コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.162 )
- 日時: 2019/11/30 03:13
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: iXLvOGMO)
episode.159 三人揃って
シンプルな軌道を描くように振った剣先が、カマーラの身を斬る。
赤いものが舞い散るけれど、それにはもう慣れた。慣れとは恐ろしいと思いはするが、戦う時に感情を乱さずに済むのはありがたい。
「斬ラルェルナン……テッ……」
カマーラは掠れた声を発しながら、その場に崩れ落ちる。
しかし、一撃で仕留めることはできなかった。
倒れたカマーラだが、まだ意識はあり、私が斬ったところを手で押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「ヨ、良クモッ……!」
カマーラは必死の形相でこちらを見てくる。
それまでは少しコミカルな雰囲気の顔つきだったが、今は鬼のような顔をしている。
「ヒ、ヒゲダケト思ッテンジャネェーワヨ!」
地鳴りのような低い声を発し、片手を体の後ろへ回すカマーラ。そうして取り出してきたのは、小型のナイフ。チャキンという鋭い音と共に、十センチほどの刃が飛び出す。
ナイフを手に、駆け出すカマーラ。
その視線の先にいるのは、私ではなくリゴールだった。
「……こちらですか!」
リゴールは咄嗟に警戒体勢を取り、魔法を放った。が、魔法はカマーラには当たらない。壁に吸収されてしまうのだ。
「魔法は駄目よ! リゴール!」
「あ」
私が叫んだことでカマーラには魔法が効かないことを思い出したのか、リゴールは、しまった、というような顔をする。
「テリャア!!」
距離を詰めたカマーラが、ナイフを握った手を振る。
「くっ」
防御のため反射的に出したリゴールの腕を、カマーラのナイフが傷つける。
傷を受けたのは、恐らく、二の腕辺りだろう。ただ、袖もあるため、それほど深い傷ではなさそうだ。
「ナンダカーンダイッテ……ターゲットハ……王子様ナノヨネェー!」
「わたくし狙いなのは知っています」
「素早ク仕留ムェルワァ!」
「簡単には殺られません」
至近距離で向かい合う二人。
私はただ、見つめることしかできない。
リゴールは魔法を使えない状態。相手は刃物を持っている。できれば援護したいところだが、今から走っても多分間に合わない。
「終ワリヨォーッ!」
「……参ります」
リゴールは、ぎりぎりのところで素早く一歩下がり、空振りを誘う。
そしてそこから——勢いよく本を振り下ろした。
「ナッ、ナンデッ……!?」
ばしぃっ、という音がして、カマーラはその場にへたり込む。膝を伸ばしていることも、体を縦にしていることも、できない状態のよう。斬撃による傷のダメージも合わさってか、彼は既に限界に達しているようだった。
それから数十秒。
床に倒れたカマーラの体は、塵と化した。
暫しの沈黙、その後。
「王子!」
デスタンが一番に声を発した。
彼は椅子から立ち上がると、リゴールに歩み寄っていく。
歩く速度はあまり速くない。ただ、足取りはだいぶしっかりしてきているように感じる。
「デスタン。……支えなしで歩いて平気なのですか?」
リゴールはデスタンを気遣う。
「そうではありません。王子、なんという無理を」
「え?」
「今のような無茶な戦闘、もう行ってはなりません」
どうやら、デスタンの方もリゴールのことを気遣っていたようだ。
鏡に映したかのような、よく似た二人である。
デスタンはリゴールの片腕を掴み、きょとんとしているリゴールを余所に、その袖を捲る。そうして露わになったリゴールの腕には、赤く滲んだ切り傷に加え、叩かれたような腫れもあった。
「すぐに手当てします。が、今後はこのようなことがないようにして下さい」
デスタンは淡々と述べる。
それに対し、リゴールは静かに言い返す。
「……それは無理です」
「王子?」
「怪我を恐れているようでは、真の意味で強くはなれません。ですから、わたくしは決めたのです。怪我など恐れはしないと」
落ち着いた調子で返すリゴールを見て、デスタンは驚きと戸惑いが混じったような表情を浮かべる。だがそれは束の間で。すぐに無表情に戻り、そっと口を開く。
「変わられましたね」
