包帯戦争。 作者/朝倉疾風

第六章 殺人+日常=非日常? ~01~
紅桜、なんて誰がつけたんだ?まったく。
べにざくら。
洒落た名前だな。男子にはからかわれるし、女子からは「紅ちゃん」なんて呼ばれる。勘弁してほしいよ、ったく。
でも、こんな僕の名前を一人だけは笑わず、下の名前で呼んでくれた奴がいる。
小学2年生のときに転校してきた、曳詰ヤシロ。
最初は僕も女からと思った。
学校は私服だし、校則もそんな真面目じゃないから、茶髪の奴も入れば学校に来ない上級生の子もいる。
そして、ヤシロは女装だった。
びっくりして、こりゃクラス全員のからかいの対象になるなって思って。
ようやく僕からターゲットが外れるって思ったけど。
ヤシロは何か言われても知らんフリ。
無言でボーッと空を見ているような子だった。
決して染めた訳じゃない、色素の抜けた蒼白の髪の毛が印象的だった。
いつも一人だったけど、それを望んでいるような雰囲気だから、皆話もかけなかった。
そして今。
「ねーねー、ノリト~」
「……何?」
「僕おなか空いた~」
あ、言うの忘れてた。
ノリト、は僕の下の名前だ。「紅桜」とは似ても似つかぬミスマッチな名前。お父さんがつけたらしい。
「僕もおなか空いてるけど、あと20分くらいで給食だから」
今は四時間目のビオトープ観察、だからな。
「ぬー。20分て、結構あるじゃん」
「だから、待ちなさい」
周囲から見れば、僕達は変人でカップルにも見えただろうなぁ。
あまりにもヤシロが女子みたいで。
「ヤシロ、何で女の子みたいな格好してるの?」
当時、僕はまだ子供だったわけでして。
罪悪感なんて、さらっさら無いわけで。
ヤシロはポカンとして、
「僕が、女の子みたいだからだよっ!」
元気いっぱい満点のお返事をした。
んー。
確かに女の子っぽいけど、家の人は了承済みなのか?こんな高そうな服で。ませてるなぁ。
泥がついたらお家の人に怒られそう。
「家の人、何も言わないんだ?」
「いえ?いえのひと?えへへっ、あはははっ」
不思議な、奇妙な笑い方をヤシロはした。
「家の人って?ぼ、僕を?僕を壊す人?」
質問がよくわからない。ただ、首を上下に振った。
「こわ、こわすすすす……こわす、すわ、いたい」
最後に感情を言って、
「いた、い……いたた、頭、いた……こわ、れれ?」
数人の生徒が異変に気づき、ヤシロを見ている。
ダメだ、これ以上騒ぎを大きくするわけにはいかない。
幼いながらも僕はそう判断し、小刻みに震えるヤシロをそっと抱いた。
「大丈夫。大丈夫だよ、ヤシロ。誰もヤシロを壊しに来ないよ」
嘘だ。
ヤシロはきっと、家で何か怖いことがあったんだ。
それを隠して、感情が、おかしくなってる。
「ノリト、ずっと一緒にいて」
「うん」
「ぜーったい、だよ?だよ?僕、ノリトが遠くに行くのはヤだからね。……そいつら、殺しちゃうよ」
「………………うん」
殺せないくせに。
心の中でそう思った。
でも、ずっと一緒にいるよって言った。誓った。
僕は、ヤシロが恋愛感情でも家族としてでも、友達としてでもなく、「ヤシロ」という存在が、好きになってたんだ。
僕が、小学2年生のときのこと。
最初で最後の、ヤシロとの約束。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク