コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.37 )
日時: 2019/07/24 10:08
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0/Gr9X75)

episode.34 一泊して

 その後、私とエトーリアは、話題を変えて話を続けた。

 亡くなった父親の遺産をどうするかだとか、これからどこでどのように生活するかだとか、あまり明るくない話ばかりで。正直私は楽しくなかったし、エトーリアも薄暗い曇り空のような表情のままだった。必要なことだから仕方ない。話さなくてはならない。そう分かっていても、進んで話そうという気にはなれなかった。それは多分、エトーリアも同じだっただろう。

 話がひと段落した後、エトーリアと二人で昼食をとった。

 その後は、彼女に、屋敷の中を案内してもらうことになり。彼女の背を追うように、屋敷の内部を歩き回った。

 日が落ちる頃になると、また二人で、今度は夕食をとる。バッサを中心に数名の使用人が、昼食よりやや本格的な料理を用意してくれて、結構美味しかった。

 夕食の後しばらくして風呂に入り、エトーリアの部屋で眠る。

 エトーリアとこんなにも一緒にいる日、というのは、いつ以来だっただろうか。もう思い出せないし、あったのかどうかすら分からない。

 でも、過去のことなんて、本当はどうでもいいのかもしれない。
 大切なのは過去ではなく、今この手の内にある現在と、いつか来る変えようのある未来。

 ——私はそう思う。

 こうして、一日はあっという間に過ぎたのだった。


「本当にもう帰ってしまうの? エアリ」

 翌朝、朝食をとっている時、エトーリアは寂しそうに質問してきた。

「えぇ、そのつもりよ」

 私はふわふわの白いパンを指で千切り、口に入れる直前で手を止めて答える。

「寂しくなるわ……」
「ごめんなさい、母さん」

 そう謝ると、エトーリアは慌てたように首を左右に動かす。

「あ、いえ! いいのよ! 気にすることはないわ」

 白いパンは柔らかくて甘みが強い。砂糖のような甘さではなく、自然な素材の甘さという感じが、私の口には合っていた。

「でもエアリ。本当にここで暮らす気はないの?」
「えぇ。リゴールを心配させるのは嫌なの」
「……大切に思っているのね」
「そうよ。だって、年の近い友人なんて、滅多にできないもの」

 事実、あの村には、同年代の者はあまりいなかった。だから、年の近い友人ができることなんて、滅多になかった。だからこそ、彼のことは大切にしたいと思う。

 その時、ふと思いついた。

「あ、そうだ」
「どうしたの? エアリ」
「リゴールもここで暮らすようにすれば、私も母さんと一緒にいられるわ」

 すると、「また?」というような顔をされてしまった。

「やっぱり……駄目?」

 正直、駄目と言われる気しかしない。が、ほんの少しでも可能性があるなら諦めたくなくて。だから私は、一応、もう一度確認しておく。

 しかし、返答は予想通り。
 何の面白みもないもの。

「駄目とは言いたくないけれど……でもね、エアリ。ここはリゴール王子を受け入れるに相応しいような家ではないのよ」

 エトーリアの口調は柔らかく優しげだ。けれど、その言葉は、完全に拒否していた。

「そんなことはないと思うわ! むしろ、ホワイトスターのことだとか、事情が理解されやすい環境の方が、リゴールも過ごしやすいはずだわ!」

 エトーリアは唇を結ぶ。
 それからしばらく、彼女は、何やら思考を巡らせているような顔をしていた。

 その間、私は食事を続ける。

 綿のような触り心地の白いパンを千切り、トマト風味の濃厚なスープに浸けてから、口へ運ぶ。すると、口の中に、パンの甘みとスープの酸味が広がった。甘い物と酸っぱい物というと正反対なように感じるけれど、案外しっくりくる。

