コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.22 )
- 日時: 2019/07/10 18:56
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: apTS.Dj.)
episode.21 二つの動き
エアリらが風の吹く高台に到着していた頃。
ブラックスターの首都にそびえる鋼鉄製の五階建て建築物——ナイトメシア城。その一階の大広間に、グラネイトとウェスタは帰還していた。
「ふはは! ご苦労だったな、ウェスタ!」
「……騒がないで、不愉快」
ウェスタは漆黒の石を敷き詰めた床の上を行ったり来たり。ヒールが石に当たる硬い音だけが、天井の高い大広間に響く。
「相変わらずつれないな!」
「……黙って」
冷たくあしらわれても挫けず話しかけ続けるグラネイト。そんな彼を、ウェスタは冷ややかに睨む。
「……くだらない話をしに集まったわけじゃない」
ウェスタはグラネイトを冷たく突き放す。それでもグラネイトは止まらない。彼はウェスタに歩み寄りながら、「くだらなくなんかない! これは、凄く意味のある会話だ!」などと主張する。そんな彼を見て、ウェスタは呆れ果てた顔になっていた。
「……誰のせいで任務失敗になったと思っている」
「任務失敗? まさか! 屋敷を焼き払うことには成功しただろ!」
「だが王子は逃した」
ウェスタの赤い瞳が、グラネイトを真っ直ぐに捉える。
そこに滲んでいるのは、怒り。
「王子を逃しては意味がない」
「うっ……し、仕方ないだろう! 護衛がいたんだから!」
グラネイトは慌てて言い訳をする。
「アイツがしたーっぱを蹴散らさなければ、このグラネイト様が敗走することになんてならなかったんだ!」
だが、いくら言い訳をしたところでウェスタの怒りは収まらない——かと思われたのだが。
「……そう」
意外にも、ウェスタは責めることを止めた。
「分かってくれたか!?」
「確かに……アイツは強い」
責められなくなった途端、グラネイトは調子に乗る。ウェスタに急接近すると、後ろから彼女の体を抱き締める。
「だろ!? 仕方なかったんだ! ウェスタなら分かってくれると思っていたぞ! ふは——ぐぅッ!?」
すっかり油断していたグラネイトの腹に、ウェスタの右肘が突き刺さる。
「う……ぐ……何しやがる」
「抱き締めるのは止めろと、前にも言ったはず」
「す、すまん……」
腹部を押さえながら謝るグラネイトに、ウェスタは氷のような眼差しを向ける。
「謝罪はいい。ただ、繰り返すな」
「も、もちろんだ……」
肘での一撃がよほど効いたのか、グラネイトはよろけていた。
「しっかし、アイツがもう合流しているとはな」
グラネイトは肘で殴られた腹部を押さえたまま、ブラックホールのように黒い天井を見上げる。
「確か、お前の兄だったか」
その問いに、ウェスタは俯く。
「……そう」
ウェスタの唇が微かに動いた。
「アイツは兄さんだった……」
俯くウェスタの儚げな表情に、グラネイトはむず痒そうな顔をする。
何とかしたいが良い案が思いつかない、というような表情。
「でも、もう仲間ではない」
「いいのか? ウェスタ。もしアイツと戦うことになっても」
グラネイトが問うと、ウェスタはゆっくりと顔を上げた。そして、彼に向かってそっと微笑む。
「……もちろん」
その時の声だけは、それまでとは違って、柔らかさのあるものだった。
◆
「あーら、デスタン! ちゃーんと帰ってきてくれたのねぇ!」
「はい」
「大切な方とやらには、会えたのかしらぁ?」
「はい。おかげさまで。馬車代ありがとうございました」
あれから少し歩いて、一軒の家に到着した。一階建てではあるけれど、それなりに立派な石造りの家である。先頭を歩いていたデスタンは、特に何も言わぬまま玄関のベルを鳴らした。すると、家から女性が出てきて——今に至る。
「いーのよ、そんなのはぁ! それよりそれより、寂しかったわぁ。アタシ、昨夜は寂しくて死ぬかと思った!」
ぽってりとした唇が印象的な女性は、出てきてデスタンの姿を視認するや否や、体を彼にぴったりとくっつけていた。
「……何だか凄く積極的ね」
「……ですね」
少し離れた位置に立ってその様子を見ていた私は、同じく離れた位置に立っているリゴールと、さりげなく言葉を交わす。
今の私とリゴールの心は、恐らく、同じ感情で満ちていることだろう。
「デスタンはどうだったのぉ? アタシがいなくて寂しかったぁ?」