デスタンの物言いは、親のようだった。
「……そんなことないですよ」
「いえ。変わられました。私が知らないうちに……貴方はとても逞たくましくなった」
その言葉を聞いたリゴールは、顔に戸惑いの色を滲ませながら、自分の腕や体を見回す。
「……そうでしょうか?わたくし、逞しくなってなどいないように思うのですが……」
「そっちの『逞しく』ではありません」
「え? そ、そうなのですか? デスタンの言うことはわたくしにはよく分かりません……」
どことなく呑気なリゴールを見て、デスタンは呆れたように漏らす。
「もう結構です」
それからは少し忙しくなってしまった。
というのも、この一件によって、しなければならないことが一気に増えたのである。
リゴールの手当てはもちろんだが、床掃除や、赤いものがついてしまった衣服の洗濯もしなければならなくなり。バッサやミセが手伝ってくれたため比較的スムーズに進みはしたが、それでも結構な時間がかかった。
その日の晩。
私はリゴールに会おうと思い立ち彼の部屋へ行った。
だが、そこに彼はおらず。
次に可能性のありそうなデスタンの部屋へ行ってみたところ、リゴールの姿を見ることができた。
「リゴール。ちょっといい?」
幸い、扉に鍵はかかっておらず。そのため、勝手に開けることができた。
「……あ! エアリ!」
デスタンとベッドのところで何か話している様子だったリゴールだが、私に気づくや否や、てててと駆け寄ってくる。
「どうしました? エアリ」
「たいした用事じゃないんだけど……」
「構いませんよ! 何でも言って下さい!」
リゴールは自ら私の手を掴むと、ベッドの方に向かって歩き出す。引っ張られる形になり、私もベッドの方へ向かう羽目になってしまった。
「もし良ければ、こちらへどうぞ!」
「え、えぇ……?」
無邪気なリゴールはまだ良いが、真顔なデスタンの心が気になって仕方がない。彼は何を考えているのだろう、と、ついつい思考してしまう。
「さ、座って下さい!」
リゴールはベッドに座るよう促してきた。
これがリゴールの部屋のベッドなのなら何の問題もないが、デスタンの部屋のベッドだからすぐには座れない。
「これ……デスタンさんのベッドよ?」
「構いません! デスタンは、わたくしが言ったことで怒ったりはしません!」
何だろう、その根拠のない自信は。
「ですよね? デスタン!」
「ベッドくらいなら構いません。王子のお好きなように」
「ほら! デスタンもこう言っていますから!」
「そ、そう……。なら座らせてもらうわ」
デスタンのベッドに腰掛けるというのは少々違和感があるが、ひとまず座らせてもらうことにした。
直後、リゴールは隣に座ってくる。
「お邪魔致します」
「狭いわよ?」
「では、わたくしは細くなっておきますね」
こうして、デスタンの部屋に揃った私たちは、それから色々な話をした。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.163 )
- 日時: 2019/12/08 18:37
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fhP2fUVm)
episode.160 対策会議
「で、リゴール。腕の感じはどうなの?」
一つのベッドに三人で座るとなるとかなり狭い。隣のリゴールは体をかなり細くしてくれているが、それでも狭さを感じずにはいられない。誰か一人ベッドから下りた方が良さそうな狭さだ。
「ご安心下さい! もう痛くもなんともありませんよ!」
「本当に?」
「はい! 手当てもしていただきましたし、問題ありません!」
リゴールは楽しそうだ。
それとは対照的に、デスタンは、面倒臭そうな顔をしている。
右を向けば楽しそう。左を向けばつまらなさそう。左右の雰囲気が完全に真逆で、何とも言えない空気が漂っている。
「魔法対策をされていたことには驚きましたが、何とか退けることができて良かったです!」
明るい声色で話すリゴールに向けて、デスタンが発する。
「王子、呑気なことを言っている場合ではありません」
デスタンの声は低い。
これまた、リゴールとは対照的だ。
「魔法での戦闘ができないとなると、王子の戦闘能力はゼロに近いのです。もう少し深刻に捉えるべきかと」
そう述べるデスタンは真面目な顔をしている。