「……そうね」

 密かに食事を楽しんでいると、エトーリアが控えめに口を開いた。

「もし彼がそれを良しとするのなら……悪くはないかもしれないわね。そうすればエアリと一緒にいられるのだし……」

 私は咄嗟に立ち上がる。

「でしょ!?」

 食事中に意味もなくいきなり椅子から立つというのは、問題だったかもしれない。

 が、ある意味仕方がなかったのだ。
 考えてやったことではなく、勢いでやってしまったことだったから。

「母さんが許してくれるなら、私、リゴールに話してみるわ! それで、もし彼が『それでいい』って言ってくれたら、ここで暮らすわ!」

 リゴールならきっと、分かってくれるだろう。そして、私と一緒に来てくれるはずだ。ただ、デスタンという存在が若干不安ではあるが。

「あ……でも」
「どうしたの? エアリ」
「昨日みたいに敵に絡まれることになる可能性はあるわ……」

 すると、エトーリアは頬を緩める。

「……リゴール王子を迎えるとなったら、それも仕方ないわね」
「許してくれる!?」
「なるべくそんなことにはならないようにしたいところだけれど……最悪の場合は仕方ないわ」

 エトーリアの言葉に、私は、大きく「ありがとう!」と返した。

 本当のところを言えば、こんなに上手くいくとは思っていなかった。リゴールをここへ連れてくるというだけのことでも断られていたのだ、敵に襲われることを許してもらえるはずがない。そう考えていた。

 でも、現実は意外と違って。

 予想より温かい返答を貰うことができた——それは嬉しい。


 朝食を済ませると、私は一人、屋敷の前から馬車へ乗る。
 エトーリアとバッサは、門の前まで見送りに来てくれた。二人とも、どことなく寂しげな顔つきだ。

「エアリお嬢様、お気をつけて」

 バッサはゆったりとお辞儀をする。

「道中襲われないよう気をつけるのよ、エアリ」

 エトーリアは不安げな眼差しをこちらへ向けていた。

 心配させてしまうなんて。
 そんな思いも強い。
 だが、私は戻ると決めたのだ。一度決めたことだから、もう迷いはしない。

 それに、リゴールのもとへ帰ったからといって、エトーリアとは永遠に別れることになるというわけではない。またそう遠くない未来で会えるだろう。

「ありがとう、母さん。今度はリゴールと一緒に帰ってこられるように、頑張ってみるわ」
「無理そうなら、無理して連れてこなくていいのよ」
「分かったわ。でも、きっと大丈夫よ。リゴールなら……分かってくれるはず」

 やがて、馬車は走り始める。
 私は最後に、窓から、屋敷の方を見た。そして、見送ってくれているバッサとエトーリアに手を振った。

Re: あなたの剣になりたい ( No.38 )
日時: 2019/07/25 16:16
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GbhM/jTP)

episode.35 帰還

 ウェスタの炎で負った軽い火傷はバッサが手当てしてくれた。一方、焼け焦げてしまったワンピースの袖はというと、寝ているうちに元通りになっていた。こちらは多分、エトーリアか誰かが直してくれたのだろう。

 肩も袖も、もう大丈夫。
 だから不安はそんなにない。

 後は、敵襲さえなければ。それだけで十分だ。


 ミセの家の前へ着き、馬車を降りる。
 するといきなりミセが現れた。

「あーら、もう帰ってきたのね!」

 ミセの厚みのある唇は、今日もぽってりしていて、女性的な色気に満ちている。しかも、単にぽってりしているだけではなく、艶やかだ。恐らく何かを塗っているのだろう、艶かしい輝きを放っている。

「はい。そうなんです」
「二人が待ってるわよ! エアリ!」
「……二人、ですか?」
「そうよ。リゴールくんと、アタシのデスタン」

 敢えて「アタシの」などという言葉を付け、デスタンが自分の所有物であるかのように言う辺り、ミセらしいというか何というか。

 悪いことだとは言わないが、少々複雑な心境になってしまう。

 もっとも、私はデスタンを自分のものにしたいなんて考えていないから、彼女と争う気はないけれど。


 私は、ミセに言われた通り、いつも私とリゴールが暮らしている部屋へと向かった。
 扉を開けると、ベッドの脇に座り込んでいるデスタンの後ろ姿が視界に入る。暗い藤色の髪を見れば、その後ろ姿がデスタンのものであるということは、すぐに分かった。