女性は気味が悪いくらいの猫撫で声でそんなことを問う。
だが、相手はあのデスタン。彼女が理想とするような答えが返ってくるわけがない——そう思っていたのだが。
「えぇ、それはもう……」
デスタンは少し目を細め、切なげな笑みをうっすらと浮かべる。
「言葉にならないくらい寂しかったです」
刹那、隣に立っているリゴールが、ぶふぉっと吹き出した。
一方私はというと、吹き出すことは何とか免れたが、信じられない振る舞いをするデスタンを見て、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
「やーん、嬉しいー」
女性はデスタンを抱き締め、甘ったるい声を発する。
「私も同じ想いですよ」
「うふふぅ」
「ところで、少し構わないでしょうか?」
目の前でいちゃつく二人を見ていたら、段々、「私はここにいない方がいいのでは」と思ってきた。
……もっとも、デスタンは本気ではないのだろうが。
「ところで、少し構わないでしょうか」
「なぁにぃ? デスタン」
「実は……しばらくここに泊めてほしい者がいるのです」
抱きつかれたまま、デスタンは切り出す。
「あーら。それは一体、どういうことかしらぁ?」
「二人なのですが、どちらも私の大切な人なのです」
どちらも。
その言葉は、私にさらなる衝撃を与えた。
デスタンはあんなに私を好いていないようなことを言っていたのに、泊まる場所を確保するためだけに嘘を。
そう考えると、彼も案外悪い人ではないのかもしれないと思えてきた。
「ただ、事情があって家には帰られないのです。なので住むところがなく……」
彼がそこまで言った時、女性は急に片手の人差し指を伸ばした。そして、その指先を、デスタンの唇へ当てる。
「うふふぅ。相変わらず、おねだりが上手ねぇ」
「頼んでばかりで申し訳ありません」
「普通なら断るところだけど……デスタンの頼みなら仕方ないわ。泊めてもいいわよぉ」
凄い! これは上手くいきそう!
「で、どんな方々なのかしらぁ?」
女性はぽってりした唇を動かしながら問う。その問いに答えるように、デスタンは私たちの方を向いた。
「彼らなのですが」
その時になって、初めて、女性の視線が私とリゴールへ注がれた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.23 )
- 日時: 2019/07/10 18:58
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: apTS.Dj.)
episode.22 お世話になります
デスタンに引っ付いていた女性の視線が、私たちの方へと向く。
リゴールへ視線を向けた時、彼女は、少し驚いた顔をしていた。
一方、私へ視線を向けた時は、渋い物を食べてしまったかのような表情を浮かべていた。
反応に差がありすぎるような気がしてならない。
「問題ありませんか?」
デスタンは柔らかな笑みを浮かべながら、落ち着きのある調子で問う。
すると女性は、甘ったるい声で返す。
「あーらデスタン。女の子が見えるけどぉ?」
もしかしたら、デスタンが女を連れてきたことに腹を立てているのかもしれない。
彼女の声を聞いていたら、ふとそんなことが頭をよぎった。
「はい。一人は女です」
「えぇー? どういう関係なのかしらぁ?」
女性は、厚みのある唇を尖らせながら、デスタンに向かって問いを放つ。
「大切な方の大切な人なのです」
デスタンはさらりと答えた。
「大切な人の、大切な人……ですってぇ?」
「はい。そうです」
「そう……恋愛関係ではないと言うのねぇ」
女性はデスタンへ、じっとりとした視線を送る。しかしデスタンはまったく動じない。
「そんなこと、あるわけがないでしょう。私が愛しく思っているのは貴女一人です」
デスタンの芝居がかった発言に、女性は、ふっくらした頬を赤く染める。
「まぁそこまで言ってくれるなら……いいわ!」
そう言って、女性は私たちの方へと駆けてきた。
「いらっしゃーい!」
女性は、ふっくらした頬を持ち上げて、愛らしく笑う。
「アタシの名前はミセよ! 貴方たち、お名前は?」
両手を大きく広げながら、波打った柔らかそうな赤毛を揺らす彼女を見ていると、「案外悪い人ではないのかも」なんて思えてきた。
「……リゴールと申します」
ミセの華やかな雰囲気に圧倒されている様子のリゴールは、控えめに名乗った。
すると、ミセは突然リゴールを抱き締める。