リゴールを大事に思っている彼のことだから、敵が魔法対策をしてきたことに関しても真剣に考えているのだろう。
「真面目ですね、デスタン」
「当然のことです。私が戦えれば一番良いのですが……それはまだ厳しいですから、何らかの対策を立てておかねばなりません」
嫌み混じりな物言いをすることも多いデスタンだが、今はそのような感じではない。その口から放たれる言葉は真っ直ぐで、真剣さが滲み出ている。
「魔法以外の攻撃手段を……ということですか?」
「はい」
デスタンは頷く。
それとほぼ同時に、リゴールは拳を軽く口元に添えた。
「確かに、デスタンの言うことも一理あるかもしれませんね。魔法対策をされていても戦えるようにしておく必要はありますし」
リゴールは考え込んでいるようだった。
「魔法以外って言っても、体術系は無理よね」
「そうですね。エアリの仰る通り、わたくしは強い肉体を持っていません。今の状態では、軽い護身程度が限界です」
護身のための術を身につけているだけでも、地上界の一般人に比べれば、凄いことだとは思う。けれど、正面からまともに戦うとなれば、その程度では勝てないだろう。そもそも、リゴールは背が低めだし、体も全体的に細い。殴る蹴るの戦いになると、体格的に不利になることは避けられない。
「そうよね。じゃあ何か使う? ……ナイフとか?」
思いつきで述べる。
「ナイフ、ですか」
そこに口を挟んできたのは、デスタン。
「それなら重すぎませんし、王子でも扱えるかもしれません」
「そうよね!」
これは良い案だろう、と思い、リゴールに視線を向ける。
「ねぇ、リゴール。ナイフはどう!?」
「ナイフ……ですか」
「え、何? 何だか、テンション低いわね」
「実はわたくし、あまり、その……ナイフは好きでないのです」
もじもじしているのかと思ったが、そうではなく、ただ「ナイフは好きでない」ということを伝えたかっただけのようだ。
そういうことなら普通に言えばそれでいいのに。
少し、そんなことを思ってしまった。
「デスタンと受けた研修の時、少し習いましたが……その、模擬戦闘でうっかり相手を怪我させてしまいまして……」
うっかり、て。
慣れていない状態での模擬戦闘だったのだろうから、仕方ない部分もあったのかもしれないけれど。
「その時の感触が忘れられず、以来、ナイフを握ると不安になるのです。なぜか料理の際は問題ないのですが……」
私は料理の時の方が不安になる。
そもそも、料理をする機会なんて滅多にないわけだが。
「ではペンはどうでしょうか」
次の提案をしたのはデスタンだった。
「ペン?」
リゴールはきょとんとした顔をする。
「はい。私に目潰ししたあの時の動きは見事でした。あれなら、一種の攻撃として使える気がします」
真剣なのか嫌みなのか、よく分からない。
「しかしデスタン……あの時のペンはもうありません」
「ペンならば、新しい物を調達すれば良いのではないでしょうか」
「それに……あの時は必死でつい突いてしまいましたけど、今のわたくしは恐らく、あのようなことはできないと思います」
リゴールの言葉を聞き、デスタンはふっと笑みをこぼす。
「それもそうですね」
彼は紫の髪を軽く掻き上げながら続ける。
「命を狙ったりして、すみませんでした」
「謝罪!?」
私はうっかり叫んでしまう。
そのせいで、デスタンに不快そうな視線を向けられた。
気を引き締めている時なら、こんなうっかりミスをしてしまうことはなかっただろう。だが、話が長引いてきたことによって自然と気が緩み、結果、このような失態に繋がってしまった。
「……何です、いきなり大きな声を出したりして」
「あ。ご、ごめんなさい」
こればかりは私にも否がある。そう思うから、謝っておく。
「……まったく。驚かせないで下さい」
デスタンは呆れたように呟いていた。
そこへ割って入ってくるのはリゴール。
「まぁまぁ! 時にはそういうこともありますよ。わたくしも、うっかり本音を漏らして大変なことになったことがあります!」
本音を漏らして大変なことに、か。
それは本当に大変そうだ。
一般人ならともかく、王子という地位ある身分の者が本音を漏らしてしまったりしたら、騒ぎになりそうである。
「と、取り敢えず! 話を戻しましょう!」
リゴールは、心なしか険悪な空気になりかけていたのを察して、気を遣ってくれたようだ。
