包帯戦争。 作者/朝倉疾風

<番外編> =殺したがり屋の脇役くん= ~03~
=セミ、セミ、セミ=
いつからだろう。
僕が人間嫌いになったのは。
あの日から?それとも────
*
僕が精神科から退院して、小春ちゃん(そう呼べといわれた)のやっている駄菓子屋で居候し始めて、一週間経った。
「ねっみー」「……そうですね」「おい、んで敬語なわけ?水臭い」「年上、だから」
未成年のはずだけど、煙草を平気で吸っている小春ちゃんは、かなり優しい。
「年上、じゃなくて家族だから。そこんところ、注意しとけ」
家族……。
家族って言われてもあんまり実感ないなぁ。お婆ちゃんの葬式の時に二言三言話しただけだし。
その時は、髪の毛は茶色だったはず。
「それ、何で染めてるんですか?」
「金ぴか。すげーだろ♪」
「……髪って、ストレス以外でも染まるんですね」
「けーご直せ。…っと、そりゃ当たり前だろ。つかストレスで色素抜ける方がやべーよ」
ヤシロは、どうなんだろうか。
どーでもいい事が頭を過ぎった。なんて。
「もうそろそろで、学校じゃねぇの?」
「明日から」
敬語使わずに言えた。よかった。
「学校、行かなくてもいーけどな」
「ダメ、だと思うけど」
小春ちゃんは小学校は行ってなかったんだっけ。
*
「じゃあ、行って来ます」
「おーぅ。からかわれても知らんふりしとけよー」
小春ちゃんが、どう考えても学校のホームルームまで絶対に間に合わない遅めの朝ごはんをボソボソと食べながら手を振ってくれた。
「お、祝詞行くの。小春も引っ張っていってよー」
「えっと、力の差が激しいので……無理デス」
一緒に住んでる小春ちゃんのお姉さんがピアスをつけながら仕事に行こうとしている。
この人も小春ちゃんの姉だけあって髪とか格好とか派手すぎる。ほぼこの人の収入でこの駄菓子屋は成立していると思っても過言じゃないんだよなぁ。
「それもそっかぁ。んじゃ、ま、気楽にね。もしイジメる奴とかいたら殴って来い。小春もそれぐらいしたぞ」
その限度が計り知れない。
学校に行くと皆の目が痛かったー……わけではない。
いや、普通にジロジロ見られたけど。そりゃ当たり前だよな。あんだけどーんっと顔写真載ってたら『被害者』として見られるに決まってる。
靴を履き替えて教室の扉を開けると、全員がしーんとなったぞ。うん、居心地が良くはない。
「おはよう」とも言わず、無言で自分の席に着こうとしたが、席替えしたのか別の子が座っていた。
「あ、っと……一条くんの席、ここだよ」
その子が気遣ってくれて、一番後ろの廊下側の席を指差す。
「ありがと」
短く言って、その席に着く。隣に座っていた女子が少しだけ怯えたように体をびくつかせた。
「……………ねぇ」「は、はいっ」
同じ年なんだけど、敬語を使われた。
「ヒナちゃ……茅野さんは、学校に来てないの?」
僕より先に退院したから、学校に来てるはずなんだけど。
「来ては、いるけど……でも、授業とかに出てないよ。教室来てもずっと喋らないし、給食も食べないし。いつの間にか帰ってるし」
「そう」
とりあえず、学校生活はまっとうしてない事がわかった。
「ありがと、志乃岡さん」「あ、ううん。いいよ、別に……」
担任は特に僕に触れず、そのまま一日が終わって行った。眠い日だ。
いや、でも一つだけ気になった子がいる。
リョウカ、という子。
クラスで一人だけ金髪で、浮いている。イジメの標的らしく、机の上に落書きがあったり、教科書がゴミ箱に捨てられていたりした。
本人は慣れているらしく、普通に無表情だった。
その雰囲気が微妙にヒナちゃんに似ている。
帰りの会終了後、他に誰もいなくなった教室で、まだ帰りの準備をしていた僕に、リョウカが近づいてきた。
ぐうの手を僕に出してくる。じゃんけん?って思ったけど、何か握り締めているのに気づいてそっと手を開いて差し出した。
「………………………………」
セミ、だった。
潰れて、粉々になったセミがフリカケみたいに僕の手の上に落ちてくる。
「セミ、だね」
僕が平然とそう言うと、「セミ、ですね」リョウカもそう言った。
目を見る。リョウカも僕の目を見た。
「知ってますか?セミって、一週間で死ぬんですよ」
「知ってるよ」
「人間は、どーして一週間で死なないんですか?」
どうしてだろうね。
不公平だね。
そう言って欲しいのか?
「僕には、わからないよ」
「私、早く人間止めたいのに」
どうして僕にそんな事を言ってくるのかわからない。リョウカはセミフリカケを見つめながら、
「人間も、粉々になりますか?」
僕に問うてきた。
「べチョーってなるよ。骨以外は」
本当だった。見てきたから、実際に。
リョウカは納得したのか、うんうんと頷き、
「べチョー、ですか。興味ありますね」
微笑んだ。
「やらない方がいいよ」「何故ですか?」「悲しむから」「誰も悲しみません」「……僕は、嫌だ」
本心だった。感じてきたから。実際に。
どーでもいいけど。
「私、セミになりたいです。そしたら、私みたいな子が私をぐしゃりと潰してくれるから」
*
セミになりたい、なんて変わった子もいるなぁ。
僕はどーせなら影とか闇になってみたい。そうしたら違和感もなく、僕は世界に溶け込めるだろうか。
学校から帰ると、何故か小春ちゃんが居た。
「おー、どうだった?」
「何で家に居るの?」
「サボった。つーか行く気しねーし」
「また怒られるよ」
「姉貴は俺より頭悪ぃから、大丈夫だよ」
シスコン……ではないけど、仲良しだと思う。両親は早くに亡くなってお婆ちゃんに育てられたって聞いたけど。
「メジロが電話してきた。学校行ってるかーって」
「小春ちゃん、メジロさんと知り合い?」
少しの沈黙。
「あー、まー。アレだ、先輩だ。あんな奴、むちゃうぜーだけだけどな」
舌打ち。本当に嫌いなんだなぁ。
「ねぇ、小春ちゃん」「あ?」「変な事聞いていい?」「勉強以外ならいーぜ」
小春ちゃんに勉強を教わるほど、僕はバカじゃない。
「小春ちゃんは、人間以外で何になりたい?」
「俺は……人間がいーな」
「どうして?」
「人間がいいぞ。だって、人間なら何でもできるし。嘘もつけるし、仕事もできるし、ダチもできる」
傷つける事も、できる。
昆虫に人間を監禁する事なんてできない。人間を壊せるのは、人間だけ。
「つか、急になんだ。そんな事聞いて」
「小春ちゃんは、セミになりたいって思った事ある?」
「ねーよ。アレ、一週間で死ぬし。マジ嫌やわ」
それを、望んでる人がいる。
少し人間の世界から浮いてしまった、形容詞しがたい女の子。
僕はやっぱり、人間は嫌いだ。影か、セミになりたい。でも、あぁ
やっぱりやめた。
死ぬのも生きるのも怖いから、
やっぱり『無』がいいや。

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