包帯戦争。               作者/朝倉疾風

第四章  殺人鬼は壊れ、哂い出す   ~05~



後藤は苦い顔で僕を睨んでる。ぬー。あっつぃ。早くしてくれんかのう。
セミはどうして昼に鳴くんだろう。今、そう思った。残業は嫌いなのかな。セミに聞いてみたい。
「それ、俺が自首するか、殺されるかって意味?」
少し違うんだけど。殺しはしない。あくまで、僕は。
隣でナチが、表情は見えないけど多分後藤を悲しげに見てるんだろうなぁ。
ナチは人間性は充分まだあるから。
後藤からヒナトを守る為に送り迎えって、おいおい。
従兄弟ながら天晴れかなー。てか僕がその役目を預かってもいいんだけど。

「大人しく警察に行ってくれれば、僕もナチも無駄な汗かかない」
「………………だよね。俺次第だよね」
ナイフが、光る。
ついでに、後藤の目も。
「嫌っつったら?」
それは困る。僕が心配しているのは、ヒナトの安否じゃない。こいつはヒナトは殺さない。そうじゃなくて、
「殺してやる」
ナチの方だ。
さっきから殺気出しすぎ。僕でさえ少し焦ってほどだ。どんだけヒナトが好きなんだ、まったく。
後藤殺害宣言をした本人は、ジャージのファスナーをさげ、そこから後藤の持っている小型ナイフとは違い、料理をする包丁を取り出した。
……って、何持ってんだよ。気づかなかった、いや、気づかないフリをしてたけどさ。
突っ込む所が多すぎて、てか冗談として取れないからね。おにーさん困るよ、ナチくん。

「それで、俺を殺せるか?」
言う事じゃないけど、わき腹ぐさりで終わりだぜ?勿論、後藤はそういう事を言ってるんじゃないと思うけど。
ナチが、後藤を殺せるか。だろ?問題は。
「うん。殺せる。あねねがあの腐れ外道二人を殺せたんだから、僕もお前を殺せる」
ヒナトは錯乱状態だったわけで。でもキミは恐ろしく冷静じゃあないか。
今ここでナチに血を浴びせたら、面目つかない。
「ナチ、ヒナトが悲しむよ」
「……ッ」
人間性を持っているところが災いしたな。少しだけ躊躇した。ナチは、後藤を殺せない。
あくまでまだ人間として生きているナチにとって、殺人は「非日常的」なことで、慣れてないのだ。
精神が完全に崩壊しておらず、曖昧だから余計に。

「俺、ケーサツに行くつもり、ねーよ」
「そう。どんなに進めても?」
「おう」
「……でも、それはそれで困るんだけど」
「しったこっちゃねーよ」
そうですか。あー、そうですか。
人生の先輩の言う事は最低限聞いておけよ。
「おしゃべり終了?んじゃ、遠慮なく──」
至近距離で話していたため、不意をつかれた。
……僕ではなく、ナチが。
わき腹を刺され、少しの吐血。しゃがみこむ。
ナイフの先端に赤い液体をついているのを、後藤が舌で舐め取った。
僕はあながち冷静だった。
ジャージを脱ぎ、ナチのわき腹に抑えて止血。
そして、殺人鬼と向かい合う。

「死んじゃえばッ!!」
断ります。
考えもなしに、後藤が僕の肉を抉ろうと突進してくる。僕は少しだけ身を引いて、後藤の伸ばした手首を掴んだ。ナイフの刃の部分を躊躇いもなく直に触れ、取り上げる。
刃が皮膚を破り、肉に食い込んでくる。激痛が走ったが、これくらいは本当になんでもない。
ナイフは数メートル先に落ち、後藤の腹部目掛けて蹴りを一発。
「かはっ」
唾液を垂れさせながら、後藤も飛んだ。
動かない。
気絶か?
ノックアウト。

「ナチ、大丈夫か?」
「……痛い」
当たり前デショ。刺さったんだから。
「今、携帯で救急車と警察呼ぶから。待ってろ」
「ラジャ」
ポケットから携帯を出して、先に119にかける。ナチの状態と、今居る場所を伝えて、次に110。
「あ、警察ですか?今中央公園なんですけど、殺人鬼がいるんです。はい、はいはい。後藤くんです。連続殺人事件の、双子の犯人。そーです。気絶ちゅ」「祝詞ッッ!!!!」

ナチの叫び声が聞こえた。
あれ?
何で僕の名前知ってるんだろうか。
ヒナトは「少年」としか呼んでないはずだけど。
つか、何僕は刺さってんの?
祝詞くんの串刺し完成?焼かれるわけ?
「ざま……みろっ…」
背後で後藤の声がした。
あーなるほどね。
気絶、してなかったか。猫かぶりめ。

ぎーぎーぎーぎーぎー。
赤信号点滅中。
死ぬのか?
死ぬ気はないけど。
視界が回って、どさりと倒れる。
だっせーの。
何コレ。
何コレ。
本日何度目かの三途の川を徘徊中?笑えねーから、それ。
意味わかんない。
殺されるのは嫌だけど、死ぬのはいいかも。
なーんてね。

ナチが、何か話してる。つか、叫んでる。
生きろって?
死んでる僕に生きろって?
つくづく思うけど、本当人間らしいよ。
お前、何で僕とかヒナトに会っちゃったんだろうな。
会わないほうが、よかったかも。
そんな悲しい事言わないでと、ヤシロに言われた事を思い出す。
あいつ、生きてるのかなーなんて。