コメディ・ライト小説(新)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.77 )
- 日時: 2019/08/26 19:50
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3edphfcO)
episode.74 気づけば私は
「そうね……私は、リョウカに話を聞いたりしたわ」
リョウカのこれまでの人生について、である。
「お話を?」
軽く首を傾げつつ言うリゴール。
「そうなの。生まれ育ってきた時のこととかを聞いたの」
「なるほど。それは少し気になります」
「良かったら話すわ」
私がそう言うと、リゴールは目を大きく開き驚いたような顔をする。硝子玉のように美しい青の瞳は、微かに揺れていた。
「良いの、ですか……?」
「隠す気はないって言ってたわよ」
「なんと。そうなのですか。では……」
それから私は、リゴールに、リョウカから聞いた彼女の人生の話をした。
ここより遥か東にある小さな島国で生まれたこと。幼い頃から気が強く、男の子の中に入って遊び回っていたこと。そして、剣——その島国では刀というらしいが、それを十歳にも満たないうちに手に取ったこと。
どれも、私からすれば想像できないことだ。
私は、もし周囲に同年代の男の子がいたとしても、そこに入って遊ぶことはしなかっただろう。
それに、十歳になるより早く武器を取るなんてことも、考えられない。
……いや。
武器を取る、ということ自体、普通は起こり得ないことだ。
私も今でこそ少しは武器を握ることもあるが、それはリゴールと出会ったから。もしその出会いがなかったとしたら、私は今でも、武器を握ることはなかっただろう。
「そこまで幼い者が武器を取る世界とは……きっとなかなか凄まじい世なのでしょうね」
私の話を聞いたリゴールは、静かにそう言った。
妙に深刻な顔をしている。
こちらとしては、深刻な感じで話したつもりはないのだが。
「地上界にも、穏やかなところとそうでないところがあるのですね」
「かもしれないわね」
私たちは、それからもしばらく、色々なことを話した。そして、話し足りたと感じた後、別れた。
◆
その晩、気づけば私は、またあの場所にいた。
——そう、前にも夢にみた白い石畳の場所である。
前の時は気づかなかった。ここが夢の中だなんて。
けれど、今回は気づいた。
なぜなら、リゴールの姿が見えたから。そして、そのリゴールが、私の知らない人と話していたから。
深刻な顔のリゴールに向かうのは、縦向けた槍を勇ましく握る男性。読み物に出てくる騎士のような出で立ちで、ある程度年をとっていそうな容姿だ。見た感じ、四十代後半くらいだろうか。
そんな二人を、私は白いアーチの陰から見つめている。
「王妃様……賊の……により……して」
「そう、ですか……」
今の私の行動。
完全に覗き見である。
「申し訳ございません!」
騎士のような出で立ちの男性は、リゴールに向かって頭を下げる。他の文章は半分ほどしか聞こえなかったが、今の謝罪だけはすべてはっきりと聞こえた。
「……下さい。貴方に罪は……どうか……さい」
男性の謝罪に、リゴールは何やら返していた。
もっとも、きちんとは聞き取れなかったけれど。
——刹那。
彼ら二人が立っている近くの空間が、ぐにゃり、と、ほんの僅かに歪んだ。
気づいた直後は自分が目眩でも起こしたのかと思った。しかし、数秒経っても歪みが消えることはなく。本格的に「目眩ではない」と感じてきた頃、その歪みから『何か』が現れた。
リゴールといた男性は、その『何か』の出現に素早く気づく。そして、叫ぶ。
「お下がり下さい! リゴール王子!」
先ほどの謝罪の時といい、今といい、男性の声がきちんと私の耳まで届くのは、叫んだ時のみである。
男性は一歩前へ。
リゴールはその背後につく。
「んふふ……」
空間の歪みから生まれた『何か』は、人の形をしたもの——女性だった。
真っ直ぐ伸びる唐紅の髪は肩まで。また、前髪の一部、一房だけは黒。明けない夜のように、深く、沈み込みそうな漆黒。また、目鼻立ちははっきりとしていて、赤く染めた薄い唇が女性らしさを漂わせている。そして、肉付きのいい体もまた、彼女の女性としての魅力を高めているように感じられた。