「そう! よろしく頼むわね!」
「なっ……いきなり何を……」
リゴールは狼狽えている。
「可愛い少年っていうのも好きよー!」
ミセは遠慮などという概念を持たない女性だった。リゴールが狼狽えていることなどまったく気にせず、母親が幼い息子を抱き締めるかのようにがっつりと抱き締めている。
「や、止めて下さい!」
「えぇー? いいじゃなーい、このくらい」
「不躾ですよ! いきなりこんなことをして!」
らしくなく少々攻撃的な言葉を放つリゴール。
「いきなりこのような行為、不快です!」
リゴールがそこまで言うと、ミセはようやく抱き締めることを止めた。
威嚇するように睨むリゴールに対し、彼女は、笑いながら「そんなに怒らないでちょうだいよー」などと言っていた。
「えーと、それでー……」
それからミセは、私の方へと視線を向けてくる。
「貴女、お名前は?」
「……え」
「名前よ、名前!」
やはり私には厳しい。
デスタンはもちろん、リゴールにも優しく接していた。だから、実はそちらが本性なのかもしれないと思いもしたのだが、そんなことはなさそうだ。
「あ、はい。エアリ・フィールドといいます」
するとミセは。
「そ。ま、安心していいわ。泊めてはあげるから」
上から目線の言葉選び。直前までとはまったく異なる声色。そして、暗に「私の方が偉いのよ」と主張しているような目つき。
「ありがとうございます」
「デスタンの頼みだから泊めてあげるだけよ!」
「それでもありがたいです。感謝します」
ひとまず下手に出ておいた。
ミセを怒らせてしまったりしたら、どうなるか分からないからである。
それに、今は泊めてもらえるだけでありがたい。
村から出てきてしまった以上、これまでのように振る舞っている余裕はない——自分の心にそう言い聞かせた。
デスタンが頼んでくれたおかげで、私とリゴールに部屋が与えられた。
……と言っても、私とリゴール、二人で一つの部屋だが。
「なんと! こんな素晴らしい部屋を使わせていただけるのですか!」
デスタンに案内してもらい、私たち用の部屋に入るや否や、リゴールが感嘆の声を漏らした。その瞳は輝いている。
「貴方のおかげです、デスタン! 本当にありがとうございます!」
「いえ。私は何も、たいしたことはしていません」
「しかしデスタン! この部屋はかなり立派です!」
リゴールは興奮気味だ。
「ベッドもありますし、テーブルもランプも! こんなのは、ホワイトスターにいた頃以来です!」
謎のステップを踏むリゴールの姿は、珍妙としか言い様がない。
ただ、立派な部屋であることは確かだ。
二人で過ごすとなると若干狭く感じる可能性もある——が、決して狭い部屋ではない。それに、床にはワインカラーの絨毯が敷いてある。見ても華やかだし、歩くたびふかふかという音が聞こえてきそうだ。歩く時に足の裏に伝わる感触が、木の板の床とはまったく違う。
「素敵ですよね! エアリ!」
黙って周囲を見渡していたところ、リゴールに急に話しかけられた。
「え……えぇ、そうね。ゆっくり生活できそうなところだわ」
話しかけられたのが急だったせいで、ぎこちない話し方になってしまった。
それに違和感を抱いたのか、リゴールは首を傾げる。
「どうしました? エアリ。あまり元気がなさそうですが……」
「え、あ……そうかしら。そんなことないわよ」
ただ、ぎこちない話し方になってしまっただけだ。
「本当ですか……?」
私を見つめるリゴールの瞳は、まだ不安げに揺れていた。
「えぇ、本当よ」
「……なら良いのですが」
「気にかけてくれてありがとう、リゴール」
その時、少し離れた位置に立っていたデスタンが口を挟んできた。
「王子を心配させないで下さいよ」
冷たい言葉を投げかけられ、「何よその言い方!」と返したい衝動に駆られる。
だが、彼のおかげでこの部屋を借りることができたということがあるから、あまり攻撃的には返せない。
「分かったわよ。心配させないよう気をつけるわ」
「あまり心配させるようなら、消しますから」
「しつこいわね!」
「……念のため言っておいただけです」
数秒空けて、デスタンは続ける。
「それでは、どうぞ、ゆっくりお休みになって下さい」
自分は休めないけれど、という言葉が後ろにくっついていそうな言い方だった。
「え。貴方は?」
「私はあの女の機嫌取りです」
ちょ、言い方。
「機嫌取りって……その表現はまずくない?」
「まずくなどありません、事実ですから」
「いや、だとしてももう少しましな言い方が……」
