コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.7 )
- 日時: 2019/06/27 17:41
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: nWfEVdwx)
episode.6 湖の畔で
湖の畔。
私はリゴールと、ベンチに腰掛けて言葉を交わす。
「ねぇ、リゴール。そのホワイトスターってところ、どんな世界なの?」
「ホワイトスターですか?」
「もし良かったら、聞かせてくれない?」
私がそう言うと、彼は数秒空けてからこくりと頷いた。
「ホワイトスターはですね、魔法の園とも呼ばれていまして。遠い昔、魔法を使うことができた一族が移り住んだことが始まりだと言われています」
リゴールはベンチに浅く腰掛けたまま、高い空を見上げている。一つの雲もない、澄んだ空を。
「何だかファンタジーね」
「そうですか?」
「えぇ、不思議な感じよ。でも……」
小さい頃は、いつか見たことのない世界へ行くことに憧れていた。人並みに夢をみたことだってある。
でも、年をとるにつれて、そんな思いは消えて。
まだ幼かった頃にみていた夢なんて、すっかり忘れてしまっていた。断片すら、頭から消えていた。
だが、リゴールの話を聞いていたら、昔の記憶が蘇ってきて。
「私もいつか行ってみたいわ」
今はまだ知らない場所。
見たことのない世界。
そんなところへ出掛けるという、もうとっくに失われてしまっていた夢。彼といると、それを、ほんの少し取り戻せたような気がする。
「ところで、リゴールは王子なの?」
ぱたりと話を変える。
急に話を変えるのは問題かもしれない、と、思わないことはないのだが。無関係な話ではないからいいだろう、と考えた結果の行動である。
「えっ!?」
嘘がばれた子どものように顔を強張らせ、肩を上下させるリゴール。
「な、ななななななぜ!?」
リゴールは大慌てで後退り、近くの木に隠れる。
その様はまるで、肉食動物に見つからないように潜む草食動物のよう。
「え……」
「い、いいいいいつそのようなことをっ!?」
木の幹の陰に隠れながら、リゴールは言う。
口調から察するに、慌てるあまり混乱しているようだ。
「わたくし、そのようなことを申し上げましたか!? い、いつ!? 記憶がない! どこでです!?」
まさかこんなに大慌てになるとは。
「待って。落ち着いて、リゴール」
「し、ししししかしっ……!」
「貴方が言ったわけじゃないから、落ち着いて」
するとリゴールは、きょとんとした顔をして、「え、あ……」などと漏らしていた。それに加えて、ふぅと息を吐き出している。恐らく、安堵の溜め息なのだろう。ようやく落ち着きを取り戻してきたようである。
「しかし……ではなぜ?」
「あの襲ってきた人が、リゴールのことを王子と呼んでいたからよ」
それを聞いたリゴールは、「な、なるほど……」と言いつつ地面にへたり込んだ。
大慌てした疲れに襲われているものと思われる。
「リゴールは王子様なの?」
湖の畔は静かだ。今は私とリゴールしかいないし、そもそも、普段だってここには誰も来ないのだ。だから、ここは、こういった個人的な話をするのにもってこいの場所だと思う。
「……はい」
私の問いに、リゴールは小さく答えた。
「ホワイトスターの王子様?」
「……仰る通りです」
彼は地面にへたり込んだまま、顔を少し下げている。
もしかしたら、王子であるということは明かしたくなかったのかもしれない。
「信じられない……。誰も知らない世界の王子様に、あんな森で出会うなんて……」
とても現実とは思えない。
出会った直後と先ほどの敵襲。それらがなければ、私は多分、彼の話を現実だと受け入れられなかっただろう。
「隠していて、申し訳ありませんでした。わたくしは……エアリを騙すようなことを」
リゴールは妙に落ち込んでいた。
誠実な彼のことだ、真実を伝えていなかった自分を責めているのだろう。
だからこそ、私は明るく言う。
「謝らないで! 凄いことじゃない!」
ベンチから立ち上がり、いつもより明るい声で。
「どこかの王子様に会ったのなんて、私、初めてよ!」
声は若干作っている。意識的に明るいものにしている。
が、発する言葉自体に偽りはないから問題はないはずだ。
「そうだ! リゴールがホワイトスターの王子様なのなら、貴方に頼めばホワイトスターへ行かせてくれる?」
私の言葉に、リゴールは気まずそうな顔つきになる。
「あ……その」
「ごめんなさい! 無理ならいいのよ!?」
「えっと……」
「忙しいものね。いきなりなんて無理よね。また余裕がある時でいいわ」
強制感が出てしまっていたかもしれない、と反省する。
しかし、リゴールが言いたいのはそこではなかったようで。
「その……お招きしたいやまやまなのですが、実は、お招きできない理由がありまして」
リゴールの声は弱々しかった。
ただ、弱々しいのは声だけではなくて。青い瞳にも、何となく力がない。切ない気持ちになっているかのような、暗い目だ。
「そうなの?」
「はい。と言いますのも、ホワイトスターはもう……存在しないのです」
ホワイトスターは、もう存在しない?