「デスタンさん」

 私は恐る恐る彼の名を呼ぶ。
 すると、彼はくるりと振り返った。

「……もう戻ってこられたのですか」
「えぇ、戻ってきたわ」
「……案外早いですね」

 デスタンは鋭い目つきのまま、こちらをじっと見つめている。が、その片手にはナイフ。もう一方の手で持った白い布で、ナイフの刃の部分を拭いている。

「ま、約束通り戻ったのだから、それで良いとしましょう」
「ありがとう。でも……どうしてデスタンさんがここに?」

 ここは私とリゴールのための部屋。デスタンは別の部屋を使っているはずなのだ。だから、彼がここにいるなんて、奇妙としか言い様がない。それに、リゴールの姿も見当たらないし。

「どうして貴方がこの部屋にいるの? リゴールはいないの? 他にも……」
「質問を連発するのは止めて下さい」

 きっぱりと言われてしまった。

「あ……ごめんなさい。でも、気になって」
「分かりました。一つずつお答えします」

 はぁ、と、溜め息をつき、デスタンは話し始める。

「私がこの部屋にいるのは、王子をお一人にしないため。そして、王子はここにいます。ベッドで眠っていらっしゃるのです」

 そう言って、デスタンは、ベッドの上の掛け布団を掴む。そしてそれを、手の縦の長さ一つ分くらいだけ、ゆっくりとずらす。すると、ベッドに横たわっているリゴールの姿が露わになった。

「リゴールに何かあったの!?」
「しっ。騒がないで下さい」
「落ち着いてなんかいられないわ! 何がどうなったのか説明し——んっ!?」

 取り乱していた私の口を、デスタンの手が塞ぐ。
 それは、突然のことだった。

「騒ぐなと言っているでしょう」
「ん、んっん……!」

 口元に手のひらを強く押し当てられると、言葉をまともに発することはできない。

「静かにして下さい。分かりましたか?」

 この状態のまま言葉を発することは難しいので、取り敢えず頷いた。デスタンに伝わるよう、頭を縦に大きく振る。すると、数秒して手を離してもらえた。

「はっ、はっ……」
「乱暴なことをしてしまい、すみません」
「ほ、本当よっ……」
「しかし、王子を起こしてしまうわけにはいかないのです。ですからどうか、ご理解下さい」

 デスタンは淡々と述べる。
 その声からは、謝罪の気持ちなどまったく感じられない。

「……でも、一体何があったの?」
「私がここへ戻ってきた時、王子は玄関付近に倒れていまして。まだ辛うじて意識がおありだった王子に事情を伺ったところ、我々がいない間にブラックスターの者と交戦なさったようでした」

 デスタンは顔に悔しさを滲ませる。

「……油断するべきではありませんでした。私がお傍に控えていたなら、こんなことにはならなかったというのに……」

 こんな顔もするのね。
 悔しそうなデスタンを見て、そう思った。

「貴方のせいじゃないわ」
「……今、何と?」
「貴方のせいではないと言ったの」

 怪訝な顔になるデスタン。

「デスタンさんは私たちに家をくれたし、今も働いてくれている。だから、貴方がずっとリゴールの傍にいられないのは、仕方のないことよ」

 デスタンがいなかったら、どうなっていたことやら。
 考えたくもない。
 ただ、彼がいなかったら、私もリゴールも住む場所を手に入れられず、野宿することになっていただろうというのは、紛れもない事実だ。

「……知ったようなことを」

 デスタンはそっぽを向いてしまう。

 なんて可愛いげのない!

「何なの、その言い方」
「……貴女に偉そうに言われるのは不愉快なのです」
「気にしなくていいわよって、そう言っただけでしょ?」

 ひねくれているというか、何というか。
 とにかく厄介だ、この男は。
 純粋で明るく穏やかなリゴールとは真逆である。

「……はぁ」
「ちょっと! 溜め息なんてつかないでちょうだい!」
「騒ぐなと言ったはずですが」
「あぁもう、面倒臭いっ」

 話せば話すほどややこしいことになっていってしまいそうな雰囲気。堪らない。

「分かったわよ。騒がなければいいんでしょ? じゃあ私が、リゴールの傍にいるから」
「……出ていけ、と」
「ずっと付きっきりだとデスタンさんも疲れるでしょ?」

 私はそんな風に話しながら、リゴールが横たわっているベッドのすぐ横へ向かう。そして、ベッドの脇に腰を下ろしてから、デスタンを一瞥する。

「彼のことは私に任せて」

 すると、デスタンは飛んできた。

「貴女一人に任せるわけには参りません。私も王子のお傍に」
「ふふ、デスタンさんったら。リゴールが大好きね」
「……命の恩人ですから」

 少し気恥ずかしそうに述べるデスタン。

「お護りするのは当然です」

Re: あなたの剣になりたい ( No.39 )
日時: 2019/07/25 16:17
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GbhM/jTP)