登場の仕方はかなり怪しい。
が、街を歩けば男たちが振り返りそうな色気——それは、尊敬に値すると言っても過言ではないような、見事なものである。
少なくとも、私には到底真似できそうにない。
「部下の出来が悪いから、自ら来ちゃったわ……うふふ……」
発言が怪しい。
上手く言葉にできないが、とにかく怪しい。
だが、わりと声が大きいのか、彼女の声は私の耳まできちんと届いてくる。
もっとも、すべて聞こえたところで嬉しくなどないけれど。
「何者!」
騎士のような出で立ちの男性は、リゴールを庇うように立ちながら、槍の先を女性へ向ける。
「んふふ……ヒ・ミ・ツ……」
女性は、ぴんと立てた人差し指を唇にそっと添え、わざとらしく色気のある笑い方をする。それから、少し空けて、赤い唇を何やら動かす。するとその数秒後、彼女の手元に一本の鎌が現れた。
「さぁ、その王子を渡してもらおうかしら……?」
「断る!」
きっぱり断ったのは、槍を構える騎士のような身形の男性。
「あらそう……なら仕方ないわね」
——次の瞬間。
女性は長さのある柄の鎌で、男性に襲いかかった。
だが、そう易々とやられる男性ではない。女性の鎌を、槍の柄でしっかりと受け止めていたのだ。
今の女性の攻撃速度に反応できるとは、男性もなかなかの手練れである。
だが、それで終わりではなかった。
女性は、目にも留まらぬ速さで鎌を回転させながら男性から一瞬離れ、そこからもう一度、鎌を大きく振る。
槍を乱雑に振り、鎌の先を弾く男性。
——しかし。
直後、男性の脇腹に鎌が直撃した。
「ぐ、はっ……」
弾かれはしたものの、女性は諦めていなかったのだ。素早く体勢を立て直し、さらに鎌を振ったのだろう。そして、それが命中した。
男性は紅の花を咲かせ、地面に倒れ込む。その様を間近で見ていたリゴールは、愕然としている。
「んふふ……おし、まい」
倒れた男性から体を震わせるリゴールへと、女性は視線を移す。
「さ、次はそっち……安心なさいな、苦しませたりしないから……」
「来ないで下さい!」
「んふふ……残念ながらそれは無理なの」
禍々しい鎌を握ったまま、女性はゆっくりとリゴールへ歩み寄る。二人の距離はみるみる縮まり、あっという間に、数メートルほどしか離れていないという状況になってしまう。
「こっ、来ないで下さい!」
「いいえ。死はすべての者に平等に訪れるもの」
「何を言い出すのです……!」
「安心なさいな、死は唯一の救済よ」
不気味な笑みを浮かべながら女性が述べる言葉。そこには妙な説得力があり、普通真理とはほど遠いと思うようなことを真理であると感じさせる、そんな不思議な魔力があった。
「んふふ……」
女性が鎌を振り上げた——刹那、リゴールは駆け出した。
つまり、逃げたのである。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.78 )
- 日時: 2019/08/26 19:51
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3edphfcO)
episode.75 休息の日
「はっ……」
鎌を持った女性の前からリゴールが走り去った、次の瞬間、気づけば私はベッドの上にいた。
エトーリアの屋敷の中の、自室だ。
そこそこ硬い枕から頭を浮かせ、上半身を起こす。
腕や体に触れる敷き布団や掛け布団は柔らかく、妙な夢のせいで強張った心を優しくほぐしてくれた。
「……夢、か」
いつの間にかあの場所にいた時、私は、そこが夢の中であると気づいた。にもかかわらず、時が経つにつれ、そのことを忘れてしまっていた。それは多分、眺めていたのが恐ろしいものだったからだろう。
もう一度寝よう。
そう思い、すぐに再び横になる。
——だが、しばらくじっとしていても眠れなくて。
これはしばらく眠れそうにない、と悟った私は、一回大きく背伸びをしてベッドから起き上がった。
結局、再度眠れないまま朝を迎えてしまう。
「おはようございます、エアリお嬢様。良い朝を迎えられま……お嬢様ッ!?」
