状況をまったく理解できていない様子だ。そんな頼りない状態ながら、上半身を自力で起こしてくる。

「リゴール……王子、か……なぜここに」
「勝手に入ってすみません」
「いや、それはいいが……しかし……」

 起きたてのグラネイトは手の甲で目を擦っている。
 目もとには微かに涙の粒。

「……何事だ?」
「夜中ですが、敵襲なのです」
「敵襲だと……?」
「はい。ウェスタ……さんは既に戦って下さっているのですが……」

 リゴールがそこまで言った時、グラネイトの態度が急に変わる。

「何だとッ!?」

 それまでの寝惚けたような様子はどこへやら。目はぱっちり開き、声は大きく、日頃の彼のような様子に急変した。

「ウェスタが戦っているのか!?」
「はい」

 するとグラネイトは一瞬にして立ち上がる。

「そこへ連れていってくれ!!」

 つい先ほどまでぐっすり眠っていた人物とはとても思えぬグラネイトの言動に、リゴールは少々戸惑ったような顔をする。が、そのような顔をしたのは束の間だけ。説明が省けて良かった、とでも言いたげな顔で、立ち上がる。

「案内します!」
「あぁ! 頼むぞ!」

 リゴールとグラネイト。

 かつては敵同士であった二人だが、今の二人は紛れもなく仲間。
 お互いに、そんな顔をしていた。

Re: あなたの剣になりたい ( No.185 )
日時: 2020/01/05 04:06
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6Z5x02.Q)

episode.182 完全復活!

 あちらはラルク一人。
 それに対し、こちらは二人。

 数だけで考えるならばこちらの方が多く、有利と言えるだろう。

 ただ、ラルクの戦闘能力は意外にも高い。なぜ今まで表に出て戦わなかったのだろうと疑問に思うくらいだ。

 そんな優秀な戦闘員のラルクが相手だから、一人差程度では、たいして有利になれている感じがしない。

 だが、リゴールがグラネイトを呼びに行っているということがあるから、圧倒的に不利ということはない。グラネイトが合流してくれたなら、少しはこちらが有利になるだろう。三対一なら、ラルクを不利に追い込むことができるかもしれない。

「ブラックスターで生まれ育った女が、なぜホワイトスターの者に味方する」
「誰もが初めはそう思う。でも本当は……生まれなど関係ない」

 ラルクは一旦距離を取ると、言葉で揺さぶりをかけようとする。しかしウェスタは冷静さを欠いてはいない。落ち着いて、静かな声で、きちんと言葉を返している。それにより、ウェスタよりラルク自身にストレスが溜まっていく。

「故郷を捨てた裏切り者!」
「……故郷が人生を選ぶのではない」
「勝手なことを……!」

 ラルクの声は震えていた。
 刺激しようとしていた側だったラルクが、いつの間にか刺激される側になっており、苛立ちを堪えきれなくなっている。その様は、滑稽と言わざるを得ない。

「ブラックスター王への恩義を忘れたか!」
「恩義はない」
「雇ってもらっていたのではなかったのか!?」
「使えなくなれば捨てる……そんな者に恩義などない」

 ラルクとウェスタが離れた位置で口論している間、私はウェスタの一メートルほど後ろに立って、口論の行く末を見守っていた。

 無論、「見守っていた」なんてかっこいいものではない。
 口論には入っていけそうにないから、二人の様子を観察していたというだけのことだ。


 ——その時。

 背後から何かが飛んできた。

 その何かとは、赤から黄色の間のグラデーションに染まった、直径三十センチほどの球体。
 しかも、一つではない。

 夜の薄暗い廊下を光る球体が飛んでいく様は、驚きとしか言い様がない。
 五つほどある球体は、一斉にラルクに向かっていた。

「はっ!」

 ラルクは咄嗟に弓を構え、矢で球体を撃ち落とす。
 が、五個すべてを撃ち落とすには至らず。

「しまった……!」

 咄嗟にその場から飛び退くラルク。しかし球体の爆発も早い。小規模でも爆発は爆発だ、無傷とはいかない。

「くっ!」

 すぐに大きく下がり直撃は何とか避けたラルクだったが、爆風に煽られ、吹き飛ばされる。一度廊下の壁にぶつかった体は、そこからさらに、数メートル転がってゆく。

 直後、後ろから大きな声。

「ふはは! グラネイト様、ついに復活!!」

 発言の内容から誰の発言かはすぐに分かった。が、確認のため振り返る。するとそこには、自信満々な顔をしたグラネイトと控えめなリゴールが立っていた。

「呼んで参りました、エアリ」
「ありがとう!」

 ラルクは爆風で転がっていった状態のまま。
 あれだけ優れた運動能力を持つ戦闘員ならすぐに体勢を立て直してくるかもと密かに恐れていたのだが、案外そんなことはなく。
 うつ伏せで倒れたままだ。

