コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.92 )
- 日時: 2019/09/09 14:32
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: u5fsDmis)
episode.89 夢と記憶と
「あの女は、危険な女です。不気味な笑みを浮かべながら、鎌を振り回す。あれはもはや、思い出したくない光景です」
リゴールはベッドから立ち上がりながら、そんなことを述べる。
彼が発するその言葉に、私は動揺せずにはいられなかった。彼が述べる言葉の端々に、私がみた夢と共通する部分があったからである。
しかし、私が密かに動揺していることを、リゴールは気づいていないようで。彼はソファの前まで歩いてきて、私の手をそっと握った。
「……何もなくて、良かったです」
絞り出すような声だった。
「エアリだけでも無事で、良かった」
「ありがとう」
彼の青い瞳は、私をじっと捉えている。
私もその瞳を見つめ返す。
ここには私たちしかいない。二人だけの空間は静かで、でもどこか温かい。
「ねぇ、リゴール」
今なら何でも聞けそうな気がしたから、私はそっと尋ねてみることにした。
「何でしょう?」
「あのね、私、夢をみたの。しばらく前のことなんだけど……」
いきなりこんな話を始めても理解してもらえないかもしれない。
でも、それでも、誰かに言いたかった。
「貴方ともう一人男の人が話していて、そこにあの王妃が現れる、そんな夢」
リゴールは黙って、こちらへ真剣な眼差しを向けてくれている。
「今貴方の話を聞いていて、妙に共通点を感じてしまって。もしかしてあの夢は、貴方の記憶なんじゃないかって……」
言いたいことは明確にある。けれど、それを言葉に落とし込むのは難しく。何とか上手く言おうと努力してみてはいるが、なかなか思い通りにはならない。思いを言葉に変えようとする時には、これでは伝わらないのではないか、おかしいと思われるのではないか、というような不安が常に付きまとい。結局、まとまらない文章しか、口から出せなくなってしまう。
「……ごめんなさい、おかしなことを」
「いえ。実際にそうである可能性はありますよ」
「えっ」
思わず、怪訝な顔をしてしまった。
「多少であれホワイトスターの血を引く者であるならば、そういうことがあってもおかしくはありません」
リゴールはほんの少し頬を緩める。
「もしかしたら……それが貴女の力なのかもしれないですね」
その日以降、私はまたリョウカとの剣の訓練に戻った。
デスタンが戦えない状況だからこそ、私が強くならねばならない。今でも最初に比べればましだが、それで満足しているようでは意識が低すぎる。
「せいっ!」
「……っ!」
「とりゃ! はぁっ!」
「ちょっ……ま……」
「待って、なんてないよ!」
「えぇ!?」
だが、やる気さえあれば強くなれるというわけでもないようで。
「ま……また負けた……」
「えっへん!」
私はリョウカには勝てない。
木製の剣での模擬試合、今日だけで既に十戦十敗だ。
「ま、あたしが負けるわけないね!」
十試合も続けているというのに、リョウカは呼吸さえ乱れていない。彼女の体力は無尽蔵なのか。
「さすがに強いわね……」
「まぁね!」
私は立ってさえいられず、その場に座り込んでしまう。
「けど、エアリもいい感じじゃない? 短期間でここまで戦えるようになったのは凄いよっ」
座り込んでいるにもかかわらず息が整わない私のすぐ横へしゃがみ、リョウカはそんな言葉をかけてくれた。
「そう……?」
「この年でこの成長スピードは凄いよ!」
リョウカがかけてくれる言葉は、とても嬉しい言葉だ。
けれど、それに甘えていてはならない。
見据えるのはもっと上。
そうでなくては、私は強くなれない。
「何が凄いってさ、デスタンに『凄い』って言わせたことが凄い!」
「……デスタンさんが?」