デスタンは最後まで聞かず返してくる。
「慕っているわけではなく、愛しているわけでもなく、しかしそれらしいことを言う。機嫌取りとしか言い様がないと思うのですが」
堂々と言うことだろうか、それは。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.24 )
- 日時: 2019/07/12 16:57
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: vnwOaJ75)
episode.23 ペンダント
デスタンが出ていくと、私はリゴールと二人きりになった。
初めて来た部屋で彼と二人。
何だか、不思議な感覚だ。
数日前に知り合ったばかりの人と、慣れない場所で過ごす。それは、何となく奇妙な感覚を覚えるようなことで。でも、悪い気はしなかった。良い刺激があるという意味では、悪いことばかりでもないのかもしれない。
「あ、そうでした。エアリ」
そんな何とも言えない空気が漂う中で、先に口を開いたのはリゴールだった。
「あのペンダント、お返ししますね」
彼はそう言って、襟を開ける。そして、首にかけてあったペンダントを取り出す。
いつの間にか彼のところへ戻っていたことが驚きだ。だが、驚いた点はそこだけではなく。いつの間にやら剣の形ではなくペンダントの形に戻っていたというところも、驚いた点と言えよう。
「これは……」
「剣になっていたペンダントです。なぜだか分かりませんが、いつの間にかペンダントの状態に戻っていたみたいで」
「そうだったの。不思議ね」
うっかり馬車の中に忘れたりしなくて良かった、と安堵する。
そんな私に、リゴールは歩み寄ってきた。
「……何?」
私がそう問うと、彼は少し笑みを浮かべてペンダントを差し出してきた。
「これ、エアリに差し上げます」
リゴールは穏やかに微笑みつつ言う。
「えっ。いいわよ、そんなの。それはリゴールの大切なものじゃない」
「いえ……貴女に受け取っていただきたいのです」
私は暫し、言葉を失った。
「貴女は初対面のわたくしに泊まる場所を恵んで下さった。それに、わたくしのせいで襲撃に巻き込まれた時も、責めずにいて下さった。……そのお礼として、これを貴女に贈りたいのです」
リゴールの青い双眸は、私をじっと捉えていた。
「……悪いわ、そんなの」
少ししてようやく言葉を取り戻した私は、小さな声で返す。
「それはリゴールのものよ。私が持つべきものなんかじゃないわ」
するとリゴールは、ほんの僅かに両の眉を寄せ、それから軽く首を傾げた。
その様は、まるで、純粋な子どものよう。
「……そうでしょうか?」
「えぇ。無関係な私が持つべきものではないと思うの」
すると、リゴールは心なしか険しい顔つきになる。
「エアリは……無関係ということはありません。このペンダントを初めて剣に変えた人ですから」
言われると、確かに、と思ってしまった。
彼が言うことも間違いではない。
ほんの数日前までの私なら、リゴールらの世界とはまったく無関係の人間だった。けれど、リゴールに出会い事情を聞いてしまったその時からは、無関係ではなくなったのだ。
まだ、自らを「関係者」と言えるほどではないけれど。
「確かに……言われてみればそうね。無関係ではなかったわね」
「はい! ですから、受け取って下さい!」
……いや、それはさすがにこじつけだろう。
だが、ペンダントを受け取るくらいは何の問題もないだろう。彼がせっかくこう言ってくれているのだから、わざわざ拒否することもなさそうだ。
そんなことを考え、私は、ペンダントを貰うことにした。
「ありがとう、リゴール」
「受け取っていただけますか……?」
「えぇ。貴方がそう言ってくれるなら」
途端にリゴールの表情が柔らかくなる。
「本当ですか! ありがとうございます!」
よく晴れた日の空のように曇りのない顔つきをしているリゴールから、ペンダントを手渡される。受け取る瞬間、ほんの一瞬だけ指と指が触れたので、不思議な感じがした。
手のひらにペンダント。
こちらも、これまた不思議な感じだ。
磨きあげたばかりのように輝く銀色の円盤。そこに埋め込まれた、星形の白い石。何か深いメッセージが込められていそうな、厳かな空気を漂わせたデザインである。
「近くで見ると綺麗なペンダントね」
「そう言っていただけると、嬉しいです!」
「大切にするわ。ありがとう」
言いながら、私は少し移動。室内に一つだけある大きめのベッドの端に腰掛ける。
……ん?
