包帯戦争。               作者/朝倉疾風

第十三章  果敢ないルートを巡り巡る



僕の隣で、宇美さんが寝ていた。 金髪に染めた長い髪がベッドの上で好き勝手に暴れている。
閉じられた瞼。 小春ちゃんと同じ、キレイな顔をしている。 長い睫毛の上に、蒼のアイラインが引かれてあった。
僕の上半身は、裸で包帯が巻かれていた。
記憶の巻き戻しボタンを押すと、簡単に言えばヒナトに刺された事になる。
これで、いいんだ。
僕は僕を取り戻し、ヒナトは少年を失って僕も失った。
あー、曖昧すぎて複雑すぎて薄っぺらすぎてわからなくなってくる。
「ん、あ? ・・・・・・起きた? 祝詞」
宇美さんが顔を上げ、目をこすりながら欠伸をする。
ぼんやりと僕を見て、軽く手を挙げる。
「や。 久しぶりだね。 男前になっちゃって。 んー、キレイって言ったほうが無難だね」
実際宇美さんとは、5年ぐらい会っていなかった。
「宇美さんも、おキレイになられて・・・・・・」
「うわー、声変わりしてるぅ。 すっげー。 やっぱ祝詞でも成長すんだねぇ」
「当たり前です。 一応、生きてるんですから」
心はしんでるけど。
宇美さんがバスケットの中から、僕の見舞いだと思われるリンゴを取り出して、承諾もなしに噛んだ。

「あの子、今眠ってるから」
「・・・・・・・・・・・・・・ヒナト、ですか?」
「そ。 あんたを刺した後、散々泣きじゃくって発狂して嘔吐して、メジロが大変そうだったよ。 小春も参ったって顔してて。 あんたは腹腔までイッてて重症だからさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・凄い、ですね」
どんだけ刺したんだよ、ヒナト。
「しばらく安静にしときたまえ。 あんたは心も体も休憩する必要があるんだからね」
「宇美さんは、どうしてここにいるんですか?」
「お見舞い。 で、田舎に戻る事にしたわけ」
あらまあ。 リストラされたんだろうか。
それじゃ困る。 小春ちゃんが面倒くさがってまともに仕事をしないから、駄菓子屋も繁盛しないし。
「リストラ、って思ってないでしょうね」 「思うわけないじゃないですか」 「嘘つけ」 「・・・」
「実際のところ、どうなんです?」
「面倒くさくなって、疲れたから会社辞めたー」
・・・・・・・・・。 さすが小春ちゃんのお姉さん。 会社を辞めるまで行ったのか。
「でも、貯金はかなりあるんスよ~。 ほら、私ってかなりべっぴんさんでしょ? だから、見繕ってくれる男がこれまた大勢いるんだわ~♪」
どんな生活してたんだ。 ちゃんと仕事行ってたんだろうか。



   *



ベッドから降りてみる。 宇美さんに支えられながらゆっくりと一歩を歩く。 「祝詞」に戻って、初めての一歩だ。
「大丈夫? 痛くねー?」
「平気です。 痛いの慣れてるんで」
そーいや昔は間接を逆に折り曲げられて泣き叫んだっけ。 胸糞悪い思い出だ。
「一人で歩ける?」 「わりと平気っぽいです」「離すよ?」
そっと手を離された。 少しふらつきはしたけど、大丈夫。 しっかりと立ってる。 心は半分浮いてるけど。
「どこ行くわけ?」 「・・・・ヒナトに、会いに」
宇美さんが心配そうな顔をする。 似合わない。
「今、あの子に会ったら、どうするの? あの子は今、何を考えてんのかわかんねーんだよ?」
「でも、このまま会えないんじゃ困るし」
僕の存在価値が、なくなるから。
宇美さんを病室に残して、ヨタヨタと点滴を引きながら廊下を歩く。 ここは・・・・、何科だろう。
精神科か? 
表示を見る。 うん、ばっちり精神科だ。
とりあえずメジロさんの診察室に行ってみた。

「・・・・・・!」 「・・・・・・!」
そこに小春ちゃんもいたけど、何故がびっくりされた。 僕ってそんなに変な顔をしてるのか?
「おま、何歩いてんの」
小春ちゃん、僕夢遊病なのさー♪ なんてね。
「ヒナト、どこにいますか?」
そう聞くと、やっぱりなという顔でメジロさんが僕を見た。
「お前さ、もうあいつに会うのは止めろ」
「どうしてですか?」
「あいつは、少年を失った。 んで、祝詞を手に入れた。 あいつにとって祝詞は、お前は、憎しみでしかないんだ。 愛しいけど、憎い。 助けてくれなかったと勘違いしている。 ・・・あー、勘違いで終わって欲しいが、それ以上に深刻だ」
「判ってます」
「じゃあ、何でそこまでヒナトに執着している?」
判らないんです。
どうして、僕は、
殺されるかも知れないのに、
ヒナトに会おうとしてるんだろう。
「それが僕の、今生きている理由だからです」