 ただ、体が消え始めていないことを考えると、生きてはいるのだろう。

「グラネイト……」

 いきなりのグラネイトの登場に、ウェスタは唖然としていた。何の前触れもなくやって来るとは思っていなかった、という感じだろうか。

「無事だな! ウェスタ!」
「……それはもちろん」
「それならよし!」

 ウェスタとそんなやり取りをしながら、グラネイトはズカズカと歩いてくる。足が長いだけあって、一歩も大きい。回復してきてからまだそれほど経っていないにもかかわらず、敵前に出ることに対する躊躇いは一切なさそうだ。

「体は治った。術も使える。グラネイト様、完全復活だ!!」

 やる気満々のグラネイトの登場。それを目にしたラルクは、顔の筋肉を心なしか強張らせる。二対一ならともかく三対一になったらまずい、と思っているのかもしれない。

「またもや裏切り者か……」
「夜中に騒がしくするようなやつはぶちのめす! 鬱陶しいからな!」

 グラネイトは時折馬鹿そうなところが見え隠れする人物だが、今は頼もしく見えないこともない。ラルクの顔を目にしたら、なおさら、グラネイトが頼もしく思えてくる。
 戦う気に満ちたグラネイトが前に出ている隙に、リゴールはてててと小走りで寄ってくる。

「エアリ、お怪我は?」

 私の体を妙に気遣ってくれる辺りリゴールらしいというか何というか。

「大丈夫よ。ウェスタさんが護ってくれたもの」
「そうでしたか! ……良かった」

 リゴールは頬を緩め、安堵の溜め息を漏らす。

 ——その時。

「おい! 待て!」

 急にグラネイトの叫びが聞こえたことに驚き、そちらを向く。すると、この場から逃げようとしているラルクが視界に入った。

「逃がさんぞ!」

 不利な状況に陥っていることを察し撤退を考えたのは、冷静な判断だったと言えるかもしれない。
 けど、せっかくここまで追い詰めたのだから、今さら逃がすわけにはいかない。ここで逃がしたら、立て直してまた襲ってくるだろう。それはなるべく避けたい。

「……捕まえる」

 グラネイトも追おうとはしているが、彼より先にウェスタが動く。

「ウェスタは無理しなくていいぞ!?」
「……逃がさない」

 さりげなくウェスタを気遣うグラネイト。しかし、その善意はウェスタには微塵も伝わっていないようだった。

 ウェスタは凄まじい勢いで駆けてゆく。
 そして数秒後、ラルクの服の裾を掴んだ。

 見事な動きである。

「離せ……!」
「それはできない」

 振り払おうとするラルク。しかし、少し身をよじった程度ではウェスタからは逃れられない。

 ラルクは動きを制限される。
 そんな彼に向かって、グラネイトは爆発する球体をいくつも放り投げた。

 球体が爆発する直前にウェスタは伏せる——その頭上で、いくつもの球体が破裂。

 白い煙が辺りを包み込む。
 視界が一気に白濁する。

 傍にリゴールがいることだけは分かるが、他はほぼ何も分からない状態だ。視界が悪いので、目で見て状況を確認することができない。

 それからしばらくして、煙が晴れた時、ラルクは床に倒れていた。
 伏せていたウェスタは無事。

「お、おのれ……」

 倒れているラルクが声を震わせながら発する。

「よくもこのような、危険な、ことを……」

 危険なことをしてきているのは彼らの方だと思うのだが。

「まぁいい……じきに、運命の時、は……来る……」

Re: あなたの剣になりたい ( No.186 )
日時: 2020/01/11 17:11
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: n3KkzCZy)

episode.183 ふははの偵察

 ラルクの肉体が消滅した直後、ドォンという低い音が響いた。音は玄関の方からだ。

「何事でしょう……!?」

 音とほぼ同時に、建物全体が揺れるような感覚を覚えた。それは私だけではなかったようで、すぐ隣にいるリゴールは、衝撃を受けたような顔になっている。

「まさか、新手かしら」
「そんな……!?」
「今の音は玄関の方よね」

 朝はまだ来ない。日の出の時刻はもうしばらく先だ。
 薄暗い夜の闇の中で不気味なことが連続すると、どうしても憂鬱な気分になってしまう。落ち込んでいる場合ではないと頭では分かっていても、前向きな思考を保つことは難しい。

「取り敢えず様子を見に行ってみるわ」
「エアリ、ではわたくしも……つぅっ!」

 言いかけて、リゴールはバランスを崩す。
 膝を折り倒れてくる彼の華奢な体を、私は、反射的に支えていた。
 リゴールは背が高くないし細い体つきだから咄嗟に支えることができたが、もし相手がもっと大柄な者であったなら、すぐに支えることはできなかっただろう。

「大丈夫?」
「すみません……」

 いきなり謝罪。答えになっていない。

「怪我していたの?」
「ラルクが繰り出してきた蜂のような生物に……少し刺されまして」

 気が緩んだら痛みが襲ってきたということなのだろうか?

