包帯戦争。               作者/朝倉疾風

第六章  殺人+日常=非日常?  ~03~



記憶が、また回想されていく。


「祝詞がいない、いない……いない何で?何で?」
僕は、ヒナトの記憶から除外された。
「いない、やだっ、消えちゃやだっ!やだっ、やだあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ヒナトが僕の胸倉を掴み、悲痛に叫ぶ。
僕は無言でヒナトを抱きしめる。
「いつか、必ず帰ってくるよ」
嘘ばっかりだ。
虚像で自分を創る。
ヒナトは錯乱していた。ガタガタ震え、嘔吐してはその黄色い液体を食えと双子に命令される。
僕は臆病で、ヒナトに話しかけられても曖昧な事しか返せなかった。
「いない、いない、いない、いない、死んじゃえ。みんな、死ねっ。あ、あ、あたしは……っ」
監禁されて、三日目だった。
このときはまだ、ヒナトにも恐怖という感情があったはずだ。言葉も喋れた。
僕にしがみつき、消えた「僕」を求めていた。
僕は、それは僕だよと肯定する事もなく、精神が歪んだヒナトをただ怯えた目で見ていた。

足音が聞こえてくるたびに、ヒナトは激しく痙攣を起こし、嘔吐した。
食事の時間が、一番ヒナトにとっても僕にとっても苦痛だった。
人肉を、生か適当に焼いていただく。
ヒナトの母親も抵抗していたが、どこか奥の部屋に連れて行かれて、帰ってきたときには、左手中指の爪がなかった。
「ぎぃやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
何度、殺してくれと願っただろう。
ヒナトは最終的に恐怖も、痛みも、焦りも、不安も、何もかもを失くしてしまった。
空っぽ。
だから、殺せたんだ。
「祝詞……っ、祝詞。祝詞がいない…っ、祝詞がいないっ、いないっ、死ね死ねっ!みんな、みんな死ね」
ブツブツと繰り返される罵倒の言葉。
僕はそれを聞きながら、双子じゃなくてヒナトに殺されるのではないかと身震いしたほどだ。



「パン」
そんな彼女は現在、僕の隣で嬉しげにアンパンを指差している。
「アンパンはヒーローなのか?」
子供向け教育テレビの影響だろうな。
「そうだよ、食パンとカレーもだよ」
「焼きそばもだよな」
焼きそば……?あぁ、そんなキャラクターもいたな、確か。よく覚えてるねー。
「ヒナト、今言ったの全部買うの?」
「ううん。アンパンだけ。アンパンは結構好きだから」
へぇ、初耳。
財布から千円札を取り出しながら、ふと病院の廊下を見ると、
「……………………………」
志乃岡がいた。
虚ろな目で母親らしき人と歩いている。
あいつ、ここの病院だったんだ。
殺人現場に居合わせ、後藤に脅されていた志乃岡は、少し前に学校で錯乱し、窓ガラスを割った。
あれから休んでいて学校に来ないなーとは思ってたけど。
向こうも気づいていなかった為、こちらもスルーした。

パンを買い終え、病室に戻る。
「ヒナト、ベッドの上にパンのカス落とさないでね」
「行儀悪くない」
失礼しました。
苦笑いしながら病室へ入ると、
「お帰りなさい」
「…………………」
宮古さんがいた。
ヒナトが驚いた、というよりは嫌な顔をして、持っていたアンパンを僕に押し付ける。
「帰れ」「嫌です」「死ね」「嫌です」
ヒナトがベッドに立てかけてあるバッドを素早く取った。
「それで、私を脅しますか?」「脅しはしない」
ヒナトが冷徹に言い、
「殺す」
ちょっ、おいおいおい。
脅すのもダメだけど、殺しちゃまずいでしょっ!
「ま、いいですよ。いざとなれば、そちらの彼が全力で腹の痛みをこらえてヒナトちゃんを阻止してくれると思いますから」
こいつ……。僕の嫌いなタイプだ。