包帯戦争。               作者/朝倉疾風

第四章  殺人鬼は壊れ、哂い出す   ~04~



ヒナトがバッドを地面から浮かして、僕らの方へ振り返る。音が止んで、静寂が生まれた。
昔はその静寂が恐ろしく、次に強いられる課題に怯えていたけど。
「ナチ、おなか空いた。意外に今日は疲れたから」
寝てたじゃん。うん、寝てた。完全に。
「帰ったら、ぼく何か作るよ」
「あれ、ヒナトじゃないんだ」
「あねねに作らせたら、どうなるか想像つくだろ」
……説得力のある質問だね、こりゃ。
「キミ、学校行ってるわけ?」
「行ってない。行く意味がわからない。何を学んでるのかさっぱり」
「ベンキョ」
「最悪だね。性に合わない」
中指だけを立てらせ、「死ね」のジェスチャーをされた。心なら、何度か死んでるけど。
ナチが僕を追い越し、ヒナトと手を繋ぐ。ヒナトは名残惜しそうに…っていうのは嘘だけど、何だか僕を見ていた。
女子の気持ちはわからん。いや、最もわからんのは殺人犯とかの気持ちだな。テストに出ても空欄で担任に叩き付けそうな勢いで、「わかりません」だ。
ウケル。
さぁ、行こうか。
今日の出来事で大体は予想がついたから。ね。



      <あははははははは>



夜だけど夏だから、それなりにジメジメして気持ち悪い。こっちの身にもなってもらいたい。あームカつく。鬱陶しい。
今日の志乃岡の態度は……参ったなぁ。
つか誰か止めようよ~。…なんて。
んで、俺は僕で夜中にフラフラと獲物を探し中。嘘。
塾帰りに公園で待ち伏せなのだ★…なーんて乙女心いっぱい花満開のぶりッ子口調は反吐が出そうだ。
ちなみに今は夜の11時ちょい過ぎ。
人気のまったくない公園を、二人の人間がジョギングしている。こんな夜中に、ねぇ。
近所に住んでいる、受験生の女の双子。だと思う。
最近太ったから、夜に走っていると言っていた。
ほほほほほほほほ。
同じ顔は嫌いだ。キモい。それこそ、女子のぶりっ子以上に嘔吐感がする。気色悪い。
だから、
だから、
殺す。
塾の鞄から小型ナイフを取って、僕は、
僕はその二人に近づいた。

街灯で、その二人の表情がハッキリと見える。
そして、
「こんな夜にナイフ持って、何してんの後藤」
それは女じゃなかった。
何で、つか、は?んでここにお前がいるわけ?
意味不明なんだけど。
つかその隣誰?
え?は?ん?
「訳わかんねーってツラだな。まー、それもそっか」
何抜かしてんだよ、こいつ。
「ね、聞いてますか?なーんでナイフ持ってるわけ?塾帰りにナイフ使うか?使わないでしょー。でしょでしょ」

ふざけてるのか?
「な訳ないでしょ。殺人鬼相手にふざける訳ないじゃん」
殺人鬼て……あぁ、そっか。
俺の事、見抜いたのか。へー。すご。
「いやいや。志乃岡の態度見ればわかったから」
マジで?ぬー。
「うん。マジで。志乃岡、パニックになっててお前見て“怖い”って言ってた。あれは、きっとお前に脅されてたんだろ。殺人現場を目撃されたとかなんとか」
お見事。
拍手喝采と行きましょうか。いや、でもまだだ。まだ、説明不足だ。
もう一人の顔がハッキリ見える。かなりの美形だけど。
どーしてここに天川ナチがいるわけ?
「ナチが付いて来たんだよ。僕は関係ない」
いやいやいや。説明しろって。

「じゃあ、バシバシ言うから。お前もアレだろ。ヒナトの双子の兄貴にいい様にされて快楽ごっこの玩具にされてたんだろ。6年前にその兄貴がとある嬢さんに殺されて、初めてお前も被害者だったって判明したんだ。お前は小学2年生のとき、下校途中にそのイカレタ双子に玩具にされて、脅されて返されたんだろ。そんで今の今までそのトラウマ抱えて生きてきたけど、ナチに会ってお前は変わった」

ぺちゃくちゃと、そいつが耳障りな事を言う。
「天川ナチも従兄弟であるその兄貴らに玩具にされていた。そんでここに来てお前と知り合った。お前はナチもその被害者である事を知り、共感するようになり、同時に双子に怒りと恐怖を覚えるようになった。お前と志乃岡、おんなじ塾で帰り道も似てるよな。偶然に志乃岡に見られて、脅しただろ」
へー、いい線言ってるね。
こいつは刑事か?ムカつく。
ほとんど、こいつが言ったとおりだ。

で、どうするわけ?
「どーもしない」
は?
「別に、後藤が殺人をやめてくれるんだったら、黙ってる。てか、そんなのどーでもいいし興味ないから、すぐに忘れると思う」
……こいつも、壊れてるんだろうな。色々と。
てか、じゃあ何で俺に会いに来た訳。興味ねーのならほっとけよ。
「そういうわけにも、いかなかったんだよ」
????
「ナチが、本気で悲しい顔してた」
……………………。
「ナチはわかってたんだ。お前が殺してるって。だから、お前をメチャクチャにした双子の妹であるヒナトをいつ襲うかわからないと心配した。それで、度々こっちの高校に来ては、ヒナトと帰るようになったんだ」
ナチも少し驚いた顔でこいつを見てる。
なーる。俺は、殺人鬼か。
当たり前か。人を、殺したんだから。のほほん。
そいつは俺を、死んだような目で睨み、初めて笑った。



「どうする?選択肢はあまりないから、自分で決めてくれよな」



     *


くらやみは怖い。いつあの恐ろしげな笑い声が聞こえてくるか、わからないから。
でも、そのくらやみに包まれているあねねは今もしあわせな顔でねむってる。
あねねが生きている世界は不幸なはずなのに、しあわせそうにねむっている。
ぼくはきっと、そんな安心して眠れない。
だから、どうかあねねだけは虚像のしあわせでもいい。しあわせでいてほしい。
だから、ぼくは祝詞とかいう人の言う事を聞く。

今から、殺人犯に、ぼくの同胞に会ってくる。

きめた。くらやみを愛そうと。
恐怖でなく、もう受け入れてしまおうと。
そうすれば、少なくとも、
深い夢の中で眠ることができるだろうから。