ちょっと待って。
この部屋にあるベッドは一つだけ。二人で一室なのに、ベッドは部屋に一つだけ。
これって、少しおかしくない?
「ねぇリゴール」
「はい?」
「この部屋、ベッドは一つしかないわよね?」
それまでとまったく違う話をいきなり振ったからか、リゴールは顔に戸惑い色を浮かべていた。が、戸惑いつつも周囲をきちんと見回す。それから答える。
「確かに。そのようですね」
「二人の部屋なのに、変だわ」
「そうですか?」
「いや、だって、異性と同じベッドに入るなんてリゴールも嫌でしょう?」
こんな状況下だから仕方ないとも言えないことはないが。
「そうですか? わたくしはべつに、気にはしませんよ」
「えっ……」
「昔は親と一緒に寝ていましたし。よく子守唄を歌ってもらったりしたものです」
リゴールはそう言って笑う。
その表情に穢れはない。
真っ白な、純粋な、そんな笑顔だ。
「エアリはそうではないのですか?」
「私は……そういう経験はあまりないわ。母は仕事が忙しかったし、父は堅物だから」
「そうでしたか」
「あ、でも、バッサに物語を読んでもらったことはあるわよ」
遠い昔のことだから、それがどんな物語だったかは忘れてしまった。ただ、バッサが枕元で物語を読み聞かせてくれたということだけは、今でも覚えている。
「……あの家も、今はもうないのでしょうけどね」
ふと、父親やバッサのことが脳裏をよぎる。
父親やバッサはもちろん、他の使用人たちも、皆無事だったのだろうか。怪我はなかったか、命を落とした者はいなかったのか、気になり出すと気になって仕方がない。
楽しいことばかりではなかったし、あの村が大好きだったわけでもないけれど。
でも、あそこは確かに、私が生まれ育った場所であって。
「……エアリ」
リゴールが掠れたような小さな声をかけてくる。
「辛いのですか、やはり」
「まぁ、ね……。さすがに平気ってわけにはいかないわ」
はぁ、と溜め息を漏らす。
「こんな心持ちじゃ駄目よね。今は生き延びられたことに感謝しなくてはならない時だというのに」
するとリゴールは、私の両手を、包み込むように握ってきた。
「分かります」
彼は私の手を優しく握ったまま、真っ直ぐに見つめてくる。
「……分かったようなことを言うなと、そう言われてしまうかもしれませんが。それでも、それでもどうか……分かると言わせて下さい」
リゴールの眼差しが真剣な色を滲ませたものだったから、私は何も返せなかった。
「こんなですが、わたくしも一応、故郷を追われた身ですから……」
そこまで言いきってから、リゴールは苦笑い。
「……少しはお力になれるかと」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.25 )
- 日時: 2019/07/12 16:58
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: vnwOaJ75)
episode.24 穏やかな日々の中
以降、ミセが貸してくれた部屋で毎日を過ごした。
慣れない環境での暮らし。それは苦労の連続でもあったが、案外辛いことばかりでもなくて。リゴールが傍にいてくれるから、私にとってはわりと楽しい日々だった。
ミセは案外親切で、居候に等しい私たちにも無理難題を押し付けることはしない。
デスタンは顔を合わせるたび余計なことを言ってくるけれど、働きに出つつ、私たちが追い出されないよう上手くミセの機嫌を取ったりしてくれる。
そんな中で過ごせている私は、ある意味、幸せ者かもしれない。
徐々にそう思うようになってきた。
それから二週間ほどが経過した、ある日。
私とリゴールはミセに頼まれ、高台の下にある街へと買い物に行くこととなった。
ミセから、街への道のりを簡単に描いた地図と現金三千イーエンを受け取ると、リゴールと共に家を出る。
「よく晴れていますね」