私は暫し、彼の言葉を理解できなかった。
彼の故郷であるホワイトスターは、既に亡きものとなっているということなのだろう。だがしかし、それなら、彼はこれからどうやって生きていくのだろうか。
「リゴールの故郷は、もうないの? ……でも、だとしたら、これからはどうするの?」
疑問がたくさん湧いてきた。
だが、リゴールを混乱させてはいけない。
それゆえ、すべてを問うわけにはいかない。
だから、問いは二つだけにした。
「ホワイトスターは滅びました。……これからは、よく分かりません。ただ、この世界へ来てしまった以上は、この世界で暮らすしかないでしょうね」
私の放った問いに、リゴールは静かにそう答えた。
「じゃあ、私の家で暮らすというのはどう?」
暗い顔のリゴールに、私は提案する。
「エアリ……」
「私の家、わりと広いもの! 空室ならあるわ!」
すると彼は、苦笑しながら首を左右に振った。
「……ありがとうございます、エアリ。しかし、そこまでお世話になるわけには参りません」
おかしなところで遠慮するんだから。
内心、そんな風に思った。
「どうしてよ?」
「わたくしには返すものがありませんから。それに、いつまた迷惑をかけてしまうかも分かりませんし……」
リゴールは遠慮するばかり。その慎ましすぎる性格に、私は段々苛立ってきた。頼って、と言っているのに、それを拒否されるというのは、あまり良い気がしないものだ。
「わたくしのせいでエアリが何度も家から追い出されるなど、絶対に嫌です」
彼はそんなことを言う。
私には、彼の言葉がよく理解できなかった。
知らない世界へ来て、帰る場所もなく。そんな状況におかれていながら他者の心配をするなど、私には分からない。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.8 )
- 日時: 2019/06/29 00:26
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KnTYHrOf)
episode.7 出力調節を誤りまして
「でも! 行くところがないのなら……!」
静寂の中、私とリゴール、二人の声だけが空気を揺らす。
「お気遣いなく。自分のことは自分でどうにかしますから」
私はリゴールのために何かしたかった。初めて来た世界に戸惑っているであろう彼へ、手を差し伸べたくて。
「……できるの? 慣れない世界でしょう。どうにかなんて、できるの?」
「はい。どうか、心配なさらないで下さい」
リゴールはきっぱりと答えた。
無理なのかもしれない。彼のために私ができることなんて、結局、何もないのかもしれない。
信じたくはないけれど、それが真実で——。
そんな時だ。
湖の方から急に、ちゃぽん、と音がした。
私は咄嗟に振り返る。
が、そこには何もない。
「今、音がしなかった?」
「……はい」
リゴールの表情が固くなる。
警戒するのも無理もない。彼は命を狙われる立場にあるのだから。
「湖の方からでしたね」
「えぇ。離れた方が良いかもしれないわね」
「はい。では——エアリッ!」
突如、リゴールが叫んだ。そして、叫ぶと同時に、私の体を突き飛ばす。細い腕だが、そこそこの力だ。
身構えていなかったというのもあり、私は後ろ向きに飛ばされた。
その直後、目の前で爆発が起きた。
リゴールに突き飛ばされたことで転倒していた私は、飛ばされないよう手足を地面につき、爆風に耐える。そのうちに、爆風は収まった。さらに、視界を悪くしていた煙が晴れた時、目の前にはあの男性が立っていた。
そう、リゴールを狙うあの男性だ。
ワイン色の燕尾服を着ていて、手足は長く顔は真っ白な、今朝私の家を一部破壊した男性である。
「ふはは! 見つけたぞ、王子!」
第一声は今朝と同じだった。
他のパターンはないのだろうか。
「ここでなら請求も何もない! 全力で仕留めてやれる!」
——全力で仕留めてやれる?