「変ですね、今さら痛みが来るとは……」
「そうね。取り敢えず、少し休んだ方が良いわ」

 するとそこへ、グラネイトが口を挟んでくる。

「ふはは! 玄関の様子はグラネイト様が見てきてやってもいいぞ!?」

 グラネイトは私とリゴールの会話を聞いていたようだ。

 そういうことなら話は早い。
 少々申し訳ない気はするが、ここは彼に頼ろう。

「じゃあお願い」
「承知した!」

 それからグラネイトは背後のウェスタに視線を向ける。そして「ウェスタは二人についていてやるといい!」などと述べた。

 グラネイトの指示に対し、ウェスタは、渋柿を食べたような顔をする。
 彼の指示には納得していない様子だから、断るのかと思いきや、意外にも彼女は首を縦に振った。気をつけろ、とだけ言って。

 こうして、私たちは三人になる。

 場に残っているのは、私以外だと、体の痛みを訴えているリゴールと戦いで消耗しているであろうウェスタのみ。

 ここは私がしっかりしなくては。

「……エアリ・フィールド」
「ウェスタさん?」
「ここからどう動く」
「あ、そうだったわね。それを考えなくちゃ」

 モタモタしている暇はない。
 リゴールも早く休ませたいし。

「どうする? リゴール」
「え、わたくしですか」
「休みたいわよね」
「は、はい。できれば……ただ、無理は言いません」

 言い方は控えめだが、休みたいことは事実なのだろう。なら、どこかゆっくりできるところへ連れていかなくては。

「……兄さんの部屋は?」

 突如、ウェスタが提案してきた。

「あ、それ良さそうね! リゴールはどう?」

 ウェスタの提案に「そうか!」と思う。私にはない閃きだった。だが、良い閃きだ。デスタンの部屋なら、リゴールも十分落ち着けるだろう。

「睡眠の邪魔をしては申し訳ないですが……行けそうなら行ってみたいです」

 一応本人にも確認してみたが、賛成してくれそうだ。

「じゃ、決まりね!」

 リゴールが言うように、デスタンの睡眠を妨げることになってしまうかもしれないところは少し申し訳ない。でも、今は緊急時だから、デスタンとて怒りはしないだろう。彼は根は優しいタイプだから、もし起こすことになっても、きっと大丈夫なはず。


 ◆


 エアリら三人と別れ、移動の術で玄関付近へ向かったグラネイトは、壁の陰に隠れながら様子を確認し、愕然とする。

 玄関の扉が開き、ブラックスター王が佇んでいたからだ。

 王の傍には、頭に布巾を巻いた素朴な印象の青年が一人、さりげなく控えている。

 基本勢いで突っ込んでいくタイプのグラネイトではあるが、王の登場にはさすがに動揺していた。

 そもそも、ブラックスターの王たる人が地上界へ来ることなどあり得ないため、それだけでも驚くべきことなのだ。

 グラネイトは壁の陰に身をひそめ、王と布巾を巻いた青年の様子を窺う。

「王様、ここが目的地なんだべ?」
「その通り」
「す、凄い屋敷だべ……! こんなところにホワイトスターの王子がいるなんて、驚きだべ」

 二人が何やら話しているのを、グラネイトは盗み聞き。

「でも、勝手に入って不法侵入にならないべ……?」
「財産は盗らぬゆえ問題ない」
「な、なら良かったべ」

 酷なことを繰り返してきたブラックスター王とは思えぬ、当たり障りのないあっさりとした会話。だが、だからこそ、グラネイトは不気味さを感じた。リゴール殺害に関係することなどを話している方が、違和感がなく、まだしも自然である。

 その時、王はグラネイトが隠れている壁の方を一瞥した。

「……ぬぅ」

 王は怪訝な顔をする。
 それに気がついた青年は、王に尋ねる。

「どうしたべ?」

 問いに、王はさらりと答える。

「人の気配を感じただけのこと。気にするな」

 そう答える王は落ち着き払っていた。

 述べる言葉も、発する声も、冷静そのもの——王の風格がある。

 小さなことでいちいち狼狽えるような者は、王にはなれない。否、王になることだけならできる。が、王に相応しいとは言えない。

 常に冷静さを保ち、現状を理解しながら、命令を発する。
 それができる者こそが、王には相応しい。

「もしかして、不法侵入がバレたべ!?」
「落ち着けダベベ。慌てるな」
「ご、ごめんなさいべ……」

 結局グラネイトは彼らの前に姿を現すことはせず、引き返すという道を選んだ。二対一では勝てないと判断したからである。


 ◆


「王子、お体はどうです?」
「お気遣いありがとうございます……夜分に失礼しました」

 私たちは、今、デスタンの部屋にいる。
 リゴールを休ませるためデスタンの部屋を訪ねた時、彼は起きていた。彼の話によれば、騒ぎではなく揺れによって目が覚めたらしい。

「しかし、寝込みを襲うとは……卑怯にもほどがあるというものです。許せません」

 蜂のような生物に傷を負わされ疲労しているリゴールを、デスタンは熱心に気遣っている。話を聞いたり、手を握ったり、リゴールが落ち着けるよう考えて頑張ってくれているようだ。

 そんな最中、室内にグラネイトが出現した。

「ふはは! 偵察完了!」

 第一声は相変わらずのノリ。
 しかし、すぐに真面目な顔になる。

「……あれはまずいぞ」

 その言葉に、室内にいる皆の表情が固くなる。

「ブラックスター王が来ている」


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