青く澄んだ、雲一つない空を見上げ、リゴールは言った。
「えぇ、そうね」
「……美しい空です」
「私もそう思うわ」
ミセが描いてくれた地図を辿り歩く。
「ここへ来て、もう二週間。早いものですね、エアリ」
こちらへ来てからは、まだ一度も襲われていない。死ぬまでここで暮らせばいい、と思ってしまうくらい、穏やかな日々だ。
「あれからは敵襲はないわね」
「恐らく、わたくしがここにいることがまだバレていないのでしょう」
居場所がバレなければ、襲われることはない。ひっそりと暮らしていれば、毎日は穏やか。
私はそれでいい。
リゴールに出会ったことも、巻き込まれたことも、後悔してはいないから。
「すみません、エアリ。貴女までこんな暮らしをしなくてはならないことになってしまって」
「いいのよ。私、今の暮らし、意外と楽しいわ」
発した言葉に偽りはない。
それだけは言いきることができる。
「エアリは意外と楽観的ですね」
「暗い人生なんて楽しくないわ。前を向いていなくちゃ」
するとリゴールは、唐突に、ふふ、と笑みをこぼした。
「……素晴らしいですね」
坂道を下りながら、彼は微笑む。
「初めて出会った地上界の方がエアリで、本当に良かったです」
リゴールの瞳は、私たちを見下ろす空と同じくらい澄んだ、美しい青だった。
「へい! いらっしゃい!」
街へたどり着いて最初に訪ねたのは八百屋。
古そうなテントの下に、かごに入った色々な野菜が並んでいる、非常に原始的な店構えだ。
辺りには、果物の爽やかな香りが漂っている。
「すみませんー」
勇気を出して、店主らしき男性に話しかけてみた。
「ん? お嬢ちゃん、見かけない顔だな。旅行か何かか?」
日焼けした肌と筋肉のついた肩が印象的な店主と思われる男性は、私を見るなり、不思議そうな顔をする。
「あの、少しお聞きしたいのですが……じゃがいも、にんじん、みかん、ありますか?」
ミセから渡された買う物リストに書かれていたものの中から、野菜らしきものを選んで質問してみた。
「あぁ! あるぞ! 買ってくれるのか?」
「はい」
「何個だ?」
「えっと……」
買う物リストを再度確認し、答える。
「じゃがいも三つ、にんじん二本、みかん五つです」
「おし! そしたら、全部合わせて五百イーエンだ!」
「ありがとうございます」
ミセから渡されていた三千イーエンから、五百イーエン支払う。すると男性は、じゃがいもとにんじんとみかんをすべて詰めた紙袋を渡してくれた。
かなりずっしりしている。
「礼儀正しいお嬢ちゃんだから、サマーリンゴ一つ入れといた! 食べてくれよな!」
「ありがとうございます」
こうして、八百屋から去る。
「凄いです、エアリ! 買い物慣れしているのですね!」
八百屋から離れて砂利道を歩き始めるや否や、リゴールがそんなことを言ってきた。
「え。買い物のどこが凄いのよ」
「買い物などしたことがありませんから……その、わたくしから見れば、凄いことなのです」
「王子様だから?」
「はい、恐らく。物資の調達は、わたくしの役割ではなかったので」
……でしょうね。
王子に食料の買い物をさせるなんてこと、普通はないだろう。
「本当に……役に立てないことばかりです、わたくしは」
リゴールはそう言って、身を縮める。
「何を言っているの、リゴール。貴方は戦えるじゃない」
「しかし、さほど強くありません」
「でも、私を何度も護ってくれたじゃない」
「……いえ。わたくしこそ、エアリに助けられてばかりです」
砂利道なうえ人通りが多いので、結構豪快に、じゃりじゃりという音がする。最初こそ違和感があったが、慣れてくるにつれ気にならなくなった。
「わたくしの魔法はあまり連続で使えないので、かなり不便なのです。せめて、デスタンくらい戦えたなら……」
いや、それは無理があるだろう。
デスタンとリゴールでは、そもそも、身長が違う。もちろん体つきにも差があるし、性格もまったく異なっている。
それなのに同じくらいの戦いをしようなんて、無茶だ。