「そうね。それが良いわ」
「分かりました」
私とデスタンが発したのは、ほぼ同時のタイミングだった。
もっとも、揃えるつもりはなかったのだが。
「では、王子にはペンで武装していただくことにしましょう」
結局、ペン。
デスタンはどうしても、リゴールにペンを持たせたいようだ。
「ま、待って下さい! それは無理です」
「良さそうなペンを街で買ってきます」
「デスタン! 話を聞いて下さい!」
リゴールはベッドから立ち上がりつつ、勢いよく発言する。
「わたくしはペンなど扱えません!」
「……ではナイフにしますか?」
「うっ……そ、それは苦手です……」
「ではペンで構いませんね?」
「うぅ……仕方ありません。分かりました、ペンにします」
なんだかんだで自分の意思を押し通すデスタン。その口の上手さはなかなかのものだ。リゴールくらい、相手ではない。
「……そして、エアリ・フィールド」
デスタンはいきなり話をこちらへ振ってくる。
「え、私?」
「はい。貴女は剣の一本でも持っておけばいかがです」
「剣なら、ペンダントの剣があるわよ?」
「王子と離れている時でも戦えるようにすべきです」
デスタンは淡々と述べる。
その言葉が間違いだとは思わない。ただ、剣を売っている店というのを知らないので、「買うとしても、どこで買えば?」という思いがある。
私のそんな心を読み取ったかのように、デスタンは続ける。
「クレアに行けば、剣を入手することができるはずです」
「そうなの? 詳しいのね」
「いえ、私が詳しいわけではありません。ミセさんから聞いた話に出てきていただけです」
ミセが剣の店について話していたということは驚きだ。だが、これはある意味ラッキーと言えるかもしれない。
「そうね。今度買いに行ってみようと思うわ」
「では私も同行します」
「デスタンさんが!? ……無茶しちゃ駄目よ?」
「ご心配なく。歩くくらいなら、もうそろそろ問題ありません」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.164 )
- 日時: 2019/12/08 18:38
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fhP2fUVm)
episode.161 再び、街へ
「母さん、今日はデスタンさんと少し買い物に行ってくるわ」
リゴールやデスタンとこれからのことについて話し合った夜が終わり、朝。食事の時間に、私は、エトーリアにそう告げた。エトーリアは今日も家から出ていくのだろうが、黙っていて後からばれたら厄介なので、念のため。
「買い物?」
エトーリアは白いパンをかじりながら、そんな風に繰り返す。
しかも、その面には、訝しんでいるような色が滲んでいた。
「えぇ。でもすぐ帰るわ」
「クレアへ行くのよね?」
かじったパンを咀嚼しながら、エトーリアは確認してくる。
「そうそう」
「分かったわ。でも……気をつけるのよ、エアリ」
彼女は少し心配そうな顔をするけれど、パンを咀嚼することは止めない。十数秒ほど経ってごくりと飲み込んだが、すぐさま続きを食べ始める。
「心配してくれてありがとう」
「当たり前のことじゃない。母は娘をいつだって心配するものだわ」
白いパンを千切る指は細い。また、その手の肌は、陶器人形のように滑らか。物を千切るというありふれた動作からさえ、上品さが漂う。
「馬車、使っていいわよ」
「ありがとう、母さん」
「デスタンさんにも『気をつけて』と伝えて」
「ありがとう」
いきなり外出なんて、エトーリアに言ったら「駄目」と言われてしまいそうで、不安だった。けれども、彼女はそんなことは言わなかった。それどころか、快く送り出す言葉をかけてくれたくらい。念のため伝えておくことにして良かった、と、私はそう思った。
朝食を済ませた私は、部屋にあった桜色のワンピースを着て、デスタンのもとへ向かう。
——ちなみに。
桜色のワンピースは偶々一番に目についたものであって、いくつかの中から選んだというわけではない。
つまり、適当に着た、という表現が相応しいのである。
いつもの黒のワンピースでも良かったのだが、たまには違う服を着ても楽しいかなと思い、黒でないものを着てみた。
もちろん、ペンダントは忘れていない。
「デスタンさん! 買い物、行きましょ!」
彼の部屋に入る。
