包帯戦争。 作者/朝倉疾風

第十二章 真実が扉を叩く時 ~03~
僕の両親が死んだのは、僕が4歳の時らしい。
事故であっけなく、ぼーんと。顔面潰れてぺしゃんこらしい。里親の所を渡り歩いて、結局はあねねの家に落ち着いた。
春瀬とか、優しかった。何でも、死んだ自分の兄に僕が似ているらしい。
あねねも弟ができたみたいに、僕のお世話してくれたし。あねねの父さんは、仕事が忙しくてあんまり会う事はできなかったけど、僕の誕生日の時には真っ赤なミニカーの玩具を買ってくれた。
僕だけ微妙に他人なのに、わけへだてなく叱ってくれたし、褒めてもくれた。
そして僕が、双子の性癖を目撃したのは、僕が小学一年生の時だった。
偶然、本当に偶然。双子は部屋が一緒で、いつも二人でいて、仲が良くて。
僕にも優しくしてくれて、兄の方は少し意地悪でからかわれたけど、お世話になった。ヒナトも双子が好きみたいで、よく××ちゃんも家に連れてきては、遊んでいた。
あねねが、ピアノの発表会の服を買いに行った時、家には僕と双子しかいなかった。
そして、
そして、
そして、
気づけば跡形も無く、心が歪んでいた。
「ねえ、ナチ。私ね、自分がどうしても好きになれない」
この間、後藤さんと対峙した公園で、近所の駄菓子屋で買った飴を舐めながら、十夜が呟いた。
口の中に広がる、甘ったるい味に少し酔いながら、十夜の話を聞く。なんか、彼氏っつーよりは人生相談所の人みたいになってるんだけど。
「何で?」
「人間だから」
「まあ、それは・・・・・・・そうだよね」
「人間は、嫌い。 嫌な事ばかりしてくる」
その考えに、とても強く賛同してしまう。
人間に感情なんてあるから、嫉妬が生まれて、憎悪が生まれて、そして歓喜が生まれる。
人間が最高潮に喜んでいる姿なんて、見ただけでぞっとする。醜悪で、欲望に酔って、淫乱で、気色悪い。
「どうして、人間が嫌いになったわけ?」
十夜が、壊れた理由。
興味本位で聞いたわけじゃない。ただ、この子となら世界を共存できるかなって思っただけ。
「・・・・・・・私、人を殺した事があるんだ」
「・・・・・・・そう」
「おにー、ちゃん」
兄妹というのは、曖昧なものだ。一歩間違えれば恋愛にもなるし、険悪にもなれば、犯罪的にもなる。
「十夜は、しんじゃったんだよ」
冗談は通じない雰囲気。
黙って、空気を少しでも軽くしようと思ったけど、僕の吐き出す二酸化炭素ぐらいで、世界は軽くなりませんでしたとさ。
「私を庇って、しんじゃった・・・・」
「それは、キミが殺したんじゃないんでしょ?」
そのお兄さんは、バカだよ。
庇われて生き残った奴が、どれだけの重いものを背負うか、予測せずに勝手な行動して、自分だけ死んで行くんだから。
まあ、庇いきれないと悔やんでいる人もいるけれど。
例えば、××ちゃんとか。
*
十夜はそれ以上何も喋らなかった。
だから、僕も何も言わなかった。 それについて何も触れずに、いつものように無邪気で、ペットを連想させる仕草で振舞っている。
僕も笑いながら、投げかける。 言葉を。
ねえ、ナチ。 ナチは私が居なくても生きていける?
うっそだー。 だってナチ、犬だから飼い主がいないと生きていけないでしょー。
私ね、ナチ。 知ってたんだよ、ナチの事。
ナチの、お姉さんの事。
ゴスロリで、可愛くて、でもすごく不安定で。
あのね、私を庇ってしんだおにいちゃんは、お母さんに殺されたんだよ。
錯乱したお母さんは、私に向かって包丁を突き出したの。
人間嫌いになった私は、ナチに出会って、ナチを「人間」じゃなくて「ペット」って思うようになったわけだよ。
おりこうさんで、可愛くて、暖かくて。
ナチも、人嫌いっぽかったしね。
ねえ、だから、ナチ。
もしナチが自殺したいなーって思ったとき、私と一緒にしなない?
告白だよ、コレ。
それまでしんじゃダメだよ。 しんだら絶好だからね。
ごめんなさい。
僕はまだしねません。
あねねを、幸せにしてあげなきゃいけないんです。
手紙を、くしゃくしゃに丸める。
そして、十夜の姿が見えなくなって、しばらくして。
自殺者が出たから、この田舎町はニュースで軽く取り上げられた。
「最近、お外でないね」
髪をくしで梳かされながら、春瀬が言った。
春瀬の髪は、量が多い。 梳かすのも一苦労だ。
「うん、もう行く必要もなくなったからね」
「ふーん。 じゃあ、春瀬といるの?」
「うん。 もうずっと一緒」
春瀬の華奢な体が、がくんと前に折れる。 僕よりも子供に見えてしょうがない。
「春瀬?」
「ウキキキ。 照れますなぁ」
顔を少し染めて、春瀬が笑う。
「そうだね」
僕も、笑う。
今思えば、彼女の前でも笑ってたけど、
ほんとにちゃんと、笑ってられてたのかなーって。
「春瀬、ちゃんと背筋伸ばして」
「ぬー、ぬほほほ」
あねねは帰ってこないけど。
でも、大丈夫だろうね。
ん、何だか眠たくなってきた。 ポカポカいい気持ち。
「しばらく眠るといいよ、ナチ」
うん、そうする。

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