「うん。前に一回話した時ね、処刑場でのエアリの動きは凄かったって、そう言ってたよ」
処刑場、なんていうのは、リョウカに言って良いところなのだろうか……。
「あと、もっと強くしてやってほしいって、なんか大金渡された!」
「大金?」
「自分の稼ぎだから遠慮なく受け取れーってさ。ま、遠慮なく返したけどね!」
返したのか。
受け取らなかったのね。
「……期待してくれているのね、デスタンさんは」
「みたいだねっ」
「なら一層……頑張らなくちゃ」
こんなことになるなんて、考えてもみなかった。けれど、これが定めだったのかもしれないと、今は思う。
リゴールと出会った時から。
彼の手を取った時から。
私はこの道に進むと決まっていたのかもしれない。
だとしたら、私がすべきことは一つ。
リゴールを護れるように、日々鍛練を怠らないことだ。
「エアリがその気なら、あたし、もっと協力するよ!」
「ありがとう、リョウカ」
「任せて任せてっ!」
こうして私がリョウカと剣の練習をしていた間、リゴールはバッサから家事の指導を受けていたそうだ。
ある日ばったり出会ったバッサから聞いた話によれば、彼は、家事の才能があるらしい。掃除やゴミまとめ、お茶淹れなど、様々な家事を教えたバッサが言うには「向いている」とか。
こう言っては失礼になるかもしれないが——家事が向いている王子なんて少し意外だ。
だが、リゴールは素直である。人の言うことを素直に聞ける心の持ち主ゆえ、習得するのも早いのかもしれない。
リゴールが頑張っているのだから、私も頑張らなくちゃ。
バッサから話を聞き、私はそう思った。
そうして時が過ぎてゆく中、ふと思うことがあった。
デスタンはどうすべきなのだろう、と。
彼の世話は使用人が付きっきりで行おこなっているようだ。だが、それだけで良いのだろうかと、時折疑問に思ってしまうことがある。彼にも、もっと何か、楽しいことがある方が良いのではないか。そんなことを考えてしまって。
だが、善意からであっても、余計なことをしてしまったら申し訳ない。
だから私は、本人に直接尋ねてみることに決めた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.93 )
- 日時: 2019/09/10 16:44
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oKgfAMd9)
episode.90 所詮、それは善意の押し付け
のんびりした空気が流れる昼下がり。私は数日ぶりにデスタンの部屋へ行った。
「お邪魔しまーす」
室内には、バッサではない使用人の女性。凄く不機嫌そうな顔をしながら、部屋の隅に控えている。
怖くて話しかけられなかった。
だから私は、彼女を飛ばして、デスタン本人に話しかける。
「デスタンさん、調子はどう?」
「元気ですが。何をしに来たのですか」
うつ伏せでベッドに寝かされているデスタンは、冷たい声で返してくる。
使用人の女性はかなり不機嫌そうだったが、デスタンも機嫌良くはないようだ。彼もまた、ぴりぴりした空気を漂わせている。
「退屈じゃない?」
「もちろん退屈ですよ」
デスタンは顔をしかめながら言った。
「何か欲しい物とかある?」
「ありません」
「そうなの?」
「貰ったところで、使えませんから」
返ってきた言葉を聞き、私は何も言えなくなってしまった。
彼がおかれている状況を、いかに、よく考えていなかったか。気遣いが足りていなかった、と、軽率な発言をしてしまったことを後悔した。
真に彼のことを思っているのなら、彼の状態を考慮して物を言うべきだったのだ。
「……そう、よね。ごめんなさい。配慮が足りなかったわ」
「いえ」
痛いほどの沈黙が訪れる。
彼は黙ってしまった。私には自ら話し出す勇気がなかった。
結局、沈黙から逃れる術はない。
「それで。用は終わりですか」
沈黙を破ったのは、デスタン。
まだ何も話せていないから、私は思いきって話を振ってみる。
「……リゴールとは? 最近会っていないの?」