episode.36 たまに弱気になっても

 それから私は、デスタンと二人、ベッドの脇に座っていた。リゴールの意識が回復するのを、心待ちにしながら。

 デスタンはその間ずっと、白い布でナイフを拭いていた。

 黙々とナイフの刃を拭く彼を見ていると、不思議な感じがしてならない。話しかけて良いのかも分からず、私は黙っていることしかできなかった。本当は、話しかけてみるべきだったのかもしれないけれど。


 部屋に沈黙が訪れてから、どのくらい経ったのだろう。

 二十分? 三十分?
 はっきりとは分からないが、そのくらいだろうか。

 正直、そこは重要なところではないけれど。

「ん……?」

 ベッドに横たわっていたリゴールが、急に目を覚ました。

「リゴール!」
「王子!」

 私とデスタンが彼を呼んだのは、ほぼ同時。

「気がついたの!?」
「意識が戻られましたか!?」

 さらに、次も同時。
 言葉を交わすたび険悪になる私たちだが、今の光景だけ見れば「息がぴったり」という感じである。

「は……はい。わたくしは、一体……」

 リゴールの青い目が、私とデスタンを交互に捉える。
 彼は目を開いているし、言葉も話している。だが、意識が完全に回復しているということはないらしい。
 というのも、まだ状況が飲み込めていないようなのだ。

「ブラックスターの者と交戦した、と、仰っていました。それは事実ですか? 王子」

 デスタンは真剣な顔で問う。
 するとリゴールは、少しばかり眉を寄せる。

「……はい」
「やはりそうだったのですね、王子。お一人にしてしまい、申し訳ありませんでした」

 リゴールに向けて謝罪の言葉を発するデスタン。
 それに対し、リゴールは、口角を僅かに引き上げる。

「……気にしないで下さい、デスタン。貴方に罪はありませんよ」
「しかし」
「問題ありません。わたくしは一人でも戦えますから」
「王子……」

 リゴールから優しい言葉をかけられても、デスタンは「納得できない」というような顔のまま。
 なぜ素直に受け取らないのか、謎だ。

 私の発した言葉を素直に受け取れないというのは、まだ分かる。出会ってからまだ半年も経たない相手を信じられない、というのは、理解できないことはない。疑り深い性格なら、仕方がない。

 けれど、リゴールの言葉を受け取れないというのは、おかしくないだろうか。

 敬愛している相手。
 命の恩人の主。

 そんなリゴールの言葉さえ素直に聞くことができないというのは、ひねくれ過ぎだろうと思ってしまう。

「デスタン……心配して下さってありがとうございます」
「いえ。護衛として当然のことですから」
「それでも、デスタンがいてくれるとありがたいです。本当に、色々助かります」

 そこまで言って、リゴールは視線をこちらへ移す。

「エアリも……帰ってきて下さったのですね」
「えぇ」
「実は少し不安だったので、またエアリの顔を見られて……ほっとしました」

 まさか「もう帰ってこないかも」と思われていたの!?

 ……そんなこと、あるわけがないのに。

「私もリゴールに会えて嬉しいわ」
「それはもう、わたくしもです……」

 話しているうちに、彼の瞳に光が宿ってきた。徐々にいつもの輝きが戻ってきているように感じられる。目つきも声も、意識が戻ってすぐの時より、しっかりしてきているようだ。

