包帯戦争。 作者/朝倉疾風

第七章 暗闇=絶望 光=欲望 ~02~
病室から出ると、廊下は真っ暗だった。非常出口のランプが、不気味に緑に光っている。
一階に降りて、裏口から鍵をあけ、病院から出た。
中庭にある電柱の光がほどよい。夏だからちょい蒸し暑いな。
ベンチの端と端に、僕達は座る。
そして、
「ヤシロ」
切り出そう。
「僕は、ノリトじゃないよ?」
きっと、彼の頭では理解するのに数分の時間がいっただろう。いや、正確に理解するには一日以上かけても無理だと思う。
とりあえず、
「は?」
と疑問をあらわにした返事をした。
不思議、というか冗談だと思っているんだな。少し笑ってる。
「何言って「あぁ、少し変えようか。僕は祝詞だけど、“ヤシロが思っているノリト”ではない」
まだ、分からないだろうなぁ。
頭をかきながら、ヤシロに分かるように説明する努力をしよう。無駄だと思うけど。
「ヤシロが思っているのは、“紅桜ノリト”。そして僕は“一条祝詞”。ヤシロは昔、紅桜ノリトに非常に懐いていた。小学2年生のとき、ヤシロとノリトは出会い、お互いに仲良くなりすぎたんだ」
それは友情でも恋愛でもなく、別の意味として。
“異常”なほどの、“特別”。
「ヤシロは好意を持った人間を自分のものにしたいという独占欲が人並より激しかった。ノリトを自分のものにしたい。ずっと一緒にいたい。そう思うようになった」
説明している間、ヤシロの顔はあえて見なかった。
あー、鈴虫五月蝿い。
「離れないようにするためには、自分と一体化させればいい……。そして10年前の、丁度ヤシロが2年生の終わり頃、ノリトは死んだ。死因は、即死。チェーンソーでバラバラ。あっけなくご臨終だ」
横を見た。
ヤシロはこちらを見ていた。仮面が崩れた道化のような顔で。
「お前が、殺したんだ。そして、ヤシロはノリトの人格を創ろうとした。ノリトを殺したから、自分はノリトと一緒になれると勘違いをしていたんだ。まだ、子供だったから」
子供という、残酷なものだったから。
「でも、ノリトは現れなかった。ノリトは、消えてしまった。ノリトはどこにもいなくなった。そして発狂したヤシロは、病院送り。そして、祝詞の僕と出会う訳だ。同じ名前。ヤシロは僕を欲しいと思ったんだろ」
ノリトの、代わりに。
そしてそれは、どんどん歪んでいき、新たなルートを作っていく。
紅桜ノリトを殺した事は、バレてないんだろう。
だって、彼はここにいるんだから。
僕はあの時、ニュースで「紅桜ノリト」が死んだ事を知った。同じ名前で、変わった苗字だから何となく覚えていた。
そして、そのノリトが元気に映っている写真に、ヤシロもいた。
二人で遠足に行った時の写真。髪の短いヤシロは、とても幸せそうにピースしていた。
だから、ヤシロと最初に出会った時から気づいていた。きっとこの子は僕の事を僕と認識してないと。ヒナトと、少し似てるんだって。
「……………の、ののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののののの」
壊れた。
完全に、
ヤシロが壊れた。
首をガクガクの上下に揺らし、震える両手で頭を抱える。
「の」を連呼しながら、よだれを垂らし、整った頭をガシガシと掻き毟る。
髪の毛の束が、僕の膝の上にも落ちた。
しばらく、ヤシロが落ち着くのを見る。
ありゃ。
落ち着いてないか?
「やだっ、消えちゃ、ダメっ。のののののの、り、い、ととととととと?のりと?ダメ、やっ、死、ころ、殺させっ、ののののののぃ」
まだ歯車が狂ったように連呼している。
走馬灯でも見てるのか?
「の、りと…………っ、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!」
甲高い、悲鳴。
そして、僕の首が掴まれる。両手で。
あれ、
息が、 で
き
な い。

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