デスタンはすぐには答えなかった。
が、十秒ほどの沈黙の後、口を開く。
「はい。あの日以来会っていません」
「……会いたくは、ないの?」
「いえ、私は会いたいです。しかし王子はそれを望んでいません」
淡々と述べるデスタンは無表情。死んだような顔つきだ。
「無理強いをさせようとは思いません」
「……それでいいの?」
「貴女には関係のないこと。放っておいて下さい」
近寄りがたい空気を漂わせるデスタンに、私は歩み寄る。そして、ベッドの脇に座った。嫌みの一つでも言われるかと思ったが、デスタンは何も言わなかった。
「放ってなんておけないわ。だってこんなの、貴方があまりに可哀想だもの」
そう発すると、デスタンは獣のように鋭く睨んでくる。
「同情は要らぬと言ったはずです」
彼の口から出るのは、突き放すような冷ややかな文章。
「可哀想なんて言い方が悪かったのね。ごめんなさい、それは謝るわ。……でも私、貴方をこのまま放っておくことはできない」
デスタンは、昔からの知り合いというわけではないけれど、昨日知り合ったばかりというわけでもない。しばらく共に暮らした人を、放置することなんてできない。たとえ本人がそれを望んだとしても、私の心はそれを選べないのだ。
「待っていて。今リゴールを呼んでくるわ。それから、ゆっくり話しましょう」
「余計なお世話です」
「そんなことを言わないで。リゴールだって貴方を嫌っているわけじゃないし、きちんと話せば、きっと……」
言いかけて、口を閉ざす。
驚くほど冷たい視線を向けられていることに気づいたから。
「……ごめんなさい。迷惑よね、こんなこと」
悪気はなかった。
でも、私が頑張ろうとしていたのは、間違った方向性で。
それは結局、デスタンが求めていないものだったのだ。
彼自身が求めていないことをするのは、善意の押し付けに過ぎない。そんな行為に意味なんてないのだ。そんなものは私の自己満足で、彼からすれば、迷惑以外の何物でもないだろう。
「今日のところは帰るわ。でもねデスタンさん。もし何か、欲しい物とかしてほしいことがあったら……遠慮せずに言って」
気まずさに耐えきれず、私は部屋から出てしまった。
そうしてデスタンの部屋から出ると——目の前にリゴールの姿があった。
茶色い液体が注がれた透明なグラス、それが二つ乗った木製の盆を、慣れない手つきで持っている。
「あ。リゴール」
「デスタンの部屋へ行かれていたのですか? エアリ」
「えぇ、少し話をしていたの」
するとリゴールは「ちょうど良かったです」などと言い出す。何かと思っていたら、数秒空けて彼は言ってくる。
「デスタンの顔を見に行こうと……わたくしもそう思っていたところで」
「そうだったの!」
嬉しかった。
よく分からないが、とても。
「なので、お茶を持ってきてみたのです」
「いいわね」
「しかし、その……あのようなままで終わっているので、少し、入る勇気がなくて……」
そう言って、リゴールは苦笑する。
「デスタンさん、待っているわ」
「え?」
「会いたいって言っていたから」
直後、リゴールの顔つきがパアッと明るくなる。
顔全体が緩み、瞳は輝いている。
「本当ですか!」
「えぇ、嘘はつかないわ」
「で、では、頑張ってみます! ありがとうございます!」
リゴールは、顔面に喜びの色を滲ませながら、数回軽く頭を下げる。それからデスタンの部屋の扉についたノブへ、手を掛ける。そうして、リゴールはゆっくり、部屋の中へと入っていった。
上手くいくと良いわね。
私は心の中でそんな風に呟く。
自室へ戻るべく廊下を歩いていると、エトーリアに遭遇する。
「母さん!」
「あら、エアリ」
エトーリアは今日も若々しい。私のような大きな娘がいる年齢だとはとても思えないような容姿だ。
「母さん、今日は仕事じゃないの?」
「違うわよ」
私の問いに、エトーリアは柔らかな笑顔で答えた。
「お出掛けでもする?」
「……うーん」
すぐには答えられない。
鍛練もしなくてはならないからだ。