「親子での時間、楽しめましたか?」
「えぇ! バッサとも久々に会えたし、色々楽しかったわ」
「それは……良かったです」

 リゴールは笑っている。
 けれど、その瞳には寂しげな色が滲んでいるようにも思えて。

 正しくない返し方をしてしまったかと、少し不安になる。

「エアリはやはり……そちらの方が良いですよね……」
「え?」
「家族や親しい方々と過ごす時間の方が、きっと、充実したものなのでしょう……」

 リゴールが寂しげな声でそう発した瞬間、デスタンが私を睨んできた。

「あ……そ、そんなことはないわ。決まっているじゃない、リゴールとだって一緒にいたいわよ」

 慌てて述べる。
 だが、リゴールの瞳に滲む寂しげな色は消えない。

「……気を遣うことはないのです。エアリは貴女が幸せな道を選ぶべきですし……わたくしも、それを望みます」

 彼はどうして、そんなことを言うのだろう。
 私には分からなかった。
 なぜ、そんな、突き放そうとしているかのようなことばかり言うのか。理解不能だ。

「待って、リゴール。どうしてそんなことを言うの? 貴方らしくないわ」
「……いえ、これが本来のわたくしです」
「え。そうなの?」
「はい。わたくしは——」

 リゴールが言いかけた時。

「王子はお疲れなのです」

 彼の言葉を遮って、デスタンが述べた。

「疲れている時はマイナス思考になるもの。今の王子は、まさにそれなのです」

 デスタンの淡々とした説明には、妙な説得力があって。私は何となく納得してしまった。

「それもそうね」
「でしょう」
「えぇ。納得したわ」

 私は視線を再びリゴールへ向ける。
 そして、彼の片手をそっと掴む。

「何も気にしなくていいのよ、リゴール」
「……エアリ」
「確かに、母さんやバッサといると楽しいわ。でも、リゴールと過ごしている時だって幸せなの」

 いきなりこんなことを言ったら、プロポーズか何かかと勘違いされてしまいそうだ。だが、リゴールが暗い顔をしているところなんて見たくない。だから、私は躊躇わず言ったのだ。私が思いを伝えることによって、彼が少しは楽になれるかもしれないと、そう考えたから。

「だから、その……そんな寂しそうな顔をしないで」

 デスタンは口を挟むことなく、私たちを凝視している。
 うっかりやらかせば、殺されかねない。危険だ。気をつけて、慎重に振る舞わなくては。

「……はい、申し訳ありません。わたくしときたら、つい暗い雰囲気を作ってしまって……」
「ゆっくり休んで元気になれば大丈夫よ」
「はい……ありがとうございます、エアリ」

 すぐ横のデスタンから向けられている刃物のような視線は、少しばかり恐ろしい。
 だが、リゴールとこうして言葉を交わせる時間は、嫌いではない。——否。好きだ。

「それとね、リゴール。実は興味深い話があるのよ」
「興味深いお話……ですか?」
「お誘いなんだけど」

 リゴールは目を丸くする。

「……お、お誘い?」
「これからのことに関するお誘いよ」
「何でしょう?」

 どうやら興味を持ってくれているようなので、思い切って、今ここで言うことにした。

「リゴール、私の母の家へ来る気はない?」

Re: あなたの剣になりたい ( No.40 )
日時: 2019/07/26 16:11
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3i70snR8)

episode.37 もう止めて下さい

 いきなりの発言に、リゴールは困惑しているような顔をした。

 彼は、ベッドに横たわったまま、私に視線を向けている。その視線を放つ青い瞳には、戸惑いの色が濃く浮かんでいる。

 そして、それは彼だけではなかった。
 私の隣でナイフを拭きつつ話を聞いていたデスタンも、リゴールと同じように、困惑の色を浮かべている。

「え……あの、エアリ……?」

 一分にも満たない沈黙の後、リゴールが口を開く。

「エアリのお母様の家とは……どういう意味なのでしょうか」
「ごめんなさい。事情を説明するわ」
「は、はい」

 リゴールとデスタン、両者から凝視され、背筋に緊張が走る。だが、何事もきちんと説明をしなければ何も始まらない。そう思うから、私は、話すことにした。

「あの後、話をしていて分かったのだけれど、私の母はホワイトスター出身だったみたいで」
「そ、そうなのですか!?」

 リゴールは食いついてくる。

「えぇ。リゴールのことを知っていたのも、母がホワイトスター出身だったからだわ」
「確かに……あの方はわたくしを見てすぐに気がついたようでしたね」

 嘘だ、と言われたらどうしようと、不安もあった。けれど、リゴールは私の発言を否定したりせず聞いてくれたから、私は少し安堵することができた。

「そんな話をしながら、母が暮らしている家へ行ったの。思っていたより立派な屋敷だったわ」
「ということは……ご両親がそれぞれ屋敷を? もしかして、エアリは、結構高い身分のお嬢様で……?」
「まさか。それはないわ」