それは、全力でかからねばリゴールを仕留められない、と言っているようなものだ。つまり、己がさほど強くないということを自覚しているということで。
……かっこ悪いとは思わないのだろうか。
「またですか! 執拗に追い回すのが、そんなに楽しいですか!」
リゴールは厳しい目つきで発した。
「王子は少々気が強いようだな。だがしかし! 強気なだけでは、このグラネイト様には勝てんよ!」
ワイン色の燕尾服の男性——グラネイトは、勇ましく叫んだ後、片手を掲げて指をパチンと鳴らした。
すると、湖の中や周囲の木々の陰から、不気味な動きをする集団が現れる。小柄な人間のような生物が、二十程度。
完全に囲まれている。
「何これ!?」
私は思わず叫んでしまう。
が、グラネイトはリゴールの方を向いたままだった。
「王子、今日は護衛はいないのだな。途中ではぐれでもしたか。ふはは!」
「……狙いはわたくしですね」
「そうだ!」
リゴールは険しい顔のまま、小さな本を取り出す。
彼がそれを開くと、本全体が輝き始めた。
「ゆけ! したーっぱ!」
グラネイトの指示に従い、不気味な動きをする生物たちは動き出す。半分くらいが、リゴールに迫っていく。
「リゴール!」
私は叫ぶ。
でも、その声は今の彼には届かなかった。
「……参ります」
リゴールは、本を持っているのとは逆の左手を、高く掲げる。すると、本から溢れた黄金の光が上空へと舞い上がる。
まるで怪奇現象。
だがとても幻想的で美しい。
「ふはは! 溜めが長すぎ——ん?」
一度は馬鹿にしたように笑ったグラネイトだったが、空を見上げるや否や顔をひきつらせる。
直後。
上空へ舞い上がっていた黄金の光が、凄まじい勢いで地上へと降り注ぐ。
その様は、まるで落雷だった。
轟音が響き、大地は震え、水面は荒れる。人為的なものとはとても思えぬ凄まじいエネルギーが、宙を駆け抜けた。
「うぐあぁぁぁぁ!!」
黄金の光の直撃を受けたグラネイトは、痛々しいほどの悲鳴を発する。
私はただ、呆然としている外なかった。
静寂が戻った頃には、二十程度いた敵は全滅し消えていた。どうやら、倒されると姿が消える仕組みになっているようだ。
そして、グラネイト自身も、「今日はここまで!」と言いつつ撤退していったのだった。
それにしても、あの凄まじい一撃を食らって死んでいないというグラネイトの耐久力は、なかなかのものだ。ある意味、尊敬に値すると言えるかもしれない。
「リゴール!」
私は立ち上がり、彼の方へと駆け出す。
「ご無事ですか!? エアリ!」
ほぼ同時のタイミングで、彼も走り出していた。私の方へと、一直線に向かってきている。
「えぇ! けど……」
「何です」
「今の威力、何!?」
結局のところ、それが一番気になった。
「凄まじい破壊力で驚いたわ。貴方、あんな凄まじい力を持っているの」
するとリゴールは、恥ずかしげに、気まずそうな顔をした。
「じ、実は、その……」
「実は?」
「出力調節を誤りまして」
え。何それ。
「まさか、さっきのはミスだというの?」
「はい。申し訳ありません。しばらく使っていなかったもの、で……」
言いかけて、彼は倒れ込んだ。
私は咄嗟に体を貸し、彼の脱力した体を支える。力が抜けているからか、そこそこ重い。
「大丈夫!?」
「……は、い」
一人で立っているのは厳しいらしく、彼は、私にもたれ掛かるようにしている。ただ意識は確かなようで、その青い瞳は私を捉えていた。
「魔法は、使いすぎると……体力が消耗するので……しばらく控えていたのですが」
「生命に関わるの⁉︎」
「いえ、さすがに、そこまでのことは……ただ疲れるだけです」
そう言って、彼は笑った。
リゴールの体は少年だ。しかし、心は少年ではないのかもしれない——ふと、そんなことを考えた。
もっとも、今までの私だったら、そんなことを考えはしなかっただろうが。
こことは異なる世界、その王子。得体の知れない怪しい敵。そして、魔法。そういう、とても現実とは思えないような物事との出会いが、私を変えたのかもしれない。
「良かった。でも、少し休めるところへ行った方がいいわね」
「……ありますか?」
少し考えて。
「そうねー。横になれるところといったら、村の外れにあるいかがわしい宿泊施設くらいしか思いつかな——」
「それはお断りします!」
言い終わるより先に、拒否されてしまった。
だが、何にせよ、あそこはリゴールには相応しくない。
それゆえ、もしリゴールが拒否しなかったとしても、彼をそこへ連れて行くことはしなかっただろう。
先ほど私が言った宿泊施設は、ろくに管理されておらず、勤めている人も怪しげな人一人で、いつも薄暗い。しかも時折異臭騒ぎが起こることもある。親から近寄ることを禁止されていたため、内部を目にしたことはないが、恐らく、内部は凄まじい衛生状態だろう。
