包帯戦争。               作者/朝倉疾風

第十二章  真実が扉を叩く時   ~01~



寒い。生まれつき、寒いところが大嫌いでマフラーも二枚くらい重ねていた。
もうすぐで冬。
秋っていつまで秋なのかよくわからない。
カエルが冬眠してからが冬?雪が降ってから冬?赤い服着た変質者が子供たちに得体の知らない物を送るのが冬?(なんてね)
「春瀬、ご飯できたよ」「うっきゅー!」
あねねがもう一度壊してから、春瀬は無関心無表情からは解き放たれたけど、何だか・・・・・・・意味不明になってしまった。
でも、僕はあねねを責めない。
どうせ壊れてるんだから、これ以上粉々にしたって、文句ないだろうから。
「うーん。おいちー♪」そりゃよかった。
だし巻き卵と味噌汁、白菜の漬物というなんとも庶民的な朝食。
まるで親子みたいに見えるけど、僕の叔母さんに当たる人だから。
ボサボサの長い髪を掻きながら、長い欠伸をしている春瀬を観察してみる。
顔は、やっぱアレだ。あねねに似て超美人。美形多いからなぁ。そういや、あのムカつく少年も美形だけど、お似合いっつーか。そこがムカつく。第一なんだよ、あいつ。絶対最初女だと思っただろ。お前も女みてーな顔だよ、微妙にな。

玄関の方から電話の鳴る音がした。
「でんわじゃー」「待ってて」
こんな早朝から。まだ朝の11時だぜ?なんてね。うーん、あいつの口癖は嫌いじゃ。
「はい、もしもし」
どーせ、あねねだろ?
そしてその勘は、当たっている。
電話を切り、ため息。
まぁ、いいや。あいつが死んだって別に悲しくないし。ん?微妙に、悲しいかな。
「春瀬、何してんの」
台所に戻って、どうして机が赤く染まっているのかに一瞬だけ悩んだ。で、それが春瀬による自傷行為だと気づいた時、
って、ちょいちょいちょい!
何やってんの、マジで。
果物ナイフで指を刺している。
「春瀬っ」「およよよよー」
目を離す気もない。赤く散らばった肉片を床に捨て、ナイフをシンクの上に置く。
「ダメでしょ、春瀬。こんな事したら」
子供に言い聞かせるように注意した。
春瀬は目を合わさず、無邪気な一面で足をプラプラさせている。足の先端が腹部に当たるんですが・・・・。
「春瀬、怒るよ」「酸っぱい、血」
先端がなくなった指を見せ付けてくる。うーん、グロいかなぁ。ハンコみたい。
「消毒するから」「ねぇ」「ん?」「いつも一緒に住んでる、可愛い女の子どこ行ったの?」
もう名称も忘れたのか。
「あねねは・・・・・・・・・・・、うん。出張」な訳ねーだろ。
「あねねちゃんって言うんだ。へー」いや、あんたの娘だから。知ってるか?あんた、あねねの事本気で大切にしてたんだぞ。あと、××ちゃんの事も。あぁ、忘れてた。記憶から除外したい、二つの忌まわしい顔の事も。それで、裏切られて簡単に壊されて、今、あんたは不安定な足で地面を歩いている。
だけどそれでもどうしてか、それはとてもキレイでもある。

「僕、今から出かけてくるけど・・・・一人でいい子に出来る?」「わっかーた!」
何か、レストランの名前みたいな発音で返事された。
頭を撫でて、傷口は何とかなるだろーって感じでスルーして、ジャージを着る。
あ、言い忘れてたけど。
少年は、消えてしまいました。



   *



僕はあいつの事を何と呼べばいいんだろう。
少年? 祝詞? ××ちゃん? 最後の名称で呼ぶのは止めよう。本気で嫌がるから。
少年、でいいか。そう呼べって言われてる事だし。
何だか、『そこにいるのにいない』事にされたら、その存在理由が判らなくなって、絶望すると思う。それが、自分にとって大切な人なら、尚更。
あいつは、凄いとは思う。
何か、図太い神経してるなって、思う。
あねねにいない事にされて、自分のすぐ隣で自分を求めていて。でも、現実を告げれば記憶が蘇って発狂して腐って枯れる。
苦しい事だろうって、思うけどもだな。
あねねの事、好きじゃないなら解放してあげてほしい。
「あいつは、これからどーっすのかな」
まぁ、あねねとあいつ次第だけど。
んで、僕は関係ないけど。