「彼には彼の良さがあるし、貴方には貴方の良さがあるわ。それでいいじゃない」
「しかし、わたくしはかなり弱く……」
「強さがすべてじゃないわ」
人が戦いの強さでしか評価されない世界なんて、虚しすぎる。
「優しさだって、時には武器になるものよ」
買い物の途中だというのに、なぜこんなシリアスな空気になってしまっているのだろう。そんなことを考えつつも、淡々と足を動かし続ける。
それからしばらく、私たちは言葉を交わさなかった。
「これで買い物は終わりだわ」
何とも言えない空気になってしまってから、しばらく、まとも言葉を交わしていなかった。隣を歩いてはいたけれど、話すことはなかったのだ。
だが、いつまでもこんな空気のままというのも嫌で。
だから私は、ミセに頼まれた買い物がすべて終わったタイミングで、自ら沈黙を破った。
「本当ですか! 早いですね!」
リゴールは意外にも、気まずくなさそうだ。
気まずくなっていたのは私の方だけだったのかもしれない。
「……そう?」
「はい! 驚きました!」
「それって、驚くほどのことなの?」
「えっと、それは分かりません。ただ、わたくしにとっては、驚くようなことだったのです」
一人気まずくなっていた私だったが、いざ話すとなると、案外自然に話すことができた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.26 )
- 日時: 2019/07/16 03:04
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Jolbfk2/)
episode.25 冷たい時間
その日の晩。
夕食を終え、部屋に戻った頃。
「王子、お風呂はいかがです?」
デスタンはいつもより早く、風呂を勧めに私たちの部屋へとやって来た。
「え! ……いつもより早くはありませんか?」
「はい。いつも最後の方で申し訳ないので、本日は順番を変えるよう話をつけてきました」
リゴールに向かってそう言うデスタンは、柔らかな微笑みを浮かべている。
「そんな。結構です、気遣いなんて」
「いえ。本来は王子を優先すべきですから」
「しかし……」
何か言おうとするリゴール。
しかし、デスタンは言葉を被せて、リゴールに言わせない。
「ゆっくりとお入り下さい」
デスタンは声も表情も柔らかい。が、「いいえ」とは言わせない空気を放っている。
「そ……そうですね。分かりました、入ってきます」
リゴールはそう返すと、速やかに入浴に使う物を集め、丁寧に「それではお先に失礼します」と言って、部屋から出ていった。
部屋に残された私は、デスタンと二人になってしまう。
「貴女……エアリと言いましたね」
二人になるや否や、デスタンが話しかけてくる。
彼の方から声をかけてくるとは予想していなかったため驚いた。が、平静を装って返す。
「そうよ」
デスタンは悪人ではない。リゴールのことを大切に思っていることは確かだし、リゴールと親しくしている私のことも気にかけてくれてはいるのだから、悪人なはずがないのだ。
ただ、彼が発する言葉には毒がある。
それゆえ、二人の時に話すのは少し不安だったりする。
「何か話でもあるのかしら」
「どうです、ここは」
闇が人となったような容姿をしている彼だが、その口から放たれる問いは、案外可愛らしいものだった。
「……どういう意味?」
もしかしたら言葉そのままの意味なのかもしれない。けれど、彼の口から放たれたものであるだけに、そのままの意味であるとは考えづらくて。
「深い意味などありません。ただ、現在の暮らしがこの世界ではどの程度の快適さなのかが、少し気になっただけのことです」
デスタンはぼんやりと宙を眺めながら、そんな風に返してきた。
どうやら、言葉そのままの意味であったようだ。嫌みではなかったらしい。なので私は、普通に答えることにした。
「快適だと思うわよ」