そんな場所へ、リゴールを連れて行くわけにはいかない。
「座ることができれば……それだけで、問題ありません」
リゴールがそう言うので、私は提案する。
「なら食堂は?」
「食事をするところですか?」
「そうよ」
「なるほど、そこなら良さそうですね」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.9 )
- 日時: 2019/06/29 00:28
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KnTYHrOf)
episode.8 村の食堂
それから私とリゴールは、村の中心部辺りにある食堂へと向かった。
食堂は、この村の中で唯一、騒々しさのある場所だ。
昼間も、多くの村人が、食事をしにやって来る。が、特に夜は、酒を飲む男性客で溢れている。食堂という名称だが、夜間は色々な意味で危険なので、私などは入れたためしがない。
「ホワイトスターの人たちって、どんなものを食べているの?」
食堂へ向かう途中、私は唐突に尋ねた。
というのも。
わりとたくさんのメニューがある食堂だが、もし彼が食べられるものがなかったら大変だと、そう思ったからである。
「パンを食べる?」
「はい。食べます」
良かった。取り敢えず、パンは食べられるようだ。
「他には? 山菜とか干したお肉とかも食べる?」
「お肉は時折。山菜というのは……正直よく分かりません」
「じゃあ、野菜全般は?」
「野菜? はい。食べたことはあります」
食べ物について話しながら歩いている二人組なんて、端から見たら少しばかり不思議な人たちかもしれない。
「どんな野菜を食べた?」
「えぇと……。確か、緑色の葉っぱ状のものです」
しまった。
緑色の葉っぱ状の野菜なんて、色々ありすぎて特定できない。
「他には?」
取り敢えず、話を進めよう。
「他ですか。えぇと……赤い球体のものなども見たことがあります」
「あ。トマト?」
「そういった名称なのですか」
「えぇ! きっとそうだわ!」
もし違ったら、どうしよう。
そんなたわいない話をしながら、私とリゴールは食堂を目指す。
「いらっしゃーい! ……って、あれ? エアリちゃんじゃない」
リゴールと共に食堂へ入った私を温かく迎えてくれたのは、四十代半ばの女性。この食堂を切り盛りしている店主だ。
「お邪魔します」
「どうぞどうぞー……って、ええっ!? エアリちゃんが彼氏連れっ!?」
リゴールの姿を見た店主の女性は、目を白黒させながら叫んでいた。
……そんなに驚かなくても。
「違いますよ。知り合いです」
「あら、そうだったの?」
「はい。先日知り合ったばかりの方で」
言って、改めて「本当に知り合ったばかりだなぁ」などと思う。
色々あったせいか、感覚的には先日知り合ったばかりとは思えないのだが、実際には知り合ったばかりなのである。
「そっかぁ。でも、いいわよね。こんな狭い村じゃ、若い知り合いなんて滅多にできないだろうし」
温かく迎えてくれた女性は、そう言って笑った。
女性と向かい合うような位置にあるカウンター席の端に、リゴールと座る。一番端がリゴール、その横が私。少し狭いけれど、やはり端の方が落ち着く。
「それでエアリちゃん、何を食べていってくれるのかしら?」
女性の問いに、私はすぐに「山菜オムレツで!」と答える。そんな私を見て、隣の席のリゴールは驚いた顔をしていた。
「リゴールはどうする?」
「え……」
「ここの山菜オムレツ、とっても美味しいの! 私はそれにすることが多いんだけど、リゴールもそれにする?」
山菜オムレツはこの食堂の名物。ふかふかとシャキシャキ、歯触りの差が楽しいオムレツだ。卵だけのオムレツも美味しいけれど、この食堂の山菜が入ったオムレツはもっと美味しい。
「い、いえ……わたくしは結構です」
「え。どうして?」
「その、わたくしは……この世界のお金を持っていませんので」
私とリゴールの会話を、女性はにこにこしながら聞いていた。聞かれていると思うと、若干恥ずかしさがある。
「いいわよ、そんなの。私が払うわ」
幸い、いつも買い物へ行く時に持っていく手提げは持っている。財布はその中にあるから、お金がまったくないことはない。
「いえ、そんなに甘えるわけには……」
「じゃあ、さっき助けてもらったお礼ね!」
遠慮されてばかりだと、話がいつまでも進まない。だから私は、半ば強制的に進めることにした。
「山菜オムレツ、もう一つ!」
私は勝手に注文する。