そして僕は、最近「変な奴」にからまれていた。
「ナチっていうのかー、犬みたいだねぇ」
公園でブラブラしてたら、話しかけてきたそいつ。同い年みたいだけど、学校には行ってるみたいだ。
初めて会ったのは、公園で。
ブランコをこぎながら、家にあった苺牛乳を飲んでいた。視界にそいつが入ってきて、話しかけてきた。
ただ、それだけ。
でもあれから、見かけるたびに声をかけてくる。
今みたいに。
「ナチって、お座りとかできる?できるー?」
「・・・・・・・・・・・・・やろうと思えばできるけど、やりたくない」
「お手は?」
「はい」
右手と左手を重ねる。冷たかった。
「うっわー、ナチって手ぇちっちゃいね~。女の子みたい」
「うん、よく言われる。女だろーって」
あー、思い出すだけで腹立たしい。
隣のブランコに乗って、キコキコこぎ出す。肩までつくぐらいの黒髪が風に揺れる。てか、制服なんだな。当たり前か、平日の昼だから。サボりか?
「ナチって学校行ってないの?」
「うん」 行く意味ないし。
「勉強、できないの?」
「読み書きはできるけど」 一年生で思考回路狂ったんで。
「いつも、何してるの?」
「ボーっとしてる」 狂った家族の面倒みてます、はい。
「ナチって、何歳?」
「14歳」 微妙なお年頃ですなぁ。
「あ、私と同じだ♪」
「っぽいね」 あんたのネームにばっちり書いてる。

今までずっと質疑応答してたけど、こっちからも何か聞いてみようか。まずは、
「名前、何て言うわけ?」
ここだ。
いい加減名前を教えてくれ、って思う。
呼ぶ時苦労するし。いや、別に呼ばなくていいんだけどもね。
「私の名前は・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何故そこで止まる。
目を見て、そして息が止まりそうになった。
虚ろな目。あいつと同じだ。
何か、どこか孤独さを感じる奴の目。
誰だって、心の中に寂しさとか妬ましさを持っているけど、時にガタが来てそれが爆発する事がある。
その一歩手前の段階、みたいな。
「・・・・・・・・っ、十夜」「トオヤ?」「うん、そ。十夜っていうんだよ。男みてーな名前ダショ?」
まぁ、そうだね。
そうか、十夜っていうのか。
「まぁ、おにーちゃんの名前だけどね♪」
「・・・・・・・何、偽名使っちゃってるわけ」
「エヘヘ。私の名前は、  」

耳鳴りがした。
鼓膜が破けそうなほど、ガリガリと肉壁を掻き毟る。
え、え、え、え、
今なんて?
何て言った?
やっぱ、いい。言わなくていい。
その名前を繰り返すな。
あー、そうか。そうか。
あいつらの片割れと同じ名前なのか。
あの、汚い、吐き気のする、二つの顔の、

「・・・・・・・・・・・・・ッ、十夜で、いい?」
「へ? うん、いいよ。私、十夜です!」
よかった。これで本名呼んでって言われたら、壊れる所だった。
「ナチは、何で学校行かないの?」
人が、怖いからです 「ベンキョー嫌いだから」
「逆に、さぁ。何で十夜は学校行ってないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「今、丁度昼ごはんの時間だけど。何で公園にいるわけ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・まぁ、言えないなら、別にいいけど」
「・・・・・・・・・・ナチは、同じ匂いがする」
匂い? 無臭だと思うけど。
この年で加齢臭でも出てるんだろうか。なんてね。
「へぇ、そう?」
「うん。何か、フツーじゃないみたいな。匂いが」
鼻、いいんだな。ばっちし正解してる。
そうだよ、僕、汚れてるんだ。イケメンのお兄さん達にね、ビデオで撮られたんだよー。
「何かの間違いだと思うけどな」
だから、近づかない方がいい。キミはまだ、外れたルートを元に戻せるだろう?
「僕、フツーだよ。ただの面倒くさがりの不登校生」
「嘘つけ」
うーぬ、やっぱ同類は勘がいいんだろうか。よくわからん。
「私は、人前に出ると吐くし、外にも出たくないし、人の声聞くと叫ぶし、もーどんだけーみたいなね」
人間不信?精神科行ってくれ。
「何で僕は大丈夫なわけ?」
「・・・・・・・なんでだろう、安心するからかな」
立ち上がり、僕の正面に来て、
「・・・・・・・・・・・・ッ」
前から抱きしめてきた。ギュッと。
驚いて、久しぶりに人間と触れ合ったな~とか思ったり。
「あー、やっぱ安心するねぇ」
「・・・・・・・そう?」
「うん。何かね、あったかい」
「・・・・・・・へぇ」
どうしよう、抱きしめられるって初体験だから、ちょっと困る。しかも、女子から。
えっと、これ以上の事は・・・・、あー、保健習ってねぇから全くわからん。
「あの、ですね」「んー?」「そろそろ、離してくれまいかーと」「・・・・・・やだ」
拒否された。どうすりゃいいのよ。
心臓の鼓動が聞こえてくる。妙に落ち着いている。

「ね、」「はい」「ナチって好きな子いる?」「いない、けど」
嘘です。従姉妹のあねねに欲情してるんです。なんてね。ちげーよ、ただ幸せを願ってるだけ。
「じゃーさ、」「うん」「私を好きな子にしてー」
告白か?
噂に名高い、女子からの割合が多いと言われている告白か?
今まで実は、告白は何回もある。小学生の頃、凄かった。四年生が一番ピークだったかなぁ。
「まー、今すぐにとはいかないけど」
実際、僕は十夜の事嫌いじゃないし。まぁ、どっちかってっと好きの分類に入るけど。
「マジ? オッケーでた?」
「・・・・・・・・・んー、多分」
この感情は、限りなく「恋」としては認められないだろうけど。
抱擁を解いて、十夜が笑った。
「にゃぱー」
・・・・・・変な笑い方。