するとそこには、ミセもいた。
「あーら。何の話かしらぁ?」
先に言葉を返してきたのはミセ。
……凝視されている。
しまった。いくらそういう話になっているからといって、ミセがいる時間に部屋に突撃していくべきではなかった。こんなことをしたら、ミセに嫌われることが確定してしまうではないか。
だが、当のデスタンはちっとも狼狽えない。
「あぁ。行くのですか」
ベッドに腰掛けていたデスタンはすっと立ち上がると、くるりと体をミセの方へ向け、静かに述べる。
「少し買い物に行ってきますね」
「買い物!? アタシとじゃなく、エアリとなのぉ!?」
「はい。ミセさんと行くべきではない内容の買い物なので」
「アタシと行くべきではない内容!? どういう意味よぅ!?」
ミセはデスタンを見上げながら、眉を吊り上げ、鋭く言葉を発する。顔だけでなく、全身から、怒りのオーラが溢れ出している。
……これはまずい。
そう思っていたら、デスタンは本当のことを言い出す。
「武器を買いに行ってきますので」
デスタンが言う「武器を買いに行く」ということは事実。私とデスタンの外出は、ミセが思っているような外出ではない。遊びではなく、用事だ。
だが、「武器を」なんて本当のことをさらりと言ってしまって、大丈夫なのだろうか。
ミセはデスタンを悪く言ったり思ったりはしない人だ。だからその点では安心である。それに、ミセはこれまで長い間私たちと交流があったから、私たちに特別な事情があるということは察しているはず。
でも、それでも、ミセは地上界の人間。
普通の女性だ。
その人に向かって武器の話など、問題はないのだろうか。
「え。ぶ、武器?」
「はい。ですから、ミセさんにはあまり関係がないかと」
「そ、それはそうねぇー……」
やはり、ミセは少々戸惑っている様子だ。
無理もない。
いきなり「武器」なんて言葉が出てきたら、戸惑わずにいられるわけがない。
「でーもっ、駄目! デスタンはアタシのデスタンなんだから、他の女と二人で出掛けるなんて、ぜぇーったいに駄目! エアリでも、駄目よ!」
分からないではないが……厳しい。
「……そうですか。分かりました」
「いいわねぇ? 今後もよ?」
「はい。では、ミセさんも同行して下さい」
五秒ほど間を空けて、ミセは低い声で「えっ」と漏らした。
「エアリ・フィールド。それでも構いませんね」
「私はいいけど……ミセさんもそれでいいの?」
「二人は駄目とのことなので、三人にしましょう。それなら問題はないはずです」
昨日約束した時にはミセのことをすっかり忘れていた。だから二人で行くような感じに捉えてしまっていたけれど、よく考えたら、デスタンと出掛けるのにミセがついてこないわけがない。
つまり、三人になって普通。
むしろ、デスタンとミセの二人で出掛けるでも良いくらい。
私とデスタン二人での外出なんて、ミセからしたらあり得ない話だろう。
「構いませんね? ミセさん」
「そうねぇ……まぁ、エアリだし、三人なら許してあげてもいいわよぉ」
「ありがとうございます。では支度を」
「うふふ! アタシが手伝ってあげるぅー」
二人は相変わらずのべったりぶりだ。
いや、厳密には「ミセがデスタンにべったり」なのだが。
それから私は、デスタンの準備が終わるのを、扉の外で待った。
ミセが手伝っているから、そんなに時間はかからないだろう。そう考えていたのだが、デスタンの支度は案外長くて。待っている間、幾度か眠気に飲み込まれそうになった。
寝不足ではないはず。
ただ、特に何をするでもない時間というのは、つい眠くなってしまうもので。
眠気から逃れるために、私は、今日の買い物の内容を思い返してみておくことにした。
まずはペン。
……と言っても、ただのペンではない。
リゴールが戦闘に使う、そのためのペン。だから、攻撃に使えそうなものでなくてはならない。文字が書ければ何でも、というわけにはいかないのだ。むしろ、書き心地は重視しない。
そして、次に剣。
これは私が使うための剣だ。
ペンダントの剣が使えない状況下で戦わなくてはならない時に使用するもの。そのため、最高級までは求めないが、ある程度の質は要りそうである。
——今日の買い物について復習していると。
「お待たせしました」
部屋からデスタンが出てきた。
