包帯戦争。               作者/朝倉疾風

番外編  もしも、僕らが在ったなら  ~02~



で、来たのは駄菓子屋だった。
シャッターは開いてるけど、人がいない。 僕の親戚のお兄さんがしている。
「ちょー、いるー?」
こんな休日の朝に、あの人は起きているのか?
ヒナちゃんが遠慮も容赦もなく大声で呼ぶ。
「こーはーるーさーん!」
  返事はない。
「借金とりにきやしたー」
返事はない。
「こーはーるー!! こーはーる!! 」
しばらくして、
「だーも! うっせーな、何だよ、騒音おばさんですか! あーそうですか!!」
中から髪の毛ボサボサの小春さんが出てきた。
ギロリと僕らを睨んでくる。 さすが元ヤン。
「何か、売って~」
「品物とって金置いて帰りゃいーだろ! 何で俺をわざわざ起こす必要あんだよっ!」
この人、常識ないにもほどがある。
「からかいにきましたー」 「てっめー、犯すぞこの野郎ッ!! 」
朝にもっぱら弱い小春さんが、かなりの剣幕で怒鳴っている。 それでもヒナちゃんは怯まずに、
「ラムネあるー?」
「耳かっぽじって聞けや!! 」
「80円かー。 値下げしなよ~」
「おい、そこの祝詞とかいったガキ!! 」
急に名前を呼ばれて、身を引き締める。 新鮮だろうねぇ、なんてね。
「この女連れて帰れ!! 」
「……ヒナちゃん、行こう。 迷惑みたいだよ」
「私は客だよ! 客に帰れってどゆ事!? 」
あー、また余計な火種に着火した。

「おめ……ッ、俺ナメてるだろーッ」
「今気づいたの?」
「……………………………犯す」
ブチッと小春さんの血管が切れた音がした。 あれ、でも血管切れたらタヒぬ事ない? まー、スルースルー。
で、ヒナちゃんを犯されては困る為、慌ててその細い腕を引っ張った。 手にはしっかりラムネが握られている。
「行こう、ヒナちゃん」
店から出て、しばらく行くと、
「ごらー! 金払えー!! 」
「あ、あ、後で払います!! 」



   *



ヒナちゃんと一緒に公園に着いた。 小さい頃ここで遊んだ場所。
「ノリちゃんと小春って親戚なんだよね」
「ん、あまり話したことないけどね」
「ふっしぎ~。 あんなのとノリちゃんが親戚~」
繰り返すようにそう呟いて、ヒナちゃんが僕をニカッと笑って見た。
「私にもね、従弟がいるんだけどね。 可愛いんだよ~。 男の子なんだけど、女の子みたいなの!」
「それはそれは」
「ナチっていうんだけど、今14歳かぁ。 あんま会ってないなぁ」
想像がつく。 ヒナトの従弟だから、どうせ天然、かな。
「ねぇ、ノリちゃん」
「ん?」
「大きくなったら、結婚しましょー」
パチパチと、拍手が幻聴で聞こえる。
あれーれー? 僕らって付き合ってたの?
「んう? どしたのさー」
「いや、僕らってカップルなんだーっと思って」
「どええええええええぇぇぇぇぇぇええぇぇぇっ!」
今日一番で大きいヒナトの声。
思わず顔をしかめてしまう。
「え、え、私たちカップルじゃないの!?」
「ない……んじゃね?」
「じゃあ何なの!?」
「……幼なじみ?」
「ノリちゃん、彼女いるの!?」
「いない」
「私も!!」
………だから? そう来たら殴られそうなのでやめておいた。 何事も、人命が最優先♪

「付き合いましょう!」
あら、僕告白されちゃった。
ま、返事はきまって、

「ましょー」

こうだけど。





嘘だよ。 嘘に決まってるだろ。
妄想だよ、こんなの。
本当の僕らを教えてやろうか?

醜くて普通じゃなくて壊れてて狂っていて穢れていて醜悪でひもじくて冷たくて異常で奇怪で異端でおかしくて脱線しててボロボロで感情なくて心なんてどこにもなくて

でもだけどなのにそれでも、

『普通』っていうものにどこか、憧れたりもした。


もう、取り戻す事なんて不可能なのに。
壊れたビデオを巻き戻して再生するなんて出来ないのに。
狂った人生はもう、戻れないのに。

日常で出会う人間たちを見つめながら、それでも僕らは『普通』を求め、憧れ、妬み、そしてそうでありたかった。
僕らは人間性を一つずつ確かめながら、戦争をしたんだ。
何気ない日常に溶けていった、僕らの特別。
心にそっと包帯を巻きながら、それでも血だらけになりながら。

包帯戦争なんて、ばかげてるのにね。