朝、様子を見に部屋へ訪ねてきてくれたバッサは、がっつり寝不足の私を目にして、かなり驚いた顔になる。
「おはよー……」
あの後も、一時間か二時間に一度くらいはベッドに横たわってみたのだが、結局、まったく寝られなかった。
寝ようとしても寝られないのに、元気というわけでもない。
そこが厄介なところだ。
「一体何があったのですか!! エアリお嬢様!?」
「二回目寝られなくて……」
「えぇっ!?」
それから、私は、バッサに事情を説明した。
不気味かつ恐ろしい夢をみたこと。そして、目を覚ましたはいいものの、寝られなくなってしまったということを。
「なるほど。つまり、寝不足ということですね」
「そうなの……」
眉間には鈍痛。
視界は霞み、平衡感覚がおかしい。
なのにかなり覚醒してしまっていて、体を横にした程度では眠れそうにない。
「では、もうしばらく横になっていられてはいかがでしょう?」
「え」
「皆様には、こちらから事情を説明しておきますので」
バッサはにっこり笑って、優しい言葉をかけてくれた。
「え、そんな……構わないの?」
目を擦りながら問う。
するとバッサは、笑顔のまま、迷いなく答えてくれる。
「はい。お任せ下さい」
「ありがとう」
「いいえ。それでは、また、食事をお持ちしますからね」
「助かるわ」
バッサが部屋から出ていった後、私は再びベッドへ戻る。掛け布団を捲り、体を横たえてから、乱れていてもなお柔らかな掛け布団を体に被せた。
天井を見上げ、ぼんやりと思う。
あぁ、やはりまだ眠れそうにない——。
「エアリ!」
「ん……」
「大丈夫ですか!?」
何やら騒がしく、意識が戻った。
どうやら私は、眠ることができていたようだ。意識が戻った、という感覚があるのが、その証拠と言えるだろう。
まだ重い瞼をゆっくりと開けると、リゴールのものと思われる鮮やかな黄色の髪が視界に入った。
「リゴール……」
視界に入った彼の名を、小さく発する。
すると、視界の中にある彼の表情が柔らかくなった。
「エアリ! 良かった……!」
リゴールはそう言って、まだあどけなさの残る顔に、安堵の色を滲ませる。
「え?」
戸惑う私に、彼は自ら事情を説明し始める。
「眠れないと伺っていたにもかかわらず、訪ねてみれば眠っていらっしゃったので……もしかして気絶では、と思い、少々取り乱してしまいました」
リゴールは、肩をすくめ、申し訳なさそうな顔をしていた。
自己主張が激しくなさそうなところは好感を持てる。が、個人的には、ここまで申し訳なさそうな顔をしてほしいとは思わない。
「そういうことだったのね……」
「驚かせてしまい、申し訳ありません」
「気にしないでちょうだい」
いきなり名を呼ばれたことに驚いたのは事実だが、だからといって謝罪を求めようとは思わない。心配しただけのリゴールに罪はないのだから。
「そういえば。今日の訓練は中止だそうですよ」
「えっ。そうなの!?」
リゴールからの情報に、私は思わず驚きの声をあげてしまう。
私は、リョウカはそう易々と訓練中止を認めるような人間ではないと、そう思っていた。それゆえ、寝不足程度で訓練を休ませてもらえる可能性など、考えてもみなかった。大怪我でも重病でもないにもかかわらず訓練をなしにしてもらえるとは、かなり驚きだ。
「リョウカといいましたか……あの女性の方が、中止と言っておられましたよ」
優しく微笑むリゴールに向けて、私は言い放つ。
「このくらいで休ませてもらえるなんて、驚きだわ」
するとリゴールは、首を軽く傾げながら尋ねてくる。
「そんなにも厳しいのですか?」
「えぇ。結構厳しいわ」
まぁ、私が弛んでいるだけなのかもしれないけれど……。
戦いを得意とする者というのは、皆、日々苦労しながら生きている。苦しいことを乗り越え、己に厳しく接してこそ、強さを手に入れられる——そういう仕組みなのだろう。
リョウカもそちら側の人間。
山にも谷にも負けず挫けず鍛えてきたからこそ、あれだけの強さを手にできているのだ。
「ああいう経験は初めてだから、不思議な感じがするわ」
直後、リゴールの表情が微かに曇った。
「エアリはわたくしのせいで大変な思いを……」
「待って、リゴール。貴方のせいじゃないわ。訓練は私が望んだことだもの」