 貧しい暮らしをしていたということはないが、特別豊かな暮らしをしていたわけでもない。
 家は森の奥の狭い村。食事はあっさり。友人はあまりいない。そんな、ぱっとしない暮らしをしてきた。

「でね、その屋敷がホワイトスター風だって、母が言うのよ」
「それは……ホワイトスター風の建築ということですか?」
「どちらかというと、外観みたい。それと、白い石畳があるところも気に入っているみたいだったわ」

 すると、リゴールが目をぱっと開いた。

「白い石畳!」

 リゴールの青い双眸に光が宿る。
 また、彼の表情が急に明るくなった。

「白い石畳のことをご存知とは! エアリのお母様がホワイトスターの関係者だというのは、真実なのですね!」

 そんなに意味のあるものなのか、白い石畳。

「疑っていたの?」
「あ……い、いえっ! そういうことでは! ありませっ……んぅ!?」

 首を左右に振りながら、慌てて上半身を持ち上げようとしたリゴールは、突如苦痛に顔を歪める。

「リゴール!?」
「す、すみません……急に動きすぎました……」

 そう言って、リゴールは再び横になる。

「しっかりして下さい、王子」

 デスタンは冷めた声で挟んでくる。

「は、はい……」
「情けないですよ」
「すみません、デスタン……」

 デスタンは妙に厳しい言い方をする。
 なぜだろう。
 あんなに、リゴールを大切に思っているようだったのに。

「だからね、もし良かったら、リゴールも屋敷に来てくれない?」
「あ、いえ……そんな。もうお世話になるわけには……」
「皆で一緒に過ごすというのも、楽しいと思うわよ?」
「は、はい。それはその通りですが……」

 リゴールは嫌なのだろうか?
 そんな風に考えていると。

「何のつもりです」

 デスタンがそう発した。

「王子を手に入れようという算段なら、許しはしません」
「なっ……そんなわけないじゃない!」
「暮らせる家はここにあります。わざわざ移動する意味など、ありはしないでしょう」

 こちらを睨みながら、冷ややかな声を発するデスタン。

「環境が変われば、王子に負担をかけることになります。追い出されてしまったならともかく、意味もないのに移動する必要が、どこにあると言うのですか」

 ……既に反対されている。

 デスタンがこの状態では、もし仮にリゴールが移動に賛成してくれたとしても、すんなりと移動することはできないだろう。

 本当に説得すべきは、リゴールよりデスタンなのかもしれない。

「ホワイトスターのことに理解がある人がいる家の方が良いかなって思ったのよ」
「理解など必要ありません。協力してくれるなら、それだけで十分です」
「それに、この家がブラックスターにバレた可能性が高いなら、移動した方が……」
「そんなことを言って、貴女は王子を連れていきたいだけではないのですか?」

 ……う。

 ま、まぁ、それもあるけど。

 だが、リゴールを連れていきたいからという理由だけで、こんな提案をしているわけではない。

 ——けれど、そこは、デスタンには伝わっていないようで。

「王子はおもちゃではないのですよ!」

 鋭く言われてしまった。

「な、何よ、いきなり……」
「王子がいつも貴女の言いなりになると思っているなら、それは大間違いです!」

 声を荒らげるデスタンを余所に、ベッドで横になっているリゴールを一瞥する。リゴールは、焦りと不安が混ざったような表情で、私たちを見つめていた。

「都合よく利用しようとしないで下さい!」
「利用? 何よそれ。そんな言い方はないでしょ!?」
「貴女の自己中心的な発言によって、王子はいつも迷惑を被っているのです!」