きちんとした部屋があって、食事も出してもらえて、風呂に入ることだってできる。それに、ほんの少し家から出るだけで、空と海の繋がる美しい世界を目にすることができるのだ。
これを快適と言わず、何を快適と言うのか。
「そうですか。なら良いのですが」
「もしかして……私のことを心配してくれているの?」
すると。
「まさか。それはありません、絶対に」
即座に否定されてしまった。
いや、もちろん、彼が私のことなど心配していないことは分かっていた。彼にとっては、私は他人。当然だ。
けれど——即座に否定されるのはさすがに悲しい。
「……そうよね、分かってたわ」
「ならなぜ聞いたのですか」
「……それは聞かないでちょうだい」
答えたくないから。
「分かりました。これ以上は聞きません」
デスタンはすんなりと下がった。
が、まだ二人であることに変わりはない。
それにしても、なぜ彼はここにいるのだろう。彼には自分の部屋があるのだから、いつものようにさっと戻ればいいのに。
「ねぇ、ちょっと。何をしているの?」
「王子の帰りを待っています。何か問題でも」
う、そう来るか……。
「いつもはすぐに部屋に帰るじゃない」
すると彼は、ふっと柔らかな笑みを浮かべて、口を動かす。
「そんなに不快ですか? 私は」
笑顔だ。でも、きっと、心は笑ってなどいない。
彼が笑みを浮かべるのが普通笑うようなタイミングだけではないということを、私は知っている。
「私も、恩知らずな女は嫌いです。不快ですから」
「ちょ……何よそれ」
「王子を保護していただいたという恩があるゆえ放り出せないというところも不快ですし」
「……それは私と関係なくない?」
不快なところを言っていく会みたいな空気は勘弁。
取り敢えず、この嫌な空気から逃れたい。そこで私は、思いきって、こちらから話を振ってみることにした。
「ところでデスタン」
「呼び捨てにしないで下さい。不愉快です」
「あ、ごめんなさい。じゃあ……デスタンさん」
「はい」
デスタンの双眸は、鋭い視線を向けてくる。
敵ではないから攻撃してはこないだろうが、少しでも余計なことを言えば掴みかかられそうな雰囲気だ。
「リゴールとは長い付き合いなの?」
デスタンとリゴールが信頼しあっていることは、これまでの二人の関わり方を見ていたら分かった。けれど、どのようにして出会ったのかは知らない。
「出会いとか……もし良かったら聞かせてくれない?」
「私と王子の出会い、ですか」
「えぇ!」
知らなくてはならない、ということはないが、知りたいと思ってしまうのだ。
「他人ひとの過去を詮索するなど、趣味が悪いですよ」
デスタンはそんなことを言う。
「大層ね。ただ少し聞いただけじゃない」
「出会って一月も経たない者に己の過去を話すなど、自殺行為です」
「自殺行為って、おかしな言い方ね。それはつまり、話したくないということ?」
遠回しに「言いたくない」と主張しているのかもしれない。
そう思ったので一応言ってみたところ、デスタンは頷いた。
「やっぱりそういうことだったのね。ならいいわよ、話さなくて。無理矢理聞き出そうなんて思っていないわ」
何も、デスタンの口から聞かなくてはならないことではない。デスタンが話したくないのなら、リゴールに聞けばいいのだから。
「じゃあ、リゴールに聞——」
「なら私が話します!!」
急に叫ぶデスタン。
静かだった空気が、荒々しい声に揺らされる。
「え……」
「王子にそのようなくだらぬことを話させるわけにはいきません!」
「えっと、あの……」
デスタンの態度が急変したことに戸惑いを隠せない。
「出会いから話せば良いのでしょう」
「え、えぇ……。でも、嫌ならいいのよ?」
「いえ。王子に迷惑をおかけするわけにはいきませんから、私が話します」
よく分からないが、話してくれるみたいだ。
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