すぐ隣のリゴールは焦っているような顔をしていたが、敢えて気にすることなく話を進めた。
「あの、本当に良いのですか……?」
「いいのよ。気にしないで」
「お世話になってばかりで……申し訳ありません」
待つことしばらく、山菜オムレツが私たち二人の前へ置かれた。
木でできた皿の上に、ふんわりとしたオムレツが乗っている。全体的には黄色いが、ところどころ緑色の部分があって、山菜が入っていることが一目見て分かる。
「さ、食べましょ」
私はリゴールへ視線を向けた。しかし彼は、私の視線にまったく気づいておらず、目の前のオムレツを凝視している。しかも、湯気が顔にかかるくらいの近づきぶりだ。
あまりにも凝視しているものだから、何だかおかしくなってきて、つい笑みをこぼしてしまう。
「ふふっ。夢中ね」
すると、リゴールの視線が急にこちらへ向いた。
「も、申し訳ありません! つい!」
「珍しい?」
「はい。この世界では、料理が温かいうちに出されるのですね」
……そんなところ?
今ここで作られたオムレツなのだから、特別事情がない限りは温かいうちに出されるものだと思うのだが。
「ホワイトスターでは温かいものは食べないの?」
「はい。大抵ぬるいです」
正直、驚いた。
意図的に冷たくしているものや、常温のパンなどはあるにせよ、大体の料理は温かいうちに食べるものだと思っていたからである。
ホワイトスターの食生活、なかなか謎だ。
「えぇっ。いまいち美味しくなくない?」
「そうでしょうか。幼い頃からそうでしたから、特に美味しくないと感じたことはありません」
慣れれば平気なのだろうか。
「そう……ちょっと意外。リゴールは王子様だし、出来たての良いものを食べているのだと思っていたわ」
王子様だから、なんていうのは、結局、私の中の勝手なイメージだったのかもしれない。
「ホワイトスターにいた頃も、民からはよく言われました」
「けど実際にはそんなことはない、って?」
「はい。貧しい暮らしをしていたと言えば嘘にはなりますが、贅沢暮らしというほどではありませんでした」
リゴールは苦笑する。
彼の表情は妙に大人びて見えて、「いろんな苦労をしてきたのかな」なんて想像してしまう。
「そうだったのね。勝手なイメージで物を言って、ごめんなさい」
「いえ。お気になさらず」
それから私たちは、山菜オムレツを食べた。
しんなりした葉、噛みごたえが残っている茎、そしてふんわりした卵。いつもとまったく変わらない、見事なコラボレーションだ。
「味はどう?」
ふと思いつき、尋ねながら隣へ目を向ける。
——そして、驚いた。
「えっ! も、もう食べたの!?」
リゴールの皿の上には、何もない。
欠片さえ、存在していなかった。
「え? はい。美味しくいただきました。その、問題がありましたでしょうか……」
「い、いえ。何も」
リゴールが不安げな顔つきをすると胸が痛むので、私はすぐに首を左右へ動かした。
するとリゴールは安堵の溜め息を漏らす。
「ところで。山菜オムレツ、気に入ってもらえた?」
「はい! 美味しかったです」
他の世界から来た人が相手だけに、気に入ってもらえるかどうか不安もあった。たとえ私が美味しいと思っている料理であっても、彼の口には合わないという可能性もゼロではない。だからこそ、「美味しかった」と言ってもらえた喜びは大きい。
「なら良かったわ」
「地上界にも、美味しいものはたくさんあるようですね」
「そうよ! ……って言ってもまぁ、そんなに色々はないけどね」
「なるほど。勉強になります」
そんな風にのんびり話していた時、突如、食堂の入り口が勢いよく開いた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.10 )
- 日時: 2019/06/29 18:11
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SEvijNFF)
episode.9 対峙
木製の扉が勢いよく開く。
駆け込んできたのは、一人の女性——バッサだった。
「エアリお嬢様!」
日頃は穏やかであることの多い彼女だが、今は青ざめ汗を流している。しかも、顔全体の筋肉が引きつっているように見えた。
「……バッサ!?」
「お嬢様! ここにいらっしゃいましたか!」
バッサは言いながら、肩を激しく上下させていた。
今にも座り込んでしまいそうなほどに息が荒れている。
「何かあったの?」
「お、お屋敷に、不審な人物が……!」
私は木製の椅子から立ち上がる。
「不審な人物!?」
「は、はい。女性なのですが……見慣れない服装の方で……」
恐らくは、リゴールを狙っている一味のうちの誰かだろう。