微かに藤色がかったシャツに、紫と青の間ぐらいの暗い色みのベスト。髪もきちんと一つにまとめ、パリッと決まっている。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.165 )
- 日時: 2019/12/16 15:43
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: e/CUjWVK)
episode.162 ペンとおじいさんと
ミセ、デスタン、そして私。三人で馬車に乗り、クレアへ出掛ける。
エトーリアの屋敷からクレアまでは、歩くとそこそこ距離がある。しかし、馬車に乗ってしまえばすぐに着く。
「デスタンと馬車に乗れるなんて、嬉すぃーわぁ!」
「そうですか」
「デスタンも嬉しいわよねぇ? だってアタシたち、愛し合っているものねぇ?」
「はぁ」
隣同士に座るミセとデスタンは、そんな風に言葉を交わしている。純粋に仲良さそう、という感じではないけれど。ただ、心の奥底で通じあっているような雰囲気ではある。
「もーう! デスタンったら! どうしてそんなに冷たくするのぅ?」
猫撫で声で言いながら、ミセはデスタンの片腕を掴む。しかもただ掴むだけではなく、頬を当ててすりすりしたりしている。
「ミセさん。必要以上に触れるのは止めて下さい」
顔はミセの方へ向けず、視線だけを彼女に向け、淡々とした口調で述べるデスタン。彼の顔は本気で怒っている人間の顔ではなかったが、面倒臭くてうんざりしているという空気は漂わせていた。
「えぇー? どうしてぇ?」
「エアリ・フィールドに引かれています」
「そんなことを気にしてるの? デスタンったら、かーわいーい!」
「……勘弁して下さいよ」
ミセが楽しそうで何より。
ただ、絡まれるばかりのデスタンは少し気の毒だ。
だが、この程度なら、放っておいても問題ないだろう。いざという時にははっきり物を言えるデスタンだから、敢えて私が口を挟むこともないはずだ。
クレアに到着。
まず向かったのは、ミセが「筆記具がある」と言って紹介してくれた店。
山小屋のような外観で、窓は小さなものしかなく、外から中の様子を確認することはできない。それに、営業中という印もないから、営業しているのかどうかさえ怪しい。
「ここよぅ、デスタン! ここならペンがあるわぁ!」
「その話、本当ですか」
「えぇー。アタシのことを疑うのぅ?」
「いえ、念のため確認しただけです。では入りましょう」
デスタンは落ち着いた様子で、店の扉のノブに手をかける。
その姿を数メートル後ろから眺めながら、「よくここまで回復してきたなぁ」と、改めて感心する。一時はほぼ完全に動けなくなっていたのに、今では自力で歩けているのだから、驚くべき回復力だ。
デスタンは扉を開けて店の中へ入っていく。ミセもそれに続く。一人取り残されてはいけないから、私も小走りで入店した。
店内は静かだった。
隅っこの椅子にちょこんと座っているおじいさんがいるくらいで、客らしき人は見当たらない。
一番に店内に入ったデスタンは、そのおじいさんに声をかけに向かう。
「すみません。ペンをいただきたいのですが」
「ぬぅ……ペンじゃと……?」
白髪のおじいさんは、眉をひそめながら、ゆっくりと腰を上げる。
背は高くなく、ハートの描かれたニットのベストを着ているから、全体的に丸い形になって可愛らしい雰囲気だ。
「敢えて聞くことも……ぬぅ……ないじゃろう」
おじいさんは、腰を曲げて丸くしながら、のろのろと歩き出す。デスタンは黙って、おじいさんの後を追う。
「ペンなら……ぬぅ……ぬぅ……ぬぬぅ……ほれ、この辺じゃ」
デスタンはおじいさんを追い、ミセはデスタンを追い、私はそんなミセの背を追う。いつの間にやら、私たちは連なってしまっている。
ゆっくりとしか動けないおじいさんが示した辺りには、確かにペンがあった。
木のテーブルに、箱に入った高価そうなペンがいくつか並んでいる。そしてその脇には、安そうな見た目のペンがたくさん置かれているコーナーもある。
高価そうなペンが一つ一つ丁寧に箱に入っているのに対し、安そうなペンはマグカップに十五本くらいが入れられている。しかも、種類ごとにまとめられているということもない。マグカップに適当に突っ込んだ、という感じの置き方だ。
それからしばらく、デスタンはペンを色々見ていた。
何を見ているのだろう?
私にできることはあるだろうか?
