包帯戦争。               作者/朝倉疾風

第五章  迷路の出口にキミは立つ  ~02~



ヒナトが戻ってきた。
我が子(バッド)を探して3時間後。お目当ての金属の塊をズルズル引きずりながら、病室に帰ってくる。
僕は先ほど看護婦さんが運んできた夕食を手をつけずに待っていた。
「ご苦労様。二人分あるから、ヒナトも食べよう」
「ん。待っててくれた?」
「うん」
少し照れてるのかな。鼻の先をこすり、僕の横のベッドに座る。
「いただきます」
「いたーす」
変な省略をして、箸を持つ。
「よくバッド返してくれたよね」
「探した。ナースステーションにあった。持ってきた」
ここで撲殺事件があったら、ヒナトが犯人だな。確証はないけど。
魚の身を削りながら、横目でヒナトを見てみる。
お行儀よく食ってるなー。
お嬢様育ちだからか?それなりに作法はいいんだよな。

「少年、あのさ」「ん?」「話したい事があるんだけど」「んー」「あたし、少年好き」「んーん?」
疑問系になってしまった。
え、何て?
「少年、好き」「あー……どうも」
ヒナトに、告白されてしまった……。いや、ヒナトだから恋愛なんてものないのかも知れない。家族愛?
「それってどーゆー」「れんあい、らしいな」
うーわー。
ヒナトちゃんたら、お年頃の乙女じゃないかー。
「うん、いいよ。僕もヒナト、好きだし」
なんてね。いや、別の意味でだけど。
「カップル成立?」
「成立」
わーい。ヒナトの彼氏になれたぁ~。なんて。
ヒナトが少しだけ嬉しそうに笑った。
笑う、は嬉しいから笑うわけだけどヒナトの場合少し違う。何て言うんだろう。いつも無表情だから感情が読み取りにくい。
ま、僕もですけど。
つか、これ地球上で一番奇妙なカップルだろ。
犯罪者と被害者の付き合いなんて聞いたことねーよ。あ、でもヒナトもある意味では被害者か。
「んじゃ、これでヒナトと僕は、カップルという事で。宜しいかな?」
「否定はしない」


最悪の、事態が起こった。


「おはよ、祝詞」
早朝。僕が左手の痛みで目が覚めた時、そいつは目の前にいた。
フリフリの白いワンピースに、ストレスで色素が抜けた蒼白の長い髪。
「な、んで、ここに」
「祝詞、ホントに久しぶりだね~」
時刻は早朝5時。ヒナトは横のベッドで夢の中。
痛み止めが切れて、そして頭の回転も鈍くなり、僕には事態が飲み込めなかった。
どうして、ヤシロがここにいる??
意味がわからない。
いやいやいやいやいやいやいやいやいや。
何で?どうして僕の病室に?

「つか、おま……っ何で」「祝詞が入院してるんだから、お見舞いに来るのは当たり前でしょお?」
窓側に移動して、それまであまり見えなかった顔があらわになった。
うん、キレイだ。そこらの女(ヒナト以外)よりも、断然キレイ。声は、あまり声変わりの特徴がない。
体格も細身で、高すぎでもなければ低くもない。
少女にしか見えない、曳詰(ひきづめ)ヤシロが、優雅に笑みを浮かべて、僕を見下ろしている。
「祝詞、デッカくなったね~。前は僕とあまり変わらなかったのにぃ」
「……あれから、7年経ったからな」
「ぼく、15歳になったー♪」
あ、少し年下だったんだ。今頃ながらそれに気づく。
「で、何しに来たんだよ」
「お見舞いなのだ♪」
「僕の、じゃないだろ」
「ご名答♪」
ヤシロが楽しそうに答え、「死にかけのババー」と言った。
そして、ようやく僕の隣のベッドで眠るヒナトに気づく。ひえーっ!!
「……この子、だれさん?」
「僕の彼女」
馬鹿正直に答えてみた。さて、どうするヤシロくん。見たところ、チェーンソーは持ってないみたいだけど。
「……チェーンソー」
「ん?」
「チェーンソー持って来ればよかった」
おいおいおい。
止めてくれよ。ヒナトのミートなんて見たくない。

「もしヒナト殺したら、僕自殺するから」
ずるい、と言ったような目だ。僕を睨んでる。
てか化粧って凄いよなー。元々顔立ちが整っているせいかもだけど、大半化粧で補ってるわけだろ?へぇ。
「ヤシロ、僕を殺したいんだろ?」
「……………………………」
「だから、僕に近づく人間が僕を殺すような気がして、威嚇してたんだろ」
「さっすがー」
「何で、殺さなかったの?」
昔はヤシロと行動を共にしている事がかなり多かった。
女装してるとはいえ、ヤシロも男用トイレに言ったし、風呂のときもヤシロはメイクを落とし、僕と一緒に入っていた。
殺せる機会は、いつでもあったわけだ。
今考えるとヤシロの未熟さにお礼が言いたい。
逆に言えば、殺されていたわけだし。
「祝詞、殺されるくらいじゃ叫びもしないでしょぉ?」
んまぁ、確かに。多少の抵抗や拒絶は見せるかもだけど。
「つまんない。叫ばなきゃなんないのに。だから、祝詞の大切なものを、祝詞の前でいたぶれば多少の嫌がりは見せるかなーって思ってぇ」
サディストだなー。
でも僕の大切なものは、生憎ないですねぇ。
「……あの女、大切?」
「ヒナトを殺したら、僕自殺する」
4分前と同じ台詞を言ってみる。
ヤシロはやっぱり不満げだ。
「舌噛み切って、死ぬから」
「やだ。僕の手で死ぬの。それ以外認めないから」
ヤシロの手が、僕の頬に添えられた。
冷たい。
「殺してあげる。いつか、絶対にね~」