理解されなくてもいいから。
理解しなくてもいいから。
理解できるはず、ないから。

「ヒナトの事、嫌いだけど大切だから、会いに行きます」

今まで会って来た人間は、どれもこれも壊れやすくて、強くて、頑丈で、とてもとても、人間らしかった。
僕らはそこで、どれだけの時間を普通の人間と交じり合って生きてきたんだろう。
大体、ヒナトのいる病室は判っていた。
いつもいつも、あそこに決まっている。
一番奥の、一人部屋。
時々、普通を知っていく中で、自分がどうしても人間じゃなくて、透明人間だと思ってしまう。
どうしてだろう。
どうしてなんだろうね。

病室に入る。 足が、異常に重かった。
ヒナトは起きていた。
「ヒナちゃん」
掠れた声で呼んでみる。 振り向いた。
「ヒナちゃん」
今度は泣きそうな顔でこちらを見つめた。
僕はそれ以上何も言わずに、ヒナトの華奢な体を抱きしめた。 冷たい。
「僕が誰だか、わかる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・××ちゃん」
耳の鼓膜が、ざわめいた。
いや、もう隠す必要もない。
隠す事なんて、何もないんだ。
ヒナトはあえて、僕の嫌う名前で呼んだ。


「のり、ちゃん」


春瀬が爪を剥がされながら、僕を呼んだ。
のりちゃん、のりちゃん、のりちゃん、のりちゃん
そして僕は、そう呼ばれるたびに、責められているような気がして、いつも嘔吐していた。
ヒナトの時もそうだった。
僕は隣にいるのに、祝詞祝詞と僕を呼び、
時には甘え、時には蔑み、時には助けを求めた。
当然ながら、僕は何もできなかった。
そして、ただただ壊れていくヒナトを見ながら、僕は祝詞なんかじゃないんだって言い訳していた。
「ヒナちゃん。 僕はもう、ヒナちゃんを見捨てたりしないから」
「のりちゃん、祝詞、祝詞、のりちゃ・・・・、わ、私、どうしよ・・・・・・・、こ、ろし、」
「何も言わなくていいよ」
それ以上は、何も。
「ヒナちゃんは、何も悪くないんだ。 なーにも」
「・・・・・・・のり、のり? 祝詞? のり・・・」
殺されたって、いーや。
心がもう疲れた。
腕に力を込める。
「・・・・・・・・私を助けてくれなかった、祝詞ですか?」
丁寧語だった。
こくんと頷く。

「・・・・・・・・ずっといつも一緒にいてくれた少年は、もういないんですか?」
「あれも、僕だったんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「僕を、殺さないの?」
あんなに恨んでいたのに。
あんなに求めて、憎んでいたのに。
「・・・・・・・違う」
拒否の言葉が出てきた。
「がうっ、違う、ちがっ こんなの祝詞じゃないっ!
祝詞は・・・・・・ッ、祝詞は少年なんかじゃないっ!」
ああ、リンクが上手くいかなかったんだ。
少年=祝詞 っていう公式を信じることができなくなったんだ。
「少年は祝詞なんかじゃないっ! 嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき! アンタ誰? 私は、わたし? ここにいる? ちゃんと、いる? 誰? みんな、みんな、やだっ、やだやだやだやだやだやだやだ」
「落ち着いて。 僕は、」 祝詞なんだ。
「")(#&)"!#(&(!"'#&!('"#&")(##&)"($"'#"'()!!」
意味不明な奇声。
そして僕の腕をガリガリと引っかき、点滴を蹴っ飛ばす。 僕の柔らかい皮膚を突き破って、針が飛び出た。 多少の血がこぼれる。
「★★★★☆☆……っ! ぐうううぅぅぅっ!! !"#('!=(#"!"#'!"&#(!'&#"=)(")#=(#)」
鋭い爪で皮膚が引き裂かれる。
それでも僕は、抱きしめ続けた。
暴れるヒナトを。

「大好き」 なんてね。
これからも僕は、道化を演じ続ける。
嘔吐をしながらも、ヒナトは暴れるのをやめない。
ガリガリガリと、僕の腕を引っかく。 皮膚が破れて血が迸る。
パジャマが血に染まってるけど、どうだってよかった。
「大好きだよ、ヒナちゃん。 ずっとずーっと、大好き。 これからも、今までも」
奇声を発し、咳き込みながらも嘔吐を続けるヒナトをこれ以上ないほど強く抱きしめた。
シーツにまで血が染み込んでいく。
傷を見た。
あらら、こりゃ僕本気でお陀仏かも。
ガリガリガリガリガリ
ヒナトが狂い、僕の首筋を思い切り噛んだ。

全身が冷たくなっていく。
それでも最後まで、僕は、
ヒナトの心を包む。
どれだけ彼女が僕を恨もうが、愛そうが、求めようが。
僕は、彼女の包帯になれただろうか。 心を修復することはできなくても、普通じゃなくなっても、真っ白い、透明で何もない空っぽの心で、ヒナトを包むことはできたのか?


ああ、これでホントに終わりだ。



僕、しんだら天国と地獄どっちに行くんだろう。

そんな疑問が、頭をかすった。