 ——その時。

「もう止めて下さい、デスタン」

 リゴールがデスタンの片手を掴んで言った。

「そんなに言わなくて良いですから」

 制止されたことが意外だったのか、デスタンは戸惑ったような顔をしている。

「しかし王子、この女は……」
「この女ではありません! エアリです!」
「すみません。……ですが、彼女は、王子の善良な心に付け込むようなことばかり」

 デスタンは謝罪しつつも意見を述べる。しかしリゴールは、首をゆっくりと左右に動かすだけで、デスタンの意見に賛同はしない。

「エアリのことを悪く言うのは止めて下さい」
「……なぜですか、王子」
「彼女は信頼するに値する人物です」

 納得できない、というような顔つきをしている、デスタン。しかし、今回はリゴールも譲らない。

「意見を述べるのは自由です。が、意味もなく攻撃的な言葉を発するのは、わたくしが許しません」
「……はい」
「エアリは優しい人。それは、きっといつか、貴方にも分かるはずです」

 リゴールがそう言ったのを最後に、デスタンは唇を結んだ。
 それを確認してから、リゴールは私の方へと視線を移す。

「デスタンが色々すみません」
「え? あ。気にしないで」
「お誘いありがとうございます。その……エアリに誘っていただけて、嬉しいです」

 リゴールは、はにかむ。

「ただ、すぐには決められないので……少し待っていただけませんか?」

 デスタンにはこれでもかというほど反対されてしまったが、リゴールは嫌がってはいないようだ。

「分かった。待つわ」
「ありがとうございます……!」
「お礼なんていいのよ。こっちこそ、急に言って悪かったわね」

 この感じなら、もしかしたら、上手くいくかもしれない。まだはっきりとした返答は貰えていないから、確定ではないけれど。でも、エトーリアの屋敷へ移動するという道も消え去ってはいないと、そう考えて問題ないはずだ。

Re: あなたの剣になりたい ( No.41 )
日時: 2019/07/26 16:11
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3i70snR8)

episode.38 歪な二人、花咲く二人

 次の日の夜、入浴を済ませて自室に帰るべく歩いていると、デスタンと彼を引っ張るミセが正面からやって来た。

 ミセは両腕をデスタンの片腕に絡め、胸元を彼にぴたりと密着させている。こんな歩き方をして、恥ずかしくないのだろうか。

 ……いや、彼女は平気なのだろう。

 平気でないのだとしたら、こんな絡み方はしないはずだ。それに、そんな状態で堂々と歩くなんてことは、絶対にしないだろう。つまり、絡みつくような体勢のまま歩くことができているという時点で、平気だということが証明されている。

「あーら、エアリ!」

 どう反応すれば良いのか分からず戸惑っていたところ、ミセが自ら声をかけてきた。

「あ、ミセさん」
「お風呂帰りかしらー?」
「はい」
「お疲れ様ー」

 ミセはご機嫌なようで、軽やかな口調だ。

「ミセさんはデスタンさんとご一緒なのですね」
「えぇそうよ!」

 物凄く親しい、という雰囲気をアピールしようとしているかのような振る舞いをする、ミセ。しかしデスタンは、それとは対照的に、真顔である。

 二人の顔を見ていれば、まともな関係が成り立っていないことは、一目瞭然。

 だが、ミセがデスタンを見上げて「ね? デスタン」と言った瞬間、デスタンはその面に穏やかな笑みを浮かべた。そして、柔らかな声で「はい」と返す。

 デスタンはこんな人ではない。
 私はそれを、嫌というほど知っている。

 だから、デスタンの偽りの仮面に騙されうっとりしているミセを見ていると、複雑な心境になってしまう。

「では失礼します」

 私が軽く頭を下げると。

「はぁーい。また明日ねー」

 ミセは可愛らしく返してきた。
 デスタンがいるからか、私にも、ぶりっこモードが適用されているようだ。珍しい。

 そうして私は、二人とすれ違い、リゴールが待つ部屋へと向かった。


「ただいま」

 驚かせないようにそう言ってから、扉を開ける。
 すると、ベッドに寝転がっていたリゴールが、視線をこちらへ向けてきた。

「終わられましたか!」

 リゴールの表情は明るい。それに、生き生きしている。昨日から今日にかけてゆっくりと休んだからか、今までよりずっと元気そうだ。

「えぇ。リゴールは入るの?」
「あ、はい」

 ベッドから起き上がるリゴール。

「昨夜は入れなかったので、今日は入りたいのです」
「一人で行ける? ついていこうか?」
「あ、いえ。問題ありません」

 リゴールはベッドから立ち上がると、素早く風呂の準備をして部屋から出ていった。

 彼が出ていってから、私はベッドに腰掛ける。

 そして、一人思う。
 大事なくて良かった、と。

 リゴールの話によれば、私がエトーリアと共にミセの家を出た後、グラネイトがやって来たらしい。そして、一対一の戦いを申し込まれたということだった。そうしてリゴールはグラネイトと交戦することになり、結果、負傷と魔法の使い過ぎで倒れることとなったのだ。