少しそんな風に考えたりもしたが、手出ししないでおくことに決めた。
余計なことをしてしまってはいけない、と思ったから。
——それから十分ほど経過して。
「ペンの購入、終わりました」
デスタンは紙袋を手に、そんなことを言ってきた。
彼に一番に駆け寄るのはミセ。彼女はデスタンの手から紙袋を素早く奪い取り、「アタシが持つわぁー」と甘い声を発していた。
「もういいの?」
「はい。いくつか買えました」
「それは良かったわね」
「はい。次は貴女の剣ですね」
私たち三人はそそくさと店を出る。
空は晴れていて、雲一つない。ただ、日差しはさほど強くなく、暑さもそれほど感じない。過ごしやすい日だ。
「ミセさん、剣を売っている店への案内をお願いします」
「良いわよぉー! アタシ、デスタンのためなら何でもするわぁ!」
ミセはクレアで暮らしていたわけではないはず。しかし、何気に、クレアに詳しい。
「ミセさんが街に詳しくて助かります」
「デスタンに会いに来るついでに、色々見たりしてたのぅ! だから段々詳しくなってぇ!」
「そういうことだったのですね」
ミセはデスタンの隣をしっかり確保している。
「ありがたいことです」
「デスタンの役に立てたら、アタシも嬉すぃーわぁー!」
愛する人の横を歩けることが嬉しいのだろう、ミセの足取りは軽い。それに、顔つきも、日頃のミセのそれとはまったく異なっている。
それにしても、二つ並んだ背中を見ながら少し後ろを歩くというのは、複雑な心境だ。
二人が仲良くて嬉しいような、自分が仲間外れで寂しいような。
「店まではまだ距離がありますか」
剣を買うべく足を動かしていると、デスタンが唐突に問いを放った。
「デスタン、もしかして、疲れたのぅ!?」
「いえ。ただ少し尋ねてみただけです」
「そーう? なら良いけどぉ……疲れたら言うのよぅ?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
デスタンは、一応礼を述べてはいるが、その言い方はかなりあっさりしていた。感謝の心があるのかないのか分からないような口調である。
それからも私たちは歩いた。
ひたすら足を動かし続ける。
こんな時、リゴールが隣にいてくれたら——そんなことを、つい考えてしまう。
デスタンのこともミセのことも嫌いではないけれど、やはりリゴールがいないと寂しい。
彼が傍にいてくれたら、四人で出掛けられたなら、きっともっと楽しく過ごせただろうに。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.166 )
- 日時: 2019/12/16 15:44
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: e/CUjWVK)
episode.163 剣選び
ほどよい気温に、穏やかな日差し。
晴れ渡る空の下を歩くことしばらく、剣を売っているらしい店に到着した。
ペンを買った店とは違って、こちらは煉瓦造りの建物を店舗としているようで。赤茶色の煉瓦が華やかで、しかも二階建てという、わりと立派な建物だった。
中へ入り、店内を見て、私は驚く。
なぜなら、たくさんの武器が並べられていたからである。
剣だけでも色々ある。
銀色に輝く刃が勇ましい空気を漂わせるもの、とても持ち上げられなさそうな太い刃のものなど、それぞれに個性がある。まるで人間のよう。
もちろん、店内にあるのは剣だけではない。
刃は短くコンパクトな、ナイフ。
柄がとても長く先端も鋭利な、槍。
そういったものも、何種類か置かれている。
「す、凄い……」
かなり物騒な店内だが、なぜか妙に心を奪われてしまう。
置かれているだけなのに、どの武器も、恐ろしいほどの迫力だ。
ただ、それらは、十代後半の少女には相応しくないようなもの。きっと、私には似合わないだろう。こんな店の中に私がいるというだけでも、おかしな現象と言えよう。
私が置かれている武器の数々に見惚れている間に、デスタンは店の奥のカウンターへと進んでいっていた。
「失礼します。剣をいただきたいのですが」
デスタンが言うと、カウンターの向こう側にいた人影が立ち上がる。
「おぅ? 客か?」
デスタンの声に応じた人影の正体は、男性だった。
四十代くらいに見える男性で、体つきはがっしりしている。また、顔は岩のようにごつごつしていて、頭にはオレンジの布を巻いている。顎には黒いヒゲがぷつぷつと生えていて、厳つい容姿だ。
「はい。剣をいただきたいのです」
