包帯戦争。 作者/朝倉疾風

第三章 暗黙の了解は通じないと意味がない ~02~
天川ナチは、一言で言ったら性別判断不可能な子供だった。年は僕よりは下みたいだけど、何と言うか、よくわからない。普通よりはキレイな顔をしていて(まあ、ヒナトの親戚だから当たり前だけど)、決して澄んでない、死んだ魚のような無気力な目をしていた。
学校の帰り道。
僕とヒナトが並んで歩いてると、そいつが前からやってきたわけ。
最初に気づいたのが、あちらだった。
「あねね」
初めは何を言いたいのかよくわからなかったけど、どうやらヒナトを「姉」として呼んでるらしい。
声質からして、少女だろうか。いや、でも変声期前の少年のような感じもする。
「ナチ」ヒナトがそう呼んで、僕はそこで、この前言っていたナチがこの子であると解釈できた。
真っ黒な肩までの黒髪に、ジャージを着ている。ヒナト同様、汗はかいていなかった。こんなに暑いのに。
そのナチはこっちへ来て、僕を見て、
「人間だ」
小さく言った。
うーむ。僕は間近でじぃっと見ないと人間には見えないんだろうか。一応、五体満足のはずだけど。
「こんちは」
挨拶してみた。
返って来ないかなと思ったけど、意外にも「こんち」と返って来た。女の子かな?
「ナチ。何でここにいる?」
「ぼくはどーしてここにいる?」
ありゃ。「僕」だ。男の子か。
にしても質問を質問で返すとは。しかも自分でわかってなーいんかい。
「ぼくは……あねねを迎えに来た」
思い出したように言う。
あねねこと、ヒナトは僕から離れて、
「少年、またな」
「ああ、うん。気をつけて」
ナチと微妙な距離感をとって、歩き出す。
途中、ナチがこちらを振り返ったけど、気づかないフリをした。
*
いつも、心は飢え乾いている。
からっから。
同じかおの人はきらい。だって、いやな事するから。
どんなに泣いても叫んでも、ぜったいに止めないから。
きらいだ。きらい。だいきらい。
しんじゃえばいいのに。
あいつらがしんだ。
ころされた。いいザマだ。はーっはははははっはは。
おもしろい。あはははははははは。
おかしくて、変になりそうだ。
きゃははははははははははははははっっ。
あーっははははっは……
なんだ、もう変になってるじゃん。
壊れてるよ。
*
狂喜乱舞の感情を一斉に押し出したように、気でも狂ったのかいと心配したくなるようにセミが鳴いている。あんなに鳴くから声が枯れて、かすれた音しか出せないんじゃないのか。違うか。
どこかのお笑い芸人を想像しながら一人突っ込みをしてみる今日この頃。
退屈すぎて本当に何をしようかと考える事に持てるだけの力を出している古文の授業は、頭にちっとも入ってこない。
僕が悪いんじゃない。断じて。
先生が悪いんだ。うん。
ボーッとしながら、当てられても「わかりません」って答えれば何とか回答者の権利を剥奪できる。うっしっし。
「セミ、五月蝿い」
隣を見た。
志乃岡美鶴がまた独り言を言っている。
こいつは、中学の時1年間だけ同じクラスだった。印象に残っているのは、独り言。
苗字の羅列が僕と似ているから、初めの席で隣になった。
ブツブツと、誰に話しているのか自分自身に話しかけているのかよくわからない定かではない、尚且つどーでもいい事を一人で呟いている。
そのせいか、誰も近寄りたがらない。僕とか、ヒナトよりはマシだけど。
本人もそれが何だというくらい、平然としている。
髪が長く、顔も普通よりは可愛い方だと思う。
「はい、じゃあここ次の人」
「わかりません」
何とか回避した回答者の権利が回ってきた後ろの後藤悠太が苦い顔をして僕を見ているのをスルーして、僕は視線を志乃岡に向けた。
まだ何か言っているのか、でも口だけが開いて聞き取れない。
ま、いーや。どうでも。
それよか問題なのはヒナトだ。今日は珍しくきちんと椅子に座っている。愛用の金属バッドを片手に、机に身を委ねて眠っている。
進学はできそうにもないけど、まあ、できなくてもお嬢様だからいいんだけど。
先生が可哀相でしょっ。なんて。
授業が終わると、その鐘の音で目を覚ましたヒナトが、バッドをしっかりと持って僕の方へやってきた。
「少年、今何時間目?」
「今三時間目だよ。ていうか、授業きちんと受けろって。何のために学校来てるんだ?」
「少年は、きちんと授業を受けてるのか?」
……よく言い返すようになったもんだ、この子。
「まあね。ほら、ノートだってこの通り」
「興味ない。興味ないことに一々体力も気力も使っていたら、いざという時に、死ぬぞ」
乾いた風が僕とヒナトの間を吹く。
ちょっとちょっとお嬢さん。普通に一日が終わったら、本来死ぬ事はないんだけどね……。
まあ、ヒナトの目に日常がどういう風に映っているのかはわからないけど。
ちなみに僕は、××××に見えてる。なんてね。
「死にたくないけど」「なら、授業は嫌だ」
意味がわからない。時々こういう事がある。
言葉と言葉のキャッチボールが、途中でボールが急カーブで地面に叩きつけられバウンドしたみたいになる。
うーぬ。厄介な子だこと。

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