包帯戦争。 作者/朝倉疾風

第六章 殺人+日常=非日常? ~04~
見たところ、二十代前半ほどで私服だった。
今流行しているブーツやらダウンジャケットやらを着こなしている。髪の短いが茶髪で、キレイに整った顔立ちは笑っているのか真顔なのかわからない。
宮古さんは僕のベッドでどかんと居座り、僕と威嚇しているヒナトを満足そうに眺めている。
「あの、何の用ですか?」
「祝詞くん、ですよね。何とお呼びしたらいいでしょう」
この人……。そうか、知ってるんだな。
「何とでも」
「じゃあ。××ちゃんで♪」
耳鳴りがした。
鼓膜がグシュグシュと音をたて、破れる。
思わずその場で突っ伏して、嘔吐するところをグッと堪える。
口の中にたまった胃液をごくりと飲み込み、深く息をした。
「それは……かなり嫌ですね」「では、少年で」
こいつ、僕の一番嫌な呼び方をきちんと知ってる。て事は、前にヒナトの糞兄貴達が起こした事件を知っているって事か。
そして、僕の呼び方を聞いたという事は、ヒナトの精神状態も把握しているって意味だよな。
ケンカ売ってんのか。
「ヒナトさん、それ下ろしてください」「気安く呼ぶな。死ね」
「物騒ですね。では、私が死んだらヒナトさんが犯人という事で決まりですね」
ヒナトがそばにあったパイプ椅子を豪快に蹴る。
小さなタンスにぶつかり、椅子は倒れた。
宮古さんは興味もなさそうに可哀相なパイプ椅子を見て、「病院、行ってないみたいですね」静かに、ヒナトではなく僕に尋ねてきた。
「…………メジロ先生に聞いたんですか?」
「否定はしませんねぇ」
聞いたんだ。
「少年と喋るな」
ヒナトが歯軋りをしてバッドを構える。ボールを打つような構えじゃない。人の頭部に思い切り先端を打ち付ける体勢だ。恐ろしや。
「嫉妬、ですか。初々しいねぇ。あ、少年さん」
「何でしょう」
「また来ます」
「来るな」
僕ではなく、ヒナトが言った。
宮古さんは高そうなバッグを持って、ベッドから立ち上がり病室から出て行った。
メジロ先生には後で苦情を言うとして。ここからはヒナトのランチタイムだ。
「ヒナ」
ト……と、ととととととととととと?????
飛んできた。
バッドが。
頭部に激突する。
そのまま、そのまま、壁に背中をぶつけ、蹲る。
「どして?」
ガンガンする。平衡感覚が鈍る。
「どして、あたしの嫌がる事ばかり、するわけ?」
近づいてくる。
バッドを持って。
殺人犯のヒナトちゃんが。
「少年も、祝詞みたいに消えてっちゃヤダよ?」
消えないよ。
人格が崩壊しない限り。
僕は決めたんだ。ヒナトの側にいるって。
「ヒナト、ごめん。わかったから」
「みんな、みんな、死んじゃえばいいのに」
僕が含まれているのか、定かじゃないけど。
時々、世界には僕とヒナトしかいないと感じて、その虚しさに嫌気がさして、自殺したくなる。
そして周囲に人がいると確信すれば、その恐怖に吐き気がする。
人が、怖いのは前からだ。
「どうすればいい?」
「は?」
キミに聞いてみよう。
「どうすれば、祝詞だってわかる?」
少なくとも今は、それだけで充分だ。
「ヒナトにとっての祝詞って、誰?」
答えられないはずだ。
だって、
ヒナトにとっての僕は、いないんだから。
ただの少年として、デリートされている。
リセットはできない。消去なら、可能でしょ。
「……しょう、ねん」
戻ってきた。
ヒナトが。
僕をか細い声で呼び、バッドを落とす。うっ、鼓膜に響く嫌な音だ。
そのまま、床に座り込んでいる僕を、ゆっくりと抱きしめる。
「少年、少年は祝詞みたいだよ。祝詞みたいだよ」
ヒナトがもし、僕が祝詞だと知ったらどうなるんだろう。昔、中学一年生の時にそう言ったら見事に壊れた事があるから、もうしたくない。
ヒナトは涙をごしごし僕いすりつけて、顔を上げる。
「少年は祝詞の生まれ変わり?」「どして?」「みんな、少年の事祝詞って呼ぶ。そのたびに、お前は嫌な顔する」
へぇ。小春ちゃんや宮古さんの話、聞いてたんだ。
偉い偉い。
「みんな、僕の事を祝詞って思ってるんだよ。不思議だね」「弁解しないの?」「しない。人がそう思っていていいのなら、別にいい」
ヒナトみたいにね。
納得したのか、うんうんと頷き、つぶれかけのアンパンをビニールから出す。
そして、今まで見た事のない笑顔で、
「祝詞が現れたら、まずは殺すのだ♪」

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