剣の腕を少しでも磨きたいと思ったのは、他の誰でもない、私自身だ。だから、リゴールには責任を感じてほしくない。
だが、思いのすべてをきちんと伝えるのは至難の業で。
結局伝えきることはできず、リゴールには暗い顔をさせてしまった。
「いえ。わたくしにも責任があります」
「そんなことはないわ、リゴール」
「いえ、あるのです。出会ってしまったことは仕方ないにしても、貴女から離れるタイミングは何度もありました」
それはそうかもしれない。
でも、どうか、そんなことを言わないでほしい。
「けれどわたくしは、思いきれず、貴女に甘える道ばかりを選んできてしまいました。それは……わたくしの罪です」
リゴールと出会ったことで受けた被害はある。けれど、彼といることで得た幸福だって、たくさんある。
だから私は、彼と共に過ごした日々を後悔なんてしていない。
分かってほしいのだ、それを。
「ちょっと待って。リゴールは、どうしてそんな風にばかり言うの。私は貴方を責めてはいないわ。それなのになぜ、貴方は自分を責め続けるの」
彼のことは嫌いじゃない。
けれど、すべてを理解できるかと問われれば、頷けないかもしれない。
「そんな無意味なことをする意味が分からないわ。どうして——」
言いかけた、その時。
私もリゴールも触れていないはずの扉が、軋むような高い音を鳴らしながら、ゆっくりと開いた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.79 )
- 日時: 2019/08/27 03:14
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AQILp0xC)
episode.76 賊
唐突に開く扉。
そこから現れたのは、見知らぬ男だった。
「おぅおぅ、邪魔するぜぇー」
現れた男は、服の上から銀色の鎖を全身に巻き付けるという、非常に個性的な格好。鍛えられた筋肉に鎖が食い込む様は、独特の雰囲気を漂わせている。
「何者ですか」
ベッド付近にしゃがみ込んでいたリゴールは、速やかに立ち上がると、冷たい声色で放つ。その時、彼の瞳は、鎖の男を容赦なく睨みつけていた。
だが、睨まれた程度で怯みはしな——いや、むしろ嬉しげだ。
睨まれて嬉しいのか?
そこは私には理解し難い。
が、この正体不明の男は、リゴールが睨みつけた程度で逃げ出す弱い相手ではないようだ。
「おぅ、いいねー。良い睨みだぜぇー」
男はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべている。しかし、リゴールは動じない。彼は、男へ真剣な眼差しを向けたまま、様子を窺っている。
「……ブラックスターの手の者ということはなさそうですね」
リゴールは男から視線を外さぬまま、片手を自身の上衣の中へ突っ込み、魔法を使う時によく持っている小さな本を取り出す。戦闘に備えているのかもしれない。
「あぁ? ブラなんちゃらなーんて、知らねぇよ」
「無関係な者が……なぜここに」
「おぅおぅ、何か言ってやがるな。だが、ちっさいことはどーでもいいんだぜぇー」
鎖の男は、片方の握り拳を、意味もなく前へ突き出す。誰かを殴るわけでもなく、一見くだらない動作のように感じられる動作だ。だが、その動作によって、大きなことに気がついた。そう、拳に棘のようなものが生えた武器を装着していたのである。
見慣れない武器だが、明らかに危険そうな物だ。
もし男のパンチを食らったならば、打撃以上のダメージが発生しそうである。
「何しに来たのですか!」
リゴールは調子を強める。
しかし、鎖の男は、不気味にニタニタ笑ったまま。
「俺はなぁ、ここからちょっくら離れた山で賊やってたんだ。そしたら、ある人に頼まれたんだぜぇー。黄色い頭の男の子を連れてきてくれーってな」
男は軽やかな口調で話す。
「それから俺らは調査を重ねてだなー、最終的にこの屋敷にたどり着いたってわけだ」
鎖の男自身はブラックスターの手の者ではない。が、彼に今回の件を依頼した者は、ブラックスターの人間なのだろう。
無論私の想像に過ぎないが。