だとしたら、ただの人間では太刀打ちできない相手かもしれない。使用人や父親が危険な目に遭う可能性は高い。
早いところ、どうにかしなくては。
ーーそう思い少し焦っていた時、隣の席に座っていたリゴールが立ち上がった。
「エアリ」
彼は、耳元で小さく呟く。
「わたくしが先に参ります」
私は「えっ」と声を漏らしたが、リゴールは「ごちそうさまでした」とだけ言って、タタタと走っていってしまった。
「あの、ごちそうさまでした! お金、ここに置いておきます」
店主の女性に向けてそう発し、まだ荒い息をしているバッサに声をかける。
「家で何かが起きているのね?」
「は、はい……」
「行ってくるわ。バッサは、この手提げをお願い」
「き、危険です……!」
バッサはそう気遣ってくれたけれど、私は走り出した。
家のこと、使用人のこと、父親のこと。そして、リゴールのこと。気になることがたくさんあるから、止まってはいられなかったのだ。
家の前にある、赤茶の煉瓦と金属製の柵でできた門は、驚くほどに全開だった。
日頃は、誰かが出入りする時しか開いていない。だが、今は開けっ放し。恐らく慌てていたバッサが閉め忘れたといったところなのだろうが、門が開けっ放しになっている光景は、私に緊張感を与えた。
さらに、入口の扉も開いていた。家の入口が開けっ放しになっているなんて、門が開いていることよりも珍しい。日頃はあり得ないことだ
私はそのまま、建物の中へ駆け込む。
入ってすぐのところは、広間になっている。細長い木の板を敷き詰めた床なので、高級感には少々欠ける。だが入るなり目の前に二階へ続く階段があるため、若干の迫力はある。
——と、呑気に家の説明をしている場合ではない。
周囲を見回す。
人の気配はない。
出ていくように言われていたから怒られてしまうかもしれないが、取り敢えず父親の部屋へ行ってみようか——そう思って階段に上ろうとした、その時。
「……来たね」
私より十数段ほど先、踊り場に、突如女性が現れた。
二十歳を少し過ぎたくらいかと思われる女性で、長い銀の髪を緩い一本の三つ編みにしている。また、前髪はとても長く、右目に被っていて、非常にミステリアス。唯一視認できる左目は、血のように火のように赤い瞳が印象的だ。
「誰? 見かけない顔だけど」
いかにも怪しい。
ここは森に囲まれた村だ。旅人などが来るはずはない。女性一人で旅をしている者ならなおさらだ。
しかも彼女は、旅人とはとても思えない服装だった。
紅のドレスを着ているのである。
ちなみに、ドレスと言っても、絵本のお姫様が着ているような爪先まで隠れるような長いものではない。丈は膝がぎりぎり出ているくらいで、わりと短い。
「……我が名はウェスタ。ブラックスターに仕える者」
言いながら、彼女は階段を一段下る。
紅の布がひらりと揺れ動き、黒と肌色の中間のような色みの太ももがちらりと見えた。
最初はそのような色の脚なのかと思ったが、少し見つめるとそうでないことが分かった。彼女は多分、ストッキングを履いているのだろう。
「何を言っているの?」
「……名を問われたから名乗った。ただそれだけのこと」
「よく分からないけど、こんなところへ何しに来たの?」
すると彼女はもう一段下りてくる。
高いヒールの靴が、木の板を軋ませた。
「……ブラックスターの命により、ホワイトスターの王子を殺しに来た」
「なっ……!」
思わず後退りしてしまった。
彼女——ウェスタが、尋常でない殺気を放っていたから。
「ホワイトスターの王子って、リゴールの……?」
やはり、リゴールを狙っている一味のようだ。
「……そう。彼を殺しに来た」
「グラネイトって人の仲間?」
何を仕掛けてくるか分からない、未知数なところが恐ろしい。
「……グラネイトを知っているとは」
「何回も襲われたわ。家も少し壊されたし、最悪よ!」
「悪いけど……あいつへの恨みを聞く気はない」
ウェスタはまた、一段下りてきた。
私のところまではまだ距離があるけれど、油断はできない。途中で急に飛び降りてくるかもしれないから。
「……お前の父親は既に拘束している」
「何ですって!?」
妙に人の気配がないから、少しおかしいとは思ったけれど。
「どうしてそんなこと」
「我々の存在を知った者を、生かしておくわけにはいかない」
「どうしてよ!」
「それがブラックスターの掟。……悪いが、お前たちにも死んでもらう」
それはさすがに、勝手すぎやしないだろうか。
ブラックスターの掟だか何だか知らないが、ブラックスターの人間でもない私たちがそれに従わされるなど、おかしな話だとしか思えない。
「貴女たちの掟? 知らないわ、そんなもの。勝手なことを言わないで!」
父親は無事だろうか? リゴールは?