「剣だと? 兄ちゃん、そんなもんをどうするつもりだぁ?」
男性は眉間にしわを寄せながら、首を軽く傾げる。
「知人が使うのです」
「あぁ? 知人だぁ? なんだそりゃ」
店員の男性が訝しむような顔をしていることは微塵も気にせず、デスタンは片手で私を示す。
「ちなみに、彼女です」
直後、男性は吹き出す。
しかも、だっはっは、と豪快に笑い出す。
……悪かったわね、らしくなくて。
「女のための剣だぁ? そんなもんあるわけねぇだろ!」
「そこを何とか。お願いします」
「おいおい! 本気かよ!」
デスタンに頼み込まれた男性は、片手を額に当てながら大きく発する。
「まず、女に剣持たすとか正気かよ!?」
「それは問題ありません。彼女は訓練を受けていますから」
「訓練!? 本当かよ!?」
「はい」
いつまでも冷静さを失わないデスタンに呆れてか、男性は大きな溜め息を漏らす。
「しゃーねぇな。分かった分かった! 選んでやる。ちょっと待て!」
男性はカウンターから出てきて、私に向かって歩いてくる。そして、一メートルも離れていないくらいまで近づいてきて、しまいに手首を掴んできた。
「……何ですか?」
「ほう。いきなり手首掴んでもびびらねぇか」
「……えと、あの、何でしょうか?」
「なるほど。わりと度胸のある女みたいだな」
褒められている気はするが、素直に喜んで良いのかどうか、すぐには判断できない。普通他人から褒められれば嬉しくなるものだが、今は何とも言えない心境だ。
「剣だな?」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
今から世話になるだろうから、一応頭を下げておく。
「よっしゃ! じゃあ、こっちへ来い!」
「は、はい……!」
訓練でも始まりそうな空気。これからどのようなことが始まるのか、少しばかり不安だったりする。
でも、ただ不安を抱えているだけでは話は進まない。
何事にも怯まず挑戦する勇気があってこそ、未来は開けてゆくのだ。
剣と未来だと話が違う、と、笑われるかもしれないけれど。
それから私は、いくつもの剣を握らせてもらった。
やはり剣も人と同じ。一本一本に個性があり、特徴がある。
そして、柄を握った感触も大きく違っている。滑りそうだったり、太さがしっくりこなかったり、馴染みがいまいちだったりする。
「それはどうだ?」
「……少ししっくりきません」
「あぁ。確かにちょっと太過ぎるかもしれねぇな」
私はこれまで、様々な剣を握ってきたわけではない。ペンダントの剣と訓練用の木製の剣くらいしか手にしたことがない。
だから、気づかなかった。
握りづらい柄がこんなにあるなんて、知らなかった。
「じゃあ次はこれだ。持ってみな」
「はい……あっ!」
店員の男性から受け取った瞬間、落としそうになる。
「あぁ? どうした?」
「これ、滑って落としそうです」
「だろうな。それは柄に、スベスベイガーの皮を使っている。ま、脂っこい手のやつには人気なんだがなぁ」
今さらだが、やはり、ペンダントの剣が一番だ。
慣れているからかもしれないけれど、ペンダントの剣の持ち手が一番握りやすい。
「スベスベイガーは、女の滑らかな肌にはちょっと合わなかったみてぇだな!」
「はい。どうしましょうか……」
「あ! 良いのを思い出した! ちょっと待ってろ!」
急にカウンターの方へ駆け出す店員の男性。
良かった、善良そうな人で。
私は密かに安堵する。
男性は厳つい外見で口調も乱暴。けれど、行動からは優しさが見え隠れする。そして、時間をかけて私に合う剣を探してくれるところからは、熱心さがひしひしと伝わってくる。
カウンターの向こう側で座り込み、がちゃがちゃ音を立てながら何かを漁ること、数十秒。
「あった!」
男性は声をあげる。
それから、彼は再び、こちらへと歩いてきた。
その手には一本の剣。
革製の鞘に収められて刃は見えないが、持ち手は黒く、硬そうだ。
「これを握ってみな!」
「あ、はい」
差し出された剣を受け取り——ハッとする。
妙にしっくりくる持ち手だったのだ。
最初目にした時に思ったのは当たっていて、硬めの柄だった。けれど、それが案外持ちやすくて。悪くない握り心地だ。
「これ、良いわね!」
私は思わず叫んでしまった。
「おぅ! それなら女の手にも合うはずだ!」
「気に入ったわ! ……あ、でも、高いかしら」
高価なものだったら購入できないかもしれない。
「これか? これなら大体、二千イーエンだな!」
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