ただ、その可能性が低くないということは、誰の目にも明らかなはずだ。
「俺とてホントは自ら殴り込んでいくなんて下品な真似はしたくねぇが……良い報酬があるから仕方ねぇ!」
言い終わるや否や、鎖の男はリゴールに突進する。
「……参ります」
リゴールは小さく呟き、次の瞬間には、体の前に黄金の膜を作り出した。突進してきていた男の体は、その膜に激突する。
「かぶぅえ!?」
「遠慮はしません」
開かれた本から溢れ出す光。
それは非常に神々しく、この世の穢れをすべて払い落としてしまいそうな光。
リゴールはそれらを宙で集結させ、大きくなった光の球を、男に向かって投げつける。
「ぶぉうるッ!?」
光の球を顔面に受けた男は、悲鳴のような雰囲気をまとった叫びを発した。光球に激突されたせいで、四角い顔の顎の部分が歪んでしまっている。
「無益な争いは止めましょう」
床にしゃがみ込み、ヒゲで黒ずんだ顎をさすっている男に対し、リゴールは静かに提案した。
だが、男は何も答えない。
体に巻き付く銀色の鎖を触りながら、俯き黙っている。
鎖の男は口数は少ない方ではない。それは、彼の今までの振る舞いを見ていれば容易く分かることだ。
それだけに、今の男の様子は不思議で仕方がない。
直前までよく喋っていた者が急に黙るなんて、明らかに不自然である。
だから、私は口を開くことに決めた。
「気をつけて、リゴール。あやしいわ」
リゴールは鎖の男から目を離さないまま、返してくる。
「不審な動きがありましたか?」
視線は敵だけに向け続けているリゴールだが、私の声もきちんと聞いてくれているようで、何だかとても嬉しかった。
「口数が減っているのがあやしいのよ」
「……それもそうですね」
納得してくれたようだ。
その後、リゴールは男に向かって問いを放つ。
「貴方、去る気はないのですか?」
「…………」
「無視とはどういうことです! 不躾にもほどがありますよ!」
リゴールが攻撃的に言い放った——瞬間。
男は突如立ち上がり、棘のついた拳を振りかぶる。
放たれる、打撃。
リゴールは体の前に防御膜を張り、それを咄嗟に防ぐ。
「おぅりゃぁ!」
だが、黄金の防御膜は一瞬にして砕け散る。
それだけ、男の拳が強力だったということなのだろう。
「……なっ」
リゴールの口から引きつったような短い声が漏れる。
——直後、男の二発目の拳がリゴールに向けて放たれた。
私はベッドを出て、枕元に置いているペンダントを握る。なぜなら、リゴール一人ではまずいかもしれないと思えてきたから。
まだ決定事項ではないが、私も協力した方が良い状況になるかもしれない。
「くっ……」
二発目の打撃、リゴールは何とか防いでいた。
ただ、いつものように黄金の膜を張って防いでいたのではなく、腕での防御だった。彼らしくない。
「去っては下さらないようですね……」
「そりゃそーだぜぇー!! せっかく獲物を発見したのによぉ! それを逃がすなんざ、ただの馬鹿だろ!」
男は即座に握っていた手を開き、リゴールの右手首を掴む。そして、掴んだ手首を強くひねり上げる。痛みに顔をしかめるリゴール。
「ちょっと! リゴールを離して!」
「おおーぅおぅ、何だぁ?」
手の内にあるペンダントへ祈りを注ぐ。
私に力を、と。
するとペンダントは、速やかに、一振りの剣へと形を変えた。私はそれを構え、男を睨みつける。
「彼を離してちょうだい!」
「残念だがなぁ、それは無理なんだぜぇー」
そう言われるだろうとは思っていた。むしろ、この状況ですんなり解放してもらえた方が、不自然で気味が悪い。裏がありそう、と、不安を抱いてしまいそうになる。だから、断られる方がまだ良かったのかもしれない。
「……まぁ、そうよね。離せと言って離すなら、とっくに離しているわよね」
「そりゃそうだぜぇー! 分かってるじゃねーかよ」
そう、分かっている。最初から分かっていた。こんな乱暴な行いをした男が少し何か言ったくらいで悪事を止めるわけがない。
それでも、もし言葉で説得できたらと。
そんな淡い幻想を抱いた私が間違っていた。
「んじゃ、これでな。俺はもう失礼するからよ」
男からすれば、リゴールを捕らえることさえできればそれでいいのだろう。
——でも、私からすれば、全然良くない。