気になることはたくさんあるが、今は目の前の女をどうにかしなくてはならない。
「父さんをどこへやったの!」
「……死ぬ気になった?」
「なるわけないじゃない! 何もしていないもの!」
広間に私の声が響く。
「ホワイトスターの王子を匿っていた人間を、放っておくわけにはいかない」
——刹那、彼女は床を蹴った。
紅のスカートを翻しつつ、一直線に迫ってくる。
後ろへ引いている片手には、火のような赤い光が仄か宿っていた。
これは危ない。
本能的に感じた私は、その場から飛び退く。
「……避けたか」
やみくもにジャンプしたため、ウェスタの攻撃からは逃れられたものの、転倒してしまった。床は木の板ゆえ、石に叩きつけられるよりかはましなのだろうが、打った肘と腰が結構痛い。
「危ないじゃない!」
「……お前はなかなかセンスがある」
いや、褒められても嬉しくないのだが。
「だがそれは生かしておく理由にはならない」
ウェスタの体が、こちらに向く。
背筋に悪寒が走った。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.11 )
- 日時: 2019/06/30 05:51
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
episode.10 私は無力、それでも
ウェスタはその場にじっと佇んでいる。槍の先のごとき鋭さの視線を、静かにこちらへ向けながら。
「……大人しく従え」
「殺すつもりなのでしょう?」
「……そう。王子を殺した後に」
「なら従わないわ! 大人しく殺される気なんて、欠片もないないもの!」
——そして訪れる、沈黙。
広間に音はない。
皮膚を突き刺すような静寂だけが、今ここにあるすべてだ。
身構えつつも黙っていると、やがてウェスタの手が動いた。と言っても、私に攻撃を仕掛けてきたわけではない。
「……これを知っているか」
ウェスタが取り出したのは、ペンダントだった。
銀色の円盤に星形の白い石が埋め込まれたペンダント——それは間違いなく、以前リゴールが見せてくれたもの。
「それは、リゴールの」
「その通り」
「そんなものを私に見せて、どうするつもり?」
精神的に負けているようでは駄目だ、と、私はウェスタを睨む。
誰かを睨むなんて慣れないが、眉に力を加え、負けないという意思を可能な限り表現してみる。
「……王子も既に我が手の内にある。念のため、その証拠」
敢えてペンダントを見せてくる辺り、嫌みである。
「リゴールも捕らえた、と、そう言いたいのね」
私の言葉に、ウェスタは微かに頷いた。
これはまた面倒事に巻き込まれそうだ。
皆揃ってウェスタに捕まるなんて。しかも私が助けなくてはならないような状況になるなんて。
まったく、面倒臭い。
……だが、のんびりと面倒臭がっている余裕はない。
父親や使用人たちはともかく、リゴールまで捕まるなんて、どうなっているのか。
……だが、そんなことを気にしている暇はない。
父親を、使用人を、そしてリゴールを、どうにかして助け出さなくてはならないのだ。一人だって殺されるわけにはいかない。
「父さんたちを解放して!」
「……それはできない」
「私たちは何も関係ないでしょう!」
「……王子を匿っていた、関係ないとは言えない」
ウェスタの表情はまったく変わらない。
「そもそも、貴女たちはどうしてそんなにリゴールを狙うの!」
「……言ったはず。ブラックスターの命だから、と」
淡々とした調子で述べるウェスタには、人間らしさなんてものは欠片もなくて。それはまるで、指示に従い任務を遂行するだけのロボットのよう。
「リゴールは罪人か何かなの?」
「……我々はただ、ブラックスターの命に従うのみ」
「はぐらかさないで。大切なことよ」
リゴールとは昨日知り合ったばかり。