「何か問題が?」
「剣の練習しなくちゃならないのよ」
「そういうこと。でも、息抜きは必要ではないかしら」
エトーリアは私の手をそっと掴む。
「買い物でも行きましょ、エアリ」
どうやら、エトーリアは出掛けたくて仕方がないようだ。
そういうことなら、断る理由はない。私とて、外出したくないわけではないし。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.94 )
- 日時: 2019/09/13 19:58
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6..SoyUU)
episode.91 ミンカフェ
私はエトーリアと二人、街へ出掛けることにした。
母娘での外出。
何だか新鮮な気分だ。
頬を撫でる風も、晴れ渡った青空も、今はなぜか新しいもののように感じられる。
思えば、エトーリアと二人で出掛けた記憶はあまりない。それだけに、最初は緊張していた。が、徐々に慣れてきて。時間が経つにつれ、ドキドキはワクワクへと変化していった。
ただ、少し疑問に思う部分はある。
それは、なぜ歩きなのだろう、ということだ。
「ねぇ母さん」
「何?」
エトーリアは横顔さえも整っている。
実際には母娘だというのに、並んで歩いていたら姉妹だと思われてしまいそう。
「どうして今日は歩きなの?」
「それはね。ただ、一緒に歩きたかったからよ」
「えっ……」
想定外の理由に、思わず低い声を漏らしてしまった。
「それだけの理由で?」
「えぇ、そうよ」
「馬車で良かったのに……」
「それもそうね。けど、自然を感じながら歩むというのも、たまには良いと思うわよ」
否定はしないけれども、敢えてしんどいことをする意味が理解できない。
「……それに」
「それに?」
「歩くのも鍛練になるんじゃない!」
エトーリアが発した言葉を聞いた時、私はハッとさせられた。ただ歩くこと、それすらも体力を強化するために役立つのだと、彼女の発言によって気がついたからだ。
「た、確かに……」
「だから歩くのよ」
「それはそうね! 頑張るわ!」
私は気を引き締め、前を向いて歩く。
これも体力強化のための一つの訓練なのだと、そう理解して。
クレアに到着した時、私は既に疲れ果てていた。肌は汗でびっしょり濡れているし、膝が微妙に軋む。しかも息は乱れてしまっていて、もはや、普通に歩くことさえままならない。
そんな私へ、平然としているエトーリアが声をかけてくる。
「大丈夫? エアリ」
エトーリアも私と同じだけ歩いたはずなのに、彼女はちっとも疲れていない。
「……母さん、どうして……平気なの……」
呼吸が乱れているせいで、上手く話せない。
「エアリこそ、このくらいで呼吸を乱しているようじゃ戦えないんじゃない?」
「確かに……けど、歩き続けるなんて……」
「技も大切、でも、基礎体力も大切でしょ?」
母親だからだろうか、エトーリアは妙に厳しい。
「そ、そうね……」
「じゃあひとまず、どこかお店に入りましょうか」
「それがいいわ……疲れた……」
その後、私は、エトーリアが好きだというカフェに入った。
そこは、外観からしていかにもおしゃれそうな、民家風カフェだった。外壁は一面赤いレンガ。入り口の脇には花の植わった植木鉢。そして、扉に掛かったベージュのプレートには、おしゃれな字体で『ミンカフェ』と刻み込まれている。
それから中へ入り分かったのは、おしゃれなのは外観だけではなかったのだということ。
石畳風の床と壁に、植物風のデザインが施されたテーブルと椅子。奇抜過ぎず、しかし特別感はある内装が、温かくも非日常的な空気を醸し出している。
私とエトーリアは、隅の二人席に座った。そして、エトーリアがいつも頼むというアイスティーを、二つ注文した。
「何だかおしゃれな雰囲気の店ね、母さん」
向かいの席に座るエトーリアは美しい。目鼻立ちはもちろんのこと、絹のような金の髪が神々しくて、直視できない。