「させないわ!」
剣を手に、男へ接近する。
もはや迷いはない。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.80 )
- 日時: 2019/08/28 08:41
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: jX/c7tjl)
episode.77 鎖とウシガエル
剣の柄を握る手に力を込める。
そうして大きく振りかぶり、勢いよく剣を振りきった。
だが、男は素早く反応し、大きな筋肉のついた片腕で剣の先を防いだ。
片手はリゴールを捕らえた状態のまま、もう一方の腕で攻撃を防ぐなんてことができるなんて、かなり驚きだ。
「おぅおぅ、若々しいなぁ」
「……やるわね」
「やるわね、だと? 馬っ鹿じゃねぇか!? 小娘が俺に敵うわけねぇだろ!」
それもそうか。
あっさり勝てる、なんてこと、あるわけがない。
世の中、そんなに都合よくできてはいない。
「……そうね」
「おぅ? 妙に物分かりがいいじゃねーかー」
「でも、リゴールを連れていかせるわけにはいかないわ!」
私はさらに剣を振る。
しかし、なかなか上手く命中しない。
ブラックスターのグラネイトなんかが使役していた小型生物が相手なら、滅茶苦茶振っていてもそれなりに倒せたのだが。
鎖の男はこの世の人間。
だが、それでも強い。
実はブラックスターの人間なのではないかと思ってしまうほどに、軽やかな動きをする。
「……っ!」
繰り出された男の拳が、剣の刃部分に命中する。
剣は私の手をすり抜け、飛んでいってしまった。
「おぅおぅ! これで武器なしだぜぇー!」
「そんな……」
剣がなくては戦えない。けれど、遠くへ飛んでいってしまった剣を取りに行く時間はない。そんなことをするのは愚か。ただ隙を作るだけの行為だ。ただ、剣がなくては何もできないということも、また事実なのだけれど。
「逃げて下さい、エアリ!」
手首を掴まれているリゴールが叫ぶ。
「できないわ! そんなこと!」
私はそう返した。
そんなやり取りをする私たちを、男は嘲笑う。
「おぅおぅ、馬鹿じゃねぇか? いいぜ。ついでに一緒に連れていってや……うぐぅ!?」
男は突如、唇を尖らせ、唾液を吹き出す。
その瞬間は何が起きたのか分からなかった。が、数秒経って、リゴールが男の脛に蹴りを入れたのだと分かった。
「うぐ……」
「エアリに手を出させはしません!」
鋭い言い方をされた男は、苛立ったらしく眉間に多くのしわを寄せ、だみ声で叫ぶ。
「この雑魚がぁ!」
下顎を豪快に下げ、手が入りそうなほど大きく口を開き、透明感のない声で怒鳴る男。彼にはもはや、品の欠片もない。
「わたくしのことは何とでも言って構いません。しかし、エアリに対し乱暴な手を行使することは許せません」
至近距離から威圧的に怒鳴られても、リゴールは平静を保っている。落ち着いた調子で物を言えるくらい冷静だ。
そんなリゴールの頬を、男は躊躇なく殴った。
「テメェの許しなんぞ要らん!」
「っ……」
殴られたリゴールは、面に戸惑いの色を浮かべている。
即座に今の状況を理解するというのは、彼には難しかったようだ。
——その時。
扉が開き、一人の男が駆け込んできた。
入ってきたのは、ウシガエルのような顔をした男だ。鎖の男の頭部を四角形と表現するならば、今現れた男の頭部は楕円形。皮膚にはでこぼこが多く、美しいとは言えないが、くりっと丸い目はどことなく愛嬌がある。
「頭! ヤバいど!」
可愛いのは目もとだけではなかった。声もかなり可愛らしい。高く、女の子のような雰囲気がある声だ。
「何だ! どうした!」
「途中まで上手くいってたど! けど、ヤバいやつが現れて、皆どんどんやられていってるんど!」
ウシガエル顔の男は、長くない手足をパタパタ動かしながら発する。
「何だそれは!」
「早く引き揚げた方がいいど!」
「そういうことなら……やれ」
ウシガエル顔の男は、鎖の男の命に、こくりと頷く。
刹那。
「えっ……」
背後に、人の気配。
うなじに何かが当たる。
「あ……」
一瞬のことだったから、何が起きたのか分からなかった。
何? 一体何が起きたの?
