包帯戦争。 作者/朝倉疾風

第四章 殺人鬼は壊れ、哂い出す ~01~
「志乃岡、あのさ。ちょっとは協力してくれよ」
志乃岡と同じ掲示委員の後藤悠太が、うんざりした顔で、自分の世界に閉じこもっている志乃岡に協力を強いていた。対して向こうは後藤の声が聞こえていないような素振りで、読書に集中している。
「きーてますかー」
「……………………………」
長い沈黙の後、後藤が僕を頼り気に見ている。
うーぬ。うぬぬぬぬぬ。
「志乃岡。後藤が呼んでる」
「知ってる」
お、返事だ。
「知ってるなら、何で後藤と話さないわけ?」
「……話す必要、ないし」
どうやら、僕としか話すつもりはないらしい。それを聞いて後藤が心外そうに、
「こいつに惚れてんの?」
渋い顔で志乃岡に聞いた。無視。
さっきから後藤と目も合わせようとしない。困った子だなぁ~。幼稚園の先生気取りだ。
ちなみに今は五時間目。先生が遅れている為、全員好き勝手に話している。
後藤が諦めたようにため息をついたが、だんだんと志乃岡の態度に嫌気が差したのか、
「いい加減にしろよ、なあ」
強い口調で志乃岡を指した。お、修羅場。
「こっちだってしっかりやってんだから、少しは協力しろよ。部活で忙しいのに。お前、帰宅部だから別にいーだろ」
何とも賛否両論が出そうな言い分。吐き気がしそうだ。志乃岡議員は態度を崩さず、また無視。
「おいっ」
大きさは普通だが、明らかに苛立ちがこもっている後藤の口調。
「さっきから何読んでんだよ。人の話聞けっ」
後藤が、細い志乃岡の手から読んでいた本を取り上げる。次の、瞬間だった。
志乃岡が、くるりと後ろを向いて、後藤を睨みつける。無表情な顔立ちが、一気に縮小される。
そして、
「だだだだだだだだ、だっ、だててててて。だって、おおおおおおままえ、うる、せせせせせいいぃぃぃ」
よくわからない言葉の羅列が続く。後藤、その隣の女子も呆然と志乃岡を見る。それでもお構いなしに、志乃岡は意味不明な言葉の羅列を繰り返す。
「し、っ、かかかかか。じゅ、あっ……こ、わっ……い、だって……おおおおまえ……こわ……」
震えている。
体が、表情が、
強張って、
志乃岡が壊れた。
いきなり立ち上がり、腕を振り上げる。
後藤を殴るのかと思ったら、窓ガラスを叩き割った。
悲鳴が聞こえるのは、一秒後。
ヒナトがいい夢から覚醒するのが、三秒後。
そして、
「………………………………」
志乃岡が発狂するのに、わずか一秒もかからなかった。
鋭い、やけに低音な絶叫。
普段大人しいイメージがあるため、ほとんどの生徒が驚いて、というかガラスで肌を切り血だらけになっている志乃岡を見て怯えた。
僕と、ヒナトだけがぼんやりと、いや、のんびりとその様子を見ていた。
視界の隅で、ヒナトが立ち上がる様子が見えた。こちらに向かって来る。バッドは持っていない。
「…………少年」
「ん?」
「こいつ、壊れたのか?」
「んー。ヒナトの目にはどう映る?」
「壊れてる」
「だよねー」
志乃岡が嘔吐、誰が呼んで来たのか、先生が入ってきた。血だらけの志乃岡と割れた窓ガラス、すっぱい匂いのする胃液と黄色の液体を見て、その場に硬直した。ダメだ、こりゃ。教師失格かーもねぇ。
「ヒナト、座っときな」
「……おぉ」
ヒナトが志乃岡の近くに居たら、真っ先にいつもバッドを持っているヒナトに疑いの目がかかるからね。僕の大事なヒナトが。なんて。
志乃岡は引きずられるようにして教室から出て行き、その後で四人の先生が嘔吐物やら窓ガラスの仕舞いをしていた。
僕や、後藤は席が近かった為、怪我はないかと心配されたが、無傷だった。

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