「でしょ。こっちへ来て最初にお世話になったお店なの」
「勤めていた、ということ?」
「えぇ、そうよ。……と言っても、本当に短い期間だけだったけれどね」
エトーリアがカフェで働いているところを想像したら、何だか笑えてしまった。
「あの人とは、その時ここで出会ったの」
遠い目をして述べるエトーリア。
「え、そうなの!? あの人って、父さん!?」
つい大きな声を出してしまった。
カフェ内の他の客から視線を浴びてしまい、大きな声を出してしまったことを後悔する。
「そう。観光に来ていたあの人がたまたまこのお店へ来て、そこで知り合いになったの」
「へぇ」
「その頃はわたしもまだ女の子だったから、大人びた容姿の彼に憧れたわ」
「凄い、何だか青春って感じ」
私には縁のない話だ。
でも、嫌いではない。
運命に導かれるようにして巡り合った異界の二人。
そういうロマンチックな話も、なかなか悪くはないと思う。
「けど、意外と年が近かったのよね。彼の年齢を知った時は、びっくりしたわ」
楽しいことを思い出したのか、エトーリアは、ふふふ、と笑う。少女のような、可愛らしい笑い方だ。
「これは後から知ったことだけど……ホワイトスターの人間とこの世界の人間では、加齢による容姿の変化のスピードが少し違っているみたいね」
エトーリアはさらりと述べた。だがそれは、私にはすぐには理解できない内容で。暫し、言葉を失ってしまった。何と言葉を返せば良いのか分からなかったのだ。
「びっくりした、って顔ね」
分かりやすい顔をしてしまっていたらしく、見事に当てられてしまった。
「びっくりしたわよ」
「やっぱりね。エアリ、分かりやすいわ」
ふふ、と笑いつつ、エトーリアはアイスティーを飲む。ストローを加える仕草が可愛らしい。
「ということは……リゴールも案外年をとっているのかしら……?」
恐る恐る言うと、エトーリアは笑顔で返してくる。
「そうね。少なくとも、エアリよりは年上なはずよ」
「本当に!?」
信じられない。
年が近そうだなくらいには思っていたが、まさか彼の方が年上だなんて。
「だって、わたしがこちらへ来る前にはもう生まれていらっしゃったもの」
「た、確かに……」
衝撃のあまり、くらくらしてきた。私は何とか落ち着きを取り戻そうと、ストローに唇をつけ、アイスティーを飲む。優しげな芳香が漂い、淡い甘みが広がり、ほんの少しだけながら心を落ち着かせてくれる。
これは何げにかなり美味しいアイスティーだ。
「まぁ、けど、今のエアリたちには年齢なんて関係ないものね?」
「え」
「そんなことでどうこうなるような柔な関係ではないでしょ?」
「え、えぇ。それはそうね」
エトーリアの言う通りだ。
リゴールが何歳かなんて、関係ない。
彼とは、年下だからとか、年上だからとか、そんなことは気にならないような関係を築けているはず。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.95 )
- 日時: 2019/09/13 19:59
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6..SoyUU)
episode.92 芸
渋みはなく、香りは良い。そして、微かに甘ささえ感じられるようなアイスティー。
これだけハイクオリティな紅茶なら、エトーリアがいつも頼むというのもよく分かる。実際、私も機会があればまた頼もうと思ったくらいの、良い味だったから。
こうして『ミンカフェ』で飲み物を楽しんだ私たちは、体が休まったところで、別の場所へ行ってみることになった。
再びクレアの街を歩き出し、最初に立ち寄ったのはガラス細工の店。透明なガラス越しに色とりどりのガラス細工が見えるという、幻想的でとても素敵な店構えだった。
「どう? エアリ。素敵なところでしょう?」
「綺麗だわ!」
人はいない。
けれども、とても華やかな店内だ。
赤、黄、緑、青、紫。
もちろんそれだけではないが、本当に様々な色のガラスが、棚に並べられている。