そんなことを考えていると、みるみるうちに視界が狭まってきた。
世界が遠ざかってゆくような感覚。
——そして、意識は途切れた。
◆
見える。薄暗い世界が。
ここは夢? それとも現実?
それすら分からぬまま、灰色に染まった世界を見つめる。
若葉色の大地は、朱の炎が包んでいる。炎は、まるで生き物であるかのように不気味にうねり、すべてを塵に還す。そして、そこから昇るのは煙。嵐の前の雨雲のごとき邪悪な色をした、煙だ。信じられないくらい勢いがあり、一秒経過するごとに、大きく大きく広がってゆく。
「これは一体……」
見下ろすのは、悪夢のような光景。
夢なら醒めて、と、願わずにはいられない。
炎に襲われておらずとも、命の危機に瀕してはおらずとも、このような時が続くことには耐えられない。自らへの実害は皆無であれども、見つめ続ける、ただそれだけで心が痛く。こんな光景を目にし続けていては、どうにかなってしまいそう。
この前の夢といい、今の妙な現象といい、最近の私は見たくないものばかり見てしまう。
単なる不運と言ってしまえばそれまで。
けれど、本当にそうだろうか。
もちろん過去にも悪い夢をみることはあった。恐ろしい夢、君が悪い夢、そういったものを一度もみたことがないというわけではない。
しかし、こうも連続すると、不自然さを感じずにはいられないというものだ。
「ここはどこなの……? これは一体何なの……?」
何もかも、よく分からない。
なぜこんな光景を目にしているのかさえ、分からない。
どうか私を、ここから連れ出して——。
◆
……。
…………。
はっ、と、目が覚める。
瞼を開けると、一面黒い天井のようなものが視界に入った。いや、正しくは、視界を埋め尽くしていた、かもしれない。とにかく、黒いものだけが見えていたのだ。
取り敢えず起き上がろうとして——それから気づく。
両手首が拘束されていることに。
指を動かしてみていると、ひんやりしたものが指先に触れた。無機質な感覚に、「あぁ、やはり拘束されているんだな」と、改めて思う。
腕を使えず苦労しつつも、上半身を起こす。すると、足も鎖で拘束されていることが分かった。
「何よこれ……まるで罪人じゃない」
辺りを見回すうちに、私は、誰もいない部屋に放り込まれているのだと知った。
しかも、壁四面のうち一面だけは格子になっている。それが、牢らしさを益々高めているように感じられた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.81 )
- 日時: 2019/08/29 00:43
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: vKymDq2V)
episode.78 人の気配のないところ
天井は暗く、人の気配はない。そんな空間の中で目を覚ました私は、おかれている状況に戸惑いつつも、冷静さを失わないように心掛ける。取り乱したところで良いことなどないと思うからだ。
とはいえ、不安が少しもないというわけではない。
私だって普通の女だ。慣れない場所へ連れてこられてしまったら、不安になるし恐怖心を抱いてしまうこともある。
もし可能であるならば、誰かに今の状況を説明してもらいたい。
だが、周囲に人がいる様子はないため、すぐに状況説明をしてもらえるということはなさそうだ。
なので私は、ひとまず、その場で待つことにした。
待っていればいつかは誰か来るだろう、と、そう考えて。
「目が覚めたみたいだねー」
待つことしばらく。
格子の向こう側に、一人の少年が現れた。
「……貴方は、トラン?」
「ふふふ。覚えていてくれたんだねー」
そう、少年はトランだった。
以前デスタンを誘拐し、彼を操ってリゴールを傷つけさせた、卑怯極まりない男の子である。
それだけに、良いイメージはない。
「ここは一体どこなの」
意識を取り戻してから、どのくらいの時間が経過しただろう。部屋に時計はないので、きちんとした時間を知ることはできない。が、恐らく、一時間ほどが経過しただろうか。
「ここがどこかって? ふふふ。ここは、ナイトメシア城の近くの牢屋だよー」
トランは笑顔で答えてくれた。
しかし、どうも怪しいとしか思えない。
無論、牢屋という言葉自体は嘘ではなさそうである。私もそうなのだろうと思っていたし、ここは、誰が見ても牢と分かるような場所だ。