 今回はデスタンが早めに発見したから良かった。
 だが、もし彼が気づかなかったら、もっと大事になってしまっていたことだろう。

「良かった……本当に」

 誰もいない静寂の中、呟く。
 その言葉に偽りはない。

 だが、それですべてが終わったわけではない。

 リゴールが「グラネイトを倒した」とは言わなかったことから察するに、彼はまだ生きているのだろう。だとしたら、きっと、彼はまた私たちを狙いにやって来る。

 退ける方法を考えなくてはならない。

「……そうだ」

 ふと、胸元のペンダントに視線が落ちた。

「これが使えたら……」

 このペンダントを剣に変えられたなら、私も力になれるはず。素人であることに変わりはないが、それでも、少しは戦えるだろう。

 ——そんなことをぐるぐる考えているうちに、リゴールが帰ってきた。

「戻って参りました」
「リゴール! 早かったわね」
「そうでしょうか?」
「だって、さっき出ていったばかりじゃない」

 すると、リゴールは首を傾げた。

「え、そうですか……?」
「そんな気がしただけかしら」
「きっとそうですよ!」

 リゴールが言うなら、そうなのかもしれない。
 色々考え事をしていたから気がついていなかったが、意外と時が経っていたのだろうか。

「貴方が言うなら、きっとそうね」
「はい……!」
「ごめんなさい、おかしなことを言って」
「いえいえ! お気になさらず!」

 リゴールは首を左右に振り、軽やかな足取りでベッドへ近づいてくる。そして、私のすぐ隣に座った。

「昨日は、心配お掛けして、すみませんでした」
「え?」
「それに、デスタンがあのような失礼なことを……」

 すっかり元気になっているリゴールだが、どうやら、昨日のことを少し気にしているようだ。

「ただ、デスタンは悪人ではないのです。本当は優しく頼りになる人なのです。ですからどうか、嫌いにならないで下さい……」

 そこから流れるように、リゴールは、デスタンの良いところを話し出す。

「デスタンは優しいのですよ。いつもわたくしのことを心配してくれていますし、わたくしが怪我した時や体調不良の時にはずっと傍にいてくれます。また、敵に襲われた時には、自身の身を顧みることなく戦って、わたくしのことを護ってくれるのです」

 リゴールは、穏やかな表情でこちらを見つめながら、流れるように話す。

「それに、悩んでいる時には相談させてくれます。時には辛辣な意見を言ってくることもあるにはありますが……でも、それは優しさゆえなのです。根は優しい人だからこそ、本心からの言葉を言ってくれるのです」

 彼が滑らかに話すのを聞いていたら、「そうなのかもしれない」と思えるようになってきた。

「……分かるわ、リゴール」
「本当ですか!?」
「えぇ。デスタンさんは、根は善い人なのよね」

 根っからの悪人ではない、ということは、私も知っている。

 デスタンは、ほぼ初対面だった私にまで、住むところを提供してくれた。それに、ウェスタに襲撃された時も、助けに入ってくれた。

 そんな人が根っからの悪人ということは、まずないだろう。

「私は彼の多くを知っているわけではない。でも、分かるわ」
「分かっていただけますか!」

 リゴールの顔面に花が咲く。

「当然よ。分からないわけがないわ」
「良かったです……!」

 そう言って、リゴールは胸を撫で下ろす。

「デスタンは、嫌いな者にはすぐ余計なことを言うので、非常に誤解されやすいのです。ホワイトスターにいた頃も、口の悪さによって、いろんな人から嫌われていました」

 それは、さらっと明かして良いことなのだろうか……?

「ですから、エアリにも嫌われてしまったら大変だと思い、不安だったのです」
「大丈夫よ、そんなの」
「……杞憂で良かったです」


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