触れたら壊れてしまいそう。
けれど、それゆえ美しい。
私は店内を見て回りながら、そんなことを思ったりした。
「ようこそ! ここはビーズアクセサリーのお店なの!」
美しいが寂れたガラス細工の店を出て、次に入ったのは、一軒家の一階を改造したような店。人の頭くらいの大きさのハートが一個彫り込まれた扉を開け、中へ入ると、二十歳少し手前ぐらいと思われる少女が元気に迎えてくれた。
「素敵なお店ですね」
エトーリアが軽く褒めると、少女は自慢げに胸を張る。
「あたしの作品がたくさんあるの! ぜひ見ていってほしいの! 全部売ってるの!」
店内にはテーブルや棚があり、そこにビーズアクセサリーが飾られている。陳列の仕方自体は、先ほどのガラス細工店とよく似ている。
ただ、ガラス細工店と違うところもあり。
それは、店内に私たち以外にも人がいることである。
「見て、エアリ。これなんて素敵じゃない?」
「何これ……蛇の正面?」
「ふくろうよ。値札にフクロウって書いてあるもの」
そんな話をしながら、エトーリアと店内を見て回る。
ビーズアクセサリーと聞くと可愛い系のイメージが強かったのだが、この店に陳列されているビーズアクセサリーは可愛い物ばかりではなかった。
暖色系の花やリボン、ハート、小型犬など愛らしいモチーフも多い。が、それとは対照的に、骨付き肉やサソリなど可愛くはないモチーフの物もある。
ただ、そういったセンスも嫌いではない。
可愛いのは良いけれど、やや渋い物もある方が幅が感じられて、私は好きだ。
「エアリ、何がいい?」
「……私?」
「そうよ。気に入った物があったら言ってちょうだい。プレゼントとして買うわ」
買うことを前提に見ていなかった。
「見るだけで大丈夫よ、母さん」
「気に入るのがなかった?」
「いいえ。素敵な物はたくさんあるの。けど、買ってもらうなんて申し訳なくて」
するとエトーリアは、ぷっ、と吹き出す。
「エアリったら、おかしいわね」
笑われてしまった。
「リゴール王子に似てきたんじゃない?」
「そうかしら」
「だって、エアリそんなに遠慮がちだった?」
言われてみれば、そうかもしれない。
傍にいる人の影響を受けるというのは、よくあることだ。それを考えると、私がリゴールの影響を受けているという可能性もないことはない。
「それもそうね。母さんの言う通りかもしれない」
静かにそう言うと、エトーリアは控えめに笑みをこぼす。それから、小さな声で「じゃ、わたしが選んでプレゼントするわね!」と言った。
私たちには思い出が少ない。
けれど、思い出は今から作っていけばいい。
母と娘であるという事実が変わることはないのだから。
「もうすぐ始まるって!」
「ええっ! 行く行く!」
エトーリアが選んだビーズアクセサリーの入った紙袋を受け取り、二人並んで歩いていると、何やら話し声が聞こえてきた。話し声の主たちの方へ視線を向けると、走っていく少年少女の背中が見える。
「あっちは広場の方ね。広場で何かやってるのかしら」
エトーリアが呟いた。
そんな彼女に、私は問う。
「見に行ってみる? 母さん」
その問いに、エトーリアは強く頷く。一回だけではあったが、はっきりした動きだった。
意見が一致した私とエトーリアは、早速、広場へと足を進める。
広場には人だかりができていた。
人だかりは、少年少女が主だが、中には成人男性やバッサくらいのおばさんも交ざっている。また、日向ぼっこ中の老人かなというようなおじいさんも、一人二人紛れていた。
「何なのかしら? よく見えないわね」
エトーリアが先に足を進め、人だかりへ接近していく。
私はその背を追う。
やがて、人だかりの向こう側にいる人物の姿が隙間から見え——衝撃を受ける。
人だかりの中心いたのが、グラネイトとウェスタだったから。
「……ぎっくり腰」
「はぅあ!」
「……腰痛」
「ふ、ふふふふふぅ」
「……健康的なポーズ」
「ふははははーっ!」
