包帯戦争。 作者/朝倉疾風

第十二章 真実が扉を叩く時 ~02~
十夜は、一言で言ったら猫みたいな奴だった。
懐くと離れない。でも、鬱陶しくも無い。髪が細くて猫の毛みたい。「彼女」というよりは「ペット」?
やっべぇ、アブナイ世界に入りそう。なんてね。
今、家から持ってきた食パンのミミを齧っている。油で揚げて、砂糖を振ったものなんだけど、お口に合ったらしい。
「もっとない?」「無い。ほしいなら、明日持ってくるけど」「マジでー?サンキュ♪」
学校、あるみたいだけど、まあいいや。
サボってるって事は、外見から見ればヤンキーじゃないから、イジメにでも合ってるんだろうか。
でも見るからにキャピキャピしてて、人の良さそうな子なんだけど。
「ナチ、お手!」「・・・・・はい」
*
どっちが飼い主なんだか。わかんねーけど、まぁいいや。十夜がミミを齧りながら、
「・・・・・・・最近、何か事件ねーよね」
思いついたように呟いた。
「事件・・・・ねぇ」
当時小学生だった男女二人が両親共に監禁されて、その男女と女子の母親が生き残った事件とか、ね。
両目くりぬき事件だとか、惨殺死体事件だとか。
「そーいやー、何か最近ゴスロリ女も見ないなぁ」
「・・・・・・・・・・はい?」
それって、まさかのまさかでまさかじゃなくても、
「バッド?」「そー、バッドバッド」
あねねだろーな。
こんな田舎であんな理解不能な服装ってあねねしかいないと思う。
「あの子、前にね動物殺してたんだよ」
「・・・・・・どこで?」
「ここから少し先の、倉庫の中。なんか楽しそうでも、悲しそうでもなかった。うーんと、無表情?なーんも考えてないって感じで」
あねねは、いつからか殺戮を趣味としていた。
それは、自傷行為でもあり、他人を傷つけもする。ぐちゃぐちゃになったおにーさまの気持ちを知る為だとか言ってるけど。
どうすれば死ぬのか、何で死ぬのか、その答えを求めている。科学的に答えられても、勉強なんてまともに受けていないあねねには理解不可能だろうから。
「へぇ。そーっか」
「うん。あ、もっとミミちょーだい」
「ん」
猫か、ホントに。
何だか、さっきからこっちを見てくる不良系の女子らもいるし・・・・・。
「今、何時?」「・・・・3時」「あ、じゃーもー帰るっ。見たいテレビあんだよねぇ。じゃーにー」
じゃーにーって何だよ。黙って手を振る。
ミミを齧りながら、その食べかすを残して十夜は去って行った。
「ねーねー、キミ超かわいーけど、あいつのカレ?」
やっぱり来た。
甘ったるい口調に、香水の匂い。気持ち悪い。
「そーだけど」
「あー、止めとき止めとき。あいつな、ちょい精神おかしーから~」
僕の方が、おかしいよ? だって一人で風呂に入るとき、どうしても自分が見れない。
苦しくなって、呼吸ができなくなる。
「ホント、嫌だよねぇ~」
止めろよ。
止めろよ。
醜悪な顔で笑うな、アホ。
「ホント、やだよねぇ」
言ってしまえばいい。
「あんたらみたいな人間て、ホントやだ」
耳鳴りがする。
何かを破壊したいという欲求が募ってくる。
「人間て、ホント嫌い。大嫌い。全員死ねばいいのにね」
「何言ってんの!?」
*
何言ってるのって、わかんないよ。わからない。わからなくていい。
消えればいいのにと、どこかで呟いた。
どうして、僕はあの時しななかったんだろう。
残されて、夢を見て苦しむくらいなら、甘い理想を苦しいだけの現実とすりかえるくらいなら、
あの日、僕はなくなっていればよかったのに。
でも、自分で命を絶つ勇気もなくて、ただ普通とは少しズレた道を不安定に歩いているだけ。
「シカトかよ、ねー、聞いてますかー?」
うるさい。
僕に近寄るな。
近寄っていいのは、あねねだけだ。
あねね、だけ?
