包帯戦争。 作者/朝倉疾風

第四章 殺人鬼は壊れ、哂い出す ~06~
目を開けると、病室で、隣にはヒナトがいた。愛用の金属バッドを持って。
「………………………」
ヒナトは、目を閉じて寝息をたてている。今起こしたら殴られるだろうなぁ。
そういえば、ナチは?
あの後、僕の勇気ある行動に免じて、助かってくれているといいんだけどな。
「やーっと目ぇ覚めたんだな。このドあほ」
小春ちゃんが、果物の入ったバスケットを持って、僕を睨んでいる。
「小春ちゃ」「診察代はそのヒナトが出した。礼言っとけよ」「……すんません」
「つか、お前さ。結構重症だったんだぞ」
そんな事、この腹部に巻かれている包帯の量でわかってる。
「何殺人犯と対立して重症負ってんだよ。ちっせークセに。阿呆かお前は」
「んー。そうみたい」
「フザけてるだろ」
「フザけようよ」
僕に呆れたのか、小春ちゃんがバスケットを乱暴に僕のフザの上に乗せた。梨が転がる。
「ナチは?」
「ナチ?……あー、あのガキか。あいつぁ大丈夫だ」
「どうなったわけ?」
小春ちゃんが長々と説明してくれた。説教もまじえて。
どうやら、僕が刺された後、ナチも太ももを指されたらしい。絶体絶命。あわや二人の尊い命がお陀仏になりかけたその時、後ろから後藤の頭部を殴ったのは、ヒナトだったらしい。
「ヒナトが?」
「おう。野性的勘だろうよ」
そして、尚も撲殺しようとするヒナトを、必死でナチが止めて、警察が来て、一件落着。
おじいさんとおばあさんは幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
「後で、礼言っとけよ。二人にも」
「ラジャ。てか、小春ちゃんは何してるわけ?」
「あ?」
「駄菓子屋は?」
小春ちゃんの顔が引きつる。「お前、俺見舞いに来てやってんだけど……」「あ、そーなの。なるほどー」
何て可愛げのないガキなんだ、僕は。てかもう18歳だからガキと判定していいのか微妙だけど。
「ガキだよ、お前は」
小春ちゃんが、珍しく静かに喋る。明日は槍が降るぞ。冗談です。
「まだ、何も知らないガキであって欲しかった」
もう、何もかも知っている。
人間の、どす黒い感情も、人が壊れたらどうなるの、とか。無感情の先に行き着く人間性の有無とか。
「こいつも……今頃はバッドじゃなくて、普通の高校生として生きてるんだろうけどな……」
ヒナトは、もう正常には戻らない。
狂ってしまったズレは、元には戻らず、そのままズルズルとズレはじめる。
ヒナトはきっと、僕が誰だかわかっていない。
あの醜悪な状態を共有してきたけど、記憶障害で僕はただの「少年」となった。
一度、名前を呼ばれたけど僕の本名を知ったくらいで、ヒナトは正常にならない。
おばばになっても、あのままバッドを引きずっているのか……?ありうる。
「お前は、無邪気なガキであってほしかったんだけど」
「無理、だね。小春ちゃん、無理だから。もう無理。手遅れ~」
小春ちゃんは、本当に優しいなぁ。元ヤンだけど。
「そーみたいだな」
そういえば、小春ちゃんて何歳だろう。26?くらいに見えるけど。どーでもいい。
次に見舞いに来たのは、ナチだった。
無表情で僕を見て、その横で規則正しい寝息をたてているヒナトを優しげな眼差しで見つめた。
「怪我、大丈夫?」
「安心せい。ほどほど大丈夫さっ」
無視された。
「つか、ナチは大丈夫なのか?聞いた所によると、太もも刺されたらしいけど」
「大丈夫だ。あねねが、助けてくれたから」
ぬー。うん。そうだね。僕じゃないよね。
あねねは今どんな夢を見ているのかなー。
「あんた、全治一ヶ月だって」
「ぎょえっ!マジで!?」
「……だって、なんか骨にヒビも入ってたみたいだし」
あっれー?いつの間に?おにーさんショックー。
ナチが小型ナイフを取って、先ほど小春ちゃんが持ってきたバスケットから、リンゴを選んだ。
皮を、むいていく。
「ぼく、殺せなかった」「殺さなくて正解だったよ。ナチまで犯罪者になったら、面目つかないしな」
手を止めて、僕を見て、視線をリンゴに戻す。
口と手だけ動かす。
「あんたは、あの絶望的な状況で、あねねが自分の兄を殺すのを見て、どう思った?」
「………………怖、かった」
少なくとも、ヒナトが救世主だとは思えなかった。
僕にはあの時、ヒナトが双子と同じ悪魔に見えていた。血を浴び、バッドを握り締め、ヒナトは最後に叫ぶように泣きじゃくっていた。
「あんたは、あねねが殺しているのを見て、何してたわけ?」
「ずっと、震えていた。泣いていたよ」
なんてね。
そんなわけないだろ。
涙が出ないほど、恐ろしかった。いや、恐ろしいなんてものじゃなかった。
震えがなく、全身が凍ってしまった感覚がしたっけ。涙は出なかった。
出る余裕がなかった。
「軽蔑する?僕を」「しない」
即答で返事をしてきた。
リンゴの皮が全て剥がされ、白い身があらわになる。
「しない。絶対にしない。むしろ尊敬する」
「はぁ?何で…?」
「そこまで壊されても、まだちゃんとここにいるから」
尊敬する、ねぇ。その台詞だと……へぇ。
「自殺、しようと思った事あるよ」
「っ」
ビンゴだ。
「でも、しなかった。ヒナトに助けられたからな」
「…………そう」
ナチは、自殺未遂の経験があるのか。だからいつもジャージなんだ。こんなに暑いのに。納得。
でも、ごめん。嘘だ。
自殺なんて、しようとも思わなかった。
あの時、死の恐怖を味わって、死ぬのが酷く恐ろしい。でも、生きてるのも億劫で、どちらとも拷問に見えてくる。
自殺しようとするなんて、人間性がある証拠だ。
自ら命を絶とうなんて、人間のすることだろ?
「ナチは、ヒナトや僕に会ってよかった?」
聞いておきたかった。
僕やヒナトに会って、ナチはよかったのか。
ナチはリンゴを齧る。あれ、僕にくれるんじゃなかったのか?
「よかったよ」
……やっぱ、人間だ。この子。
よかった、なんて嘘に決まってるのに。
ヒナト、覚醒
「ふわぁ……あれ。少年。起きてたのか」
「うん。ヒナト、有難うね。僕とナチ助けてくれて」
「悪い奴は、始末する。ナチが殺されそうになってたから、あたしは助けた」
「あれ、僕は?」
「勿論、少年もだ。あたしは正義の味方、ではないけど、少年の味方だ」
「ありがとう」
ホントに、ありがとう。

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