包帯戦争。 作者/朝倉疾風

第四章 殺人鬼は壊れ、哂い出す ~03~
「志乃岡、んだよ……俺が悪いみてーじゃん」
志乃岡の突然な発狂により、急遽授業が自習になった。クラスは騒然として、みんなで好き勝手話している。ヒナトは辺りを詮索していたが、やがて飽きたのかまた深い眠りにつこうとしている。
僕はグチグチと後ろで独り言を呟き、志乃岡化している後藤の面倒を見る。
「悪い、てかまーガンバレ」「後で先生に何か聞かれたら嫌なんすけど。あーあ最悪」「お前、何か志乃岡にしたの?怖いとか言ってたけど」「怖いって、おいおい。聞き間違いじゃねーの?」
後藤が少しだけ笑った。嫌な笑いだ。好ましくない。
笑うのなら、人間らしく笑えよ。僕は笑った事ないけど。
予鈴がなって、帰りに担任からは志乃岡の事はあまり口外しないようにと注意されただけだった。誰も志乃岡の事を聞かなかったし。興味もないから、僕はずっと眠ったままのヒナトを起こす。
「もう終わった?」
「うん。帰ろう」
ヒナトが目を擦りながらバッドを持つ。鞄を机に引っ掛けたままだから、僕が持つ。パシリかよー。
靴箱まで来た時、前を歩いていたヒナトが急に止まった。僕も慌てて立ち止まる。
目の前に、校内にナチがいた。
いつものようなジャージ姿でヒナト……の後ろにいる僕を見ている。いや睨んでいる。
さすがヒナトの血縁関係者。顔立ちも整ってる。相変わらず、性別だけが皆無。
っていうか、キミ。校内なんでいるの。不法侵入だよね。ね?
「あねね、帰るよ」
僕の心の声は無視された。
ヒナトが僕に振り返る。「ナチと帰る?」あ、しまった。本人の前でタメ口をきいてしまった。
ま、いいや。こっち先輩だし~。らりるれろ~。
「少年も、いい?」
あら意外。ヒナトが誰かに事を委ねるなんて。
「いいけど」
ややつっけんどんだ。嫌われているのか?ナチの視線が、僕からヒナトのバッドに映る。ふーむ。家族公認でこのバッドは与えられているのか。
ナチが加わってもヒナトは会話もせず、ほとんど並んで歩く僕とナチの前を離れて、バッドを引きずって歩いている。
音が五月蝿いんですけど。
「一つ、聞いていい?」
質問タイムらしい。
「どうぞ」
「あんた、アレ?あねねと一緒に被害を受けた……」
「ご名答」
この子は精神安定か?なわけないか。
爪をかむクセがあるのか、時々カキッという音が聞こえる。
「あねね、あんたのソレ知ってて仲良しなわけ?」
口調からして女の子なんだけど、声質が少年っぽいんだよなー、この子。
「多分、覚えてない。精神的ショックで記憶が跳んだんじゃないのかな」
「あんたは、覚えてるの?」
「記憶力はいい方なんで」
テストの成績はー……微妙だけどねっ。開き直り中。
「こっちからも聞いていい?」
返事がないから、聞く事にする。
「春瀬さん、元気?」
茅野春瀬。ヒナトの母親で、僕とヒナトと共にあの絶望的な状況から助かった人。多分、僕の記憶が間違っていなければ今年で39歳だと思う。
過去の引き出しを除けば、その割には童顔で幼くて、よく僕を「ノリちゃん」と呼んでは遊んでくれた。正確は無邪気ながらも、最後まで必死で耐えていた人だ。最終的に、心をメチャクチャにされたけど。
「春瀬は、人形みたいになってる。ヒナトは面倒みないから、ぼくが見てる」
「狭い所が、苦手なんだって?」
ナチがびくっと肩を震わせ、僕を見た。
その表情、僕はいやというほど知っている。恐怖の顔だ。そんなに嫌なものなのだろうか。
「閉所恐怖症っていうの?」
「…………っ」
何を言いたそうに口を開けたが、乾いた音しか出ない。だんだんとスローペースになってくるナチを見かね、僕は腕を掴んだ。細い。
「ヒナトー。ちょい待ち。ナチ置いてくな」
ヒナトが振り返る。ナチが呆然とどこかを見て、力なく歩いている。よほどトラウマがあったのか。それは失敬。失礼しやした。
「あねねの、兄貴は嫌いだ」
嫌い、か。僕なんかそれを越えて無感情だぜ。なんて。
「何かされたんだろ?あんな悪趣味変態野郎に」
「…………否定しない」
っつー事はだ。こいつは男だな。あいつらは変な性癖で、少年をいたぶる事に夢中になるような輩だから。
「もしや、ビデオ?」
頷く。
「そっちっすかー。同類だね、僕ら」
「あんたほど、精神病んでない」
「それは失敬」
本当だ。こいつは僕やヒナトほどじゃない。おそらくは一回か二回で事を終えたのだろう。
「あねねが、殺してくれたんだよね」
確認するように問う。
「あねねが、あいつらを殺してくれた」
今度は、確信だった。
「だからぼくは、あねねが好き。お前は嫌い」
「それはどうも。嫌われてますなぁ」
別に、ヒナト以外に嫌われてもいい。興味ないし、どーでもいいから。
でも理由だけは聞いておこう。
「僕のどこが嫌い?」
「人間じゃないのに、人間のフリしてる所」
ご名答。
どうやら勘が鋭いらしい。
「あねねは、あねねらしくいるから。人間のフリしてないから」
「だって人間性死んでるしね」
ヒナトのバッドを引きずる音が、慣れてきた。
「でもあんたは違う。仮面を被ってる。道化を演じてる。だから、怖い。嫌い」
「……もしかしてさ」
もしかしなくても、だ。
「近頃起こってる双子殺害事件って、ナチがやってんの?」
答えは多分──、
「そんなわけない」
だ。
ここでナチが殺人をしてもしなくても、絶対に否定する。ここで「はいそうです」なんて言うのはとんだ阿呆くらいだから。

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