それでも彼の言葉を怪しいと感じてしまうのは、多分、彼自身に妙な怪しさがあるからなのだろうと思う。
「私を捕まえたりなんかして、どうするつもり?」
トランを見上げ、睨んでやる。
こんなことをしていては、ちっとも可愛くない女かもしれない。が、今はそんなことは気にしない。
「いやー、ボクとしては君も捕まえる気はなかったんだけどなぁ」
「……そうなの?」
「うん! だって、ボクの狙いはホワイトスターの王子だからねー」
その言葉を耳にした瞬間、リゴールのことを思い出した。
「リゴールも捉えられているの!?」
思わず大きな声を発してしまう。
しかし、トランはそういったことには微塵も関心がないらしく、そこについては特に何も言ってこなかった。
大声を発してしまったことに触れられずに済み、私は、少しばかり安堵した。
「そうだよー。作戦大成功」
「リゴールに酷いことをしたりはしていないでしょうね……?」
「もっちろん。ふふふ。まだこれからだよ」
これから、という言い方が妙に気になってしまう。が、一応、現時点では無事ということなのだろう。あくまで「現時点では」であるが。
「私も仕留めるつもり?」
「……うーん、それはまだ分からないなぁ」
問いに対して、曖昧な言葉を返すトラン。
「地上界の仕事屋に頼んだんだけどさぁ……君まで差し出してこられるとは思わなかったんだよねー」
あくまで王子だけを誘拐するつもりだったと。
私——エアリ・フィールドにまで手を出す気はなかったと。
彼はそう言いたいのだろうか。
「目的のために無関係な人たちを使うなんて、貴方、随分自分勝手ね」
「ん? 何それー」
首を傾げるトラン。
「報酬はちゃんと出したし、自分勝手なんかじゃないよ。正式な依頼だよー」
トランは、そう続け、さらに何か言おうと息を吸う。
が、それを遮るように。
「トラン!」
誰かが駆け込んできた。
見知らぬ男性である。
「ん? なにー?」
「その娘を連れてくるように、と、王妃様が!」
「ふーん。分かった分かった」
唐突に駆け込んできた見知らぬ男性は、トランの返事を聞き、進行方向を変える。速やかに去っていった。ただ伝えにきただけだったようだ。
トランは羽織っている上着のポケットへ面倒臭そうに手を突っ込み、錆びついた鍵の束を取り出す。
「君は即処刑ではないみたいだね。良かったね」
そんなことを言いながら、トランは鍵を鍵穴へと差し込む。そして、格子状の入り口部分を開けた。
「王妃様のところまで、ご案内ー」
「……何なの」
「何なの、だって? ふふふ。君、なかなかユニークなことを言うねー」
トランはゆったりとした足取りで近づいてきて、一メートルも離れていないくらいの場所へ座り込む。それから、鍵束のうちの一本を、私の足首の枷にある鍵穴へ突っ込む。足が自由になる。
「さぁ、立って」
トランは私へ手を差し出してくる。
だが、その手を取ることはできない。なぜなら、両手が拘束されているから。
「……できないわ」
「へぇ。敵地だというのに、そんな強気に断るんだ?」
「いいえ。手も拘束されているから、その手を取ることはできないの」
するとトランは、ぷっ、と吹き出す。
「なるほど、そういうことだったんだねー」
その後、私は、トランに付き添われながら移動した。
目的地はナイトメシア城内にある王妃の間らしい。
リゴールをあそこまで容赦なく襲い続けたブラックスターの王妃とは、一体どのような者なのだろう? 恐ろしい、悪魔のような人だろうか?
移動中、私は一人、色々考えていた。
ただ、リゴールのことも心配だが、それについてはあまり考えないよう心がけている。考えてもどうしようもない、と、自分に言い聞かせて。
「着いたよー」
「もう!?」
「うんうん、到着ー」
王妃の間の前へは、意外と早く到着した。
「ここに……ブラックスターの王妃が?」
「うん。王妃様がいらっしゃるよ」
王妃ともあろう人の部屋の入り口なら、さぞ固く閉ざされているのだろう。
私はそんな風に考えていた。
だが、それは違った。
王妃の間、その入り口は、半透明の黒い布が垂れ下がっているだけ。
こんな無防備で良いのか、と疑問を抱いてしまうような入り口だ。
そんな入り口の前で、トランは叫ぶ。
「王妃様ー! お連れしましたー!」
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42