「おい、聞いてんのかよっ!」
あねねは、あねねは、ずっと祝詞を求めていて、でもそれは殺意を持っていて、だからそこに僕の入る隙間なんて全くなくて、祝詞は少年で、少年は××ちゃんで、僕は、あねねの従弟で、ナチで、ナチ、で、
──このこと、言ったら犯すから。
「・・・・・・・・・・・・ッ」
嘔吐感がこみ上げる。
あ、あ、あ、ああ?
口の中に溜まる、耐え難い汁の味。
少しでも口を開けたら、そこから垂れてきそうなほど。なんとか冷静を保ち、ごくりと喉を鳴らしてそれを飲み干す。
ゲロのお披露目パーティーは中止となった。
「何、コイツ。行こ」「気味悪ー」
勝手に行ってろ、バカ。
そんな膝上のギリギリのミニスカート履いたって、こんな寒いのに頑張ってるねーって同情煽るくらいしかできないぜ?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・十夜」
あいつの名前が、掠れた音となって出てきた。
苛められてんのかな、やっぱり。精神がどーのこーのって言ってたけど。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、」
僕には何もできないんだけど。
「ナチ、ナチ、ナチ!」
「・・・・・・・・・・・・何? 朝から大声出して」
「最近太ったくない?」
春瀬がくねっと決めポーズらしきものをとる。
・・・・・そうかぁ?
ほっせーけど。かなり、細いけど。
「何キロ?」
「乙女に体重聞くなー!」 何歳だよ、アンタ。
まぁ、でも確かに実年齢よりかはかなり若く見える。童顔だからか?
「ダイエットしたいべー」
「うーん、それ以上痩せると逆に危ないような」
「でも、絶対に40キロ以下じゃないといやーっ」
「・・・・・・・・・もっと食べなさい」
机の上におにぎりを出す。ごま塩味。梅。
春瀬がパクつきながらじっとこっちを見てくる。
「・・・・・・・・・何?」
「んー、何か楽しい事でもあった?」
「何でですか?」
表情はあまり顔に出さないタイプなんだけど。
春瀬が頬についた米粒をなめとって、「だって、何だか目がいつもより透明になってるし」「透明?」
何だ、それ。
そんなに濁ってたんだろうか、僕の目は。
「いつも虚ろでね、ちょい怖かったけど、最近は何だか人間っぽい」
「あー、ありがと」
へぇ、ふうん・・・・・・・・・なるほどねぇ。
そんな変化を見破れるようになるなんて、春瀬偉いねぇ。前は自分の精神の変化も全然見破れなかったのにぃ。
「××ちゃんもさー、そんな目だったなぁ」
コップが、割れた。
ガラスが粉々になり、足元に散らばる。
詳しく言えば、僕が落としたわけだけど。
「・・・・・・・・春瀬」「何?」「春瀬って、さ。そいつの事、お、覚えてるの?」
手についた塩をなめながら、春瀬が目をキョトンとさせる。
「覚えてるよ。××ちゃん、この前来た子でしょ?」
「・・・・・・・・そのほかには?」
「昔、ホントにむかーしだけどねぇ。遊んだ記憶があるんだじょ。××ちゃん、可愛いかったなぁ」
うっとりしながら、思い出を語るようにして続ける。
「あ、あのね。キャンプもしたしー、自転車にも乗ったしー」
でも、でも、それはあまりにも、ズレが多すぎて。
そして、とても不安定で。
間違っているのに、正しくて。嘘だけど、真実で。
脆い、××ちゃん。
「春瀬、××ちゃんに会えるといいね」
だから、僕はこれからも道化を演じる。
「うん。きっと会いに来てくれるよ♪」
もう、彼は彼女によって消されたのに。

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