包帯戦争。 作者/朝倉疾風

第五章 迷路の出口にキミは立つ ~03~
<こわれたひなと>
のりとがいない。
どれだけさがしても、のりとがいない。
めのまえにいる、しょうねんをすきになった。
のりとがいない。
めのまえにいる、しょうねんがだれだかわからない。
きおくがしんだ。
のりともしんだ。
いやなふたつのかおもしんだ。
ほーかいした。ほーかい?
のりともきえた。
のりと?のりちゃん?わかんない。
*
病室から出て行くとき、ヤシロはヒナトをじろっと見てから行った。まったく、どうして僕も知り合いはおかしな奴らばっかりなんだよ。ったく。
悪態をついてみる。まー、僕も変なんだろうけど。
もうすぐで夏休みかぁ。何しよっかな。
ヒナトとラブラブデート??悪くない。なんて。
あー、くそ。
ヤシロと再会したくなかった。あまり好まない。
あいつも歪んでる。正常じゃない。
なんであんな風になったんだっけ?
ヒナトを危険な目にあわせたくない。ヤシロの殺人対象に、ヒナトもインプットされただろうから。
ぬー。
左手が痛いよぉ~。
後藤のナイフを阻止する為とはいえ、直に素手で刃を止めたのが間違いだったか。南無阿弥陀仏。
「"#$%!88Joiu"'(")(""&!'HUS("$%$%#~K!J8!!」
奇声が、あがった。
隣のベッドで、ヒナトが髪をかきむしっている。
ヤシロとは少し違う、明るい色素の髪が抜け落ちる。
「ギエーッ!!ぎゃあああああああっ!!!!」
ヒナトが、錯乱した。
ヒナトが、壊れた。
ヒナトが、必死で体を揺さぶる。
ガクンガクンッと頭を上下にふり、もげるんじゃないかと思うほど、手足をばたつかせる。
「ヒナトっ」
上半身に広がる痛みを我慢して、ベッドから降りる。
ヒナトの爪がかすった。少量の血がこぼれる。
「"$%!OSIUO"!)#(')!"'!(#OI'(!#!IOE)("&)(R!!」
「ひな…っ」
がしっとヒナトの両手を掴むことに成功した。
しばらく僕の手首を噛んだり、抵抗の素振りを見せたが、だんだん納まってきた。
「大丈夫だから」
僕の腕の中で、ヒナトが震えている。
「……しょ、ね……」
「ん?」
少年、と呼ばれた。
「の、のり、とが……いなっい」
「……………………」
僕が祝詞だと、ヒナトは自覚していないらしい。
僕は「少年」。名前もない。
「うん。いないね」
「かっ、か、かえって、こな……」
「来るよ、いつかきっと」
来ない。もう、祝詞は死んだ。消えた。
あの日、あの密室で。
ヒナトが僕にもわかるような音量で唾の飲み込む。
「しょ、ねん……」
「ん?」
「の、のりの、のりとがっ、き、きえ…たっ」
「わかってる」
ヒナトが軽く僕の胸を押した。そっと離すと、こちらを見て、肌が泡立つような無表情面で、
「しょーねんは、のりとににてるよねぇ」
ヒナトじゃない口調で聞いてきた。
「うん、そうかな。僕は祝詞じゃないからわからないけど」
「だよねー」
甘えた口調。
ヒナトがニカッと笑い、そのまま目を閉じる。
「祝詞は、きっとヒナトを迎えに来るよ」
なんて、ね。
多少、誤差がある。
運ばれた朝食を一人で食べながら、考える。
ヒナトがいう「祝詞」は、もちろん僕の事だ。僕の本名は「祝詞」で、そこは間違いない。
でも、ヒナトがいう「少年」も僕だ。
つまり。
僕は「祝詞」と認識されず、見ず知らずの「少年」として見られている。
ヒナトが言う「祝詞」はもう死んだ、というか消えて、目の前にいる、話を聞いてくれて優しい男の子が「少年」となったわけだ。
記憶障害で、「祝詞」の顔を思い出せないヒナトは、僕が自分の探している「祝詞」だとわかっていない。
どうして「僕」が消えたと認識されたかっていうと、これまた長くなるんだなー。
パス。
とにもかくにも、ヒナトの中では「祝詞」は死んで、僕は「少年」ってわけだ。
小春ちゃんが僕を祝詞と呼んでるけど、多分聞いていないだろうねぇ。

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