ウェスタがキーワードを呟き、グラネイトがそれに合った芸を疲労するという奇妙な会が、堂々と開催されていた。
グラネイトの振る舞いはかなり珍妙なものだが、少年少女は爆笑している。私からしてみればただの変な会。ただ、若い世代には意外と人気があるみたいだ。
「……美男子」
「ふっ」
「……ナルシスト」
「ぐはは! 見よ! 我がかっこよさを!」
グラネイトの奇妙過ぎる芸を目にしてしまったエトーリアは、完全に固まっていた。
「……卵」
「つるんっ。つるっ。つるつるつつつつつるるんっ」
「……こむら返り」
「あだっ!! あたっ、あた、あたっ、あだだだだァッ!!」
わはは、と、人だかりが笑う。
何が笑いを起こしているのかよく分からない。ただ一つ分かるのは、グラネイトの体を張った芸が人気だということ。
「……散歩」
「のしのし、のしのし、のしのしのし」
「……つまづいた人」
「あっ、ぶばっ!」
グラネイトは身を引くと言ってくれていたし、ウェスタはリゴール奪還に協力してくれた。だから、ブラックスターへは戻っていないのだろうなとは思っていた。
が、まさか二人揃ってこんなことをしているとは。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.96 )
- 日時: 2019/09/13 20:00
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6..SoyUU)
episode.93 かつての刺客二人組
少し前までブラックスターからの刺客だったグラネイトとウェスタ。二人が道端で芸を披露しているなんて、微塵も想像してみなかった。これはかなりの衝撃である。
「あの人って……」
ウェスタを凝視しつつ、不安げに漏らすエトーリア。
「大丈夫よ、母さん。二人はもう敵ではないの」
不安にさせてはいけないと思い、言葉をかける。するとエトーリアは、怪訝な顔をしながら、視線をこちらへ向けてきた。
「……そうなの?」
「今はもう敵じゃないの。まぁ、まさかあんなことをしているとは思わなかったけどね」
苦笑いしつつ述べる。
するとようやく、エトーリアの表情が柔らかくなった。
僅かに、だが。
「ならどうする? 話しかけてみる?」
エトーリアにそう問われたが、すぐには返せなかった。なぜなら、話しかけるべきなのかどうかすぐには判断できなかったから。知り合いだから、話しかけてはいけないということはないのだろうけど。でも、話しかけないでおいた方が良いのかなと思う心もあって。
「……エアリ?」
「ま、べつに、話しかけなくてもいいかもしれないわね」
二人が話しかけてほしいと思っている可能性は低いはずだ。話しかけないでほしいと思っているかどうかは別として。
だから私は、そっとしておくことに決めた。
「じゃ、行きましょっか」
エトーリアの言葉に、私は頷く。
そして歩き出した——刹那。
「エアリ・フィールド!」
背後から、声が飛んできた。
声の主はグラネイト。
彼は人だかりを押し退け、私に駆け寄ってきていた。
「なぜ見なかったかのように流すッ!?」
「え、えっと……」
手首を掴まれてしまった。これはもう、見なかったことにはできない。面倒臭さも若干あるが、話すしかなさそうだ。
「声をかけないのはなぜだ!?」
「え、いや……邪魔しちゃ悪いかと……」
「ふはは! 寂しいぞ!」
それまでは芸を続けていたグラネイトが、急に私のところまで駆けたのを見て、観客たちは不思議そうな顔をしている。
「暇なら、グラネイト様の芸を見ていってくれ!」
……もう見た。
けれど、そんなことは言えなくて。
「そ、そうね。分かったわ」
私はそう答えた。
グラネイトに発見され捕まってしまった私は、結局、彼らの演技をまたしても見ることになってしまった。心優しいエトーリアは付き合ってくれたので、一人にはならず、そこは良かった。だが、グラネイトの芸はやはり何ともいえない雰囲気で。笑えないし、感動もしなかった。
芸が終わると、人だかりはみるみるうちに散っていく。
