包帯戦争。               作者/朝倉疾風

第三章 暗黙の了解は通じないと意味がない ~01~



セミが五月蝿い。いくら夏だからとて、人間様の生活を脅かしてまでこんなにまで鳴いていいものなのか。一度、セミに問うてみたくなる。
今現在7月中旬。もう少しで夏休みだ。セミの鳴き声が五月蝿いなあ……。まったく。
少しは静かにしろ。遠慮したらどうだよ。
「アイス、食いたい」
今、思い出した。ここ、駄菓子屋じゃん。
アイスの一つや二つなくてどうする。
と、いうわけで。
「小春ちゃん、アイス頂戴」
「やだね」
小春ちゃんは顔がいいから女の人からモテそうなのに、今は上半身裸で煙草を吸って……ってまあ、モテる要素はいくつもあるわけで。
「小春ちゃんの店、アイスあるでしょ」
「おめーの家だろうが。ドあほ。お前の小遣いは俺のだろーが」
「僕、お金もらってない」
「こまけーんだよ」
細かくないと思う。全然、ないと思う。

小春ちゃんは煙草を灰皿におしつけて、面倒くさそうな顔で、僕の隣で同じく縁側に座り、自分のお金で買った棒アイスを舐めているヒナトを見た。
「ヒナトは自分のお金で買ったから」
「わーってるよ、ンな事。じゃなくて。お前暑くないわけ?ンなの着て」
長袖、ではないけど、腕に包帯が巻かれていて、日光を集めやすい黒色のゴスロリ服を着ている。
汗一つかかずに、涼しげな顔をして、小春ちゃんを無視。



「あー、無視っすか。シカトっすか……」
「小春ちゃん、何歳よ。けっこー小さい事こだわってるじゃん」
「これはちっせーんじゃねだろ」
意味がわからない。
対してヒナトは無視を貫きながら、アイスを吸っている。包帯に少しだけ赤い染みが出来ている。
ケチャップかな?なんて古い冗談はさておき。
「ヒナト。その腕、今度はどしたわけ」
「切った」
「何で?」
「ナイフ。血がぶわーって出た」
そりゃそうだろうよ。
ここは保護者として、しからなきゃなー。
ん?保護者?
そういえば、前にヒナトを家に送った時、結構広いお屋敷みたいだったよな。
保護者って、誰と住んでるんだろう。

「ヒナトって、今誰と住んでるんだよ」
「おかーさんと、ナチ」
おかーさん、というフレーズに、目眩がした。頭痛がする。頭を金属バッドで殴られたような感覚がした。
ヒナトの母さん、生きてたのか。
自殺してなかったのか。
「でも、おかーさんは人形だから」
言っている意味が、少しだけわかる。要するに、アレだな。無表情無感情で、心が完全に破壊されている状態。
んでもって、何も答えなければ何も考えない。人形状態に陥ってるってわけだ。

「その、ナチっていう子は誰さん?」
「従兄弟」
へー、ふーん。従兄弟か。従兄弟、ねぇ。いたんだ。
いたっけ?覚えてないな。
「三人だけであの家住んでるの?」
無言で頷く。
「広くない?」
「ナチが、狭い所ダメなんだ」
閉所恐怖症、ね。あるいはトラウマか。
まったく、萱野家はどうなってんだか。僕もか。

目を閉じて、しばらく回想に浸る。
僕とヒナトは、小学生のときから仲が良かった。
まあ、なかよしって言っても、普通に話して遊んで、まあ週一くらいにだけど。
お互いの両親も顔見知りで、家は少し離れてたけど、まあ家に出入りはしていたわけで。
ヒナトには、双子で美形のおにーさんがいた。名前は、何だっけ。嘘。ホントは覚えてるけど、言いたくない。
その双子のおにーさんは、かなりの悪趣味で、変態だった。
児童ポルノや、殺人映画にどっぷりとはまり、兄弟そろって変になる。そして、あの日はヒナト家が僕の家に泊まりに来ていた。モチ、その兄弟も。
昼になって、まず最初に僕らの前で、ヒナトの父親が殺された。
刃物でズタズタに引き裂かれた皮膚と、生温かい金属製の匂いがする血。その胴体を切り裂いて、ミキサーにかけ、ドロドロにしていた。
醜悪なほどの笑顔に、身の毛もよだつ。

僕は何がなんだかわからなくて、そして次に絶叫をあげた僕の父親が、そして僕の母親が手にかけられた。僕の母親はすぐに殺されて、骨をボキボキと折られたけど、僕の父親は半殺しで生かされた。
泣きじゃくり、パニックになるヒナトが逃げ回るのを、追いかけて捕まえ、僕と、父親と共に縛り付ける。
一週間。
それが僕達が体験した恐怖の時間だった。
食事は、血みどろの両親たちの人肉だった。
僕とヒナトは裸にされ、ポルノ用の映像を撮られ、殺人映画の為に、残酷に父親を殺した。

鼓膜が裂けそうなほどの嫌な音。
もう心が壊れるのに時間はかからなかった。
ヒナトは純粋な部分を失い、穢れた下半身をナイフで削ごうとした。
ヒナトの母親は、最後まで何とか嘔吐しながらも耐えていた。
ヒナトが、ゆっくりと立ち上がった。
何をするのか、わからなかった。双子のおにーさん達は死体を解体しまくっていたし。
その金属バッドで、おもいきり、


「少年もアイス食べるか?」
そこには、いつものヒナトがいた。
「いいよ、別に」
「お前、顔色悪いぞ」
「大丈夫。小春ちゃんも目ぇ赤いよ」
「煙草の煙が目に入った。いってー」
ごしごしと目を擦る。
「ヒナト、最近よくここに来るけど」
「ここは安心する」
そうか、そんな事言ってたな。僕と居ると、安心するって。
嬉しいやら、複雑な気持ちだ。



そんな僕の前に、天川ナチが現れたのは、数日後だった。