そんな彼のために危険に向かっていってしまうなど、第三者から見れば私は少しおかしい人かもしれない。
「リゴールには殺されなくてはならない理由があるの?」
私は問う。
しかし彼女は、答えらしい答えを返すことはしなかった。
「……我々はただ、命に従うのみ。それ以上ではないし、それ以下でもない」
ウェスタは高いヒールの靴を履いた足を動かし、静かに私の方へと歩み寄ってくる。じわりじわりと距離を詰められ、拍動が速まる。が、動けない。彼女の赤い瞳に見つめられると、金縛りにあっているかのように、体が動かせなくなってしまう。
「……そろそろ時間」
こつん、こつん。
そんな足音が、広間に響く。
「何する気?」
「少し悪いけど……拘束させてもらう」
唇が、微かに震える。
目と口腔内は乾き、背中を汗が伝った。
精神的に負けているようでは、と、一応強気に振る舞ってはいる。
しかし、本当はそんなに強くなくて。
本当の私は、怯えているのだ。
ウェスタに捕らえられることを、父親やリゴールもろとも殺されるかもしれないことを、心の底から恐れている。
そんな弱い私に、ウェスタの片手が伸ばされた。
「……嫌!」
私の腕を掴もうとした彼女の手を、私は、半ば無意識のうちに払っていた。
ウェスタの目が大きく開かれる。
——しまった。
心の内で密かに思う。
抵抗すればどうなるか。それは目に見えている。抵抗しない場合より、ずっと酷い目に遭わされることだろう。
「まだ拒むとは……度胸はあるね」
ウェスタは呟く。
そして、再び手を伸ばし、今度は私の片手首を掴んだ。
「……離して!」
手首を掴まれているという事実。ただそれだけのことなのに、いやに恐怖心を煽ってくる。
「それはできない」
「離してちょうだい!」
「……言ったはず。それはできない、と」
ウェスタは冷ややかにそう言って、私の手首を掴む手に力を加える。
「痛っ!」
捻られた右手首に痛みが走る。
どうしてこんなに無力なのだろう——不意にそんなことを思った。
私は昨日まで、普通の暮らしをしていた。小さなことに一喜一憂し、穏やかな日々の中で生き。だから、無力なのは当然とも言える。
だけど、それでも悔しさは消えない。
何もできないという悔しさ。
抵抗する術を持たない己への苛立ち。
それらは時が経つにつれて、どんどん膨らんでいく。
「さぁ、大人しくしろ」
「嫌よ!」
「……大人しくしていれば、これ以上痛いことはしないから」
大人しくする。それしかないのか。
普通の女だから、戦う力がないから——。
「……無駄な抵抗をするな」
「嫌よ! 大人しく殺されるなんて、絶対に嫌!」
その時。
ウェスタの手の内にあったペンダントが、突然輝き始めた。
「……な」
彼女の、私の手首を掴んでいるのとは反対の手に持たれていた、リゴールのペンダント。それが、白い光を放ち始めた。
「な、何が……?」
目を細めたくなるほどの強い光を放ち始めたペンダントを見つめながら、私は思わず漏らす。
急なことに驚いているのは、ウェスタも私も同じ。
彼女も、今は、輝くペンダントを凝視している。
その数秒後。
ペンダントが放つ光の強さが凄まじくなり、私もウェスタも、ほぼ同時に目を閉じた。
瞼を開けていたら目が潰れてしまいそうなほどに眩しい光だったから。
……。
…………。
光が収まったようなので、恐る恐る瞼を開く。
一番に視界に入ったのは、リゴールのペンダント。
目の前に浮かんでいる。
「え」
戸惑っていると、リゴールのペンダントはゆっくりと落ちてきた。私はよく分からぬまま手を出し、緩やかに落ちてきていたペンダントを掴んだ。
刹那、再び光がほとばしる。
「……っ!」
眩しすぎる閃光に、反射的に目を閉じてしまう。
そして再び瞼を開いた時、私の手には、ペンダントではなく一本の剣が握られていた。
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