一部の人たちは、ウェスタが持っている箱にお金を放り込んでいた。あの妙な芸に金を出す人がいるとは、驚きである。
しばらくして人だかりが完全に去ると、グラネイトとウェスタは私たちのところへ歩いてきた。
「……こんなところで何をしている」
一番に口を開いたのはウェスタ。
長い睫毛に彩られた赤い瞳に、感情的でない顔つき、そして銀色に輝く髪。
金属のような冷ややかささえ、彼女の魅力となっている。
「何をしている、って……私はただ、街を色々見て回っていただけよ」
「……そうか」
「ウェスタさんこそ、何をしているの?」
「……生活費が必要」
こうして近くで見ると、彼女は本当に、デスタンによく似ている。彼女は鏡に映るデスタンのようだ。髪や瞳の色はまったく異なっているにもかかわらず、である。
聡明さの表れた目鼻立ちの奥に潜む、複雑な色。
仮面のような顔から見え隠れする、燃え上がる心。
多分、そこが似ているのだ。
「そうだったの」
「……そう」
「けど、良かったわ。グラネイトさんと合流できたみたいで、安心した」
グラネイトとウェスタ。二人はブラックスターにいた頃からの友人だから、きっと、上手くやっているのだろう。
「……ありがとう」
「元気だった?」
そう問うと、ウェスタは怪訝な顔をする。
「なぜ……そこまで気にかける」
ウェスタの口から出た言葉は、私にとっては意外なものだった。
「我々はブラックスターの人間だ。お前たちを傷つけた。にもかかわらず、なぜ……そんな風に接するのか、理解できない」
真剣な表情で発するウェスタに、グラネイトはいきなり肩を組にいく。
「ふはは! ウェスタは考えすぎだ!」
「……グラネイトには聞いていない」
「ふはは! 大概のことは気にしたら負——ぐはぁ!」
妙なノリで絡むグラネイトの腹に、ウェスタの肘が突き刺さる。
肘での一撃は、静かだが、かなり威力がありそうだ。
しかも、それだけでは終わらない。ウェスタは自身の腕を握ろうとしていたグラネイトの片手を掴み、指を逸らせる。
「あだだだだ!」
「……余計なことをするな」
「ごっ、ごめ、ごめっ、ごめんて!」
ウェスタは容赦なかった。
痛みにジタバタするグラネイトを見ていたら可哀想になり、余計な発言と分かりながらも言ってしまう。
「あ、あの、ウェスタさん……止めて差し上げては……」
それに対しウェスタは、淡々と返してくる。
「理解力のない人間は、物理でいかねば止まらない」
それ以上は何も言わなかった。
これが二人の関わり方なのだとしたら、第三者が勝手な感覚で口出しするのは良くない——そんな風に思ったからだ。
傍にいるエトーリアは、戸惑いつつ苦笑していた。
「……ところで。兄さんはどう?」
答えづらい質問が来てしまった。
私は思わず言葉を詰まらせる。
「えっと……」
ウェスタの眉間にしわが現れる。
「言えないような様子?」
怪しまれている!
勘違いをされては困るので、ここは、はっきりと返さなくてはならないところだ。
「い、いいえ! 意識はしっかりしているし、元気そうではあるの! ……ただ、体が」
私が言い終わるのを待たず、ウェスタとグラネイトが同時に発する。
「「体が!?」」
少し空け、答える。
「……斬られた傷のせいかどうか分からないけれど、すぐには戻らないみたいなの」
打ち明けるのは怖かった。特に、ウェスタの存在は恐ろしかった。彼女の憎しみが私に向くのではなどと考えてしまって。
ウェスタは物分かりのいい人。だから、理不尽に憎しみを向けてきたりなんかはしない。
そう信じている。
けれど、信じていても、不安があることに変わりはない。
「……生きては、いるの」
やがて口を開いたのはウェスタ。
「え」
「兄さんは生きている。それは事実なんだね」
確認に、私は強く頷いた。
するとウェスタの表情がほんの僅かに柔らかくなる。
「……なら、良かった」
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