包帯戦争。 作者/朝倉疾風

第八章 僕が、僕であるために。 ~04~
ヒナトがどうして僕を『祝詞』として認識できなくなったのか、よくわからない。
僕はずっとヒナトの隣に居て、彼女が壊れていくのを見ていた。ていうか生爪を剥がされて正気で居られるわけなかろーめ。
僕は抵抗したけど、無駄でした。
色々奪われたなー。
心も、感情も、何もかも。もう絶対、女とでもベッドインできねーよ。ヒナトとでも無理だ。
あーぁ。奪われた僕のバージン……これ、本当ですから。思い出すだけで気色悪い。
「ふわあ」
目尻を赤くして未だに夢の中のヒナトがあくびをする。あ、涙がこぼれた。
ナチは何してんだろうな。春瀬さんの面倒か?
「ヒナちゃんは気楽でいーですねぇ」
一人呟いてみる。
これでヒナトが起きていたら、「ヒナちゃん?何その呼び方」って言われてんだろうなぁ。
ん?
襖が開いた。ナチ、じゃない。
「どちらさまさまさまさまさまさまさまさま?」
語尾が異常に長いぞ、おい。
じゃなくて。
何で春瀬さんが?つか、いやいや。
春瀬さんが居る!!
いや、春瀬さんの家なんだから春瀬さんが居るのは当然だけど何でか知らないけどナチから聞いたところでは人形みたいって聞いたんだけどそれと違うっていうか!!
「あーっと、のり……ただの少年です」
「少年ねんねんねんねんねんねん??」
おかしな文法だ。
宇宙人だろうか。
「春瀬さん、ですよね?」
「ですがですですですが、何でしょうか」
「僕の事、覚えてますか?」
地球上にあんまりいない(全然いない)と思われる天然の緑色の長髪を垂らし、首を傾げる。
覚えてないか「××ちゃん?」
うぎゃああああああああああああああああああああ。
慌てて口を抑える。
あーあーあーあーあーあー。
黄信号点滅中。赤になりかけ。やばいやばい。
嘔吐感がする。
気持ち悪い。
××××……。
あ あ
あ だ
! あ
が
「……いえ、僕はそんな名前じゃ、ない、です」
嘘をついた。
また、騙し続ける。
「そう?そんな名前だったようなようなような気がするんだけどだけどけど」
「僕の事は『少年』でいいです」
「しょーねん。しょーねん。しょーねん。了解」
変わってない。
童顔はまだ今年で四十代だとはわからない。二十代ほどだ。小柄な為、小動物みたい。
てか、昔から思ってたけど何で緑なんだ?遺伝?
いねーだろ、こんな髪の色の奴。
春瀬さんの目が動き、寝ているヒナトが映る。
「………死んでるの?」「眠ってるだけです」「泣いてる」「あくびしましたから」
ヒナトを自分の子供だと認識してるのか?この人。
「あの、春瀬さん」「んー?」「ナチは、どこですか?」
「ナチ?」
春瀬さんが眉をしかめる。
「ナチナチナチは台所でご飯をたべ、食べて食べ、るけど」
聞き取りにくいな。
ま、台所に居るって事はわかった。あと、ナチはきちんと認識してるって事も。
「このコ、誰だかわかります?」
「………ヒナ、ヒナヒナト。子供。私の、子供なのなのなのなの」
そう言って、ニカッと笑う。ニコッじゃない。ニカッだ。八重歯を出して、思い切り笑う。昔から変わってない。語尾以外は。
ナチが食べ終えたのか、居間に戻ってきた。
そして、春瀬さんを見て驚愕する。
「…………起き、たんだ」
まるで今までずっと寝ていたような言い方だった。
春瀬さんは体育座りをして、
「お目覚めざめざめしました」
元気よくご挨拶。
んー、えらいえらい。
「ヒナトの、方は?」明らかに同様してるな、ナチ。見てわかるでしょ。ヒナトは未だに夢の中浮遊してるっつーの。
「見ての通り」「そ、そっか。春瀬、戻ろう」
細く白い手首をナチが掴む。
「ずっと、眠るののの?」「眠る。僕は少年と話があるから」
お、えらーい。
ちゃんと僕との約束を守ってるではないかー。
褒めるのは、それくらい。
さて。
ナチをどれほど説明攻めしましょうか。
*
「あねねが、春瀬を殺そうとしたんだよ。解体が趣味だから、人形みたいな春瀬も玩具みたいに見えたんじゃないの?んで、そこで初めて春瀬が目を覚まして、精神崩壊。僕が止めなきゃ、お陀仏だよ」
それはそれは……。
ヒナトも殺人未遂で逮捕されそうな事しちゃって。あらまー。笑い事じゃなくてよ。
「で、それから春瀬さんは第2の精神脱線をおこしてウロウロ動き回るわ、子供帰りするわで大変だった。
最近は結構落ち着いてきたけど」
どんだけ崩壊してるんだ、この家の住人は。
まったく。
「今、春瀬さんを一人にしていいわけ?」「ないだろ。だから僕はいつも春瀬の傍にいる」「ヒナトは?」「あねねは、発狂する以外はまあ普通だから」
普通じゃないでしょ。
あのコ、動物解体して回ってんだよ。どこが普通だよ、おい。
「ヒナト、僕と住めばいいのに」
「それは絶対僕が許さない」
「シスコン」
「黙れ。殺すぞ」
むむっ。学校に行ってないから道徳的な事を学んでいないのか。ワルイコめ。

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