包帯戦争。               作者/朝倉疾風

第三章 暗黙の了解は通じないと意味がない ~03~



「まーた殺人事件かよ。どーしちまったんだ」
テレビを見ながら、小春ちゃんが悪態をつく。
夕飯を食べながら、三ヶ月前におこった目玉くりぬきを思い出し、テレビへと目を移す。
「……また?」
まただ。
また、この田舎町の、あ、いや違う。田舎町の隣だ。その区域で近頃、本格的な殺人事件がおこってる。双子だけを狙う、残忍な殺人が。
狙われているのは全員が双子。今まで三組、計六名が殺された。らしい。
まったく。非日常がどれだけあるんだ。
この世界腐ってるんじゃないの?今に始まった事じゃないけど。


   *

双子、と聞いて思い浮かべるのはヒナトの兄だ。
あのバカ兄貴に虐げられた数々の怨念を、ヒナトは今忘れている。兄がミート状態になったのを見て、ヒナトは自分が作ったのに、ショックで記憶が削れている。それだけじゃなく、自分が犯した殺人を覚えていない。と思う。
血だらけの暗闇で、ヒナトは必死で泣き叫んだ。
喉が枯れ、吐血するまで。その傍らで、僕はただ怖すぎて、恐ろしくて、そんな感覚も麻痺してしまったかのように、震えていた。
双子というのは、恐ろしい。
一人が歪んだ趣味思考を持てば、そのもう一人のその趣味を受け継ぐらしい。
児童ポルノやら殺人映画やらの何が面白いのか知れたわけじゃないけど、僕らはその人材、いや道具に使われたわけ。
皮肉だよ。ヒナトがそれを忘れているのは。
「箸、止まってる」
「あ」
そういえば、生きているのならヒナトの母親がどうしているのか少しばかり興味がある。
精神に少なからずダメージを受けているのは確かだ。
あの人はいつも感情的だったから。
壊れてるのか、狂ってるのか、はたまた惨劇を忘れてのうのうとやっているのか。
どうだろう。どっちでもいいけど。

朝。セミが五月蝿すぎる通学路を、ヒナトと二人で歩く。別に、待ち合わせしてないけど。成り行きで。ばったり会ってしまった。運命かな?なんて。 冗談だよ、冗談。
ヒナトには冗談が通じないから、怖いなー。
「少年、今日もセミが五月蝿い」
「そーですね」
「捕まえて殺したのに、五月蝿い」
「そーですね」
タモさんかよ。
てか一匹殺したくらいでセミ絶滅しないから。
「今までの重労働が水の泡だ」
「どんだけ殺したの」
「……これくらい」
言いながら、ヒナトがバッドと鞄を両脇に抱えて、手で大きな丸を作る。
……へぇ。いっぱい殺したね。わらい。
笑えねーよ。
ヒナトと戯れ(?)ながら教室に行く。
うーん。全員の視線がイタイよ。オーノー!!
ヒナトがバッドを振り回し、自分の席に着く。学校ではあまりヒナトとは話さない。
ヒナトも学校は嫌いらしく、席から立ち上がる事がない。移動教室のときもヒナトはここで居座っている。
その誰もいない教室で彼女が何をしているのか誰も知らない。
学校の七不思議として扱われている。嘘です。すんません。


   *

志乃岡が僕を見て、興味もなさそうにそっぽを向いた。こいつは何か変な奴だ。うん。
「……ねえ」
「はい」
初めて向こうから声をかけられた。
「あんたを無茶苦茶にした奴も、双子だったね」
「………………」
耳鳴りがしたけど、唾を飲んで聞こえないフリをした。こいつは記憶力がいい。僕もだけど。
「それが?どーした?」
平静を装ってみた。真っ直ぐに、そいつの目が僕を映す。
「今、殺されてるのも、双子ばっか」
「だな」
「………………」
「何が、言いたい?」
志乃岡がシャーシンの先を歯で齧る。
ん?独り言か?違うよな。僕話しかけられたし。
答えがないから、諦めて鞄を机に引っ掛けてそのまま寝ようとしたら、
「祝詞さんは、普通じゃないよね」
澄んだ声でそう聞いてきた。
こいつは何でか僕を「祝詞さん」と呼ぶ。
別にどーでもいいけど。

「それだけ?言いたい事は」
「……祝詞さんから見て、私は何に見える?」
簡単な質問だ。
僕にとって、人間はただ一つしか見えない。暗黙の了解で、志乃岡には分かって欲しいけど。でも。
「何に、見える?」
わからなかったみたい。暗黙の了解は、相手がわかってないと何の役にも立たない。
「人間」
当たり前の事を、言ってみた。
僕の眼球がおかしいのか、志乃岡の感覚がおかしいのか。
志乃岡は少しだけ視線を落としたけど、またすぐに僕を見つめて、
「そ」
「…………」
それだけ。
それだけだよ。
人間だ。
僕は人間が、どろどろしたものに見える。
ヒナトは……
ヒナトは?
ヒナトはどうだろう。
いつもバッドを振り回していて、誰が見たって頭のネジがどうかしているとしか思えない彼女を僕は、どう見てるんだ?
わからない。
わからない。
わからない。
わからない。
わからなくなって、それで、
それで?
それで…………


   *

同じかおのおにーちゃんは、ぼくが嫌がっているのに聞いてくれない。
しゅうあくな顔で、ぼくの服を脱がし、嫌なことをしてくる。
いやだ。
肌につきたてられるナイフの感覚が、つめたい。
ぞっとするほど、怖い。
やだ。やだやだやだやだ。


そのおにーちゃんが、殺された。
殺したのは、ぼくのあねね。
あねねはいつも優しい。
で、
ぼくは男の子にあった。
その子はぼくを見て、笑って、「同じだね」って言った。
なにが?
きみはだれ?
あねねはその子を知らないって言った。
じゃあ、誰?
その子は……その男の人はぼくを見て、笑ったんだ。
「同じだね」って。